説明

血管疾患を診断および評価するためのポリペプチドマーカー

本発明は、血管疾患の診断方法であって、尿サンプル中の少なくとも3つのポリペプチドマーカーの有無または振幅を決定するステップを含み、ポリペプチドマーカーが表1中で分子量および移動時間の値によって特徴付けられるマーカーから選択される方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管疾患(VD)の重症度を診断および評価するための対象から得られたサンプル中における1つまたは複数のペプチドマーカーの有無の利用、ならびにこのような血管疾患を診断および評価する方法に関し、1つまたは複数のペプチドマーカーの有無によってVDの重症度が示される。
【背景技術】
【0002】
血管疾患は、生物の血管に影響し、その結果、心臓、脳、腎臓などの臓器に影響する疾患である。それらには、例えば動脈硬化、循環障害、高血圧、および心律動異常が含まれる。
【0003】
動脈硬化とは、血管沈着による動脈の硬化を意味する。コレステロール結晶が沈着すると炎症性の病巣(アテローム)が形成され、ここでは血液成分、脂質、代謝スラグ、および石灰塩が沈殿し易い。二次元的な硬化症である、いわゆるプラークが形成され、これにより、血管壁がより硬直し、より狭くなる。動脈は弾力性を失い、その役割、すなわち心臓から体の個々の領域への血液輸送を果たすことが困難になる。二次疾患には、例えば、狭心症、心筋梗塞、循環虚脱、脳卒中が含まれる。循環障害は主に体の下側の部分、腹大動脈から足の動脈に影響を与え、筋組織への血流および酸素供給が低減し、徐々に壊死する。最終段階では、潰瘍が形成され、切断術が避けられないほどに血管を閉塞する。高血圧には明確な原因がなく、したがって、医薬の摂取または副腎ホルモンの過剰な分泌により血圧が上昇することがある。高血圧は持続的ストレスにおいても見られ、血管痙攣を招く。高血圧は血管壁にダメージを与えるため、断裂または閉塞のリスクがある。心拍の規則性が乱れる場合、この状態は心律動異常と呼ばれる。心拍は早すぎる(頻脈)か、遅すぎる(徐脈)か、不規則(不整脈)であり得る。血管疾患は、不健康且つ不自然な生活行為によっても起こるので、血管疾患は予防よって回避することができる。生活様式を根本的に転換することによって、例えば血圧および血中脂質レベルを下げることにより初期段階の動脈硬化を止めることができる。血管疾患の進行は薬物療法(例えば、アセチルサリチル酸、ベータ受容体遮断薬、ACE阻害剤など)によって、さらに遅らせることができる。しかし、ダメージを受けた血管は回復不能であり、進行した段階でのプロセスは非可逆的である。したがって、血管疾患の早期発見は特に重要である。
【0004】
冠動脈心疾患では、最初に、リスク要因の評価ならびに非侵襲的検査、例えば血圧測定、安静時および運動時の心電図、脂質状態(LDLコレステロール、HDLコレステロール、トリグリセリド)を決定するための血液像、飢餓血糖値、および必要に応じてHbAlcによって、VDの診断が間接的になされる。このような検査によって高リスク特性が示された場合、すなわち近い将来における重度の血管イベント(死亡、心筋梗塞)が予想される場合には、例えばカテーテル検査または冠動脈造影法の形式の侵襲的診断を用いて、さらに正確な診断がなされる。したがって、カテーテルを用いてまたはX線による方法によって心臓の血管および冠血管ならびに他の血管が検査される。X線像上で心臓および血管をより良く可視化するためには、X線造影剤が用いられる。冠動脈造影の適応には、予備検査の確率は低いまたは中程度であるが非侵襲的診断で信頼性の高い結果が得られなかった場合、ハンディキャップまたは疾患のため非侵襲的検査が可能でない患者、および仕事に関連した理由により冠動脈心疾患の疑いを確実に除外することが必須である患者(例えばパイロット、消防士)が含まれる。しかし、冠動脈造影は、甲状腺機能亢進症または造影剤アレルギーなどの種々の合併症がない場合にのみ、前述の予備検査に加えて行うことができる。さらに、造影剤は、腎臓を介して分泌されるので、十分な腎機能が確保されなければならず、あるいは、透析依存患者の場合には、検査後に常に透析を行わなければならない。したがって、血管疾患を早期に高い信頼性で診断するための非侵襲的可能性が必要であることが明らかとなった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明の目的は、血管疾患を診断するプロセスおよび手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的は、尿サンプル中の少なくとも3つのペプチドマーカーの有無または振幅を決定するステップを含み、前記ポリペプチドマーカーが、表1中で分子量および移動時間の値によって、場合によってはそのペプチド配列によって、特徴付けられるマーカーから選択される、血管疾患を診断するプロセスによって達成される。
【0007】
【表1】






【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】種々のタンパク質の質量およびCE−Tを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
測定されたポリペプチドの評価は、以下の制限事項を考慮してマーカーの有無または振幅に基づいて行うことができる。
【0010】
特異度は、真陰性サンプルの数を、真陰性サンプルの数と擬陽性サンプルの数との和で割ったものとして定義される。特異度100%とは、検査によって全ての健康な人が健康であると認識されること、すなわち健康な対象が一人も病気であると判定されないことを意味する。このことは、検査によって病気の患者がどれだけ確実に認識されるかについては言及していない。
【0011】
感度は、真陽性サンプルの数を、真陽性サンプルの数と偽陰性サンプルの数との和で割ったものとして定義される。感度100%とは、検査によって全ての病人が認識されることを意味する。このことは、検査によって健康な患者がどれだけ確実に認識されるかについては言及していない。
【0012】
本発明のマーカーによって、血管疾患について、少なくとも60%、好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、さらにより好ましくは少なくとも90%、最も好ましくは少なくとも95%の特異度を実現することができる。
【0013】
本発明のマーカーによって、血管疾患について、少なくとも60%、好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、さらにより好ましくは少なくとも90%、最も好ましくは少なくとも95%の感度を実現することができる。
【0014】
有無または振幅の分析は、以下の値に基づいた。
【0015】
【表2】









【0016】
移動時間は、例えば実施例の項目2に記載されているように、キャピラリー電気泳動(CE)によって決定される。したがって、長さ90cm、内径(ID)75μm、外径(OD)360μmのガラスキャピラリーが30kVの電圧で操作される。サンプル用溶媒として、30%メタノール、0.5%ギ酸の水溶液が使用される。
【0017】
CEの移動時間は変動し得ることが知られている。それにもかかわらず、ポリペプチドマーカーが溶出される順序は、使用されるいずれのCEシステムについても通常同じである。移動時間の差のバランスをとるために、移動時間が公知である標準物質を用いて、システムを標準化してよい。これらの標準物質は、例えば、実施例中に記載されているポリペプチドであってもよい(実施例の項目3を参照)。
【0018】
表1に示したポリペプチドマーカーの特性は、例えば、Neuhoffら(Rapid Communications in mass spectrometry,2004,Vol.20,pages149−156)に詳細が記載されている方法であるキャピラリー電気泳動−質量分析法(CE−MS)を用いて決定した。各測定間または異なる質量分析装置間での分子量の変動は、比較的小さく、通常は、±0.1%の範囲内、好ましくは±0.05%の範囲内、より好ましくは±0.03%の範囲内、さらにより好ましくは±0.01%の範囲内、または±0.005%の範囲である。
【0019】
本発明のポリペプチドマーカーは、タンパク質もしくはペプチド、またはタンパク質もしくはペプチドの分解産物である。これらは、例えば、グリコシル化、リン酸化、アルキル化、ジスルフィド架橋などの翻訳後修飾によって、あるいは、例えば、分解の範囲内に含まれる他の反応によって、化学的に修飾されてよい。さらに、ポリペプチドマーカーは、サンプル精製過程で化学的に変化されてもよく、例えば、酸化されてもよい。ポリペプチドマーカーを決定するパラメーター(分子量および移動時間)から進めて、従来技術において公知の方法によって、対応するポリペプチドの配列を同定することが可能である。
【0020】
本発明のポリペプチドは、血管疾患の診断に使用される。「診断」とは、症状または疾患または傷害に対して現象を割り当てることによって、知識を取得するプロセスを意味する。ポリペプチドマーカーの有無は、従来技術において公知の任意の方法によって測定することができる。公知であり得る方法は、以下に例示される。
【0021】
その測定された値が、その閾値と少なくとも同じ程度に高ければ、ポリペプチドマーカーは存在すると考えられる。測定された値がこれよりも低ければ、ポリペプチドマーカーは存在しないと考えられる。閾値は、測定方法の感度(検出限界)によって、または経験的に決定することができる。
【0022】
本発明において、好ましくは、ある分子量に対するサンプルの測定された値が、ブランクサンプル(例えば、バッファーのみ、または溶媒のみ)の測定された値より、少なくとも2倍高ければ、閾値を超えていると考えられる。1つまたは複数のポリペプチドマーカーの有無が測定されるように、1つまたは複数のポリペプチドマーカーが使用され、この有無は、血管疾患の指標となる。したがって、血管疾患を有する対象中には通常存在するが、血管疾患を有しない対象中にはより低い頻度で存在するかまたは存在しないポリペプチドマーカーが存在する。さらに、血管疾患の患者中には存在するが、血管疾患を有しない患者中にはより低い頻度で存在するかまたは全く存在しないポリペプチドマーカーが存在する。
【0023】
頻度マーカー(有無の決定)に加えて、またはその代わりに、振幅マーカーもまた診断のために使用され得る。振幅マーカーは、有無は決定的ではないが、シグナルの高さ(振幅)によってシグナルが両群に存在するかどうかが決定されるように使用される。2つの標準化方法によって、異なって濃縮されたサンプル間または異なる測定法間での相互比較を実現することが可能となる。第1のアプローチでは、サンプルの全てのペプチドシグナルは、100万カウント分の総振幅になるよう標準化される。したがって、個々のマーカーのそれぞれの平均振幅は、100万分率(ppm)として表される。
【0024】
さらに、別の標準化方法によって、さらなる振幅マーカーを定義することができる。この場合、共通する標準化因子を用いて1サンプルの全てのペプチドシグナルを計測する。このようにして、個々のサンプルのペプチド振幅と既知の全てのポリペプチドの基準値との間で線形回帰を形成する。この回帰直線の勾配は、ちょうど相対濃度に相当し、このサンプルの標準化ファクターとして使用される。
【0025】
診断に対する決定は、対照群または「病気」群の平均振幅と比較して、患者サンプル中の各ポリペプチドマーカーの振幅がどれだけ高いかに応じて行われる。振幅が、どちらかといえば「病気」群の平均振幅に対応する場合には、血管疾患の存在が検討されるべきであり、どちらかといえば対照群の平均振幅に対応する場合には、血管疾患の不存在を検討すべきである。測定された値と平均振幅との差は、サンプルが特定の群に属する確率と見なすことができる。あるいは、測定された値と平均振幅との差は、サンプルが特定の群に属する確率と見なしてもよい。
【0026】
頻度マーカーは、いくつかのサンプルにおいて振幅が検出限界よりも低い、振幅マーカーの変形である。マーカーが見出されない対応するサンプルを、検出限界とほぼ同程度の極めて小さい振幅を有する振幅の計算中に含めることによって、このような頻度マーカーを振幅マーカーに変換することが可能である。
【0027】
1つまたは複数のポリペプチドマーカーの有無が決定されるサンプルが得られる対象は、血管疾患に罹患し得るあらゆる対象であり得る。好ましくは、対象は、哺乳動物であり、最も好ましくはヒトである。
【0028】
本発明の好ましい実施形態では、ポリペプチドマーカー3つだけでなく、より多くの組合せのポリペプチドマーカーが使用される。複数のポリペプチドマーカーを比較することによって、少数の各偏差から得られた全体的結果における、個々人中の標準的な存在確率からの偏りを低下させ、または回避することができる。
【0029】
本発明の1つまたは複数のペプチドマーカーの有無が測定されるサンプルは、対象の身体から得られる任意のサンプルであってもよい。サンプルは、対象の状態についての情報を与えるのに適したポリペプチド組成物を有するサンプルである。例えば、サンプルは、血液、尿、滑液、組織液、身体分泌物、汗、脳脊髄液、リンパ液、腸液、胃液、膵液、胆汁、涙液、組織サンプル、精液、膣液、または排泄物サンプルであってもよい。好ましくは、サンプルは、液体サンプルである。好ましい実施形態では、サンプルは、尿サンプルである。
【0030】
尿サンプルは、従来技術において好ましいように採取することが可能である。好ましくは、本発明において、中間尿サンプルが前記尿サンプルとして使用される。例えば、尿サンプルは、国際公開第01/74275号に記載されているように、排尿装置を用いて採取してもよい。
【0031】
サンプル中のポリペプチドマーカーの有無は、ポリペプチドマーカーを測定するのに適した従来技術において公知の任意の方法によって決定してもよい。そのような方法は、当業者に公知である。原則として、ポリペプチドマーカーの有無は、質量分析法などの直接法によって、または例えば、リガンドを用いた間接法によって決定することができる。
【0032】
必要であれば、または所望であれば、対象から得られたサンプル、例えば、尿サンプルは、1つまたは複数のポリペプチドマーカーの有無が測定される前に、任意の好適な手段で前処理されてもよく、さらに例えば精製または分離されてもよい。処理には、例えば、精製、分離、希釈、または濃縮が含まれ得る。前記方法は、例えば、遠心分離、ろ過、限外ろ過、透析、沈殿、または例えばアフィニティー分離もしくはイオン交換クロマトグラフィーを用いた分離などのクロマトグラフィー法、電気泳動分離(すなわち電場を印加した際の、溶液中での帯電粒子の移動挙動が異なることによる分離)であってもよい。その具体例としては、ゲル電気泳動、二次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動(2D−PAGE)、キャピラリー電気泳動、金属アフィニティークロマトグラフィー、固定化金属アフィニティークロマトグラフィー(IMAC)、レクチンをベースとしたアフィニティークロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)、順相HPLCおよび逆相HPLC、陽イオン交換クロマトグラフィー、ならびに表面への選択的結合が挙げられる。これら全ての方法は、当業者に周知であり、当業者は、使用されるサンプルおよび1つまたは複数のポリペプチドマーカーの有無を決定する方法に応じて方法を選択することが可能であるだろう。
【0033】
本発明のある実施形態では、キャピラリー電気泳動によって分離される前に、サンプルは、分離され、超遠心により精製され、および/または限外濾過によって特定の分子サイズのポリペプチドマーカーを含む画分へと分けられる。
【0034】
好ましくは、質量分析法を用いてポリペプチドマーカーの有無が決定され、サンプルの精製または分離は、このような方法の上流で実施され得る。現行の方法と比べて、質量分析は、サンプル中の多数(>100)のポリペプチドの濃度を、単一の分析によって決定することができるという利点を有している。任意の種類の質量分析装置が使用され得る。質量分析法を使用することによって、複雑な混合物中で、約±0.01%の測定精度での日常操作として、10fmolのポリペプチドマーカー(すなわち10kDのタンパク質の0.1ng)を測定することが可能である。質量分析装置では、イオン形成ユニットが、適切な分析装置と連結されている。例えば、液体サンプル中のイオンを測定するために、エレクトロスプレーイオン化(ESI)インターフェースが主に使用されているのに対し、マトリックス中に結晶化されたサンプル由来のイオンを測定するために、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離/イオン化)が使用される。形成されたイオンを分析するために、例えば、四重極分析装置、イオントラップ分析装置、または飛行時間型(TOF)分析装置が使用され得る。
【0035】
エレクトロスプレーイオン化(ESI)では、溶液中に存在する分子が、とりわけ、高電圧(例えば1〜8kV)の影響下で微粉化され、高電圧は帯電した液滴をまず形成し、これが溶媒の蒸発によりさらに小さくなる。最後に、いわゆるクーロン爆発によって遊離イオンが形成され、次いで、遊離イオンを分析および検出することができる。
【0036】
TOFを用いたイオン分析では、特定の加速電圧が印加されて等量の運動エネルギーがイオンに付与される。その後、フライトチューブを通って所定のドリフト距離を移動するのに各イオンが要する時間が、極めて正確に測定される。等量の運動エネルギーではイオンの速度はイオンの質量に依存するので、イオンの質量を決定することが可能となる。TOF分析装置は、極めて高い走査速度を有しており、良好な分解能が得られる。
【0037】
ポリペプチドマーカーの有無の決定のための好ましい方法としては、レーザー脱離/イオン化質量分析法、MALDI−TOF MS、SELDI−TOF MS(表面増強されたレーザー脱離/イオン化)などの気相イオンスペクトロメトリー(gas−phase ion spectrometry)、LC MS(液体クロマトグラフィー/質量分析法)、2D−PAGE/MS、およびキャピラリー電気泳動−質量分析法(CE−MS)が含まれる。上記の方法は全て、当業者に公知である。
【0038】
特に好ましい方法は、キャピラリー電気泳動が質量分析法と組み合わされたCE−MSである。この方法は、例えば独国特許出願第10021737号、Kaiserら(J.Chromatogr A,2003,Vol.1013:157−171およびElectrophoresis,2004,25:2044−2055)、およびWittkeら(J.Chromatogr.A,2003,1013:173−181)に幾分詳細に記載されている。CE−MS技術は、短時間内に、少容量で、高い感度でサンプルのポリペプチドマーカーの数百個の存在を同時に決定することを可能とする。サンプルが測定された後、測定されたポリペプチドマーカーのパターンが作成され、このパターンは、病気の対象または健康な対象の基準パターンと比較することができる。多くの事例で、UASの診断には限られた数のポリペプチドマーカーを使用すれば十分である。ESI−TOF MSにオンラインで連結されたCEを含むCE−MS法がさらに好ましい。
【0039】
CE−MSの場合、揮発性溶媒の使用が好ましく、本質的に塩を含まない条件下で行うことが最も好ましい。そのような溶媒の例としては、アセトニトリル、イソプロパノール、メタノールなどが挙げられる。分析物(好ましくはポリペプチド)をプロトン化するために、水または弱酸(例えば0.1%〜1%のギ酸)で溶媒を希釈してもよい。
【0040】
キャピラリー電気泳動を用いて、分子の電荷およびサイズにしたがって分子を分離することが可能である。電流を付与すると中性粒子は電気浸透流と同じ速度で移動するのに対し、陽イオンは陰極の方向に加速され、陰イオンは減速される。電気泳動におけるキャピラリーの利点は、容積に対する表面の比率が好ましいことであり、これにより、電流中に発生したジュール熱の良好な放散が可能になる。これにより、高い電圧(通常、最大30kV)を印加することが可能になるので、高い分離性能および短時間での分析が可能になる。
【0041】
キャピラリー電気泳動では、典型的には、50〜75μmの内径を有するシリカガラスキャピラリーが通常使用される。使用される長さは、例えば、30〜100cmである。さらに、分離キャピラリーは、通常、プラスチックで被覆されたシリカガラス製である。キャピラリーは、非処理、すなわち内部表面上にそれらの親水性基が露出していてもよく、内部表面上が被覆されていてもよい。分解能を改善するために、疎水性コーティングを使用してもよい。電圧に加えて、圧力を負荷してもよく、圧力は、通常、0〜1psiの範囲内である。圧力は、分離中にのみ負荷してもよく、またはその間に変化させてもよい。
【0042】
ポリペプチドマーカーを測定するための好ましい方法では、サンプルのマーカーは、キャピラリー電気泳動によって分離された後、直接イオン化され、検出のために、連結された質量分析装置にオンラインで転送される。本発明の方法では、複数のポリペプチドマーカーを診断に使用することが有利である。少なくとも5個、6個、8個、または10個のマーカーを使用することが好ましい。ある実施形態では、20個〜50個のマーカーが使用される。
【0043】
複数のマーカーが使用される場合に、疾患の存在確率を決定するために、当業者に公知の統計方法を使用し得る。例えば、Weissingerら(Kidney Int.,2004,65:2426−2434)によって記載されたランダム・フォレスト法(Random Forests method)を、S−Plusなどのコンピュータプログラム、または同文献に記載されているようなサポートベクターマシーンを用いて使用してもよい。
【実施例】
【0044】
1.サンプル調製
診断用のポリペプチドマーカーを検出するために、尿を使用した。健康なドナー(対照群)および血管疾患に罹患している患者から尿を採取した。その後のCE−MS測定のために、限外ろ過によって、患者の尿に高濃度で含まれるタンパク質(アルブミンおよび免疫グロブリンなど)を分離する必要があった。そこで、700μLの尿を採取し、700μmのろ過バッファー(2M尿素、10mMアンモニア、0.02%SDS)と混合した。この体積1.4mLのサンプルを限外ろ過した(20kDa、ザルトリウス社、ドイツ、ゲッティンゲン)。1.1mLの限外ろ液が得られるまで、遠心機を用いて3000rpmで限外ろ過を行った。
【0045】
次いで、得られた1.1mLのろ液をPD10カラム(アマシャム・バイオサイエンス社、スウェーデン、ウプサラ)にアプライし、2.5mLの0.01%のNHOHで溶出し、凍結乾燥した。CE−MS測定のために、次いで、ポリペプチドを20μLの水(HPLCグレード、メルク社)に再懸濁した。
【0046】
2.CE−MS測定
CE−MS測定は、ベックマン・コールター社製のキャピラリー電気泳動システム(P/ACE MDQ System、ベックマン・コールター社、米国、カリフォルニア州、フラートン)およびブルカー社製のESI−TOF質量分析装置(マイクロ−TOF MS、ブルカー・ダルトニクス社、ドイツ、ブレーメン)を用いて行った。CEキャピラリーはベックマン・コールター社によって供給されたものであり、ID/ODが50/360μm、長さが90cmであった。CE分離用移動相は、20%アセトニトリルおよび0.25%ギ酸の水溶液からなるものであった。MS上での「シース流(sheath flow)」のために、0.5%ギ酸を加えた30%イソプロパノールを使用し、この場合、流量は2μL/分であった。CEとMSの連結は、CE−ESI−MS Sprayer Kit(アジレント・テクノロジー社、ドイツ、ワルドブロン)により行った。サンプルを注入するために、1psiから最大6psiの圧力を加え、注入時間は99秒とした。これらのパラメータを用いて、約150nLのサンプルをキャピラリー中に注入した。これはキャピラリー容積の約10%に相当する。スタッキング技術を用いてキャピラリー中でサンプルを濃縮した。そのため、サンプルを注入する前に、1MのNH溶液を(1psiで)7秒間注入し、サンプル注入後に2Mのギ酸溶液を5秒間注入した。分離電圧(30kV)を印加すると、これらの溶液の間に、分析物が自動的に濃縮された。その後のCE分離は、圧力法(0psiで40分間、次いで0.1psiで2分間、0.2psiで2分間、0.3psiで2分間、0.4psiで2分間、最後に0.5psiで32分間)を用いて行った。したがって、分離ランの総時速時間は80分であった。
【0047】
MS側で可能な限り良好なシグナル強度を得るために、噴霧器の気体は、可能な最も低い値なるようにした。エレクトロスプレーを生成するためにスプレーニードルに印加した電圧は3700V〜4100Vであった。質量分析計の残りの設定は、製造業者の指示に従って、ペプチド検出のために最適化した。m/z400〜m/z3000の質量範囲にわたって、スペクトルを記録し、3秒ごとに蓄積した。
【0048】
3.CE測定のための標準
CE測定をチェックし、標準化するために、表記CE移動時間によって特徴付けられる以下のタンパク質またはポリペプチドを使用した。
【0049】
【表3】

【0050】
タンパク質/ポリペプチドは、それぞれ、水中で10pmol/μLの濃度で使用した。「REV」、「ELM」、「KINCON」、および「GIVLY」は合成ペプチドである。
【0051】
原理上、キャピラリー電気泳動による分離の際に、移動時間にわずかなばらつきが生じ得ることは当業者に公知である。しかし、記載されている条件下では、移動の順序は変わらない。記載されている質量およびCE時間を知っている当業者であれば、自身の測定を、本発明のポリペプチドマーカーに困難なく割り当てることは可能である。例えば、当業者は、以下のように進めることができる。最初に、自己の測定中に見出されたポリペプチドの1つを選択し(ペプチド1)、表記CE時間の時間枠内(例えば、±5分)に1つまたは複数の同一の質量を見つけることを試みる。この間隔内に、同じ質量が1つだけ見出された場合には、割り当ては完了である。一致する質量が複数見つかる場合、割り当てについての決定はまだなされない。したがって、測定から別のペプチド(ペプチド2)を選択し、再度対応する時間枠を考慮に入れながら、適切なポリペプチドマーカーを同定することを試みる。同じく、複数のマーカーが対応する質量とともに見出され得る場合には、最も可能性の高い割り当ては、ペプチド1に対するシフトとペプチド2に対するシフトの間に、実質的に線形関係が存在する割り当てである。割り当ての問題の複雑さに応じて、割り当てのために、サンプルから更なるタンパク質(例えば、10個のタンパク質)を必要に応じて使用するという考えが当業者に示唆される。典型的には、移動時間は、特定の絶対値の分だけ延長もしくは短縮され、または過程全体が圧縮もしくは拡張される。しかし、同時移動するペプチドは、このような条件下においても同時移動する。
【0052】
さらに、当業者は、Zuerbigらによって、Electrophoresis 27(2006),pp.2111−2125に記載されている移動パターンを使用することができる。当業者は、(例えば、MS Excelを用いた)単純な図表を使用して、m/z対移動時間の形で測定をプロットすることによって、記載されている線パターンを可視化することもできる。ここで、線を計測することによって、各ポリペプチドの単純な割り当てが可能である。割り当てのその他のアプローチも可能である。基本的に、当業者は、自己のCE測定値を割り当てるための内部標準として、上記ペプチドを使用することもできる。
【図1−1】

【図1−2】

【図1−3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
尿サンプル中の少なくとも3つのポリペプチドマーカーの有無または振幅を決定するステップを含み、前記ポリペプチドマーカーが表1中で分子量および移動時間によって特徴付けられるマーカーから選択される、血管疾患を診断するプロセス。
【請求項2】
決定された前記マーカーの有無または振幅の評価が、表2に記載の基準値を用いて実施されることを特徴とする、請求項1に記載のプロセス。
【請求項3】
請求項1に定義される少なくとも5個、少なくとも6個、少なくとも8個、少なくとも10個、少なくとも20個、または少なくとも50個のポリペプチドマーカーが使用される、請求項1〜2の少なくとも1項に記載のプロセス。
【請求項4】
対象から得られる前記サンプルが、中間尿サンプルである、請求項1〜3のいずれかに記載のプロセス。
【請求項5】
キャピラリー電気泳動、HPLC、気相イオン分光法、および/または質量分析法が、前記ポリペプチドマーカーの有無または振幅を検出するために用いられる、請求項1〜4のいずれかに記載のプロセス。
【請求項6】
前記ポリペプチドマーカーの分子量が測定される前に、キャピラリー電気泳動が実施される、請求項1〜5のいずれかに記載のプロセス。
【請求項7】
質量分析法が、前記ポリペプチドマーカーの有無を検出するために使用される、請求項1〜6のいずれかに記載のプロセス。
【請求項8】
血管疾患を診断するための、分子量および移動時間の値によって特徴付けられる表1に記載のマーカーから選択される少なくとも3つのペプチドマーカーの使用。
【請求項9】
(a)サンプルを少なくとも5個、好ましくは10個のサブサンプルに分割するステップ;
(b)前記サンプル中の少なくとも1つのポリペプチドマーカーの有無または振幅を決定するために、少なくとも5個の前記サブサンプルを分析するステップ
を含み、前記ポリペプチドマーカーが、分子量および移動時間(CE時間)によって特徴付けられる表1のマーカーから選択される、血管疾患の診断方法。
【請求項10】
少なくとも10個のサブサンプルを測定する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記CE時間が、20%アセトニトリル、0.25Mギ酸の水溶液が移動溶液として使用される、25kVの印加電圧で、50μmの内径(ID)を有する長さ90cmガラスキャピラリーに基づくことを特徴とする、請求項1〜10の少なくとも1項に記載の方法。
【請求項12】
感度が少なくとも60%であり且つ特異度が少なくとも40%である、請求項1〜7または請求項9〜11の少なくとも1項に記載の方法。

【公表番号】特表2013−504751(P2013−504751A)
【公表日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−528391(P2012−528391)
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【国際出願番号】PCT/EP2010/063475
【国際公開番号】WO2011/029954
【国際公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【出願人】(510252449)モザイクス ダイアグノスティクス アンド セラピューティクス アーゲー (3)
【Fターム(参考)】