説明

血管組織形成法

【課題】三次元ネットワークを形成する血管様組織を構築できる新たな血管形成法、及び当該血管様組織を備えたスフェロイド融合体の形成法を提供する。
【解決手段】血管形成細胞を含フッ素ポリイミド膜表面上で培養した後、当該膜を反転させてゲル上に載置し、あるいはゲルでポリイミド膜表面を被い培養を続けることを特徴とする、血管様組織形成方法に係り、また当該血管様組織を内在させたゲル層上にスフェロイドを播種したことを特徴とする、血管・スフェロイド融合体の形成方法に係る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、含フッ素ポリイミド基材上で血管形成細胞を弱く接着させ、その細胞をゲルに転写することにより血管様組織を形成させる方法及び当該血管組織とスフェロイドとを共培養することによる血管・スフェロイド融合体の形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医療技術の進歩が進むにつれて、重篤な癌などの疾病や重大な交通事故などの傷害により体の重要な器官を失った場合でも命を取り留め、不完全ながらも患者の社会復帰が可能になってきた。これからの医療は、さらに失った組織を元に戻す方向に向って進んでおり、世界中で「再生医療」の研究がブームとなっている。
再生医療とは、一般的には事故や病気で損傷した臓器や細胞などにおいて、生物が本来持っている再生能力を基に失われた組織そのものを元に戻す治療法のことである。再生医療の研究は、現在、皮膚のような2次元の再生で済むものや、軟骨のように細胞自身が低酸素低栄養環境に適合しているものが一部実用化されているのみである。再構築された組織と生体組織の間に構造上のギャップが生じることなど、まだまだ残されている課題は多い。
現状では臓器を再生することは非常に難しいため、その機能の最小単位を再生し、それを大量に移植することで膵臓の機能や肝臓の機能を代替するという考え方が主流である。これら機能的内臓小器官を再生する試みでもっとも盛んに研究が進められているのは、スフェロイドの形成である。スフェロイドとは細胞凝集塊のことで、大きさを制御しつつ、細胞の機能を維持する作成方法の検討が進められており、細胞の接着性を制御した培養皿で大量のスフェロイドを形成するという試みが数多くなされている。
本発明者らは、以前より、本発明者らの合成した含フッ素ポリイミド(非特許文献1,2)が優れた生体適合性を示すことに着目し、各種人工臓器材料として有望であることを報告していたが(非特許文献3,4)、各種細胞が、ラビング処理(布で表面を擦る)を施した含フッ素ポリイミド表面上で細胞凝集体(スフェロイド)を形成することを見いだし、ラビング法によるナノ・マイクロパターン化表面(微細凹凸)上でのスフェロイド形成法を確立するに至った(非特許文献5)。ラビング法の特徴の一つは、ラビング表面が特定細胞と特異的な相互作用を持たないため、多層形成可能な細胞種であれば、どのような細胞にも適用できることであり、もう一つの特徴は、微細凹凸パターン表面から凝集体を容易に、かつ細胞損傷を伴うことなく剥離・回収できることである。
さらに、ラビング処理された含フッ素ポリイミド表面にマスクを用いてイオン照射を行うことで、イオン注入領域にサイズのそろったスフェロイドを形成させる手法を開発し、細胞スフェロイドの大きさを自在に制御することができるようになった。(非特許文献5)
一般に、細胞を2次元で培養し、増殖させることは比較的容易であるが、細胞の機能を保ったまま培養、増殖させ、かつ3次元的な構造を作り出すのは非常に難しい。細胞には栄養成分と酸素の供給と、老廃物の排出が必要であるが、血管がない培養状態ではこれらの供給と排出は液相拡散に依存してしまうため、ある程度の厚みのある細胞集塊を作ると中央部で細胞が壊死してしまう。したがって清浄な臓器を再生するためには細胞が増殖でき、かつ組織中央部でも培養液の容易な交換が可能で、軟骨以外では血管組織が侵入できるような構造が必要になってくる。
本発明者らは、上記ラビング処理された含フッ素ポリイミド膜上のスフェロイドをピペットで剥離するか、又はキレート剤(EDTA)を添加することで剥離して集め、細胞間相互作用の活発なスフェロイドの集合体を形成させることにも成功した(非特許文献5)。
しかし、生体外(in vitro)の環境では、スフェロイド集合体を巨大化させれば、スフェロイド内部へ酸素や栄養分が行き渡らず壊死する可能性が高まることになるため、臓器再生には、スフェロイドの集合体形成と同時に、スフェロイド間に毛細血管様組織を形成させる必要がある。
すなわち、再生医療を実現する上で、細胞集合体を如何に構築するかといった問題に加え、その中に血管をどのように導入するかということが、最終的に大きな組織、臓器を作製するためには必要不可欠な技術となっている。従来は遺伝子的手法により血管の導入が図られてきたが、in vitroで人工的に血管を構築することができれば、安価でかつ大量に血管を供給することが可能となる。
ところで、従来からin vitroでの血管形成は多数試みられており、生体適合性合成樹脂(ポリエステル樹脂、PTFE樹脂又はコラーゲンゲルなどとの積層体を利用して中空状)に成形した人工血管の場合(特許文献1など)は、多孔性三次元網状構造のスキャホールド材を利用した小口径の血管形成法(特許文献2)も研究開発されているが、形成する血管様管状体の口径がmmのオーダーで大きいため、毛細血管の代用とはならず、また、コラーゲンゲル、マトリゲル等のゲルを用いて血管内皮細胞など血管形成性の細胞を培養し微細な血管様構造を三次元形態で増殖させる方法(特許文献3、非特許文献6,7,8)の研究も進んでいるが、未だ充分な長さの三次元ネットワーク形成には至っていない。
以上のことから、スフェロイド形成技術を臓器再生に発展させるために欠かせない、三次元ネットワークを形成する毛細血管様組織の形成法を確立し、当該毛細血管様組織とスフェロイドとの機能的複合体を提供できる手法を開発することが強く望まれていた。
【特許文献1】特開2003−24351号公報
【特許文献2】特開2003−284767号公報
【特許文献3】国際公開WO2004/084967号パンフレット
【非特許文献1】J. Appl. Polym. Sci., 57, 789-795 (1995).
【非特許文献2】Polym. Adv. Technol., 16, 753-757 (2005).
【非特許文献3】ASAIO J., 43, M490-M494, (1997).
【非特許文献4】川上浩良:医学の歩み,199,779(2001)
【非特許文献5】膜(MEMBRANE),32(5),266-270(2007)
【非特許文献6】Angiogenesis. 2001;4(1):11-20
【非特許文献7】J Cell Sci 62:267-285. (1983)
【非特許文献8】Exp Cell Res. 1998 Feb 1;238(2):324-34
【非特許文献9】Macromolecules, 37, 6892-6897 (2004).
【非特許文献10】Journal of Biomedical Materials Research, 29, 729-739 (1995).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、血管様組織形成可能な、三次元ネットワークを形成する血管様組織を構築できる新たな血管形成法を提供しようとするものであり、さらにスフェロイドと組み合わせた機能的な集合体形成法も提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記目的を達成するために、スフェロイド形成のために本発明者らが開発した含フッ素ポリイミド膜に着目し、鋭意研究の結果、該含フッ素ポリイミド膜上で血管形成細胞を播種し細胞の弱い接着を形成させた後に、細胞外マトリクスゲルに転写して培養して管腔化を促し、血管を作製する手法を開発して、血管形成法に関する本発明を完成させた。
本発明者らが開発したスフェロイド形成法においては、含フッ素ポリイミド膜表面のラビング処理が極めて重要であったが、血管形成法においては表面全体のラビング処理を行う必要はない。血管形成細胞を未処理の含フッ素ポリイミド膜(緻密膜)上での培養とゲル培養法を組み合わせることで、血管組織状の管腔化及びそのネットワーク化に成功した。
さらに、含フッ素ポリイミド緻密膜表面にイオン衝突によるマイクロスケールのパターン化処理を行い、パターン内外の細胞接着性を調整して微細な三次元の血管状ネットワーク形成に成功した。次いで、血管様組織を含むゲル層に対して、別に培養したスフェロイドを播種し共培養することで、血管様組織とスフェロイドの融合体を形成できることを観察し、血管様組織とスフェロイドとの融合体の形成に関する本発明も完成させた。
【0005】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
〔1〕 血管形成細胞を含フッ素ポリイミド膜表面上で培養した後、当該膜を反転させてゲル上に載置し、あるいはゲルでポリイミド膜表面を被い、培養を続けることを特徴とする、血管様組織形成方法。
〔2〕 前記含フッ素ポリイミド膜表面が、細胞接着性を高めた領域をパターン状に有しており、前記血管形成細胞は、当該パターン状表面領域に播種されていることを特徴とする、前記〔1〕に記載の血管様組織形成方法。
〔3〕 前記パターン状表面領域が、含フッ素ポリイミド膜表面がイオン衝突により改質されたものであることを特徴とする、前記〔2〕に記載の血管様組織形成方法。
〔4〕 前記〔1〕〜〔3〕のいずれかの方法で形成された血管様組織を内在させたゲル層。
〔5〕 前記〔4〕に記載の血管様組織を内在させたゲル層上にスフェロイドを播種したことを特徴とする、血管・スフェロイド融合体の形成方法。
〔6〕 前記〔5〕に記載の方法により得られた、血管様組織を備えたスフェロイドからなる血管・スフェロイド融合体。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、三次元ネットワーク化した微細な血管組織が、ゲルに内包された状態で提供できるため、当該ゲル層に内包された血管様組織を生体適合性に優れた含フッ素ポリイミド膜から剥離して、又は剥離せずに、手術時又は怪我もしくは火傷などにより血管組織に損傷を受けた生体組織に対して血管様組織を提供することができる。血管様組織は、ゲルを取り除いて、生体内の血管と縫合し連結することもできる。
また、スフェロイドと共培養することで血管組織を備えたスフェロイド融合体を提供でき、将来スフェロイド由来組織を利用した臓器再生の提供に結びつく技術を提供できた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
1.血管形成性細胞
本発明において、血管形成性細胞としては、血管系性能を有する細胞であれば全て用いることができ、典型的には血管内皮細胞が用いられるが、分化されていない胚性幹細胞、骨髄由来間葉系幹細胞、脂肪細胞などもVEGFなどの血管増殖因子などと共に用いることができる。また、血管内皮細胞としては、どのような動物由来であっても良く、哺乳類由来の血管内皮細胞が好ましく、動脈、静脈どちら由来の血管内皮細胞であっても良い。典型的には、大動脈、頸動脈、側方伏静脈由来内皮細胞が用いられる。治療用に用いる場合は、同じ生物種由来の細胞であることがより好ましく、例えばヒト治療用であればウシ由来のウシ大動脈内皮細胞(BAEC)であってもよいが、ヒト由来の細胞がより好ましく、特にHUVECが最も好ましい。なお、本発明の実施態様では、入手しやすいウシ大動脈内皮細胞(BAEC)を用いて実験を行っている。
なお、内皮細胞の採取方法としては、Zilla法(Zilla, P.; J. Vasc. Surg. 12(2):180-189;1990)またはHeimili法(Heimli, H.; Scand. J. Clin. Lab. Invest. 57:21-29;1997)等に記載の方法を用いればよい。
【0008】
2.含フッ素ポリイミド膜
本発明において、「含フッ素ポリイミド」とは、下記の式(I)で表される化合物である。
【0009】
【化1】

(式中、Rは同一又は異なる1以上の芳香族環を有する基である。Mw≧50,000)
ここで、式(I)におけるR基に含まれる芳香族環は、低級アルキル基、水酸基、アミノ基などで置換されていてもよく、1個又は同一もしくは異なる2以上の芳香族環がC,S,O等を介して連結されている。連結される芳香族環は1〜6個であることが好ましく、2〜4個であればさらに好ましい。また、含フッ素ポリイミドはホモポリマー、ランダム共重合体、又はブロック共重合体のいずれであってもよく、分子量(Mw)は、5万以上であり、好ましくは10〜40万である。下記の式(II)〜式(IX)で表される含フッ素ポリイミドが特に好ましい。なお、式(VIII)及び式(IX)におけるm及びsは、m/s=10/90から90/10である。
【0010】
【化2】

【0011】
【化3】

【0012】
【化4】

【0013】
【化5】

【0014】
【化6】

【0015】
【化7】

【0016】
【化8】

【0017】
【化9】

これらの含フッ素ポリイミドは、非特許文献1,2に記載の化学イミド化法に従い、芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物とを有機溶媒中で反応させることにより製造することができる。例えば、式(II)の含フッ素ポリイミドであれば、以下のようになる。
芳香族テトラカルボン酸二無水物としては、昇華により精製した2,2−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン(6FDA)を用い、芳香族ジアミンとして、2,2―ジアミノジフェニルヘキサフルオロプロパン(6FAP)を用いる。重合の際の溶媒としては、どのような有機溶媒でも良いが、例えば、N,N-Dimethylacetamide(DMAc)が好ましく用いられる。
【0018】
【化10】

【0019】
【化11】

6FAPを有機溶媒(例えばDMAc)に完全に溶解させ、等モルの6FDAを加えて攪拌を続けポリアミック酸を得た後、この溶液に5倍量の脱水触媒である無水酢酸を、次いで5倍モルのイミド化触媒であるトリエチルアミンを反応させて6FDA−6FAPを合成する。
得られたポリマー溶液を貧溶媒(例えばメタノール)にゆっくり滴下して粒状の状態で得ることができ、適宜自然乾燥及び/又は真空乾燥を行うことができる。
芳香族ジアミンとして、1以上の芳香族環を有する化合物を用いれば、同様に他の含フッ素ポリイミドを合成することができる。例えば、式(III)〜式(IX)の含フッ素ポリイミドの場合は、下記の芳香族ジアミン化合物を用いる。
式(III)の場合:m-DDS:3,3'-ジアミノジフェニルスルホン
式(IV)の場合:p-DDS: 4,4'-ジアミノジフェニルスルホン
式(V)の場合:p-APPF:2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]ヘキサフルオロプロパン
式(VI)の場合:p-APPS:ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]スルホン
式(VII)の場合:p-APPS:ビス[4-(3-アミノフェノキシ)フェニル]スルホン
式(VIII)の場合:6FAP及び1,3-ジアミノ-2,4,6-トリメリルベンゼン両者のモル比は,1:9〜9:1)
式(IX)の場合:式(VIII)の場合と同様。ただし、ブロック共重合体なので、製法は非特許文献2の方法に記載のブロック共重合体製造方法に従う。
【0020】
含フッ素ポリイミド膜は、上記式(I)で表される含フッ素ポリイミドを、ガラス表面または合成樹脂(ポリエステル樹脂,PTEE樹脂等)表面に塗布又は噴霧して膜厚約100nm以上、好ましくは20〜80μmに形成される。一般的には非特許文献1等に記載される溶媒キャスト法により塗布される。
本発明において「緻密膜」というときは、ラビング処理などを施していない未処理膜を指すが、例えば、分子量(Mw)12万の含フッ素ポリイミドをγ−ブチロラクトン溶媒に9wt%溶解させ、スピンコート速度600rpm、10sec〜1000rpm、60secの条件でスピンコートし、自然乾燥させる方法を用いることができる。
【0021】
3.血管形成性細胞の培養(含フッ素ポリイミド膜上での培養)
(1)培地、培養液の調整
血管形成性細胞用の培地としては、対象となる細胞に応じて、適宜従来公知の培地を選択でき、例えば、MEM培地、BME培地、DME培地、αMEM培地、IMEM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地及びRPMI培地など又はこれらの混合培地が用いられ、さらにこれらの培地に血清成分を(ウシ胎児血清など)を添加したもの、並びに市販の無血清培地などを用いることができる。また、必要に応じてVEGFなどの血管増殖因子、抗生物質などを加えても良い。
培地の種類は、継代ごとに変えても良いし、同一の培地を用いても良い。治療用血管組織を提供する場合などでは、培地中の血清濃度を徐々に下げて培養を続け、最終的には無血清培地にする方法を採用することができる。
実施例では、典型的な培地である10%FBSを含有したRPMI1640培地に抗生物質を微量添加して用いている。
【0022】
(2)培養方法、培養条件
血管形成性細胞を含フッ素ポリイミド膜に播種するに先立ち、あらかじめ、各種の培養方法で予備培養し、細胞数を充分に増やしておくことが好ましい。予備培養法としては、単層培養やコートディッシュ培養、ゲル培養、懸濁培養などいずれの培養法も適用できる。
本発明の実施態様では、細胞培養用フラスコを用いた単層培養により、継代数7〜10代目まで継代培養したものを用いた。
予備培養後は、遠心分離により本発明の血管形成性細胞を採取し、含フッ素ポリイミド膜を有する基板(例えば、合成樹脂、TCPSなどのシャーレあるいはガラスシャーレが好ましく用いられる。)上に1×10〜1×10cells/ml、好ましくは1×10〜5×10cells/ml、より好ましくは3×10cells/ml播種し、2日〜7日間、好ましくは2〜4日間、35〜38℃、好ましく36〜37℃で培養する。
【0023】
4.血管様組織の形成
(1)血管様組織
本発明において血管様組織とは、血管形成性細胞が成長して生体組織内部での毛細血管組織と類似した三次元構造体を形成すること、すなわち、血管形成性細胞が微細管腔体の状態で三次元ネットワークを形成していることを指す。
本発明においては、上記3.の含フッ素ポリイミド膜上での培養と、以下に述べるゲル培養とを組み合わせることによって、そのような血管様組織の提供に成功した。
【0024】
(2)ゲルの種類
本発明のゲル培養において、ゲル層として用いられるゲルは、血管形成性細胞の三次元的管状体ネットワーク形成を妨げずに培養可能なものであれば特に限定されるものではないが、そのまま生体に使用できるように人体に有害な成分を含まないことが望ましい。そのようなゲルとしては、例えば、細胞間マトリックス成分であるマトリゲルの他、typeIコラーゲンゲルが好ましく用いられる。本発明の実施態様として用いられたゲルは、BDマトリゲル(日本BD社)であり、細胞外基質タンパク質(ECM)が豊富なEHSマウス腫瘍細胞から抽出された可溶化基底膜調製品で、ラミニンを主成分とし、コラーゲンIV、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなどを含んでいるがこのマトリゲルに限られるものではなく、血管形成性細胞の種類に応じて適宜選択することができる。
【0025】
(3)ゲルの調整
ゲル層の厚さとしては、ゲルの種類等により適宜選択されるものであるが、通常1mm〜5mm程度、好ましくは、100mm〜2mm程度、中でも500mm〜1.5mm程度とされることが好ましい。上記範囲内とすることにより、細胞を安定して培養し、三次元ネットワーク化が可能となるからである。
例えばBDマトリゲルの場合、5mg/ml以上の濃度、好ましくは8〜12mg/mlのBDマトリゲルを、氷で冷やしながら300〜500μlずつシャーレに分注して約37℃でインキュベートすることでゲル化させることができる。(Proc Natl Acad Sci U S A. 1990 May; 87(10): 4002-4006.による。)
【0026】
(4)ゲル培養方法
含フッ素ポリイミド膜上で2〜7日間、好ましくは3〜6日間37℃で培養すると、表面に2次元ネットワーク状の血管様組織が形成される。膜上の血管形成性細胞を膜と共に、(a)含フッ素ポリイミド膜表面でネットワーク化された血管形成性細胞の上に上記(2)で調整したゲル層を100mm〜2mm程度、好ましくは500mm〜1.5mmの厚みで被せる手法(以下、Cover法又は転写培養法ともいう。)を用いるか、
(b)含フッ素ポリイミド膜を倒置して(a)と同様のゲル層上に載置する手法(以下、Transcript法又は倒置培養法ともいう。)
を用いてシャーレ上に形成させたゲル表面に転写する。(図2)
なお、その際に添加する培地成分は、上記3.(1)と同様であり、ゲル表面に貼付後すぐに培地を添加することも可能であるが、好ましくは2時間〜7時間後、より好ましくは4〜5時間後に調整した培養液を加える。血管形成性細胞がゲル層の側に確実に転写されたのを確認して、含フッ素ポリイミド膜をはがしてもよいが、通常はそのままの状態で培養を1〜7日間、好ましくは2〜3日間続ける。早くて1〜2日間でゲル層内に3次元ネットワーク状の血管様組織が形成されてくる。(図4)
当該ゲル層はさらに、含フッ素ポリイミド膜を剥離するか、又は剥離せずにスフェロイドとの共培養(下記6.)に供することができる。
また、当該ゲル層は、血管形成が必要な創傷部、火傷部などの血管損傷部に対し、ゲル層の状態で投与する(貼布剤として用いることができる。)ことで、生体組織の血管形成を促すことができる。
また、ゲル層に内包された血管様組織は、コラゲナーゼ溶媒などで洗浄すればゲル層から血管様組織を露出させることができるので、生体組織内の血管損傷部と縫合することにより、血管組織を回復させることができる。
【0027】
5.パターン形成法
(1)パターン内外の細胞接着性の差を利用した血管様組織の形成
含フッ素ポリイミド膜表面の一部に細胞接着性を高めた領域によるパターンを設けることで、膜表面に細胞接着性にわずかながら差が生じる。細胞接着性を高めた領域は、細胞を播種したときに、細胞が接着しやすいため細胞が保持された後、接着が穏やかな未処理部分に向かって触手を伸ばすようにネットワーク化が開始する。
本発明において、含フッ素ポリイミド膜表面に、パターン状に細胞接着性を高めた領域を設けるためには、紫外線、放射線照射による表面処理などによるパターニングも可能であるが、イオン衝撃によるパターニング手法を適用することが好ましい。イオン衝撃によるパターニングの手法としては、従来から含フッ素ポリイミド膜の表面処理法として知られているイオン注入処理(非特許文献5,9)、又はプラズマ処理法(非特許文献10)が好適に用いられる。その際のイオン照射条件等の各種条件は、血管形成性細胞の種類、及びゲル培養用のゲルの種類に応じて適宜選択できる。以下、典型的なイオン衝撃法、特にイオン注入法について詳細に述べる。
【0028】
(2)イオン衝撃によるパターニング
イオンを照射するプラズマ法やイオン注入法により含フッ素ポリイミド表面にマイクロスケールの表面処理を行うことで、容易にサイズのそろったスフェロイドの形成、パターニングが可能である(非特許文献5,10など)。さらに、この膜上のスフェロイドはピペットで簡単に剥離することができるため、各種細胞のスフェロイド形成では広く用いられている技術である(非特許文献5)。
含フッ素ポリイミド膜表面に、金属製のマスクを被せHeイオンを照射し、ライン状、チェック状、及び円形状パターンを形成する。その際の典型的なパターンとしては、公知のスフェロイド形成などにも用いたラインパターン(幅/間隔200/170,160/140,120/90,80/60mm)、丸パターン(直径/間隔200/200mm)、4径の丸パターン(直径/間隔220/180,180/140,140/100,80/90mm)、チェックパターン(ラインパターンを90°回転させて2回イオン注入を行なう。)を用いることもできるが、これらパターンには限られない。
本発明の実施態様では、イオン注入法で含フッ素ポリイミド膜表面にパターニングを行い、その際にHeイオンを用いたが、Heイオン以外にもNe,Ar,Kr,Xeなどを用いることができる。実施例では、イオン注入装置(理研製)を用い、50keVの電圧をかけて、Heイオンを各パターン領域内に1×1015ions/cmを注入した。これら数値はイオンの種類などにより、適宜調整すればよい。また、周知のプラズマ法(非特許文献10など)を適用して、上記各イオンを用い含フッ素ポリイミド膜表面の一部にイオン衝撃を与え、同様にパターンを形成することができる。
イオン衝撃により改質された部分は表面が炭素化されているため、細胞が接着しやすく、細胞を播種したときに細胞が注入箇所に保持される。未処理部分は、接着が穏やかなため、細胞が動きやすくゲルに遊送して管状構造を形成できる。
【0029】
(3)イオン衝撃処理膜上での管状構造形成
イオン衝撃処理によりパターン形成した含フッ素ポリイミド膜を用いる以外は、上記4.(1)〜(3)に記載した手法に従って行う。温度条件、培地成分、培養時間、ゲルの調整法など種々の培養条件も同様である。
例えば、BAECを、イオン注入処理でパターニングした含フッ素ポリイミド膜上で、2〜7日間、好ましくは3〜6日間、例えば4日間に37℃で培養後、BDマトリゲルに貼り付け、37℃でインキュベートし、2〜7時間後、好ましくは4〜6時間後、例えば5時間後に培地を加える。37℃で1〜5日間、好ましくは2〜3日間培養して管状構造を形成させる。
【0030】
6.血管様組織・スフェロイド融合体の形成
(1)血管様組織・スフェロイド融合体とは
本発明において、血管様組織・スフェロイド融合体とは、網目状の血管様組織に対して単にスフェロイドが保持されているだけではなく、一部領域で両細胞同士の融合が起きている状態であって、生体内で毛細血管が各種組織に血液を介して物質供給を行っている状態を模した状態を指すものである。
なお、ここでスフェロイドとは上述した公知のスフェロイド(非特許文献5)と同じ、増殖させようとする各種の生体内の細胞(肝臓細胞、皮膚細胞など)で構成される細胞凝集体を指す。対象となる生体内の細胞としては、治療の対象となる生物種と同一生物由来の細胞が好ましく、例えばヒト治療に用いる場合はヒト由来細胞が好ましい。細胞の種類は、肝臓、腎臓など各種臓器の細胞、皮膚細胞などスフェロイド化が可能な細胞であれば全て包含される。スフェロイド化の手法は、本発明の実施態様では非特許文献5の手法に従って形成させたが、他の手法で形成させたものでも良い。
【0031】
(2)スフェロイドの形成
スフェロイドの形成法はどのようなものでも良いが、典型的なスフェロイド形成法として、本発明の実施態様で用いたラビング処理を施した含フッ素ポリイミド膜を用いたスフェロイド形成法について以下説明する。
上記2.と同様に成形した含フッ素ポリイミド膜に、公知の手法(非特許文献5など)でラビング処理を行う。例えば、Bemcot(cellulose)等を用いて、5MPa以上、速度:10mm/s以上の条件でラビング処理を行うことで、高さ1〜50nm、ピッチ約100nm〜2mmの規則的な溝構造を形成することができる。
当該ラビング処理膜に1×10〜1×10cells/ml、好ましくは1×10〜1×10cells/mlの濃度で、増殖させたい細胞を播種し、1〜7日間、好ましくは3〜4日間培養してスフェロイドを形成させる。得られたスフェロイドはキレート(EDTA)処理、又はピペッティングなどで簡単に剥がすことができ遠心分離で回収できる。
この際のスフェロイドの大きさは直径300μm以下のサイズであることが好ましく、
100〜200μmの範囲がさらに好ましい。
【0032】
(3)血管様組織とスフェロイドとの共培養
本発明では、ゲル培養後の3次元ネットワーク化された血管様細胞と、スフェロイドとを共培養することで、血管様組織・スフェロイド融合体を形成させることができる。
ゲル培養により充分に3次元ネットワーク化された血管様組織が形成された後、ゲル層から含フッ素ポリイミド膜をはがして血管様組織を露出させて、上記別培養して得たスフェロイドを当該ゲル層上に播種する。
培地成分は、上記3.(1)で述べたと同様の培地を適宜用いることができ、例えばDMEM:RPMI1640=1:1の混合培地も好適に用いられ、通常約37℃の条件で培養する。
培養時間は、1日以上、好ましくは2日〜4日間程度で血管様組織・スフェロイド融合体が形成される。
【実施例】
【0033】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【0034】
(実施例1)各種含フッ素ポリイミドの製造
式(I)の含フッ素ポリイミドのうち、典型的な式(II)〜(IX)の化合物を、芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物とを有機溶媒中で反応させて製造した。イミド反応は穏和な条件で反応が進行し、架橋や副反応が少ないとされる化学イミド化法を用いた。
(1−1)6FDA−6FAP:式(II)の製造
芳香族テトラカルボン酸二無水物としては、昇華により精製した2,2−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン(6FDA)を用いた。芳香族ジアミンとしては、再結晶により精製した2,2−ジアミノジフェニルヘキサフルオロプロパン(6FAP)を用いた。重合の際の溶媒としてN,N-Dimethylacetamide(DMAc)を用いた。
三つ又フラスコに6FAP(26.69102(g)、79.8(m・mol))を入れ、DMAc(422mL)を入れて完全に溶解させた。この後、等モルの6FDA(35.47304(g)、79.8(m・mol))を加えた。15時間攪拌を続けポリアミック酸を得た。この溶液に5倍の脱水触媒である無水酢酸(37.57mL)を滴下させた。次に、5倍モルのイミド化触媒であるトリエチルアミン(55.53mL)を滴下し、24h撹拌を行い目的の6FDA−6FAPを合成し、H−NMRスペクトルで6FDA−6FAPであることを確認した。収量は59.2gであった。
得られたポリマー溶液を貧溶媒であるメタノールにゆっくり滴下し、粒状のポリイミドを得た。一晩自然乾燥後、150℃、15時間で真空乾燥を行った。
【0035】
(1−2)式(III)の含フッ素ポリイミドの製造
芳香族ジアミンとして、m−DDS:3,3’−ジアミノジフェニルスルホン26.69102(g)、79.8(m・mol)を用いた以外は、(1−1)と同様に、6FDAと反応させ、6FDA−m−DDSを収量53.4gで得た。
【0036】
(1−3)式(IV)の含フッ素ポリイミドの製造
芳香族ジアミンとして、p−DDS:4,4’−ジアミノジフェニルスルホン19.82702(g)、79.8(m・mol)を用いた以外は、(1−1)と同様に、6FDAと反応させ、6FDA−p−DDSを収量51.2gで得た。
【0037】
(1−4)式(V) の含フッ素ポリイミドの製造
芳香族ジアミンとして、p−APPF:2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]ヘキサフルオロプロパン41.39879(g)、79.8(m・mol)を用いた以外は、(1−1)と同様に、6FDAと反応させ、6FDA−p−APPFを収量73.9gで得た。
【0038】
(1−5)式(VI) の含フッ素ポリイミドの製造
芳香族ジアミンとして、p−APPS:ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン34.53559(g)、79.8(m・mol)を用いた以外は、(1−1)と同様に、6FDAと反応させ、6FDA−p−APPSを収量66.1gで得た。
【0039】
(1−6)
式(VII)の場合:m−APPS:ビス[4−(3−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン34.53559(g)、79.8(m・mol)を用いた以外は、(1−1)と同様に、6FDAと反応させ、6FDA−m−APPSを収量67.8gで得た。
【0040】
(1−7)式(VIII)の含フッ素ポリイミドの製造
芳香族ジアミンとして、6FAP(26.69102(g)、79.8(m・mol))及び1,3−ジアミノ−2,4,6−トリメリルベンゼン(11.99522(g)、79.8(m・mol))を用いた以外は、(1−1)と同様に、6FDA(70.94608(g)、159.6(m・mol))と反応させ、ランダム共重合体である6FDA−p−6FAP−r−MPAを収量93.4gで得た。
【0041】
(1−8)式(IX)の含フッ素ポリイミドの製造
6FAP(26.69102(g)、79.8(m・mol))と6FDA(35.47304(g)、79.8(m・mol))、及び1,3−ジアミノ−2,4,6−トリメリルベンゼン(11.99522(g)、79.8(m・mol))と6FDA(35.47304(g)、79.8(m・mol))をそれぞれ反応させ、非特許文献2の方法に記載のブロック共重合体製造方法に従い、ブロック共重合体である6FDA−p−6FAP−b−MPAを収量90.8gで得た。
【0042】
(実施例2)
血管内皮細胞として、ウシ大動脈内皮細胞(BAEC)を用い、BAEC培養細胞(Cell Systems (Kirkland, WA)社)を、細胞培養用フラスコにより培養・継代し、継代数10代目の細胞を得た。
実施例(1−1)で製造した含フッ素ポリイミド(6FDA−6FAP)膜(ラビング処理行っていない緻密膜)表面に2.7×10cells/mlの濃度で播種して、ウシ大動脈内皮細胞(BAEC)含有培地(RPMI 1640+10% FBS+抗生物質)を用いて37℃で4日間培養した。なお、ここで用いた含フッ素ポリイミド緻密膜は、溶媒キャスト法で作成したものであり、具体的には含フッ素ポリイミド(分子量Mw:39万)を低沸点溶媒であるテトラヒドロフラン(THF)に溶解させ、溶媒キャスト法により製膜を行った。
含フッ素ポリイミド粒を1.1g量りとりTHF23mlで溶解させ、一晩撹拌してポリマー溶液を得た。このポリマー溶液を製膜用ガラスフィルターで濾過し、ガラスシャーレ上に展開した。これを水準器で水平にした真空乾燥機中に静置し、30℃に保ちながら0.01〜0.02Mpa/1hrでゆっくり真空引きを行い、10hrかけて溶媒を蒸発させ製膜した。製膜されたシャーレに超純水を入れてピンセットで剥がし、水分をよくふき取った。アルミを敷いた板の上に緻密膜を置き、反り返らないように周りに錘を置いて、150℃で15時間熱処理を行った。
その結果、緻密膜上でネットワーク構造が形成されることが観察された(図2)。
血管内皮細胞が管状構造を形成する際には、血管の遊走や枝分かれが生じてネットワーク構造をとることが知られていることから、上記緻密膜上で形成されたネットワーク構造は管状構造の前段階で、このまま管形成しやすい条件で培養すれば管を巻くと予想された。そこで、緻密膜上でネットワークを形成したBAECが管を巻く条件について検討を行った。
【0043】
(実施例3)ゲル培養方法の検討
2次元的に接着しているBAECに3次元的な管状構造を形成させるためには3次元空間を提供してやることが必要であるため、ゲル培養を行うことにし、この実験ではBDマトリゲルTMを用いた。
マトリゲルとは、Engelbreth−Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫から抽出した細胞外マトリックスタンパク質に富む可溶性基底膜調整液であり、主成分は、ラミニン、コラーゲンIV、エンタクチン、およびへパラン硫酸プロテオグリカン1で、TGF−β、線維芽細胞増殖因子、組織プラスミノーゲン活性化因子2など、EHS腫瘍が産生する増殖因子も含まれる。マトリゲルは、温度を上げるとゲル化して哺乳類の細胞基底膜と似た生物活性のあるマトリックスとなる。本実施例では、日本BD社製の「Growth Factor Reduced BD Matrigel Matrix (Catalog Number: 354230)」を用いた。
【0044】
実施例2と同様に含フッ素ポリイミド膜(緻密膜)表面で4日間培養し、次いでBDマトリゲルを用いて、下記の(a)(b)(c)の培養法及びコントロールでゲル培養を行った。(それぞれの培養法を図3で図示する。)
いずれのBDマトリゲル(日本BD社)も、氷で冷やしながら300−500mlずつシャーレに分注して37℃でインキュベートしゲル化させたものであり、ゲルの厚さは約1mmであり、BAECは、3x10cells/ml播種し、37℃で77時間培養した。それぞれの培養直後、3時間後、24時間後、32時間、77時間後の細胞の状態を図4に示す。
(a)TCPSで表面がコートされたシャーレにゲル層を形成し、その上にBAECを播種し、その上からさらにゲル層を形成させる手法。(サンドイッチ法)
(b)含フッ素ポリイミド膜表面で集積されたBAECの上にゲル層を被せる手法(Cover法)
(c)含フッ素ポリイミド膜を倒置してゲル層上に載置する手法(Transcript法)
(コントロール)TCPSに直接BAECを播種して培養する。
その結果、ゲル培養開始後3時間後では、(a)のサンドイッチ培養で若干細かいネットワークが観察されたものの、他はほとんど変化が見られなかった。培養を続け、24時間後から(c)のtranscript法でゲル培養したBAECにネットワーク構造が観察され、32時間後には非常に広範囲に大きなネットワーク構造が観察された(図5)。一部を拡大すると、はっきりと管状の形態が観察された(図6)。
緻密膜は細胞の接着性が緩やかなため、BAECの移動を妨げないことから、ネットワーク構造を形成しやすく広範囲で大きなネットワークが形成したと考えられる。
また、さらに3日以上ゲル培養を続けることで、(b)のCover法でも管状構造の形成が見られた。Cover法よりもTranscript法の方が管状構造の形成が早いのは、重力や細胞の極性の影響が考えられる。
【0045】
(実施例4)イオン注入処理膜上での管状構造形成
含フッ素ポリイミド(Mw=39万)の緻密膜を実施例1と同様な溶媒キャスト法で作成し、その表面に、パターン状に、細胞の接着しやすい領域を設けるために、スフェロイド形成の際に用いたイオン衝撃処理を施し、イオン注入装置(理研製)により、Heイオンを50keVで1×1015ions/cmを注入した。
その際に、孔を設けたマスクを被せ、Heイオンを照射して、ライン状、チェック状、及び円形状パターンを形成した。(なお、チェックはラインを交差させて用いた。)
上記イオン注入した膜に対して3.0×10cells/mlの濃度でBAECを播種して、実施例2のCover法及びTranscript法を適用して37℃で2日間培養した。
その結果、ライン状(図7)、チェック状、及び円形状いずれのパターンの場合であっても、ゲル培養するとイオン注入部位で細かい網目状に管腔形成されたが、効率的に膜が作成でき、かつ網目状構造がきれいに形成される点で最適なのは、円形照射であった。(図8)
円形照射で得られたパターン上での2日間の培養により、形成できた網目状の血管様組織は、静かに膜をはがしても、網目状構造を保っていた(図9)。
【0046】
(実施例5)スフェロイドとの共培養
(5−1)スフェロイドの培養
ヒト肝癌細胞(HepG2)を、DMEM培地(10% FBS+抗生物質含有)を用い、細胞培養用フラスコで培養・継代し、細胞数を十分に増やしておいた。
実施例1で用いたのと同様に製造された含フッ素ポリイミド膜に速度20mm/sec圧力5MPaでラビング処理を行った。このラビング処理膜に2x10cells/mlの濃度でHepG2を播種し、3〜4日間培養してスフェロイドを形成させた。スフェロイドはピペッティングで剥がし、500rpm,8min遠心分離により回収した。
【0047】
(5−2)血管様組織の培養及びスフェロイドの融合体の形成
ラビング処理を行っていない含フッ素ポリイミド膜に対し、実施例3と同様の手法で、4径の円形マスクを用いて、イオン種:He,加速:50keV,注入量:1x1015ions/cmの条件でイオン注入し、パターニング処理を行った。当該膜に3x10cells/mlの濃度でBAECを播種し、4日間培養した。
二次元ネットワーク化されたBAECが接着した膜を倒置してゲル上に貼り付け(transcript法)、37℃でインキュベートし、5時間後に培地を加えてゲル培養を行った。1〜2日後に管状構造の形成を確認し、ゲルからイオン注入処理膜を剥がして管状構造を露出した。
【0048】
(5−3)
当該管状構造を有する3次元ネットワーク化した血管様組織を含むゲル層の表面に、回収したHepG2のスフェロイドを播種し、37℃で培養して挙動を観察した。共培養の培地にはDMEM:RPMI1640=1:1の混合培地を用いた。
培養して2日目には、図9で見られるよう血管状組織の周囲を覆うようにスフェロイドが成長しているのが観察された。一部はスフェロイドと血管の融合も認められた。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の血管様組織を内在させたゲル層は、血管組織が損傷を受けた生体組織に対して、直接貼付剤などとして血管様組織を供給するか、またはゲルから血管様組織を取り出して生体内の血管と繋ぐことで、損傷血管の再生に用いることができる。
また、本発明の血管・スフェロイド融合体は、将来スフェロイド由来組織からの臓器の再生、又はそれらの組織と人工物を融合した人工臓器の提供が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】血管組織を備えたスフェロイド複合体形成方法の概念図。
【図2】ゲル培養法概念図:上からTCPS(コントロール:TCPSでコートしたシャーレに直接播種しゲルを注入)、Sandwiches法、Cover法、Transcript法。
【図3】含フッ素ポリイミド膜(緻密膜)表面でのBAECのネットワーク形成。
【図4】BAECのマトリゲル培養結果:左からTCPS(コントロール)、サンドイッチ法、Cover法、Transcript法による。
【図5】Transcript法でゲル培養した32時間後のBAECのネットワーク構造。
【図6】図5の一部拡大図。中央部分に管状構造が見られる。
【図7】含フッ素ポリイミド膜表面にライン状のイオン注入領域を設けてBAECを播種し、2日間培養後の血管組織のネットワーク構造:上から、イオン注入幅80,120,160,200μm。
【図8】円形パターンイオン注入処理膜を用いた場合の血管組織のネットワーク構造:上から、イオン注入径80,140,180,220μm。
【図9】膜から剥離直後の血管様組織:Aは剥離前、Bは剥離後。
【図10】血管組織とスフェロイドとの共培養。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管形成細胞を含フッ素ポリイミド膜表面上で培養した後、当該膜を反転させてゲル上に載置し、あるいはゲルでポリイミド膜表面を被い、培養を続けることを特徴とする、血管様組織形成方法。
【請求項2】
前記含フッ素ポリイミド膜表面が、細胞接着性を高めた領域をパターン状に有しており、前記血管形成細胞は、当該パターン状表面領域に播種されていることを特徴とする、請求項1に記載の血管様組織形成方法。
【請求項3】
前記パターン状表面領域が、含フッ素ポリイミド膜表面がイオン衝突により改質されたものであることを特徴とする、請求項2に記載の血管様組織形成方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかの方法で形成された血管様組織を内在させたゲル層。
【請求項5】
請求項4に記載の血管様組織を内在させたゲル層上にスフェロイドを播種したことを特徴とする、血管・スフェロイド融合体の形成方法。
【請求項6】
請求項5に記載の方法により得られた、血管様組織を備えたスフェロイドからなる血管・スフェロイド融合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−213716(P2009−213716A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−61662(P2008−61662)
【出願日】平成20年3月11日(2008.3.11)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】