説明

衛生陶器

【課題】 良好な光触媒活性を維持しながら、高い耐水性および耐摩耗性を有する光触媒層が設けられた衛生陶器を提供する。
【解決手段】 釉薬層と、その上に設けられた光触媒層とを有してなる衛生陶器であって、前記光触媒層が、酸化チタンの前駆体と酸化ジルコニウムの前駆体とを共に焼成して得られた酸化物被膜であり、かつ酸化チタンを65〜90質量%および酸化ジルコニウムを10〜35質量%含んでなることを特徴とする衛生陶器。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大便器、小便器、洗面器、手洗い器等の衛生陶器に関し、さらに詳しくは耐水性、耐摩耗性に優れた光触媒層をその表面に有する衛生陶器に関する。
【背景技術】
【0002】
衛生陶器表面、例えば便器のボウル面に光触媒表面層を形成し、その光触媒層に紫外線を照射することで発揮する親水性を利用して、汚物付着を抑制し、水洗性能を向上させた便器などの衛生陶器が知られている。このような衛生陶器は、親水性による汚物付着抑制とともに、光触媒による分解作用によって菌の繁殖も抑制できることから、清掃負荷を軽減させるものとして優れたものである。
【0003】
このような衛生陶器としては、例えば、特開平9−78665号公報(特許文献1)には、その表面に酸化チタンとシリカとを含んでなる層を形成し、その層が、紫外線照射により親水性となり、汚れの付着を防止するとした便器の開示がある。また、特開平11−228865号公報(特許文献2)には、光触媒層の膜硬度を高めるためにチタンアルコキシドとシリコンアルコキシドを用いることが提案されている。さらに、特開平10−114546号公報(特許文献3)には、酸化チタンの層の上にジルコニウムアルコキシドを被覆し焼成することで、長期の光触媒の活性が維持されるとの開示がある。
【0004】
このような光触媒層を持つ衛生陶器にあっては、衛生陶器は比較的湿潤な環境化におかれるため、水による光触媒層の劣化が起こることが明らかになってきた。特に、水道中の溶存イオンの影響により、その劣化が助長されることも分かってきた。従って、衛生陶器表面の光触媒層には、水に対する耐久性(以下、本明細書においては耐水性ということがある)が必要とされる。更に、光触媒層を設けることで衛生陶器の清掃の頻度は減るものの、清掃はその表面をブラシ等でこすられることから光触媒層にとっては過酷であるといえ、従って、衛生陶器表面の光触媒層には、高い耐摩耗性が必要とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−78665号公報
【特許文献2】特開平11−228865号公報
【特許文献3】特開平10−114546号公報
【発明の概要】
【0006】
本発明者らは、今般、光触媒層を構成する酸化物被膜を、酸化チタンの前駆体と酸化ジルコニウムの前駆体とを共に焼成して形成することで、良好な光触媒活性を維持しながら、高い耐水性および耐摩耗性を有する光触媒層が衛生陶器の釉薬表面に得られるとの知見を得た。本発明はかかる知見に基づくものである。
【0007】
したがって、本発明は、良好な光触媒活性を維持しながら、高い耐水性および耐摩耗性を有する光触媒層が設けられた衛生陶器およびその製造方法の提供をその目的としている。
【0008】
そして、本発明による衛生陶器は、釉薬層と、その上に設けられた光触媒層とを有してなる衛生陶器であって、前記光触媒層が、酸化チタンの前駆体と酸化ジルコニウムの前駆体とを共に焼成して得られた酸化物被膜であり、かつ酸化チタンを65〜90質量%および酸化ジルコニウムを10〜35質量%含んでなることを特徴とするものである。
【0009】
また、本発明による上記した衛生陶器の製造方法は、酸化チタンの前駆体と酸化ジルコニウムの前駆体とを少なくとも含む溶液を、衛生陶器表面に適用し、その後焼成して光触媒層とする工程を少なくとも含んでなることを特徴とするものである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
定義
本発明において、「衛生陶器」とは、トイレおよび洗面所周りで用いられる陶器製品を意味し、具体的には大便器、小便器、便器のサナ、便器タンク、洗面台の洗面器、手洗い器などを意味する。また、「陶器」とは、陶磁器のうち、素地の焼き締まりがやや吸水性のある程度で、かつ表面に釉薬を施したものを意味する。
【0011】
光触媒層
本発明による衛生陶器は、その表面に光触媒層を有し、この光触媒層が酸化チタンの前駆体と酸化ジルコニウムの前駆体とを共に焼成して得られた酸化物被膜からなる。
【0012】
本発明において、酸化チタンの前駆体としては、チタンアルコキシドおよびチタンキレートが好適に利用できる。チタンアルコキシドは、一般式:Ti(OR)で基本的に表されるものであり、加水分解によって光触媒性酸化チタンを生じさせるものであれば限定されない。式中の(OR)の一部がアセチルアセトネート(C)やエチルアセトアセテート(C)で置換されていてもよい。本発明の好ましい態様によれば、チタンアルコキシドは、アルコキシド(RO−)の有機基R部分が低級(好ましくはC1−6)アルキル基であるものである。その好ましい具体例としては、テトラエトキシチタン、テトライソプロポキシチタン、テトラn−プロポキシチタン、テトラブトキシチタン、テトラメトキシチタン、チタンジイソプロポキシビス(アセチルアセトネート)、チタンジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート)等が挙げられる。また、チタンキレートとしては、例えばチタンテトラアセチルアセトネートが挙げられる。
【0013】
また、酸化ジルコニウムの前駆体としては、ジルコニウムアルコキシドおよびジルコニウムキレートが好適に利用できる。ジルコニウムアルコキシドは、一般式:Zr(OR)で基本的に表されるものであり、加水分解によって酸化ジルコニウムを生じさせるものであれば限定されない。式中の(OR)の一部がアセチルアセトネート(C)やエチルアセトアセテート(C)で置換されていてもよい。本発明の好ましい態様によれば、アルコキシド(RO)の有機基R部分がジルコニウムアルコキシドは、アルコキシド(RO−)の有機基R部分が低級(好ましくはC2−6)アルキル基であるものである。その好ましい具体例としては、ジルコニウムテトラエトキシド、ジルコニウムテトライソプロポキシド、ジルコニウムテトラブトキド、ジルコニウムトリブトキシモノアセチルアセトネート、ジルコニウムジブトキシビス(エチルアセトアセテート)、ジルコニウムモノブトキシアセチルアセトネートビス(エチルアセトアセテート)などが挙げられる。また、ルコニウムキレートとしては、例えばジルコニウムテトラアセチルアセトネートが挙げられる。
【0014】
本発明において、酸化チタンの前駆体と酸化ジルコニウムの前駆体とを共に焼成して酸化物被膜を得る。焼成は、酸化チタンの前駆体が光触媒性酸化チタンとなり、かつ酸化ジルコニウムの前駆体が酸化ジルコニウムとなるのに必要な温度と時間で行われればよい。温度および時間は、良好な光触媒活性の酸化チタンと、耐水性および耐摩耗性を有した酸化物被膜が得られる限り、適宜決定されてよいが、例えば、700〜800℃の温度で、0.5〜3時間行われればよく、好ましくは725〜775℃の温度で、1〜2時間程度である。
【0015】
本発明において、酸化チタンの前駆体と酸化ジルコニウムの前駆体とを共に焼成して得られた酸化物被膜からなる光触媒層は、高い耐水性および耐摩耗性を有する。その理由は定かではないが、以下の様に考えられる。なお、以下の説明はあくまで仮定であって、本発明はこれに拘束されるものではない。すなわち、酸化ジルコニウムが光触媒性、すなわち結晶性酸化チタンの表面に析出することにより、Ti−O−Tiよりも化学的かつ物理的に強固なZr−O−Ti結合を形成していること、また釉薬層との界面に析出することにより、Ti−O−Siよりも化学的かつ物理的に強固なZr−O−Si結合を形成していることが理由と考えられる。この結合は、チタンアルコキシド単独を出発物質として得られた酸化チタン、またはTi−O−Ti結合よりも化学的安定性の低いTi−O−Si結合が存在するチタンおよびシリコンアルコキシドを出発物質とした酸化チタンに比較して、耐水性および耐摩耗性に優れるものと考えられる。これらの結合の相違は酸化物被膜、すなわち光触媒層の物理的構造にも反映されていると考えられるが、その微視的な相違は僅かで種々の測定または同定方法では明確に現時点では出来ずにいるが、結果として得られた酸化物被膜の高い耐水性および耐摩耗性の存在は明らかである。
【0016】
本発明において、光触媒層は、酸化チタンを65〜90質量%および酸化ジルコニウムを10〜35質量%含んでなる。酸化チタンは好ましくは67.5〜85質量%であり、より好ましくは70〜80質量%である。酸化ジルコニウムは好ましくは15〜32.5質量%であり、より好ましくは20〜30質量%である。
【0017】
衛生陶器
衛生陶器素地
本発明による衛生陶器の陶器素地は、特に限定されず、通常の衛生陶器素地であってよい。また、最表層の上記表面性状を有した釉薬層の下に、中間層となる釉薬層が設けられていてもよい。
【0018】
製造方法
本発明による衛生陶器は、以下のような方法により好ましく製造することができる。すなわち、まず、陶器素地を、ケイ砂、長石、粘土等を原料として調製した衛生陶器素地泥漿を、吸水性の型を利用した鋳込み成形を用いて、適宜形状に成形する。その後、乾燥させた成形体表面に、上記釉薬原料をスプレーコーティング、ディップコーティング、スピンコーティング、ロールコーティング等の一般的な方法を適宜選択して塗布する。得られた表面釉薬層の前駆層が形成された成形体を、次に焼成する。焼成温度は、陶器素地が焼結し、かつ釉薬が軟化する1,000℃以上1,300℃以下の温度が好ましい。
【0019】
釉薬
本発明による衛生陶器の釉薬層を生成する釉薬は、上記した表面性状が実現できる限り、その組成は限定されない。本発明において、一般的には釉薬原料とは、珪砂、長石、石灰石等の天然鉱物粒子の混合物と定義する。また顔料とは、例えば、コバルト化合物、鉄化合物等であり、乳濁剤とは、例えば、珪酸ジルコニウム、酸化錫等である。非晶質釉薬とは、上記のような天然鉱物粒子等の混合物からなる釉薬原料を高温で溶融した後、急冷してガラス化させた釉薬をいい、例えば、フリット釉薬が好適に利用可能である。
【0020】
本発明の好ましい態様によれば、好ましい釉薬組成は、例えば、長石が10wt%〜30wt%、珪砂が15wt%〜40wt%、炭酸カルシウムが10wt%〜25wt%、コランダム、タルク、ドロマイト、亜鉛華が、それぞれ10wt%以下、乳濁剤および顔料が合計15wt%以下のものである。
【0021】
製造方法
本発明による衛生陶器は、釉薬層を有する衛生陶器に、チタンアルコキシドとジルコニウムアルコキシドとを含んでなる溶液、すなわちコーティング液を適用、好ましくは塗布して、その後焼成することにより製造することが出来る。
【0022】
コーティング液には、チタンアルコキシドおよびジルコニウムアルコキシドに加え、次のような成分を加えることが出来る。例えば、光触媒層の均一性を上げるためにレベリング剤などの界面活性剤が挙げられる。
【0023】
また、コーティング液の溶媒としては、エタノール、イソプロパノール、ノルマルブタノールなどのアルコール類、メチルセロソルブ、ブチルセロソルブなどのセロソルブ類、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類、や酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル類が挙げられるが、チタンアルコキシドおよびジルコニウムアルコキシドが溶解する溶媒であれば特に限定されない。
【0024】
コーティング液の衛生陶器への適用は、好ましくは、刷毛塗り、ローラー、スプレー、ロールコーター、フローコーター、ディップコート、流し塗り、スクリーン印刷等、一般に広く行われている方法により行われてよい。コーティング液の衛生陶器への塗布後、焼成を行う。焼成の温度および時間は上記した範囲で行われればよい。
【実施例】
【0025】
本発明を以下の例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0026】
なお、衛生陶器表面に形成した光触媒層の水に対する耐久性(耐水性)の評価に関しては、耐アルカリ性の試験と略同様の傾向を示すため、本実施例では、以下に記載する耐アルカリ性試験を用いて評価を行った。
【0027】
光触媒層形成のための塗布液の調製
チタンアルコキシド(チタンジイソプロポキシビス(アセチルアセトネート、NDH−510C、日本曹達株式会社製)と、ジルコニウムアルコキシド(ジルコニウムトリブトキシモノアセチルアセトネート、オルガチックスZC−540、マツモトファインケミカル株式会社製)とを、焼成後の固形分の重量比が下記の表に記載される割合となるように混合した。次いで、この混合物を、2-プロパノール(80%)とメチルセロソルブ(20%)の混合溶媒で、焼成後の固形分が1%になるように希釈し、希釈液を攪拌機で混合した。得られた混合液を1時間以上放置して、これを塗布液とした。
【0028】
陶器タイル作成
陶器原料を鋳込み成形して素地を得て、この素地の表面にハンドスプレーガン(F100 明治機械製作所株式会社製)を使用して釉薬を塗布した。続いて、徐々に昇温および降温しながら最高温度1180℃に設定されたトンネル窯を24時間通過させて焼成して、陶器タイルを得た。
【0029】
光触媒層の形成
上で得られた陶器タイル表面に、ハンドスプレーガン(F100 明治機械製作所株式会社製)を用いて、上で得た塗布液を焼成後の膜厚が100nmになるように塗布量を制御してコーティングした。次いで、徐々に昇温および降温しながら最高温度770℃に設定された高温電気炉(FUH732DA ADVANTEC株式会社製)で24時間かけて焼成して、光触媒コーティングタイルを得た。
【0030】
親水性試験
得られた光触媒コーティングタイルに、ブラックライト(FL20SBLB−A 東芝ライテック株式会社製)を、紫外線照度計(光触媒用光パワーメータ(C9536−01、H9958)浜松ホトニクス株式会社製)の測定値が0.2±0.01mW/cmとなるようにして、5時間照射した。次いでタイル表面に蒸留水を散水して、水膜形成の確認、および水膜が破壊するまでの時間を測定した。その結果を、以下の基準で評価した。
水膜を形成し、30秒以上保持する:○
水膜を形成するが、30秒以上保持できない:△
水膜を形成しない:×
【0031】
光触媒活性
光触媒コーティングタイルの光触媒活性を、JIS R1703−2に準じたメチレンブルー分解指数で評価した。その結果を以下の基準で評価した。
分解指数が10以上:○
5以上10未満:△
分解指数が5未満:×
【0032】
耐アルカリ性試験(耐水性評価)
光触媒コーティングタイルを、30℃に保持した5%水酸化ナトリウム(試薬特級 和光純薬工業株式会社製)水溶液に浸漬した。所定時間浸漬後、JISK5600−5−6に基づきテープ剥離試験を実施した。その結果を以下の基準で評価した。
80時間浸漬で剥離なし:○
80時間以下の浸漬で剥離:△
40時間以下の浸漬で剥離:×
【0033】
耐摺動性試験
ラビングテスター(太平理化工業株式会社製)を使用して、光触媒コーティングタイルの耐摺動性試験を実施した。スコッチブライト(SS−72K 住友3M株式会社製)を2.24cm角に切断したものを、両面テープを用いて不織布の部分が摺動面に当たるようにヘッドに接着したあと、蒸留水で濡らした。次いで、250gの錘を載せて(荷重条件:5kPa)所定回数摺動し、表面のキズの有無を目視で確認した。ウレタンスポンジは1000回摺動ごとに新しいものと取り替えた。結果を以下の基準で評価した。
2000回摺動後に視認できるキズなし:○
1000回摺動後に視認できるキズなし:△
1000回摺動後に視認できるキズあり:×
【0034】
以上の結果は、下記の表に示される通りであった。
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
釉薬層と、その上に設けられた光触媒層とを有してなる衛生陶器であって、
前記光触媒層が、酸化チタンの前駆体と酸化ジルコニウムの前駆体とを共に焼成して得られた酸化物被膜であり、かつ酸化チタンを65〜90質量%および酸化ジルコニウムを10〜35質量%含んでなることを特徴とする、衛生陶器。
【請求項2】
前記光触媒層中の酸化チタン量が65〜85質量%であり、酸化ジルコニウム量が15〜35質量%である、請求項1に記載の衛生陶器。
【請求項3】
前記光触媒層が、メチレンブルー分解指数5以上を有するものである、請求項1または2に記載の衛生陶器。
【請求項4】
前記光触媒層の膜厚が50〜200nmである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の衛生陶器。
【請求項5】
前記焼成が700〜800℃で行われた、請求項1〜4のいずれか一項に記載の衛生陶器。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の衛生陶器の製造方法であって、
酸化チタンの前駆体と酸化ジルコニウムの前駆体を少なくとも含む溶液を、前記衛生陶器表面に適用し、その後焼成して光触媒層とする工程を少なくとも含んでなることを特徴とする、製造方法。
【請求項7】
前記焼成を700〜800℃の温度で行う、請求項6に記載の製造方法。


【公開番号】特開2012−206907(P2012−206907A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−74621(P2011−74621)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000010087)TOTO株式会社 (3,889)
【Fターム(参考)】