説明

表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法とその検出装置、並びにケミカルピーリング剤とそのスクリーニング方法、表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活方法

【課題】 被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を簡便、かつ迅速に検出することができる、新規の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法を提供する。
【解決手段】 表皮細胞に接触させた被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用と、表皮細胞のVR1活性とを関連付けて、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法に関し、さらに、皮膚のシワ、シミ、クスミ、ニキビ等の改善を図ることができるケミカルピーリング剤のスクリーニング方法、表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ケミカルピーリングとは、薬剤を皮膚に塗布し、その作用により表面を剥離させることである。ケミカルピーリングの薬剤(ケミカルピーリング剤)としては、例えば、グリコール酸、サリチル酸、トリクロール酢酸及び乳酸などが知られている。そして、ケミカルピーリングを利用して、その後の創傷治療やそれに伴う炎症反応によって皮膚の再生を促すことで、シワ、シミ、クスミ、ニキビ等の肌の治療が行われている。
【0003】
ケミカルピーリングは、その作用がわかっているものの、メカニズムについて得られている知見はまだ少ない。非特許文献1は、α−ヒドロキシ酢酸(グリコール酸)を用いたケミカルピーリングにおいて、ケラチノサイトから放出されるサイトカインIL−1αが真皮線維芽細胞のコラーゲン合成を促進することを開示している。また、特許文献1では、α−ヒドロキシ酢酸が真皮線維芽細胞を増殖させることを開示しているが、ケミカルピーリングとの関連及びそのメカニズムに関しては開示していない。
【0004】
ところで、哺乳動物の皮膚細胞膜には、神経細胞膜において認められる各種神経系情報伝達物質の受容体と同等のものが存在することが近年見出されている。しかし、神経系情報伝達のメカニズムについてはかなり解明されるに至っているものの、皮膚細胞におけるそれら受容体の働きについてはほとんど研究されていなかった。
【0005】
例えば、1997年、Caterinaらにより神経細胞受容体であるVR1受容体(vanilloid receptor subtype 1:以下、VR1という)がクローニングされた(非特許文献2)。VR1は別名カプサイシン受容体とも呼ばれ、構造的にTRP(Transient Receptor Potential)チャンネルファミリーに属する6個の膜貫通ドメインを有するカチオンチャンネルTRPV1である。VR1は、トウガラシ莢果の成分であるカプサイシンや、組織損傷の結果として生じる熱及びプロトンなどにより活性化され、カチオン、主としてカルシウムイオンの輸送を起こす。前記イオンは濃度勾配の低い方へ流れ、最初に脱分極、そして神経末端からの神経伝達物質の遊離を引き起こす。このVR1は表皮細胞にも存在し、VR1刺激により表皮細胞内のカルシウムイオン濃度が変動することが明らかにされている(特許文献2)。しかし、表皮細胞のVR1が表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖と関連するという知見は得られていなかった。
【特許文献1】特開平5−112422号公報
【特許文献2】特開2002−372530号公報
【非特許文献1】Exp Dermatol, 12(Supply 2), 57-63, 2003. Okano Y, Funasaka Y. et al.
【非特許文献2】Nature 389, 816-824, 1997. Caterina MJ, Schumacher MA, TominaGA M, Rosen TA, Levine JD, Juius D.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、ケミカルピーリングのメカニズムに関して得られている知見はまだ少ない。本発明者らは、表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖のメカニズムを明らかにすることができれば、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を簡便、かつ迅速に検出することができると考えた。
【0007】
そこで、本発明は、ケミカルピーリング剤による表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖のメカニズムを明らかにするとともに、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を簡便、かつ迅速に検出することができる、新規の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法と、ケミカルピーリング剤のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を鑑みて鋭意検討した結果、代表的なケミカルピーリング剤であるグリコール酸(以下、GAという)による表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖のメカニズムを解明するのに成功した。そのメカニズムは、「GAが表皮細胞のVR1を刺激→表皮細胞内へCa2+が流入→表皮からATPが遊離→表皮細胞が増殖・表皮からIL−1αが遊離→真皮線維芽細胞が増殖」というものである。酸などの刺激によりVR1が活性化することにより、表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖が促進されるということはこれまで報告されておらず、VR1と表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖との関連を見出したことは、上記メカニズムを解明する上で特に重要であった。
【0009】
そして、このメカニズムの解明により、表皮細胞内のVR1の活性を評価し、ケミカルピーリング剤の候補となる物質を選定できることを見出し、本発明を完成するに到った。すなわち、本発明は、以下の通りである。
【0010】
本発明の請求項1記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法は、表皮細胞に接触させた被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用と、表皮細胞のVR1活性とを関連付けて、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を検出することを特徴とする。
【0011】
本発明の請求項2記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法は、被験物質の接触により表皮細胞のVR1活性が認められた場合に、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用があるものと判定することを特徴とする。
【0012】
本発明の請求項3記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法は、被験物質による表皮細胞におけるカルシウムイオン濃度の変動を指標として、表皮細胞のVR1活性を評価することを特徴とする。
【0013】
本発明の請求項4記載のケミカルピーリング剤のスクリーニング方法は、請求項1〜3のいずれか1項記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法を用いて、ケミカルピーリング剤の候補となる物質を選定する工程を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明の請求項5記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活方法は、請求項4記載のスクリーニング方法で選定されたケミカルピーリング剤を用いることを特徴とする。
【0015】
本発明の請求項6記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活方法は、表皮細胞にVR1活性を与えることを特徴とする。
【0016】
本発明の請求項7記載のケミカルピーリング剤は、表皮細胞にVR1活性を与える成分を含有することを特徴とする。
【0017】
本発明の請求項8記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置は、表皮細胞におけるVR1活性を検出する検出手段を備えたことを特徴とする。
【0018】
本発明の請求項9記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置は、前記検出手段は表皮細胞におけるカルシウムイオン濃度の変動を検出するものであることを特徴とする。
【0019】
本発明の請求項10記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置は、前記検出手段が検出したカルシウムイオン濃度の変動が所定の値を超えた場合に表皮細胞がVR1活性を有すると判定する判定手段を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明の請求項1記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法によれば、表皮細胞に接触させた被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用と、表皮細胞のVR1活性とを関連付けることにより、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を簡便、かつ迅速に検出することができる。表皮細胞内のVR1活性が高いほど、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用が大きくなり、表皮細胞内のVR1活性が低いほど、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用が小さくなる。
【0021】
本発明の請求項2記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法によれば、被験物質の接触により表皮細胞のVR1活性が認められた場合に、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用があるものと判定することにより、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を簡便、かつ迅速に検出することができる。
【0022】
本発明の請求項3記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法によれば、被験物質による表皮細胞におけるカルシウムイオン濃度の変動を指標として、表皮細胞のVR1活性を評価することにより、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を簡便、かつ迅速に検出することができる。
【0023】
本発明の請求項4記載のケミカルピーリング剤のスクリーニング方法によれば、VR1活性を評価し、ケミカルピーリング剤の候補となる物質を選定することにより、膨大な数の化合物から選定していくという従来の手法に比べて、有効な作用を有するケミカルピーリング剤を迅速、かつ的確に見つけることができる。また、高いVR1活性を与える物質からは、ケミカルピーリング作用が強い物質を、低いVR1活性を与える物質からは、ケミカルピーリング作用が弱い物質を選定することができる。このため、VR1活性を評価することにより、ケミカルピーリング作用を強くする、又はケミカルピーリング剤による皮膚刺激・ピリピリ感・痛みを抑えるためにケミカルピーリング作用を弱める等の目的に応じたケミカルピーリング剤をスクリーニングできる。
【0024】
本発明の請求項5記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活方法によれば、VR1活性の評価により選定されたケミカルピーリング剤を用いて、表皮細胞及び真皮線維芽細胞を賦活化させることができる。目的に適したケミカルピーリング剤を選定することにより、その表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活化を調節できる。
【0025】
本発明の請求項6記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活方法によれば、表皮細胞にVR1活性を与えることで、確実に表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活化が達成でき、表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖に寄与できる。
【0026】
本発明の請求項7記載のケミカルピーリング剤によれば、表皮細胞にVR1活性を与える成分を含有することで、確実に表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活化が達成でき、表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖に寄与でき、皮膚のシワ、シミ、クスミ、ニキビ等の改善を図ることができる。
【0027】
本発明の請求項8記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置によれば、表皮細胞におけるVR1活性を検出することで、表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を簡便、かつ迅速に検出することができる。
【0028】
本発明の請求項9記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置によれば、表皮細胞におけるカルシウムイオン濃度の変動を検出することで、表皮細胞におけるVR1活性を簡便、かつ迅速に検出することができる。
【0029】
本発明の請求項10記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置によれば、検出手段が検出したカルシウムイオン濃度の変動が所定の値を超えた場合に表皮細胞がVR1活性を有すると判定することで、表皮細胞がVR1活性を有することを簡便に判定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0031】
本発明は、発明者らが解明した、GAによる表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖のメカニズムに基づくものである。そのメカニズムは、「GAが表皮細胞のVR1を刺激→表皮細胞内へCa2+が流入→表皮からATPが遊離→表皮細胞が増殖・表皮からIL−1αが遊離→真皮線維芽細胞が増殖」という、一連のステップで、GAの刺激によりVR1が活性化することにより、表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖が促進されるというものである。
【0032】
本発明の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法は、上記のVR1を介した表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖メカニズムを利用するものであり、表皮細胞に接触させた被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用と、表皮細胞のVR1活性とを関連付けて、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を検出するものである。あるいは、被験物質の接触により表皮細胞のVR1活性が認められた場合に、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用があるものと判定するものである。
【0033】
ここで、表皮細胞とは、皮膚の表皮部分を形成する細胞である。表皮細胞は培養表皮細胞でもよい。表皮細胞の一つであるケラチノサイトは、培養細胞の入手が容易であるため本発明において好適である。また、表皮細胞の由来は限定されず、人、マウスなど幅広い動物を適用可能である。また、真皮線維芽細胞についても特定のものに限定されるものではない。
【0034】
本発明におけるVR1活性を評価する方法については特定の方法に限定されるものではないが、例えば、細胞内のカルシウムイオンの濃度の変動を指標としてVR1の活性を評価することができる。カルシウムイオン濃度の変動を検出するための方法については、従来から知られている方法を用いることができ、例えば、カルシウムイオン濃度に応じて呈色が認められる試薬(カルシウム指示薬)と表皮細胞を接触させて、その色の変化を評価することにより、カルシウムイオン濃度の変動を検出することができる。カルシウム指示薬としては、カルシウムとの結合により蛍光強度が変化するFura−2AM、Indo−1、Fluo−3、Rhod−2等が知られている。また、カルシウム指示薬として、エクオリン等のカルシウム感受性発光タンパク質を用いることもできる。
【0035】
このように、カルシウムイオン濃度の変動を検出する方法によって、表皮細胞内のカルシウムイオン濃度と、VR1活性を結びつけることで、表皮細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇した場合に、VR1活性があると判定することができる。また、表皮細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇が大きいほど、VR1の活性が高く、表皮細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇が少ないほど、VR1の活性が低いと判定することができる。
【0036】
そして、表皮細胞に接触させた被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用と、表皮細胞のVR1活性とを関連付けることにより、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を簡便、かつ迅速に検出することができる。なお、表皮細胞内のVR1活性が高いほど、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用が大きくなり、表皮細胞内のVR1活性が低いほど、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用が小さくなる。
【0037】
つぎに、本発明のケミカルピーリング剤のスクリーニング方法について説明する。なお、本発明のケミカルピーリング剤のスクリーニング方法は、上記表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法を用いるものであり、ケミカルピーリング剤の候補となる物質を選定する工程を含んでいる。
【0038】
まず、被験物質を表皮細胞に接触させる。つぎに、表皮細胞のVR1活性を評価する。VR1活性の評価には、細胞内のカルシウムイオンの濃度の変動を指標とすることができる。そして、前述のように、表皮細胞内のVR1の活性が高いほど、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用が大きくなり、表皮細胞内のVR1の活性が低いほど、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用が小さくなる。そして、表皮細胞のVR1活性に基づき、ケミカルピーリング剤の候補となる物質を選定する。
【0039】
ここで、VR1の活性が高いときは、ケミカルピーリング作用が強い物質であり、VR1の活性が低いときはケミカルピーリング作用が弱い物質である。このため、VR1の活性を評価することにより、ケミカルピーリング作用を強くする、又はケミカルピーリング剤による皮膚刺激・ピリピリ感・痛みを抑えるためにケミカルピーリング作用を弱める等の目的に応じたケミカルピーリング剤をスクリーニングできる。
【0040】
さらに、本発明の表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活方法は、本発明のケミカルピーリング剤のスクリーニング方法で選定されたケミカルピーリング剤を用いるものであり、表皮細胞及び真皮線維芽細胞を賦活化させることができる。そして、目的に適したケミカルピーリング剤を選定することにより、その表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活化を調節できる。
【0041】
また、本発明の表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活方法は、表皮細胞にVR1活性を与えるものである。表皮細胞にVR1活性を与えることで、確実に表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活化が達成でき、表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖に寄与できる。なお、表皮細胞にVR1活性を与える手段については、特定の手段に限定されない。
【0042】
本発明のケミカルピーリング剤は、VR1を介した表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖メカニズムを利用するものであり、表皮細胞にVR1活性を与える成分を含有している。表皮細胞にVR1活性を与える成分を含有することによって、確実に表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活化が達成できる。そして、本発明のケミカルピーリング剤を皮膚に塗布することによって、表皮細胞及び真皮線維芽細胞が増殖し、皮膚のシワ、シミ、クスミ、ニキビ等の改善を図ることができる。
【0043】
さらに本発明では、表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置(図示せず)を提供する。その検出装置は、表皮細胞におけるVR1活性を検出する検出手段を備えたものである。この検出手段としては、VR1活性を検出できるものであればよく、特定のものに限定されるものではないが、VR1活性とカルシウムイオン濃度の変動が関連していることから、検出手段としては表皮細胞におけるカルシウムイオン濃度の変動を検出するものが好ましい。
【0044】
より具体的には、例えば、蛍光強度比を測定できる装置で検出手段を構成することができる。この場合、既知のカルシウム指示薬と表皮細胞を接触させて、その蛍光強度比の変化を測定することにより、簡便にカルシウムイオン濃度の変動を検出することができる。
【0045】
さらに、本発明の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置は、検出手段が検出したカルシウムイオン濃度の変動が所定の値を超えた場合に表皮細胞がVR1活性を有すると判定する判定手段を備えたものである。この判定手段は、検出手段からの検出信号を受けて、その検出信号の変動の大きさ等に基づいて表皮細胞のVR1活性の有無を判定するものであり、コンピュータプログラムで構成することができる。なお、この判定手段による判定結果を表示する、ディスプレイ等の表示手段をさらに設けてもよい。
【0046】
このように、本発明の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置によれば、表皮細胞におけるVR1活性を検出することで、表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を簡便、かつ迅速に検出することができる。また、検出手段が検出したカルシウムイオン濃度の変動が所定の値を超えた場合に表皮細胞がVR1活性を有すると判定することで、表皮細胞がVR1活性を有することを簡便に判定することができる。
【0047】
以下、具体的な実施例について説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0048】
(実験1)マウス皮膚へのGAの塗布実験
目的:GA塗布による表皮増殖活性の変化および皮膚組織形態の変化を調べる。
【0049】
方法:正常ヘアレスマウス(HR−1)の背面を正中線で左右に分け、片側のみに40%(w/v)GA溶液50μlを10分間塗布後、温水で洗い流した。GAのpHは1.3,2.0,2.4,2.8の4種類を用いた。この塗布を3〜4日おきに繰り返し、合計3回行った。最後の塗布から48時間後に皮膚を採取した。また、人為的な皮膚バリア機能破壊モデルとして別のマウスにテープストリッピング(セロハンテープを貼ってはがす作業を4回繰り返し行ったもの)を行い2時間後に皮膚を採取した。各マウスのコントロールとして、塗布しなかった側の皮膚を採取した。これらの皮膚組織は定法に従いパラフィンブロックに包埋し、薄切切片を作製した。この切片でHE(ヘマトキシリン−エオジン)染色を行い組織の形態を比較した。
【0050】
結果:図1は、GA3回塗布48時間後のHE染色像である。なお、この各HE染色像中、上方のやや色の濃い帯状の部分が表皮であり、その下の部分が真皮である。実験1により、炎症を惹起するテープストリッピングとGAによるケミカルピーリングの違いが明らかになった。どちらも表皮肥厚が見られ、表皮細胞の増殖活性を増加させるが、GAの作用の方が弱かった。GAはpHが低いほど表皮肥厚の作用が強かった。GA(pH2.8〜2.0)により炎症は生じなかった。また、テープストリッピングは皮膚バリアを破壊するが、GAは角層水分蒸発量の変化が少なく、ほとんど皮膚バリアを破壊しなかった。以上の結果より、GAは炎症や皮膚バリア破壊を起こさず、マイルドな表皮細胞の増殖を促す作用があることが確認された。
【0051】
(実験2)テストスキンへのGA塗布実験
目的:テストスキンへのGA塗布後の細胞増殖活性の変化及びそのメカニズムを解析する。
【0052】
方法:テストスキンは、ヒト由来表皮ケラチノサイト(表皮細胞の一つである表皮角化細胞)から成る表皮層と真皮線維芽細胞を包埋したコラーゲンゲルから成る3次元皮膚モデルであり、特に表皮層はマウスよりもヒトの皮膚に近い厚さをもち、培養しながら情報伝達物質などの測定が容易である。表皮の上には角質層も形成されており、薬剤の塗布と除去が可能である。
【0053】
そこで、東洋紡製のテストスキン(LSE−High)を添付プロトコールに従って培養した。添付のシリコンリングを表皮上に装着し、200μlの40%GA溶液(pH1.3,2.0,2.4,2.8)をリングの中央に入れ一定時間後(1.5分,3分,5分)、GAを吸引除去した。さらに培養液で3回表面を洗浄し完全に水分を吸引除去し、培養を続けた。このGA処理の10分後および1時間後に培養液を回収し、新しい培養液に交換した。
【0054】
続いて24時間後または48時間後に培養液とテストスキンを回収した。回収の2時間前にBrdU(5−ブロモ−2’−デオキシ−ウリジン)を培養液に添加し(終濃度50μM)、複製中の細胞のDNAを標識した。回収した培養液はATPおよびサイトカインの測定に用いた。ATPは、ロシュ・ダイアグノスティックス社製のATP Bioluminescence Assay Kit CLS II,シグマ社製のATP Bioluminescent Assay Kit,Molecular Probes社製のATP Determination Kitなどを用い、各社のプロトコールに従ってルシフェラーゼ発光法によって定量した。IL―1αおよびFGF―7はR&D Systems社のQuantikine Immunoassay Kitなどを用いてELISA法で定量した。テストスキンは中央部を直径8mmのバイオプシーパンチで採取し、定法に従いパラフィンブロックに包埋し、薄切切片を作製した。この切片を抗BrdU抗体で免疫染色し、BrdUで標識された細胞核の数をカウントし、細胞増殖活性の指標とした。
【0055】
VR1アンタゴニストの影響を調べる実験ではカプサゼピンを、VR1アゴニストの影響を調べる実験ではカプサイシンを、それぞれ10μMになるよう予め培養液に添加してからGA処理を行った。各薬剤の添加のみの影響を調べるため、薬剤を培養液に添加しGA処理をしないものについても同様に実験を行った。
【0056】
なお、この実験では、細胞増殖の評価の方法として、BrdU陽性の表皮細胞及び真皮繊維芽細胞数を計測する方法を用いた。BrdUは、チミジンの類似体として複製中のDNAに取り込まれ、増殖中の細胞の識別に用いられる。BrdUを添加して1〜2時間後に組織を採取しBrdUに対する抗体で染色すると、増殖中の細胞の核が染まる。この核が多いほど増殖活性が高い。
【0057】
結果:
(1)GA(pH2.8)による細胞増殖活性(BrdU陽性細胞数)
図2に、GA(pH2.8)塗布24時間後の抗BrdU染色画像を示し、図3に、GA(pH2.8)塗布24時間後のBrdU陽性細胞数を示す。図4には、表皮増殖活性に対するVR1アンタゴニストの影響を示す。
【0058】
図2に示すように、GA塗布によってBrdUを取り込み染色された細胞数が増加した。なお、この図2において、各抗BrdU染色画像中、上方の帯状の部分が表皮、その下の部分が真皮に相当する部分であり、染色された細胞は矢印で示されるように濃色の点として現れている。また、図3に示すように、GA塗布によって表皮のBrdU陽性細胞数が増加した。特に、GA1.5分処理で有意(p<0.05)に増加した。また、真皮線維芽細胞でもGAによりBrdU陽性細胞数が増加した。これらの結果より、GAによって表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖活性が高められることが確認された。さらに、図4に示すように、VR1アンタゴニストであるカプサゼピンにより、BrdU陽性細胞数の増加が抑制された。
【0059】
(2)培地中の遊離ATPの定量
図5に、GA塗布による培地中へのATP遊離を示し、図6には、ATP遊離に対するVR1アンタゴニスト及びアゴニストの影響について示す。図5に示すように、GA塗布により培地中へATPが遊離されることがわかった。GA処理10分後までに最も多くATPが遊離され、ATP量はpH1.3では高レベルになった。また、図6に示すように、VR1アンタゴニストであるカプサゼピン及びVR1アゴニストであるカプサイシンにより、GAによるATP遊離が阻害されることがわかった。
【0060】
(3)培地中の遊離IL−1αおよびFGF−7の定量
図7に、GA塗布による培地中へのIL−1α遊離及びFGF−7遊離を示す。図7に示すように、GA塗布により培地中へのIL−1α及びFGF−7が遊離されることが確認された。IL−1α及びFGF−7の遊離はGA添加直後ではなく、24時間経過後に増加した。
【0061】
なお、ケラチノサイトにATPを与えるとP2レセプターを介してIL−1αなどのサイトカイン産生を促進することが報告されており(特願2004−074638)、表皮−真皮相互作用にIL−1α、FGF−7が互いの増殖を促進していることが報告されている(Szabowski A et al., Cell 103, 745-755, 2000)。さらに、ケラチノサイトにおいて低濃度ATPは細胞増殖作用を有することが報告されている(Aina V. H. Grcig et al., J.Invest.Dermatol. 120, 1007-15, 2003)。したがって、ATPの遊離後、表皮からIL−1α、真皮からFGF−7が遊離し、表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖を促進していると考えられる。
【0062】
(4)まとめ
上記の結果(1)、(2)、(3)及び公知文献より、GAはVR1を介して表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖を促進していることが確認された。また、その作用にはATPが関与しており、ATPの遊離によって、表皮からIL−1α、真皮からFGF−7が遊離し、表皮細胞及び真皮線維芽細胞の増殖を促進していることがわかった。
【0063】
なお、図6に示すようにVR1アゴニストであるカプサイシンによりGAによるATP遊離が阻害されるのは、脱感作のためであると考えられる。脱感作はカプサイシンに長くさらされた神経においても見られ、これを利用して筋肉の塗り薬が開発されている。
【0064】
(実験3)GAによる表皮ケラチノサイトの細胞内カルシウム流入
目的:細胞レベルでカルシウム流入を指標として、カルシウムチャネルであるVR1が開くかどうかを調べる。
【0065】
方法:井上らの方法(Inoue K., et.al.,BBRC 291, 124-129, 2002)に従って行った。ここでは概略を述べる。正常ヒト表皮ケラチノサイトはクラボウ社より購入し、添付プロトコールに従って培養した。8−well−chamber slideにケラチノサイトを播種し、80〜90%コンフルエントになったときにカルシウム指示薬(Fura−2AM; Molecular Probes社製)10μMを含む培養液で平衡化し、緩衝液BSS(Balanced salt solution; NaCl 150mM, KCl 5mM, CaCl2 1.8mM, NaH2PO4 1.2mM, MgCl2 1.2mM, D−glucose 10mM, HEPES 25mM, NaOHでpH7.4に調整)で洗浄後、倒立蛍光顕微鏡下で潅流しながら経時的に蛍光画像(波長340nm、380nm)を記録し、蛍光強度比を計算した。GAなどの酸溶液は、BSSの組成からHEPESを除いたものに酸を100〜500mM溶かしNaOHでpHを調整したものを用いた。酸による刺激は酸溶液を5〜10秒間流すことにより行い、同じ細胞に対して2回刺激を行った。VR1アンタゴニストの影響をみる実験ではカプサゼピン10μMを含むBSSであらかじめ潅流した後、同様にカプサゼピン10μMを含む酸溶液で刺激を行った。
【0066】
結果:図8は、細胞内カルシウムイオンの変化(蛍光強度比)の時間変化を表すグラフである。ケラチノサイトに直接GAを作用させた直後にカルシウムイオンの流入が起こり、その流入はVR1アンタゴニストであるカプサゼピンで阻害されることがわかった。この結果より、ケラチノサイト上のGAに対するレセプターチャネルはVR1であることが確認された。
【0067】
(実験4)ヒト皮膚からのATP遊離の検出
目的:ヒト皮膚にGAを塗布した直後にATPが放出されることをEx vivoで確認する。
【0068】
方法:顔面の形成外科手術の際の余剰皮膚を用いた。皮膚は切除後1×1.5cmの四角形に切り分け、コントロール(GA塗布せず洗浄操作のみ)群とGA塗布群に分けた。GA塗布群には表皮角層上に40%GA溶液(pH2.8)を3分間塗布した。その後GA溶液を拭き取り、PBSで洗浄後、BSSを入れたシャーレに角層を上にして浮かべ、10分および25分後にBSS中のATPを測定した。測定方法は実験2で述べた方法と同様にした。
【0069】
結果:図9は、GA塗布によるヒト皮膚からのATP遊離を示したグラフである。ヒト皮膚でも、GA塗布直後10分以内にATPが放出された。
【0070】
実験1〜実験4の結果より、「GAが表皮細胞のVR1を刺激→表皮細胞内へCa2+が流入→表皮からATPが遊離→表皮細胞が増殖・表皮からIL−1αが遊離→真皮線維芽細胞が増殖」というメカニズムによって、表皮細胞及び真皮線維芽細胞が増殖することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】実験1におけるGA3回塗布48時間後のHE染色像である。NTはコントロールを、TはGAで処理されたことを示す。
【図2】実験2におけるGA(pH2.8)塗布24時間後の抗BrdU染色像である。
【図3】実験2におけるGA(pH2.8)塗布24時間後のBrdU陽性細胞数を示すグラフである。
【図4】実験2における表皮増殖活性に対するVR1アンタゴニストの影響を示すグラフである。GAの処理時間3分、pH2.8。
【図5】実験2におけるGA塗布による培地中へのATP遊離を示すグラフである。左側の図はpH2.8のGA、右側の図は処理時間3分。
【図6】実験2におけるATP遊離に対するVR1アンタゴニスト及びアゴニストの影響を示すグラフである。GAの処理時間3分、pH2.4。
【図7】実験2におけるGA塗布による培地中へのIL−1α及びFGF−7遊離を示すグラフである。
【図8】実験3におけるGA(pH2.8)添加によるケラチノサイト内へのカルシウムイオンの流入の変化を示すグラフである。横軸が時間、縦軸が蛍光強度比を表し、蛍光強度比が大きいほど、ケラチノサイト内へのカルシウムの流入が大きい。矢印で示した時間でGAを作用させた。
【図9】実験4におけるGA塗布によるヒト皮膚からのATP遊離を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表皮細胞に接触させた被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用と、表皮細胞のVR1活性とを関連付けて、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用を検出することを特徴とする表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法。
【請求項2】
被験物質の接触により表皮細胞のVR1活性が認められた場合に、被験物質の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用があるものと判定することを特徴とする表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法。
【請求項3】
被験物質による表皮細胞におけるカルシウムイオン濃度の変動を指標として、表皮細胞のVR1活性を評価することを特徴とする請求項1又は2記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出方法を用いて、ケミカルピーリング剤の候補となる物質を選定する工程を含むことを特徴とするケミカルピーリング剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
請求項4記載のスクリーニング方法で選定されたケミカルピーリング剤を用いることを特徴とする表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活方法。
【請求項6】
表皮細胞にVR1活性を与えることを特徴とする表皮細胞及び真皮線維芽細胞の賦活方法。
【請求項7】
表皮細胞にVR1活性を与える成分を含有することを特徴とするケミカルピーリング剤。
【請求項8】
表皮細胞におけるVR1活性を検出する検出手段を備えたことを特徴とする表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置。
【請求項9】
前記検出手段は表皮細胞におけるカルシウムイオン濃度の変動を検出するものであることを特徴とする請求項8記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置。
【請求項10】
前記検出手段が検出したカルシウムイオン濃度の変動が所定の値を超えた場合に表皮細胞がVR1活性を有すると判定する判定手段を備えたことを特徴とする請求項9記載の表皮細胞及び真皮線維芽細胞増殖作用の検出装置。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−262806(P2006−262806A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−87230(P2005−87230)
【出願日】平成17年3月24日(2005.3.24)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】