説明

表皮角化正常化剤

【課題】表皮角化細胞の成熟・分化過程で観察されるプロフィラグリンやケラチン10の発現を促進する作用を有し、安全性の優れた表皮角化正常化作用を有する表皮角化正常化剤を提供すること。
【解決手段】サクランボ抽出物を有効成分とする表皮角化正常化剤からなる。該表皮角化正常化剤の有効成分であるサクランボ抽出物は、表皮角化細胞の成熟・分化過程で観察されるプロフィラグリンやケラチン10の発現を促進する作用を有し、有効な表皮角化正常化作用を有する表皮角化正常化剤を提供する。該表皮角化正常化剤は、有効な表皮角化正常化作用と安全性に優れ、化粧品、医薬部外品を含む皮膚外用剤として有効に使用することが可能である。本発明の表皮角化正常化剤の有効成分であるサクランボ抽出物は、桜桃果実を熱水抽出し、該抽出液を濃縮した抽出濃縮物として調製することができる。該抽出濃縮物は、更に、加熱して水分を蒸発させ、固形物として調製することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表皮角化細胞の成熟・分化過程で観察されるプロフィラグリンやケラチン10の発現を促進する作用を有し、安全性の優れた表皮角化正常化作用を有する有効成分を含有し、化粧品、医薬部外品を含む皮膚外用剤として有効に使用可能な表皮角化正常化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
表皮は皮膚の最も外側を構成している組織であり、外界からの様々な刺激から生体を防御したり、水分の過剰な蒸発を防いだりする役割を担っている。表皮は最下層である基底細胞層に始まり、有棘細胞層、顆粒細胞層、角質細胞層へと続く4層から構成されている。これら表皮を構成する約95%の細胞は、基底細胞層から細胞分裂・分化した表皮角化細胞である。表皮角化細胞は基底層から徐々に成熟・分化しながら上層へ移動し、約2週間で角質細胞となって角質層を形成する。角質層に到達した角質細胞は次の2週間で最外層に到達し、最終的に細胞核が消失して垢などの角質断片となり、剥がれ落ちる。表皮ではそのバリア機能を維持するために基底層で角化細胞が誕生してから、角質層に至って剥がれ落ちるまでのサイクルを約4週間の周期で繰り返している。
【0003】
しかし、加齢や紫外線、不規則な生活、ストレスなどの原因で新陳代謝の低下や炎症が起こると、くすみや肌荒れ、小じわなどの皮膚トラブルが発生する。皮膚トラブルを解消する手段としては、従来、種々の外的刺激や加齢により失われたコラーゲン、ヒアルロン酸やアミノ酸などの成分を皮膚に塗布して補うことや紫外線や活性酸素から身を守るための防御物質を配合した組成物の使用が主流であった。しかし、これらの物質は皮膚を構成する細胞そのものが持つ機能を改善するものではなく、十分な効果を有するものではなかった。
【0004】
ケラチンは表皮角化細胞の細胞骨格としてトノフィラメントを形成する。これは表皮角化細胞の形態保持に必要不可欠である。ケラチン10分子は、表皮角化細胞が成熟・分化した有棘細胞層や顆粒細胞層で強く発現することが知られている。顆粒細胞層のケラチン線維は、角化する際にフィラグリンと呼ばれるタンパク質と一緒に凝集して“ケラチンパターン”を形成する。顆粒細胞内のケラトヒアリン顆粒にはフィラグリンの前駆物質であるプロフィラグリンがタンパク質分解酵素などで分解されフィラグリンになる。遊離したフィラグリンは角質細胞の細胞質内でケラチン線維を凝集させた後、角質細胞層上層でアミノ酸などに分解される。これらは保水機能、紫外線吸収能を有することから、天然保湿因子と呼ばれている。フィラグリンが角質細胞の内部構築に関与すること、及び皮膚内部の水分保持に必要不可欠であることが知られている。従って、プロフィラグリンの発現を通じてフィラグリンの産生を促進し、表皮及び角質層を正常化しうる成分の提供が望まれる。
【0005】
皮膚外用剤に配合される有効成分としては、皮膚に対する安全性も重要であることから、従来、天然物由来成分である種々の植物抽出物が皮膚外用剤の有効成分として提案されている。例えば、ヒトリシズカ抽出物が、培養した表皮角化細胞に対してプロフィラグリン/フィラグリン産生促進作用や表皮角化細胞増殖促進作用を有することが(特開2008−88075号公報)、大麦発酵エキス又は大麦発酵エキス多糖に表皮分化促進作用のあることが(特開2009−7298号公報)、また、酸性キシロオリゴ糖を含む成分に、表皮角化細胞の成熟・分化マーカー蛋白質であるケラチン10やインボルクリンの発現を促進することが(特開2009−143832号公報)、見出されて、該成分を有効成分とする、表皮角化細胞増殖促進剤或いは表皮角化正常化剤が提案されている。
【0006】
この他にも、表皮角化細胞増殖促進作用や、表皮角化正常化作用等を有する多くの植物成分が開示されている。例えば、表皮角化細胞増殖促進作用を有する植物成分としては、ハス胚芽抽出物(特開2002−68993号公報)、セキチク、トコナツのようなナデシコ属植物の抽出物(特開2006−137742号公報)、タイソウの抽出物(特開2006−316028号公報)、ラカシシュの抽出物(特開2007−210977号公報)、ブラックジンジャーの抽出物(特開2009−51790号公報)、ワカメ、ヒジキの抽出物(特開2009−67701号公報)、鳳凰木の抽出物(特開2009−67747号公報)、バイベリー、ブルーブラック等の抽出物(特開2010−65009号公報)及び、羅漢果の花部からの抽出物(特開2010−184873号公報)が開示されている。
【0007】
また、表皮角化正常化作用を有する植物成分としては、スフィンゴシン(特開2000−26271号公報)、マツヨイグサ属植物の抽出物(特開2004−91376号公報)、サイシン、ラフマの抽出物(特開2007−1914号公報)、スギナ、ヘチマ、ダイダイ等の抽出物(特開2008−7411号公報)、モモ、アロエ、ノイバラ等の抽出物(特開2008−7412号公報)、及び、アルピニア・カツマダイの抽出物(特開2010−24190号公報)が開示されている。更に、表皮角化促進作用を有する植物成分としては、スギノリ科イリダエア属、スギノリ属、ツノマタ属、コンブ科カジメ属等に属する海藻の抽出物(特開2001−131049号公報)、イソハナ属、トサカノリ属、フルセリア属等の海藻の抽出物(特開2001−354518号公報)、及び、メマツヨイグサエキス(特開2007−8911号公報)が開示されている。
【0008】
また、更に他の天然物成分として、お茶ポリフェノールとして知られるエピガロカテキン−3−ガレートが、表皮角化細胞の分化マーカー蛋白質として知られるフィラグリン、ケラチン1、トランスグルタミナーゼ産生の促進作用を報告されている(J. Pharmacol. Exp. Therapeut. 306: 29-34, 2003)。しかし、これらの天然物由来抽出物又は成分に表皮角化正常化促進作用が報告されているが、これまでにサクランボ抽出成分中に表皮角化促進作用があるという報告はされていない。
【0009】
他方、サクランボから精製されたポリフェノール(シアニジン−グルコシドやシアニジン−ルチノシドなど)が、炎症や発がんに関与するシクロオキシゲナーゼの活性を抑制すること、活性酸素を生成する過酸化脂質の生成を抑制することが報告されている(Phytomedicine, 8: 362-368, 2001;J. Agric. Food Chem. 57: 1239-1246, 2009)。サクランボを経口投与したラットでは高脂血症や脂肪肝の症状が軽減されることを報告している(J. Med. Food, 11: 252-259, 2008;J. Med. Food, 12: 935-942, 2009)。しかし、サクランボ由来の天然物成分に表皮角化正常化促進作用があるという知見についての報告はされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2000−26271号公報。
【特許文献2】特開2001−131049号公報。
【特許文献3】特開2001−354518号公報。
【特許文献4】特開2002−68993号公報。
【特許文献5】特開2004−91376号公報。
【特許文献6】特開2006−137742号公報。
【特許文献7】特開2006−316028号公報。
【特許文献8】特開2007−210977号公報。
【特許文献9】特開2007−1914号公報。
【特許文献10】特開2007−8911号公報。
【特許文献11】特開2008−7411号公報。
【特許文献12】特開2008−7412号公報。
【特許文献13】特開2008−88075号公報。
【特許文献14】特開2009−7298号公報。
【特許文献15】特開2009−51790号公報。
【特許文献16】特開2009−67701号公報。
【特許文献17】特開2009−67747号公報。
【特許文献18】特開2009−143832号公報。
【特許文献19】特開2010−24190号公報。
【特許文献20】特開2010−65009号公報。
【特許文献21】特開2010−184873号公報。
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】J. Pharmacol. Exp. Therapeut. 306: 29-34, 2003.
【非特許文献2】Phytomedicine, 8: 362-368, 2001.
【非特許文献3】J. Agric. Food Chem. 57: 1239-1246, 2009.
【非特許文献4】J. Med. Food, 11: 252-259, 2008.
【非特許文献5】J. Med. Food, 12: 935-942, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、表皮角化細胞の成熟・分化過程で観察されるプロフィラグリンやケラチン10の発現を促進する作用を有し、安全性の優れた表皮角化正常化作用を有する有効成分を含有し、化粧品、医薬部外品を含む皮膚外用剤として有効に使用可能な表皮角化正常化剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決すべく、天然素材を対象に、安全性に優れ、有効な表皮角化正常化作用を有する成分について鋭意探索する中で、サクランボ抽出物(果肉・種・じくを含む桜桃抽出物)が表皮角化細胞の成熟・分化に重要であるプロフィラグリン及びケラチン10の発現を促進することを見出し、更に、有効な表皮角化正常化作用と安全性に優れていることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、サクランボ抽出物を有効成分とする表皮角化正常化剤からなる。
【0014】
本発明の表皮角化正常化剤における表皮角化正常化は、サクランボ抽出物の表皮角化細胞におけるプロフィラグリン産生促進作用及び/又はケラチン10産生促進作用によるものである。本発明の表皮角化正常化剤の有効成分であるサクランボ抽出物は、桜桃果実を熱水抽出し、該抽出液を濃縮した抽出濃縮物として調製することが好ましい。該抽出濃縮物は、更に、加熱して水分を蒸発させ、固形物として調製することができる。
【0015】
本発明の表皮角化正常化剤は、サクランボ抽出物に、製剤化補助剤及び安定化剤を配合して、皮膚外用剤として調製することができる。また、本発明の表皮角化正常化剤は、サクランボ抽出物に、製剤化補助剤及び安定化剤を配合し、更に細胞賦活剤を配合し、皮膚外用剤として調製することができる。
【0016】
すなわち、具体的には本発明は、(1)サクランボ抽出物を有効成分として含有する表皮角化正常化剤や、(2)表皮角化正常化が、サクランボ抽出物の表皮角化細胞におけるプロフィラグリン産生促進作用及び/又はケラチン10産生促進作用によるものであることを特徴とする前記(1)記載の表皮角化正常化剤や、(3)サクランボ抽出物が、桜桃果実を熱水抽出し、濃縮した、抽出濃縮物であることを特徴とする前記(1)又は(2)記載の表皮角化正常化剤や、(4)サクランボ抽出物に、製剤化補助剤及び安定化剤を配合して、皮膚外用剤として調製したことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか記載の表皮角化正常化剤や、(5)製剤化補助剤及び安定化剤に、更に細胞賦活剤を配合し、皮膚外用剤として調製したことを特徴とする前記(4)記載の表皮角化正常化剤からなる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の表皮角化正常化剤のサクランボ抽出物は、表皮角化細胞の成熟・分化に重要であるプロフィラグリンやケラチン10の発現を促進する作用を有し、本発明は、有効な表皮角化正常化作用と安全性に優れた表皮角化正常化剤を提供する。本発明の表皮角化正常化剤は、化粧品、医薬部外品を含む皮膚外用剤として有効に使用可能な表皮角化正常化剤を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の実施例における、ヒト表皮角化細胞の増殖に対するサクランボ抽出物の効果についての試験において、サクランボ抽出物の添加濃度に対するヒト表皮角化細胞の細胞数の関係を示す図である。
【図2】図2は、本発明の実施例における、ヒト表皮角化細胞に対するサクランボ抽出物の添加効果についての試験において、サクランボ抽出物の添加におけるヒト表皮角化細胞の形態変化を示す写真である。図2Aは、サクランボ抽出物無添加区を、図2Bは、2.5mg/mLサクランボ抽出物添加区を示す。
【図3】図3は、本発明の実施例における、ヒト表皮角化細胞に対するサクランボ抽出物の添加効果についての試験において、サクランボ抽出物処理におけるヒト表皮角化細胞のプロフィラグリン及びケラチン10遺伝子の発現増強効果について示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、サクランボ抽出物を有効成分として含有する表皮角化正常化剤からなる。本発明で有効成分の抽出に用いられる、サクランボは、バラ科サクラ属の落葉高木である桜桃の果実である。桜桃の種類としては、セイヨウミザクラ(Prunus avium)や、スミミザクラ(Prunus cerasus)等を挙げることができる。
【0020】
本発明の表皮角化正常化剤において、有効成分であるサクランボ抽出物は、抽出濃縮物として調製し、用いることができる。該抽出濃縮物を調製するには、例えば、サクランボ(桜桃の果実)を、加熱し、抽出温度90〜100℃で、30〜60分程度熱水抽出を行う。ろ過により、ろ過残渣を分離後、エバポレーターを用い、40℃程度の温度で濃縮して、水分を限界まで蒸発させる。該濃縮したサクランボ抽出液は、更に、加熱処理を行って、水分を蒸発させ、固形物として、調製することができる。該サクランボ抽出物は、表皮角化正常化剤の製剤化にあたって、所定濃度、通常0.1〜5mg/mLの濃度に調整して用いることができる。
【0021】
本発明の表皮角化正常化剤は、製剤化補助剤及び安定化剤を配合して、表皮角化正常化用皮膚外用剤として調製し、製剤化することができる。また、製剤化補助剤及び安定化剤に、更に細胞賦活剤を配合し、製剤化することができる。本発明の表皮角化正常化用皮膚外用剤へのサクランボ抽出物の配合量は0.01〜20%が好ましく、更に好ましくは0.1〜5%である。
【0022】
本発明の表皮角化正常化剤は、皮膚外用剤として用いる観点からは、pHを好ましくは4〜7、更には4.5〜6.5とするのが特に好ましい。本発明の表皮角化正常化剤の製剤化に際しては、有効成分であるサクランボ抽出物の表皮角化正常化作用を損なわない範囲で、通常、皮膚外用剤の製剤化に使用される製剤化補助剤及び安定化剤を用いることができる。製剤化補助剤としては、例えば低級アルコール類・シリコーン類・油脂類・エステル油剤・ステロール類及びその誘導体・炭化水素類等の油性成分、乳化・可溶化剤、増粘・ゲル化剤、酸化防止剤、防腐剤、殺菌剤、キレート剤、pH調整剤・酸・アルカリ、紫外線吸収剤、美白剤、溶剤、角質剥離・溶解剤、消炎剤、清涼剤、収れん剤、高分子粉体、ヒドロキシ酸・ビタミン類及びその誘導体類、糖類及びその誘導体類、有機酸類、酵素類、無機粉体類、香料、色素等を配合することができる。
【0023】
本発明の表皮角化正常化剤の皮膚外用剤としての製剤化に際しては、その表皮角化細胞に対する増殖の促進を補助するために、細胞賦活剤を配合することができる。該細胞賦活剤としては、例えば、リボ核酸、デオキシリボ核酸のような核酸及びその塩、キサンチン及びその誘導体(カフェイン等)、アミノ酸及びその誘導体(セリン、グルタミン酸、テアニン、ヒドロキシプロリン、ピロリドンカルボン酸等)、アーモンド、アスパラガス、アンズ(キョウニン)、イチョウ等各種植物の抽出物、ドコサヘキサエン酸及び、エイコサペンタエン酸等の不飽和脂肪酸及びその誘導体、乳酸菌抽出物、ビフィズス菌抽出物などの微生物由来の抽出物或いは発酵代謝産物等、各種の公知の細胞賦活剤を挙げることができる。
【0024】
また、本発明の表皮角化正常化剤の皮膚外用剤としての製剤化に際しては、その表皮角化細胞に対する増殖の促進を補助するために、保湿剤を配合することができる。該保湿剤としては、例えば、グリセリン、1,3−ブチレングリコール、ソルビトール、トレハロース、グルコース、マルトース、マルチトール、キシロース、果糖、及びそれらの誘導体;コラーゲン、エラスチン、ケラチン、フィブロネクチン等のタンパク質及びそれらの誘導体及びそれらの加水分解物並びにそれらの塩;ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、ヘパラン硫酸、ヘパリン及びケラタン硫酸等のムコ多糖類及びその誘導体又はそれらの塩;セリン、グリシン、アスパラギン酸、アルギニン等のアミノ酸及びそれらの誘導体並びにそれらの塩;デキストリン及びその誘導体;ハチミツ等の糖類;糖脂質、セラミド、ムチン、尿素等の公知の保湿剤を挙げることができる。
【0025】
本発明の表皮角化正常化剤は、表皮角化正常化用の皮膚外用剤として、適宜の製剤形態で、製剤化することができる。例えば、かかる皮膚外用剤の製剤形態としては、ローション、油中水型エマルジョン、水中油型エマルジョン、固形状、シート状、パウダー状、ジェル状、ムース状、スプレー状など、従来公知の剤型を使用することができ、通常の方法に従って製造することができる。
【0026】
以下に本発明を実施例を挙げて説明するが、本発明は、これら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
[試験方法1:サクランボ抽出物の製造方法]
サクランボの果実部分5Kgに対してイオン交換水10Lを加えて二重釜で加熱する。抽出温度は90℃以上で30分間熱水抽出を行なった。冷却後、ポリエチレン製の水切りネットで残渣を粗ろ過した(ろ液1)。このサクランボ残渣にイオン交換水7Lを加えて二重釜で加熱した。抽出温度は90℃以上で30分間抽出を行なった。冷却後、ポリエチレン製の水切りネットで残渣を粗ろ過した(ろ液2)。ろ液1と2を合わせ、ろ液をカートリッジフィルター(TCW-05N-PPS:ADVANTEC)に通して回収した液をロータリーエバポレーターで糖度15度以上(液量2.5L以下)になるまで40℃で濃縮した。濃縮液にエタノールを80%(vol/vol)になるように加えてよく撹拌し、一晩以上室温で放置した。
【0028】
上清をカートリッジフィルター(TCW-05N-PPS)に通して回収した液を40℃でロータリーエバポレーターを使用して1Lまで濃縮し、濃縮液1Lに同量(1L)のイオン交換水を加えて、再び1Lになるまで濃縮を行なった。同様の操作を2回繰り返し、濃縮液が糖度40以上であることを糖度計で確認した。濃縮したサクランボ抽出液(糖度41.2)を10.02g秤量し、90℃以上の温浴中で2時間加熱処理を行い、水分を蒸発させ、4.7955gの固形物を回収し、これをサクランボ抽出物として試験に使用した。
【0029】
[試験方法2:ヒト表皮角化細胞の増殖に対するサクランボ抽出物の効果]
ヒト新生児由来表皮角化細胞(ケラチノサイト細胞;クラボウ)を試験に用いた。増殖用培地として、無血清培地であるHumedia-KG2(クラボウ)を用い、培養環境は、37℃、5%CO/95%空気の加湿条件で行った。まず、I型コラーゲン液(10μg/mL)で60分間コート処理したT−25培養フラスコにHumedia-KG2培地を入れ、3〜4日間培養してsubconfluent(ほぼ飽和状態)となった継代回数3〜5回の細胞を用いた。表皮角化細胞は、カルシウム、マグネシウムを含まないリン酸緩衝液(PBS−液)で1回洗浄し、次にトリプシン(0.05%;wt/vol)+EDTA(200μg/mL)処理を行なった後に、ピペッティングにより単一細胞に分散させ、血球計算版で細胞数を計測した。
【0030】
I型コラーゲン液で処理した24穴培養プレートに1×10個の細胞を播き、それぞれの濃度(0,0.5,1,1.5,2,2.5mg/mL)のサクランボ抽出物を添加した培地で4日間培養した。その後、培地を吸引除去し、PBS液で1回洗浄した後に、トリプシン+EDTA液を処理して細胞を分散させた。細胞数は、コールターカウンター(Beckman社、モデル:Z1)で計測した。統計処理は各濃度の3ウェルの平均値±SDで表示した。
【0031】
[試験方法3:サクランボ抽出物を処理したヒト表皮角化細胞の形態観察]
試験方法2と同様に調製した細胞浮遊液を、I型コラーゲン液で処理した24穴培養プレートに1×10個播き、それぞれの濃度(0,2mg/mL)のサクランボ抽出物を添加したHumedia-KG2培地で4日間培養した。その後細胞の形態を倒立型顕微鏡(OLYMPUS社、モデル:IMT−2)、デジタルカメラ(OLYMPUS社、モデル:C−4100 ZOOM)を用いて撮影した。
【0032】
[試験方法4:サクランボ抽出物を処理したヒト表皮角化細胞におけるプロフィラグリン及びケラチン10遺伝子の発現増強作用]
試験方法2、3と同様に調製した細胞浮遊液を、I型コラーゲン液で処理したT−25培養フラスコに1.25×10個を播き、Humedia-KG2培地にそれぞれの濃度(0,2mg/mL)となるようにサクランボ抽出物を添加し、3日間培養した。TRIzolR Reagent (invitrogen)を用いて、total RNAを抽出し、このtotal RNAに対して逆転写酵素SMARTScribeTM Reverse Transcriptase (Clontech) を用いてcDNAを合成した。得られたcDNAを鋳型として、プロフィラグリン、ケラチン10の発現量の解析をPCR法により実施した。
【0033】
プライマーは、プロフィラグリン用センスプライマー(5'−CAG ACA ATC AGG CAC TCG TCA−3')、アンチセンスプライマー(5'−ACT GGA CCC TCG GTT TCC AC−3')、ケラチン10用センスプライマー(5'−ACT GGC CTT GAA ACA ATC C−3')、アンチセンスプライマー(5'−TTC AGT ATT CTG GCA CTC G−3')、GAPDH(グリセルアルデヒド3−リン酸 デヒドロゲナーゼ;ハウスキーピング遺伝子として使用)用センスプライマー(5'−GCA CCG TCA AGG CTG AGA AC−3')、アンチセンスプライマー(5'−GCC TTC TCC ATG GTG GTG AA−3')を用いた。
【0034】
PCRの反応にはAdvantageR 2 Polymerase Mix (Clontech)を用いた。PCR装置にはTakara社 PCR Thermal Cycler DICE TP600を用いた。PCR反応液はcDNA2.5μL、プライマー各1μL、dNTP Mix 1μL、10× AdvantageR 2PCR Buffer 5μL、AdvantageR 2 Polymerase Mix 1μL、超純水38.5μLを加えた50μLの反応系とした。ケラチン10、GAPDHのPCRの反応条件は、94℃で5分間の反応後、94℃で30秒間、55℃で30秒間、72℃で1分間のサイクルを35回行った。また、プロフィラグリン、GAPDHのPCR反応条件は、94℃で5分間の反応後、94℃で30秒間、65℃で30秒間、72℃で1分間のサイクルを30回行なった。PCR産物は2%アガロースゲルを用いて電気泳動し、0.1μg/mLエチジウムブロミド処理後、TRANSILLUMINATOR(SPECTROLINE社、モデル:TM254A)、デジタルカメラ(NIKON社、モデル:CoolPIX 5700)で写真撮影を行った。
【0035】
[実施例1:ヒト表皮角化細胞の増殖に対するサクランボ抽出物の効果(図1)]
結果を図1に示す。培地にサクランボ抽出物を添加すると、濃度依存的に細胞数の減少傾向が観察された。培養4日後のサクランボ抽出物無添加区(コントロール)の細胞数(8.82×10個)に対して、サクランボ抽出物(2.5mg/mL)添加区の細胞数(4.87×10個)は55.2%であった。しかし、2.5mg/mL添加区の細胞数(4.87×10個)は播種した細胞数(1×10個)に対して4.87倍増加した。高濃度のサクランボ抽出物添加により、ヒト表皮角化細胞の細胞分裂が誘導されるものの、増殖速度が遅くなることが推察された。
【0036】
[実施例2:サクランボ抽出物添加におけるヒト表皮角化細胞の形態変化(図2)]
結果を図2(サクランボ抽出物添加におけるヒト表皮角化細胞の形態変化)に示す。サクランボ抽出物無添加区(図2A)及び2.5mg/mLサクランボ抽出物添加区(図2B)についてヒト表皮角化細胞における形態観察を行なった。無添加区では、ほとんどの細胞は比較的サイズの小さい、均一で、細胞伸展の発達した集団であった。これらの形態は、未分化な表皮角化細胞に見られる特徴として知られている。一方、サクランボ抽出物添加区では、肥大化した細胞が多く観察され、薄くて扁平な形状の細胞が相互に接着しながら島状に増殖する、いわゆる、分化した表皮角化細胞に特徴的な形態が見られた。
【0037】
[実施例3:サクランボ抽出物処理におけるヒト表皮角化細胞のプロフィラグリン及びケラチン10遺伝子の発現増強効果(図3)]
結果を図3(サクランボ抽出物添加におけるヒト表皮角化細胞のプロフィラグリン及びケラチン10遺伝子の発現増強効果)に示す。サクランボ抽出物添加区(2.0mg/mL)において、表皮角化細胞の分化マーカー蛋白質として知られるケラチン10及びプロフィラグリン遺伝子が発現していることが明らかになった。一方、無添加区では、どちらの遺伝子についても発現が見られず、未分化な状態の細胞として維持されていると推測された。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の表皮角化正常化剤のサクランボ抽出物は、表皮角化細胞の成熟・分化に重要であるプロフィラグリンやケラチン10の発現を促進する作用を有し、本発明は、有効な表皮角化正常化作用と安全性に優れた表皮角化正常化剤を提供する。本発明の表皮角化正常化剤は、化粧品、医薬部外品を含む皮膚外用剤として有効に使用可能な表皮角化正常化剤を提供する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サクランボ抽出物を有効成分として含有する表皮角化正常化剤。
【請求項2】
表皮角化正常化が、サクランボ抽出物の表皮角化細胞におけるプロフィラグリン産生促進作用及び/又はケラチン10産生促進作用によるものであることを特徴とする請求項1記載の表皮角化正常化剤。
【請求項3】
サクランボ抽出物が、桜桃果実を熱水抽出し、濃縮した、抽出濃縮物であることを特徴とする請求項1又は2記載の表皮角化正常化剤。
【請求項4】
サクランボ抽出物に、製剤化補助剤及び安定化剤を配合して、皮膚外用剤として調製したことを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の表皮角化正常化剤。
【請求項5】
製剤化補助剤及び安定化剤に、更に細胞賦活剤を配合し、皮膚外用剤として調製したことを特徴とする請求項4記載の表皮角化正常化剤。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−167048(P2012−167048A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−28548(P2011−28548)
【出願日】平成23年2月14日(2011.2.14)
【出願人】(392022097)日東ベスト株式会社 (7)
【出願人】(591038923)株式会社機能性ペプチド研究所 (6)
【Fターム(参考)】