説明

表面にβ−FeSi2層を有する光デバイス基板及びその製造方法

【課題】SOI基板上にイオン注入法でFe原子を導入し、表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板を製造するための最適の方法を提供すること。
【解決手段】SOI基板の表面Si層に鉄イオンを注入し、その後熱処理することによって、表面にβ−FeSi層を形成させることを特徴とする、表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板の製造方法。SOI基板の表面Si層への鉄イオンの注入量が、表面層のFeとSiの比が約1:2の組成比を満たす量であり、熱処理温度は、900℃以上1100℃未満で、処理時間は1分以上10分未満であるのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種半導体デバイスとして利用可能な、表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光デバイスは色々な分野で需要が飛躍的に増加してきているが、それに用いられる光デバイス素子に使用されている化合物半導体材料は、殆どが稀少金属で、しかも有毒なため、昨今の環境問題への関心も高まる中、代替材料の開発が望まれている。例えば、通信用光デバイス素子は、化合物半導体のGaAs系材料が実用化されているが、その原料であるGaは希少金属で高価であり、Asは有毒であるため、使用後の廃棄問題を考えると、より安価で安全な代替材料の開発が待たれている。
【0003】
現在、GaAs系に変わる光デバイス素子の材料として、安価で毒性も無いβ−FeSiが最も有力視されている。β−FeSiは1990年代後半に直接遷移構造からの発光特性が確認されてから、環境半導体として着目され始め、国内外を問わず活発に研究開発がなされてきた。SiとFeは地球上に潤沢にある元素であり、これらの材料による化合物半導体で光デバイス素子が作製できれば、環境問題と希少金属の資源枯渇問題が一挙に解決できる。
【0004】
従来、β−FeSiの作製のために、Si基板を用いたイオンビーム合成法やエピタキシャル成長法が採用されている。しかし、Si基板上に結晶系を維持したままβ−FeSi単結晶層を安定して成長させることは、技術的に非常に困難である。また、Si基板上にFe原子を物理的に注入し、結果的に表面にβ−FeSi単結晶層を形成させる方法では、形成したβ−FeSi単結晶層は、その後の工程における熱処理でFe原子が更にSi基板内部に拡散してしまい、FeとSiの化学両論比がずれてしまい、良好なβ−FeSi単結晶層を維持することが困難であるという問題がある(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2003−2630号公報
【0005】
以上の問題を解決する方法として、安価で大口径のSOI基板上にイオン注入法でFe原子を導入し、表面にβ−FeSi単結晶層を形成させた通信系光デバイス素子が提案されている(特許文献2)。しかしながら、特許文献2には、β−FeSi単結晶層を形成させるための具体的な方法については開示がない。
【特許文献2】特開2007−109795号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者は、次世代光デバイスの有力材料であるβ−FeSiに着目し、その膜質を高品質化(結晶性向上)する方法の開発を課題とし、SOI基板上にイオン注入法でFe原子を導入する方法について鋭意検討を行った結果、SOI基板の表面Si層に鉄イオンを注入する際の条件、特に熱処理条件が非常に重要であることを知見し、本発明に到達したものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の請求項1に記載された発明は、SOI基板の表面Si層に鉄イオンを注入し、その後熱処理することによって、表面にβ−FeSi層を形成させることを特徴とする、表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板の製造方法である。なお、SOI(Silicon on insulator)基板とは、Si膜/SiO膜/Si基板からなる絶縁層埋め込み型の半導体基板である。
【0008】
請求項2に記載された発明は、SOI基板の表面Si層への鉄イオンの注入量が、表面層のFeとSiのモル比が約1:2の組成比を満たす量であることを特徴とする、請求項1記載の表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板の製造方法である。
【0009】
請求項3に記載された発明は、熱処理が、900℃以上1100℃未満の温度で、1分以上10分未満の時間行われることを特徴とする、請求項1又は2記載の表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板の製造方法である。
【0010】
請求項4に記載された発明は、熱処理における昇温速度が、10℃/秒以上の急速加熱の下で行われることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項記載の表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板の製造方法である。
【0011】
そして、請求項5に記載された発明は、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法で製造された、表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によって得られる光デバイス基板は、表面のβ−FeSi層の結晶性が向上するので、デバイス特性の優れた光素子を作製するのに利用できる。また、その製造にSOI基板を用いているので、光デバイス基板の大口径化が図られ、その結果、大幅なコストダウンも期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板を製造する方法であって、SOI基板を用い、その表面Si層に鉄イオンを注入し、その後熱処理することによって、表面Si層をβ−FeSiの単結晶層に変成させることを特徴とする。本発明の方法においては、SOI基板の埋め込み酸化膜層を反応阻止層として機能させることにより、FeSi層のストイキオメトリを精密に制御でき、熱処理によってβ−FeSi層の結晶性を向上させることができるものと推察される。SOI基板(Si膜/SiO膜/Si基板)としては、市販のものを用いることができる。
【0014】
本発明者は、小消費電力半導体用に販売されているSOI基板(Si膜/SiO膜/Si基板)を利用すれば、SiO層がバリアーとして働くので、Siの拡散が回避され、化学量論比(モル比)が正確に1:2のFeSiデバイスを作製できると考え、その製造条件について鋭意研究した結果、イオン注入後の熱処理条件を、例えば、赤外線(IR)放射加熱で10℃/秒以上の昇温速度で昇温し、900〜1100℃の温度で、1〜10分間保持することで、高品質のFeSi膜を作製できることを見出した。この際、温度や時間が不足すると、イオン注入状態から結晶性が改善せず、温度や時間をかけ過ぎると、Feは酸素との親和性が強いので酸素の拡散のために結晶性がより悪くなるということも分かった。
【0015】
本発明において用いられるSOI基板は、Si基板の上にSiO絶縁層とその上に更に薄いSi層が乗っている三層構造をしている。一番上のSi層は厚さが最大0.1μmと薄いため、Fe原子を注入し表面にβ−FeSi単結晶層を形成した後、熱処理によってもFeの内部への拡散がSiO層により阻害され、β−FeSiの単結晶層が維持でき、通信用光デバイス素子等の光デバイス基板として十分使用に耐えるものである。特に、SOIにおいて表面のSi層の厚さは、40〜60nm、特に50nm程度が好ましい。Si層の厚さが50nm程度のものが、現在の市販SOIウェーハの標準膜厚であり、本発明においてもこれをそのまま利用できる。50nmよりも余りに薄過ぎると、β−FeSi単結晶層形成時において、下部SiOの影響による結晶性低下が懸念されるし、余りに厚過ぎると、イオン注入量が多くなることによる結晶性低下及び生産性低下が懸念されるので、好ましくない。40〜60nm、特に50nm程度の厚さであれば、後の熱処理工程に対してもより安定なβ−FeSi単結晶層が形成される。
【0016】
鉄イオンを注入するための装置としては、半導体中に注入する原子をイオン化するイオンビーム発生装置と、イオンビームを加速する加速装置と、イオンビーム発生装置によって発生したイオンビームを集光し、イオン注入される試料(半導体基板)が保持された試料室に導き、試料面上でイオンビームを走査して試料面にイオンを注入することができる手段と、試料を1400℃程度まで加熱保持できる装置とを有する、公知の高温イオン注入装置を用いることができる。前記イオン注入装置によって注入する鉄イオンの加速電圧は、通常20〜100keVが用いられる。
【0017】
SOI基板の表面Si層への鉄イオンの注入量は、表面層のFeとSiのモル比が約1:2の組成比を満たす量であるのが好ましい。
【0018】
鉄イオンの注入の後に行う熱処理工程は、イオンの注入において発生した格子欠陥を最大限に減少させるために行うもので、本発明においては、これを、好ましくは900℃以上1100℃未満の温度範囲で、1分以上10分未満の時間範囲で行うものである。特に好ましくは、950〜1100℃の温度範囲で、2〜7分の時間範囲である。また、熱処理は、例えば、抵抗加熱ヒータ、誘導加熱、エレクトロン(電子ビーム)、レーザー(ビーム)等を使用することができるが、赤外線照射によって、昇温速度が10℃/秒以上の急速加熱の条件下で行うのが好ましい。前記熱処理は真空中で行って良く、あるいは不活性雰囲気ガス中で行っても良い。不活性ガスとしては、高純度のアルゴンガスが好ましい。
【実施例1】
【0019】
[実験]
SOI基板(表面Si層/埋め込み酸化膜層=55nm/145nm)に鉄イオン(Fe)を注入し、その後熱処理することによって、表面Si層をβ−FeSi単結晶層に変性させた。即ち、表面側から、ドーズ量1.25×1017/cmの鉄イオンを、エネルギー35keVでイオン注入し、その後、真空雰囲気で400〜1350℃で、保持時間0.5分及び5分間の熱処理を実施した。熱処理後のβ−FeSi層の結晶性評価にはX線回折法を用いた。
【0020】
[結果]
図1に、鉄イオン注入されたSOI基板の熱処理後の、X線回折強度変化を示した。X線回折角はβ−FeSi結晶で得られる2θ=45°である。保持時間5分のアニールにおいては、950〜1050℃熱処理でβ−FeSi結晶性が急激に向上していることが観察される。また、保持時間0.5分のアニールにおいては、1250℃程度でβ−FeSi結晶性が向上しているものの、保持時間5分での結晶性向上と比較すると数段小さいことが分かる。これらの結果は、Feイオンが注入されたSOI基板の熱処理により、良好なβ−FeSi結晶層を形成できたことを示すものである。
【0021】
実施例1において、SOI基板への鉄イオン(Fe)注入後(熱処理前)の、SOI基板の深さ方向の元素プロファイル評価を、X線光電子分光(ESCA)法を用いて行い、その結果を図2に示した。図2より、エッチング時間が30〜140秒において、組成濃度40%程度の鉄が観察される。この結果は、SOI基板の埋め込み酸化膜(SiO膜)上に、FeSiストイキオメトリとほぼ一致した層が形成されたことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明の光デバイス基板は、光通信として使用されている赤外線領域の波長を有する光デバイスへの適用が期待される。また、この材料はβ−FeSiであることより、現在の電子デバイス材料であるSi系基板との融合ができ、将来の光電子集積回路の基板材料への展開も期待できる。また、SOI基板を利用するので、GaAs系材料より大幅なコストダウンが期待できる。本発明で得られる光デバイス基板は、光電変換素子用半導体材料としての利用に加えて、熱電変換素子用材料として利用可能であり、太陽電池や小型の廃熱利用発電機、(温室効果ガスとなる)冷媒を使わない冷却器への応用が期待されている。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の光デバイス基板の、熱処理条件とβ−FeSi層の結晶性の関係を示す図である。
【図2】本発明の光デバイス基板において、鉄イオン注入後(熱処理前)のSOI基板の深さ方向の元素プロファイルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SOI基板の表面Si層に鉄イオンを注入し、その後熱処理することによって、表面にβ−FeSi層を形成させることを特徴とする、表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板の製造方法。
【請求項2】
SOI基板の表面Si層への鉄イオンの注入量が、表面層のFeとSiのモル比が約1:2の組成比を満たす量であることを特徴とする、請求項1記載の表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板の製造方法。
【請求項3】
熱処理が、900℃以上1100℃未満の温度で、1分以上10分未満の時間行われることを特徴とする、請求項1又は2記載の表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板の製造方法。
【請求項4】
熱処理における昇温速度が、10℃/秒以上の急速加熱の下で行われることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項記載の表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載の方法で製造された、表面にβ−FeSi層を有する光デバイス基板。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−111011(P2009−111011A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−278899(P2007−278899)
【出願日】平成19年10月26日(2007.10.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年9月4〜8日・社団法人応用物理学会発行の「2007年秋季・第68回応用物理学会学術講演会・講演予稿集」No.3の1401頁(5p−Q−12)に発表
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】