説明

表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップおよびそれを用いた測定方法

【課題】本発明では、予めカラム処理により検体を分画する必要のない、すなわち迅速に測定することができ、カラム処理に伴うアナライトのロスを防止でき、特定のアナライトを高い精度で定量可能なSPFS用センサチップおよびそれを用いた測定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】リガンドが流路底面に固定化された流路型のSPFS用センサチップであって、該リガンドは糖鎖の形状の異なる二種以上のタイプが存在するアナライトのそれぞれと異なる結合能を有するものであり、該リガンドが流路の流れ方向に密度勾配を形成していることを特徴とするSPFS用センサチップ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面プラズモン励起増強蛍光分光法〔SPFS〕用センサチップおよび該センサチップを用いた測定方法に関する。さらに詳細には、本発明は、流路型のSPFS用センサチップおよび該センサチップを用いたSPFS測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、疾病診断において血液,尿,組織中のタンパク質が広く用いられている。生体内のタンパク質の多くは、アミノ酸からなるタンパク質の表面が、糖鎖で修飾された状態で存在する。同じアミノ酸配列のタンパク質(同一名称のタンパク質)であっても、修飾されている糖鎖は多種多様であり、タンパク質を産生する細胞の状態によってその糖鎖構造は異なることが知られている。
【0003】
癌患者の血中には存在するが、健常者の血中には存在しない分子の検出は、癌の診断に有用であり、多くの臨床検査薬として開発されている。このような分子をバイオマーカー〔BM〕といい、多くの場合、糖タンパク質である。
【0004】
血中に極微量に存在するバイオマーカー(ここでは糖タンパク質を例にとる)を検出する技術としては、図3に示すように、流路底面に抗原捕捉担体である一次抗体を均一に保持した状態で、例えば免疫サンドイッチ反応等のような反応を行い、目的とするアナライト量を測定するのが一般的である。広く使用されているSPR装置(例えばBiacore社製のアフィニティ測定装置など)は、抗原捕捉担体溶液を流路に流して物理吸着させ、その後(1)抗原(糖鎖タンパク質など)を含む溶液を反応させ屈折率の変化を検出している。また、表面プラズモン励起増強蛍光分光法〔SPFS〕も知られており(特許文献1)、SPFS装置では、SPRの上記(1)と同様の工程の後、(2)蛍光検出試薬の溶液を順に流して反応させ、表面プラズモンにより増強された蛍光を検出している。
【0005】
このような従来の流路型のSPRまたはSPFS装置を用いた分析では、一般的に、上記一次抗体は流路底面にほぼ一様に保持されており、その流路内のある1つの区画(測定領域)において捕捉された糖タンパク質の定量が行われている。そして、糖鎖について複数のタイプが混在している糖タンパク質の中から特定のタイプの糖タンパク質を選択的に定量する場合には、予め、その特定のタイプの糖タンパク質と選択的に結合するレクチンを充填したカラムを用いたアフィニティクロマトグラフィなどによって、実質的にその特定のタイプの糖タンパク質のみを含み他のタイプの糖タンパク質を含まない試料を調製しておき、その試料について上記のようなSPRまたはSPFSを行う必要があった。
【0006】
一方、特許文献2には、レクチンと糖鎖の相互作用を利用するマイクロアレイ分析であって、エバネッセント励起方式(マイクロアレイスキャナー装置)により蛍光を検出する糖鎖解析手法が記載されている。エバネッセント光(局在場光)は、励起光をガラス内部で全反射させた際に界面からの高さ200〜300nm(励起波長の半分程度)の範囲にしみ出す微弱光であり、上記範囲よりも遠い位置にある、ブラウン運動をしている(捕捉されていない)プローブ等を標識する蛍光物質をほとんど励起することなく、レクチンと糖鎖の相互作用により上記範囲内に捕捉されたプローブ等を標識する蛍光物質を選択的に観察することができる。そのためのより具体的な態様としては、図4(特許文献2の図9)のAおよびBのように、スライドグラス上にレクチンを固定化し、これに蛍光標識糖鎖プローブまたは蛍光標識糖タンパク質を結合させる態様や、同図のEのように、スライドグラス上に抗体を固定化し、これに糖タンパク質を結合させた後、蛍光標識レクチンを結合させる態様(サンドイッチアッセイ)などが記載されている。また、1つのマイクロアレイ上で糖認識能の異なる複数のレクチンを用いることにより、試料に含まれる糖タンパク質のプロファイリングを行うことができることも記載されている。
【0007】
しかしながら、エバネッセント波(局在場光)で励起できる蛍光量は微弱であり、大量の標識糖鎖が基板上のレクチンに結合しないと蛍光シグナルとして認識されず、特定の糖鎖を有する糖タンパク質が試料中に含まれているか否かの定性的な分析は可能かもしれないが、その定量までを行うことは困難であるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−169518号公報
【特許文献2】国際公開第2005/064333号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明では、予めカラム処理により検体を分画する必要のない、すなわち迅速に測定することができ、カラム処理に伴うアナライトのロスを防止でき、特定のアナライトを高い精度で定量可能なSPFS用センサチップおよびそれを用いた測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ある特定の形状の糖鎖を有する糖タンパク質(以下「特定アナライト」と称することがある。)に対する結合能の高いレクチンは、それとは異なる形状の糖鎖を有する糖タンパク質(以下「非特定アナライト」と称することがある。)に対しても弱いながらも多少の結合能を有することに着目した。そして、そのようなレクチンを流路型のSPFS用センサチップ上に密度勾配を形成させて固定化し、そこに上記特定アナライトおよび非特定アナライトが混在している試料を流下させると、特定アナライトおよび非特定アナライトの前記レクチンに対する結合能の違いにより、それぞれを流路の別々の部位に集積させる、あるいは前者のみを流路内に集積させる(後者は集積させずに流下させる)ことができ、しかもSPFSを用いるため、集積したアナライトを高精度で検出および定量することができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0011】
すなわち、本発明のSPFS用センサチップは、リガンドが流路底面に固定化された流路型のSPFS用センサチップであって、該リガンドは糖鎖の形状の異なる二種以上のタイプが存在するアナライトのそれぞれと異なる結合能を有するものであり、該リガンドが流路の流れ方向に密度勾配を形成していることを特徴とする。
【0012】
上記リガンドは、レクチンであることが好ましい。
上記密度勾配は、二以上の段階的な密度により形成されていることが好ましい。
上記リガンドは、二種以上のリガンドからなり、それぞれのリガンドが流路の流れ方向に密度勾配を形成して流路底面に固定化されていることが好ましい。
【0013】
また、本発明の測定方法は、
工程(i):本発明のSPFS用センサチップを、第一のリガンドである上記リガンドの密度勾配の方向と流路の流れ方向とを一致させて配設する工程;
工程(ii):糖鎖の形状の異なる二種以上のタイプが存在するアナライト含む可能性のある検体を該SPFS用センサチップと接触させる工程;
工程(iii):上記工程(ii)の後に、該アナライトに結合し得る、蛍光物質で標識した第二のリガンドを、該SPFS用センサチップと接触させる工程;
工程(iv):上記工程(iii)の後に、上記SPFS用センサチップの所定のエリアにおいて、SPFSに基づき該蛍光物質から発生した蛍光を測定し、該所定のエリアに捕捉されたアナライトを検出ないし定量する工程
を含むことを特徴とする。
【0014】
上記工程(iv)において、上記SPFS用センサチップの複数のエリアにおいてSPFSに基づく測定を行い、その測定値に基づき、該複数のエリアに捕捉されたアナライトの全量に対する、特定の形状の糖鎖を有するアナライトの割合を求めることを含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、分離操作によるロスや変質により定量結果の信憑性を損なうことなく、正確な定量が行えるとともに、プラズモン励起による電場増強効果により高感度測定が可能なSPFS用センサチップおよびそれを用いた測定方法を提供することができる。
【0016】
そのため、例えば試料中に含まれる特定アナライトと非特定アナライトとの量比が1:10,000であっても、特定アナライトの精度の高い定量を示すことができる。またさらに、特定アナライトと非特定アナライトの両方を定量した場合には、それぞれについての精度の高い定量値から正確な量比を提示することができる。この1:10,000という数値は、いくつかの文献で認められている量比よりも圧倒的に高い。そのため、本発明は新たな臨床的意義を見出せるツールとして極めて有用である。例えば、特定の形状の糖鎖を有する糖タンパク質(AFP-L3)の検出に用いることによって、その量がまだ少ない初期の段階から肝癌の疾病診断などに応用することなどができる。
【0017】
このように、本発明は、高い感度(広いダイナミックレンジ)および高い精度で二種類以上のアナライトを含む検体から特定アナライトを事前の分離操作によるロスなく定量できる。
【0018】
また二種類以上のアナライトそれぞれの定量を行うようにした場合には、複数のアナライトの定量結果を利用することが可能となる。例えば、糖鎖構造の異なる糖鎖タンパク質の検出および二種以上の検出量の相関は、病態の診断に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、(a) 本発明のSPFS用センサチップの一態様を模式的に示した図であり、当該SPFS用センサチップ上を5つのエリアに等分し、レンズマメレクチン〔LCA〕を固定化する際、流路の流れ方向に5つの段階的な密度を形成している態様を示す。(b) 実施例1において、(a)のSPFS用センサチップを流路に固定し、SPFS測定を行っている様子を模式的に示した図である。
【図2】図2は、本発明のSPFS用センサチップの一態様を流路に固定し、糖鎖の形状の異なる二種のタイプが存在する糖タンパク質(すなわちBM-aおよびBM-a')を含む検体を接触させている様子を模式的に示した図である。
【図3】図3は、1) 従来のセンサチップ上に固定化された一次抗体,ならびに,該一次抗体と結合した糖タンパク質であるBM-aおよびBM-a'を模式的に示した図でもあり、さらに、2) 該糖タンパク質に結合した、蛍光標識された二次抗体を模式的に示した図でもある。通常、1)ではSPR測定を、2)ではSPFS測定を実施する。
【図4】図4は、特許文献2の図9のA〜Eを示す。
【図5】図5は、本発明に係る密度勾配第一ないし第四の態様をそれぞれ模式的に示した図であり、SPFS用センサチップのリガンドを表す三角形は、その高さが固定化の密度に比例している。例えば第一の態様において、リガンドは上流側が低密度、下流側が高密度になるような密度勾配を形成している。第二ないし第四の態様においても、SPFS用センサチップの左手が流路の上流であり、右手がその下流である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明のSPFS用センサチップおよび該センサチップを用いたSPFS測定方法を詳述する。
<SPFS用センサチップ>
本発明のSPFS用センサチップは、リガンドが固定化された流路型のSPFS用センサチップであって、例えば図1(a)および(b)に示すように、該リガンドが流路の流れ方向に密度勾配を形成していることを特徴とする。
【0021】
本発明で用いるセンサチップは、リガンドの固定化の態様を除いて、SPFS測定に用いることができる公知のセンサチップと同様の構成をとることができ、その態様は特に限定されるものではない。また、本発明で用いる流路も、SPFS測定に用いることができる公知の流路と同様の構成をとることができ、その態様は特に限定されるものではない。
【0022】
(リガンド)
本発明では二種類のリガンドを用いる。
第一のリガンドは、検体中に含まれるアナライトと結合し、所定時間(少なくともSPFSの測定を行う間)保持し得る、流路底面に固定化された生体関連分子であって、糖鎖の形状の異なる二種以上のタイプが存在するアナライトのそれぞれと異なる結合能を有するものである。すなわち、第一のリガンドは、ある特定の形状の糖鎖を有するアナライト(特定アナライト)と高い親和性でもって結合するが、その他のアナライト(非特定アナライト)とも低いながらも多少の親和性をもって結合できるものであってもよいし、特定アナライトのみと特異的に結合して非特定アナライトとは実質的に結合しない(非特異的な結合を除く。)ものであってもよい。
【0023】
糖鎖を介してアナライトと結合し得る、第一のリガンドとして用いることのできる生体関連物質としては、レクチン,糖結合ドメインを有する酵素タンパク質,糖鎖に親和性を有するサイトカイン,これらの変異体、および糖鎖に相互作用を示す抗体がなど挙げられるが、特にレクチンが好ましい。
【0024】
第一のリガンドの候補となる生体関連物質としては、次のようなものが挙げられる。
上記レクチンとしては、動・植物、真菌、細菌、ウィルスなどから得られる様々な分子家系に属するレクチン、すなわち、細菌を含むすべての生物界で見出されるリシンB鎖関連の「R型レクチン」、真核生物全般に存在し糖タンパク質のフォールディングに関与する「カルネキシン・カルレティキュリン」、多細胞動物に広く存在し、「セレクチン」、「コレクチン」等代表的なレクチンを多く含むカルシウム要求性の「C型レクチン」、動物界に広く分布しガラクトースに特異性を示す「ガレクチン」、植物豆科で大きな家系を形成する「豆科レクチン」、およびこれと構造類似性をもち動物細胞内輸送に関わる「L型レクチン」、リソソーム酵素の細胞内輸送に関わるマンノース6-リン酸結合性の「P型レクチン」、グリコサミノグリカンをはじめとする酸性糖鎖に結合する「アネキシン」、免疫グロブリン超家系に属し「シグレック」を含む「I型レクチン」などが挙げられる。
【0025】
その他のレクチンとしては、ACA〔センニンコクレクチン〕,BPL〔ムラサキモクワンジュレクチン〕,ConA〔タチナタマメレクチン〕,DBA〔Horsegramレクチン〕,DSA〔ヨウシュチョウセンアサガオレクチン〕,ECA〔デイゴマメレクチン〕,EEL〔Spindle Treeレクチン〕,GNA〔ユキノハナレクチン〕,GSL-I〔グリフォニアマメレクチン〕,GSL-II〔グリフォニアマメレクチン〕,HHL〔アマリリスレクチン〕,ジャカリン〔ジャックフルーツレクチン〕,LBA〔リママメレクチン〕,LCA〔レンズマメレクチン〕,LEL〔トマトレクチン〕,LTL〔ロータスマメレクチン〕,MPA〔アメリカハリグワレクチン〕,NPA〔ラッパズイセンレクチン〕,PHA-E〔インゲンマメレクチン〕,PHA-L〔インゲンマメレクチン〕,PNA〔ピーナッツレクチン〕,PSA〔エンドウレクチン〕,PTL-I〔シカクマメレクチン〕,PTL-II〔シカクマメレクチン〕,PWM〔ヨウシュヤマゴボウレクチン〕,RCA120〔ヒママメレクチン〕,SBA〔ダイズレクチン〕,SJA〔エンジュレクチン〕,SNA〔セイヨウニワトコレクチン〕,SSA〔ニホンニワトコレクチン〕,STL〔ジャガイモレクチン〕,TJA-I〔キカラスウリレクチン〕,TJA-II〔キカラスウリレクチン〕,UDA〔Common Stinging Nettleレクチン〕,UEA-I〔ハリエニシダレクチン〕,VFA〔ソラマメレクチン〕,VVA〔ヘアリーベッチレクチン〕,WFA〔フジレクチン〕,WGA〔パンコムギレクチン〕などを挙げることができる。
【0026】
上記糖結合ドメインを有する酵素タンパク質としては、各種グリコシダーゼ(キシラナーゼ、グルカナーゼ)、および糖転移酵素(UDP−GalNAc:ポリペプチドGalNAc転移酵素)などが例示できる。また、糖鎖に親和性を有するサイトカインとしては、インターロイキン-2(IL-2)、インターロイキン-12(IL-12)、腫瘍壊死因子α(TNF−α)、繊維芽細胞成長因子(FGF)などが例示できる。また、糖鎖に相互作用を示す抗体としては、糖鎖関連腫瘍マーカー(CA19-9、フォルスマン抗原、T抗原、Tn抗原、シアリルT抗原)、血液型関連糖鎖(A,B,H,Lea,Lex抗原)、分化関連抗原(Ii,SSEA-1-4)に対する抗体などが例示できる。
【0027】
一方、第二のリガンドは、上記第一のリガンドにより捕捉されたアナライトを蛍光標識するためのリガンドである。この第二のリガンドは、測定の正確性のため、上記第一のリガンドとは異なり、糖鎖の形状の異なる二種以上のタイプのアナライトそれぞれと等しい結合能を有するもの、つまりアナライト間で実質的に変動のない部分を認識して結合しうるものである必要がある。第二のリガンドはアナライトに応じて適切なものを選択すればよいが、例えばアナライトが糖タンパク質である場合、第二のリガンドとしては糖タンパク質のタンパク質部分と相互作用を示す抗体が適切である。
【0028】
(アナライト)
本発明において分析の対象とすることのできるアナライトとしては、糖鎖を有し、かつ、前述のような第一および第二のリガンドが存在する生体関連分子またはその断片である。このような生体関連分子としては、例えば、糖鎖を有する核酸(一本鎖であっても二本鎖であってもよいDNA,RNA,ポリヌクレオチド,オリゴヌクレオチド,PNA(ペプチド核酸)等,またはヌクレオシド,ヌクレオチドおよびそれらの修飾分子);糖鎖を有するタンパク質(ポリペプチド,オリゴペプチド等)、いわゆる糖タンパク質または糖ペプチド;糖鎖を有するアミノ酸(修飾アミノ酸も含む。);糖質(オリゴ糖,多糖類,糖鎖等);糖鎖を有する脂質、いわゆる糖脂質;またはこれらの修飾分子,複合体などが挙げられる。具体的には、バイオマーカーとして用いられる腫瘍マーカー,シグナル伝達物質,ホルモンなどが含まれる。
【0029】
本発明における典型的なアナライトである腫瘍マーカーの具体例として、α-フェトプロテイン〔AFP〕が挙げられる。このAFPは、胎児肝または肝細胞癌やヨークサック腫瘍などの悪性腫瘍で発現される癌胎児性糖タンパク質である。ヒトAFPには1分子当たり1本のアスパラギン結合型糖鎖が存在し、その糖鎖構造は既に明らかにされている。また、細胞の癌化に伴い糖鎖構造が変化することが知られており、肝細胞癌に伴い、上記アスパラギン結合型糖鎖の非還元末端のN-アセチルグルコサミンにα1,6結合でフコースが付加した糖鎖を有するAFPが増加する。
【0030】
このような糖鎖の癌性変化は、前記第一のリガンドとして、糖鎖の構造によって親和性の異なる種々のレクチンを用いて検出することができる。例えば、レンズマメレクチン〔LCA〕は、フコースが付加された糖鎖を有するAFP(LCA親和性AFP,AFP-L3ともいう。)に対する親和性が高いが、フコースが付加されていない糖鎖を有するAFP(LCA非親和性AFP,AFP-L1ともいう。)に対する親和性が全くないわけではなく、多少の親和性を有し、これを捕捉することもできる。したがって、AFPをアナライトとする(フコースが付加された糖鎖を有するAFPを「特定アナライト」とし、フコースが付加されていない糖鎖を有するAFPを「非特定アナライト」とする)分析を行う場合、LCAを第一のリガンドとして用いることが好適である。
【0031】
(密度勾配)
本発明のSPFS用センサチップにおいて、固定化されているリガンド(第一のリガンド)の密度は、流路の流れ方向に沿って勾配(グラジェント)を形成する。
【0032】
密度勾配は、連続的に密度が変化するように形成されていてもよいが、二以上の段階的な密度により形成されていてもよい。例えば、図1(a)および(b)に示すように、当該SPFS用センサチップ上を5つのエリアに等分し、リガンド(レクチン)を固定化する際、流路の流れ方向に5つの段階的な密度を形成している態様などが挙げられる。このような段階的な密度を形成するためには、例えばリガンドの濃度が段階的に異なる溶液を調製し、流路底面の所定の区画にそれぞれの溶液を塗布してリガンドを固定化するようにすればよい。
【0033】
各エリアにおける第一のリガンドの密度、エリアの数およびサイズ、エリアどうしの間隔などは、特定アナライトを選択的に集積させることが可能な範囲で、用いる第一のリガンドの各アナライトに対する結合能や各アナライトとの接触時間(送液時間ないし送液速度)、各アナライトの数などの測定条件も考慮しながら、適宜調整することができる。実施例に示すように、第一のリガンドが固定化されたSPFS用センサチップの表面と、特定アナライトおよび非特定アナライトを含有する検体との接触時間が充分であれば、非特定アナライトが上流側で捕捉されたとしてもそのような非特定アナライトは徐々に下流側に移動し、一方で特定アナライトは上流側で捕捉され続けるので、最終的に特定アナライトと非特定アナライトを異なるエリアに分離して集積させることが可能であるが、接触時間が不充分であると、両者は充分に分離しないまま同じエリアに集積し、それぞれの定量を行えない虞がある。
【0034】
さらに、本発明のSPFS用センサチップに固定化される第一のリガンドは二種以上を併用することもできる。例えば、糖鎖の形状の異なる二種類のタイプの糖タンパク質の、それぞれの糖鎖に結合し得る二種類のリガンド(例えばレクチン)を用いる場合が挙げられる。また、上記二種類のリガンドは、それぞれ同じ方向に密度勾配を形成することも、逆の方向に密度勾配を形成することもできる。また、二種類のリガンドのうち、一方のリガンドのみに密度勾配を形成し、他方のリガンドは密度勾配なく一様な密度で形成したり、一方のリガンドが形成された領域の一部に部分的に、密度勾配をもって或いは一様な密度で形成したりすることもできる。
【0035】
密度勾配の形成の仕方は、特定アナライトを選択的に集積させて定量できるようであれば特に限定されるものではないが、より具体的には、次のような四通りの態様を代表的な例として示すことができる。なお、SPFS用センサチップに二種類以上のリガンドを固定化する際には、特定アナライトに結合能を有するリガンドが少なくとも密度勾配を有するように形成されれば、他の種類のリガンドが一様な密度や部分的に形成されていてもよい。
【0036】
《第一の態様》
密度勾配の第一の態様は、図5に示すように、上流側で特定アナライトを優占的に捕捉し、下流側で非特定アナライトを優占的に捕捉する態様である。例えば、第一のリガンドとしてLCAを用い、これを上流側が低密度、下流側が高密度になるような密度勾配を形成した場合、LCA親和性AFP(特定アナライト)はLCAが低密度の上流側でも捕捉され、集積しやすいが、LCA非親和性AFP(非特定アナライト)はLCAが低密度の上流側では捕捉されにくいため、あるいは捕捉されたとしても結合力の弱さにより時間の経過につれて徐々に下流側に流されていくため、最終的にLCAが高密度の下流側に集積するものが多い。そのため、上流側に集積しているAFPの中ではLCA親和性AFP(特定アナライト)が優占的であり、一方、下流側に集積しているAFPの中ではLCA非親和性AFP(非特定アナライト)が優占的になる。このような第一の態様における第一のリガンドとしては、特定アナライトと高い親和性でもって結合するが、非特定アナライトとも低いながらも多少の親和性をもって結合できるものを選択する必要がある。なお、このような態様において、上記とは逆に上流側が高密度、下流側が低密度になるようなLCAの密度勾配を形成することは、LCA親和性AFP(特定アナライト)およびLCA非親和性AFP(非特定アナライト)はともに上流側で捕捉されてしまい、互いに分離して定量することができないため不適切である。
【0037】
《第二の態様》
密度勾配の第二の態様は、図5に示すように、上流から下流にかけてのいずれかの密度において特定アナライトを捕捉する一方、非特定アナライトは捕捉せずに流下(素通り)させる態様である。例えば、上述した第一の態様と同様、第一のリガンドとしてLCAを用い、これを上流側が低密度、下流側が高密度になるような密度勾配を形成するが、最も下流側でも非特定アナライトが集積しないようにする。このような第二の態様における第一のリガンドとして、特定アナライトと高い親和性でもって結合するが、非特定アナライトとも低いながらも多少の親和性をもって結合できるものを選択した場合は、その下流側の密度を適切に調節する(所定の値以下の密度にする)必要があるが、特定アナライトのみと特異的に結合して非特定アナライトとは実質的に結合しないものを選択した場合は、その下流側の密度を調節する必要がなくなる。
【0038】
また、図2に示すように、SPFS用センサチップ上に固定化されたレクチンは密度勾配を形成しており、BM-a'の糖鎖部分(図中、小さい丸が連なった鎖状の部分;図5中「非特定アナライト」に相当する。)には結合せずに、BM-aの糖鎖部分(図中、小さい丸が連なり、分岐を有する鎖状の部分;図5中「特定アナライト」に相当する。)に結合するため、典型的には、BM-a'は素通りし、BM-aが、レクチン密度の高いエリアで捕捉される。
【0039】
《第三の態様》
密度勾配の第三の態様として、図5に示すように、一方の第一のリガンド(A)が流路の上流から下流にかけて疎から密になるよう固定化され、もう一方の第一のリガンド(B)も、同じく流路の上流から下流にかけて疎から密になるよう固定化される態様が挙げられる。
【0040】
このような第三の態様は、二種類の第一のリガンド(A)および(B)を用いることで、二種類の特定アナライト(A)および(B)を互いに異なるエリアで別々に集積させることが可能である。すなわち、第一のリガンド(A)が特定の密度以上で固定化されているエリアに特定アナライト(A)を集積させ、第一のリガンド(B)が特定の密度以上で固定化されているエリアに特定アナライト(B)を集積させるが、前者のエリアと後者のエリアが重複しないよう、それぞれ固定化されたリガンドの密度を適切に調節して、例えば前者のエリアがより上流側になるよう、後者のエリアがより下流側になるようにすることができる。また、非特定アナライトは、いずれのエリアでも捕捉せずに流下させるようにすることも、二種類の特定アナライト(A)および(B)が集積しているエリアとは異なるエリア(例えば最も下流側)に集積させることも可能である。
【0041】
この場合、特定アナライト(B)および非特定アナライトが第一のリガンド(A)によって捕捉されないよう、また特定アナライト(A)および非特定アナライトが第一のリガンド(B)によって捕捉されないよう、留意する必要がある。すなわち、第三の態様において、第一のリガンド(A)として、特定アナライト(A)と高い親和性でもって結合するが、特定アナライト(B)および非特定アナライトとも低いながらも多少の親和性をもって結合できるものを選択した場合は、特定アナライト(A)を優占的に捕捉するエリアでは特定アナライト(B)および非特定アナライトが実質的に捕捉されないよう第一のリガンド(A)の密度を適切に調節する(所定の値以下の密度にする)必要があり、特定アナライト(A)のみと特異的に結合して特定アナライト(B)および非特定アナライトとは実質的に結合しないものを選択した場合は、その密度を調節しなくともよい。一方、第一のリガンド(B)についても、特定アナライト(B)と高い親和性でもって結合するが、特定アナライト(A)および非特定アナライトとも低いながらも多少の親和性をもって結合できるものを選択した場合は、特定アナライト(B)を優占的に捕捉するエリアでは特定アナライト(A)および非特定アナライトが実質的に捕捉されないよう第一のリガンド(B)の密度を適切に調節する(所定の値以下の密度にする)必要があり、特定アナライト(B)のみと特異的に結合して特定アナライト(A)および非特定アナライトとは実質的に結合しないものを選択した場合は、その密度を調節する必要がなくなる。
【0042】
《第四の態様》
密度勾配の第四の態様として、図5に示すように、一方の第一のリガンド(A)が流路の上流から下流にかけて疎から密になるよう固定化され、もう一方の第一のリガンド(B)が、逆に流路の上流から下流にかけて密から疎になるよう固定化される態様が挙げられる。
【0043】
このような第四の態様も、二種類の第一のリガンド(A)および(B)を用いることで、二種類の特定アナライト(A)および(B)をそれぞれ上流側および下流側で別々に捕捉することが可能である。すなわち、第一のリガンド(A)が特定の密度以上で固定化されている下流側に特定アナライト(A)を集積させ、第一のリガンド(B)が特定の密度以上で固定化されている上流側に特定アナライト(B)を集積させる。また、非特定アナライトは、いずれのエリアでも捕捉せずに流下させるようにすることも、二種類の特定アナライト(A)および(B)が集積しているエリアとは異なるエリア(例えば最も下流側)に集積させることも可能である。
【0044】
この場合も、上流側にある特定アナライト(B)が集積するエリアで特定アナライト(A)および非特定アナライトが捕捉されないよう、また下流側にある特定アナライト(A)が集積するエリアで特定アナライト(B)および非特定アナライトが捕捉されないよう、留意する必要がある。すなわち、第四の態様において、第一のリガンド(A)として、特定アナライト(A)と高い親和性でもって結合するが、特定アナライト(B)および非特定アナライトとも低いながらも多少の親和性をもって結合できるものを選択した場合は、下流側にある特定アナライト(A)を優占的に捕捉するエリアでは特定アナライト(B)および非特定アナライトが実質的に捕捉されないよう第一のリガンド(A)の密度を適切に調節する(所定の値以下の密度にする)必要があり、特定アナライト(A)のみと特異的に結合して特定アナライト(B)および非特定アナライトとは実質的に結合しないものを選択した場合は、その下流側の密度を調節しなくともよい。一方、第一のリガンド(B)についても、特定アナライト(B)と高い親和性でもって結合するが、特定アナライト(A)および非特定アナライトとも低いながらも多少の親和性をもって結合できるものを選択した場合は、上流側にある特定アナライト(B)を優占的に捕捉するエリアでは特定アナライト(A)および非特定アナライトが実質的に捕捉されないよう第一のリガンド(B)の密度を適切に調節する(所定の値以下の密度にする)必要があり、特定アナライト(B)のみと特異的に結合して特定アナライト(A)および非特定アナライトとは実質的に結合しないものを選択した場合は、その上流側の密度を調節しなくともよい。
【0045】
<SPFS用センサチップを用いた測定方法>
本発明の測定方法は、下記工程(i)〜(iv)を含むことを特徴とする。
工程(i):本発明のSPFS用センサチップを、第一のリガンドである上記リガンドの密度勾配の方向と流路の流れ方向とを一致させて配設する工程。
【0046】
工程(ii):糖鎖の形状の異なる二種以上のタイプが存在するアナライト含む可能性のある検体を該SPFS用センサチップと接触させる工程。
工程(iii):上記工程(ii)の後に、該アナライトに結合し得る、蛍光物質で標識した第二のリガンドを、該SPFS用センサチップと接触させる工程。
【0047】
工程(iv):上記工程(iii)の後に、上記SPFS用センサチップの所定のエリアにおいて、SPFSに基づき該蛍光物質から発生した蛍光を測定し、該所定のエリアに捕捉されたアナライトを検出ないし定量する工程。
【0048】
上記工程(iv)において、上記SPFS用センサチップの複数のエリアにおいてSPFSに基づく測定を行い、その測定値に基づき、該複数のエリアに捕捉されたアナライトの全量に対する、特定の形状の糖鎖を有するアナライトの割合を求めることを含むことが好ましい。
【0049】
(検体)
検体としては、例えば、血液(血清・血漿),尿,鼻孔液,唾液,便,体腔液(髄液,腹水,胸水等)などが挙げられ、所望の溶媒、緩衝液等に適宜希釈して用いてもよい。これら検体のうち、腫瘍マーカーが含まれる可能性のある血液,血清,血漿,尿,鼻孔液および唾液が好ましい。
【0050】
(接触)
接触は、流路中に検体を送液し、SPFS用センサチップの第一のリガンドが固定化されている面が該送液中に浸漬され、該第一のリガンドと検体中のアナライトとが反応できる状態となるよう、SPFS用センサチップと検体とを接触させる態様が好ましい。
【0051】
送液速度は、第一のリガンドが固定化されたSPFS用センサチップと検体中のアナライトとの接触時間が充分なものとなるよう調整すればよく、必要に応じて流路を循環型のものとしてもよい。また、第一のリガンドとアナライトとをゆっくりと接触させる(接触時間を長くする)ために、例えばゲルを用いるなどして送液の媒体に粘度を高めるようにしてもよい。
【0052】
(蛍光物質で標識した第二のリガンド)
蛍光物質としては、SPFS測定できる公知の蛍光物質であれば、特に限定されず、また当該蛍光物質を第二のリガンドに標識する方法も、従来の方法を用いることができる。
【0053】
(検出および定量)
SPFSによりアナライトと複合体を形成した第二のリガンドから発せられる蛍光を測定することにより、そのアナライトの検出または定量を行うことができる。流路の各エリアにおいて測定される蛍光の強度は、それぞれのエリアに捕捉されているアナライトの量を反映しており、別途作成した検量線を利用することなどにより、アナライトを定量することが可能である。
【0054】
例えば、前述した第一の態様において、特定アナライトおよび非特定アナライトそれぞれが捕捉されていると想定されるエリアの蛍光強度から、特定アナライトおよび非特定アナライトそれぞれを定量することができる。複数のエリアにまたがって特定アナライトおよび非特定アナライトが捕捉されているような場合には、それらのエリアの合計値から特定アナライトおよび非特定アナライトそれぞれの全量を求めることができ、また全てのエリアの定量値を合計すれば、特定アナライトおよび非特定アナライトを含むアナライトの全量を求めることができる。また、前述した第二および第四の態様のように、非特定アナライトを定量せず、したがってアナライトの全体量を定量しなくてもよい場合には、特定アナライトの検出または定量のみを行うようにすればよい。
【実施例】
【0055】
次に、本発明について実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
[実施例1]
(1-1)抗原捕捉担体の固定化:
屈折率〔nd〕1.52、厚さ1mmで外形が20mm×100mmのガラス製の透明な支持体(SCHOTT AG社製「BK7」)をプラズマ洗浄し、該支持体の片面にクロム薄膜をスパッタリング法により形成した後、その表面にさら金薄膜をスパッタリング法により形成した。クロム薄膜の厚さは1nm、金薄膜の厚さは50nmであった。
【0056】
得られた支持体上、長手方向に5等分するようにパッキンでエリアを形成し、5つのエリアにそれぞれ異なる濃度(0.1,0.5,2.0,5.0および12.0mg/mL)のレンズマメレクチン〔LCA〕を含む溶液を添加し、物理吸着により固定化した。
【0057】
その後、1重量%牛血清アルブミン〔BSA〕を含むPBS溶液にて2時間静置することで、非特異的吸着防止処理を行い、5段階の密度勾配が形成されたSPFS用センサチップを製造した。
【0058】
(1-2)流路の作製:
BSA溶液を除去・洗浄の後、パッキンを外したSPFS用センサチップの表面に、2mm×10mmの穴を有する、外形が20mm×20mm、流路高さに対応する厚さ0.5mmを有するポリジメチルシロキサン〔PDMS〕製シートを5つ設け、流路の外側からSPFS用センサチップを覆うように厚さ4mmでPDMS製スペーサ(ガスケットとして、流路とSPFS用センサチップとの隙間をシールするためのもの)と同外形のポリメチルメタクリレート板を乗せ圧着し(ただし、このシリコンゴムスペーサは送液に触れない状態とする。)、ビスで流路と該ポリメチルメタクリレート板とを固定した。
【0059】
(1-3)抗原の送液:
抗原として、和光純薬工業(株)製「ミュータスワコー AFP-L3用コントロールL」(AFP-L3が全AFPのうち約32%を占め、全AFP濃度は約49ng/mLであった。)0.5mLを10分間かけてゆっくりと送液し、のちPBS溶液を20分間ゆっくりと送液してから表面プラズモンで共鳴角のシフトを経時的に測定し、抗原が結合されたことを確認した。
【0060】
ここで、SPFS用センサチップの金薄膜へのレーザ光の入射角度角が最適角になるようLD光源を固定した後、LD光源による励起光をSPFS用センサチップに照射し、カットフィルタ(日本真空光学(株)製)、集光レンズとして10倍の対物レンズ((株)ニコン製)を介して、表面プラズモン励起増強蛍光分光法による蛍光をCCDイメージセンサ(日本テキサス・インスツルメンツ(株)製)で検出し、「ブランク蛍光シグナル」とした。
【0061】
(1-4)蛍光標識抗体の作製:
蛍光標識抗体を、蛍光物質ラベリングキットを利用し、以下のようにして作製した。
すなわち、抗αフェトプロテイン〔AFP〕モノクローナル抗体(1D5;2.5mg/mL;(株)日本医学臨床検査研究所製)100μg相当と0.1M重炭酸ナトリウムとAlexa Fluor(登録商標)647 reactive dyeとを混合し室温にて1時間反応させた。反応後、ゲル濾過クロマトグラフィおよび限外濾過を行い標識に利用されなかったAlexa Fluor 647 reactive dyeを取り除いた。
【0062】
(1-5)検出抗体の送液による反応:
蛍光標識した抗AFPモノクローナル抗体を1,000ng/mL含むPBSを、1.5mL添加し、10分間かけてゆっくりと送液した。
その後、Tween20を0.01重量%含むPBSで30分間かけてゆっくりと送液・洗浄した。
【0063】
(1-6)SPFS蛍光測定:
洗浄開始から30分後にSPFS用センサチップ上5つのエリアの蛍光を順次CCDイメージセンサにより検出し、それぞれ「SPFSシグナル」を測定した。
【0064】
(1-7)送液時間の最適化:
(1-3)において、抗原を10分間送液し、その後PBSを20分送液してトータル30分間かけて送液したのと同様に、抗原を10分間送液し、その後PBSをそれぞれ送液して、トータル10分間(抗原のみの送液),20分間,40分間および50分間かけて送液し(流速はいずれの場合も一定である。)、SPFS用センサチップ上5つのエリアそれぞれのSPFSシグナルを測定した。その結果を表1に示す。
【0065】
表1において、30分間送液した場合に、左から2番目と4番目のエリアに特に大きなピークが現れ、それぞれのエリアにAFPが集積している様子が観察された。後記(1-8)検量線の作成における推定と同様に、AFP-L3は前者のエリアに、それ以外のAFPは後者のエリアに別々に集積していると推定される。送液時間が20分間,40分間および50分間の場合も、AFP-L3およびそれ以外のAFPを異なるエリアに集積させることができている。
【0066】
一方、送液時間が10分間の場合、AFP-L3およびそれ以外のAFPは左から1番目と2番目のエリアに、充分に分離せずに集積しているようである。リガンド密度が相対的に小さい1,2番目のエリアであっても、他のエリアより蛍光強度が大きいのは、1,2番目のエリアにはAFP-L3および他のAFPの数に対して充分な数のリガンドが固定されているからであろう。
【0067】
【表1】

(1-8)検量線の作成:
(1-1)および(1-2)を実施した後、検量線用サンプル(後述)として調製した「ミュータスワコー AFP-L3用コントロールL」0.5mLを30分間かけてゆっくりと送液した。そして(1-4)で得られた蛍光標識抗AFPモノクローナル抗体を1,000ng/mL含むPBSを、1.5mL添加し、10分間かけてゆっくりと送液した。その後、Tween20を0.01重量%含むPBSで30分間かけてゆっくりと送液・洗浄した。洗浄開始から30分後1つのCCDから5つのエリアを順次観察し、それぞれのSPFSシグナルを測定した。
【0068】
検量線用サンプルは、PBSのみ(AFP濃度0ng/mL)および全AFP濃度がそれぞれ2.0,5.0,15および40ng/mLとなるように「ミュータスワコー AFP-L3用コントロールL」をPBSで希釈したものである。「ミュータスワコー AFP-L3用コントロールL」はAFP-L3が全AFPのうち約32%を占めるものであるから、これら検量線用サンプルのAFP-L3濃度はそれぞれ0,0.64,1.60,4.8および12.8ng/mLとなる。
【0069】
これらの結果を表2に示す。
【0070】
【表2】

表2から、先の結果と同様に左から2番目と4番目に大きなピークが現れ、AFPが集積している様子が観察された。[(1+2番目のSPFSシグナル)/(1+2+3+4+5番目のSPFSシグナル)]×100を計算したところ、前記AFP-L3の含有率と同じ約32%の比率となったことから、L3糖鎖構造のAFP(AFP-L3)が上流側(左から1番目と2番目)に集積し、それ以外の糖鎖構造のAFPが左から下流側(4番目と5番目)に集積したものと推定される。これは、図5の第一の態様に相当するものと考えられ、SPFS用センサチップの上流側(1,2番目のエリア)に特定アナライトであるAFP-L3が、その下流側(4,5番目のエリア)に非特定アナライトであるL3以外のAFPが集積している。そして、リガンド密度,リガンドとアナライトとの親和性,送液時間等の条件から、SPFS用センサチップの中間付近(3番目のエリア)に集積するAFPが少なかったものと考えられる。
【0071】
それぞれの合計値で検量線を作成すると、表3のようになった。
【0072】
【表3】

(1-9)AFP試料の測定:
AFP-L3を含む「ミュータスワコー AFP-L3用コントロールL」と、AFP-L3を含まない「recombinant-AFP」(Abnova社)とを、AFP-L3の含有率が3.2%になるように混合し、SPFSシグナルを測定した。SPFSシグナルの合計値とそれぞれの検量線とから、L3糖鎖を含むAFPは1.72ng/mL、L3糖鎖を含まないAFPは47.0ng/mLと算出され、仕込み計算濃度の1.57ng/mL,47.7ng/mLそれぞれとよく一致した。
【0073】
さらに、AFPの低濃度域(0,20,100,500および2000pg/mL)で同様に検量線を作成し、直線性を確認した。その後、この検量線を用いて、AFP-L3の含有率が3.2%となるように調製した溶液を10倍および100倍希釈して、SPFSシグナルを測定した。SPFSシグナルの合計値とそれぞれの検量線から得られた濃度と、仕込み計算濃度とがよく一致した。
【0074】
[実施例2]
(2-1)抗原捕捉担体の固定化は、実施例1(1-1)と同様に実施し、SPFS用センサチップを製造した。
【0075】
(2-2)流路の作製において、流路の高さを下げて、流れてくる試料がSPFS用センサチップ表面に接触する確率を上げるため、流路高さに対応する厚さ0.1mmを有するPDMS製シートに変更した以外は実施例1(1-2)と同様に実施した。
【0076】
(2-3)抗原の送液は、実施例1(1-3)と同様に実施した。
(2-4)検出抗体の送液による反応において、(1-5)の送液時間を2時間とすることで、2番目のエリアと4番目のエリアに集積することが分かった。
【0077】
(2-5)検量線の作成:
(1-8)において、送液時間を2時間とした以外は(1-8)と同様にしてSPFSシグナルを測定した。その結果を表4に示す。
【0078】
【表4】

2番目のエリアと4番目のエリアのみから検量線を作成した。
【0079】
(2-6)AFP試料の測定:
実施例1の(1-9)と同様にSPFSシグナルを測定した。実施例1と同等の結果が得られた。
【0080】
[実施例3]
(3-1)抗原捕捉担体の固定化は、レンズマメレクチン〔LCA〕の代わりに、特開平8-134100号公報(ユニチカ)に準じて作製した抗AFP抗体(アニオン(硫酸化チロシン5量体)結合抗AFPモノクローナル抗体(マウス))を用いた以外は実施例1(1-1)と同様にして実施し、SPFS用センサチップを製造した。
【0081】
(3-2)流路の作製は、実施例1(1-2)と同様に実施した。
(3-3)抗原の送液は、実施例1(1-3)と同様に実施した。
(3-4)検出抗体の送液による反応は、実施例1(1-5)と同様に実施した。
【0082】
その結果、実施例2の表4と同様に分離できた。実施例1と同じ高い天井の流路でも、2番目のエリアと4番目のエリアに集積することがわかった。このことは、固相に抗体を用いる方がレクチンを用いるよりもブロードにならずに集積しやすいことを示しており、抗体の方が、レクチンよりもアフィニティが高いという一般的な知見に合致している。
【0083】
《考察》
本発明のSPFS用センサチップを用いた測定方法は、ダイナミックレンジが広いことから、糖鎖構造の比が不明のAFPを分析する場合に、一方が約1pg/mLで、もう一方が約10,000pg/mLであっても、同時測定が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リガンドが流路底面に固定化された流路型の表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップであって、該リガンドは糖鎖の形状の異なる二種以上のタイプが存在するアナライトのそれぞれと異なる結合能を有するものであり、該リガンドが流路の流れ方向に密度勾配を形成していることを特徴とする表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップ。
【請求項2】
上記リガンドが、レクチンである請求項1に記載の表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップ。
【請求項3】
上記密度勾配が、二以上の段階的な密度により形成されている請求項1または2に記載の表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップ。
【請求項4】
上記リガンドが二種以上のリガンドからなり、それぞれのリガンドが流路の流れ方向に密度勾配を形成して流路底面に固定化されている請求項1〜3のいずれか一項に記載の表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップ。
【請求項5】
工程(i):請求項1〜4のいずれか一項に記載の表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップを、第一のリガンドである上記リガンドの密度勾配の方向と流路の流れ方向とを一致させて配設する工程;
工程(ii):糖鎖の形状の異なる二種以上のタイプが存在するアナライト含む可能性のある検体を該表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップと接触させる工程;
工程(iii):上記工程(ii)の後に、該アナライトに結合し得る、蛍光物質で標識した第二のリガンドを、該表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップと接触させる工程;
工程(iv):上記工程(iii)の後に、該表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップの所定のエリアにおいて、表面プラズモン励起増強蛍光分光法に基づき該蛍光物質から発生した蛍光を測定し、該所定のエリアに捕捉されたアナライトを検出ないし定量する工程
を含むことを特徴とする測定方法。
【請求項6】
上記工程(iv)において、上記表面プラズモン励起増強蛍光分光法用センサチップの複数のエリアにおいて表面プラズモン励起増強蛍光分光法に基づく測定を行い、その測定値に基づき、該複数のエリアに捕捉されたアナライトの全量に対する、特定の形状の糖鎖を有するアナライトの割合を求めることを含む、請求項5に記載の測定方法。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−61179(P2013−61179A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−198540(P2011−198540)
【出願日】平成23年9月12日(2011.9.12)
【出願人】(000001270)コニカミノルタホールディングス株式会社 (4,463)
【Fターム(参考)】