説明

表面処理剤および有機被覆鋼材

【課題】厳しい環境においても有機被覆鋼材の耐食性を向上させることができる表面処理剤およびその表面処理剤により処理して製造される有機被覆鋼材を提供する。
【解決手段】基本成分としてシリカ、リン酸アルミニウム、チタン過酸化物、有機リン酸化合物および炭酸ジルコニルアンモニウムを、水に溶解あるいは分散させた処理剤である。割合は、前記基本成分の合計100質量部に対して、前記シリカ合は40〜50質量部、前記リン酸アルミニウムは10〜30質量部、前記チタン過酸化物は10〜20質量部、前記有機リン酸化合物は12〜24質量部、前記炭酸ジルコニルアンモニウムは2〜20質量部であり、さらに、エポキシ系またはメルカプト系のシランカップリング剤を、前記基本成分の合計100質量部に対して、5〜40質量部を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理剤およびその表面処理剤により処理して製造される有機被覆鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
海洋などの厳しい腐食環境にさらされる鋼構造物の部材として用いられる鋼矢板、鋼管杭、鋼管矢板等の土木建材には高い耐食性が要求される。
耐食性を有する鋼板としては、めっき処理を施した鋼板が挙げられる。めっき処理を施した鋼板を防食土木建材として用いる場合には、めっき処理のみでは耐食性の点で不十分であるため、めっき層の上にさらなる上塗り(樹脂)が必要になる。しかし、このような処理はコストが嵩む。さらに、めっき層と樹脂の密着性、接着性が悪いという問題点を有する。そのため、通常は、めっき処理を施していない鋼材に有機被膜を施した鋼材、すなわち有機被覆鋼材が防食土木建材として用いられている。
【0003】
有機被覆鋼材は、リン酸塩処理やクロメート処理あるいは有機樹脂と無機物からなる表面処理剤を鋼材表面に接触させ、薄膜の表面処理層を塗装処理下地として形成し、さらにその上に有機プライマー層とその上に形成される厚さ数ミリの有機樹脂からなる有機被覆層を形成することにより得られる。表面処理層の役割は、有機プライマー層と鋼材の密着性を高めること、有機プライマー層の下で鋼材の腐食を抑制し有機被覆鋼材の腐食環境における耐久性を高めることである。
【0004】
このような有機被膜鋼材として、例えば、特許文献1には、クロム酸水溶液に微粒子シリカを加え、更に膨張性層状粘土鉱物及び金属亜鉛粉を加えた下地処理剤を鋼材表面に塗布した重防食鋼材が開示されている。特許文献2には、表面にクロメート層を有するクロメート被覆鋼材であり、鋼材の表面に、エポキシプライマー層、無水マレイン酸変性ポリオレフィン層およびポリオレフィン層を順次積層した樹脂被覆重防食鋼材が開示されている。
しかしながら、特許文献1、2のいずれも、クロメート処理を前提としている。クロメート処理は、有機被覆材の下地処理としては、その厚膜有機被覆層の接着耐久性の保持性能が高くかつ安価であるため、過去には広く使用されてきたが、近年では、環境上の懸念から使用が控えられている。そのため、現在は、クロメート処理を施さない、すなわち、ノンクロメート処理を施した耐食性に優れた有機被覆鋼材が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−238680号公報
【特許文献2】特開2005−35061号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、かかる事情に鑑み、厳しい環境においても有機被覆鋼材の耐食性を向上させることができる表面処理剤およびその表面処理剤により処理して製造される有機被覆鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者等は、鋼材の腐食反応に伴う環境(pH)の変化が有機被覆層の剥離や接着劣化をひきおこし有機被覆鋼材の耐食寿命を低下させることに対して、鋼材表面にシリカからなる処理層を形成することが有機被覆層の剥離や接着劣化を防止するのに有効であることを見出した。
【0008】
しかしながら、シリカからなる処理層を効率良く鋼材表面に形成させることは下記のように、困難を伴い技術上の課題も多い。
シリカは、鋼板との間では殆ど反応しないため、シリカを鋼材表面に処理層として形成させるためには何らかのバインダー成分が必要である。そのため樹脂やクロメート液、もしくはチタン過酸化物などの鋼材に付着する成分を必要とする。シリカは、それ自体である程度の防食性を有しているが、リン酸アルミニウムや炭酸ジルコニルアンモニウムのように鋼材表面を保護する機能を有しているものを加えた場合により性能の高い耐久性を有する。更に、これらの機能を担う成分として、ジルコンフッ化アンモニウムやメタバナジン酸が挙げられる。しかしながら、これらから構成される処理層の上に有機被覆層を形成することを考えると、更に処理層と有機被覆層、特に有機プライマー層との結合を強化させる成分を含有させることが、より高い耐久性をもたせるために必要となる。
【0009】
そこで発明者等は、シリカからなる処理層を鋼材表面に形成させる方法について鋭意検討し、下記知見を得た。
【0010】
処理層の主たる形成材として、チタン過酸化物と気相法により製造されるシリカ(以下、気相シリカと称する)を用いる。チタン過酸化物の表面にはOH基が存在するためカップリング剤と反応し結合を生成することができる。その結果、チタン過酸化物同士の結合のほかにカップリング剤を介してのチタン過酸化物同士の結合生成も可能になる。また、気相シリカの表面にはOH基が多数存在し、OH基によりシランカップリング剤と反応が可能となる結果、カップリング剤を介してのシリカ同士の結合が生成する。また、鋼材表面にもOH基が存在し、このOH基もシランカップリング剤との反応が可能である。従って、処理層を構成するに際してシランカップリング剤を用いることで、シランカップリング剤が、チタン過酸化物同士の結合、気相シリカ粒子間の結合、鋼材とチタン過酸化物および気相シリカの結合を可能にし、鋼材表面にチタン過酸化物とシリカを基本成分とした処理層を形成することが可能となる。また、カップリング材は有機官能基と反応する部位を有し、それが処理層の上に形成されるプライマー層中の有機官能基と反応する結果、チタン過酸化物とシリカと有機プライマーとの結合に寄与し、処理層とその上層の有機プライマー層との接着が改善されるという利点も得られる。
【0011】
さらには、上記処理層中に、バナジウム、ジルコニウム、などの酸化物あるいは酸素酸塩が含まれていると、これにより鋼材の腐食反応が抑制され、より有機被覆層の耐久性を向上させることができる。
【0012】
本発明は上記知見に基づくものであり、以下の特徴を有する。
[1]基本成分としてシリカ、リン酸アルミニウム、チタン過酸化物、有機リン酸化合物および炭酸ジルコニルアンモニウムを、水に溶解あるいは分散させた処理剤であり、
前記基本成分の合計100質量部に対して、前記シリカの割合は40〜50質量部、前記リン酸アルミニウムの割合は10〜30質量部、前記チタン過酸化物の割合は10〜20質量部、前記有機リン酸化合物の割合は12〜24質量部、前記炭酸ジルコニルアンモニウムの割合は2〜20質量部であり、さらに、エポキシ系またはメルカプト系のシランカップリング剤を、前記基本成分の合計100質量部に対して、5〜40質量部を含有することを特徴とする表面処理剤。
[2]基本成分としてシリカ、リン酸アルミニウム、チタン過酸化物、有機リン酸化合物、炭酸ジルコニルアンモニウム、ジルコンフッ化アンモニウムおよびメタバナジン酸アンモニウムを、水に溶解あるいは分散させた処理剤であり、前記基本成分の合計100質量部に対して、前記シリカの割合は40〜50質量部、前記リン酸アルミニウムの割合は10〜30質量部、前記チタン過酸化物の割合は10〜20質量部、前記有機リン酸化合物の割合は12〜24質量部、前記炭酸ジルコニルアンモニウムの割合は2〜20質量部、前記ジルコンフッ化アンモニウムの割合は2〜15質量部、前記メタバナジン酸アンモニウムの割合は2〜10質量部であり、さらに、エポキシ系またはメルカプト系のシランカップリング剤を、前記基本成分の合計100質量部に対して、5〜40質量部を含有することを特徴とする表面処理剤。
[3]前記[1]または[2]に記載の表面処理剤を鋼材表面に接触させ鋼材表面に処理層を形成し、該処理層の上にポリウレタン樹脂層を有することを特徴とする有機被覆鋼材。
【発明の効果】
【0013】
本発明の表面処理剤を用いて製造される有機被覆鋼材は、耐食性に優れており、有機被覆層による防食寿命を延ばすことが可能となる。
また、本発明の有機被覆鋼材は、従来のクロメート処理を有する有機被覆鋼材と比較して、接着耐久性をほぼ同程度にすることができる。これは温度勾配試験により確認することが出来る。また、電気防食が併用された場合においての被覆層の接着劣化も同程度に抑制することができる。これは陰極剥離試験によって確認することが出来る。このように、本発明の有機被覆鋼材は、環境上の懸念から使用を控えられているクロメートを用いることなく、優れた耐食性を有しているため、海洋などの厳しい腐食環境にさらされる鋼矢板、鋼管杭、鋼管矢板等の防食土木建材として好適に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明について、以下に詳細に説明する。
本発明の表面処理剤は、基本成分としてシリカ、リン酸アルミニウム、チタン過酸化物、有機リン酸化合物および炭酸ジルコニルアンモニウムからなるものであり、それらを水に溶解あるいは分散させた表面処理剤である。前記基本成分の合計100質量部に対して、前記シリカの割合は40〜50質量部、前記リン酸アルミニウムの割合は10〜30質量部、前記チタン過酸化物の割合は10〜20質量部、前記有機リン酸化合物の割合は12〜24質量部、前記炭酸ジルコニルアンモニウムの割合は2〜20質量部である。そして、基本成分の合計100質量部に対して、エポキシ系またはメルカプト系のシランカップリング剤を、5〜40質量部を含有する。
さらに、上記に加え、ジルコンフッ化アンモニウムおよびメタバナジン酸アンモニウムを基本成分として含有することができる。この場合の配合量は、基本成分の合計100質量部に対して、ジルコンフッ化アンモニウムの割合は2〜15質量部、メタバナジン酸アンモニウムの割合は2〜10質量部である。
【0015】
シリカ
基本成分の合計100質量部に対して、シリカの割合は40〜50質量部とする。この範囲でシリカを含有させることで高い接着耐久性が得られる。さらに好ましくは、45質量部以上である。
【0016】
鋼板上に形成する処理層は、シリカ粒子とチタン過酸化物によって形成されるネットワーク構造が主体になる。また、シリカ粒子の表面積はより緻密な構造を形成するという点から大きい方が有利となる。表面積は基本的に粒径に依存しており粒径を小さくすることでより表面積が大きくなり緻密な構造形成の点で有利になると考えられる。このような効果は平均粒径が10μm以下のシリカを使用することにより達成される。平均粒径が10μmを超えると処理層に隙間構造が多くでき、処理層として欠陥の大きな層が形成されてしまう場合がある。そのため、平均粒径は10μm以下が好ましい。より好ましくは、最大粒径が1000nm以下の気相シリカ粒子が良い。シリカ粒子は細かいほうが分散性および接着耐久性の観点からは好ましいと考えられるため下限は特に規定しない。なお、平均粒径については、シリカ粉少量を走査型電子顕微鏡(SEM)観察し、10μm四方の視野を写真撮影し、はっきりと形状が確認できるシリカ粒子8個につき粒径を測定する。これを5視野について行ない、全部で40個のシリカ粒子の粒径を算術平均することにより、シリカの平均粒径を求める。しかし、粒径の測定方法は特に限定せずに他の周知の方法でも良い。
【0017】
リン酸アルミニウム
リン酸アルミニウムは、鋼材表面を保護する機能を有しており、含有することでより高い耐久性が得られることになる。このような効果を得るため、リン酸アルミニウムの割合は、基本成分の合計100質量部に対して10〜30質量部とする。さらに、リン酸アルミニウムの平均粒径は、50μm以下のものが好ましく、より好ましくは10μm以下である。有機被覆鋼材が水に接するような環境におかれた場合、有機被覆層を透過した水により、処理層中のリン酸アルミニウムが徐々に溶解し、鋼表面まで到達するとリン酸アルミニウムにより鋼表面を不働態化する作用が発生する。この時、平均粒径を50μm以下とすることで、より溶解しやすくなり有利に働くことになる。
【0018】
チタン過酸化物
チタン過酸化物はシリカと共に鋼材表面に皮膜を形成するために用いられる。チタン過酸化物はそれ自体で緻密な皮膜を形成することが可能であるが、基本成分の合計100質量部に対して、10〜20質量部含有させることにより、上記シリカと共に緻密で、かつ、鋼材表面、および処理層の上に形成される有機プライマー層と優れた密着性を示す処理層を形成することができる。また有機プライマー層との密着性に関してはシリカを含有していることで処理層上面が微細な凹凸面を形成することになり、処理層と有機プライマー層との接着に関してはアンカー効果が発現し、その結果として、密着性の向上に寄与する。
【0019】
有機リン酸化合物
有機リン酸化合物は、処理剤、特にチタン過酸化物の貯蔵安定性を向上させるためのものであり、チタン過酸化物配合量に対し、質量で1.2倍〜1.5倍、基本成分の合計100質量部に対して、12〜24質量部含有する。
【0020】
炭酸ジルコニルアンモニウム、ジルコンフッ化アンモニウムおよびメタバナジン酸アンモニウム
鋼材表層を不働態化させる作用およびインヒビターとしての作用を有するバナジウムおよびジルコニウムの酸素酸塩を含有させることで、鋼表面の耐食性を向上させる結果、上記した鋼材の腐食反応に伴う鋼表面の環境(pH)の変化を抑制し、有機被覆層の剥離や接着劣化をひきおこしにくくする処理層が形成される。これらの化合物としては、バナジン酸ナトリウム、メタバナジン酸ナトリウム、ジルコニウム酸ナトリウム、3酸化バナジウム、5酸化バナジウム、酸化ジルコニウム、ジルコンフッ化アンモニウム、炭酸ジルコニルアンモニウムなどが挙げられる。好ましくは、メタバナジン酸、メタバナジン酸アンモニウム、ジルコンフッ化アンモニウム、炭酸ジルコニルアンモニウムである。
【0021】
上記の中でも特に炭酸ジルコニルアンモニウムは、基本成分の合計100質量部に対して、2〜20質量部とする。この範囲で含有することで、高い接着耐久性が得られる。
また、さらにジルコンフッ化アンモニウム、メタバナジン酸アンモニウムの1種以上を加えることにより一段と高い接着耐久性が得られる。ジルコンフッ化アンモニウムは、基本成分の合計100質量部に対して、2〜15質量部、メタバナジン酸アンモニウムは、基本成分の合計100質量部に対して、2〜10質量部配合することにより効果が発揮される。
【0022】
エポキシ系またはメルカプト系のシランカップリング剤
シランカップリング剤は、上記のように、チタン過酸化物およびシリカ同士の結合、さらに、それらと有機プライマー層、および、鋼表面との結合に寄与する。シランカップリング剤は各種のものが知られているが、その大半がシラノール基と有機官能基を有するものである。有機官能基としては、処理層の上層に形成される有機プライマー層に使用されるウレタン系樹脂と反応性に優れている点から、エポキシ基、メルカプト基が好適である。以上より、本発明では、シランカップリング剤として、エポキシ系またはメルカプト系を用いることとする。
【0023】
これらのシランカップリング剤としては、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリエトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、などが挙げられる。これらは、いずれもシラノール基を複数有するので、チタン過酸化物およびシリカ間、あるいはそれらと鋼材間、有機プライマー間に架橋構造が形成され、チタン過酸化物およびシリカの鋼材表面上での固定、および有機プライマー層との間での接着の効果が期待できる。
【0024】
その配合量は、基本成分の合計100質量部に対して、5〜40質量部を含有する。添加量が5質量部を下回ると上記の種々の結合効果が発現せず、40質量部を超えると多数のシランカップリング剤同士が自己縮合反応するため、上記のチタン過酸化物およびシリカとの結合がかえって弱くなるなど弊害をきたす。また、処理剤の安定性が損なわれるなどの悪影響がある。
【0025】
鋼材表面に形成する処理層の付着量としては、上記の基本成分とカップリング剤を合計して鋼表面に0.1g/m以上の付着量になるようにすればよく、好ましくは0.8〜10g/m、さらに好ましくは、1〜8g/mになるように処理層を形成することが好ましい。処理層の付着量がこれより低いと十分な耐食性向上の効果が得られず、この範囲より高いと経済的に不利となるばかりでなく、耐食性向上効果が低くなってくる。
【0026】
また、本発明の表面処理剤を調合するにあたり、調合後使用するまでの時間が長期化する場合、シランカップリング剤の安定性が問題となる場合がある。これは、シランカップリング剤を一度混合すると水溶液中でシランカップリング剤同士が反応して、自己縮合しシランカップリング剤が機能しなくなることがあるためである。そのため、シランカップリング剤以外の基本成分を調合した後、かつ、鋼板への接触処理の直前にシランカップリング剤を添加するのが好ましい。またシランカップリング剤を混合した後には、各成分の分散を良好にするという意味で1時間程度の攪拌を行うのが好ましい。
【0027】
なお、本発明の表面処理剤は水を溶媒とすることができる。溶媒を水としたのは、処理時における環境上の問題が挙げられる。有機溶媒でも本処理は可能であるが、処理時に蒸発させて溶媒を取り除くので、有機溶媒では揮発性有機化合物(VOC)などの有害物質の発生が懸念される。シランカップリング剤は水と基本成分の合計質量に対し2.0質量%を超えて入れると凝集してしまうため、シランカップリング剤量が水と基本成分の合計に対して2.0質量%以下となるように、水の量を調整することが好ましい。さらに、処理剤の粘度・塗装性などを考慮して、水の量は、基本成分100質量部に対して900〜5000質量部が好ましく、1500〜2500質量部がさらに好ましい。それ以上希釈するとスプレー、はけ塗り、転写などの通常の塗装方法ではカップリング剤および基本成分を鋼材表面に塗布する際に十分な塗布量が確保できない場合がある
本発明の表面処理剤は以上からなる。
有機プライマー層下では、主に有機プライマー層下の界面を破壊する作用として、有機プライマー層を透過する酸素および水などがひき起こす腐食反応の結果生成するアルカリや酸による界面の破壊が挙げられる。これに対して、本発明の表面処理剤を鋼材表面に接触させて形成される処理層は、リン酸やクロメート処理層とは異なり基本的に酸、アルカリに不溶性であるので、アルカリや酸に強いことに加えて、上記無機物を表面処理層に含有することで、腐食反応も根本から抑制することができる。
【0028】
なお、これらの処理層は、以下の方法で鋼板上に生成させることができる。
まず、基本成分としてシリカ、リン酸アルミニウム、チタン過酸化物、有機リン酸化合物、炭酸ジルコニルアンモニウム、またはさらに、ジルコンフッ化アンモニウム、メタバナジン酸アンモニウムを所定量、水に溶解あるいは分散させる。これに、エポキシ系シランカップリング剤またはメルカプト系シランカップリング剤を所定量加え、10〜60分ほど攪拌し溶解あるいは分散して表面処理剤を作る。表面処理剤中には、必須ではないがシランカップリング剤やその他成分の安定性をコントロールするための酸や安定剤、沈降防止剤などを添加しても良い。以上により得られた表面処理剤を、鋼材表面に接触させ水を蒸発させる方法(例えば、加熱)等で鋼材表面に処理層を形成する。
【0029】
さらに、処理層の上にウレタン系のプライマー層を形成し、その上に、ポリウレタン樹脂層を形成することで、本発明の有機被覆鋼材が得られる。
【実施例1】
【0030】
以下、実施例にて本発明を詳細に説明する。
1.供試鋼板の作製について
鋼材は、普通鋼(SS400)を使用した。サイズ:100mm×100mm×6mmtの鋼材であり、黒皮をブラスト処理で取り除いたものを使用した。
鋼材表面に塗布する表面処理剤は、下記の手順で作成した。
イオン交換水中にシリカ(最大粒径900nmの気相シリカ)を添加し、攪拌して分散させた。ここへ表1に示す配合量でリン酸アルミニウム(平均粒径8μm)、チタン過酸化物、有機リン酸化合物、炭酸ジルコニルアンモニウム、ジルコンフッ化アンモニウム、メタバナジン酸アンモニウムを添加した。この際、上記基本成分100質量部に対して水の量は表1に記載した量とした。
次いで、この分散液に表2に示すシランカップリング剤を所定量混合し、60分間攪拌し、表面処理剤を作製した。
【0031】
以上により得られた表面処理剤をあらかじめ重量測定した鋼材表面に一定量塗布した。次いで、約1分ほど静置し、鋼材表面上の処理剤の膜厚を均一にした後、300℃に保持した電気炉中で鋼材温度が100℃に達するまで加熱し溶媒を蒸発させることにより鋼材表面に処理層を形成した。なお、処理層形成後、鋼材の重量を測定し、処理前の重量との差より鋼材表面に形成された処理層の1m当たりの重量を算出した。
【0032】
次いで、下記により、処理層の上にポリウレタン樹脂層(PU)を有する有機被覆鋼材を製造した。
【0033】
処理層の表面にウレタン系プライマーとしてポリウレタン塗料(パーマガード331プライマー 第一工業製薬製)を40μmスプレー塗布し、室温で乾燥硬化後、有機樹脂層として、ポリウレタン塗料(パーマガード137 第一工業製薬製)を2.5mmの厚みにスプレー塗装し、室温で1週間養生し、乾燥硬化した。
【0034】
参考例としてクロメート処理材を作製した。上記実施例の表面処理剤の代わりに、クロメート処理液(コスマー100関西ペイント製)を純水で1/5に希釈したものを使用し、鋼板表面にCr換算付着量が300mg/mとなるようスプレー塗布し、鋼板到達温度が100℃となるよう加熱乾燥させクロメート層を形成した。それ以外は、上記実施例と同様とし、ポリウレタン樹脂層(PU)を有する有機被覆鋼材を作製した。Cr換算付着量は、上記と同じ方法でクロメート層を形成したダミー板を作製し、所定面積のクロメート皮膜を10%NaOHで剥離した後、剥離溶液中のCr量を吸光光度法で測定し、これを元に1mあたりのCr換算付着量を算出した。
【0035】
2.耐食性(接着耐久性)の評価について
以上により得られた有機被覆鋼材に対して、接着強度保持率と陰極剥離距離を求め、耐食性(接着耐久性)を評価した。測定方法および評価方法を下記に示す。
【0036】
(1) 温度勾配試験
試験材を、鋼材側が70℃、有機被覆層側が80℃となる水道水に保持できるようにして、35日間浸漬を行った。浸漬後、Pull−off法にて有機被覆層の接着強度を測定し、あらかじめ温度勾配試験を行う前に測定しておいた接着強度との割合(接着強度保持率(%))を下式にて求め、接着強度保持率とした。
接着強度保持率=試験後の接着強度/試験前の接着強度×100
なお、Pull-off法とは、有機被覆層の中央部に直径10mmφ長さ50mmの丸棒を接着剤で固定し、その周囲をリューターで鋼材の表面に達するまで、被覆層を切り込み、その後この丸棒の先端を引張試験機で掴み、試験材を固定して5mm/minの速度で鋼材表面に対して垂直方向に引っ張り、強制的に剥離する方法である。その時の最高荷重をPull-off法による接着強度とした。
【0037】
(2) 陰極剥離試験
試験材の中央部に直径5mmφの円形の人工欠陥を作成し、鋼材を露出させた。人工欠陥を中心にして直径70mmφのアクリル製の円筒を被覆層上に縦に設置しシール剤で被覆層に固定し、内部を3%NaCl溶液で満たし、セルを作成した。対極に白金を使用して欠陥部の鋼材の電位を-1.5V vsSCEにポテンシオスタットを使用して保持した。このまま60℃の恒温槽内に試験材を静置し28日間電位を保持した。次いで、試験材を回収後、セルをはずし、人口欠陥の周囲をたがねとカッターを使用して強制的に剥離した。人工欠陥周辺部は被覆層が鋼材より剥離し鋼材の表面が露出していたため、人工欠陥部よりの剥離距離を調べるため人工欠陥を中心とした4方向(12時、3時、6時、9時方向)で人工欠陥端部よりの剥離部の距離を測定して、その平均値を陰極剥離距離とした。
【0038】
被覆鋼材の耐久性の評価として、上記2種類の試験の値を代表値として示している。
すなわち、温度勾配試験は、被覆層から拡散する水による接着劣化を促進的に評価した結果であり、陰極剥離試験は、試験材の傷部や端部からの腐食反応による被覆層の剥離に対する抵抗性の指標である。有機被覆層の耐久性はこのふたつに代表される特性で評価されると考えられ、これらが優れているほど、被覆層の接着耐久性が良く耐食性に優れていることになる。なお、温度勾配試験後の接着強度保持率は大きいほど良好であり、30%以上を合格とした。また、陰極剥離距離は小さいほど良好であり、15mm以下合格とした。
【0039】
(3)塗装性
作成直後の表面処理剤の粘度を測定し、さらに常温で10日放置した後の粘度を測定した。10日放置後の粘度が作成直後の粘度の3倍以下であった場合を塗装性良好「○」、3倍を越えていた場合をやや良好「△」とした。
以上により得られた結果を条件と併せて表2に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
表2に示すように、本発明例では、比較例に比べ、陰極剥離距離が低減され、接着強度保持率が上がっている。そして、クロメート処理と同等かそれ以上の優れた性能が確保できていることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基本成分としてシリカ、リン酸アルミニウム、チタン過酸化物、有機リン酸化合物および炭酸ジルコニルアンモニウムを、水に溶解あるいは分散させた処理剤であり、
前記基本成分の合計100質量部に対して、前記シリカの割合は40〜50質量部、前記リン酸アルミニウムの割合は10〜30質量部、前記チタン過酸化物の割合は10〜20質量部、前記有機リン酸化合物の割合は12〜24質量部、前記炭酸ジルコニルアンモニウムの割合は2〜20質量部であり、
さらに、エポキシ系またはメルカプト系のシランカップリング剤を、前記基本成分の合計100質量部に対して、5〜40質量部を含有することを特徴とする表面処理剤。
【請求項2】
基本成分としてシリカ、リン酸アルミニウム、チタン過酸化物、有機リン酸化合物、炭酸ジルコニルアンモニウム、ジルコンフッ化アンモニウムおよびメタバナジン酸アンモニウムを、水に溶解あるいは分散させた処理剤であり、
前記基本成分の合計100質量部に対して、前記シリカの割合は40〜50質量部、前記リン酸アルミニウムの割合は10〜30質量部、前記チタン過酸化物の割合は10〜20質量部、前記有機リン酸化合物の割合は12〜24質量部、前記炭酸ジルコニルアンモニウムの割合は2〜20質量部、前記ジルコンフッ化アンモニウムの割合は2〜15質量部、前記メタバナジン酸アンモニウムの割合は2〜10質量部であり、
さらに、エポキシ系またはメルカプト系のシランカップリング剤を、前記基本成分の合計100質量部に対して、5〜40質量部を含有することを特徴とする表面処理剤。
【請求項3】
上記請求項1または2に記載の表面処理剤を鋼材表面に接触させ鋼材表面に処理層を形成し、該処理層の上にポリウレタン樹脂層を有することを特徴とする有機被覆鋼材。

【公開番号】特開2012−224889(P2012−224889A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−91721(P2011−91721)
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】