説明

表面処理方法および表面処理された物品

【課題】物品に付着しているよごれなどの有機物を大気中に飛散させることなく分解または除去でき、かつ物品の損傷が抑えられる表面処理方法、物品の損傷を抑えながら、物品表面をエッチングする表面処理方法、および表面を高度に洗浄し、損傷がほとんどない物品や表面をエッチングしながら、損傷のない物品を提供する。
【解決手段】水を含む液体中の水蒸気気泡内に発生したプラズマを、該液体中において、水に対する接触角が90度以下である材料に付着している有機物に接触させて、該有機物を材料から除去する表面処理方法;水を含む液体中の水蒸気気泡内に発生したプラズマを、前記液体中において、水に対する接触角が90度以下である材料に接触させて、該材料を破壊せずに、該材料の表面をエッチングするエッチング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親水性表面を有する物品の表面処理方法、および該方法で表面処理された物品に関する。
本願は、2005年3月25日に出願された特願2005−089631号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
プラズマを利用して有機物を分解または除去する方法としては、例えば、以下の方法が知られている。
【0003】
(I)大気圧下で酸素ガスまたはアルゴンガスをプラズマ状態にし、該プラズマをシリコンウエハ、液晶用ガラス基板等の基板の表面に吹き付けて、該基板表面に付着している有機物を除去する方法が知られている(特許文献1、2参照)。また、この方法を実用化した常圧プラズマ表面処理装置がすでに製品化されている。
【0004】
(II)有機物を含む有機溶剤等の液体に超音波を照射して、液体中に気泡を発生させ、ついで、該気泡に電磁波を照射して気泡中にプラズマを発生させてプラズマ気泡とし、該プラズマ気泡によって、液体中に分散している有機物を分解する方法が提案されている(特許文献3参照)。
【0005】
(III)酸素、空気などの気体を水へ給気することにより水中で気泡を発生させ、この気泡に高電圧パルスを印加して、瞬間的に気泡内部をプラズマ状態とし、水中の有機物をプラズマにより分解する技術が、特許文献4〜9に記載されている。
【0006】
(IV)高温のプラズマ気泡を液体中で発生させ、プラズマ気泡から発生する化合物を繊維の表面に付着せしめ、該繊維表面に凹凸形状などの表面改質を施す技術、およびその技術から得られる機能化繊維が、特許文献10に記載されている。
【0007】
(I)の方法では、(1)プラズマにより無機材料等の耐熱性物品表面にある有機物を分解または除去できるが、分解物または未反応の有機物が大気中に漂う、(2)高エネルギーのプラズマガスを発生させることができるが、物品の表面温度が非常に高くなるため、有機高分子材料への適用が困難である、という問題がある。
【0008】
(II)の方法では、(1)液体中に分散している有機物を分解できるが、物品の表面に付着した有機物の除去に適用できるかどうかは不明である、(2)仮に、気泡中のプラズマを物品に接触させて有機物を分解しようとしても、(I)の方法と同じく、物品の表面温度が高くなるため、有機高分子材料への適用は困難であると考えられる。
【0009】
(III)の方法では、上記(II)と同様に、(1)液体中に分散している有機物を分解できるが、物品の表面に付着した有機物の除去に適用できるかどうかは不明である。また、(2)プラズマ状態は短時間しか継続しないため、プラズマ状態にある気泡(以下、プラズマ気泡と呼ぶ)と分解したい有機物との接触の頻度が低い場合は、有効な分解を起こしにくい。
【0010】
(IV)の特許文献10の明細書には、プラズマ気泡を繊維に接触させると繊維の表面改質を行うことが可能と記載されている。繊維の素材は特に限定されていない。しかし、(II)の特許文献3で述べているように、プラズマ気泡の温度が約5000Kと高温であるのに対して、一般に有機高分子材料はそのような高温に耐えうる十分な耐熱性を有さない。また、材料の融点や軟化点がプラズマ気泡の温度よりも低い場合、プラズマ気泡に接触させると材料は溶けて流動する、あるいは、熱分解や破壊にまで至ることが予想され、このような材料を用いた繊維にプラズマ気泡を適用することは困難である。また、このような耐熱性に劣る材料を用いる場合、表面に凹凸機能を付与するよりもむしろ、繊維形態そのものが破壊されてしまうことが予想される。また、炭素繊維を実施例に挙げているが、炭素繊維では、繊維が非常に細い上、繊維表面のしわの形状や、表面のグラファイト構造の程度、耐炎化の程度にもよるが、部分的に高温度のプラズマ気泡に接触した繊維部分が、熱により過度に黒鉛化が進行して、繊維が局所的に脆くなり、繊維全体の機械的特性が低下することが考えられる。また、耐熱性に劣る材料を用いる場合に、表面の形態を変えずに洗浄することができるかについてもなんら記載がない。このように、特許文献10の明細書には、材料の選定に関する記載が全くない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−143795号公報
【特許文献2】特開2004−311838号公報
【特許文献3】特開2004−306029号公報
【特許文献4】特表2005−502456号公報
【特許文献5】特開2005−58887号公報
【特許文献6】特開2005−21869号公報
【特許文献7】特開2005−13858号公報
【特許文献8】特開2004−268003号公報
【特許文献9】特開2002−272825号公報
【特許文献10】特開2005−105465号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、物品に付着しているよごれなどの有機物を大気中に飛散させることなく分解または除去でき、かつ物品の損傷が抑えられる表面処理方法、物品の損傷を抑えながら、物品表面をエッチングする表面処理方法、および表面を高度に洗浄し、損傷がほとんどない物品や表面をエッチングしながら、損傷のない物品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の表面処理方法は、水を含む液体中の水蒸気気泡内に発生したプラズマを、該液体中において、水に対する接触角が90度以下である材料に付着している有機物に接触させて、該有機物を材料から除去することを特徴とする。
材料は、高分子電解質膜、ガラス、またはセラミックスであることが好ましい。
また、本発明の物品は、上記表面処理方法によって表面処理された物品である。
本発明のエッチング方法は、水を含む液体中の水蒸気気泡内に発生したプラズマを、前記液体中において、水に対する接触角が90度以下である材料に接触させて、該材料を破壊せずに、該材料の表面をエッチングすることを特徴とする。
材料は、金属であることが好ましい。
金属は、銅、アルミニウム、タングステンから選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
本発明の物品は、本発明のエッチング方法によりエッチングされた物品である。
本発明のエッチング方法の他の態様は、水を含む液体中の水蒸気気泡内に発生したプラズマを、前記液体中において、水に対する接触角が90度を超える疎水性部分と90度以下の親水性部分の両方を有する材料に接触させて、該疎水性部分をエッチングすることを特徴とする。
本発明の物品は、本発明のエッチング方法の他の態様によりエッチングされた物品である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の表面処理方法によれば、物品に付着している有機物等を大気中に飛散させることなく分解または除去でき、かつ物品の損傷を抑えることができる。また、物品の損傷を抑えながら、物品表面をエッチングすることができる。
本発明の表面処理方法により得られる物品は、表面が高度に洗浄またはエッチングされ、かつ損傷がほとんどない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】プラズマ発生装置の一例を示す概略構成図である。
【図2】物品表面に対する水の接触角を示す図である。
【図3】プラズマ状態にある水蒸気気泡(以下、水蒸気気泡プラズマと称する)によるエッチング速度の接触角依存性を示すグラフである。
【図4】多層配線ダマシンプロセスの模式図である。
【図5】水蒸気気泡プラズマからの発光スペクトルを示す図である。(実施例1)
【図6】目詰まりした中空糸膜サンプル表面の電子顕微鏡写真である。
【図7】表面処理後の中空糸膜サンプル表面の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(表面処理方法)
本発明の表面処理方法は、水を含む液体中の水蒸気気泡内に発生したプラズマを、該液体中において、親水性表面を有する物品に接触させる方法である。 本発明における親水性材料の指標は、水に対する接触角が90度以下である材料である。
【0017】
本発明に用いられるプラズマの発生装置としては、特開2003−297598号公報、特開2004−152523号公報に記載のプラズマ発生装置を用いればよい。
【0018】
以下、具体的なプラズマ発生装置を例に挙げ、本発明の表面処理方法を説明する。
【0019】
図1は、本発明の表面処理方法に用いられるプラズマ発生装置の一例を示す概略構成図である。このプラズマ発生装置10は、液体11を収容する容器12と、該容器12内に配置された、電磁波を放射するための電極13と、該電極13に対向して配置された対向電極14と、電極13と対向電極14との間に物品15を固定する支持具16と、電極13および対向電極14に接続された電磁波電源(例えば、高周波電源)(図示略)と、容器12内の液体11上方の空気相19(気相)の圧力を調整する真空ポンプ(図示略)とを具備して概略構成されるものである。
【0020】
プラズマ発生装置10において、電極13は、高周波・高電圧が供給できる、電磁波電源に接続されている。電極13に、この電源の電磁エネルギーが供給されることにより、電極が加熱され、電極周囲の液体11が気化し、電極周囲に水蒸気を主成分とする水蒸気気泡17が付着する。
【0021】
電極に付着した水蒸気気泡に、高周波・高電圧が印加されると、気泡内部の水分子の分子運動が激しくなるとともに、水分子を構成している原子から電子がたたき出されて、プラス電荷気体と電子が生じる。たたき出された電子が、逐次的に別の水蒸気を攻撃する連鎖反応が起こり、プラス電荷気体と電子がつぎつぎに発生し、水蒸気気泡内部がプラズマ状態となる。
【0022】
プラズマ状態にある水蒸気気泡(以下、水蒸気気泡プラズマと称する) からは、特定の波長域に発光が表れる。この発光スペクトルから、プラズマ気泡内部に発生しているガス種を知ることができる。表1に水蒸気気泡プラズマの発光スペクトルの波長と発光原因であるガスの種類の帰属を記す。
【0023】
【表1】

【0024】
電極周囲の水蒸気気泡プラズマが、液体11中に浸した物品15表面の有機物からなるよごれに接触すると、(1)水蒸気気泡プラズマの熱による熱分解、(2)水蒸気気泡プラズマ中のOHラジカルによる酸化作用の二つの作用によって、よごれが分解または除去される。
【0025】
詳細は後述するが、本表面処理では、物品が親水性であると、物品周囲にある水が蒸発し、蒸発潜熱のために物品表面が冷却され、(1)の水蒸気気泡プラズマの熱による熱分解が低減される。
【0026】
液体11としては、水を含む液体であればよく、例えば、水、水と混ざり合う有機溶剤を含む水溶液、水に電解質イオンが溶解した水溶液等が挙げられる。
【0027】
水と混ざり合う有機溶剤としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ブタノール等のアルコール;アセトン等が挙げられる。電解質イオンとしては、Mg2+、Ca2+、Na、Fe2+、Fe3+、Cl、NO3−、NO2−、OH等が挙げられる。
【0028】
液体11中に電解質イオンが存在することにより、水の電気伝導度が向上し、プラズマ発生の際に、電磁波を放射する電極13から対向電極14へアーク放電電流が流れやすくなる。有機溶剤は、プラズマにより炭化し、その炭化物が物品15に付着するおそれがある。また、液体組成のうち、水の体積分率が下がると、後述するように、水による物品15表面の冷却効果が低下し、物品15表面が損傷しやすくなる。よって、液体11は、有機溶剤をできるだけ含まないことが好ましく、全く含まないことが特に好ましい。より好ましくは、半導体の製造プロセスなどで使用する純水、超純水を使用することが望ましい。
【0029】
水蒸気気泡17の発生は、電極13の加熱による方法に限定はされず、別途、超音波発生装置を設け、超音波発生装置からの超音波によって液体11中にキャビテーション気泡を発生させ、該気泡内に周囲の液体11を蒸気として気化させ、水蒸気気泡17を形成する方法であってもよい。
【0030】
水蒸気気泡17に照射される電磁波の周波数は、1MHz〜100GHzの範囲において用途に応じて選択される。
【0031】
水蒸気気泡17を発生させる際には、容器12内の空気相19を真空ポンプにより減圧してもよい。容器12内の空気相19を減圧にすると、液体11の沸点が低下し、水蒸気が発生しやすくなり、水蒸気気泡内部の蒸気圧が増加し、プラズマ発生に至る水蒸気分子数が増加するために、プラズマ放電が容易になる。一度、水蒸気気泡内部がプラズマ状態に至ると、その後は、真空ポンプを停止して、空気相19の圧力を大気圧に戻しても、気泡内部のプラズマ発生は継続する。
【0032】
物品15としては、親水性表面を有する物品が適し、具体的には、親水性有機高分子材料、ガラス、セラミックス、シリコンウエハ、金属 (例えば、アルミニウム、銅、タングステンなど)、黒鉛、炭素繊維などが挙げられる。
【0033】
本発明において、「親水性表面」は、図2で定義する接触角θの値を持って定義する。本発明における「親水性表面」は、25℃において、物品15表面に対する水(水滴18)の接触角θが90度以下の表面である。親水性表面に対する水の接触角は、低いほど好ましく、具体的には80度以下がより好ましく、70度〜0度の範囲が、さらに好ましい。
【0034】
本発明における接触角θの定義は、一般的な水に対する材料のぬれの指標である、接触角と同一のものである。接触角に関する参考書として村川亨男著、「金属機能表面」、近代編集社発行、1984年、p.133に記載されている事項を引用する。同書によると、平滑な表面にその表面と反応しない液滴を滴下し、液滴が表面とある接触角を保って平衡状態にあるとき、図2で次の式(1)が成立する。
【0035】
γSV=γSL+γLVcosθ (1)
γSV 液体と蒸気の吸着平行にある固体の表面張力
γSL 固体と液体の界面張力
γLV 蒸気と平衡状態にある液体の表面張力
【0036】
式(1)を以下の式(2)のように書くと、その左辺は固体表面が液体で濡らされたときの表面エネルギーの減少を示している。
【0037】
γSV−γSL=γLVcosθ (2)
【0038】
このエネルギーは、表面自由エネルギーであるから、その減少量γLVcosθが大きいほどぬれやすく、γLVが一定ならば、θが小さいほど濡れ性がよいことになる。濡れ性を定量するのに水滴の接触角θが用いられるのは、式(2)にもとづいている。本発明において液体は、水であり、γLVは20℃において72.8dyn/cm(「理科年表」、丸善株式会社、1993年、p.449)である。
【0039】
本発明においては、平滑な材料表面を用意し、この表面を水平に保ち、表面に水滴を滴下し、(θ/2)を接触角計にて計測し、図2中の接触角θを求める。材料表面が多孔質であったり、凹凸を有したりする場合は、同一材料で平滑な面を用意し、その平滑面においてθを求める。有機高分子、金属、ガラス、またはセラミックスにおいて、表面が凹凸を有するときは、同一材料を溶融させることにより平滑な面を得ることができる。炭素繊維などの溶融できない材料の場合は、その前駆体素材(たとえば、ポリアクリロニトリルやポリイミド)からなる平滑なシートをあらかじめ作製しておき、これを焼成し、炭素材料からなる平滑な面を有するシートを得る。このシートに水滴を滴下して、接触角を測定する。接触角の測定において使用する水は、超純水、イオン交換水などの清浄な水である。
【0040】
代表的な有機高分子材料および無機材料に対する水の接触角θ(25℃)を表2および表3に示す(文献a:「化学便覧 改訂4版 基礎編II」、丸善株式会社、1993年、II−83 7.1.3 接触角、文献b:石井淑夫、小石真純、角田光雄編集、「ぬれ技術ハンドブック」、株式会社テクノシステム、2001年、b1:p.418、b2:p.92、b3:p.96、b4:p.102〜103、b5:p.161、b6:p.198)。
【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
また、「金属表面便覧」、日刊工業新聞、1988年、p.183には、「清浄な金属の表面は水でぬれていて、接触角はゼロである。よごれがあると、その部分は水のぬれが悪くなる」と記載されている。村川亨男著、「金属機能表面」、近代編集社、1984年、p.134−136によると、γ‐Feの固体表面張力は、高温での溶融状態の測定結果により、1670−2127dyn/cm、銅の固体表面張力は、高温での溶融状態の測定結果により、約1500dyn/cmであり、高分子の表面張力よりもはるかに大きいと記載されている。一方、水の表面張力は、72.8dyn/cmである。すなわち、清浄な金属の表面は、非常に水に対してぬれやすい表面である。高い表面エネルギーを有する、清浄な金属材料も、本発明の表面処理を適用することができる。
【0044】
本発明においては、θ≦90度を満足する材料であれば、有機高分子材料、ガラス、セラミックス、金属、黒鉛炭素材料、炭素繊維等のいずれの材料でも適用できる。
【0045】
水蒸気気泡内のプラズマ中の原子状水素(Hα:656nm)の波長を温度に換算すると、約5000Kという高温になっており、一般的な有機高分子材料からなる物品に上記の高温のプラズマ気体を接触させると瞬時に跡形もなく破壊されてしまう。ここで、本発明者らは、θ≦90度を満足する親水性材料からなる物品を用いると、物品表面をほとんど損傷することなく、物品表面の有機物のみを分解または除去して洗浄することができ、洗浄により清浄となった物品を破壊することなくその表面をエッチングすることができることを見出した。
【0046】
熱分解を回避する本発明の考え方を図3に模式的に示した。図3に示すように、水中にて、材料を水蒸気気泡に接触させる際、その材料の水に対する接触角θが90度以下であると、熱による熱分解エッチングの寄与が小さくなり、90度を超えると、熱分解エッチングの寄与が大きくなることを見出した。この現象を以下のように理由付けする。
【0047】
θが90度以下の材料は、水を含む液体中にて該表面を水の層が被覆しており、水蒸気気泡プラズマが接近しても、材料表面の水が蒸発気化し、材料周囲から蒸発潜熱を奪い、かつ親水性表面には絶えず、水が供給されるため、永続的な冷却効果が材料表面に働き、物品の温度上昇が抑えられる。その結果、物品の表面温度が材料の耐熱温度を超えず、熱分解によるエッチングの寄与が小さくなり、材料の損傷が抑えられる。この効果は、炭素繊維の表面処理においては、プラズマの熱による、局所的に過度な黒鉛化を防ぐことにも有効である。
【0048】
親水性の物品の表面に汚れ等の有機物が付着すると、もともとの親水性表面に比べて疎水性に水濡れ性が変化することが知られている。例えば、石井淑夫、小石真純、角田光雄編、「ぬれ技術ハンドブック」、株式会社テクノシステム、2001年、p.83−84によると、純粋な金属表面は水にぬれやすいが、有機物質が存在する雰囲気中に放置すると、有機物質が徐々に金属表面に付着するために、金属表面の疎水化が時間とともに進行することが記載されている。同様に親水性有機材料およびセラミックの表面も、有機物による汚染によって疎水化が起こる傾向にある。
【0049】
図3に基づくと、材料表面のよごれは、水蒸気気泡プラズマの熱による熱分解とOHラジカルによる酸化分解の作用を受けて分解される。よごれがなくなってくると、より親水性の素材表面が現れてきて、前述の水の冷却効果により、熱分解が抑制され、損傷の低い材料表面が得られる。
【0050】
接触角が90以下である、親水性材料の場合、熱分解によるエッチングを抑えて、OHラジカルによる酸化分解により材料を徐々にエッチングすることができる。このエッチングにより、親水性を示す各種材料をエッチングすることができる。たとえば、親水性高分子材料、金属材料、セラミックス、あるいは、親水性を示すガラス、親水性を示す炭素材料などをエッチングすることができる。
【0051】
本発明の表面処理では、物品15を水蒸気気泡プラズマに接触させる時間(以下、接触時間と記す)は、物品15の耐熱温度、気泡プラズマ内部の温度、物品表面に生じる水の冷却効果、及びよごれの程度を考慮して適宜調整すればよい。
【0052】
接触時間が長すぎると、水蒸気気泡プラズマにより、物品15表面の水が蒸発しすぎて、物品15表面に水が不足し、一時的に材料表面の温度が耐熱温度を超える、あるいは、OHラジカルの酸化作用が強すぎて、物品にダメージを与える。
【0053】
接触時間が短すぎると、OHラジカルの酸化作用が弱くなり、物品表面の洗浄やエッチングが不足しやすい。
【0054】
本発明における「接触時間」は、物品15が静止している場合は、電極13および対向電極14に電圧を印加して水蒸気気泡17内にプラズマを発生させている時間と定義し、物品15が一定方向に移動している場合は、以下のように定義する。
接触時間(s)=プラズマが発生している領域の、物品15の移動方向の長さ(mm)/物品15の移動速度(mm/s)
【0055】
材料の耐熱温度は、材料の種類によってその指標は異なるが、本発明においては材料の形態を維持できる温度をもって耐熱温度と定義する。
【0056】
有機高分子材料においては、結晶性を有するものは融点、非晶性のものはガラス転移温度をもって耐熱温度の指標とする。代表的な結晶性有機高分子材料のガラス転移温度(Tg)および融点(Tm)を表4に示す。(Joel R. Fried著、「Polymer Science and Technology」、Prentice Hall、1995年、p.140)
【0057】
【表4】

【0058】
セラミックスにおいては、融点をもって耐熱温度の指標とする。代表的なセラミックスの融点(Tm)を表5に示す。(Marcel Mulder著、「Basic Principles of Membrane Technology」、2nd Edition、 Kluwer Academic Publishers、1996年、p.60)
【0059】
【表5】

【0060】
光学ガラス材料においては ガラス転移温度をもって耐熱温度の指標とする。代表的な光学ガラス種のガラス転移温度を表6に示す。(光応用技術講習会テキスト、「光学材料 III−9」、社団法人日本オプトメカトロニクス協会、1988年、p.30)
【0061】
【表6】

【0062】
光学結晶材料においては 材料の融点をもって耐熱温度の指標とする。代表的な光学結晶材料の融点を表7に示す。(光応用技術講習会テキスト、「光学材料 III−9」、社団法人日本オプトメカトロニクス協会、1988年、p.55)
【0063】
【表7】

【0064】
金属類、シリコンウエハ(珪素)等においては、融点をもって耐熱温度の指標とする。代表的な金属類の融点を表8に示す。(国立天文台編、「理科年表」、丸善株式会社、1993年、p.469)
【0065】
【表8】

【0066】
炭素材料においては、すでに温度とともに炭素化‐黒鉛化が進行し、明確な耐熱温度を確定しにくいので、関連する材料の黒鉛単結晶の融点である3550℃を炭素材料の構造相転移の指標とする。炭素繊維の場合は、結晶化度が低く、非晶部と結晶部との明確な区別が難しいことや、明確な結晶の構造相転移点を定めにくい場合が多いので、繊維の形態が維持されている温度までを耐熱温度とする。
【0067】
(応用)
本発明の表面処理方法は、(1)材料表面に汚れ等の有機物が付着(堆積)している物品の洗浄、(2)親水性材料表面をエッチングする加工、および(3)材料表面に凹凸を付与する加工へ応用できる。
【0068】
(1)の洗浄について説明する。有機物としては、ウイルス、細菌、酵母、カビ、藻類、原生動物、たんぱく質、血液および血液の成分、動物または植物細胞、髪の毛、生活ごみ、生ごみ、排水等に含まれる有機物、肥料成分等、日常の生活でよく見られる有機物全般が挙げられる。
【0069】
本発明の表面処理方法に基づく物品の洗浄の例としては、以下の例が挙げられる。洗浄の対象は、以下の例に限定するものではなく、水の接触角θが90度以下である、親水性材料であれば、何でもよく、プラズマ気泡の温度、冷却効果条件に見合ったプロセスを適宜選定すれば、洗浄可能である。
【0070】
(a)濾過処理に用いた、親水性表面を有する多孔質膜にプラズマを接触させ、膜面に付着した有機物からなる濾過堆積物を熱分解(または炭化)やOHラジカルによる酸化作用により分解除去し、多孔質膜を再生させる。
【0071】
(b)人体に埋め込まれた後、人体から取り出された、親水性表面を有する生体適合性材料にプラズマを接触させ、生体適合性材料表面に付着した有機物を熱分解(または炭化)やOHラジカルによる酸化作用により分解除去し、生体適合性材料を再生させる。生体適合性材料としては,ポリメチルメタクリレート樹脂、ポリ乳酸樹脂、ポリウレタン、ヒドロゲル、セルロース、ポリビニルアルコール、ヒドロキシアパタイト等が挙げられる。
【0072】
(c)人体から取り出された、親水性表面を有する臓器にプラズマを接触させ、臓器に存在するがん細胞を熱分解(または炭化)やOHラジカルによる酸化作用により分解除去する。
【0073】
(d)親水性表面を有するコンタクトレンズにプラズマを接触させ、コンタクトレンズに付着したタンパク質等の有機物を熱分解(または炭化)やOHラジカルによる酸化作用により分解除去する。
【0074】
(e)人体に埋め込む前に、親水性表面を有するカテーテルまたは人工血管にプラズマを接触させ、カテーテルまたは人工血管を除菌する、または人体から取り出した、親水性表面を有するカテーテルまたは人工血管にプラズマを接触させ、熱分解(または炭化)やOHラジカルによる酸化作用により分解除去する。分解除去後、カテーテルまたは人工血管を安全に廃棄する。
【0075】
(f)使用前または使用後の、親水性表面を有するDNA検体検出デバイスにプラズマを接触させ、該デバイス表面の有機物を熱分解(または炭化)やOHラジカルによる酸化作用により分解除去する。
【0076】
(g)親水性表面を有する不織布にプラズマを接触させ、不織布表面に付着した有機物を熱分解(または炭化)やOHラジカルによる酸化作用により分解除去する。
【0077】
(h)フォトレジスト薄膜などのリソグラフィ材料が、表面にコーティングされたシリコンウエハ表面に水蒸気気泡プラズマを接触させて、薄膜を除去する。あるいは、表面によごれの付着した、シリコンウエハに水蒸気気泡プラズマを接触させて、シリコンウエハ上のよごれを洗浄する。
【0078】
(i)ガラス板、特に液晶セルに用いるガラス板や光ディスクのマスタリングプロセスで用いるガラス原盤の表面を洗浄する際には、高い清浄性が求められる。従来は、薬液を用いたRCA洗浄技術を行ってきたが、薬液の排水処理コストが、かかることから、薬液を用いない洗浄が求められている。本技術により、ガラス板を洗浄する場合は、プラズマ気泡から発生するOHラジカルをガラス板に接触させて、接触時間を適宜、設定することにより、ガラス板の表面を傷つけずに、よごれを分解できる。分解物は、炭化物や二酸化炭素、水になり、有害な廃液も発生しない。
【0079】
(j)親水性表面を有する、Alセラミックタイルなどセラミックス製品の表面のよごれを本技術により洗浄する。
【0080】
(k)親水性表面を有する、酸化チタン粒子を塗布した光触媒タイル製品の表面を本技術により洗浄する。光触媒の表面に紫外線がとどかないほどに汚れが堆積した場合に、洗浄して、光触媒機能を再生できる。
【0081】
(l)親水性の表面に改質した、炭素電極の表面を本技術により洗浄する。特に、電解質イオンを用いた二次電池の電極においては、場合により、親水性の電極を使用する。充放電の繰り返しにより、電解液中によごれが生じて、電極表面によごれが発生することがある。本発明により、汚れが付着した炭素電極を洗浄することができる。
【0082】
(m)固体電解質膜として用いられている、フッ素系電解質膜(例えば、デュポン社製品ナフィオン膜)は疎水性が強い。この場合、電解質膜を水に浸して、水で膨潤せしめると、膜の含水率が増加するとともに、水に対する接触角が低下してくる。接触角が90度以下の膜表面を、本発明の技術により、洗浄することができる。
【0083】
前述の(2)親水性材料表面をエッチングする加工の例としては、以下の例が挙げられる。
【0084】
(n) 半導体の多層配線工程において、絶縁膜上に溝を設け、銅、アルミニウム、タングステン、チタンなどの金属膜を埋め込み、絶縁膜上の不要な金属膜を除去するダマシンプロセス(Damascene process)にも利用できる。図4にダマシンプロセスの模式図を示す。図4において、a→b→cとプロセスが進み、cにて配線用金属のパターニングが形成される。
【0085】
前述のように清浄な金属膜は、親水性であるので、水蒸気気泡プラズマから発生する、原子状水素、OHラジカルと金属原子との電気化学的な反応により、金属原子を原子レベルで除去しながら、精密に加工することができる。その際には、OHラジカルによるエッチング速度制御を適宜行う必要がある。
【0086】
すでに、大阪大学大学院工学研究科 後藤英和, 広瀬喜久治, 稲田敬, 森勇蔵らは、精密工学会誌、VOL.69、No.9、2003年、p.1332−1336において、超純水中の水分子を触媒によりHとOHに解離させ、OHマイナスイオンを形成し、このOHマイナスイオンと被加工物表面原子との化学反応を利用した新しい超精密・超清浄加工法の開発を報告している。陰極にAl(001)を用いた場合、表面反応素過程についての同文献報告では、(1)Al(001)表面原子にOHが結合すると、表面第1層−第2層原子間の結合強度が低下する、(2)H終端化したAl(001)表面にOHとHが作用することにより、Al表面原子間の結合が全て切断され、Al表面原子はAlH(OH)分子として除去加工されることを報告している。この文献では、触媒により、HとOHを生成しており、このOHを利用した電気化学反応を利用しているが、水蒸気気泡プラズマから発生するOHラジカルによる研究成果は、報告していない。一方、本発明者らは、清浄な金属は、水に対して親水性であり、本発明の水蒸気気泡プラズマにより発生するOHラジカルを金属に作用させることにより、上記精密工学会誌の文献と同様に、金属表面の原子の化学結合を切断しながら、金属を材料から除去してゆく精密エッチング工程へも本技術が応用可能であると主張する。
【0087】
(o)服部毅は、「電子材料」、別冊、2005年12月、 p.93‐101において、シリコンウエハの洗浄技術を記している。この文献では、表面をRCA洗浄により洗浄するシリコンウエハのウエット洗浄や、ウエハをスピン回転させながら、酸、アルカリ、希フッ化水素水、オゾン水により洗浄するウエット洗浄を紹介している。一方、本発明の技術を用いると、オゾン水洗浄よりも、強い酸化力を有するOHラジカルにより、ウエハを洗浄することができる。山部長兵衛著、「水中微小気泡内放電による水質環境の改善」、平成12−14年度 科学研究費補助金 基盤研究、(A)(2)研究成果報告書、平成15年3月、によれば、OHラジカルの標準酸化電位は2.84eV、一方、オゾンの標準酸化電位は2.07eVであり、OHラジカルは、オゾンよりも強い酸化能力を有していることがわかる。
【0088】
具体的には、図1に示す反応装置の水中に汚れたシリコンウエハを浸け、このシリコンウエハを水中で回転させながら、水蒸気気泡プラズマにシリコンウエハを接触させることにより、シリコンウエハを洗浄することができる。
【0089】
以下、物品の洗浄の例として、前述の(a)で記した、濾過処理に使用した後に、目詰まりした多孔質膜の洗浄について説明する。多孔質膜としては、親水化処理されたポリエチレン製の中空糸膜、平膜、チューブラ膜等が挙げられる。
【0090】
汚れた多孔質膜を水に浸し、電磁波を放射する電極の近傍に固定する。電極から電磁波を放射すると、電極の周囲に水蒸気気泡が発生すると同時に、水蒸気気泡内にプラズマが発生する。多孔質膜の膜面に水蒸気気泡内に発生したプラズマを所定の接触時間で接触させると、膜面に付着している有機物が、プラズマにより熱分解され、吹き飛ばされる。有機物が吹き飛ばされた後に露出する親水性表面は、水に濡れやすいために水の層によって被覆され、プラズマによるダメージを受けにくく、多孔質膜に形成されている細孔構造は、ほぼ維持される。接触時間は1〜5分が好ましい。接触時間が1分未満では、多孔質膜表面に付着した汚れ等の有機物が充分に除去されないおそれがあり、接触時間が5分を超えると、多孔質膜表面の一部が溶融を始める。以上(a)の具体例について述べたが、(a)〜(m)の各事例に対しても、同様によごれを洗浄することができる。また、(n)〜(o)のエッチングにおいても本発明が適用できる。
【0091】
さらに、本発明の表面処理方法は、物品の部分的なエッチングにも応用できる。すなわち、水中にて疎水性表面(θ>90度)と親水性表面(θ≦90度)の両方を有する物品にプラズマを接触させると、疎水性表面のエッチング速度が大きくなり、物品表面に凹凸が形成される。
【0092】
凹凸表面を形成するには、材料と水蒸気気泡プラズマとの接触時間を適切に選定することが必要である。
【0093】
この凹凸形成技術は、半導体リソグラフィ工程における材料のエッチング、プラスチック材料の微細な凹凸加工(例えば、透明樹脂板の表面に像の写り込みを防止するノングレア機能を付与するための加工)に有用である。
【0094】
以上説明した本発明の表面処理方法によれば、液体中において、物品表面を水蒸気気泡プラズマに接触させているので、物品からの汚れ分解物が、大気中に飛散することはない。特に、ウイルス、有害有機物等を大気中に飛散させることなく、水中にて安全に分解除去が可能である。水中に移行した分解物は、吸着フィルター等で回収することにより、安全に水中から取り出すことができる。特に、病院等の医療現場、食品製造現場で取り扱う物品(例えば、カテーテル、人工血管、DNA検体検出デバイス、ウイルス捕獲の機能を持つ不織布、透析用濾過膜、精密濾過膜,ガス分離膜等)を廃棄する際には、物品表面に付着している雑菌、ウイルス等の有機物を安全に無害化する必要があり、この目的には本発明が有効である。
【0095】
また、本発明の表面処理による材料のエッチングでは、電解液や硫酸、塩酸、フッ化水素水などの薬品を使用せず、水から発生するOHラジカルを分解に利用しているので、反応後、薬品の廃液が発生しない。また、金属のエッチングの場合は、金属水酸化物が沈殿するが、水に不溶なため、固液分離することができ、環境に対して有害な廃液が発生しない。
【0096】
本発明に適する炭素繊維を用いて、表面処理を行うと、水蒸気気泡プラズマの高温による過度な黒鉛化が抑制され、安定した炭素化が維持された繊維でありながら、OHラジカルによるエッチングや洗浄などの表面処理が繊維全体にわたって、均等に行える点で、工業的に付加価値の高い連続的な炭素繊維の製造ができる。
【実施例】
【0097】
実施例1
三菱レイヨン(株)製、家庭用浄水器(商品名:クリンスイ02)を用意した。該浄水器の濾過カートリッジには、親水化処理されたポリエチレン製の中空糸膜(親水化された素材の水の接触角(25℃)=55度)が使用されている。該中空糸膜は、三菱レイヨン(株)製の内径270μm、膜厚55μmの中空糸膜であり、ポリエチレンからなるフィブリルが中空糸膜の繊維方向に配向し、このフィブリルが膜の厚み方向に多数積み重なっている、スリット形態の細孔構造を有する。
【0098】
この浄水器を家庭の水道水蛇口に取り付け、濾過カートリッジに水道水(岩国市三笠町)を断続的に1年間通水したところ、濾過カートリッジは目詰まりを起こし、濾過カートリッジ内の中空糸膜表面は、薄く灰色に変化した。目詰まりを起こした濾過カートリッジを浄水器本体から取り外し、さらに濾過カートリッジから活性炭を取り除き、目詰まりした中空糸膜サンプルを得た。この目詰まりした中空糸膜表面を電子顕微鏡で観察した。電子顕微鏡写真を図6に示す。目詰まりした中空糸膜は、膜表面のスリット形態細孔が有機物によって閉塞していた。
【0099】
目詰まりした中空糸膜の洗浄を以下のようにして行った。
目詰まりした中空糸膜サンプルの長さが50mm程度と短かったため、長さ150mmの親水化処理された中空糸膜(三菱レイヨン製、EX−540Vポリエチレン中空繊維膜)に、目詰まりした中空糸膜をサンプルくくりつけて実験用試料を準備した。
【0100】
プラズマ発生装置としては、図1に示す装置を用いた。RF電源としては、THAMWAY社製、型式T161−5766LQを用い、Matching Boxとしては、THAMWAY社製、型式T0202−5766LQを用いた。
【0101】
まず、水を充填した容器内に実験用試料を浸し、電極の近傍に支持具で固定した。電極の発熱を利用して水を加熱し、この熱により水中に水蒸気気泡を発生させた。図1において、気相圧力が30hPaである、減圧環境で、水蒸気気泡に電磁波(27.1MHz)を300Wの出力で照射し、気泡内の水蒸気をプラズマ化させ、ついで、圧力を大気圧にし、水蒸気気泡プラズマを発生継続させた。 気相側が大気圧のときの水蒸気気泡プラズマからの発光スペクトルを図5に示す。この分光スペクトルは、図1の反応装置において、発光している気泡からの光を浜松フォトニクス製PMA−11 C−7473−36型ツェルニターナ型小型ポリクロメータと裏面照射型CCDリニアイメージセンサを使用して、波長ごとのスペクトル強度を計測して求めた。光検出素子数は1024、波長域は、200〜950nm、露光時間は、19msであった。波長感度ムラ補正と波長軸較正済みである、ポリクロメータとリニアイメージセンサを使用して計測を行った。
【0102】
気相側が大気圧の状況にて、実験用試料に、水蒸気気泡プラズマを3分間接触させた。表面処理後の中空糸膜サンプル表面を電子顕微鏡で観察した。電子顕微鏡写真を図7に示す。目詰まりしていた有機物が、ほぼ完全に取り除かれていた。また、中空糸膜サンプル表面に損傷はほとんど認められず、細孔構造は元の形状を維持していた。
【0103】
実施例2
実施例1と同一のプラズマ発生装置を用い、水を充填した容器内に実験用試料を浸し、電極の近傍に支持具で固定した。試料として表9に示す、エチレン・ビニルアルコール共重合体フィルム(以下、EVALフィルムと称すこともある)を用いた以外は、実施例1と同一の条件で、水蒸気気泡プラズマを発生させ、そのプラズマを試料に3分間接触させた。いずれのフィルムも、プラズマ接触前の水に対する接触角は、64〜71度の範囲内であり、親水性を示した。これらのフィルムはいずれも水蒸気気泡プラズマの熱に耐え、形態を維持した。
【0104】
【表9】

1)エチレン:エチレン含有率
2)θ/2:接触角計での読み取り数値。
接触角計には、協和界面科学製CA−DTを使用。
純水の液滴体積は1μLであった。
3)θ:接触角
4)T:測定室の温度
5)RH:測定室の湿度
6)「プラズマ耐久性」とは、水中での水蒸気気泡プラズマに対する耐久性を意味する。
7)「気相は大気圧」とは、図1において、水面より上方の気相が大気圧の空気であり、この状態で水蒸気気泡プラズマを発生させたことを意味する。
8)「耐久性あり」とは、破断せずに、もとの形態を維持したことを意味する。
9)「耐久性なし」とは、プラズマの熱により、破断の後に熱分解したことを意味する。
以下に示す表10及び表11において、1)〜9)と同一の記号または用語については同一の意味を持つものとする。
【0105】
また、試料DC3203Fのフィルムの表面に、油性インキでマーキングを行った。マーキングした部分をプラズマにあてたところ、油性インキはプラズマにより分解されて、フィルム上に残っていなかった。洗浄後のフィルム面は、目視観察では、平滑であった。
【0106】
実施例3
デュポン社製Nafion112およびNafion1035フィルムを25℃イオン交換水に5分間浸け、膜を水で膨潤させた後に取り出し、接触角を測定したところ、表10に示す接触角であった。表10に示す、Nafion112およびNafion1035をプラズマ処理の試料として使用した。
実施例1と同一のプラズマ発生装置を用い、水を充填した容器内に試料を浸し、電極の近傍に支持具で試料を固定した。次いで、実施例1と同一の条件で、水蒸気気泡プラズマを発生させ、そのプラズマを試料に3分間接触させた。表10に示すように、水で膨潤したNafion112およびNafion1035ともに水蒸気気泡プラズマの熱に耐え、形態を維持した。
【0107】
【表10】

【0108】
また、Nafion112フィルムの表面に、油性インキでマーキングを行った。マーキングは、フィルムにしっかりと固着していた。マーキングした部分を水中で水蒸気気泡プラズマに3分間接触した後に、目視観察したところ、油性インキは、プラズマにより分解されて試料上に残っていなかった。洗浄後のフィルム面は、目視観察では平滑であった。
【0109】
実施例4
実施例1と同一のプラズマ発生装置を用い、水を充填した容器内に試料を浸し、電極の近傍に支持具で固定した。試料として、光学研磨されたガラス板(厚み5mm、100mm×100mm)を用いた以外は、実施例1と同一の条件で、水蒸気気泡プラズマを発生させ、そのプラズマをガラス板に3分間接触させた。ガラス板は、水蒸気気泡プラズマの熱に耐え、形態を維持した。プラズマに接触させる前のガラス板の水に対する接触角は、約35度であった。
また、ガラス板の表面に、油性インキでマーキングを行い、マーキングした部分を水中で水蒸気気泡プラズマに3分間接触した後に、目視観察した。油性インキは、プラズマにより分解されてガラス板上に残っていなかった。洗浄後のガラス板は、目視観察では、平滑であった。
【0110】
実施例5
実施例1と同一のプラズマ発生装置を用い、水を充填した容器内に実験用試料を浸し、電極の近傍に支持具で固定した。試料として、アルミナセラミックシート(γ‐Alシート 厚み3mm、100mm×100mm)を用いた以外は、実施例1と同一の条件で、水蒸気気泡プラズマを発生させ、そのプラズマをアルミナセラミックシートに3分間接触させた。接触後のアルミナセラミックシートは、水蒸気気泡プラズマの熱に耐え、元の形態を維持した。プラズマに接触させる前のアルミナセラミックシートの水に対する接触角は、約55度であった。
また、アルミナセラミックシートの表面に、油性インキでマーキングを行い、マーキングした部分を水中で水蒸気気泡プラズマに3分間接触した後に、目視観察した。油性インキは、プラズマにより分解されてアルミナセラミックシート上に残っていなかった。洗浄後のアルミナセラミックシート面は、目視観察では、平滑であった。
【0111】
実施例6
実施例1と同一のプラズマ発生装置を用い、水を充填した容器内に実験用試料を浸し、電極の近傍に支持具で固定した。
エチレン‐ビニルアルコール共重合フィルム(エチレン含有率32mol%)を基材(厚み3mm、100mm×100mm)として、この基材に幅5mmのポリエチレンフィルム(厚み0.5mm、100mm×100mm)を間隔5mm離して、熱融着にて貼り付け、親水性部分5mm幅、疎水性部分5mm幅の親水表面/疎水表面からなる試料を用意した。エチレン‐ビニルアルコール共重合フィルム(エチレン含有率32mol%)の水に対する接触角は、67度、ポリエチレンフィルムの水に対する接触角は、95度であった。
用意した試料を用いた以外は、実施例1と同一の方法で、水蒸気気泡プラズマを発生させ、そのプラズマを試料全体に3分間接触させた。接触後、試料を反応容器から取り出すと、疎水部分であるポリエチレンフィルムは、プラズマによりエッチングを受けて、平均的な厚みが0.1mmとなっていたが、エチレン‐ビニルアルコール共重合フィルム基材は、平滑な当初の表面を維持していた。疎水部分のみが、プラズマによりエッチングされた結果であった。
【0112】
比較例1
物品として、親水化処理されていない、厚さ100μmのポリ四フッ化エチレンフィルム(水に対する接触角(25℃)=110度)、ポリエチレンフィルム(水に対する接触角(25℃)=95度)、ポリプロピレンフィルム(水に対する接触角(25℃)=96度)を用意した。これらフィルムの表面には、汚れ等の有機物は付着していなかった。これらフィルムについて、実施例1と同様な方法で表面処理を行った。いずれのフィルムも、プラズマが接触した瞬間にプラズマの高温により熱分解し、破断した。
【0113】
比較例2
物品として、親水化処理されていない、厚さ50μmの有機高分子多孔質平膜(ミリポア社製、疎水性ポリ四フッ化エチレンメンブラン、水に対する接触角(25℃)=110度、平均細孔径1μm)、厚さ100μmの有機高分子多孔質平膜(ミリポア社製、疎水性ポリエチレンメンブラン、水に対する接触角(25℃)=94度、平均細孔径1μm)を用意した。これら高分子多孔質平膜の表面には、汚れ等の有機物は付着していなかった。これら高分子多孔質平膜について、実施例1と同様な方法で表面処理を行った。いずれの平膜も、プラズマが接触した瞬間にプラズマの高温により熱分解し、破断した。
【0114】
比較例3
試料として、25℃、55%RHの雰囲気に1週間放置した、デュポン社製の二種類のNafionメンブラン(Nafion112、Nafion1035)を試料として用いた以外は、実施例3と同一の条件にて、該試料に水蒸気気泡プラズマを接触させた。
プラズマ接触前のNafion112、Nafion1035の水に対する接触角は、表11に示す値であった。プラズマに接触した瞬間に、二種類のNafionメンブランともにプラズマの高温により熱分解し、破断した。
【0115】
【表11】

【0116】
比較例4
300mL容量のビーカーに純水を200mL用意し、実施例1にて用いた、目詰まりした中空糸膜を25℃の純水に浸し、出力100W、20KHzの超音波洗浄器にて、中空糸膜を1時間洗浄した。洗浄後の膜を電子顕微鏡で観察したところ、膜面に目詰まりしていた有機物は、取り除かれていなかった。
【0117】
比較例5
実施例1において、反応装置の電極を過熱し、プラズマ状態でない水蒸気気泡を発生させて、この水蒸気気泡を目詰まりした中空糸膜試料に3分間接触させたところ、膜面に目詰まりしていた有機物は、取り除かれていなかった。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明は、水蒸気気泡内に発生したプラズマと、親水性表面を有する物品とを水中で接触させることにより、物品には損傷を与えずに、物品に付着している有機物を分解または除去する表面処理技術である。この表面処理技術は、例えば、家庭用浄水器、産業排水用濾過、空気濾過に用いた有機高分子多孔質膜、セラミック多孔質膜の再生、多孔質膜の安全な廃棄に有用である。特に、病院の手洗い水の濾過膜、病院の院内感染予防用空気濾過膜、バイオハザード室用の空気濾過膜等、細菌類を含む物質で膜が汚染または目詰まりした膜を、安全に再生または廃棄する方法として有効である。
【0119】
また、本発明の表面処理方法は、生体適合性材料を体内に埋め込んで使用し,その使用後に材料表面の菌等の有機物を熱分解または炭化させて、材料を安全に廃棄するための処理;臓器と共存するがん細胞を熱分解または炭化させて生命の安全に役立てるための処理;使用済みコンタクトレンズに付着した細菌、血液、たんぱく質等の有機物を熱分解または炭化させて安全に廃棄するための処理等に適用できる。さらに、本発明の表面処理方法は、カテーテル、人工血管等を体内に埋設する前の除菌、生体から取り出した後に付着している菌類等の滅菌;DNA検体検出デバイスから検査対象外の菌を除去する処理;使用済みのDNA検体検出デバイスを安全に廃棄するための処理;空気フィルター、マスク等に用いられている不織布に付着した菌類等を熱分解あまたは炭化させて安全に廃棄するための処理等にも適用できる。
【0120】
また本発明のエッチング技術は、親水性の透明有機材料の表面に微細な凹凸を付与し、光学用途での反射防止機能を発現したり、特定の視野角度でのみ、視認性が発現したりする、プライバシーフィルターへの加工へも利用することができる。さらに、金属膜の表面を水分子由来の化学種だけでエッチングすることができ、半導体デバイスにおける高密度多層配線のダマシンプロセスにおいて、廃液処理の費用を低減することができ、製造コストの低減に有効である。
【0121】
また、近年の半導体多層配線デバイスでは、配線の密度が高くなり、より微細な加工が必要とされており、その場合は、絶縁膜に多孔質珪素膜からなる、低誘電率材料が提案されている。この絶縁膜は、細孔容積が大きく、材料は水に対する接触角が疎水性であるので、通常のケミカル・メカニカル・ポリシングプロセスでは、研磨液が絶縁膜によりはじかれてしまい、金属膜を削ったあとで、全体を平坦にすることが難しい。一方、本発明の方法を用いると、低誘電率膜として、水に対する接触角が90度以下である材料を選定することにより、水蒸気気泡プラズマ中のOHラジカルが低誘電率膜をエッチングするので、平坦な絶縁膜/多層配線金属の構造体を得ることができる。
【0122】
また、本発明のエッチング技術では、水蒸気気泡プラズマとの接触時間を制御し短時間にすることで、疎水性部分のみを選択的にエッチングすることができる。この技術は、親水性表面と疎水性の両表面部分を併せ持つ、有機材料、無機材料、炭素材料などの各種材料に対して、選択的に疎水性部分をエッチング加工する際に適用できる。特に、炭素材料、シリコンウエハなどの材料は、耐熱温度が高いために表面加工が難しいが、本技術を用いることにより容易にエッチング加工が可能となる。
【符号の説明】
【0123】
11 液体
12 容器
13 電極
14 対向電極
15 物品
16 支持具
17 水蒸気気泡
18 水滴
19 空気相
γSV 液体(水)の蒸気と吸着平衡にある固体の表面張力 (室温、大気圧)
γSL 固体と液体との界面張力
γLV その蒸気(水蒸気)と平衡にある液体(水)の表面張力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水を含む液体中の水蒸気気泡内に発生したプラズマを、前記液体中において、水に対する接触角が90度以下である材料に付着している有機物に接触させて、該有機物を材料から除去する表面処理方法。
【請求項2】
材料が、高分子電解質膜である請求項1記載の表面処理方法。
【請求項3】
材料が、ガラスである請求項1記載の表面処理方法。
【請求項4】
材料が、セラミックスである請求項1記載の表面処理方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の表面処理方法により表面処理された物品。
【請求項6】
水を含む液体中の水蒸気気泡内に発生したプラズマを、前記液体中において、水に対する接触角が90度以下である材料に接触させて、該材料を破壊せずに、該材料の表面をエッチングすることを特徴とするエッチング方法。
【請求項7】
材料が、金属である請求項6記載のエッチング方法。
【請求項8】
金属が、銅、アルミニウム、タングステンから選ばれる少なくとも1種である請求項7記載のエッチング方法。
【請求項9】
請求項6〜8記載のエッチング方法によりエッチングされた物品。
【請求項10】
水を含む液体中の水蒸気気泡内に発生したプラズマを、前記液体中において、水に対する接触角が90度を超える疎水性部分と90度以下の親水性部分の両方を有する材料に接触させて、該疎水性部分をエッチングすることを特徴とするエッチング方法。
【請求項11】
請求項10記載のエッチング方法によりエッチングされた物品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2013−31842(P2013−31842A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−187000(P2012−187000)
【出願日】平成24年8月27日(2012.8.27)
【分割の表示】特願2006−519696(P2006−519696)の分割
【原出願日】平成18年3月24日(2006.3.24)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】