説明

表面処理金属材料の製造方法

【課題】安定かつ優れた摺動性を有する金属材料を、金属材料の表面を酸化物皮膜で覆うことなく低環境負荷で製造することができる表面処理金属材料の製造方法を提供する。
【解決手段】電解溶液12中に陽極電極13と陰極電極14とを浸漬し、更に、電解溶液の液面よりも上方に、被処理材15としての金属材料を配設した後、陽極電極と陰極電極との間に完全プラズマ状態を呈する電圧以上の電圧を印加して金属材料の表面を処理する表面処理工程を含む表面処理金属材料の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理された金属材料の製造方法に関し、特に、優れた摺動性を有する表面処理金属材料を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、鉄鋼材料や合金材料などの金属材料には様々な機能が求められている。具体的には、例えば自動車部品や家電製品の製造に使用される金属材料の分野では、複雑な加工を施して意匠性の高い製品を製造し得る、加工性の良好な金属材料が求められている。
【0003】
ここで、一般に金属材料の加工性は、金属材料の伸び、加工硬化指数(n値)、ランクフォード値(r値)等によって大きな影響を受けるが、これらの因子以外に、金属材料の表面の摺動性も金属材料の加工性に大きな影響を与える。即ち、表面の摩擦係数が小さくて摺動性に優れた金属材料ほど加工性が高くなり、表面の摩擦係数が大きくて摺動性が悪い金属材料ほど加工性が低くなる。
【0004】
そこで、加工性の良好な金属材料を提供することを目的として、金属材料に対して表面処理を施し、金属材料表面の摺動性を向上させる様々な方法が提案されている。具体的には、金属材料表面の摺動性を向上させ得る金属材料の表面処理方法として、ワークロールを用いて高張力冷延鋼板の表面に所定の粗度を付与する方法(例えば、特許文献1参照)や、亜鉛系めっき鋼板の表面に所定のP酸化物皮膜を形成する方法(例えば、特許文献2参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−238268号公報
【特許文献2】特開平4−88196号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載のワークロールを用いた表面処理方法には、金属材料の表面処理時にワークロールが摩耗し、該摩耗により金属材料の表面に付与される粗度が経時変化するため、所望の摺動性を安定して有する金属材料を得るのが困難であるという問題があった。また、特許文献2に記載のP酸化物皮膜を形成する表面処理方法には、金属材料の表面を酸化物皮膜で覆うため、化成処理などの二次処理に悪影響が生じると共に、リンを使用しているため、環境への負荷が大きいという問題があった。
【0007】
そこで、本発明は、安定かつ優れた摺動性を有する金属材料を、金属材料の表面を酸化物皮膜で覆うことなく低環境負荷で製造することができる表面処理金属材料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、表面に酸化物皮膜を形成することなく金属材料に優れた摺動性を安定的に付与することを目的として、鋭意研究を行った。そして、本発明者らは、電解溶液中に設置した陰極電極と陽極電極との間に所定の電圧を印加して電解溶液中でプラズマ放電させる際に、金属材料(被処理材)を電解溶液の液面の上方に設置することで、金属材料の表面に微細な凹凸を形成し、金属材料に優れた摺動性を安定的に付与し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
即ち、この発明は上記課題を有利に解決することを目的とするものであり、本発明の表面処理金属材料の製造方法は、電解溶液中に陽極電極と陰極電極とを浸漬し、更に、前記電解溶液の液面よりも上方に、被処理材としての金属材料を配設した後、前記陽極電極と陰極電極との間に、完全プラズマ状態を呈する電圧以上の電圧を印加して前記金属材料の表面を処理する表面処理工程を含むことを特徴とする。
【0010】
ここで、本発明において、「電解溶液の液面よりも上方」とは、陽極電極と陰極電極との間に電圧を印加する前の電解溶液の液面よりも上方であることを指す。また、「被処理材としての金属材料」は、電解溶液の液面よりも上方まで延在させた金属製の陰極電極自身(即ち、陰極電極と一体の部材)であっても良いし、陰極電極から独立した別体で構成されていて良い。更に、「完全プラズマ状態」とは、放電時に、オレンジ色が混じった発光、或いは、オレンジ色が主体の発光が陰極電極表面を覆う状態を指す。そして、「完全プラズマ状態を呈する電圧」は、炭素鋼や合金鋼を含む鉄鋼材料や、ステンレス鋼などの大気加熱で高温酸化される材料を陰極電極に用いた場合には、電圧を30分間印加した際に、電解溶液中に浸漬した陰極電極の表層が少なくとも1μmの厚さで酸化される電圧として規定できる。なお、陰極電極の表層が酸化された厚さは、陰極電極の断面をSEMで観察し、酸化層の平均厚さを測定することにより判断することができる。ここで、酸化層は、SEMの反射電子像により下地と明瞭に区別することができ、酸化層の平均厚さは、陰極電極の表面に平行な10μmの長さの断面について、酸化層の厚さの平均値をとることで評価できる。因みに、陰極電極の表層に空隙等が存在する場合、酸化された厚さには該空隙なども含まれる。
【0011】
ここで、本発明の表面処理金属材料の製造方法は、前記金属材料を前記陰極電極と電気的に接続させて配設することが好ましい。
【0012】
また、本発明の表面処理金属材料の製造方法は、前記金属材料が、前記陰極電極から独立した別体で構成されていることが好ましい。
【0013】
更に、本発明の表面処理金属材料の製造方法は、前記陽極電極と陰極電極との間に100V以上300V以下の電圧を印加することが好ましい。
【0014】
また、本発明の表面処理金属材料の製造方法は、前記電解溶液の液面と前記金属材料との間の距離を、2mm以上30mm以下の範囲内とすることが好ましい。
【0015】
そして、本発明の表面処理金属材料の製造方法は、前記金属材料が冷延鋼板であることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の表面処理金属材料の製造方法によれば、電解溶液の液面よりも上方に配設した被処理材としての金属材料の表面を処理して、安定かつ優れた摺動性を有する金属材料を、金属材料の表面を酸化物皮膜で覆うことなく低環境負荷で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に従う代表的な表面処理金属材料の製造方法を用いて表面処理された金属材料を製造する際に適用し得る表面処理装置の構成を示す説明図であり、(a)は被処理材である金属材料が陰極電極と一体の部材からなる場合を示し、(b)は被処理材である金属材料が陰極電極と別体で構成されている場合を示す。
【図2】図1(a)に示す表面処理装置を用いて本発明の製造方法に従い製造した表面処理冷延鋼板および陰極電極の写真、並びに、表面処理冷延鋼板および陰極電極の各部の表面状態を拡大して示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真(二次電子像)である。
【図3】本発明の製造方法に従い製造した表面処理冷延鋼板の表層の断面形状を示すSEM写真(反射電子像)である。
【図4】図1(a)に示す表面処理装置を用いた表面処理を実施していない、無処理冷延鋼板の表面状態を示すSEM写真(二次電子像)である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。本発明の表面処理金属材料の製造方法は、陽極電極と陰極電極とを電解溶液中に浸漬し、更に、電解溶液の液面よりも上方に、被処理材としての金属材料を配設した後、陽極電極と陰極電極との間に所定の電圧を印加することにより、被処理材である金属材料の表面に微細構造を形成して、安定かつ優れた摺動性を有する表面処理金属材料を製造することを特徴とする。
【0019】
ここで、本発明の表面処理金属材料の製造方法の一例は、特に限定されることなく、例えば図1(a)に示すような表面処理装置10を用いて実施することができる。なお、図1(a)では、液中に浸漬されている部分を破線で示している。
【0020】
図1(a)に示す表面処理装置10は、表面処理槽11と、表面処理槽11内に貯留された電解溶液12と、電解溶液12中に互いに離隔して浸漬された陽極電極13および陰極電極14と、それら陽極電極13および陰極電極14に導線17,18を介して電気的に接続された直流電源16とを備えている。なお、陰極電極14は金属材料よりなり、該金属材料は、電解溶液12の液面よりも上側まで延在している。そして、陰極電極14を構成する金属材料の電解溶液12の液面よりも上に位置する部分は、この一例の製造方法において表面処理される被処理材15となる。即ち、この表面処理装置10では、陰極電極14と被処理材15とが一体に構成されている。
【0021】
ここで、表面処理槽11としては、電解溶液12に対して安定な素材からなる既知の表面処理槽、例えばガラス、テフロン(登録商標)またはポリエチルエーテルケトン(PEEK)製の表面処理槽を用いることができる。
【0022】
電解溶液12としては、電気伝導性を有し、且つ、陽極電極13と陰極電極14との間に電圧を印加して被処理材15の表面を処理する際に陽極電極13および陰極電極14の表面に付着物や析出物を生じたり、沈殿物を形成したりし難い溶液であれば任意の液体を用いることができる。具体的には、電解溶液12としては、特に限定されることなく炭酸カリウム(KCO)、炭酸ナトリウム(NaCO)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO)、炭酸アンモニウム((NHCO)、水酸化リチウム(LiOH)、水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化マグネシウム(Mg(OH))、水酸化カリウム(KOH)、水酸化アンモニウム(NHOH)、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、塩化マグネシウム(MgCl)、塩化アンモニウム(NHCl)、リチウムの硫酸塩、ナトリウムの硫酸塩、マグネシウムの硫酸塩、カリウムの硫酸塩、アンモニウムの硫酸塩、リチウムの硝酸塩、ナトリウムの硝酸塩、マグネシウムの硝酸塩、カリウムの硝酸塩、アンモニウムの硝酸塩、リチウムのクエン酸塩、クエン酸ナトリウム(NaH(CO(COO))等のナトリウムのクエン酸塩、マグネシウムのクエン酸塩、カリウムのクエン酸塩、アンモニウムのクエン酸塩、硫酸、硝酸、塩酸およびクエン酸よりなる群から選択される少なくとも1種を含む水溶液などを用いることができる。
【0023】
ここで、電解溶液12は、被処理材15である金属材料の表面処理が実施可能であれば、任意のpHおよび濃度とすることができ、例えば炭酸カリウム水溶液を電解溶液12として用いる場合には、その濃度は、特に限定されることなく、例えば0.001mol/L以上、より好ましくは0.005mol/L以上とすることができる。濃度が低すぎると、陽極電極13と陰極電極14との間に電圧を印加した際に好適な放電状態を維持することが困難となる場合があるからである。なお、濃度の上限は特に設けないが、例えば0.5mol/L以下とすることができる。また、電解溶液12のpHは、電極の過度の腐食やエッチングを起こさなければ任意の値とすることができ、例えばpH5〜12とすることができる。
【0024】
なお、後に詳述するように、本発明の製造方法では、電解溶液の飛沫または蒸気、或いは、それらの両方が被処理材の表面に到達することで被処理材の表面に微細構造が形成され、該微細構造の形成により被処理材である金属材料の摺動性が向上すると推察されている。
【0025】
陽極電極13としては、例えば白金(Pt)電極、パラジウム(Pd)電極、イリジウム(Ir)電極、表面をPtやPdやIrでコーティングした電極、或いは、黒鉛電極などを用いることができる。なお、この表面処理装置10では、陰極電極14を構成する金属材料と同様に、陽極電極13を構成する電極材も電解溶液12の液面よりも上側まで延在している。なお、本発明の製造方法では、陽極電極を電解溶液中に完全に浸漬させた表面処理装置を用いてもよい。
【0026】
陰極電極14および被処理材15は、一つの金属材料からなり、陰極電極14は該金属材料の電解溶液12中に浸漬された部分で構成され、被処理材15は金属材料の電解溶液12の液面よりも上方に位置する非浸漬部分で構成されている。従って、この表面処理装置10では、陰極電極14および被処理材15が一つの金属材料からなるので、陰極電極14と被処理材15とは電気的に接続(即ち、導通可能に接続)されていることとなる。なお、本発明の製造方法では、互いに異なる材料からなる陰極電極と被処理材とを接続して一体化したもの陰極電極および被処理材として用いても良い。
【0027】
ここで、陰極電極14および被処理材15となる金属材料としては、例えば、冷間圧延ステンレス鋼板、冷間圧延炭素鋼板、高強度冷延鋼板等の冷延鋼板や、高強度熱延鋼板、熱延厚鋼板等の熱延鋼板や、Au等の貴金属材料類が挙げられる。なお、陰極電極14および被処理材15となる金属材料の形状は、特に限定されることなく、板状、針金(ワイヤー)状、短冊状とすることができる。また、金属材料の非浸漬部分(被処理材15)の表面は、任意に、サンドペーパー等で鏡面研磨しても良い。
【0028】
直流電源16は、導線17を介して陽極電極13と電気的に接続されており、また、導線18を介して金属材料(陰極電極14および被処理材15)と電気的に接続されている。そして、この直流電源16は、被処理材15の表面処理に必要な電圧、例えば100V以上300V以下の電圧を陽極電極13と陰極電極14との間に印加するものである。なお、直流電源16としては、既知の電源を用いることができる。
【0029】
そして、上記のような構成を有する表面処理装置10では、本発明の表面処理金属材料の製造方法の一例に従い、例えば以下のようにして表面処理された金属材料を製造することができる。
【0030】
まず、表面処理槽11中に貯留された電解溶液12中に、陽極電極13と、金属材料の一部からなる陰極電極14とを離隔させて浸漬し、電解溶液12の液面よりも上方に位置する金属材料からなる被処理材15の表面処理を行う系(表面処理系)を構築する。
【0031】
次に、陽極電極13と陰極電極14との間に、所定の電圧V以上の電圧V(0<V≦V)を印加して電解溶液12中でプラズマ放電を起こし、電解溶液12の液面よりも上方に位置する金属材料からなる被処理材15の表面を処理する(表面処理工程)。
【0032】
ここで、所定の電圧Vとは、表面処理系が完全プラズマ状態を呈する電圧である。そして、「完全プラズマ状態を呈する電圧」は、炭素鋼や合金鋼を含む鉄鋼材料や、ステンレス鋼などの大気加熱で高温酸化される材料を陰極電極に用いた場合には、電圧を30分間印加した際に、電解溶液中に浸漬した陰極電極の表層が少なくとも1μmの厚さで酸化される電圧として規定することができる。具体的には、表面処理系が完全プラズマ状態を呈する電圧Vは、例えば、表面処理系に印加する電圧を5Vまたは10Vずつ段階的に増加させながら電圧を30分間印加する操作を繰り返し、陰極電極先端部(電解溶液中に浸漬させている部分)において表層が少なくとも1μmの厚さで酸化される領域の面積率(=(少なくとも1μmの厚さで酸化された領域の面積/浸漬部の面積)×100%)が50%以上となる電圧を実験的に求めることにより決定することができる。
【0033】
なお、完全プラズマ状態を呈する電圧Vの大きさは表面処理系によって異なり、一般に、完全プラズマ状態を呈する電圧Vの大きさは100V以上であることが多い。具体的には、被処理材15がSUS316Lの場合には、電圧Vは115Vであり、被処理材15が冷延鋼板の場合には、電圧Vは117Vである。従って、完全プラズマ状態を呈する電圧V以上の電圧を印加して確実に被処理材15の表面を処理する観点からは、陽極電極13と陰極電極14との間に印加する電圧は100V以上とすることが好ましく、110V以上とすることが更に好ましい。因みに、陽極電極13と陰極電極14との間に印加する電圧は、陰極電極14の溶断を防止する観点からは300V以下とすることが好ましい。
【0034】
そして、上述のようにして陽極電極13と陰極電極14との間に完全プラズマ状態を呈する電圧V以上の電圧Vを印加すれば、電解溶液12の液面よりも上方に位置する金属材料からなる被処理材15の表面に、例えば図2に示すような微細構造が形成され、金属材料の摺動性が向上する。具体的には、図2の中央に表面のSEM写真を示すように、例えば電解溶液12の液面から上方に2mm未満の範囲には、平面視のサイズが数μmレベルの微細な凹凸形状が形成され、摺動性が安定して向上する。また、電解溶液12の液面から上方に例えば2mm以上30mm以下の範囲には、図2の右側に表面のSEM写真を示し、図3に表層の断面のSEM写真を示すように、微細な凹凸形状の隙間に直径が1μm未満(ナノレベル)の微粒子が存在する特異な構造が形成され、摺動性が更に安定して向上する。なお、摺動性の安定した向上は、明らかではないが、微細な凹凸形状による荷重の分散や、微粒子の移動や酸化による凝着の防止により起こると推察されている。
【0035】
因みに、電解溶液12中に浸漬された陰極電極14の表面は、完全プラズマ状態を呈する電圧V以上の電圧Vの印加により酸化され、図2の左側に示すようなクレーター形状となる。
【0036】
ここで、被処理材15の表面における微細な凹凸形状の形成およびナノレベルの微粒子の形成は、原理的には明らかでないが、以下のようにして起こると推察される。即ち、陽極電極13および陰極電極14に完全プラズマ状態を呈する電圧V以上の電圧Vを印加して電解溶液12中でプラズマ放電を起こす際に、電解溶液12の飛沫または蒸気、或いは、それらの両方が被処理材15に接触することにより表面に微細な凹凸形状が形成されるものと推察される。また、電解溶液12中の放電により陰極電極14の一部が溶融して形成されたナノレベルの微粒子が、電解溶液12の飛沫または蒸気(気泡)、或いは、それらの両方によって巻き上げられて付着し、表面にナノレベルの微粒子が形成されると推察される。従って、本発明の表面処理金属材料の製造方法では、被処理材を電解溶液の液面よりも上方に配設し、且つ、陽極電極と陰極電極との間に電圧V以上の電圧Vを印加する必要がある。
【0037】
なお、電解溶液12中でのプラズマ放電は、電圧の印加により陰極電極14の近傍の電解溶液12の温度が局所的に沸点以上になり、陰極電極14の近傍にガス相が発生した際に、該ガス相中にプラズマ放電が生じることで起きているものと考えられる。また、上述した通り、本発明の表面処理金属材料の製造方法では、被処理材15の表面に電解溶液12の飛沫または蒸気、或いは、それらの両方が接触することで被処理材15の表面に微細構造が形成され、被処理材である金属材料の摺動性が安定的に向上するものと推察される。従って、表面処理工程における陽極電極13と陰極電極14との間への電圧の印加は、ヒーターなどの加熱手段(図示せず)を用いて電解溶液12の温度を90℃から100℃の範囲にしてから行うことが好ましい。陰極電極14の近傍での温度を効率的に上昇させて電解溶液12中でのプラズマ放電を効率的に起こすことができるからである。また、電解溶液12の飛沫や蒸気を効率的に発生させることができるからである。因みに、表面処理工程における電圧の印加時間は、任意の時間、例えば5秒以上、60分以下とすることができる。
【0038】
そして、上記本発明の表面処理金属材料の製造方法の一例によれば、陽極電極と陰極電極との間に所定の電圧を印加するだけで、被処理材である金属材料の表面に微細な凹凸形状およびナノレベルの微粒子を形成し、金属材料の摺動性を安定して向上させることができる。従って、安定かつ優れた摺動性を有する金属材料を、金属材料の表面を酸化物皮膜(但し、自然酸化膜を除く)で積極的に覆うことなく低環境負荷で製造することができる。
【0039】
ここで、本発明の表面処理金属材料の製造方法の一例は、上述した構成の表面処理装置10以外にも、例えば図1(b)に示すような表面処理装置20を用いて実施することもできる。なお、図1(b)では、液中に浸漬されている部分を破線で示している。
【0040】
図1(b)に示す表面処理装置20は、表面処理槽21と、表面処理槽21内に貯留された電解溶液22と、電解溶液22中に互いに離隔して浸漬された陽極電極23および陰極電極24と、それら陽極電極23および陰極電極24に導線27,28を介して電気的に接続された直流電源26とを備えている。なお、表面処理装置20の陽極電極23および陰極電極24は、電解溶液22中に電極全体が浸漬されている。ここで、本発明の製造方法では、陽極電極23、陰極電極24は電解溶液中に部分的に浸漬させてもよい。因みに、金属材料からなる陰極電極を電解溶液中に部分的に浸漬させた場合、電解溶液の液面よりも上に位置する陰極電極の一部も被処理材となる。
【0041】
また、表面処理装置20には、陽極電極23および陰極電極24に電圧を印加していない状態の電解溶液22の液面から上方へ距離hの位置に、金属材料からなる被処理材25が配設されている。そして、陰極電極24と被処理材25とは、任意に導線28を介して電気的に接続されている。即ち、この表面処理装置20では、陰極電極24と被処理材25とが互いに独立した別体で構成されている。
【0042】
ここで、表面処理装置20の表面処理槽21、電解溶液22、陽極電極23、直流電源26および導線27,28としては、それぞれ先の表面処理装置10の表面処理槽11、電解溶液12、陽極電極13、直流電源16および導線17,18と同様のものを用いることができる。
【0043】
陰極電極24は、電気伝導性を有する電極材からなり、陰極電極24の電極材としては、被処理材25と同一の材料を用いても良いし、異なる材料を用いても良い。具体的には、陰極電極24としては、冷間圧延ステンレス鋼板、冷間圧延炭素鋼板等の冷延鋼板、熱間圧延鋼板、貴金属類を含む金属または各種合金等を用いることができる。
【0044】
被処理材25は、電解溶液22の液面から距離hの位置に既知の固定具(図示せず)で固定されている。また、被処理材25は、陰極電極24と直流電源26とを結ぶ導線28に接続されており、陰極電極24と被処理材25とは導線28を介して電気的に接続されている。そして、この表面処理装置20では、被処理材25の電解溶液22側の表面が処理され、その処理された面の摺動性が安定して向上する。なお、被処理材25としては、冷間圧延ステンレス鋼板、冷間圧延炭素鋼板、高強度冷延鋼板等の冷延鋼板や、高強度熱延鋼板、熱延厚鋼板等の熱延鋼板や、Au等の貴金属材料類を用いることができる。また、被処理材25と導線28とは、ネジや溶接を用いて接続することができる。
【0045】
ここで、電解溶液22の液面から被処理材25までの距離hは、特に限定されることなく、例えば2mm以上30mm以下(2mm≦h≦30mm)とすることが好ましい。距離hを2mm以上30mm以下とすれば、被処理材25の電解溶液22側の表面を良好に処理して、安定かつ優れた摺動性を有する金属材料を得ることができるからである。
【0046】
また、被処理材25の配設位置は、特に限定されることなく、電解溶液22中で放電が起きている場所の上方とすることが好ましく、例えば、被処理材25は、陰極電極24の周囲の電解溶液22の上方や、陽極電極23と陰極電極24との間の電解溶液22の上方に配設することができる。飛沫や蒸気が被処理材に当たりやすく、安定した処理を行うことができるからである。
【0047】
なお、表面処理装置20では、被処理材25の表面をより良好に処理する観点から陰極電極24と被処理材25とを導線28で電気的に接続したが、本発明の表面処理金属材料の製造方法では、電解溶液中でプラズマ放電を起こす際に電解溶液の飛沫または蒸気、或いは、それらの両方が被処理材に接触すれば、陰極電極と被処理材とを電気的に接続しなくても良い。因みに、陰極電極24と被処理材25とを電気的に接続することにより被処理材25の表面がより良好に処理される原因は、明らかではないが、電解溶液の飛沫や蒸気を介して被処理材と陽極電極との間で通電することにより、被処理材の表面における微細な凹凸形状の形成が促進されるためであると推察される。
【0048】
そして、上記のような構成を有する表面処理装置20では、先の表面処理装置10と同様に、本発明の表面処理金属材料の製造方法の一例に従い、例えば以下のようにして表面処理された金属材料を製造することができる。
【0049】
具体的には、まず、表面処理槽21中に貯留された電解溶液22中に、陽極電極23と陰極電極24とを離隔させて浸漬する。次に、被処理材25を電解溶液22の液面から距離hの位置に配設すると共に、被処理材25と陰極電極24とを導線28を介して電気的に接続して、電解溶液22の液面よりも上方に位置する金属材料からなる被処理材25の表面処理を行う系(表面処理系)を構築する。
【0050】
その後、陽極電極23と陰極電極24との間に、完全プラズマ状態を呈する電圧V以上の電圧V(0<V≦V)を印加して電解溶液22中でプラズマ放電を起こし、電解溶液22の液面よりも上方に位置する金属材料からなる被処理材25の表面を処理する(表面処理工程)。なお、完全プラズマ状態を呈する電圧Vは、先の表面処理装置10で表面処理金属材料を製造する場合と同様にして決定することができる。また、陽極電極23と陰極電極24との間に印加する電圧は、先の表面処理装置10で表面処理金属材料を製造する場合と同様の大きさにすることができる。
【0051】
そして、この表面処理装置20では、陽極電極23と陰極電極24との間に電圧V以上の電圧Vを印加することにより、表面処理装置10と同様にして、金属材料からなる被処理材25の表面(電解溶液22側の表面)に微細構造を形成し、金属材料の摺動性を安定して向上させることができる。また、表面処理装置20では、陰極電極24と被処理材25とが互いに独立した別体で構成されており、電解溶液22から被処理材25までの距離hが一定であるので、被処理材25の表面をより均一に処理することができる。更に、この表面処理装置20では、陰極電極24と被処理材25とが互いに独立した別体で構成されているので、被処理材25のみを容易に交換することができると共に、様々な形状の被処理材の表面を処理することができる。
【0052】
なお、本発明の表面処理金属材料の製造方法は、上記した例に限定されることなく、本発明の表面処理金属材料の製造方法には、適宜変更を加えることができる。
【0053】
以下、実施例1〜2により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は下記の実施例1〜2に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0054】
(試験例1〜4)
図1(a)に示す表面処理装置を用いて、陽極電極と陰極電極との間に印加する電圧を表1に示すように変化させて被処理材の表面を処理した。
具体的には、被処理材および陰極電極が一体となった金属材料として、厚さ0.8mm、幅3mm、長さ70mmの短冊状の冷延鋼板(Cを0.018質量%、Siを0.010質量%、Mnを0.140質量%含有)を使用し、陽極電極として、メッシュ状の白金(Pt)電極(直径0.5mm、長さ約640mmのPtワイヤーを縦40mm×横100mmの範囲内に互いに接触しないようにジグザグに配置したもの)を用いた。また、電解溶液としては、予め95℃まで加熱した炭酸カリウム(KCO)の0.1mol/L水溶液を用いた。そして、金属材料および陽極電極の一部(長さ12mm)を電解溶液中に浸漬した状態で、陽極電極と陰極電極(金属材料)との間に90〜120Vの電圧を60分間印加して表面処理金属材料を作製し、供試材とした(試験例2〜4)。また、比較として無処理の金属材料(冷延鋼板)を準備し、供試材とした(試験例1)。
そして、各供試材の表面の状態および摺動性を以下の方法で評価した。結果を表1に示す。
なお、陰極電極として上記冷延鋼板を用い、陽極電極としてメッシュ状のPt電極を用い、電解溶液としてKCOの0.1mol/L水溶液を用いた表面処理系における完全プラズマ状態を呈する電圧Vを調べたところ、117Vであった。
【0055】
<表面状態評価>
各供試材について、電解溶液の液面から距離hの位置の表面状態を低加速SEM(加速電圧:1kV)で観察し、表面に微細凹凸形状が形成されているか等を調査した。また、各供試材の表層の組成をSEMに付属したエネルギー分散型X線検出器(EDS)により評価し、供試材の表面から1μmまでの表層部分が酸化しているか否かを調査した。
<摺動性評価>
各供試材の表面(電解溶液の液面から距離hの位置における供試材の幅方向の中心部)の摩擦係数を、CSM社製のナノトライボメーターを用いて評価した。
具体的には、直径1.5mmの金属球(材質SUJ2)を供試材の表面に5nNの荷重で押し付け、直径が0.5mmの円周上を速度5mm/sで回転させて、金属球を供試材上で合計9m摺動させた。そして、押し付け荷重に対する引っ張り荷重の比率を摩擦係数として求め、9m摺動させる間の摩擦係数の平均値と標準偏差(摩擦係数振動σ)を記録した。なお、平均摩擦係数および摩擦係数振動の双方が小さい供試材ほど、摺動性が安定して優れている。
【0056】
【表1】

【0057】
試験例1〜3および試験例4より、完全プラズマ状態を呈する電圧V以上の電圧を印加した試験例4では、被処理材である金属材料の表面に微細な凹凸形状が形成され、平均摩擦係数および摩擦係数振動の双方が小さくて、良好かつ安定な摺動性を有する金属材料が得られることが分かる。また、試験例4の被処理材には、厚さ1μm以上の酸化物層が形成されていないことも分かる。一方、完全プラズマ状態を呈する電圧V未満の電圧を印加した試験例1〜3では、金属材料の表面に微細な凹凸形状が形成されず、平均摩擦係数および摩擦係数振動の双方が大きくて、摺動性が劣っている金属材料が得られることが分かる。
【実施例2】
【0058】
(試験例5〜11)
図1(a)に示す表面処理装置を用いて、陽極電極と陰極電極との間に125Vの電圧を60分間印加して表面処理金属材料を作製し、供試材とした。なお、被処理材および陰極電極が一体となった金属材料、陽極電極および電解溶液には、試験例2〜4と同様のものを使用した。
そして、供試材の各位置の摺動性等を試験例1〜4と同様の方法で評価した。結果を表2に示す。また、供試材の全体写真および供試材の各位置の表面のSEM写真を図2に示し、電解溶液の液面から5mmの位置(試験例7)における供試材の表層の断面のSEM写真(反射電子像)を図3に示す。なお、処理前の被処理材(試験例1の無処理の冷延鋼板に相当)の表面は、図4に示すような状態であった。
【0059】
【表2】

【0060】
試験例5〜10および試験例11より、電解溶液の液面よりも上方に配設した被処理材の表面には微細な凹凸形状が形成され、平均摩擦係数と摩擦係数振動との双方が小さく、無処理の冷延鋼板(試験例1)と比較して良好かつ安定な摺動性を有する金属材料が得られることが分かる。また、試験例5および試験例6〜10より、電解溶液の液面から被処理材までの距離を2mm以上とすれば、微細凹凸形状の隙間に直径が1μm未満(ナノレベル)の微粒子が存在する特異な構造が形成され(図2および図3参照)、摺動性が更に安定して向上することが分かる。また、試験例11より、電解溶液中に浸漬した陰極電極の表面は、クレーター形状となり、平均摩擦係数は小さくなるものの、摩擦係数振動が大きくなって、良好な摺動性を安定して得ることができないことが分かる。また、試験例11より、陰極電極の表面には、試験例5〜10の被処理材とは異なり厚さ1μm以上の酸化物層が形成されていることも分かる。
なお、図3より、上述した微細な凹凸形状は被処理材である金属材料自身で形成されていると推察される。また、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて試験例6〜10で形成された微粒子を解析した結果、微粒子は金属と酸化物との混合物からなることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の表面処理金属材料の製造方法によれば、電解溶液の液面よりも上方に配設した被処理材としての金属材料の表面を処理して、安定かつ優れた摺動性を有する金属材料を、金属材料の表面を酸化物皮膜で覆うことなく低環境負荷で製造することができる。
【符号の説明】
【0062】
10 表面処理装置
11 表面処理槽
12 電解溶液
13 陽極電極
14 陰極電極
15 被処理材
16 直流電源
17 導線
18 導線
20 表面処理装置
21 表面処理槽
22 電解溶液
23 陽極電極
24 陰極電極
25 被処理材
26 直流電源
27 導線
28 導線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解溶液中に陽極電極と陰極電極とを浸漬し、更に、前記電解溶液の液面よりも上方に、被処理材としての金属材料を配設した後、前記陽極電極と陰極電極との間に、完全プラズマ状態を呈する電圧以上の電圧を印加して前記金属材料の表面を処理する表面処理工程を含むことを特徴とする、表面処理金属材料の製造方法。
【請求項2】
前記金属材料を前記陰極電極と電気的に接続させて配設することを特徴とする、請求項1に記載の表面処理金属材料の製造方法。
【請求項3】
前記金属材料が、前記陰極電極から独立した別体で構成されていることを特徴とする、請求項1または2に記載の表面処理金属材料の製造方法。
【請求項4】
前記陽極電極と陰極電極との間に100V以上300V以下の電圧を印加することを特徴とする、請求項1〜3の何れかに記載の表面処理金属材料の製造方法。
【請求項5】
前記電解溶液の液面と前記金属材料との間の距離を、2mm以上30mm以下の範囲内とすることを特徴とする、請求項1〜4の何れかに記載の表面処理金属材料の製造方法。
【請求項6】
前記金属材料が冷延鋼板であることを特徴とする、請求項1〜5の何れかに記載の表面処理金属材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−111998(P2012−111998A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−262208(P2010−262208)
【出願日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】