説明

表面凹凸測定における異常測定値の検出方法

【課題】表面の凹凸測定における異常測定値の検出方法に関し、適正なしきい値の設定ができ、異常値のないデータに対して正常値を異常値としたり正常な測定値をゆがめたりすることがなく、異常値が密集して表れたときの検出も可能な方法を提供する。
【解決手段】測定面に多数の格子点P(i,j)と、格子点を中心とする近接領域と、判定レベルLとを設定し、各格子点P(i,j)とその近接領域内にある近接格子点P(i1,j1),P(i2,j2)・・・との間の高低差の絶対値の中央値を当該各格子点の偏倚値S(i,j)とし、当該偏倚値を全格子点について求め、ある偏倚値Sより偏倚値S(i,j)が小さい格子点の数と全格子点の数との割合がpであるときの前記ある偏倚値Sを確率偏倚値S(p)としてその確率偏倚値の変化率S(p)/S(p-a)が判定レベルLを越える偏倚値を有する格子点の測定値を異常値とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、各種加工機械で加工された加工面の凹凸などを当該面に設定した多数の格子点で測定するときに発生する異常測定値を検出する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
測定対象物(試料)表面の微細な凹凸の測定においては、測定機によって得られた測定データに高さ方向に突発的な挙動を示すデータ(異常値)が含まれることが多い。特に走査型レーザー顕微鏡や光干渉計などの光学式センサでの表面測定では、試料表面の凹凸形状に起因する反射光の偏倚や散乱、表面組織の光透過率や光反射率の影響により、異常値が発生しやすい。異常値は、表面形状の評価に悪影響を及ぼすため、評価の前に除去しておかなければならない。
【0003】
従来行われている代表的な異常値の検出ないし除去方法として、
従来方法1:ローパスフィルタ処理を行い、短波長成分である異常値を除去する方法。
従来方法2:表面凹凸の測定データから回帰面を演算し、当該回帰面と各測定点のデータとの高低差から異常値を検出する。異常値と判断するしきい値は、標準偏差σを基準にして設定するのが一般的である。回帰面は、例えば測定値をローパスフィルタ処理して得られる面に設定する。
従来方法3:ある測定点とこれに隣接する測定点のデータから当該測定点間の角度を演算して異常値を判断する。光学式センサでは測定機が測定可能な試料表面の最大傾斜角は決まっているため、その臨界傾斜角を超える傾斜角を持ったデータ部分を異常値とみなす。この場合、しきい値は測定機が持つ臨界傾斜角に自動的に設定されることになる。
【0004】
上記の従来方法1では、データの異常・正常を判断せずにフィルタ処理するため、正常なデータを改変してしまい、測定値全体の精度が低下するという問題がある。
【0005】
また上記従来方法2では、回帰面をどのように得るかが問題となる。例えば、フィルタ処理により回帰面を得る方法では、フィルタの種類、波長成分の遮断範囲などの設定により結果が異なるので、それらをどのように決定すればよいか分からないと言う問題がある。また、回帰面を得た後のしきい値の設定にも問題があり、標準偏差を基準にすると、測定データに異常値が含まれないときには、正常値が異常値と見なされるという問題がある。
【0006】
更に上記従来方法3では、測定点間の傾斜角度だけに着目しているため、同じ高さで密集して存在している異常値は検出できない。また、しきい値の設定に関しても測定機の臨界傾斜角を採用すると、測定目的によってしきい値を設定することができず、また臨界傾斜角以下の角度を持った異常値を検出できないという問題がある。
【非特許文献1】「測定データにおけるスパイクノイズ除去方法」2000年度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集
【非特許文献2】「光学式表面凹凸形状測定機におけるデータ補正の試み」精密工学会誌 Vol.67、No.1、2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、表面の凹凸測定における従来の異常値の検出ないし除去方法には、種々の問題点があり、適正な異常値の検出ないし除去ができなかったり、測定結果をゆがめたりする問題がある。
【0008】
そこでこの発明は、適正なしきい値の設定ができ、異常値のないデータに対して正常値を異常値としたり正常な測定値をゆがめたりすることがなく、異常値が密集して表れたときの検出も可能な、新たな異常値の検出方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この出願の請求項1の発明に係る表面凹凸測定における異常測定値の検出方法は、測定しようとする二次元領域に測定点となる多数の格子点P(i,j)と、各格子点についての近接格子点を定める近接領域の大きさと、判定レベルLとを設定し、設定した各格子点P(i,j)と当該各格子点の上記近接領域内にある近接格子点P(i1,j1),P(i2,j2)・・・P(ik,jK)との間の高低差(絶対値)の中央値を当該各格子点P(i,j)の偏倚値S(i,j)とし、当該偏倚値を測定面内に設定した全格子点について求め、ある偏倚値Sより偏倚値S(i,j)が小さい格子点の数と全格子点の数との割合がpであるときの前記ある偏倚値Sを確率偏倚値S(p)としてその確率偏倚値の変化率S(p)/S(p-a)が前記判定レベルLを越える偏倚値を有する格子点の測定値を異常値とするものである。
【0010】
この出願の請求項2の発明に係る表面凹凸測定における異常測定値の検出方法は、測定面に所定の格子点間隔で設定した各格子点P(i,j)について当該格子点の測定高さと予め設定した近接領域内にある近接格子点の測定高さとの高低差(絶対値)g1,g2,・・・gkを演算するステップと、当該演算された高低差の中央値を当該格子点の高さの偏倚値S(i,j)として測定面内の総ての格子点について演算記憶するステップと、偏倚値がある値より小さい格子点が全格子点中に表れる確率pにおける前記ある値を確率偏倚値S(p)として設定された刻み幅で確率pを増加させながら演算し、当該演算された確率偏倚値S(p)とそれより所定量aだけ小さい確率における確率偏倚値S(p-a)の比を予め設定した判定レベルLと比較するステップと、前記確率偏倚値の比が前記判定レベルを超えたときにその確率偏倚値S(p)をしきい値Tとして設定するステップと、当該しきい値Tを越える偏倚値を有する格子点の測定値を異常値とするステップとを備えていることを特徴とする異常測定値の検出方法である。
【0011】
この出願の請求項3の発明に係る表面凹凸測定における異常測定値の検出方法は、互いに領域の大きさが異なる大小複数の近接領域を設定して上記請求項1又は請求項2記載の方法を上記設定した大小の近接領域のそれぞれを用いて繰り返し、各繰返し毎に検出された異常値の総てを異常値とするというものである。
【発明の効果】
【0012】
上記の異常測定値の検出方法によれば、異常値とみなすためのしきい値が測定データの累積確率分布に基づく検出レベルLに応じて自動的に設定されるので、しきい値を理論的ないし実験的に求める手数が省けると共に、異常値の発生形態が未知のデータに対しても適正なしきい値の設定が可能である。また、異常値の無いデータに対してこの発明の方法を適用しても、正常値が異常値とみなされることはない。
【0013】
更に、近接領域の大きさを変化させて上記請求項1又は2の方法による異常値検出を繰り返すことにより、同じ高さレベルで密集して存在している異常値の検出を行うことができると共に、本来検出されるべき急峻な高さ変化を持つ周縁で囲まれた凹凸の測定値が異常値とみなされるのを避けることができるという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照して、この発明の実施形態を説明する。表面凹凸を測定しようとする測定面上に、図1に示すように、一定の格子間隔dで測定点となる格子点P(i,j)を設定する。ここでiは、測定面に設定した二次元座標系(図はX−Y座標系)における前記格子間隔を単位とする第1の方向の座標、jは、同第2の方向の座標である。そして設定された各格子点P(i,j)における高さz(i,j)をレーザー顕微鏡や光干渉計などの測定機で測定する。
【0015】
次に近接領域を設定するための格子幅nをたとえば3に設定する。ここで格子幅nは、着目する格子点P(i,j)を中心としてX及びY方向のn個の格子点を近接領域にある格子点と定義するもので、nは3以上の奇数である。たとえば、n=3としたときは、図2に示すように、着目する格子点P(i,j)に隣接する8個の格子点が近接格子点となる。なお、測定面が矩形であるときは、辺にある対称格子点についての近接格子点は5個であり、角にある対称格子点についての近接格子点は3となる。
【0016】
次にすべての格子点について、次式で定義される偏倚値S(i,j)を求める。
S(i,j)=median(g1、g2・・・gk) 式(1)
ここでgは着目格子点P(i,j)と各近接格子点との高低差の絶対値、kは近接格子点の数であり、前述したように、n=3であれば通常8点、測定面の周縁では5点又は3点である。なお、メディアン関数は、メディアン集合の中央値を値とする関数で、近接格子点数kが偶数の場合、メディアン関数は中央に位置する2つの値の平均を計算する。
【0017】
上記ですべての格子点P(i,j)について偏倚値S(i,j)を計算し、その累積確率分布を求める。図3は求められた累積確率分布の一例を示した図で、横軸は%で表示した確率p、縦軸は累積確率pに対応する偏倚値(この明細書及び特許請求の範囲で「確率偏倚値」と言う。)である。図3でたとえば確率60%における確率偏倚値S(60)は、測定面内の60%の格子点ががS(60)以下の偏倚値S(i,j)を持っていることを意味する。
【0018】
実際の測定データから得られた累積確率分布曲線がなだらかなカーブを描いていれば正常、急激な変化が見られれば、その急激な変化をしている部分が正常値と異常値の境界であると判定する。具体的には、確率pを例えば1%変化させたときの累積確率分布曲線上における確率偏倚値S(p)とS(p-1)が予め定めた異常値検出レベルL(>1.0)以上になったときのS(p)の値をしきい値Tと定める。
【0019】
すなわち、
if S(p) > L×S(p-1) then T=S(p) 式(2)
という演算をたとえばp=50(%)から確率pを適宜な刻み幅で増加させ、上式の条件を満たした時点のS(p)の値をしきい値Tとする。演算されたしきい値Tに対応する確率pの値は、図3に示すような累積確率分布曲線の横軸にプロットすることができるから、その位置と累積確率曲線の形とを対比することにより、しきい値Tが適正な値に設定されたかどうかを判断することができる。もし、設定されたしきい値Tが適切でないと判断したときは、異常値検出レベルLを変更して、式(2)によるしきい値Tの設定をやり直してやればよい。
【0020】
以上のようにしてしきい値Tが設定されたら、このしきい値T以上の偏倚値S(i,j)を持つ座標P(i,j)の高さ測定値z(i,j)を異常値とする。
【0021】
以上に述べた第1実施形態の方法では、異常値が格子点の1個又は隣接する数個の格子点にのみ現れるような場合には、少ない計算量で異常値を検出することができるが、測定面にごみが付着した場合のように、隣接する相当量の格子点が異常値であるような場合には、上記方法では密集している異常値の周縁部分の格子点の測定値のみが異常値として検出されるに止まり、密集している群の中央部にある格子点の異常値が残ってしまう。
【0022】
この問題は、密集する異常値の群の大きさを想定して近接領域とする格子幅の最大幅wを選び、近接領域をn=3の最小近接領域からn=wの最大近接領域にまで近接領域を変化させながら実施形態1で説明した手順を繰り返すことにより解決できる。図4はその手順を示すフローチャートで、図5はnを3からwに変化させる途中のn=7における近接格子点を示した図で、図の△が着目格子点、黒丸が近接格子点である。この場合、図5(a)に示すように近接領域内の着目格子点以外の格子点の総てを近接格子点として着目格子点の偏倚値S(i,j)を求める方法と、図5(b)に示すように近接領域の周縁部にある格子点を近接格子点として着目格子点の偏倚値S(i,j)を求める方法とが考えられるが、本願発明者らが行った試験では、両者の間に大きな差は認められなかった。
【0023】
次に、格子幅nを変化させながら行うこの発明の方法を図4を参照して説明する。まず第1実施形態と同様に測定面上に設定した多数の格子点P(i,j)について高さ測定値z(i,j)を取得する。そして、最大近接領域を定義する最大格子幅w(wは5以上の奇数)と前述した異常値検出レベルLを設定する。そして、最小格子幅n=3とおいて、ステップ21から24で第1実施例で説明した手順により、n=3としたときの異常値を検出して記録する。そして、ステップ25でnとwを比較し、nがwを越えるまでnを2ずつ増加させて、ステップ21から25を繰り返し、その繰り返し毎に検出された異常値のすべてを異常値とするのである。
【0024】
この第2実施形態によれば、wを適切に設定することにより、測定面に存在する凸領域又は凹領域の検出による正常な測定値と密集する異常値とを区別して検出することが可能になる。
【実施例】
【0025】
次に、実測データに対するこの発明の方法の適用例を示す。図6は、測定機としてレーザ顕微鏡(株式会社Keyence製、VK‐8500)1を用いた測定装置のブロック図で、図中の2はピエゾ素子、3はピエゾドライバー、4はビデオ フレーム取り込み器、5は計測器が備えているビデオモニター、6はD/A変換器、7は計測器を制御しているマイクロコンピュータ、8はパラレルインターフェース、9は図4に示した演算処理を行うパソコン、10は演算結果を示すディスプレイである。
【0026】
図7は、上記測定装置で149×111.71μm(下記格子点間隔で1024×768点)のウェットブラスト面を格子間隔d=0.14565μmで測定して得られたデータz(i,j)である。データには段差の周辺で異常値が密集して存在している。これは、レーザ顕微鏡の測定限界角度を超えた段差を測定したために発生したものである。
【0027】
このデータに対して累積確率分布を計算した結果が図8である。そしてこのデータに対し、異常値検出のの最大格子幅w=6、異常値検出レベルL=1.2として図4の手順で異常値を検出し、検出された異常値を除去した後の断面曲線(Y=55.9μm)を図9に、異常値補正後の断面曲線を図10に示す。図7及び図9、10より、単一で存在している異常値も、密集して存在している異常値群も検出できていることが確認できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】測定面に設定する格子点の説明図
【図2】着目格子点と近接格子点間の高低差の説明図
【図3】累積確率分布曲線の例を示すグラフ
【図4】第2実施形態の異常値検出手順を示すフローチャート
【図5】近接格子点の範囲を例示する説明図
【図6】実施例で使用した測定装置のブロック図
【図7】実施例の測定データを示すグラフ
【図8】実施例の累積確率分布曲線を示すグラフ
【図9】実施例の異常値除去後の測定データを示すグラフ
【図10】実施例の異常値補正後の測定データを示すグラフ
【符号の説明】
【0029】
P(i,j) 各格子点
P(i1,j1),P(i2,j2)・・・P(ik,jK) 近接格子点
S(i,j) 偏倚値
S(p) 確率偏倚値
L 判定レベル
g1,g2,・・・gk 高低差
p 確率
a 所定量
T しきい値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定面上に設定した各格子点(P(i,j))と当該各格子点の近接領域として定めた領域内にある近接格子点(P(i1,j1),P(i2,j2)・・・P(ik,jK))との間の高低差の絶対値の中央値を当該格子点(P(i,j))の偏倚値(S(i,j))とし、当該偏倚値を測定面内に設定した全格子点について求め、ある偏倚値(S)より偏倚値(S(i,j))が小さい格子点の数と全格子点の数との割合が(p)であるときの前記ある偏倚値(S)を確率偏倚値(S(p))としてその確率偏倚値の変化率S(p)/S(p-a)が予め設定した判定レベル(L)を越える偏倚値を有する格子点の測定値を異常値とする、表面凹凸測定における異常測定値の検出方法。
【請求項2】
測定面に所定の格子点間隔で設定した各格子点(P(i,j))について当該格子点の測定高さと予め設定した近接領域内の近接格子点の測定高さとの高低差の絶対値(g1,g2,・・・gk)を演算するステップと、
当該演算された高低差の中央値を当該格子点の高さの偏倚値(S(i,j))として測定面内の総ての格子点について演算記憶するステップと、
偏倚値がある値より小さい格子点が全格子点中に表れる確率(p)における前記ある値を確率偏倚値(S(p))として設定された刻み幅で確率(p)を増加させながら演算し、当該演算された確率偏倚値(S(p))とそれより所定量(a)だけ小さい確率における確率偏倚値(S(p-a))の比を予め設定した判定レベル(L)と比較するステップと、
前記確率偏倚値の比が前記判定レベルを超えたときにその確率偏倚値(S(p))をしきい値(T)として設定するステップと、
当該しきい値(T)を越える偏倚値を有する格子点の測定値を異常値とするステップとを備えた、
表面凹凸測定における異常測定値の検出方法。
【請求項3】
互いに領域の大きさが異なる大小複数の近接領域を設定して請求項1又は請求項2の方法を繰り返し、各繰返し毎に検出された異常値の総てを異常値とする、表面凹凸測定における異常測定値の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−71847(P2007−71847A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−262575(P2005−262575)
【出願日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【Fターム(参考)】