説明

表面改質方法及び樹脂製部材

【課題】樹脂製部材の表面に優れた潤滑性を付与することができ、しかも潤滑性の耐久性が優れている表面改質方法、及び、優れた表面潤滑性を有し、しかも潤滑性の耐久性が優れている樹脂製部材を提供する。
【解決手段】炭素を有する高分子化合物又は該高分子化合物を含有する樹脂組成物で構成された樹脂製部材の表面を、アルゴンと水素の混合ガスが存在する減圧下でイオンビームに暴露すると、樹脂製部材にイオンビームが注入される。すると、樹脂製部材の表面近傍部分に位置する炭素原子同士の結合の一部又は全部が、ダイヤモンド結合又はグラファイト結合に変化するため、該表面近傍部分が改質される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂製部材の表面改質方法、及び、表面改質された樹脂製部材に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子化合物で構成された樹脂製部材の表面を改質する方法としては、樹脂製部材の表面にダイヤモンドライクカーボン被膜を被覆する方法が知られている。例えば、特許文献1には、炭化水素含有ガスを導入しながらCVDプラズマ処理を行ってダイヤモンドライクカーボン被膜を形成する方法が開示されている。また、特許文献2には、炭素原子ビームを照射することによりダイヤモンドライクカーボン被膜を形成する方法が開示されている。なお、これ以降は、ダイヤモンドライクカーボンをDLCと記す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−2377号公報
【特許文献2】特開2006−307251号公報
【特許文献3】特許第3952695号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1,2に開示の方法は、炭化水素や炭素原子ビームのような炭素源を必要とするため、改質処理装置が大規模となる、改質処理コストが高い等の問題点を有していた。また、特許文献1,2に開示の方法は、樹脂製部材の表面にDLC被膜を形成するものであるため、形成されたDLC被膜が剥離するおそれがあるという問題点を有していた。そのため、改質された表面の特性が長期間維持されず、耐久性が不十分であった。
【0005】
特許文献3には、炭素を含む高分子化合物製容器の表面層を、炭酸ガス及び酸素が透過しない材質又は透過しにくい材質に改質させる方法が開示されている。この方法では、アルゴンガスにプラズマを発生させ、プラズマ中のイオンを高分子化合物製容器の表面に注入することにより、表面層内に位置する炭素原子同士の結合をダイヤモンド結合やグラファイト結合に変化させて、表面層を改質している。特許文献3に開示の方法は、表面に被膜を被覆するのではなく表面自体を改質するので、特許文献1,2に開示の方法のように被膜が剥離するおそれはない。
【0006】
しかしながら、特許文献3に開示の方法では、表面層にダイヤモンド結合やグラファイト結合が均一に生成されない場合があった。その結果、改質された表面の潤滑性(低摩擦性,低摩耗性)が不十分となるおそれがあった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、樹脂製部材の表面に優れた潤滑性を付与することができ、しかも潤滑性の耐久性が優れている表面改質方法、及び、優れた表面潤滑性を有し、しかも潤滑性の耐久性が優れている樹脂製部材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明の表面改質方法は、炭素を有する高分子化合物又は該高分子化合物を含有する樹脂組成物で構成された樹脂製部材の表面を、希ガスと水素の混合ガスが存在する減圧下でイオンビームに暴露して、前記樹脂製部材の表面近傍部分に位置する前記炭素原子同士をダイヤモンド結合又はグラファイト結合させ、前記表面近傍部分を改質することを特徴とする。
このような本発明の表面改質方法においては、前記希ガスをアルゴンとすることが好ましい。また、前記樹脂組成物は、前記高分子化合物及びカーボンブラックを含有することが好ましい。
【0008】
また、本発明の樹脂製部材は、炭素を有する高分子化合物又は該高分子化合物を含有する樹脂組成物で構成された樹脂製部材において、上記の表面改質方法による表面改質が施されて生成した改質層を表面に備えることを特徴とする。
このような本発明の樹脂製部材においては、前記高分子化合物はプラスチック又はゴムであることが好ましい。また、樹脂製部材をシール部材又は軸受用保持器とすることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明の表面改質方法は、樹脂製部材の表面に優れた潤滑性を付与することができ、しかも潤滑性の耐久性が優れている。また、本発明の樹脂製部材は、優れた表面潤滑性を有し、しかも潤滑性の耐久性が優れている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】FT−IR分析の結果を示すチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る表面改質方法及び樹脂製部材の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
炭素を有する高分子化合物又は該高分子化合物を含有する樹脂組成物で構成された樹脂製部材の表面を、希ガスと水素の混合ガスが存在する減圧下でイオンビームに暴露すると、樹脂製部材にイオンビームが注入される。
【0012】
すると、樹脂製部材の表面近傍部分に位置する炭素原子同士の結合の一部又は全部が、ダイヤモンド結合又はグラファイト結合に変化するため、該表面近傍部分が改質される。すなわち、樹脂製部材の表面に被膜が被覆されるのではなく、樹脂製部材の表面近傍部分そのものが改質される。ダイヤモンド結合のみ又はグラファイト結合のみに変化するように改質を行ってもよいし、ダイヤモンド結合とグラファイト結合の両方に変化するように改質を行ってもよい。以降においては、改質された表面近傍部分を改質層と記すこともある。
【0013】
なお、本発明においては、ダイヤモンド結合とは、炭素原子のsp3 混成軌道で構成される炭素−炭素結合によって炭素原子同士が化学結合しているダイヤモンドと同様の炭素−炭素結合を意味し、グラファイト結合とは、炭素原子のsp2 混成軌道で構成される炭素−炭素結合によって炭素原子同士が化学結合しているグラファイトと同様の炭素−炭素結合を意味する。
【0014】
混合ガスにバイアス電圧を印加すると、希ガスのイオンと水素イオンが発生するので、これら混合イオンからなるイオンビームに樹脂製部材の表面を暴露して、表面改質を行う。水素を含有する混合ガスに電圧を印加した場合は、希ガスのみに電圧を印加した場合と比べて、イオンが発生しやすいので、表面近傍部分が改質され、ダイヤモンド結合やグラファイト結合が生成されやすい。その結果、改質された表面の潤滑性(低摩擦性,低摩耗性)が優れている。さらに、真空下でバイアス電圧を印加すれば、樹脂製部材の表面にイオンビームが高速で注入されるため、改質層の厚さ(イオンビームが注入される深さ)が大きくなる。
【0015】
よって、本実施形態の表面改質された樹脂製部材は、優れた潤滑性が要求される用途に好適である。例えば、転がり軸受,ボールねじ,リニアガイド装置等に組み込まれるシール部材や、軸受用保持器として好適である。また、改質層は優れた耐候性,耐食性を有しているので、本実施形態の表面改質された樹脂製部材は、優れた耐候性,耐食性が要求される用途にも好適である。
希ガスの種類は特に限定されるものではなく、ヘリウム,ネオン,アルゴン,クリプトン,キセノン,ラドンを用いることが可能であるが、アルゴンがより好ましい。また、水素の代わりに、メタン等の炭化水素ガスを用いることもできる。
【0016】
また、表面改質を行う際の圧力は、減圧状態であれば特に限定されるものではないが、イオンの発生しやすさを考慮すると、0.1Pa以上10Pa以下とすることがより好ましい。
さらに、樹脂製部材は、高分子化合物のみで構成されていてもよいし、高分子化合物と副資材からなる樹脂組成物で構成されていてもよい。高分子化合物はプラスチック又はゴムであることが好ましい。その種類は特に限定されるものではないが、ゴムの例としてはニトリルゴムがあげられる。
【0017】
樹脂組成物に添加される副資材の種類は特に限定されるものではなく、一般的に使用される補強材や添加剤を問題なく添加することができるが、カーボンブラックが好ましい。そして、カーボンブラックの含有量は、樹脂組成物全体の0.01質量%以上30質量%以下であることがより好ましい。カーボンブラックを含有すると、イオンビームへの暴露による改質(炭素原子同士の結合のダイヤモンド結合又はグラファイト結合への変化)が生じやすい。
【0018】
改質層は、優れた潤滑性(低摩擦性,低摩耗性)を有している。しかも、この改質層は、被覆された被膜とは異なり、剥離するおそれがほとんどないので、優れた潤滑性が長期間にわたって維持される(すなわち耐久性が優れている)。被覆された被膜の場合は、内部応力を原因とする剥離や、被膜と母材との硬さ,組成の相違を原因とする剥離が発生しやすいが、本実施形態の場合は、生成する改質層は樹脂製部材と一体であるので、剥離が発生するおそれはほとんどない。
【0019】
また、被覆された被膜の場合は、母材の変形に対する被膜の追従性が不十分であるため、被膜にひび割れが発生する場合があるが、本実施形態の場合は、樹脂製部材の一部分を変性させているので、樹脂製部材の変形に対する改質層の追従性は良好であり、改質層にひび割れが発生するおそれはほとんどない。
さらに、表面改質処理に炭化水素等の炭素源を必要としないので、改質処理装置が大規模となることはなく、改質処理コストを低く抑えることができる。
【0020】
〔実施例〕
以下に実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。株式会社神戸製鋼所製のアンバランスドマグネトロンスパッタリング装置(以降はUBMS装置と記す)を用いて、グラファイトとニトリルゴムからなるゴム組成物に表面改質処理を施した。
ゴム組成物製の円筒形試料をUBMS装置のチャンバーに入れ、チャンバー内を1×10-4Paに減圧した。そして、チャンバー内にアルゴンと水素の混合ガスを導入して、チャンバー内の圧力を1.3Paとした。
【0021】
次に、チャンバー内の試料周辺に設置されているタングステン製フィラメントに、電流を流すことによって、混合ガスにバイアス電圧を印加した。すると、雰囲気ガス中にアルゴンイオンと水素イオンが発生した。ここで、円筒形試料にパルス状のバイアス電圧を印加すると、アルゴンイオンと水素イオンが円筒形試料の表面に高速で注入され、円筒形試料の表面が改質された。
【0022】
表面改質された円筒形試料(以降は実施例と記す)の表面をFT−IRで分析した結果を、図1に示す。また、比較のため、表面改質していないゴム組成物製の円筒形試料(以降は比較例1と記す)と、DLC被膜を被覆したゴム組成物製の円筒形試料(以降は比較例2と記す)についても、表面をFT−IRで分析した結果を図1に示す。
比較例1の場合は、ニトリルゴムに起因する1400cm-1付近及び2900cm-1付近のピークが検出された(図1中の矢印を参照)。これに対して、実施例と比較例2の場合は、前記2つのピークの減衰が観察された。この結果から、実施例の表面は、DLCのような吸光性を有する物質に改質されたことが分かる。
【0023】
次に、水素を用いずアルゴンのみをチャンバー内に導入して表面改質を行った点を除いては、前述の実施例の場合と全く同様にして表面改質を行った(以降は比較例3と記す)。そして、実施例及び比較例1〜3について往復動すべり摩擦試験を行って、表面の潤滑性(摩擦係数及び摩耗量)を評価した。摩耗量は、試験後の円筒形試料の質量減損率を測定することにより算出した。往復動すべり摩擦試験の方法は以下の通りである。表面粗さRaが0.1μmのSUJ2製板材を相手材とし、これに円筒形試料を線接触させ、その接触線と摺動方向が垂直をなすように、グリース潤滑下で両者を摺動させた。摺動のストローク長さは30mm、速度は50mm/s、荷重は2kgであり、摺動回数は1万回往復である。
試験の結果、実施例は、DLC被膜を被覆した比較例2と同等の摩擦係数を示した。また、実施例の摩耗量は比較例2よりも少なく、優れた耐久性を示した。
【0024】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素を有する高分子化合物又は該高分子化合物を含有する樹脂組成物で構成された樹脂製部材の表面を、希ガスと水素の混合ガスが存在する減圧下でイオンビームに暴露して、前記樹脂製部材の表面近傍部分に位置する前記炭素原子同士をダイヤモンド結合又はグラファイト結合させ、前記表面近傍部分を改質することを特徴とする表面改質方法。
【請求項2】
前記希ガスがアルゴンであることを特徴とする請求項1に記載の表面改質方法。
【請求項3】
前記樹脂組成物が前記高分子化合物及びカーボンブラックを含有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の表面改質方法。
【請求項4】
炭素を有する高分子化合物又は該高分子化合物を含有する樹脂組成物で構成された樹脂製部材において、請求項1〜3のいずれか一項に記載の表面改質方法による表面改質が施されて生成した改質層を表面に備えることを特徴とする樹脂製部材。
【請求項5】
前記高分子化合物がプラスチック又はゴムであることを特徴とする請求項4に記載の樹脂製部材。
【請求項6】
シール部材又は軸受用保持器であることを特徴とする請求項4又は請求項5に記載の樹脂製部材。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2012−41432(P2012−41432A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−183367(P2010−183367)
【出願日】平成22年8月18日(2010.8.18)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】