説明

表面硬化用Co基合金

【課題】表面硬化用として好適である時効硬化性Co基合金を提供する。
【解決手段】Crを25.0質量%以上45.0質量%以下、Feを8.0質量%以上35.0質量%以下、Siを1.0質量%以上5.0質量%以下、Bを0.2質量%以上2.0質量%以下、WとMoの少なくとも一種を合計で6.0質量%以下、Niを12.0質量%以下、Cu、Mnを3.0質量%以下、Al、Ti、Nbを1.0質量%以下、Cを0.2質量%以下含有し、Ni、Cu、Mn、Al、Ti、Nb、Cの合計量が12.0質量%以下であり、残部が30.0質量%以上60.0質量%以下のCoおよび不可避不純物からなることを特徴とする表面硬化用Co基合金。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射法や肉盛溶接法で施工される耐摩耗性と耐熱性を有し、かつ高い靭性を兼ね備えた表面硬化用Co基合金に関するものであり、特にこの表面硬化用Co基合金は時効硬化性を有することから、高温環境に長時間晒されると硬さが上昇して耐摩耗性がさらに向上することを特徴とする。また、高い靭性を備えていることから、熱衝撃に強く、オーステナイト系ステンレス鋼などの熱膨張率の大きな部材への表面被覆にも適応できることを特徴とする。
【背景技術】
【0002】
従来、高温環境で用いられる表面硬化用合金には、JIS H 8303:2010に規定される高Crを含有するニッケルもしくはコバルト自溶合金や、ステライトに代表されるCo-Cr-W-C系合金(特許文献1、2を含む)が広く使用されている。
【0003】
高Crを含有するニッケルもしくはコバルト自溶合金(SFNi 4、SFNi 5、SFCo 1、SFCo 2)は、優れた耐摩耗性を有しているが、オーステナイト系ステンレス鋼などの熱膨張率の大きな部材に溶射や肉盛溶接法で被覆した皮膜は、靭性が低いため部材の膨張収縮に追随できず、割れや剥離が発生して機器の機能が大きく低下する場合がある。
【0004】
ステライトに代表されるCo-Cr-W-C系合金は、非常に高い靭性を有しており、溶射法や肉盛溶接法で形成した皮膜は、剥離や割れは生じにくく、オーステナイト系ステンレス鋼への溶射・肉盛は可能であるが、硬さが低く、また時効硬化性を備えていないため、高温環境における耐摩耗性に問題がある。
【0005】
以上のように、現在使用されている表面硬化用合金には、耐熱性、耐摩耗性、高靭性と時効硬化性を兼ね備えた材料はなく、特に高温環境で使用されるオーステナイト系ステンレス鋼に耐摩耗性を付与することを目的とした表面硬化用合金を見出すことは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001-123238号公報
【特許文献2】特表2008-522039号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、環境負荷低減を目的に、各種産業分野で燃焼効率や燃費の向上、部材や機器の長寿命化が進められている。特に石炭焚火力発電用ボイラの過熱器・再熱器では、長寿命化を目的として表面硬化用合金による被覆が検討されているが、ボイラチューブ基材はオーステナイト系ステンレス鋼管が適用されているため、この基材に被覆しても被覆層の剥離や割れの発生がなく、十分な耐摩耗性を有する表面硬化用合金の開発が課題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、耐熱性、耐摩耗性と高靭性を有し、時効硬化性を備えた材料の開発を行うための合金組成の検討にあたって、下記の目標を設定し、これを全て満足することを条件とした。
〔目標値〕
(1) 耐熱性 → Crを25.0質量%以上含有するCo基合金。
(2) 耐摩耗性 → ロックウェル硬さ(HRC)が44以上を有すること。
(3) 高靭性 → シャルピー衝撃値が15J/cm2以上を有すること。
(4) 時効硬化性→ 650℃、1000時間の熱処理において、ビッカース硬さ(HV)が熱処理前と比較して100以上、上昇すること。
【0009】
上記の目標(1)〜(4)を全て満足する本発明の表面硬化用Co基合金は、その組成がCrを25.0質量%以上45.0質量%以下、Feを8.0質量%以上35.0質量%以下、Siを1.0質量%以上5.0質量%以下、Bを0.2質量%以上2.0質量%以下含み、残部が30.0質量%以上60.0質量%以下のCoおよび不可避不純物からなることを特徴とする。さらに本発明の表面硬化用Co基合金は、前記組成を有することにより優れた時効硬化性を有する。
ここで、不可避不純物とは、意図的に添加していないのに、各原料の製造工程等で不可避的に混入する不純物のことであり、このような不純物としては、Mg、S、O、N、V、Zr、Snなどが挙げられ、これらの総量は通常0.3質量%以下であり、本発明合金の特性に影響を及ぼす程ではない。
【0010】
また、本発明は、上記の特徴を有する表面硬化用Co基合金において、WとMoの少なくとも一種を合計で6.0質量%以下含有することを特徴とするものである。
【0011】
さらに、本発明は、上記の特徴を有する表面硬化用Co基合金において、特性に影響を及ぼさない添加元素として、Niを12.0質量%以下、Cu、Mnを3.0質量%以下、Al、Ti、Nbを1.0質量%以下、Cを0.2質量%以下含有し、Ni、Cu、Mn、Al、Ti、Nb、Cの合計量が12.0質量%以下であることを特徴とするものでもある。
【0012】
次に、本発明に係る表面硬化用Co基合金(以下、「本発明合金」という)の各成分を限定した理由を述べる。
【0013】
Co基合金はNi基合金と比較して一般に衝撃特性が優れており、本発明合金のベース金属として選定した。ただし、Co量が30.0質量%未満ではCoリッチな固溶体が得られず、衝撃特性が大幅に低下する。また、60.0質量%を超えると、他の添加元素が付与すべき特性、すなわち、耐熱性や耐摩耗性が得られないため、Coは30.0質量%以上60.0質量%以下の範囲に定めた。
【0014】
Crは、Co固溶体に固溶する他、その一部はBと化合して金属間化合物であるクロムホウ化物を晶出し、耐熱性や耐摩耗性を付与するが、25.0質量%未満では安定な不働態皮膜を形成せず、耐熱性が低下する。また、45.0質量%を超えるとCrリッチな固溶体を晶出、もしくは粗大なクロムホウ化物を形成して大幅に強度(衝撃値及び硬さ)が低下する。このため、Crは25.0質量%以上45.0質量%以下の範囲に定めた。
【0015】
Feは、Co固溶体に固溶してfcc構造を安定化させている他、高温環境ではfcc構造からhcp構造への相変態を生じさせる。この変態により本発明合金は、時効硬化して耐摩耗性が向上する特性を有するが、8.0質量%未満では安定したfcc構造が得られないため、相変態(時効硬化)が起こらない。また、35.0質量%を超えるとCo固溶体に固溶するFeがリッチな状態となり、耐熱性が低下する。このため、Feは8.0質量%以上35.0質量%以下の範囲に定めた。
【0016】
Siは、Co固溶体に固溶して、マトリックスの耐熱性、耐摩耗性を向上させるとともに、Bと複合添加することで、自溶性を付与して溶射や肉盛溶接施工における作業性を向上する。しかし、1.0質量%未満では、耐熱性、耐摩耗性が不十分となり、満足する施工作業性も得られない。また、5.0質量%を超えると金属間化合物のコバルト珪化物が晶出して、大幅に強度(衝撃値)が低下する。このため、Siは1.0質量%以上5.0質量%以下の範囲に定めた。
【0017】
Bは、Crと金属間化合物を形成して耐摩耗性を付与するとともに、Siと複合添加することで自溶性を付与して、溶射や肉盛溶接施工などの作業性を向上させるが、0.2質量%未満では、耐摩耗性が不十分であり、満足する施工作業性が得られない。また、2.0質量%を超えるとクロムホウ化物が粗大化して強度(衝撃値)が大幅に低下する。このため、Bは0.2質量%以上2.0質量%以下の範囲に定めた。
【0018】
WとMoは、Co固溶体に固溶して耐摩耗性を向上させる他、高温強度特性を改善し、さらに時効硬化を促進する働きがある。ただし、これら成分の合計量が6.0質量%を超えると、クロムホウ化物の粗大化を誘発して、大幅な強度(衝撃値)低下を引き起こす。このため、WとMoの少なくとも一種の含有量は6.0質量%以下の範囲に定めた。
【0019】
本発明合金において、特性に影響を及ぼさない添加元素として、Niを12.0質量%以下、Cu、Mnを3.0質量%以下、Al、Ti、Nbを1.0質量%以下、Cを0.2質量%以下含むことができるが、特に耐熱衝撃性を損なわないため、Ni、Cu、Mn、Al、Ti、Nb、Cの合計量の上限を12.0質量%に定めた。
【発明の効果】
【0020】
本発明合金は、以下の特徴を有しているので、石炭焚火力発電用ボイラチューブへの被覆材以外にも、広範囲な用途への適応が可能となる。
(1) Crを25.0質量%以上含有するCo基合金で、耐熱性に優れている。
(2) ロックウェル硬さ(HRC)が44以上を有するため、耐摩耗性に優れている。
(3) シャルピー衝撃値が15J/cm2以上を有し、表面硬化用合金として高靭性を備えている。
(4) 時効硬化性を有しているため、高温環境で耐摩耗性がさらに向上する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明合金は、ベースとなるCoと、添加成分のCr、Fe、Si、Bを調整・配合し、必要に応じてW、Mo、Ni、Cu、Mnなどが所定の質量%になるように添加した地金を、溶解炉のルツボ内で完全に溶解した後、溶融合金をアトマイズ法や溶融粉砕法により粉末状とするか、所定の型に鋳造して棒状や板状にして、得ることができる。
【0022】
特にアトマイズ法で製造した合金粉末は、目的の溶射施工方法に適した粒度に調整することにより、溶射法あるいは粉体肉盛溶接法を用いた表面改質施工に適用することができる。
【実施例】
【0023】
上記のように調整・配合した本発明の実施例合金及び比較例合金を溶製し、以下に示す方法で、シャルピー衝撃値とロックウェル硬さ、および時効硬化性を評価した。
【0024】
(1)シャルピー衝撃試験;各合金の配合組成を有する100gの地金を、電気炉を用いアルゴン気流中で約1600℃に加熱、溶解し、シェル鋳型に鋳造して、JIS Z 2242:2005記載の試験片(ノッチなし)に加工した。そして、シャルピー衝撃試験機を用いJIS Z 2242:2005に準拠した衝撃試験を行った。
【0025】
(2)ロックウェル硬さ試験;上記(1)と同じ方法で溶解した鋳造片を角状に研削し、平行面を出して、その平行面上部をJIS Z 2245:2005に準拠したロックウェル硬さ試験を行った。なお、測定はCスケールで行った。
【0026】
(3)時効硬化性評価試験;まず、上記(1)と同じ方法で作製した試験片を1500番の耐水研磨紙にて最終研磨し、微小ビッカース硬度計を用いてJIS Z 2244:2009に規定する硬さ試験を行い、基準硬さを測定した。次に、所定温度(650℃)に設定したマッフル炉に同試験片を1000時間保持し、大気放冷して常温となった試験片の酸化皮膜を除去した後、1500番の耐水研磨紙で最終研磨して、同様に硬さ測定を行い、熱処理後の硬さを測定した。そして、熱処理前後における硬さの上昇度合いが100以上認められたものを「時効硬化性がある」と判定した。
【0027】
表1に本発明の実施例を、表2に比較例を示す。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
比較例1〜5は、従来、高温環境に使用されている表面硬化用合金で、比較例1、2、3はJIS H 8303:2010に記載の自溶合金(SFNi 4、5、SFCo 2)、比較例4、5はステライトに代表されるCo-Cr-W系合金である。いずれも、衝撃値あるいは硬さを満足しておらず、時効硬化性も認められなかった。
【0031】
比較例6〜23は本発明合金の請求範囲を外れた合金で、比較例6、7はFeが請求範囲の下限を外れたもの、比較例8、9はCrが請求範囲の上下限を外れたもの、比較例10はFeが請求範囲の上限を外れ、さらにCoが請求範囲の下限を外れたもの、比較例11、12はSiが請求範囲の上下限を外れたもの、比較例13、14はBが請求範囲の上下限を外れ、比較例13はさらにCoが請求範囲の上限を外れたもの、比較例15はMoが請求範囲の上限を上回ったもの、比較例16はWとMoの合計量が請求範囲の上限を上回ったもの、比較例17〜23はNi、Mn、Cu、Al、Ti、Nb、Cが請求範囲の上限を上回ったものである。そして、比較例6、7は時効硬化性が目標を満足しておらず、比較例8〜23は、いずれも衝撃値あるいは硬さが目標値を満足していなかった。
【0032】
これに対して本発明合金である実施例1〜20は表1からも明らかなように、衝撃値、硬さ、時効硬化性の全てを満足していた。これにより、本発明合金は、耐摩耗性と高靭性を有し、かつ時効硬化性を備えていることから、高温環境でさらに耐摩耗性が向上する。
【産業上の利用可能性】
【0033】
以上、述べたように、本発明による耐摩耗性に優れた表面硬化用として好適である時効硬化性Co基合金は、特に高い靭性を有しているので、耐衝撃特性が必要な部材やオーステナイト系ステンレス鋼のように熱膨張率の大きい部材への表面硬化用合金として適用が有効で、あわせて耐摩耗性を有し、さらに時効硬化するため、広範な用途に適用できる。
【0034】
本発明合金は、火力発電用ボイラチューブの過熱器・再熱器に限らず、エンジンバルブの表面硬化などにも適応することができる。
【0035】
また、本発明合金は、肉盛溶接、溶射等の各種表面改質プロセスやHIPなどの焼結に適応することにより、さらに幅広い用途に活用できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Crを25.0質量%以上45.0質量%以下、Feを8.0質量%以上35.0質量%以下、Siを1.0質量%以上5.0質量%以下、Bを0.2質量%以上2.0質量%以下含み、残部が30.0質量%以上60.0質量%以下のCoおよび不可避不純物からなることを特徴とする表面硬化用Co基合金。
【請求項2】
WとMoの少なくとも一種を合計で6.0質量%以下含むことを特徴とする請求項1に記載の表面硬化用Co基合金。
【請求項3】
Niを12.0質量%以下、Cu、Mnを3.0質量%以下、Al、Ti、Nbを1.0質量%以下、Cを0.2質量%以下含有し、Ni、Cu、Mn、Al、Ti、Nb、Cの合計量が12.0質量%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の表面硬化用Co基合金。