説明

表面被覆サーメット部材及びその製造方法

【課題】チタン系焼結体の優れた性能を維持しつつ、耐酸化性を向上できる表面被覆サーメット部材を提供する。
【解決手段】本発明は、炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンのうち、少なくとも1種以上のチタン化合物を硬質相の主成分とする焼結体によって構成されたサーメット基材11に、耐酸化膜12が形成された表面被覆サーメット部材を対象とする。耐酸化膜12は、サーメット基材11との界面12aと、最表面12bとで異なった組成を有する複合酸化物によって構成される。耐酸化膜12の最表面12bは、ニッケルと、チタンと、酸素とを含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、チタン系焼結体によって構成されるサーメット基材に、耐酸化膜が形成された表面被覆サーメット部材およびその関連技術に関する。
【背景技術】
【0002】
炭窒化チタン(TiCN)を硬質相の主成分とし、鉄属金属を結合相の主成分とする炭窒化チタン系焼結体(炭窒化チタン基サーメット)は、硬度や強度が高く、またアルミニウムやその合金と反応し難いこと、各種金属との滑り性が良く低摩擦係数が得られる等の優れた特徴を保有しており、金属パイプの拡管用ダイス、縮管用ダイス、切削用チップ等の金属加工品として好適に用いられている。
【0003】
ところが、TiCN系サーメットは、高温下で、酸素が存在する雰囲気中に曝されると、構成元素のチタンが酸化されてサーメット表面に酸化チタンが生成されてしまう。この酸化チタンは脆いため、酸化チタン膜が形成されたサーメット製の工具によって、金属を加工すると、酸化チタン膜が脱落し、表面が荒れてしまい、加工性能が低下する。さらに酸化チタン層は、摩耗が早いため、耐久性も低下してしまう。
【0004】
そこで従来より、チタン系サーメットの耐酸化性を向上させるために、サーメットを構成する成分に、他の元素を添加する方法が提案されている。
【0005】
例えば特許文献1に示すサーメットは、チタン系焼結材料にクロムを含有させることにより、クロム(Cr)とチタン(Ti)との複合化合物を主成分として構成されており、耐酸化性を向上させるようにしている。
【0006】
一方、耐酸化性の向上を目的とするものではないが、チタン系焼結体に硬質膜が形成された表面被覆サーメット部材も従来より多数提案されている。
【0007】
例えば特許文献2に示す表面被覆サーメット部材は、基材としてのサーメットの表面に、CVD(化学蒸着法)やPVD(物理蒸着法)等によって、チタンを含む硬質膜が形成されるものである。
【0008】
さらに特許文献3に示す表面被覆サーメット部材は、サーメット基材の表面に硬質膜が形成されるとともに、サーメット基材表面と硬質膜との界面に、硬質膜の密着性を向上させるために、拡散元素含有層が形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−213977号(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開2005−111623号(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開2000−355777号(特許請求の範囲)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところが、上記特許文献1に示すように、チタン系焼結材料の成分に他の成分を含有させて形成したサーメット(焼結体)は、チタン系焼結体と成分が異なり、変質されてしまうため、チタン系焼結体の優れた性能が損なわれてしまう、という問題があった。
【0011】
上記特許文献2に示す表面被覆サーメット部材は、拡散によって単純に硬質膜を形成するものであるが、サーメット基材の結合相(Co)上と、硬質相(TiC)では拡散量が異なり、例えば硬質相上では拡散がほとんど進行しないため、硬質膜の密着性が低下して、剥離によって十分な耐酸化性を確保することが困難である、という問題が発生する。
【0012】
上記特許文献3に示す表面被覆サーメット部材は、硬質膜とサーメット基材との界面にさらに、拡散元素含有層を形成するものであるため、構造が複雑になり、製作が困難である、という問題が発生する。
【0013】
この発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、チタン系焼結体の優れた性能を維持しつつ、耐酸化性を向上できて、簡単に製作することができるチタン系の表面被覆サーメット部材およびその関連技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明は以下の構成を要旨とするものである。
【0015】
[1]炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンのうち、少なくとも1種以上のチタン化合物を硬質相の主成分とする焼結体によって構成されたサーメット基材に、耐酸化膜が形成された表面被覆サーメット部材であって、
前記耐酸化膜は、前記サーメット基材との界面と、最表面とで異なった組成を有する複合酸化物によって構成され、
前記耐酸化膜の最表面は、ニッケルと、チタンと、酸素とを含有することを特徴とする表面被覆サーメット部材。
【0016】
[2]前記耐酸化膜の最表面におけるチタン原子に対するニッケル原子のモル比が、1.2〜45.1である前項1に記載の表面被覆サーメット部材。
【0017】
[3]前記チタン化合物は、炭窒化チタンによって構成される前項1または2に記載の表面被覆サーメット部材。
【0018】
[4]前記耐酸化膜は、前記サーメット基材表面のチタン化合物と反応して、前記複合酸化物を生成する金属塩を含む処理液を、前記サーメット基材に塗布した後、加熱することによって形成される前項1〜3のいずれか1項に記載の表面被覆サーメット部材。
【0019】
[5]前記処理液を塗布する前に予め、前記サーメット基材に対し酸化処理を行う前項4に記載の表面被覆サーメット部材。
【0020】
[6]前記耐酸化膜の最表面は、イルメナイト型複合酸化物によって構成される請1〜5のいずれか1項に記載の表面被覆サーメット部材。
【0021】
[7]前記耐酸化膜は、前記サーメット基材に、鉄属2価イオンの遷移金属化合物を含む処理液を塗布した後、加熱することによって形成される前項6に記載の表面被覆サーメット部材。
【0022】
[8]前記耐酸化膜の厚さが0.5μm以下である前項1〜7のいずれか1項に記載の表面被覆サーメット部材。
【0023】
[A1]前記耐酸化膜の界面は、ナトリウムと、チタンと、酸素とを含有する前項1〜8のいずれか1項に記載の表面被覆サーメット部材。
【0024】
[A2]前記耐酸化膜の界面におけるナトリウム原子に対するチタン原子のモル比が、1.8〜9.7である前項A1に記載の表面被覆サーメット部材。
【0025】
[9]炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンのうち、少なくとも1種以上のチタン化合物を硬質相の主成分とする焼結体における酸化を防止するためのチタン系焼結体の酸化防止方法であって、
前記チタン系焼結体に、チタンを含む複合酸化物によって構成される耐酸化膜を形成する工程を含み、
前記耐酸化膜は、前記チタン系焼結体との界面と、最表面とで異なった組成を有し、前記耐酸化膜の最表面は、ニッケルと、チタンと、酸素とを含有することを特徴とするチタン系焼結体の酸化防止方法。
【0026】
[10]炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンのうち、少なくとも1種以上のチタン化合物を硬質相の主成分とする焼結体によって構成されたサーメット基材の表面に、前記サーメット基材表面のチタン化合物と反応して複合酸化物を生成する金属塩を含む処理液を塗布する工程と、
前記塗布の後に加熱することによって耐酸化膜を形成する工程とを含み、
前記耐酸化膜は、前記サーメット基材との界面と、最表面とで異なった組成を有し、前記耐酸化膜の最表面は、ニッケルと、チタンと、酸素とを含有することを特徴とする表面被覆サーメット部材の製造方法。
【0027】
[11]炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンのうち、少なくとも1種以上のチタン化合物を硬質相の主成分とする焼結体によって構成されたサーメット基材に対し酸化処理を行う工程と、
前記酸化処理がなされたサーメット基材の表面に、前記サーメット基材表面のチタン化合物と反応して複合酸化物を生成する金属塩を含む処理液を塗布する工程と、
前記塗布の後に加熱することによって耐酸化膜を形成する工程とを含み、
前記耐酸化膜は、前記サーメット基材との界面と、最表面とで異なった組成を有し、前記耐酸化膜の最表面は、ニッケルと、チタンと、酸素とを含有することを特徴とする表面被覆サーメット部材の製造方法。
【発明の効果】
【0028】
発明[1]の表面被覆サーメット部材によれば、炭化チタン、窒化チタン及び炭窒化チタンからなる群より選ばれる少なくとも1種のチタン化合物を硬質相の主成分とする焼結体によって構成されたチタン系サーメット基材の表面に、複合酸化物によって構成された耐酸化膜が形成されるとともに、その耐酸化膜の最表面に、ニッケル、チタンおよび酸素が含まれるため、チタン系焼結体の優れた性能を維持しつつ、耐酸化性を向上させることができる。さらに本表面被覆部材は、サーメット基材に、耐酸化膜を形成するだけで簡単に製作することができる。
【0029】
発明[2]の表面被覆サーメット部材によれば、耐酸化性をより一層向上させることができる。
【0030】
発明[3]の表面被覆サーメット部材によれば、炭窒化チタン系焼結体の優れた性能を得ることができる。
【0031】
発明[4]の表面被覆サーメット部材によれば、より簡単に製作することができる。
【0032】
発明[5]〜[7]の表面被覆サーメット部材によれば、より確実に耐酸化性を向上させることができる。
【0033】
発明[8]の表面被覆サーメット部材によれば、耐酸化膜が剥がれた後の平滑性を確保できる。
【0034】
発明[9]のチタン系焼結体の酸化防止方法を用いれば、上記の効果を有する表面被覆サーメット部材を確実に製造することができる。
【0035】
発明[10]及び[11]の表面被覆サーメット部材の製造方法によれば、チタン系焼結体の優れた性能を維持しつつ耐酸化性を向上させた表面被覆サーメット部材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】この発明の実施形態である表面被覆サーメット部材を模式化して示す断面図である。
【図2】実施形態の表面被覆サーメット部材の製造プロセスの一例を示すブロック図である。
【図3】実施形態の表面被覆サーメット部材の製造プロセスの他の例を示すブロック図である。
【図4】この発明の実施形態が適用された押出機の押出ダイス部周辺を概略的に示す断面図である。
【図5】本発明に関連したサンプルと比較のサンプルにおける熱重量変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0037】
図1はこの発明の実施形態であるチタン系の表面被覆サーメット部材(1)を概略的に示す断面図である。同図に示すように本実施形態の表面被覆サーメット部材(1)は、サーメット基材(11)と、サーメット基材(11)上に設けられた耐酸化膜(12)とを備えている。
【0038】
本実施形態において、サーメット基材(11)は、炭窒化チタン(TiCN)の焼結体によって構成されている。このTiCN系焼結体(TiCN系サーメット)は、炭窒化チタンを主成分(硬質相における含有率が50質量%以上である成分)とする硬質相と、ニッケル(Ni)やコバルト(Co)等の鉄属金属を主成分(結合相における含有率が50質量%以上である成分)とする結合相とを備えた複合材料によって構成されている。
【0039】
なお、本発明において、サーメット基材(11)における硬質相の主成分は、炭窒化チタンに限られず、炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンのうち、少なくとも1種以上のチタン化合物であれば、硬質相の主成分として採用することができ、例えばサーメット基材(11)の硬質相の主成分として、TiCN−WC−TaC、TiC−WC−TaC等の多元系のチタン化合物も採用することができる。
【0040】
サーメット基材(11)としては、サーメットのみで構成されるものに特に限定されるものではなく、例えばダイス鋼やセラミクス等のサーメット以外の材料の表面にチタン系のサーメット層が設けられた構成のものであってもよい。ダイス鋼やセラミクス等のサーメット以外の材料の表面にサーメット層を設ける手法は、特に限定されないが、例えば溶射法、PVD法が好適である。
【0041】
耐酸化膜(12)は、複合酸化物によって構成されている。さらに耐酸化膜(12)は、サーメット基材(11)との界面(12a)と、最表面(12b)とで異なる膜構成(組成)を有している。
【0042】
耐酸化膜(12)の最表面(12b)を構成する複合酸化物としては例えば、ペロブスカイト(CaTiO3)型複合酸化物、イルメナイト(FeTiO3)型複合酸化物、スピネル(MgAl24)型複合酸化物を好適例として挙げることができる。
【0043】
中でもペロブスカイト型複合酸化物およびイルメナイト型複合酸化物は、結晶構造において対称性および安定性が非常に高いものであり、酸素イオンの移動をより確実に妨げることができ、より一層耐酸化性に優れた耐酸化膜を形成することができる。
【0044】
ペロブスカイト型複合酸化物としては、CaTiO3、SrTiO3、BaTiO3等の化学組成を有する酸化物を挙げることができる。
【0045】
このペロブスカイト型複合酸化物は、酸素イオンが面心立方型最密充填された構造において、12配位の位置で、Ca2+、Sr2+、Ba2+等のイオン半径の大きな陽イオンが酸素イオンと置換され、さらに酸素イオンおよび陽イオンの隙間に、イオン半径の小さいTi4+イオンが入り込んだ構造を有している。換言すれば、最密状態に詰め込まれた大きい2価の陽イオンおよび酸素イオンの隙間に、小さいTi4+イオンが入り込んだ構造を有している。この結晶構造は、非常に安定しており、既述したように酸素イオンが移動し難い構造となっている。
【0046】
このペロブスカイト型複合酸化物からなる最表面(12b)を有する耐酸化膜(12)は、Ca、Sr、Ba等のアルカリ土類金属を、サーメット基材表面に生成される酸化チタン(TiO2)等のチタン酸化物と反応させることによって形成するものである。
【0047】
イルメナイト型複合酸化物としては、FeTiO3、NiTiO3、CoTiO3、MnTiO3、MgTiO3、ZnTiO3等の化学組成を有する酸化物を挙げることができる。
【0048】
このイルメナイト型複合酸化物は、コランダムと同形の結晶構造を有し、酸素イオンが六方最密充填された構造において、酸素イオンの隙間の位置(6配位)にカチオンが入り込んだ構造を有している。換言すれば、最密状態に詰め込まれた酸素イオンの隙間に、イオン半径の小さいFe2+、Ni2+、Co2+、Mn2+、Mg2+、Zn2+イオン等と、Ti4+イオンとが入り込んだ構造を有している。この結晶構造も、非常に安定しており、既述したように酸素イオンが移動し難い構造となっている。
【0049】
このイルメナイト型複合酸化物からなる最表面(12b)を有する耐酸化膜(12)は、Fe、Ni、Co、Mn、Mg、Zn等の鉄属2価イオンの遷移金属を、サーメット基材表面に生成される酸化チタンと反応させることによって形成するものである。
【0050】
スピネル型複合酸化物としては、MgTi24、Mg2TiO4、CoTi24、Co2TiO4等の化学組成を有する酸化物を挙げることができる。
【0051】
このスピネル型複合酸化物は、酸素イオンが面心立方型最密充填された構造を有している。Tiを含むスピネル型複合酸化物は、Tiイオンの電荷に違いがあり、僅かながら安定性に劣る結晶である。しかしながら、実際にはTi3+イオンが観察されることはなく、同じ元素による複合酸化物であっても、Tiが3価のMgTi24よりもTiが4価のMg2TiO4のスピネル型構造を有し、いわゆるAサイトにMgが、BサイトにMgとTi4+が入り込んだ構造を有するものと考えられる。
【0052】
一方、本発明において、サーメット基材(11)上に形成されるアナターゼ型、ルチル型、ブルッカイト型等の酸化チタンは、耐酸化膜(12)として採用されることはない。すなわちこれらの酸化チタンは、酸素イオンが最密充填されず、緻密な構造でなく脆いため、例えば450℃以上の高温の有酸素環境下においては、時間の経過と共に酸化チタン層が厚く成長し、またその層内にはクラックや空孔が無数に形成されて、十分な耐酸化性を得ることが困難である。
【0053】
なお、ルチル型の酸化チタンは、酸化チタンの中では比較的、対称性が高いものではあるが、中心が歪んだTiO6の正八面体の結晶構造を有しており、安定性に欠けているため、隙間が多く、酸素イオンが移動し易く、酸化を防止するのが困難であることにかわりはない。
【0054】
既述したように本実施形態において、耐酸化膜(12)は、サーメット基材(11)との界面(12a)と、最表面(12b)とで異なる組成を有している。
【0055】
耐酸化膜(12)の界面(12a)は、ペロブスカイト(CaTiO3)型、イルメナイト(FeTiO3)型等の結晶構造にかかわらず、ナトリウム(Na)、チタン(Ti)および酸素(O)を含有している。
【0056】
ここで本実施形態においては、界面(12a)に含まれるナトリウム(Na)原子に対するチタン(Ti)原子のモル比(Ti物質量[モル]/Na物質量[モル])、換言すればナトリウム(Na)原子に対するチタン(Ti)原子の原子数比率(Ti原子数/Na原子数)が、1.8〜9.7のものが好ましい。すなわちこのモル比(Ti/Na)が上記の特定範囲に含まれる場合には、500℃程度の低温で、緻密な構成を有する高品質の耐酸化膜(12)を形成することができ、耐酸化性をより一層向上でき、ひいては表面被覆サーメット部材(1)として、チタン系焼結体の優れた性能をより確実に発揮することができる。
【0057】
また耐酸化膜(12)の最表面(12b)は、例えば結晶構造がイルメナイト(FeTiO3)型等の場合には、チタン(Ti)、ニッケル(Ni)および酸素(O)を含有している。
【0058】
さらに耐酸化膜(12)の最表面(12b)は、例えば結晶構造がペロブスカイト(CaTiO3)型等の場合には、チタン(Ti)、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)および酸素(O)を含有している。
【0059】
なお本実施形態では、上記2種類の最表面(12b)が存在するため、本明細書において、これら2種類の最表面(12b)を区別する必要がある場合には、前者の最表面(12b)、つまりチタン(Ti)、ニッケル(Ni)および酸素(O)を含む最表面(12b)を、Ni型最表面(12b)と称し、後者の最表面(12b)、つまりチタン(Ti)、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)および酸素(O)を含む最表面(12b)をFe型最表面(12b)と称することとする。
【0060】
本実施形態のNi型最表面(12b)においては、その最表面(12b)に含まれるチタン(Ti)原子に対するニッケル(Ni)原子のモル比(Ni物質量[モル]/Ti物質量[モル])、換言すれば、チタン(Ti)原子に対するニッケル(Ni)原子の原子数比率(Ni原子数/Ti原子数)が、1.2〜45.1のものが好ましい。すなわちこのモル比(Ni/Ti)が上記の特定範囲に含まれる場合には、耐酸化性をより一層向上でき、ひいては表面被覆サーメット部材(1)として、チタン系焼結体の優れた性能をより確実に発揮することができる。
【0061】
本実施形態のFe型最表面(12b)においては、その最表面(12b)に含まれるチタン(Ti)原子に対する鉄(Fe)原子のモル比(Fe物質量[モル]/Ti物質量[モル])、換言すれば、チタン(Ti)原子に対する鉄(Fe)原子の原子数比率(Fe原子数/Ti原子数)が、0.7〜3.6のものが好ましい。すなわちこのモル比(Fe/Ti)が上記の特定範囲に含まれる場合には、耐酸化性をより一層向上でき、ひいては表面被覆サーメット部材(1)として、チタン系焼結体の優れた性能をより確実に発揮することができる。
【0062】
さらにFe型最表面(12b)に含まれるカルシウム(Ca)原子に対するチタン(Ti)原子のモル比(Ti物質量[モル]/Ca物質量[モル])、換言すればカルシウム(Ca)原子に対するチタン(Ti)原子の原子数比率(Ti原子数/Ca原子数)が、7.3〜30.0のものが好ましい。すなわちこのモル比(Ti/Ca)が上記の特定範囲に含まれる場合には、耐酸化性をさらに向上させることができる。
【0063】
なお本実施形態においては、モル比(Fe/Ti)(Ti/Ca)が共に上記の各特定範囲に含まれる場合には、相乗効果によって、耐酸化性を一段と向上させることができる。
【0064】
本実施形態において、サーメット基材(11)に形成される耐酸化膜(12)の厚さ(T)は、0.5μm以下、好ましくは0.4μm以下、より好ましくは0.1μm以上に調整するのが良い。すなわち、この膜厚(T)が厚過ぎる場合には、後述するように本実施形態の表面被覆部材(1)によって構成される押出ダイスから耐酸化膜(12)が剥離した面が粗くなるおそれがある。逆に膜厚(T)が薄過ぎる場合には、酸化防止効果を十分に得ることが困難になるおそれがある。
【0065】
次に、サーメット基材(11)上に上記耐酸化膜(12)を形成するためのプロセスについて説明する。
【0066】
図2に示すように、本実施形態においてはまず、サーメット基材(11)を加熱して酸化処理を行った後、サーメット基材(11)の表面に所定の金属塩を含む処理液を塗布する(処理液塗布処理)。その後、乾燥させてから、サーメット基材(11)を加熱することによって、処理液中の金属塩を、サーメット基材表面のチタン酸化物(酸化チタン)と反応させて、耐酸化膜(12)としての複合酸化物を生成させるものである。
【0067】
ここで本実施形態において、酸化チタンと反応して、ペロブスカイト型複合酸化物を生成する金属塩は、Ca、Sr、Ba等のアルカリ土類金属であり、このアルカリ土類金属化合物が処理液に含まれている。アルカリ土類金属の化合物としては例えば酢酸カルシウム(例えば酢酸カルシウム・1水和物など)等を挙げることができる。
【0068】
イルメナイト型複合酸化物を生成する金属塩は、Fe、Ni、Co、Mn、Mg、Zn等の鉄属2価イオンの遷移金属であり、この遷移金属化合物が処理液に含まれている。この遷移金属の化合物としては例えば酢酸ニッケル(例えば酢酸Ni(II)・4水和物など)等を挙げることができる。
【0069】
またスピネル型複合酸化物を生成する金属塩は、Mg、Coの塩であり、これらの金属化合物が処理液に含まれている。この金属化合物としては例えば酢酸コバルト(例えば酢酸Co(II)・4水和物など)等を挙げることができる。
【0070】
一方、金属塩を含む処理液は、添加される種々の添加物に応じて、水系、非水系の溶媒が用いられる。
【0071】
さらに膜形成用の処理液は、サーメット基材(11)の表面との「濡れ性」の問題がある。この「濡れ性」が悪い場合には、処理液をサーメット基材表面に塗布する際に、サーメット基材表面ではじかれてしまい、塗布量不足により、所望の耐酸化膜(12)を形成するのが困難になるおそれがある。従って「濡れ性」が悪い場合には、その問題を解決する必要がある。この解決方法としては、サーメット基材(11)の表面を過酸化水素水で酸化するか、大気中で加熱して酸化することにより、基材表面に極薄の酸化物層を形成する等の方法を好適に採用することができる。また処理液に、適当な界面活性剤等の添加剤を添加することにより、「濡れ性」を改善することができる。
【0072】
また、処理液をサーメット基材(11)に塗布する際、処理液の粘性によっては、処理液の「タレ」の問題がある。この「タレ」が発生すると、処理液不足によって、所望の耐酸化膜(12)を形成するのが困難になってしまう。特に三次元形状のものには必ず、立ち上がった部分が存在するため、その立ち上がり部分において「タレ」が生じ易くなっている。そこで水系溶媒を用いた処理液等の場合には、「タレ」の問題を解消するために、処理液に水溶性の糊剤(増粘剤)を添加しておき、適度な粘性を付与し、これにより「タレ」の発生を確実に防止した状態で、乾燥処理、加熱処理等の以降の工程を行うのが良い。
【0073】
また糊剤の種類や濃度によっては水分乾燥後の塗膜が、収縮等によって剥離する場合がある。この収縮剥離の問題は、比較的高沸点を有する水溶性の多価アルコールを可塑剤として添加することによって解決することが可能である。この添加により、膜は水分乾燥後でも柔軟性を保つことができる。
【0074】
また処理液中の金属塩の溶解度が小さい場合には、金属塩の沈殿が起こってしまう場合がある。この溶解度の問題は、処理液中にギ酸、酢酸、クエン酸等の有機酸を添加することにより解決することが可能である。
【0075】
また複合酸化物の生成温度を低く抑えたい場合(例えば500℃以下にしたい場合)には、低温での複合酸化物生成を行わせるためのナトリウム塩(例えば炭酸水素ナトリウム等)を反応助剤として添加すれば良い。
【0076】
このように水系の処理液は、金属塩や溶媒の他に、糊剤、界面活性剤、可塑剤、有機酸、反応助剤等を含み、スラリー、ペースト等の粘性を有するものにより構成されている。
【0077】
また処理液をサーメット基材(11)の表面に塗布する方法としては、処理液をハケ等で塗布したり、スプレー等で吹き付けたり、サーメット基材(11)を処理液中に浸漬する方法等を採用することができる。
【0078】
本実施形態においては、サーメット基材(11)に処理液を塗布して乾燥した後、加熱により耐酸化膜(12)を生成させるものであるが、この膜形成時の加熱条件は、ナトリウム塩を非添加の場合、空気中において380〜700℃で1〜60分、好ましくは570〜620℃で2〜20分に設定するのが良い。すなわち加熱温度が高過ぎると、耐酸化膜(12)の生成よりも酸化の進行が勝ってしまうおそれがあり、加熱温度が低過ぎたり、加熱時間が短過ぎる場合には、耐酸化膜(12)の形成が不十分となったり、膜厚が薄過ぎて耐酸化効果を十分に得ることが困難になるおそれがある。
【0079】
なお上記の例では、サーメット基材(11)に処理液を塗布する前に、加熱による酸化処理を行うようにしている。このように処理液の塗布前に加熱してチタンの酸化を促進しておくのが好ましいが、この加熱酸化処理は必ずしも必要でなく、省略することも可能である。即ち、図3に示すように、加熱酸化処理を行わずに直ちに、サーメット基材(11)に処理液を塗布し(処理液塗布処理)、その後、乾燥して、加熱による耐酸化膜形成処理を行うようにしても良い。このように事前に酸化処理を行わなくとも、サーメット基材(11)の表面には、耐酸化膜形成時に、ある程度、酸化チタン膜が生成されるため、この酸化チタンと処理液とが反応することによって、所望の耐酸化膜(12)が形成されるものである。
【0080】
当然のことながら、ペロブスカイト型複合化合物、イルメナイト型複合酸化物およびスピネル型複合酸化物のいずれの最表面(12b)を有する耐酸化膜(12)を形成する場合であっても、処理液塗布前の酸化処理は省略することができる。
【0081】
こうして炭窒化チタン系のサーメット基材(11)の表面に、耐酸化膜(12)が形成されて、本実施形態のTiCN系の表面被覆サーメット部材(1)が製作されるものである。この表面被覆サーメット部材(1)において、サーメット基材(11)の構成成分は、TiCN系焼結体の構成成分と等しく、基材(11)の性質が変化することはないため、TiCN系焼結体が保有する優れた性能を確実に得ることができる。
【0082】
さらに本実施形態の表面被覆サーメット部材(1)は、サーメット基材(11)に処理液を塗布して、加熱するだけで簡単に製造することができる。
【0083】
特に本実施形態においては、サーメット基材(11)に生成させる酸化チタン膜に、処理液の金属塩を反応させて、耐酸化膜(12)を形成するものであるため、サーメット基材中に含まれる元素の種類等に影響されずに、確実に耐酸化膜(12)を形成することができ、耐酸化膜(12)をより一層簡単に形成することができ、ひいては表面被覆サーメット部材(1)を、より一層簡単に製作することができる。
【0084】
また後の実験例から明らかなように、本実施形態の表面被覆サーメット部材(1)は、耐酸化性、特に高温環境下での耐酸化性を向上させることができる。
【0085】
一方、本実施形態の表面被覆サーメット部材(1)は、押出ダイスとして好適に用いることができる。押出ダイスに採用する場合、押出ダイスの型全体を表面被覆サーメット部材(1)で構成するよりも、押出ダイスの一部(主要部)のみを構成するのが実用的である。
【0086】
例えば図4に示す押出機の押出ダイス(3)は、ベアリング部等のダイス本体(31)と、そのダイス本体(31)を支持するダイスホルダー(32)とを備えているが、その押出ダイス(3)のダイス本体(31)を、上記の表面被覆サーメット部材(1)によって構成するとともに、ダイスホルダー(32)を、鋼材等によって構成している。この構成の押出ダイス(3)を製作する場合には例えば、熱間状態のダイスホルダー(32)に、ダイス本体(31)としてのサーメット基材(11)を焼き嵌めした後、そのサーメット基材(11)に上記したように耐酸化膜(12)を形成して、ダイス本体(31)を表面被覆サーメット部材(1)によって構成するようにしている。
【0087】
ここで、耐酸化膜(12)を生成する際の温度を、鋼材の焼き戻し温度を超えた温度で行うと、ダイスホルダー(32)の硬度が低下してしまうため、膜形成温度は、上記鋼材の焼き戻し温度以下の温度で行う必要がある。SKD61熱間ダイス鋼材の場合には、520℃以下での複合酸化物生成が望ましく、この条件に適合させるには例えば、膜形成時に、温度を500℃前後、加熱時間を30分程度に調整すれば良く、それにより膜厚0.2μm程度の耐酸化膜(12)を形成することができる。この膜形成時の加熱温度は、一般の酸化膜形成温度に比べて低温であり、サーメット基材(11)に対する耐酸化膜(12)の密着性がさほど高くなっていない。ところが、後述するように本実施形態では、押出成形開始後に耐酸化膜(12)をサーメット基材(11)から速やかに除去(剥離)させることを要求するものであり、耐酸化膜(12)の密着性がさほど高くなくとも、何ら不具合が生じるものではなく、むしろ、所要時に耐酸化膜(12)を速やかに除去するという要件に適合するものである。
【0088】
次に上記構成の押出ダイス(3)を用いて押出成形を行う場合について説明する。まず実際に押出成形を行う前には、押出ダイス(3)は、予備加熱炉において予備加熱されるのが一般的である。この予備加熱時において、押出ダイス(3)は、高温下で酸素雰囲気中に曝されるが、押出ダイス(3)におけるダイス本体(31)が、表面被覆サーメット部材(1)によって構成されているため、耐酸化膜(12)によって、サーメット基材(11)の酸化を防止できて、酸化チタンの生成を防止することができる。従って、酸化チタンの生成による表面の脆化を防止でき、後に行われる押出成形時の脱落等を有効に防止できて、耐摩耗性および耐久性を向上させることができる。
【0089】
予備加熱が終了すると、その押出ダイス(3)を押出機のコンテナ(2)にセットして、押出成形を開始する。この押出成形時には、コンテナ(2)内の押出材(金属材料F)が加圧状態で押出ダイス(3)側に向かって流動し、押出材(F)が押出ダイス(3)のベアリング孔(33)を通過することによって成形される。一方、こうして押出成形が開始されると、加圧状態で流動する押出材(F)によって、ダイス本体(31)を構成する表面被覆サーメット部材(1)の耐酸化膜(12)が削り取られて、耐酸化膜(12)が速やかに除去(剥離)される。これによりダイス本体(31)が、膜の無いむき出し状態のサーメット基材(11)により構成されるようになり、ダイス本体(31)が、TiCN系焼結体(サーメット基材)自体が保有する優れた性能(アルミニウムやその合金と反応し難い等の優れた性能)を遺憾なく発揮するようになる。このため例えば、ダイス本体(31)の寸法安定性、強度、硬度を十分に確保することができ、押出加工を安定状態で精度良くスムーズに行えて、表面状態や寸法精度において高い品質を備えた押出製品を得ることができるとともに、早期の劣化、破損、脱落を防止できて、耐劣化性、耐摩耗性および耐久性等を確実に向上させることができる。また、TiCN焼結体をダイスとして用いることにより、ダイスの軽量化も実現することができる。
【0090】
ここで本実施形態においては、押出開始から押出材を10m押し出した時点で、ダイス本体(表面被覆サーメット部材1)における耐酸化膜(12)が、押出開始前に比べて、90%以上剥離されるように構成するのが好ましい。すなわち押出後における耐酸化膜の剥離量が少な過ぎる場合には、TiCN系焼結体が保有する優れた性能を十分に発揮するのが困難になるおそれがある。
【0091】
なおダイス本体(表面被覆サーメット部材)から剥離した耐酸化膜は、押出材中に含まれるようになる。
【0092】
また、上記実施形態においては、本発明に関連した表面被覆サーメット部材を、押出ダイスに適用した場合を例に挙げて説明したが、それだけに限られず、本発明の表面被覆サーメット部材は、他の部材例えば、拡管用ダイスや縮管用ダイス等の引抜ダイス、温間用、熱間用、冷間用の鍛造加工用金型、ダイキャスト用金型、曲げ加工用金型、温間用、熱間用、冷間用の圧延加工用ロール、鋳造用モールド等の塑性加工用の金型の他、切削用チップやバイト等の切削機械工具等にも適用することができる。
【0093】
なお上記実施形態において、表面被覆サーメット部材としての押出ダイスは、押出加工を行うことによって、表面から耐酸化膜が剥離するようになっているが、本発明において、表面被覆サーメット部材としての金属加工具は、金属加工を行うことによって、耐酸化膜が、剥離せず、残存するものであっても良い。
【0094】
<参考例1>
上記実施形態と同様に、炭窒化チタン系の焼結体によって構成されるサーメット基材を準備すると共に、耐酸化膜形成用の処理液として、酢酸Ni(II)・4水和物9.3質量部、ポリビニルピロリドン(糊剤)4.7質量部、アルキルグルコシド(界面活性剤)1.9質量部、グリセリン(多価アルコール)5.6質量部、クエン酸4.9質量部、炭酸水素ナトリウム(ナトリウム塩)6.5質量部、水67.1質量部を混合した混合物を準備した。
【0095】
前記サーメット基材の表面に、処理液を塗布した後、乾燥し、大気中(空気中)において、500℃の温度まで熱風循環式高温炉で昇温し、さらに500℃で30分間保持し、サーメット基材上に、イルメナイト型複合酸化物(NiTiO3層)によって構成される耐酸化膜を形成して、表面被覆サーメット部材を得た。この場合、表面に生成した耐酸化膜は、青系統の干渉色を示していた。
【0096】
こうして得られた表面被覆サーメット部材を、TGA(熱重量分析、熱重量測定)に基づいて、以下の条件で熱重量変化に関する試験を行った。
【0097】
このとき、試験装置としては島津製作所製のDTG60Hを用いた。さらにこの参考例1における表面被覆サーメット部材の試験用サンプルとしては、3mm×4mm×0.15mmの大きさのものを用い、このサンプルを、アルミナ製のセルに収容して、上記の試験装置にセットし、大気中(空気中)の雰囲気で、昇温速度を1℃/分に設定して、熱重量変化を測定した。その測定結果を図5に示す。
【0098】
<比較例1>
耐酸化膜が形成されていない上記参考例1と同様の炭窒化チタン系焼結体からなるサーメット基材を、比較例のサンプルとして、上記と同様の試験を行った。その試験結果を図5に併せて示す。
【0099】
<耐酸化性の評価>
図5から明らかなように、耐酸化膜のある参考例1のものは、加熱温度が上昇していくにもかかわらず、重量変化(重量増加)がほとんど認められず、酸化がほとんど進行していないのが判る。
【0100】
これに対し、耐酸化膜のない比較例のものは、加熱温度が上昇していくに従って、重量も増加していき、酸化が進行しているのが判る。特に比較例のものは、押出ダイスの温度環境範囲内において、急激に重量が上昇し、この温度域において、急激に酸化が進行することが判る。
【0101】
以上のように、参考例1のものでは、高温下で酸素雰囲気中に曝されたとしても、サーメット基材部分の酸化を確実に防止できるため、酸化による不具合、例えば表面脆化による破損や脱落等を有効に防止できると考えられる。
【0102】
<参考例2>
上記実施形態と同様に、炭窒化チタン系の焼結体によって構成されるサーメット基材を準備した。
【0103】
また、酢酸カルシウム・1水和物9.8質量部、ポリビニルピロリドン(糊剤)3.9質量部、アルキルグルコシド(界面活性剤)1.4質量部、グリセリン(多価アルコール)4.4質量部、酢酸24.4質量部、酢酸ナトリウム(ナトリウム塩)4.9質量部、水51.2質量部を混合した混合物を処理液として準備しておき、この処理液を、上記サーメット基体の表面に塗布し、空気中において500℃の温度まで熱風循環式高温炉(電気炉)で昇温し、さらに500℃で30分間保持し、サーメット基材上に、ペロブスカイト型複合酸化物(CaTiO3層)によって構成される耐酸化膜を形成して、参考例2の表面被覆サーメット部材を得た。この場合、耐酸化膜は、やや光沢のある銀灰色を呈していた。
【0104】
この参考例2の表面被覆サーメット部材からなる試験用サンプルに対し、上記と同様の試験を行ったところ、同様の評価を得ることができた。つまり、参考例2においても、600℃の温度範囲まで急激な重量増加がなく、耐酸化性に優れていることを確認することができた。
【0105】
次に、上記のようにして得られた参考例1,2及び比較例1の表面被覆サーメット部材の実使用における耐酸化性を評価するために、前述した図4に示す押出ダイス(3)のダイス本体(31)を上記各表面被覆サーメット部材(1)によって構成し、この押出ダイス(3)を用いてアルミニウム合金製丸棒の押出成形を行った。
【0106】
前記押出ダイス(3)の製作は、次のようにして行った。即ち、熱間状態の鋼材からなるダイスホルダー(32)に、ダイス本体(31)としてのサーメット基材(11)を焼き嵌めした後、該サーメット基材(11)に上記耐酸化膜を形成することによって、ダイス本体(31)を表面被覆サーメット部材(1)によって構成して、押出ダイス(3)の製作を行った。耐酸化膜形成時の加熱温度を500℃、加熱時間を30分に設定し、これにより膜厚0.2μmの耐酸化膜(12)を形成した。
【0107】
次に、前記押出ダイス(3)を用いて押出成形を行うに際し、押出ダイス(3)を予備加熱炉において450℃で300分間予備加熱した。しかる後、押出ダイス(3)を押出機のコンテナ(2)にセットして、ビレット温度450℃で、アルミニウム合金製丸棒の押出成形を行った。押出長さが50000mに達した時のダイス本体(31)としての表面被覆サーメット部材(1)の摩耗量を評価した。摩耗量の評価結果を表1に示す。
【0108】
【表1】

【0109】
表1から明らかなように、この発明の参考例1,2の表面被覆サーメット部材を用いた押出ダイスで押出成形したものでは、表面被覆サーメット部材の摩耗量が少なく、ダイスとして十分な耐久性が得られた。
【0110】
これに対し、耐酸化膜(表面被覆)の形成されていない比較例1の表面被覆サーメット部材を用いた押出ダイスで押出成形したものでは、50000mの押出評価を行うことができなかった、即ち押出長さが10000mに達した時に表面被覆サーメット部材の摩耗量が30μmに達しており、10000m押出後のダイスの表面において酸化による脱落が確認された。この比較例1は、比較例2の従来のWC−Co超硬材を用いた系と比較して摩耗が極端に早いものであった。
【0111】
<実験例1>
上記参考例1に関連した表面被覆サーメット部材における耐酸化膜(12)の界面(12a)に対し、以下のように定性・定量分析を行った。
【0112】
【表2】

【0113】
まず参考例1と同様に得られた表面被覆サーメット部材に対し、集束イオンビーム装置(FIB)により40kVのガリウムイオンを用いて、厚さ100nm程度の試験用サンプルを作製した。このサンプルを、200kVの走査透過電子顕微鏡(STEM)によるSTEM像を観察したところ、耐酸化膜(12)は、サーメット基材(11)との界面(12a)と、最表面(12b)とで膜構成が異なってるのを確認できた。
【0114】
続いて、試験用サンプルの耐酸化膜(12)の界面(12a)について、組成分析を行った。すなわち耐酸化膜(12)におけるサーメット基材(11)との界面(12a)の一地点を、着目箇所(評価点)として、0.5nm径の電子線を照射して、エネルギー分散X線分光法(EDS)による組成分析を行った。これにより測定対象元素である着目元素(Element)としてのチタン(Ti)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、ナトリウム(Na)の各K線(Ti−K、Cr−K、Fe−K、Na−K)の強度を測定した。なおこの分析においてEDSスペクトルでは、主成分のカウント数(Counts)が500以上になるまで、取り込みを行った。その結果を表2に示す。
【0115】
こうして得られたEDSスペクトルから着目元素の定量を行った。この定量においては、着目元素のカウント数(積分値)を、表2のK−relで示す相対感度定数(k−factor)で乗じて、各着目元素の質量を算出し、質量百分率(Wt%)に換算した。さらに各元素の質量百分率(Wt%)を、各元素の原子量に基づいて、モル百分率(モル%)に換算した。なおモル百分率(mol%)は、各元素の原子の数を百分率で表す原子数百分率(原子数%、Atom%、Atomic%)と同じ値となる。
【0116】
さらにこのモル百分率(モル%)から、ナトリウム(Na)原子に対するチタン(Ti)原子のモル比(原子数比率)を求めた。その結果、表2に示すようにそのモル比(Ti/Na)は7.17であった。
【0117】
なお、EDSによる定量分析では、ナトリウム(Na)よりも原子量の小さい元素、つまり炭素(C)、チッ素(N)、酸素(O)は、定量値の信頼性が低いため、測定対象外として除外し、定量しなかった。さらに銅(Cu)は、メッシュ(試料支持台)由来の元素であり、タングステン(W)やガリウム(Ga)は、FIB加工による元素であるため、測定対象外として除外し、定量しなかった。
【0118】
<実験例2>
上記参考例2に関連した表面被覆サーメット部材における耐酸化膜(12)の界面(12a)に対し、以下のように定性・定量分析を行った。
【0119】
まず上記参考例2と同様に得られた表面被覆サーメット部材に対し、上記実験例1と同様にして、試験用サンプルを作製した。
【0120】
この試験用サンプルに対し、STEMによるSTEM像を観察したところ、上記実験例1と同様に、耐酸化膜(12)は、サーメット基材(11)との界面(12a)と、最表面(12b)とで異なる膜構成を有していた。
【0121】
表2に示すように、その試験用サンプルに対し、実験例1と同様にして、EDSによる定量分析を行い、界面(12a)における着目元素(Ti、Cr、Na、Ca、Fe)のK線強度(Counts)、質量百分率(Wt%)、モル百分率(mol%)を求め、同様に、モル比(Ti/Na)を求めた。そのモル比は4.37であった。
【0122】
<耐酸化膜界面の分析結果>
表2に示すように実験例1,2で求められたモル比(Ti/Na)としての2つの測定値「7.17」「4.37」に基づいて、平均値(x)、標準偏差(σ)を求めた。その結果、平均値(x)は5.77、標準偏差(σ)は1.98であった。
【0123】
以上の結果から、耐酸化膜(12)の界面(12a)におけるモル比(Ti/Na)は、信頼性95%の2σの下限が1.8、上限が9.7となる。従って、モル比(Ti/Na)が1.8〜9.7の界面(12a)を有する表面被膜サーメット部材は、参考例1,2と同様に、耐酸化性に優れているものと考えられる。
【0124】
<実験例3,4>
上記参考例1に関連した表面被覆サーメット部材における耐酸化膜(12)のNi型最表面(12b)に対し、以下のように定性・定量分析を行った。
【0125】
【表3】

【0126】
まず上記参考例1と同様に得られた表面被覆サーメット部材に対し、上記実験例1と同様にして、試験用サンプルを作製した。なおこの試験用サンプルにおいても、上記実験例1と同様に、耐酸化膜(12)は、サーメット基材(11)との界面(12a)と、最表面(12b)とで異なる膜構成を有していた。
【0127】
続いて、試験用サンプルの最表面(12b)について、組成分析を行った。すなわち耐酸化膜(12)の最表面(12b)における一地点を、第1着目箇所(第1評価点)として、上記実験例1と同様に、EDSによる定量分析を行った。それにより、Ni型最表面における着目元素(Ti、Fe、Ni、Al)のK線強度(Counts)、質量百分率(Wt%)、モル百分率(mol%)を求め、同様に、モル比(Ni/Ti)を求めた。そのモル比は15.38であった。
【0128】
また試験用サンプルの耐酸化膜(12)における最表面(12b)のうち、上記一地点とは異なる他の地点を第2着目箇所(第2評価点)として、同様に、定量分析を行い、Ni型最表面(12b)における着目元素(Ti、Fe、Ni)のK線強度(Counts)、質量百分率(Wt%)、モル百分率(mol%)を求め、同様に、モル比(Ni/Ti)を求めた。そのモル比は30.91であった。
【0129】
<耐酸化膜Ni型最表面の分析結果>
表3に示すように、実験例3,4で求められたモル比(Ni/Ti)としての2つの測定値「15.38」「30.91」に基づいて、平均値(x)、標準偏差(σ)を求めた。その結果、平均値(x)は23.14、標準偏差(σ)は10.98であった。
【0130】
以上の結果から、耐酸化膜(12)のNi型最表面(12b)におけるモル比(Ni/Ti)は、信頼性95%の2σの下限が1.2、上限が45.1となる。従って、モル比(Ni/Ti)が1.2〜45.1の最表面(12b)を有する表面被膜サーメット部材は、参考例1と同様に、耐酸化性に優れているものと考えられる。
【0131】
<実験例5,6>
上記参考例2に関連した表面被覆サーメット部材における耐酸化膜(12)のFe型最表面(12b)に対し、以下のように定性・定量分析を行った。
【0132】
【表4】

【0133】
まず上記参考例2と同様に得られた表面被覆サーメット部材に対し、上記実験例2と同様にして、試験用サンプルを作製した。なおこの試験用サンプルにおいて、上記実験例2と同様に、耐酸化膜(12)は、サーメット基材(11)との界面(12a)と、最表面(12b)とで異なる膜構成を有していた。
【0134】
続いて、試験用サンプルの最表面(12b)について、組成分析を行った。すなわち耐酸化膜(12)の最表面(12b)における一地点を、第1着目箇所(第1評価点)として、上記実験例1と同様に、EDSによる定量分析を行った。それにより、Fe型最表面(12b)における着目元素(Ti、Na、Ca、Fe、Ni、S)のK線強度(Counts)、質量百分率(Wt%)、モル百分率(mol%)を求め、同様に、モル比(Fe/Ti)(Ti/Ca)として「1.66」「22.68」をそれぞれ求めた。
【0135】
また試験用サンプルの耐酸化膜(12)における最表面(12b)のうち、上記一地点とは異なる他の地点を第2着目箇所(第2評価点)として、同様に、定量分析を行い、Fe型最表面(12b)における着目元素(Ti、Na、Ca、Fe、Ni、S)のK線強度(Counts)、質量百分率(Wt%)、モル百分率(mol%)を求め、同様に、モル比(Fe/Ti)(Ti/Ca)としての「2.69」「14.65」をそれぞれ求めた。
【0136】
<耐酸化膜Fe型最表面の分析結果>
表4に示すように、実験例5,6で求められたモル比(Fe/Ti)としての2つの測定値「1.66」「2.69」に基づいて、平均値(x)、標準偏差(σ)を求めた。その結果、平均値(x)は2.18、標準偏差(σ)は0.73であった。
【0137】
以上の結果から、耐酸化膜(12)のFe型最表面(12b)におけるモル比(Fe/Ti)は、信頼性95%の2σの下限が0.7、上限が3.6となる。従って、モル比(Fe/Ti)が0.7〜3.6の最表面(12b)を有する表面被膜サーメット部材は、参考例2と同様に、耐酸化性に優れているものと考えられる。
【0138】
また表4に示すように、実験例5,6で求められたモル比(Ti/Ca)としての2つの測定値「22.68」「14.65」に基づいて、平均値(x)、標準偏差(σ)を求めた。その結果、平均値(x)は18.67、標準偏差(σ)は5.68であった。
【0139】
以上の結果から、耐酸化膜(12)のFe型最表面(12b)におけるモル比(Ti/Ca)は、信頼性95%の2σの下限が7.3、上限が30.0となる。従って、モル比(Ti/Ca)が7.3〜30.0の最表面(12b)を有する表面被膜サーメット部材は、参考例2と同様に、耐酸化性に優れているものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0140】
この発明の表面被覆サーメット部材は、押出ダイス等の金属加工具に適用可能である。
【符号の説明】
【0141】
1:表面被覆サーメット部材
11:サーメット基材
12:耐酸化膜
12a:界面
12b:最表面
T…膜厚

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンのうち、少なくとも1種以上のチタン化合物を硬質相の主成分とする焼結体によって構成されたサーメット基材に、耐酸化膜が形成された表面被覆サーメット部材であって、
前記耐酸化膜は、前記サーメット基材との界面と、最表面とで異なった組成を有する複合酸化物によって構成され、
前記耐酸化膜の最表面は、ニッケルと、チタンと、酸素とを含有することを特徴とする表面被覆サーメット部材。
【請求項2】
前記耐酸化膜の最表面におけるチタン原子に対するニッケル原子のモル比が、1.2〜45.1である請求項1に記載の表面被覆サーメット部材。
【請求項3】
前記チタン化合物は、炭窒化チタンによって構成される請求項1または2に記載の表面被覆サーメット部材。
【請求項4】
前記耐酸化膜は、前記サーメット基材表面のチタン化合物と反応して、前記複合酸化物を生成する金属塩を含む処理液を、前記サーメット基材に塗布した後、加熱することによって形成される請求項1〜3のいずれか1項に記載の表面被覆サーメット部材。
【請求項5】
前記処理液を塗布する前に予め、前記サーメット基材に対し酸化処理を行う請求項4に記載の表面被覆サーメット部材。
【請求項6】
前記耐酸化膜の最表面は、イルメナイト型複合酸化物によって構成される請求項1〜5のいずれか1項に記載の表面被覆サーメット部材。
【請求項7】
前記耐酸化膜は、前記サーメット基材に、鉄属2価イオンの遷移金属化合物を含む処理液を塗布した後、加熱することによって形成される請求項6に記載の表面被覆サーメット部材。
【請求項8】
前記耐酸化膜の厚さが0.5μm以下である請求項1〜7のいずれか1項に記載の表面被覆サーメット部材。
【請求項9】
炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンのうち、少なくとも1種以上のチタン化合物を硬質相の主成分とする焼結体における酸化を防止するためのチタン系焼結体の酸化防止方法であって、
前記チタン系焼結体に、チタンを含む複合酸化物によって構成される耐酸化膜を形成する工程を含み、
前記耐酸化膜は、前記チタン系焼結体との界面と、最表面とで異なった組成を有し、前記耐酸化膜の最表面は、ニッケルと、チタンと、酸素とを含有することを特徴とするチタン系焼結体の酸化防止方法。
【請求項10】
炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンのうち、少なくとも1種以上のチタン化合物を硬質相の主成分とする焼結体によって構成されたサーメット基材の表面に、前記サーメット基材表面のチタン化合物と反応して複合酸化物を生成する金属塩を含む処理液を塗布する工程と、
前記塗布の後に加熱することによって耐酸化膜を形成する工程とを含み、
前記耐酸化膜は、前記サーメット基材との界面と、最表面とで異なった組成を有し、前記耐酸化膜の最表面は、ニッケルと、チタンと、酸素とを含有することを特徴とする表面被覆サーメット部材の製造方法。
【請求項11】
炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンのうち、少なくとも1種以上のチタン化合物を硬質相の主成分とする焼結体によって構成されたサーメット基材に対し酸化処理を行う工程と、
前記酸化処理がなされたサーメット基材の表面に、前記サーメット基材表面のチタン化合物と反応して複合酸化物を生成する金属塩を含む処理液を塗布する工程と、
前記塗布の後に加熱することによって耐酸化膜を形成する工程とを含み、
前記耐酸化膜は、前記サーメット基材との界面と、最表面とで異なった組成を有し、前記耐酸化膜の最表面は、ニッケルと、チタンと、酸素とを含有することを特徴とする表面被覆サーメット部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−168802(P2011−168802A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−30926(P2010−30926)
【出願日】平成22年2月16日(2010.2.16)
【特許番号】特許第4593682号(P4593682)
【特許公報発行日】平成22年12月8日(2010.12.8)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】