説明

表面解析方法および表面解析装置

【課題】 従来の飛行時間型二次イオン質量分析を利用した表面構造の解析方法では、試料が固体表面の有機化合物や分子結合性化合物の単層膜の場合に、試料表面から削っていくことが困難なために、厚さ方向の組成プロファイルを求めることが困難である。
【解決手段】 試料表面にサイズの異なる少なくとも2種類のイオンをそれぞれ照射する手段、前記試料表面から放出されるイオンの質量スペクトルを飛行時間型二次イオン質量分析器により計測する計測器、および計測された質量スペクトルから異なる種類のイオン照射で計測された2つの質量スペクトルの差を出力する情報処理装置を有することを特徴とする表面解析装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、材料や構造物などの表面構造解析および表面から深さ方向への構造解析に関し、詳しくはクラスタイオン照射を利用した構造解析の方法およびそのための計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
表面の解析方法および解析装置として、光電子分光装置やX線マイクロアナライザー、オージェ電子分光装置、飛行時間型二次イオン質量分析装置などを用いて、表面構造を解析する方法が広く一般的に利用されている。
【0003】
飛行時間型二次イオン質量分析(以下、TOF−SIMSという)装置においては、真空中で試料表面にGaやIn、Auなどの一次イオンを照射して試料表面を構成する元素や分子をイオン化し、生成した二次イオンの飛行時間(time of flight)を計測することによって、試料表面を構成する元素や分子の質量スペクトル(mass spectrum)を得る。特許文献1には薄膜の断面をTOF−SIMSにより解析した例が説明されている。TOF−SIMSの利点は、試料表面の元素や分子を感度良く検出できることにある。
【0004】
表面から深さ方向に向かって構造を解析するために、スパッタイオン照射などによって試料表面を削りながら露出した表面の構造を解析する方法が広く用いられている。その一例が特許文献2で開示されている。
【0005】
研削した表面に対しては、上と同様の解析方法が用いられる。TOF−SIMSの場合、計測用の1次イオンの強度を高めて試料表面に照射することにより、試料を徐々に深く削っていくことができ、切削と計測を交互に行って深さ方向のプロファイルを知ることができる。
【0006】
TOF−SIMSの1次イオンとして、単原子からなるイオンでなく、2以上の原子からなるクラスタイオンが用いられることがある。クラスタイオンは、比較的高い加速エネルギで試料表面に照射しても、表面からごく浅いところにとどまり、周りの試料分子をイオン化して放出する。このためクラスタイオンは、きわめて薄い表面層のTOF−SIMS解析に適している。
【0007】
ところで、従来より、固体表面を撥水性にするために、両親媒性の共重合高分子を用いて、表面に疎水端がくるような単層膜を形成する撥水処理が行われている。固体表面に形成されたこのような極めて薄い有機化合物膜について、深さ方向の組成分布を計測することにより、表面の撥水性を精確に評価することができる。
【0008】
しかし、一般的に利用されているスパッタイオン種であるアルゴンイオン,セシウムイオン,ガリウムイオン,金イオン,ビスマスイオンなどは、スパッタによる表面を削る作用以外に内部構造を破壊するという問題がある。特に、撥水処理に用いられる単分子膜のような有機化合物の単層膜や、無機化合物であっても分子結合性化合物の単層膜は、固体表面に弱く結合した状態であるため、イオンを照射することにより膜構造が大きく変化してしまう。
【0009】
近年、有機化合物の試料であっても内部構造を破壊することなく、スパッタで表面を削ることの可能な方法として、フラーレンイオンを照射して表面を研削する方法が提案されている。各種表面分析装置に装着可能なフラーレンイオン照射装置も市販されている。
【0010】
さらに、試料ステージを液体窒素などで冷却する機構を具備することも提案されている。試料を冷却することにより、試料中の液体成分や揮発成分が固定化できるだけでなく、フラーレンイオン照射による熱ダメージの低減などが可能となる。フラーレンイオン照射方法による有機化合物の深さ方向構造解析は、適用領域や応用の幅が広がってきている。
【0011】
とくに、飛行時間型二次イオン質量分析装置は、有機化合物のような分子性化合物の分子構造情報を解析できる数少ない解析装置であり、現在のところ、スパッタ装置を併用して深さ方向の分子構造を解析できる唯一の解析装置であるといってよい。
【特許文献1】特開2004−219261号公報
【特許文献2】特開2001−240820号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、フラーレンイオン照射による有機化合物表面のスパッタリングは、内部構造を破壊することなく有機化合物表面を削ることはできるが、スパッタした試料表面にフラーレンが残渣として残っていることが本発明者らの測定において見出された。
【0013】
スパッタ面にフラーレン残渣があると、飛行時間型二次イオン質量分析装置で、表面構造を解析しようとしても、フラーレン残渣と本来の表面との区別が出来ず、解析は困難である。
【0014】
フラーレン残渣のある表面、あるいはフラーレンが取り除かれたとしても、有機化合物の表面をTOF−SIMSで観測する場合には別の困難がある。それは、有機化合物の分子構造が複雑で、固体化しても均一な密度を持たず、深さ方向に密度が異なった表面を形成していることである。このため、1次イオンが表面からどの程度の深さまで進入して2次イオンを生じさせているかが不確定で、解析している面の正確な深さがわからない。これは無機物の固体の清浄表面とは大きく異なる点であって、TOF−SIMSによる有機化合物表面の解析を一層困難にしている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の目的は、第1に、固体表面に被膜として形成された有機化合物・分子結合性化合物の解析に、飛行時間型二次イオン質量分析装置を利用し、試料表面から深さ方向の組成プロファイルを計測する装置および解析方法を提供することにある。
【0016】
第2に、フラーレンイオンを照射して表面を研削し、深さ方向の構造解析を行う構造解析方法および装置を提供することにある。
【0017】
さらに、液体窒素などを利用した試料冷却により、試料中の液体成分や揮発成分の固定化や、フラーレンイオン照射による熱ダメージの低減などを可能とする構造解析方法および構造解析装置を提供することにある。
【0018】
本発明の第1は、試料表面にサイズの異なる少なくとも2種類のイオンをそれぞれ照射する手段、前記試料表面から放出されるイオンの質量スペクトルを飛行時間型二次イオン質量分析器により計測する計測器、および計測された質量スペクトルから異なる種類のイオン照射で計測された2つの質量スペクトルの差を出力する情報処理装置を有することを特徴とする表面解析装置である。
【0019】
さらに、本発明の第2は、
A.試料表面にフラーレンイオンを照射する工程、
B.サイズの異なる少なくとも2種類のイオンを前記試料表面にそれぞれ照射する工程、
C.前記試料表面から放出されるイオンの質量スペクトルを飛行時間型二次イオン質量分析器により計測する工程、ならびに
D.異なる種類のイオン照射で計測された2つの質量スペクトルの差を出力する工程
を有し、A−Cの工程を複数回繰り返した後Dの工程を行うことを特徴とする表面解析方法である。
【発明の効果】
【0020】
サイズの異なるイオン照射で計測された質量スペクトルの相違を解析することによって、試料表面深さ方向の組成プロファイルの解析が可能となる。さらに、フラーレンイオン照射によって表面を検索しながら上記の解析を行うことにより、フラーレン残渣の影響を取り除いて任意の位置で深さ方向の分子構造が解析される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
飛行時間型二次イオン質量分析装置において、照射イオンが試料表面に衝突して二次イオンが発生する際、照射イオンの衝突確率は照射イオンのサイズと試料の密度に影響を受けることとなる。つまり、照射イオンのサイズが試料最表面の密度よりも小さい場合は、照射イオンの試料最表面での衝突確率が低くなり、照射イオンは試料最表面よりも内部に進入して衝突する確率が高くなる。逆に、照射イオンのサイズが試料最表面の密度よりも大きい場合は、照射イオンの試料最表面での衝突確率が高くなり、照射イオンは試料最表面よりも内部に進入して衝突する確率が低くなる。
【0022】
第一義的には、照射イオンの衝突確率は照射イオンのサイズと試料の密度に起因する。一般的に試料表面は試料内部よりも密度が低い傾向にあり、特に有機化合物や分子性化合物ではその傾向が顕著になるため、サイズの異なるイオンを照射することによって、試料表面から異なる深さ方向の情報を持った質量スペクトルが得られることになる。
【0023】
サイズの異なるイオン照射で計測された質量スペクトルの相違を解析することによって、試料表面深さ方向の組成プロファイルの解析が可能となる。サイズの異なるイオンは少なくとも2種類あればよい。3種類上の場合は、大きさ順に並べてプロファイルの違いを見ていけばよい。
【0024】
フラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析においては、照射イオンサイズが大きいほど、より表面に近い構造情報を感度良く検出しているとする。得られる複数の情報の差を求めると、それが表面から所定の層を成す部分の構造情報を表していると解析することができる。
【0025】
本発明のフラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析方法によって、分子性化合物の深さ方向の分子構造が決定できる。
【0026】
本発明の表面解析方法および解析装置によれば、固体表面に単分子層として形成された有機化合物・分子結合性化合物の厚さ方向の組成分布が測定できる。
【0027】
本発明の解析方法と解析装置によって、撥水処理面もしくは親水処理面の被膜状態をミクロに解析することができるので、その結果をマクロに測定された撥水性もしくは親水性の度合いと比較して、被膜材料の選定や塗布方法の改善に役立てることもできる。
【0028】
本発明のフラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析方法および解析装置によれば、有機化合物やシリコン化合物などのような分子性化合物の深さ方向の分子構造解析が可能となる。
【0029】
また、フラーレンイオン照射によって上記の分子性化合物をスパッタする際、スパッタ面のフラーレン残渣による汚染を可能な限り低減するための該イオン照射条件を適正に求めることが可能となる。
【0030】
一般的に、イオン照射による試料のスパッタ条件によって、中でも、試料表面温度や、イオンビームの試料面に対する照射角度、イオンビーム密度(イオン電流値)、イオン照射の加速電圧などによって、スパッタ面の汚染や破壊状態、成膜速度などが影響を受けることが知られている。上記の条件を適正に変え、スパッタ面の汚染や破壊状態を評価解析する方法として、本発明のフラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析方法は有効である。
【0031】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明する。
【0032】
[実施形態1]
図1は本発明の第1の実施形態の表面計測装置の構成を示すブロック図である。図1の表面計測装置は、試料の測定を行う情報計測機構と、得られた結果を解析する情報処理機構からなっている。
【0033】
図2は図1の表面計測装置における情報計測機構に相当する飛行時間型二次イオン質量分析器の模式図である。
【0034】
図2の飛行時間型二次イオン質量分析器はイオン照射機構2を備えている。イオン照射機構2は、単量体イオンの照射とそのときの2次イオンの質量スペクトルを計測する単量体イオン照射機能と、クラスタイオンの照射とそのときの2次イオンの質量スペクトルを計測するクラスタイオン照射機能とを備えている。
【0035】
単量体イオン照射機能は、異なる2種類またはそれ以上の元素の単量体イオン照射を含むものであってもよい。また、クラスタイオン照射機能は、2量体クラスタイオン照射機構と3量体クラスタイオン照射機構と、のように複数の種類のクラスタイオン照射を含んでいてもよい。
【0036】
図1の情報処理機構は、図2の計測器3に接続された情報処理装置6に相当する。情報処理装置6は計測器3で計測された結果すなわち質量スペクトルのデータを受け取り、照射されたイオンのサイズ情報とともに所定の手順により処理して結果を出力する。
【0037】
図2の飛行時間型2次イオン質量分析装置は、試料1を置くステージ(不図示)と、単量体イオンまたはクラスタイオンを照射するイオン源(以下1次イオン照射機構という)2と、計測器3とを備えている。計測器3は、試料1から放出される2次イオンを取り込み、飛行時間により分解して、各分解チャネルの2次イオンの強度を計測する。得られた結果を質量スペクトルとして出力し、情報処理装置6に送る。
【0038】
単量体イオンとしては、金,ビスマス,ガリウム,インジウムの中から選ばれる1種類または2種類以上の元素を用いる。クラスタイオンとしては金もしくはビスマスが好ましい。
【0039】
イオンサイズの大きい順に試料に照射し、それぞれの質量スペクトルを計測する。以下で説明するように、本発明の解析においては、2つのスペクトル間の強度差を問題とするので、スペクトルの全強度が1次イオン種によらず一定になるために、二次イオンの検出量を一定に揃えておく。イオン照射を複数回繰り返して行い、測定される2次イオン量を積分するときは、それら複数回のイオン照射の全体について、2次イオンの検出量を一定にすればよい。
【0040】
なお、1次イオンイオン照射の順は、逆にしてもよい。試料ダメージが大きい場合は、イオン照射の位置をずらしたり、照射時間を短くするなどして試料を保護する。
【0041】
得られたイオンサイズの異なる2種類またはそれ以上の1次イオンの質量スペクトルは、情報処理機構部分に送られて、照射イオンサイズに基づいたデータ解析が行われる。
【0042】
具体的には、2種類のイオン照射によって得られたの質量スペクトルの差を算出する。ここで、スペクトルの差とは、各質量チャネルの強度データの差を意味する。イオンサイズの大きいほうから小さいほうを引いたものを正とする。
【0043】
3種類以上の質量スペクトルが送られてきたときは、各スペクトルをイオンサイズの大きい順に並べて、隣同士の差を取る。
【0044】
さらに高次のデータ解析として、得られた差スペクトルから、試料の組成を推定することを行ってもよい。その手順について説明する。
【0045】
図2のイオン源2では1次イオンの加速電圧が設定される。
【0046】
サイズの大きいイオンは試料表面近くの浅いところで試料分子を放出するのに対し、サイズの小さいイオンは試料の深いところまで侵入して、表面からその深さまでの試料分子に衝突しそれらを放出する。したがって、得られる質量スペクトルは、イオンサイズの大きい順に試料表面に近い、つまり浅い位置の試料の組成を反映することになる。
【0047】
イオン種の異なる2つのスペクトルの差は、正方向の強度が、浅い位置に多く分布する分子を示し、負方向の強度が深い位置で多く存在する分子を示す。深さによらず均一に分布する分子は、差スペクトルからは消えてしまうので、深さに依存して分布する分子だけが明確に区別できる。これが差スペクトルの利点である。
【0048】
以上のような解析方法によって、撥水材料もしくは親水材料の表面近くの組成分布を求める。撥水性もしくは親水性の程度を評価することも可能となる。
【0049】
[実施形態2]
図3は本発明の第2の実施形態であるフラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析装置である。
【0050】
図3のフラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析装置は、図2の構成に加えて、スパッタイオンとしてフラーレンイオンを照射できるフラーレンイオン照射機構4を備えている。すなわち、フラーレンイオンを照射できるイオン照射機構4と、一次イオンを照射できるイオン照射機構2を併設した装置である。
【0051】
図3は、図1と同じく、一次イオンとして金もしくはビスマスの二量体以上のクラスタイオンを照射できるイオン照射機構と、金,ビスマス,ガリウム,インジウム、ゲルマニウムのいずれかの単量体イオンを照射できるイオン照射機構を併設もしくは交換により、計測試料表面に該一次イオンを照射できる機構2を備えている。一次イオン照射によって生成した計測試料表面の二次イオンを不図示の引出し電極によって加速し、検出器3によって飛行時間を計測する。検出器3は飛行時間型二次イオン質量分析装置である。汎用的に使用されている装置では、検出器としてセクター型とリフレクトロン型などがあるが、どの検出器を用いても構わない。
【0052】
以下、図3の装置を用いた表面の深さ方向の解析手順を説明する。
【0053】
まず、計測試料1の表面にフラーレンイオン照射機構4からフラーレンイオンを照射する。フラーレンイオンは試料1の表面をスパッタして削っていく。スパッタ時間をコントロールして所望の深さの試料表面を露出させる。
【0054】
次に、計測試料1のスパッタ面に、クラスタイオンイオン照射機構2により、金もしくはビスマスの二量体以上のクラスタイオンを照射し、試料表面でイオン化した二次イオンの質量スペクトルを計測する。
【0055】
さらに、クラスタイオンイオン照射機構2のイオン源を交換して、計測試料1のスパッタ面に金,ビスマス,ガリウム,インジウム、ゲルマニウムのいずれかの単量体イオンを照射し、試料表面でイオン化した二次イオンの質量スペクトルを検出器3で計測する。
【0056】
試料面へのイオン照射の順は、上とは逆に、単量体イオンを先に照射し、次にクラスタイオンを照射しても構わない。ただし、試料ダメージが大きい場合は、イオン照射の位置をずらしたり、照射時間を短くするなどの方法を講じた方が好ましい。
【0057】
以上の測定終了後、情報処理装置6で、得られた2種類以上の質量スペクトルに照射イオンサイズに基づいたデータ解析を施す。
【0058】
照射イオンサイズに基づいたデータ解析は、照射イオンサイズが大きくなるに従って、イオン化される二次イオンの質量数が高くなり、かつ、照射イオンが試料1の表面から内部方向に侵入し難くなることに基づいて行うことができる。
【0059】
試料1の計測表面が大きな分子で構成されている場合、照射イオンサイズが大きい方が、試料1の計測表面を構成している大きな分子(質量数の高い分子)を検出し易くなる。つまり、照射イオンサイズによって計測される質量スペクトルが異なる。従って、質量スペクトルの照射イオンサイズによる相違に着目することによって、表面を構成している分子の大きさを解析することができる。
【0060】
また、照射イオンサイズによって試料表面からの進入深さが異なるので、照射イオンサイズによって質量スペクトルが異なっていると、試料表面には、内部と異なる物質が、薄い層構造をなしていると解析できる。
【0061】
以上のような計測表面構造の解析方法によって、図4に示すように、フラーレンイオン照射スパッタの際のフラーレン残渣による汚染の程度を評価することも可能となる。
【0062】
本発明のフラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析方法は、後述の実施例に示すような照射イオンサイズに基づいたデータ解析方法に限るものではなく、スペクトル中のピークを微分・積分処理したり、独自の関数処理を施しても良い。照射イオンによるスペクトルの比較を可能とするデータ解析であれば、具体的な演算処理や解析手法に限定されるものではない。
【0063】
[実施形態3]
本発明は、試料1を冷却した状態でフラーレンイオンを照射し、深さ方向の構造解析を行うこともできる。
【0064】
図5は本発明の第3の実施形態である冷却機能つき飛行時間型二次イオン質量分析装置を示す模式図である。
【0065】
図5の装置は、図3に加えて、液体窒素を利用した測定試料の冷却機構5を具備している。その他の構成は図3と同じであるので、同じ符号を付してある。
【0066】
まず、冷却機構5は、液体窒素からの熱伝導によって計測試料1を冷却する。冷却温度は−100℃以下が好ましく、冷却雰囲気は真空雰囲気もしくは水分圧の低い雰囲気が好ましい。
【0067】
冷却温度が−100℃以上の場合、計測する液体成分や揮発成分によっては、計測中に移動や揮発が生じる場合がある。また、冷却雰囲気も水分圧が高い場合、計測試料に結露による氷が付着する場合があるため、冷却雰囲気は、真空雰囲気もしくは窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガスによって置換した雰囲気が好ましい。
【0068】
冷却された計測試料1の表面にフラーレンイオン照射機構4からフラーレンイオンを照射し、所望の深さのスパッタ面を露出させる。
【0069】
計測試料のスパッタ面に、1次イオン照射機構2から金もしくはビスマスの二量体以上のクラスタイオンを照射し、試料表面でイオン化した二次イオンの質量スペクトルを計測する。
【0070】
さらに、金,ビスマス,ガリウム,インジウム、ゲルマニウムのいずれかの単量体イオンを照射し、試料表面でイオン化した二次イオンの質量スペクトルを計測する。
【0071】
以上の試料のスパッタ面へのイオン照射の順は、逆にしても良く、単量体イオンを先に照射し、次にクラスタイオンを照射しても構わない。ただし、試料ダメージが大きい場合は、イオン照射の位置をずらしたり、照射時間を短くするなどの計測方法を講じた方が好ましい。
【0072】
次に、図5に示す本発明のフラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析装置の情報処理機構部分で、得られた2種類以上の質量スペクトルを、照射イオンサイズに基づいたデータ解析を施す。解析方法は先に説明したとおりである。
【実施例1】
【0073】
以下、具体的試料に適用して本発明の表面解析方法および表面計測装置を説明する。
【0074】
エポキシ樹脂の試料表面にフッ素処理を施して撥水性を与え、これに界面活性作用のあるスチレン−アクリル酸共重合体水溶液を付着させ、窒素ガスを吹き付けて乾燥させる。この試料を飛行時間型二次イオン質量分析装置(ULVAC−PHI製TRIFTIII)によって計測、解析した。
【0075】
照射一次イオンの種類を変えるときは、イオン源2の照射一次イオン銃(不図示)のフィラメントを交換し、一次イオン照射調整用電極(不図示)の電気回路も取り替える。
【0076】
加速電圧はGaイオン照射時は15kV、Auイオン照射時とAuイオン照射時は22kVとした。
【0077】
まず、はじめにGaイオン照射によって生成する二次イオンの質量スペクトルを計測し、次にAuイオン照射によって生成する二次イオンの質量スペクトルを計測、最後にAuイオン照射によって生成する二次イオンの質量スペクトルを計測した。
【0078】
得られた3種類の質量スペクトルを図6に示す。図6は上から、Auイオン照射、Auイオン照射、Gaイオン照射に対する測定結果である。
【0079】
図6のスペクトルから以下のような差スペクトルを求めた。
・(Auイオン照射でのスペクトル)−(Auイオン照射でのスペクトル)
・(Auイオン照射でのスペクトル)−(Gaイオン照射でのスペクトル)
求めた差スペクトルを図7に示す。
【0080】
図7より解析される表面構造について述べる。
【0081】
図6で検出されたスペクトルピークのうち、
Mass=78,95,103,122,149は、スチレン−アクリル酸共重合体のアクリル酸(カリウム塩)由来のピーク
Mass=91,115は、スチレン−アクリル酸共重合体のスチレン由来のピーク
である。
【0082】
まず、(Au照射)−(Au照射)の差スペクトルより、0レベルより上側(+側)では、主に、Mass=78,95,103,122,149のピークが大きな強度を持つことが分かる。
【0083】
次に、(Au照射)−(Ga照射)の差スペクトルを見ると、0レベルより上側(+側)には、Mass=95,122,149のピークが大きく、0レベルより下側(−側)には、Mass=91,115のピークが大きい。
【0084】
一次照射イオンがGa,Au,Auと大きくなるに従って、照射イオンが試料の表面から内部方向に侵入し難くなるとの前提に立つと、撥水処理された最表面部は、スチレン−アクリル酸共重合体のアクリル酸部分が多く存在し、表面をフッ素処理したエポキシ樹脂表面にはスチレン−アクリル酸共重合体のスチレン部分が多く存在していると解析される。つまり、試料の表面をフッ素処理したエポキシ樹脂表面にはスチレン−アクリル酸共重合体のスチレン部分が付着し、最表面にはスチレン−アクリル酸共重合体のアクリル酸部分が現れているという分子レベルでの層構造(配向しているような構造)を形成していると解析される。
【0085】
(比較例)
実施例において、1種類だけの一次イオン照射(例えば、Gaイオン照射)によって得られる質量スペクトルのみで解析しようとすると、Gaイオン照射ではスチレン−アクリル酸共重合体のアクリル酸部分に由来するピークがほとんど検出されないので、スチレン−アクリル酸共重合体のアクリル酸部分は表面には存在しないという誤った解析結果を導き出してしまう。
【0086】
また、Auイオン照射で得られるスペクトルのみでは、スチレン−アクリル酸共重合体のスチレン部分に由来するピークもアクリル酸部分に由来するピークも混在して検出されることから、スチレン−アクリル酸共重合体は表面にランダムな状態で存在しているという誤った解析結果を導き出してしまう。
【0087】
さらに、Auイオン照射で得られるスペクトルのみでは、スチレン−アクリル酸共重合体のスチレン部分に由来するピークがほとんど検出されないことから、表面はスチレン−アクリル酸共重合体のアクリル酸部分で覆われているという正しい解析結果が得られそうであるが、その覆われている量(層厚)に関しては、全く不明の解析結果となってしまう。
【0088】
以上のように、それぞれの一次イオン照射によって得られる質量スペクトルのみでは、明確で正しい解析結果を得ることができない。
【実施例2】
【0089】
以下、本発明のフラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析方法および解析装置の実施例を図3に基づいて説明する。
【0090】
エポキシ樹脂表面にフッ素処理によって撥水性を付与し、シリコン系離型剤を付着させた試料1を用意する。これにフラーレンイオン照射装置(06−C60、ULVAC−PHI製)(4)からフラーレンイオンを照射し表面をスパッタする。作製した試料を飛行時間型二次イオン質量分析装置(TRIFTIII、ULVAC−PHI製)(3)によって深さ方向の構造を解析した。照射一次イオン種の変更は、クラスタイオン照射機構2の照射一次イオン銃のフィラメント交換と一次イオン照射調整用電極の電気回路変更によって実施した。
【0091】
まず、はじめにGaイオン照射によって生成する二次イオンの質量スペクトルを計測し、次にAuイオン照射によって生成する二次イオンの質量スペクトルを計測、最後にAuイオン照射によって生成する二次イオンの質量スペクトルを計測した。
【0092】
試料のスパッタ面の表層で、フラーレン残渣に由来すると考えられる芳香環に帰属できるピークMass=91が主に検出され、試料のスパッタ面がフラーレン残渣によって汚染されていることが確認できた。
【0093】
一次照射イオンがGa,Au,Auと大きくなるにつれて照射イオンが試料の表面から内部方向に侵入し難くなるので、フッ素化に由来するピークMass=69とシリコン離型剤に由来するピークMass=73に着目して、フラーレンイオン照射時間による試料のスパッタ面表層の分子構造を解析した。フラーレンイオン照射によって試料表面に付着していたシリコン離型剤がスパッタされ、フッ素処理した面が破壊されることなくスパッタ面上に露出することを確認した。
【0094】
以上のようなフラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析方法および解析装置により、有機化合物やシリコン化合物など分子性化合物の深さ方向の分子構造を解析することが可能となる。
【実施例3】
【0095】
試料を冷却してフラーレンイオンを照射し、深さ方向の構造解析を行う例を、図5を用いて詳細に説明する。
【0096】
インクジェットプリンタで印字した光沢用紙を計測試料としてULVAC−PHI製飛行時間型二次イオン質量分析装置TRIFTVnanoTOFによって深さ方向の構造を解析した。
【0097】
まず、計測室内を窒素ガス置換し、計測試料温度を液体窒素の熱伝導による冷却ステージ5によって−120℃とした。
【0098】
これに、Gaイオン銃とAuイオン銃を照射一次イオン銃としてクラスタイオン照射機構2から照射し、計測試料表面の質量スペクトルを測定した。
【0099】
次いで、フラーレンイオン照射機構4から試料1の表面にフラーレンイオンを照射して試料表面をスパッタした。そのスパッタ面を、Gaイオン銃とAuイオン銃を照射一次イオン銃として、質量スペクトルを測定するという計測サイクルを繰返すことによって、計測試料の深さ方向の構造を解析することができる。
【0100】
1回の質量スペクトル測定は、以下のように異なるイオンサイズの1次イオンを照射する。すなわち、はじめにGaイオン照射によって生成する二次イオンの質量スペクトルを計測し、次にAuイオン照射によって生成する二次イオンの質量スペクトルを計測、最後にAuイオン照射によって生成する二次イオンの質量スペクトルを計測する。
【0101】
試料のスパッタ面の表層で、フラーレン残渣に由来すると考えられる芳香環に帰属できるピークが主に検出され、試料のスパッタ面がフラーレン残渣によって汚染されていることが確認できた。
【0102】
また、一次照射イオンがGa,Au,Auと大きくなるに従って、照射イオンが試料の表面から内部方向に侵入し難くなることを考慮し、印字に用いたインク溶媒の一つである水に由来するピークとインク色素に由来するピークに着目して、フラーレンイオン照射による計測試料の深さ方向の構造を解析した。その結果、光沢用紙の印字部においてインク色素の周囲にインク溶媒が三次元的に分布していることを確認した。
【0103】
以上のような試料冷却でのフラーレンイオン照射による深さ方向の構造解析方法および解析装置により、液体成分や揮発成分などを含む有機化合物やシリコン化合物などのような分子性化合物の深さ方向の分子構造解析や各種成分の分布解析が可能となる。
【実施例4】
【0104】
実施例3と同様の計測試料1を、液体窒素の熱伝導による冷却ステージ5によって−90℃に冷却して、実施例1と同様の計測を実施した。
【0105】
解析の結果、インク溶媒の一つである水に由来するピークの検出が容易ではなく、光沢用紙の印字部において実施例3と同様のインク色素の周囲にインク溶媒が三次元的に分布しているデータを明確に得ることができなかった。
【0106】
実施例3と比較すると、試料の冷却温度は−100℃以下が好ましいことがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0107】
【図1】本発明の表面構造解析装置の構成を示すブロック図。
【図2】本発明の第1の実施形態における表面構造解析装置。
【図3】本発明の第2の実施形態における表面構造解析装置。
【図4】計測された質量スペクトルの例。
【図5】本発明の第3の実施形態における表面構造解析装置。
【図6】実施例1で計測された質量スペクトル。
【図7】図6の質量スペクトルの差。
【符号の説明】
【0108】
1 試料
2 一次イオン照射機構
3 計測器
4 フラーレンイオン照射装置
5 試料冷却手段
6 情報処理装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料表面にサイズの異なる少なくとも2種類のイオンをそれぞれ照射する手段、前記試料表面から放出されるイオンの質量スペクトルを飛行時間型二次イオン質量分析器により計測する計測器、および計測された質量スペクトルから異なる種類のイオン照射で計測された2つの質量スペクトルの差を出力する情報処理装置を有することを特徴とする表面解析装置。
【請求項2】
照射されるイオンのいずれか1つが単量体イオンであり、別の1つが2量体以上のクラスタイオンである請求項1に記載の表面解析装置。
【請求項3】
照射されるイオンの種類が3以上であり、計測された質量スペクトルをサイズの順に並べたときに隣同士となる2つの質量スペクトルの差を出力する請求項1に記載の表面解析装置。
【請求項4】
二量体以上のクラスタイオンが金もしくはビスマスのイオンである請求項2に記載の表面解析装置。
【請求項5】
単量体イオンが金、ビスマス、ガリウム、ゲルマニウム、もしくはインジウムのイオンである請求項2に記載の表面解析装置。
【請求項6】
得られる複数の質量スペクトルの差を求め、その差から試料表面で層を成す部分の構造を決定する請求項1に記載の表面解析装置。
【請求項7】
フラーレンイオンを照射する手段を備える請求項1に記載の表面解析装置。
【請求項8】
試料を冷却する手段を備える請求項1に記載の表面解析装置。
【請求項9】
冷却温度が−100℃以下である請求項8に記載の表面解析装置。
【請求項10】
A.試料表面にフラーレンイオンを照射する工程、
B.サイズの異なる少なくとも2種類のイオンを前記試料表面にそれぞれ照射する工程、
C.前記試料表面から放出されるイオンの質量スペクトルを計測する工程、ならびに
D.異なる種類のイオン照射で計測された2つの質量スペクトルの差を出力する工程
を有し、A−Cの工程を複数回繰り返した後Dの工程を行うことを特徴とする表面解析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−32685(P2008−32685A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−107173(P2007−107173)
【出願日】平成19年4月16日(2007.4.16)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】