説明

被めっき物の沈降性改善処理剤及びその沈降性改善処理剤を用いたバレルめっき方法

【課題】体積あたりの表面積が大きく微小で沈降性に欠ける被めっき物にバレルめっきを施す際に問題となる浮き上がりによるめっき不良の発生を防止する。
【解決手段】上記目的を達成するために、被めっき物のめっき液への沈降性を改善する。具体的には、被めっき物の表面を親水化処理し、めっき液への沈降性を改善する。親水化前処理には、表面張力が50dyne/cm以下である界面活性剤の水溶液を沈降性改善処理剤に用いる。この界面活性剤にはアニオン系界面活性剤、両性界面活性剤又はこれらを混合して用いる。更に、消泡剤を含むものとして使用することも推奨される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、被めっき物の沈降性改善処理剤及びその沈降性改善処理剤を用いたバレルめっき方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バレルめっき法は、多量の小さな部材へ同時に電気めっきを施すことのできる方法として、一般的に広く用いられている。また、近年の電子産業の発展に伴い、小さなチップ部品が被めっき物となることも多くなっている。そして、これらチップ部品は、最近の軽薄短小化の要求に対応し、小型化の一途をたどっている。
【0003】
これら小型化するチップ部品にバレルめっきを施す際には、部品サイズに合わせてバレル壁の目開きを小さくする必要があり、この目開きを通しての通液が悪くなる。その結果、バレルをめっき液中に全浸漬した状態でめっきを施すと、バレル内に存在するめっき液の組成が、めっきの進行に伴って変動してしまい、めっき皮膜には厚みバラツキやヤケなどの品質不良が発生する。そこで、バレル内にめっき液の存在しない空間部分を形成し、バレルの回転を利用してバレル内外のめっき液の混合を良好にする工夫がなされている。
【0004】
しかし、表面積と体積との比が大きい、微小な被めっき物に対し、バレル内に空間部分が存在する状態でバレルを回転させると、被めっき物がバレル内のめっき液に沈降せず、また、被めっき物がバレル壁に付着したまま回転して空気中にさらされることがある。また、バレル壁に付着した微小な被めっき物は、バレル壁からは脱離したとしても、めっき液の表面張力の影響を受け易くて沈降性に欠けるため、めっき液表面に浮遊してしまう。そして、めっき液中に浸漬した被めっき物と浸漬しなかった被めっき物との間では、めっき状態が全く異なる。また、めっき液中への沈降性に欠ける被めっき物の場合には、その1つの被めっき物の面内でもめっき厚さのバラツキが大きくなる。
【0005】
そこで、特許文献1では、バレル内にめっき液の存在しない空間部分を形成する場合として、少なくとも保護コートに樹脂材料を使用したチップ部品のバレルめっきにおいて、多数個のチップ部品の全てに、均一かつ適切なめっき膜厚を安定して形成することができるバレルめっき方法を提供している。即ち、バレルめっき装置によって保護コートに樹脂材料を使用した角形チップ抵抗器等の電子部品にめっき層を形成する方法であって、バレル内に多数の浮き玉を投入し、かつその浮き玉の形状がφ15±10mmであり、投入量はバレル内の容量の10%〜15%とした電子部品のバレルめっき方法が開示されている。そして、特許文献1に開示の実施例によれば、2.0mm×1.25mmサイズの角形チップ抵抗器に対し、良好な効果を発揮している。
【0006】
また、特許文献2には、バレル内にめっき液の存在しない空間部分を形成しない場合として、極小寸法の被めっき物品をバレル電気めっきするに際して、所要部分に形成されるめっき膜の厚さを均一化させ良品率を向上させ、めっき膜の成膜速度を向上させ生産性を向上させることを目的として、3〜300μm径の多数の小開口を有するバレル内に平均径5〜500μmの極小の多数の被めっき物品を収容し、バレルをめっき浴内で運動させながら、被めっき物品と接触可能に配置された陰極部材とめっき浴中に配置された陽極部材との間に電圧を印加して被めっき物品の表面にめっき膜を形成する技術が開示されている。ここでは、振動発生手段に連係してめっき浴内で振動する振動棒に固定された振動羽根を振幅0.1〜10.0mm及び振動数200〜800回/分で振動させることによりめっき浴に振動流動を発生させ、バレルを振幅0.1〜5.0mm及び振動数100〜300回/分で振動させている。この特許文献2に開示の実施例によれば、0603サイズと称される、0.6mm×0.3mmサイズのセラミック製チップ抵抗体に対し、良好な効果を発揮している。
【0007】
【特許文献1】特開平8−239798号公報
【特許文献2】特開2002−53999号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、チップ部品の微細化は継続しており、更に小さなチップ部品が市場に流通している。特許文献1に開示の技術をこれら微細化したチップ部品に適用した場合には、チップ部品のめっき液表面への浮遊は防止できても、バレル壁に付着したまま移動して一旦空気中にさらされたチップ部品を、100%の確率でめっき液中に浸漬させることは困難になる。また、浮き玉が存在することにより、空気中でバレル壁から脱離し、浮き玉上に落下したチップ部品は、めっき液中には戻りにくいという問題もある。
【0009】
また、特許文献2に記載の方法は、バレルを収納するめっき槽内に振動装置などのめっき液を揺動させる装置を備える必要があり、新たな設備を導入するか、又は既存設備であっても設備改造が必須になる。即ち、従来設備に比較して、広い設置面積を必要とし、設備投資及びランニングコストの上昇が避けられず、経済的なデメリットが大きい方法である。
【0010】
以上のことから、ランニングコスト上からは、バレル内に空間部分を設けた手法を採用し、チップ部品がより小さくなっても、目開きの異なるバレルに交換するだけで既存設備を活用することが好ましいと言える。よって、めっき液への沈降性に欠ける被めっき物にバレルめっきを施す際に不良品を発生させないように、被めっき物のめっき液中への沈降性を改善する方法が要求されてきた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本件発明者等は鋭意研究の結果、被めっき物表面に親水性を付与することで被めっき物のめっき液への沈降性を改善できることに想到したのである。
【0012】
本件発明に係る沈降性改善処理剤: 本件発明に係る沈降性改善処理剤は、バレルめっき法における被めっき物の沈降性を改善するための前処理剤であって、アニオン系界面活性剤及び両性界面活性剤から選択された少なくとも一種の界面活性剤を含むことを特徴としている。
【0013】
本件発明に係る沈降性改善処理剤においては、前記界面活性剤を濃度0.1g/L〜飽和濃度で含むことも好ましい。
【0014】
本件発明に係る沈降性改善処理剤においては、表面張力が50dyne/cm以下であることも好ましい。
【0015】
本件発明に係る沈降性改善処理剤においては、消泡剤を含むことも好ましい。
【0016】
本件発明に係る沈降性改善処理剤においては、前記消泡剤はシリコーン系消泡剤であることも好ましい。
【0017】
本件発明に係る沈降性改善処理剤においては、前記消泡剤と前記界面活性剤との濃度の比[(消泡剤濃度)/(界面活性剤濃度)]の値が0.02〜1.2であることも好ましい。
【0018】
本件発明に係るバレルめっき方法: 本件発明に係るバレルめっき方法は、バレル内に空間部分を形成しつつ被めっき物にめっきを施すバレルめっき方法において、前記沈降性改善処理剤を用い、被めっき物を処理することで被めっき物に親水性を付与する親水化前処理を含むことを特徴としている。
【0019】
本件発明に係るバレルめっき方法においては、前記被めっき物の表面積(mm)と体積(mm)との比[(表面積)/(体積)]の値が2〜50であることも好ましい。
【0020】
本件発明に係るバレルめっき方法においては、前記親水化前処理では、被めっき物を液温を10℃〜60℃とした沈降性改善処理剤に1分間〜5分間浸漬処理することも好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本件発明に係る沈降性改善処理剤を用いれば、被めっき物の表面に親水性が付与され、被めっき物は、めっき液中への沈降性が改善される。従って、前記沈降性改善処理剤を用いて被めっき物に親水性を付与する親水化前処理を含むバレルめっき法では、めっき液への沈降性に欠ける被めっき物に対して、バレル内に空間部分を形成してバレルめっきを施しても、めっき不良の発生が減少する。即ち、より小さくなったチップ部品であり、且つ、沈降性に乏しいものを対象としても、目開きの異なるバレルに交換すれば、既存設備を活用してめっきを施すことができ、良好な生産歩留まりが得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本件発明に係る沈降性改善処理剤の形態: 本件発明に係る沈降性改善処理剤は、バレルめっき法における被めっき物の沈降性を改善するための前処理剤であって、アニオン系界面活性剤及び両性界面活性剤から選択された少なくとも一種の界面活性剤を含んでいる。一般的には、界面活性剤は濡れ性の改善に用いられるものであり、アニオン系界面活性剤、ノニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、両性界面活性剤に大別できる。しかし、めっき液への沈降性とめっき皮膜形成能とのバランスを考慮すると、アニオン系界面活性剤、両性界面活性剤又はこれらを混合して用いるのが好ましいのである。更に言えば、親水化前処理の終了後に、洗浄等をせず、被めっき物をめっき工程に投入するためには、界面活性剤がめっき液に混入した場合にも不具合が発生しないものを選択することがより好ましい。
【0023】
上記アニオン系界面活性剤としては、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ドデシル硫酸ナトリウム、ポリオキシエチレンアルキル(C:10〜16)エーテル硫酸ナトリウム、ポリオキシエチレン(3)ラウリルエーテル硫酸ナトリウム、ポリオキシエチレン(2)ラウリルエーテル硫酸ナトリウム、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウムやラウリル硫酸トリエタノールアミン塩等を用いることができる。
【0024】
また、両性界面活性剤としては、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン、ジメチルラウリルアミンオキサイド、2−アルキル−N−カルボキシメチル−N−ヒドロキシエチルイミダゾリニウムベタイン、オレイン−N−カルボキシエチル−N−ヒドロキシエチルエチレンジアミンナトリウムやラウリル酸アミドプロピルヒドロキシスルホベタイン液等を用いることができる。
【0025】
そして、上記界面活性剤の中でも、入手の容易さ等を考えると、ドデシル硫酸ナトリウムを用いるのが最も好ましい。また、本件発明は、界面活性剤ではない成分を含むことを否定しているものではない。例えば塩素イオンなど、界面活性剤の被めっき物表面への吸着を補助する成分等は、被めっき物の品質を損なわなければ、意識的に添加することも可能である。
【0026】
本件発明に係る沈降性改善処理剤は、前記界面活性剤を濃度0.1g/L〜飽和濃度で含む。この界面活性剤濃度が0.1g/L未満では、被めっき物表面への界面活性剤の吸着が不十分となり、親水性を付与する効果が十分に得られないことがある。そして、建浴した沈降性改善処理剤を用い、安定した処理を維持するためには、界面活性剤濃度を0.5g/L〜飽和濃度とすることがより好ましい。一方、飽和濃度を超えると、界面活性剤の沈降分離が起こり、沈降分離した界面活性剤が付着した部分の被めっき物表面では親水化処理が行なわれないため、好ましくない。また、飽和濃度に近づければ、被めっき物に親水性を付与する効果に、特段の問題はないが、溶液粘度が上昇して、被めっき物への界面活性剤の付着量が多くなる。その結果、この被めっき物に付着している界面活性剤が後工程で用いるめっき液へ混入し、めっき皮膜の形成状態に影響を与えることがある。また、被めっき物に付着した界面活性剤は、回収して再利用できないため、資源の無駄遣いとなってしまう。従って、界面活性剤濃度は、用いる界面活性剤の種類によらず共通に設定できる濃度である、1.5g/L〜5.0g/Lとすることが更に好ましい。
【0027】
本件発明に係る沈降性改善処理剤は、その表面張力が50dyne/cm以下である。表面張力が、50dyne/cmを超える処理剤で処理すると、被めっき物の親水化処理が不十分になり、めっき液への沈降性に欠け、同時に被めっき物は沈降性改善処理剤に浮遊してしまい、良好な親水化処理ができない。沈降性改善処理剤の表面張力が40dyne/cm〜50dyne/cmであれば、ほとんどの被めっき物は振動攪拌などを実施することにより、被めっき物は沈降性改善処理剤に容易に浸漬し、親水化処理及びめっき液への沈降性も得られる。そして、表面張力が40dyne/cm以下の沈降性改善処理剤を用いると、どのように小さな被めっき物でも沈降性改善処理剤に容易に浸漬し、めっき液中への良好な沈降性が得られる。従って、沈降性改善処理剤の表面張力は、40dyne/cm以下とすることがより好ましい。
【0028】
ところで、上記沈降性改善処理剤の表面張力は、用いる界面活性剤の種類と濃度とで決まってくる。しかし、被めっき物の親水化処理を達成するためには、沈降性改善処理剤の表面張力のみを指標として用いれば良いと言うものではない。同レベルの表面張力を有する沈降性改善処理剤であっても、選択した界面活性剤毎に、親水化処理能力を勘案して、沈降性改善処理剤としての浴組成を設定する必要がある。
【0029】
本件発明に係る沈降性改善処理剤は、消泡剤を含むことが好ましい。前述のように、沈降性改善処理剤に用いる界面活性剤には、アニオン系界面活性剤及び両性界面活性剤から選択された少なくとも一種を用いる。ところが、一般的に、界面活性剤は、起泡性が強いため、めっき操業中に泡立ちやすい。従って、界面活性剤の含有量を多くすると、めっき操業中に気泡が多く発生する。気泡が多く発生すると、気泡が被めっき物に付着する。そして、気泡が付着した部分では被めっき物へのめっき処理が阻害される。従って、めっき操業中に気泡がほとんどない状態を形成するには、当該沈降性改善処理剤に消泡剤を含ませることが好ましいのである。
【0030】
本件発明に係る沈降性改善処理剤は、前記消泡剤にシリコーン系消泡剤を用いるのが好ましい。シリコーン系消泡剤は化学的に安定であり、界面活性剤やめっき液の成分と反応したり、変質するおそれが少なく、耐熱性に優れ、微量の添加で高い消泡効果を発揮する等の点で優れているからである。また、シリコーン系消泡剤には、オイル型、オイルコンパウンド型、溶液型、エマルジョン型、自己乳化型などがある。ここで、エマルジョン型はシリコーンオイルコンパウンドをいろいろな乳化剤を用いて乳化したものであり、本件発明に係る沈降性改善処理剤用途の消泡剤として、特に好ましく用いられる。
【0031】
上記シリコーン系消泡剤は、サンノプコ(株)製SNデフォーマー419等から選択して用いることができる。
【0032】
本件発明に係る沈降性改善処理剤は、前記消泡剤と前記界面活性剤との濃度比[(消泡剤濃度)/(界面活性剤濃度)]の値が0.02〜1.2である。前述のように、消泡剤は、沈降性改善処理剤が含む界面活性剤の量に応じて使用するものである。即ち、消泡剤と前記界面活性剤との濃度比[(消泡剤濃度)/(界面活性剤濃度)]の値が0.02を下回ると発泡する傾向が現れ、好ましくない。一方、濃度比[(消泡剤濃度)/(界面活性剤濃度)]の値が1.2を超えても消泡効果は向上しない。よって、これ以上の消泡剤の使用は、資源の無駄遣いである。
【0033】
本件発明に係るバレルめっき方法の形態: 本件発明に係るバレルめっき方法は、バレル内に空間部分を形成しつつ被めっき物にめっきを施すバレルめっき法において、前記沈降性改善処理剤を用い、被めっき物を処理することで被めっき物に親水性を付与する親水化前処理を含んでいる。親水化前処理により、被めっき物に親水性を付与すれば、バレルの回転に伴ってバレル内の被めっき物が浮き上がることなく、めっき液中で良好な混合流動状態を維持できる。従って、バレル内に空間部分を形成しつつ、めっきを施すバレルめっき法を用いた場合でも、微小で沈降性に乏しい被めっき物に対して、その表面に均一なめっき層が形成できる。
【0034】
本件発明に係るバレルめっき方法においては、前記被めっき物の表面積(mm)と体積(mm)との比[(表面積)/(体積)]の値が2〜50であることも好ましい。立体物は、小さくなるほど体積に対する表面積が大きくなる。そして、真球の径が半分になったり、立方体の一辺の長さが半分になると[(表面積)/(体積)]の値は2倍になる。即ち、表面張力が被めっき物の沈降性に大きく影響しているため、体積(重量)あたりの表面積が大きいほど沈降性は悪くなる。後の実施例で詳述するが、[(被めっき物の比重)/(バレルめっき液の比重)]の値が2程度でも、[(表面積)/(体積)]の値が17になると、表面張力の影響を大きくうけ、そのままでは沈降しないのである。
【0035】
ここで下限を2としたのは、直方体のチップ部品を沈降性改善の処理対象と考えたとき、底辺2.5mm×高さ2.5mm×幅5.0mmの5025サイズに相当するからである。このサイズよりも大きいと、バレルめっきとは異なるめっき手法を採ることもできる。また、本件発明に係る沈降性改善処理剤を用いなくても、例えば引用文献1に開示の方法も効果を発揮できる。また、不良品が発生しても容易に選別できる。一方、上限を50としているが、上限を超える被めっき物に対して、本件発明に係る沈降性改善処理剤が親水化の効果を発揮しないというものではない。この上限値は、前記直方体のチップ部品であれば底辺0.1mm×高さ0.1mm×幅0.2mmに相当する。即ち、効果が未確認の部分近傍を上限とみなしているに過ぎない。
【0036】
しかし、ガラスコートしたチップ部品など、被めっき物の比重が、バレルめっき液の比重に対して大幅に大きく、沈降性に優れた被めっき物は、たとえ表面に気泡が付いていたとしても、バレル内で沈降して流動化するため、親水化前処理を実施して、沈降性を改善する必要はない。ところが、本来、沈降性の良好な被めっき物でも、親水化処理を施すことにより、めっきの仕上がり状態が改善される場合がある。従って、本件発明に係る沈降性改善処理剤は、沈降性を改善する目的のみにその用途が限定されるものではないことを明記しておく。
【0037】
本件発明に係るバレルめっき方法においては、前記親水化前処理では、液温を10℃〜60℃とした沈降性改善処理剤に、被めっき物を1分間〜5分間浸漬処理することが好ましい。前述のように、親水化は、被めっき物表面に界面活性剤が吸着することにより達成される。この吸着は化学吸着のため、温度により吸着状態が大きく変化することはないが、温度は吸着反応速度に影響する。また、前記消泡剤の効果は、液温が高いほど大きくなる傾向にある。従って、10℃を下回る液温では、親水化前処理の完了までに時間がかかり、また消泡剤の使用量も多くなるため好ましくない。一方、上限温度である60℃を超えると、めっき設備の配管などの材料として用いる塩化ビニル樹脂の使用が困難になるため好ましくない。従って、沈降性改善処理剤の液温は、15℃〜50℃とすることがより好ましく、消泡剤の効果が最適に発揮できる40℃〜50℃とすることが更に好ましい。
【0038】
そして、被めっき物の表面を均一に親水化処理するためには、被めっき物同士が接触し、重なり合った状態とならないように、攪拌しながら浸漬処理することが好ましい。このときの処理時間や攪拌方法は、被めっき物の形状や大きさに適した条件を任意に設定する。比較的大きく、平面部分の多い被めっき物であれば、液温が10℃近傍であっても、10秒間程度の浸漬処理で目的とする親水化処理が達成できる。しかし、処理時間を5分間以上とすると、親水化処理の効果が飽和すると同時に、攪拌による被めっき物同士の衝突により表面に損傷を与える傾向が現れるため、好ましくない。
【実施例】
【0039】
<界面活性剤濃度>
前記アニオン系界面活性剤として、ドデシル硫酸ナトリウム及びドデシルベンゼンスルフォン酸ナトリウムとを選択し、濃度と親水化処理の効果との関係を確認した。試験に用いた沈降性改善処理剤は、イオン交換水に界面活性剤を、濃度が0.5g/L、1.0g/L、1.5g/L、2.0g/L、3.0g/L、5.0g/L及び飽和濃度になるように添加して調製した。飽和濃度は、ドデシル硫酸ナトリウムはほぼ文献値の90g/Lとし、ドデシルベンゼンスルフォン酸ナトリウムは沈殿が発生しない上限であった150g/Lに設定した。
【0040】
<親水化前処理予備試験>
親水化前処理予備試験では、被めっき物に、底辺0.3mm×高さ0.3mm×幅0.6mmの直方体である、0603サイズのチップ抵抗器を用いた。このチップ抵抗器を、25℃の沈降性改善処理剤に20個投入して振動攪拌し、1分後に、親水化して沈降した個数を数えた。
【0041】
その結果、ドデシルベンゼンスルフォン酸ナトリウムを用いた沈降性改善処理剤で親水化前処理した場合には、どの沈降性改善処理剤を用いても、浮遊するチップ抵抗器は観察されなかった。また、ドデシル硫酸ナトリウムを用いた沈降性改善処理剤で親水化前処理した場合には、ドデシル硫酸ナトリウム濃度が0.5g/Lでは5個が親水化し、1.0g/Lでは14個が親水化した。そして、1.5g/L以上では全量の20個が親水化し、浮遊するチップ抵抗器は観察されなかった。ドデシル硫酸ナトリウム濃度と、沈降したチップ抵抗器の個数の関係をグラフ化し、図1に示す。
【0042】
<消泡剤濃度>
次に、前記界面活性剤濃度を2.5g/Lとした水溶液に、消泡剤としてシリコーン系消泡剤である、サンノプコ(株)製SNデフォーマー419を添加して沈降性改善処理剤を調製し、消泡効果が得られる濃度比率を評価した。具体的には、濃度比率を0.005、0.01、0.015、0.02、0.03、0.04、0.05、0.07、0.1及び1.0とした沈降性改善処理剤10mLを100mLの栓付メスシリンダーに入れ、上下に30回振って発泡状態とした。そして、この発泡状態が消えるまでの時間を測定した。その結果、濃度比率が0.005では180秒、0.01では95秒そして0.015では62秒で消泡し、濃度比率が0.02を超えると消泡時間は20秒前半に収斂した。評価結果を、グラフ化し、図2に示す。
【0043】
<沈降性改善処理剤の調製>
親水化前処理では、前記アニオン系界面活性剤と両性界面活性剤とのそれぞれから2種類を選択し、濃度が2.5g/Lになるようにイオン交換水に溶解した。更に、この水溶液に、シリコーン系消泡剤を0.125g/Lとなるように添加し、消泡剤と界面活性剤との濃度比[(消泡剤濃度)/(界面活性剤濃度)]の値が0.05である沈降性改善処理剤を調製した。用いた界面活性剤を以下に示す。
【0044】
ここで用いたアニオン系界面活性剤は、ドデシル硫酸ナトリウム(以下、これを用いて調製した沈降性改善処理剤を「A1」と称する。)及びポリオキシエチレンアルキル(C:10〜16)エーテル硫酸ナトリウム(以下、これを用いて調製した沈降性改善処理剤を「A2」と称する。)である。そして、両性界面活性剤は、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン(以下、これを用いて調製した沈降性改善処理剤を「B1」と称する。)及び2−アルキル−N−カルボキシエチル−N−ヒドロキシエチルエチレンジアミンナトリウム(以下、これを用いて調製した沈降性改善処理剤を「B2」と称する。)である。
【0045】
<沈降性改善処理剤の表面張力>
溶液の表面張力の測定方法は多岐に亘っているが、上記沈降性改善処理剤の表面張力は、ペンダント・ドロップ法で測定した。
【0046】
その結果、A1は38.1dyne/cm、A2は34.8dyne/cm、B1は34.0dyne/cm、B2は33.1dyne/cmであった。評価結果を、他項目の評価結果と併せて、後の表2に示す。なお、沈降性改善処理剤の調製に用いたイオン交換水の表面張力を同様の方法で測定したところ、72.4dyne/cmであった。
【0047】
<被めっき物の親水化前処理>
被めっき物には、前述の親水化予備試験と同じ、0603サイズのチップ抵抗器を用いた。この直方体の表面積(mm)と体積(mm)との比[(表面積)/(体積)]の値は約17である。また、100個の被めっき物の質量を測定したところ、平均質量が0.12mgあり、比重は2.24であった。親水化前処理では、この被めっき物100個を、液温25℃の200mLの沈降性改善処理剤に投入した。このときの被めっき物の沈降性改善処理剤への沈降性は、次のような基準で判断した。投入後1分後の観察で全く浮遊物のない状態を、「親水化良好」と評価した。また、投入後1分後の観察で浮遊物が観察された場合には、沈降性改善処理剤を振動攪拌し、3分後の観察で浮遊物が無くなった場合には、「親水化可能」と評価した。そして、振動攪拌を伴う親水化前処理を、3分間実施しても浮遊物が残る場合を、「親水化不可」の評価とした。この、浮遊物がない状態で3分間維持した被めっき物を、後述するバレルめっき試験用のサンプルとした。その結果、A1は親水化良好、A2は親水化良好、B1は親水化良好、B2も親水化良好であった。評価結果を、他項目の評価結果と併せて、後の表2に示す。
【0048】
<バレルめっき>
バレルめっき装置として、(株)山本鍍金試験器製の水中バレル1−B型を使用し、親水化処理した被めっき物に、ニッケルめっきを施した。ニッケルめっき液は、ワット浴とスルファミン酸浴を選択し、以下の表1に示す組成に調整した。このニッケルめっき液の比重を浮秤を用いて測定したところ、ワット浴の液比重は1.17、スルファミン酸浴の液比重は1.27であった。
【0049】
【表1】

【0050】
上記バレルめっき装置のめっき槽にめっき液3Lを入れ、親水化前処理後、沈降性改善処理剤の液切りを行なっただけの被めっき物100個と、φ0.5mmのニッケルコート鉄ダミーボールとをバレル内に入れ、めっき液温を45℃とし、バレルを15rpmで回転させた。このとき、A1、A2、B1、B2のいずれかの沈降性改善処理剤を用いた被めっき物でも、被めっき物が浮遊することなく、めっき液への浸漬状態は良好であった。
【0051】
続いて、この回転しているバレルに3Aの電流を60分間通電し、ニッケルめっきを施した。めっき操作を行なっているときのめっき液の状態は、被めっき物を投入せずにバレルを回転させたときと大差なく、発泡状態は発生しなかった。ニッケルめっきの終了した被めっき物は、バレルから取り出して水洗し、ランダムに10個を採取した。これらの水分を拭き取って、めっきの外観評価用のサンプルとした。めっき面の外観は、走査型電子顕微鏡(SEM)を用い、倍率3000倍で観察した。その結果、いずれのサンプルにもめっき外観の異常はなく、良好であった。評価結果を、比較例の評価結果と併せて、後の表2に示す。
【比較例】
【0052】
比較例では、カチオン系界面活性剤とノニオン系界面活性剤とからそれぞれ2種類を選択し、濃度が5g/Lになるようにイオン交換水に溶解した。更に、この水溶液に、シリコーン系消泡剤を0.25g/Lとなるように添加し、消泡剤と界面活性剤の濃度比[(消泡剤濃度)/(界面活性剤濃度)]の値が0.05である沈降性改善処理剤を調製した。
【0053】
ここで用いたカチオン系界面活性剤は、セチルトリメチルアンモニウムクロライド(以下、これを用いて調製した沈降性改善処理剤を「C1」と称する。)及びポリアミンスルホン酸(以下、これを用いて調製した沈降性改善処理剤を「C2」と称する。)である。そして、ノニオン系界面活性剤は、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(以下、これを用いて調製した沈降性改善処理剤を「N1」と称する。)及びポリプロピレングリコール(以下、これを用いて調製した沈降性改善処理剤を「N2」と称する。)である。
【0054】
<沈降性改善処理剤の表面張力>
実施例と同様の方法で、沈降性改善処理剤の表面張力を測定した。その結果、C1では22.1dyne/cm、C2では58.7dyne/cm、N1では49.1dyne/cm、N2では51.9dyne/cmであった。評価結果を、他項目の評価結果と併せて、後の表2に示す。
【0055】
<被めっき物の前処理>
上記沈降性改善処理剤を用い、実施例で行なった親水化前処理と同様の方法で、実施例で用いたと同様の、0603サイズの被めっき物20個を処理した。その結果、C1及びN1では振動攪拌を用いることで、沈降性改善処理液に沈降し、親水化処理ができた。即ち、親水化可能のレベルであった。しかし、1.0g/Lまで希釈した沈降性改善処理剤を用いたところ、C1及びN1のいずれかも親水化不可のレベルであった。
【0056】
また、C2を用い振動攪拌を実施したものでは、3分間を経過しても投入した被めっき物の全量が沈降性改善処理剤に浮遊したままであった。被めっき物1のめっき液への浮遊状態を図3に示す。同様に、N2を用いた場合にも、投入した被めっき物の全量が沈降性改善処理剤に浮遊したままであった。即ち、C2及びN2の親水化評価は、親水化不可のレベルであった。
【0057】
<バレルめっき>
C1及びN1を用いて親水化前処理を行なった被めっき物各100個に対し、実施例と同様にしてバレルめっきを施した。このとき、浮遊する被めっき物もなく、めっき液への浸漬状態は良好だった。そして、めっき操作を行なっているときのめっき液の状態は、被めっき物を投入せずにバレルを回転させたときと大差なく、発泡状態は見られなかった。しかし、ニッケルめっきを施し、めっき状態を実施例と同様にして評価したところ、めっき層の厚さが不均一で、平滑なめっき層が得られず、全て不良であった。評価結果を、実施例の評価結果と併せて表2に示す。
【0058】
【表2】

【0059】
<実施例と比較例との対比>
上記から、被めっき物が、バレルめっき液の比重に対して2倍程度の比重を有していても、被めっき物の比重に対して表面張力が勝り、被めっき物は、めっき液へ沈降できないことが明らかである。即ち、微細化するチップ部品などに対してめっきを施す際には、親水化処理を施して、沈降性を改善することが重要である。
【0060】
そして、沈降性改善処理剤にアニオン系界面活性剤や両性界面活性剤を用い、良好な親水化処理を施すことができている。しかし、上記表2に示すように、比較例のカチオン系界面活性剤を用いたC1や、ノニオン系界面活性剤を用いたN1も、表面張力が小さく、親水化可能のレベルで親水化処理できる沈降性改善処理剤である。
【0061】
ところが、表2から明らかなように、比較例に見られる親水化処理の能力は、界面活性剤の濃度が高くても、実施例に比較して劣っている。
【0062】
また、実際にバレルめっき法を用いて、ニッケルめっきを施すと、実施例では、良好なめっき状態が得られる。これに対し、比較例の場合には、実際にバレルめっき法を用いて、ニッケルめっきを施すと、良好なめっき状態が得られない。即ち、沈降性改善処理剤が低表面張力であることは、被めっき物に親水性を付与するための必要条件ではあるが、バレルめっきを施した際に、良好なめっき状態が得られることを保証できる条件ではない。従って、沈降性を改善し、同時にめっき特性を改善するためには、本件発明に係るアニオン系界面活性剤又は両性界面活性剤を用いた沈降性改善処理剤を使用することが好ましいのが明らかである。
【0063】
今回の実施例及び比較例では、0402サイズのチップコンデンサも用いた。このチップコンデンサの比重は4.2であり、親水化処理前にはめっき液に浮遊する傾向がある。このチップコンデンサに対し、上述の実施例から分かるように親水化前処理を施すと、めっき液への沈降性が明らかに改善されており、ここで用いたアニオン系界面活性剤及び両性界面活性剤の親水化処理の効果を裏付けている。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本件発明に係る沈降性改善処理剤を用いれば、バレルめっきを施す被めっき物の、めっき液への沈降性を改善することができる。また、この被めっき物にバレルめっきを施すと、良好なめっき状態が得られる。従って、従来、バレルめっき時にめっき液に沈降しなかった被めっき物でも、本件発明に係る沈降性改善処理剤を用いることで、めっき液中に容易に沈降する。従って、既存のバレルめっき設備に何ら改良を施すことなく、良好なめっき操作が可能になる。この結果、バレルめっき法による、微小なチップ部品、電子部品などへのめっきが、良好な生産歩留まりで行える。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】ドデシル硫酸ナトリウム濃度と親水化処理効果との関係を示すグラフである。
【図2】消泡剤の効果を示すグラフである。
【図3】めっき液に被めっき物が浮遊している状態を示す図(C2処理後)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バレルめっき法における被めっき物の沈降性を改善するための前処理剤であって、
アニオン系界面活性剤及び両性界面活性剤から選択された少なくとも一種の界面活性剤を含むことを特徴とする沈降性改善処理剤。
【請求項2】
前記界面活性剤を濃度0.1g/L〜飽和濃度で含む請求項1に記載の沈降性改善処理剤。
【請求項3】
表面張力が50dyne/cm以下である請求項1又は請求項2に記載の沈降性改善処理剤。
【請求項4】
消泡剤を含む請求項1〜請求項3のいずれかに記載の沈降性改善処理剤。
【請求項5】
前記消泡剤はシリコーン系消泡剤である請求項4に記載の沈降性改善処理剤。
【請求項6】
前記消泡剤と前記界面活性剤との濃度比[(消泡剤濃度)/(界面活性剤濃度)]の値が0.02〜1.2である請求項4又は請求項5に記載の沈降性改善処理剤。
【請求項7】
バレル内に空間部分を形成しつつ被めっき物にめっきを施すバレルめっき方法において、
請求項1〜請求項6のいずれかに記載の沈降性改善処理剤を用い、被めっき物を処理することで被めっき物に親水性を付与する親水化前処理を含むことを特徴とするバレルめっき方法。
【請求項8】
前記被めっき物の表面積(mm)と体積(mm)との比[(表面積)/(体積)]の値が2〜50である請求項7又は請求項7に記載のバレルめっき方法。
【請求項9】
前記親水化前処理では、被めっき物を液温を10℃〜60℃とした沈降性改善処理剤に1分間〜5分間浸漬処理するものである請求項7または請求項8に記載のバレルめっき方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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