被処理物アレルゲン活性の加熱低減化方法
【課題】加熱によるアレルゲン物質の活性低減化において、所望する活性低減率を達成する為の加熱温度及び加熱時間を予測可能とする。
【解決手段】アレルゲン物質を温度Tで時間tだけ加熱して、アレルゲン物質の活性低下率rを測定することにより、複数個の3次元データ群(T,t,r)を導出し、前記3次元データ群を用いて視認或いは回帰分析により、所望のアレルゲン活性低減率r0を達成するための加熱温度T0と加熱時間t0を算出する。
【解決手段】アレルゲン物質を温度Tで時間tだけ加熱して、アレルゲン物質の活性低下率rを測定することにより、複数個の3次元データ群(T,t,r)を導出し、前記3次元データ群を用いて視認或いは回帰分析により、所望のアレルゲン活性低減率r0を達成するための加熱温度T0と加熱時間t0を算出する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アレルゲン物質のアレルゲン活性を低減化(以下「アレルゲン低減化」と称する)する方法に関し、更に詳細には、アレルゲン物質を含有する被処理物を処理して前記アレルゲン物質のアレルゲン活性を低減化する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アレルゲン物質とはアレルギーを引き起こす物質であり、一般には吸入性アレルゲン物質が最もよく知られている。吸入性アレルギーにおいては、微小化されたアレルゲン物質が、空気中に飛散して、ヒトの呼吸器に入り込み、通年性アレルギー性鼻炎及び気管支喘息を発生させる。実在する吸入性アレルゲン物質は、ダニの死骸及び排泄物が大部分を占めるが、他に花粉、犬及び猫などのフケ、及びカビなども吸入性アレルゲン物質として機能する。
【0003】
前記吸入性アレルゲン物質は、それらの微小性の為、家などの密室化された空間において、畳、カーペット、ソファ及び布団などの家財に蓄積されやすく、前記空間へ再飛散して住人にアレルギー反応を発生させる。従って、前記家財においてアレルゲン物質を低減化することは、住人の健康の為に重要である。
【0004】
アレルゲン物質は大半が生物起源の蛋白質或いは多糖類などの高分子である。従って、掃除機などによる吸引により除去できないアレルゲン物質を低減化するためには、前記高分子を変性又は分解する必要がある。前記変性或いは分解については、薬剤を使用して行うことが可能であり、例えば特開2002−096343号公報(特許文献1)に開示されている。然し、アレルゲン物質は安定性が高く、変性或いは分解の為には非常に強力な薬剤を必要とするため、種々の問題を起こす。例えば、これらの薬剤は、被処理物を変色および変質させる可能性がある。しかも、これらの薬剤は、洗浄後に残留して、住人に害をもたらす可能性がある。
【0005】
アレルゲン物質は、加熱によっても低減化できる。アレルゲン加熱低減化方法は、薬品による低減化に比べると、残留の問題が全く無く、また被処理物の変色及び変質の問題も、条件を的確に設定することにより回避することができる。アレルゲン加熱低減化方法については、特開平07−275166号公報(特許文献2)、特開平07−250604号公報(特許文献3)、実開平07−000246号公報(特許文献4)及び特開2007−259805号公報(特許文献5)に開示されている。
【特許文献1】特開2002−096343号公報
【特許文献2】特開平07−275166号公報
【特許文献3】特開平07−250604号公報
【特許文献4】実開平07−000246号公報
【特許文献5】特開2007−259805号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献2〜5に示された加熱方法は改善の余地がある。加熱を行う時間及び温度は、大雑把に無計画に決められる。従って、極めて非効率な運用が行われる。従って、加熱が長時間に亘る、或いは温度が高すぎる為に、被処理物が熱により劣化する可能性がある。又、エネルギーを浪費してしまう可能性もある。反対に、加熱時間或いは加熱温度を過少にすると、加熱処理後にアレルゲン活性が残留してしまい、加熱処理を再度行うことが必要となる。特許文献2〜5には、この欠点を克服することは記載されていないし、示唆さえされていない。
【0007】
従って、無駄なエネルギー及び労力の浪費、及び被処理物の破損を防ぐには、加熱時間及び加熱温度を予め適度に設定することが必要となる。本発明の目的は、実用時においてアレルゲン低減化の為に必要な加熱温度及び加熱時間を実験的に測定し、この測定結果に基づいて、アレルゲン物質を含有した被処理物を適確に加熱処理して、アレルゲン低減化処理を確実に行うことである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決する為に鋭意研究した結果、加熱時間及び加熱温度を予め設定する為には、加熱条件の変化によるアレルゲン低減率の変化を、定量的に理解することが必要となることを知見し、本発明はその知見に基づくものである。
【0009】
本発明は、アレルゲン低減率の温度及び時間への依存性を理解するために、アレルゲン物質及び加熱装置を用いて、アレルゲン加熱低減化を行うことにより、複数のデータ点を計測するアレルゲン加熱低減化方法である。更に詳細には、加熱温度及び加熱時間の変化によるアレルゲン低減率の変化を所定の温度及び時間範囲内において複数測定することにより、実際に使用可能な温度及び時間範囲内において最適な加熱温度及び加熱時間を予測するアレルゲン加熱低減化方法である。
【0010】
本発明の第1の形態は、アレルゲン物質を温度Tで加熱して、前記アレルゲン物質のアレルゲン活性低減率rを測定することにより、複数個の2次元データ群(T,r)を導出し、前記2次元データ群(T,r)から所望のアレルゲン活性低減率r0を達成するための加熱温度T0を決定し、前記加熱温度T0以上で前記アレルゲン物質を含有する被処理物を加熱するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0011】
本発明の第2の形態は、第1の形態において、前記2次元データ群(T,r)から転移温度TCを導出し、前記転移温度TC以上の温度から前記加熱温度T0を決定するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0012】
本発明の第3の形態は、第1又は第2の形態において、前記2次元データ群(T,r)に加熱時間tを組み込んで複数個の3次元データ群(T,t,r)を導出し、前記3次元データ群から前記アレルゲン活性低減率r0を達成するための前記加熱温度T0と加熱時間t0を決定し、前記被処理物を前記加熱温度T0以上で、且つ前記加熱時間t0以上で加熱するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0013】
本発明の第4の形態は、第1又は第2の形態において、前記2次元データ群(T,r)を回帰分析することによりTr回帰式を導出し、前記Tr回帰式から前記加熱温度T0を決定するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0014】
本発明の第5の形態は、第4の形態において、前記Tr回帰式として、tanh関数を含む回帰式を用いるアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0015】
本発明の第6の形態は、第4の形態において、前記Tr回帰式として、Hill関数を含む回帰式を用いるアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0016】
本発明の第7の形態は、第3の形態において、前記3次元データ群から、前記温度Tにおける2次元データ群(t、r)を導出し、前記2次元データ群(t、r)から所望のアレルゲン活性低減率r0に対応する加熱時間t0を決定し、前記温度Tを前記加熱温度T0とするアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0017】
本発明の第8の形態は、第7の形態において、前記2次元データ群(t、r)を回帰分析することによりtr回帰式を導出し、前記tr回帰式から前記加熱時間t0を導出するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0018】
本発明の第9の形態は、第8の形態において、前記tr回帰式として、exp関数を含む回帰式を用いるアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0019】
本発明の第10の形態は、第9の形態において、前記exp関数から、前記加熱温度T0における反応速度kを導出するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0020】
本発明の第11の形態は、第10の形態において、複数の前記加熱温度T0の前記反応速度kから、前記アレルゲン物質を変性する反応の活性化エネルギーEa及び頻度因子Aを導出するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0021】
本発明の第12の形態は、第1〜11の形態において、前記加熱の方法として、湿熱を用いるアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明の第1の形態によれば、所望のアレルゲン活性低減率r0を達成するための加熱温度T0を予め決定するから、加熱によるアレルゲン低減化を、被処理物の劣化及びエネルギーの浪費が起こらないように、計画的及び効率的に行うことができる。
【0023】
アレルゲン物質は、蛋白質や多糖類などの生物由来高分子により構成される。前記高分子は構造を持ち、前記構造が免疫反応を引き起こしてアレルギーの発生を起こす。前記構造は加熱により変性されるので、加熱によりアレルゲン物質はアレルゲン活性を失う。
【0024】
一定の温度Tでアレルゲン物質を加熱すれば、時間が経つにつれて、低減率rはある最終低減率に収束する。温度が低ければ、最終低減率は低く、反対に温度が高ければ、最終低減率は高い。低温度(例えば室温)では、最終低減率は0%である。高温度(例えば100℃)においては、加熱された空気が乾燥している場合には、最終低減率は高温においても100%とはならない。しかし、加湿後加熱された空気の場合には、最終低減率はほぼ100%に達する。ここにおける加湿の役割は、後に記述する。
【0025】
従って、所望するアレルゲン低減率r0を達成するためには、その為の最低温度が存在する。又、前記最低温度以上においても、前記アレルゲン低減率r0が達成できる。従って、前記最低温度或いはそれより少々高い温度を加熱温度T0に設定して被処理物の加熱処理を行うことにより、アレルゲン低減化を確実に、且つエネルギーを浪費することなしに行うことができる。
【0026】
又、加熱温度が高い程、また湿熱の水分量が多いほど、アレルゲン低減化の速度が速くなる。例えば、スチームクリーナー或いはスチームアイロンを使用して、加湿下で被処理物を加熱した場合には、アレルゲン低減率95%が1〜5秒で達成できるので、カーペットなどの大きな家財のアレルゲン低減化の効率が良くなる。
【0027】
反対に、前記最低温度未満の温度で被処理物を加熱処理した場合には、処理時間の長短に係わらず、所望するアレルゲン低減率を達成できないので、エネルギーの浪費になる。従って、前記最低温度を確認することは、エネルギーの節約にも繋がる。
【0028】
本発明の対象となるアレルゲン物質としては、例えば、ダニ、ダニの糞、ダニの死骸、花粉、カビ及び動物のフケなどの吸入性アレルゲン物質が挙げられる。しかし、これらのアレルゲンでなくとも、生物起源のアレルゲンであり、蛋白質・糖類などの生物起源高分子を主成分とするものであれば、本発明により低減化できる。又、吸入性以外のアレルゲン、例えば食餌性アレルゲンなども、本発明の対象となり得る。
【0029】
被処理物としては、次のものが考えられる。例えば、カーペット及び畳などの敷物、布団、毛布及び枕などの寝具、又は椅子、ソファ及びベッドなどの家具などが挙げられる。又、家やアパートなどの不動産における物品だけでなく、自動車、船舶及び飛行機などにおける物品も、被処理物となり得る。更に、吸入性以外のアレルゲン、例えば食餌性アレルゲンを低減化するために、食品及び飲料なども被処理物となり得る。
【0030】
前記アレルゲン加熱低減化データの測定方法としては、試験管内においてアレルゲン物質を加熱するのが一番簡単な方法であるが、より現実的なデータを得る為、カーペットの素材などにアレルゲン物質を担持させて加熱しても良いし、加熱方法としてスチームクリーナー又はスチームアイロンなどを使用しても良い。又、乾燥空気で加熱する乾熱を使用しても良いが、より効果的には水分を含ませた状態で加熱する湿熱が好適である。前記アレルゲン低減化データは、加熱温度を室温から100℃まで、5〜20℃の間隔で測定することが好ましい。
【0031】
本発明の第2の形態によれば、前記2次元データ群(T,r)から転移温度TCを導出するので、視認でT0を決定することが容易になる。ここにおける転移温度TCとは、前記2次元データ群(T,r)において、微分関数が最大値をとる値である。従って、転移温度TCにおいては、グラフ曲線の傾斜が一番顕著になるので、視認が容易である。Tr回帰分析を行う場合においても、転移温度TCを算出することにより加熱温度T0の決定が容易になる。
【0032】
前記2次元データ群(T,r)のグラフは原理的にはS字曲線により近似できる。低温域ではアレルゲン低減率rがある値rmin(普通は0)に収束していて、温度が増加しても低減率rは僅かに増加するだけであるが、ある温度域において、急激に低減率rが増加する。それ以上の温度域では、低減率rの増加が緩やかになり、ある値rmaxに収束していく。従って、上記した様に、2次元データ群(T,r)のグラフはS字曲線になる。S字曲線は視認による概算に適しており、特に転移温度TCにおいては、アレルゲン低減率rが前記rmin及びrmaxの平均の値をとるので、転移温度TCは前記グラフの視認により確認しやすい。又、前記グラフは、転移温度TCにおいて微分関数が最大になるので、所望するアレルゲン低減率r0が如何なる数値であろうと、必要な加熱温度T0は前記グラフ上において転移温度TCの至近に存在する。従って、転移温度TCを確認することにより、視認により加熱温度T0を決定することが容易になる。
【0033】
又、視認に依存せずに、Tr回帰分析を行って加熱温度T0を決定する場合においても、転移温度TCを算出することは重要となる。Tr回帰式は殆どの場合において転移温度TCを式の係数として含む。後に記述するように、前記Tr回帰式は、要望するアレルゲン低減率r0を達成できる最低温度を算出するのに必要なので、加熱温度T0を決定する場合には、転移温度TCの数値が必要となる。
【0034】
本発明の第3の形態によれば、3次元データ群(T,t,r)を導出し、所望のアレルゲン活性低減率r0を達成するための加熱時間t0を決定するので、被処理物の劣化を起こさないように加熱処理することができ、更に所望するアレルゲン活性低減率r0を達成するための可能な限り短時間で加熱処理を行うことができる。
【0035】
2次元データ群(T,r)及び3次元データ群(T,t,r)としては、データ表及びデータグラフ等の書面化されたもの、又はコンピュータデータ等の記憶装置内に保有されたものなどがある。書面化されたデータは、手動でアレルゲン低減化を行う場合には、使用者が加熱温度T0と加熱時間t0を決定する際に、便利にデータを読み取ることができる。その一方、アレルゲン低減化を自動化させるためには、書面化されたデータでは不十分であり、記憶装置内に保有されたデータが必要となる。
【0036】
前記したように、予め測定されるアレルゲン加熱低減化データは、加熱温度を室温から100℃まで、5〜20℃の間隔で測定することが好ましい。加熱時間t0を決定する為には、各加熱温度T0において、加熱時間tを0〜20分まで、1秒〜10分の間隔で測定することが好ましい。前記転移温度TCを決定する為には、各加熱温度T0において、加熱時間30分以上のデータを得ることが好ましい。
【0037】
本発明の第4の形態によれば、前記2次元データ群(T,r)を回帰分析してTr回帰式を導出することにより、数式的な方法により前記転移温度TC及び前記加熱温度T0を決定することができるので、TC及びT0の数値がより確実になる。又、回帰分析をコンピューターのプログラムに組み込むことにより、加熱温度の決定を自動化することができる。
【0038】
回帰分析を行わずに、データ又はグラフの視認により前記転移温度TC及び前記加熱温度T0を概算することは、可能である。特に、前記2次元データ群(T,r)のグラフにおいて、前記S字型曲線の転移温度TCにおける微分関数が十分な大きさを持つ場合には、前記転移温度TCの目視による概算は容易である。しかし、回帰分析を行うことにより、より正確な値を算出することが可能になる。又、回帰分析はコンピューターにより自動化できるので、アレルゲン加熱低減化の自動化にもつながる。
【0039】
転移温度TCを得るためのTr回帰式として使用可能な関数は、tanh関数及びHill関数以外にも、観測量が急激に変化をするような臨界現象を再現できる関数であれば、何でも良い。例としては、T<TCにおいてr=0、T≧TCにおいてr=rmaxとなる階段関数、及びT<T1においてr=0、T1≦T≦T2においてr=[rmax/(T2−T1)]・T−[T1rmax/(T2−T1)]、T>T2においてr=rmaxとなる区分線形関数などがある。
【0040】
本発明の第5の形態によれば、前記回帰分析の為に、アレルゲン物質変性の特性を再現できるtanh関数を利用するので、前記転移温度TC及び前記加熱温度T0のより正確な算出を行うことができる。ここにおけるtanh関数は、双曲線正接関数とも呼ばれ、グラフ上の曲線がS字型になるので、生物個体の増加及び相転移などをモデル化する為に使用される。アレルゲン低減率の最小値rmin、アレルゲン低減率の最大値rmax、転移温度TC及び係数aを式(1)として簡単にモデル化できるので、融通性が高い。
r=(rmax−rmin)/2+
[(rmax−rmin)/2]・tanh[a(T−TC)]
(1)
【0041】
本発明の第6の形態によれば、前記回帰分析の為に、アレルゲン物質変性の特性を再現できるHill関数を利用するので、前記転移温度TC及び前記加熱温度T0のより正確な算出を行うことができる。ここにおけるHill関数とは、y=xb/(ab+xb)の形を持つ関数であり、生化学において例えばヘモグロビンなどの活性をモデル化するのに使用される。グラフ上の曲線がS字型になるので、相転移などをモデル化する為にも使用される。アレルゲン低減率の最小値rmin、アレルゲン低減率の最大値rmax、転移温度TC及び係数bを式(2)として簡単にモデル化できるので、融通性が高い。
r=rmin+(rmax−rmin)・[Tb/(TCb+Tb)]
(2)
【0042】
本発明の第7の形態によれば、前記2次元データ群(t,r)から、加熱温度T0において、所望のアレルゲン活性低減率r0を達成できる必要最低限の加熱時間t0を求めることができるので、被処理物を劣化させずに、効率化を行うことができる。
【0043】
前記加熱温度T0を求める為には、所望のアレルゲン低減率r0が可能な温度範囲を第1、2及び4〜6の形態において求めることが必要となる。前記加熱温度T0は前記温度範囲に属する温度から選ばれる。前記温度範囲内に属する温度における2次元データ群(t,r)を導出することにより、所望のアレルゲン低減率r0に到達するための時間を算出することができる。算出は前記2次元データ群及び/又はグラフの目測によって行っても良いし、或いは前記2次元データ群の回帰分析によって行っても良い。
【0044】
前記温度範囲において、どの温度を加熱温度T0にするかは、被処理物の耐熱性、要望する時間節約の程度、及び加熱装置の温度に依存する性能及び経済性を考慮して使用者が決定する。例えば、時間節約が最優先であるならば、加熱温度を加熱装置において可能な最大限の温度で実施することになる。しかし、被処理物がある温度以上において変質するならば、当然に加熱処理は前記温度以下で実施しなければならない。又、加熱装置がある温度以上において通風速度及びエネルギー経済性などが極端に低下するならば、それも考慮しなければならない。
【0045】
本発明の第8の形態によれば、数式的な方法で要望のアレルゲン加熱低減率が得られる最低限の加熱時間を算出することができるので、前記加熱時間がより確実になる。
【0046】
回帰分析を行わずに、データ又はグラフの視認により転移温度TC、加熱温度T0及び加熱時間t0を概算することは可能である。しかし、回帰分析を行うことにより、より正確な値を算出することが可能になる。又、回帰分析はコンピューターにより自動化できるので、アレルゲン加熱低減化の自動化にもつながる。
【0047】
アレルゲン物質の低減化は、一定の加熱温度Tを保った場合には、加熱の初期の段階において急速に進行するが、加熱時間tが経過するに従って進行の速度が徐々に低下していき、アレルゲン低減率rはある値に収束する。収束におけるアレルゲン低減率は、加熱温度Tで加熱した場合の最長時間におけるアレルゲン低減率rt(max)により近似される。従って、加熱時間t0を得る為のtr回帰式としては、温度tが増加するに従ってアレルゲン低減率rが増加する関数であり、更に微分関数が0に収束するものであれば、使用できる。又、温度tが増加するに従ってアレルゲン低減率rが低下する関数でも、微分関数が0に収束するものであれば、除算を行うことにより使用できる。具体的には、後に記述するexp関数以外に、y=cx/(1+cx)の形を持つラングミュア方程式やy=1/xなどの式も使用できる。
【0048】
本発明の第9の形態によれば、化学反応における物質低減をモデル化するのに最適な数式であり、加熱温度t0を得る為のtr回帰式として最も好ましい、y=exp(−kx)の形をとるexp関数を使用するので、加熱時間の算出をより正確にすることができる。この関数は、xが増加することによりyが増加し、更に微分関数が0に収束するので、除算を行うことにより、アレルゲン加熱低減をモデル化するのに使用できる。exp関数は、1次反応を示す化学反応、放射物の減衰、放射性核種の崩壊及び電磁波の減衰などをモデル化するのに使用され、減衰を表す関数として広く使用されている。従って、exp関数は、前記tr回帰式として最適な関数である。前記tr回帰式としては、exp関数を編入した式(3)などが使用できる。(rt(max):最長時間におけるアレルゲン低減率、k:速度定数、初期段階におけるアレルゲン残存率を100とする。)
r=100−
[rt(max)・exp(−kt)+(100−rt(max))]
(3)
【0049】
本発明の第10の形態によれば、前記加熱温度T0における反応速度kを算出するので、アレルゲン物質の各温度においての低減速度を定量化することができる。前記のy=exp(−kx)の形をとるexp関数においては、kが大きいほど減衰がより急激に起こる。アレルゲン低減化が早いほど、式(3)における速度定数kが大きくなる。従って、速度定数kは、アレルゲン低減化速度を定量化するものである。
【0050】
式(3)を変形すると、式(4)が得られる。
t=(1/k)・
{ln[(100−r)/(100−r−rt(max))]}
(4)
式(4)においてアレルゲン低減率rを要望する低減率r0に置き換えることにより、必要な加熱時間t0をtとして求めることができる。従って、速度定数kは、加熱時間t0と直接関係するので、tr回帰式を使用して、要望するアレルゲン低減率r0から加熱時間t0を算出するには、速度定数kが不可欠となる。
【0051】
本発明の第11の形態によれば、活性化エネルギーEa及び頻度因子Aを導出するので、アレルゲン物質の低減化を、各温度及び各時間を包括する形で、定式化することができる。又、測定データ外の温度及び時間におけるアレルゲン低減率rを算出することができる。
【0052】
アレルゲン加熱低減化は、アレルゲン物質を構成する高分子の加熱による変性であり、従って化学反応である。化学反応における反応速度定数kと反応温度Tとの関係は、既に広く研究されている。最も一般的な化学反応は、アレニウスの式と呼ばれる式(5)で表示される。(R:気体定数、Ea:活性化エネルギー、A:頻度因子、T:反応温度(℃)。Tに273.15を加算するのは、摂氏(℃)を絶対温度(K)に換算するため。)
k=A{exp[−Ea/〔R(T+273.15)〕]} (5)
【0053】
活性化エネルギーEaは、1分子が反応するのに必要なエネルギーであり、頻度因子は、1分子が反応する難易度を示す。式(5)は、直線関係を強調する為に、式(6)に変形される。この式をグラフ化すると、傾斜が−Ea/Rであり、y切片がln(A)である直線が得られる。
ln(k)=(−Ea/R)[1/(T+273.15)]+ln(A)
(6)
従って、ln(k)及び絶対温度の逆数(1/(T+273.15))を変数としてグラフ化したデータ点が直線に並ぶことは、化学反応がアレニウスの式に従うことを意味する。よって、反応速度定数k及び必要とする加熱時間t0をデータ測定に使用した温度以外において算出できることを意味する。
【0054】
本発明の第12の形態によれば、アレルゲン低減性の高い湿熱を使用するので、アレルゲン低減率rを高めることができる。本願における湿熱とは、加湿下での加熱状態を意味する。湿熱を使用するにより、被処理物表面の加熱効率を更に向上させることができる。又、本願における乾熱とは、加湿しない加熱状態を意味する。本発明者の研究によれば、乾熱を使用する場合には、アレルゲン低減率rが100%になることは無く、アレルゲン低減率rは高温において60〜75%に収束する。その反面、湿熱を使用する場合には、短期間でアレルゲン低減化率rを100%にさせることが可能になる。従って、被処理物が加湿下において耐熱性を持つものであれば、湿熱によるアレルゲン加熱低減化処理は乾熱による処理よりも効果的である。
【0055】
湿熱によるアレルゲン加熱低減化が効果的な理由として、水分の加水分解作用と繊維浸透作用が列挙される。水分の加水分解作用とは、生物起源高分子の構造が熱水(液体及び気体を含む)により破壊されることである。蛋白質は、アミノ酸の脱水縮合による重合化により一次構造が形成される。同様に、多糖類は、単糖類の脱水縮合による重合化により一次構造が形成される。又、蛋白質及び多糖類は、高分子内の水素結合により二次及び三次構造が形成される。熱水は、高分子内の単分子同士の結合を加水分解し、さらに水素結合も破壊する。従って、湿熱に因る生物起源高分子の変性は、乾熱に因る変性よりも効率的に進行する。
【0056】
また、水分の繊維浸透作用とは、例えばカーペットの繊維に水分が浸透するだけでなく、繊維に吸水された水分が毛管現象により繊維の根元から先端まで全域に浸透することである。その状態で加熱すれば、前述した加水分解作用により繊維の全領域でアレルゲン物質の加水分解が進行し、アレルゲン加熱低減化がより効率的に実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0057】
[実施例1]
湿熱処理において転移温度TCを算出するために、メタルブロック加熱装置によるアレルゲン物質の試験管加熱処理を行った。ここにおける湿熱とは、加湿下での加熱状態を意味する。湿熱を使用するにより、被処理物表面の加熱効率を更に向上させることができる。処理時間は1秒〜60分であった。この処理時間においては、アレルゲン低減率が各温度においてほぼ最大値に収束していると仮定されている。アレルゲン物質としては、(1)掃除機からの埃の抽出液、(2)ダニ培地抽出液或いは(3)Derf1アレルゲン(ダニアレルゲン)液を用いた。又、ナイロンパイルにDerf1アレルゲン(15.0μg)を吸着させて、スチームクリーナーを使用して95℃で加熱処理を行った。(実施例4を参照。)
【0058】
表1〜3は、前記試験管加熱処理のデータであり(表1:掃除機埃の抽出液、表2:ダニ培地抽出液、表3:Derf1アレルゲン液)、加熱温度、加熱時間及びアレルゲン物質の種類によるアレルゲン低減率が記載されている。表1〜3に記載されているデータにおいては、未処理試験管におけるアレルゲン低減量を基準として、アレルゲン低減率を算出した。表1〜3における25℃の処理は、室温においての放置処理であり、時間経過に関係なくアレルゲン低減率は0%であった。図1〜3は、表1〜3のデータを、アレルゲン低減率及び加熱温度を変数としてグラフ化したものである。図1はアレルゲン物質として掃除機からの埃の抽出液を使用した場合のデータのグラフである。同様に、図2はダニ培地抽出液を使用した場合のグラフであり、図3はDerf1アレルゲン液を使用した場合のグラフである。
【0059】
【表1】
【0060】
【表2】
【0061】
【表3】
【0062】
図1〜3のデータは、何れも60〜80℃の間に急激にアレルゲン低減率が変化するので、アレルゲン低減率が最大値の半分になる温度が視認により簡単に概算できる。図1〜3のグラフには、視認による転移温度TCの位置が×により示されている。視認による転移温度TCは、次の通りである:図1−68℃、図2−72℃、図3−72℃。多種類のアレルゲン物質があるにもかかわらず、グラフの視認で概算された臨界温度TCは70℃前後で一致している。従って、表1〜3のデータを統合しても、臨界温度TCの算出に支障は無いことが分かる。
【0063】
図4及び図5は、表1〜3のデータを、アレルゲン低減率及び時間を変数としてグラフ化した上で、回帰式をデータ点に適合したものである。図4においては、回帰式として、tanh関数を含む式(7)を利用した。式(7)は、式(1)に最小値rminとして0、最大値rmaxとして100を挿入したものである。
r=50+50tanh[a(T−TC)] (7)
回帰式の係数の値としては、TC=68.1(℃)、a=0.1205が得られた。
【0064】
図5においては、回帰式として、Hill関数を含む式(8)を利用した。式(8)は、式(2)に最小値rminとして0、最大値rmaxとして100を挿入したものである。
r=100Tb/(TCb+Tb) (8)
回帰式の係数の値としては、TC=67.5(℃)、b=16.77が得られた。
【0065】
回帰式として式(7)或いは式(8)を使用しても、得られる転移温度TCは68℃であり、有意な差は無い。これは、回帰式が適当であれば、算出される転移温度TCが的確となることを示す。転移温度TCにおいては、アレルゲン低減率rは50%であり、従って要望するアレルゲン低減率r0が50%以上である場合には、加熱温度を転移温度TC以上にする必要がある。
【0066】
例えば、もしも要望するアレルゲン低減率r0が90%であるならば、加熱温度を図4又は図5の視認により概算するか、或いは式(7)又は式(8)を変形して算出する必要がある。図4の視認においては、r0=90の場合は、加熱温度は77℃であり、図5の視認においても同様である。
【0067】
式(7)を変形して、arcsinh(x)=(1/2)ln[(1+x)/(1−x)]であることを利用すると、式(9)が得られる。
T=(1/2a)ln[r/(100−r)]+TC (9)
ここでr=90、TC=68.1及びa=0.1205を挿入すると、T=77.3(℃)が得られる。
【0068】
又、式(8)を変形すると、式(10)が得られる。
T=TC・[r/(100−r)]1/b (10)
ここでr=90、TC=67.5及びb=16.77を挿入すると、T=76.9(℃)が得られる。
【0069】
従って、視認による概算においても、回帰式による算出においても、所望するアレルゲン低減率r0が90%の場合、加熱温度を77℃以上にする必要があることが予想できる。
【0070】
[実施例2]
乾熱処理において転移温度TCを算出するために、メタルブロック加熱装置によるアレルゲン物質の試験管加熱処理を行った。ここにおける乾熱とは、加湿しない加熱状態を意味する。加熱温度Tは25〜100℃、加熱時間tは30〜120分であった。
【0071】
表4は、前記試験管加熱処理のデータであり、加熱温度及び加熱時間によるアレルゲン低減率が記載されている。表4に記載されているデータにおいては、未処理試験管におけるアレルゲン低減量を基準として、アレルゲン低減率を算出した。表4における25℃の処理は、室温においての放置処理であり、時間経過に関係なくアレルゲン低減量は0であった。表4に記載されているデータにおいては、最大温度100℃においても、アレルゲン低減率は75%を超えることが無いことが分かる。これは、乾熱が湿熱に比べて、アレルゲン加熱低減化の作用が低いことを示す。
【0072】
【表4】
【0073】
図6及び図7は、表4のデータを、アレルゲン低減率及び時間を変数としてグラフ化した上で、回帰式をデータ点に適合したものである。図6においては、回帰式として、tanh関数を含む式(11)を使用した。式(11)は、式(1)に最小値rminとして0を挿入し、最大値rmaxを算出される回帰式の係数としたものである。
r=(rmax/2)+(rmax/2)tanh[a(T−TC)]
(11)
式(11)を使用して回帰分析を行い、TC=62.0(℃)、rmax=65.6(%)、a=0.104の数値を算出した。ここにおける臨界温度TCは、アレルゲン低減率rが50%になる数値では無くて、前記rが最大アレルゲン低減率rmaxの半分、つまり32.8%になる数値である。従って、転移温度TCにおいては、アレルゲン低減率がかなり低い。又、前記rmaxが65.6%なので、乾熱により期待できるアレルゲン低減率は、100℃においても66%を越えないことになる。
【0074】
図7においては、回帰式として、Hill関数を含む式(12)を使用した。式(12)は、式(2)に最小値rminとして0を挿入し、最大値rmaxを算出される回帰式の係数としたものである。
r=rmax・[Tb/(TCb+Tb)] (12)
式(12)を使用して回帰分析を行い、TC=62.1(℃)、rmax=66.4(%)、b=12.67の数値を算出した。この回帰分析における転移温度TC及び最大アレルゲン低減率rmaxは、式(11)を使用した回帰分析における数値とは本質的な差異は無い。従って、転移温度TCにおけるアレルゲン低減率が低く、また期待できるアレルゲン低減率も低いことが理解できる。
【0075】
従って、乾熱処理によるアレルゲン低減率は、湿熱処理における様に100%とはならない。しかし、被処理物は湿熱には耐性が弱く、乾熱には耐性が高いものも当然存在する。このような被処理物において、アレルゲン低減率が50〜70%程度で充分な状況であれば、乾熱処理は有用である。
【0076】
[実施例3]
湿熱処理において任意の加熱温度T0において加熱温度t0を算出する為に、メタルブロック加熱装置による試験管加熱処理を行った。ここにおける湿熱とは、加湿下での加熱状態を意味する。湿熱により70〜100℃で0〜20分処理を行った。
【0077】
表5は、前記試験管加熱処理のデータであり、加熱温度及び加熱時間によるアレルゲン低減率が記載されている。同様の温度及び時間で測定した複数のデータが存在する場合には、複数の試験管を同様な条件で処理したことを示す。表5においては、未処理試験管におけるアレルゲン低減量を基準として、アレルゲン低減率を算出した。加熱温度が70℃の場合は、最長時間が僅か5分で、最大アレルゲン低減率が24%でしかないが、加熱温度が80℃以上の場合は、最長時間が短くとも10分であり、最大アレルゲン低減率は90%を超える。
【0078】
【表5】
【0079】
図8は、表5のデータを、アレルゲン低減率及び時間を変数としてグラフ化した上で、加熱温度が80〜100℃の場合のデータ点に、回帰式を適合したものである。回帰式としては、exp関数を含む式(3)を使用した。温度が高くなるに従って、アレルゲン低減化がより急速に進行し、また最長時間におけるアレルゲン低減率rt(max)が高くなることが分かる。要望するアレルゲン低減率r0が90%であれば、80〜100℃において10分以内で達成できることが、図8の視認により確認できる。
【0080】
表6は、各温度Tにおける速度定数k、最長時間におけるアレルゲン低減率rt(max)及び所望するアレルゲン低減率r0が90%である場合の必要な加熱時間t0を記載したものである。前記速度定数k及び前記低減率rt(max)は、式(3)を使用して回帰分析を行うことにより算出された。前記加熱時間t0は、式(3)を変形して得られた式(13)に、r=90及び前記回帰分析により得られたk及びrt(max)を挿入して算出された。
t=(1/k)[ln〔rt(max)/(rt(max)−r)〕]
(13)
表6に示されるように、80℃においては、8分近い加熱時間が必要であるが、100℃においては、1分足らずで充分である。従って、被処理物が100℃の湿熱に耐性がある場合には、加熱処理を100℃で行うことにより短時間で所望のアレルゲン低減率を達成できる。しかし、被処理物の湿熱に対する耐性が80℃までしかない場合には、加熱処理を80℃で8分近くかけて行う必要がある。
【0081】
【表6】
【0082】
図9は、表6における反応速度定数k及び温度Tを元に、ln(k)及び絶対温度の逆数(1/(T+273.15))を変数としてグラフ化したものである。データ点がほぼ直線に並ぶので、アレルゲン低減化における反応は、アレニウスの式に従うことが分かる。回帰式としてアレニウスの式(6)を使用することにより、−Ea/R=−13438、ln(A)=37.185の数値が得られる。Rとして公知の値である1.987cal・K−1・mol−1を使用することにより、Eaとして26.7kcal/molが得られる。又、Aとして1.41×1016min−1が得られる。
【0083】
本実施例においては、90℃及び100℃の中間、例えば95℃におけるデータを計測していない。しかし、式(5)及び式(13)を用いることにより、95℃において所望するアレルゲン低減率r0が90%である場合の必要加熱時間を算出することができる。温度95℃における速度定数kT=95℃は、上記の数値を式(5)に挿入することにより得られる。
kT=95℃=(1.41×1016)・
{exp[−26.7・1000/
〔1.987・(95+273.15)〕]}
=1.98(分−1) (14)
【0084】
95℃における最長時間におけるアレルゲン低減率rt(max)は、式(8)を使用することにより算出できる。
rt(max)、T=95℃=100・(95)16,77
/(67.516.77+9516.77)
=99.7(%) (15)
【0085】
従って、上記反応速度定数kT=95℃を式(13)へ挿入することにより、
t0、T=95℃=(1/1.98)
・[ln〔99.7/(99.7−90)〕]
=1.17(分) (16)
従って、95℃においては、加熱を1.17分行えば良いことになる。このように、活性化エネルギーEaおよび頻度因子Aは、測定データ以外での温度における加熱温度t0を算出するのに役立つ。
【0086】
[実施例4]
スチームクリーナーによりダニアレルゲン低減化を行った。使用した器具はケルヒャー業務用スチームクリーナー(DE4002)であった。ヘッドにおける温度を測定した結果、95℃の湿熱を35分間維持できることが確認された。ダニアレルゲンであるDerf1アレルゲン(15.0μg)をナイロンパイル(2g)に吸着させて、95℃の湿熱を使用して1〜20秒の熱処理を行った。
【0087】
表7は、スチームクリーナーを使用して、ナイロンパイルに吸着させたダニアレルゲンを低減化させた結果をまとめたものである。ここにおいては、未処理パイルにおけるアレルゲン低減量を基準として、アレルゲン低減率を算出した。95℃の湿熱を使用した場合には、1秒の処理で95%以上のアレルゲン低減率を達せられることが分かる。
【0088】
【表7】
【0089】
図10は、表7におけるスチームクリーナーを使用してアレルゲンを低減化させた結果をグラフ化したものである。加熱開始時から1秒以内にアレルゲン低減率が急激に増加することが分かる。又、表7におけるデータに式(3)を適合させた関数をグラフ化したものも、図10に示されている。この回帰分析により、k=3.72(/秒)≒233(/分)、rt(max)=97.8(%)が得られた。
【0090】
ここにおける速度定数kが、実施例3における95℃の予想値とはかなり相違することについては、実験条件の相違が原因である。即ち、実施例3における加熱条件が、メタルブロックによる試験管内での加熱であり、湿熱中の水分及び湿熱の流速が低いのに対し、本実施例における加熱条件が、スチームクリーナーによる加熱であり、湿熱中の水分及び湿熱の流速が高い。従って、本実施例における加熱条件は、アレルゲンを低減化する効率が高い。
【0091】
結果としては、処理時間約1〜20秒の短時間で約95℃以上のアレルゲン低減化ができた。スチームクリーナーを使用したアレルゲン低減化は、非常に効率的に起こるので、カーペットなどの大きな家財を連続処理して、短時間で処理を終えることができる。従って、工業的に有用である。
【0092】
[実施例5]
スチームアイロンによりダニアレルゲン低減化を行った。使用した器具はナショナル・スチームアイロン(NI−L80)であった。ダニアレルゲンであるDerf1アレルゲン(15.0μg)をナイロンパイル(2g)に吸着させて、アイロンの霧吹機能を使用せずに(ドライで)1〜20秒の熱処理を行った。又、同様のアレルゲン含有ナイロンパイルを、アイロンを接触させない状態でアイロンの霧吹機能を3秒間3回作動して加湿させ、その後にアイロンを接触させた状態でドライと同様な1〜20秒の熱処理を行った。(以下に、この処理を「加湿処理後に加熱」と記載する。)アイロンによるナイロンパイルの加熱温度は、サーモラベルを用いて測定した。ドライで加熱した場合には、1秒の加熱でナイロンパイルが105〜120℃に達した。最高温度は130℃であった。
【0093】
表8は、スチームアイロンを使用して、ナイロンパイルに吸着されたダニアレルゲンを低減化させた結果をまとめたものである。ここにおいては、未処理パイルにおけるアレルゲン低減量を基準として、アレルゲン低減率を算出した。ドライで処理した場合には、加熱時間が20秒の場合においても、達成できたアレルゲン低減率は70%以下であったのに対し、加湿処理後に加熱を行った場合には、加熱時間10秒で90%のアレルゲン低減率が達成できた。
【0094】
【表8】
【0095】
図11は、表8におけるスチームアイロンを使用してアレルゲンを低減化させた結果をグラフ化したものである。ドライで処理した場合には、20秒処理した場合でも、アレルゲン低減率が収束しないのに対し、加湿処理後に加熱した場合には、アレルゲン低減率がほぼ100%に収束するのが分かる。又、表8におけるデータに式(3)を適合させてグラフ化したものも、図11に示されている。この回帰分析により、ドライ条件においては、k=0.80(/秒)≒48(/分)、rt(max)=57.9(%)が得られた。又、加湿処理後加熱の条件においては、k=0.92(/秒)≒55(/分)、rt(max)=91.6(%)が得られた。
【0096】
図11において回帰式のデータ点への適合があまり良好でない理由は、加熱温度が測定中に変化するからである。即ち、加熱の初期段階においては資料の温度が最低で105℃であるのに対し、最終段階では130℃である。従って、初期段階では反応が遅いが、後期段階では早くなる。この傾向は、ドライ条件において一番顕著であるが、加湿処理後加熱の条件においても識別できる。
【0097】
結果としては、霧吹機能作動後、105〜130℃で処理することにより、10秒以上で、約90%以上のアレルゲン低減化ができた。加湿処理後加熱の条件下でアイロンを使用する場合には、大熱量を吸収した水分が被処理物を高熱で高効率に加熱処理できるから、アレルゲン物質の活性を急速に低減化できる。又、スチームアイロンは、スチームクリーナーと同様に、大面積である被処理物を短時間で処理できるので、大きな家財をアレルゲン低減化を行うのに適しているので工業的に有用である。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明により、加熱によるアレルゲン低減化の効率化が高まり、しかも被処理物の過度な過熱による劣化を防ぐことができる。又、本発明は加熱により低減化されるアレルゲン物質に対して使用できるので、融通性の高い低減化方法を提供できる。更に、本発明は、回帰分析の利用により、自動化ができるので、産業性の高い低減化方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】掃除機からの埃の抽出液のダニアレルゲン物質の湿熱処理による低減化のグラフである。
【図2】ダニ培地抽出液のダニアレルゲン物質の湿熱処理による低減化のグラフである。
【図3】Derf1アレルゲン液のダニアレルゲン物質の湿熱処理による低減化のグラフである。
【図4】tanh関数をダニアレルゲン物質の湿熱処理のデータ点に適合したグラフである。
【図5】Hill関数をダニアレルゲン物質の湿熱処理のデータ点に適合したグラフである。
【図6】tanh関数をダニアレルゲン物質の乾熱処理のデータ点に適合したグラフである。
【図7】Hill関数をダニアレルゲン物質の乾熱処理のデータ点に適合したグラフである。
【図8】70〜100℃におけるダニアレルゲン物質の湿熱処理データ(加熱時間0〜20分)をまとめたグラフである。
【図9】アレニウスの式を、湿熱処理によるダニアレルゲン低減化の速度定数及び加熱温度に適合したグラフである。
【図10】スチームクリーナーによるダニアレルゲン低減化のグラフである。
【図11】スチームアイロンによるダニアレルゲン低減化のグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、アレルゲン物質のアレルゲン活性を低減化(以下「アレルゲン低減化」と称する)する方法に関し、更に詳細には、アレルゲン物質を含有する被処理物を処理して前記アレルゲン物質のアレルゲン活性を低減化する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アレルゲン物質とはアレルギーを引き起こす物質であり、一般には吸入性アレルゲン物質が最もよく知られている。吸入性アレルギーにおいては、微小化されたアレルゲン物質が、空気中に飛散して、ヒトの呼吸器に入り込み、通年性アレルギー性鼻炎及び気管支喘息を発生させる。実在する吸入性アレルゲン物質は、ダニの死骸及び排泄物が大部分を占めるが、他に花粉、犬及び猫などのフケ、及びカビなども吸入性アレルゲン物質として機能する。
【0003】
前記吸入性アレルゲン物質は、それらの微小性の為、家などの密室化された空間において、畳、カーペット、ソファ及び布団などの家財に蓄積されやすく、前記空間へ再飛散して住人にアレルギー反応を発生させる。従って、前記家財においてアレルゲン物質を低減化することは、住人の健康の為に重要である。
【0004】
アレルゲン物質は大半が生物起源の蛋白質或いは多糖類などの高分子である。従って、掃除機などによる吸引により除去できないアレルゲン物質を低減化するためには、前記高分子を変性又は分解する必要がある。前記変性或いは分解については、薬剤を使用して行うことが可能であり、例えば特開2002−096343号公報(特許文献1)に開示されている。然し、アレルゲン物質は安定性が高く、変性或いは分解の為には非常に強力な薬剤を必要とするため、種々の問題を起こす。例えば、これらの薬剤は、被処理物を変色および変質させる可能性がある。しかも、これらの薬剤は、洗浄後に残留して、住人に害をもたらす可能性がある。
【0005】
アレルゲン物質は、加熱によっても低減化できる。アレルゲン加熱低減化方法は、薬品による低減化に比べると、残留の問題が全く無く、また被処理物の変色及び変質の問題も、条件を的確に設定することにより回避することができる。アレルゲン加熱低減化方法については、特開平07−275166号公報(特許文献2)、特開平07−250604号公報(特許文献3)、実開平07−000246号公報(特許文献4)及び特開2007−259805号公報(特許文献5)に開示されている。
【特許文献1】特開2002−096343号公報
【特許文献2】特開平07−275166号公報
【特許文献3】特開平07−250604号公報
【特許文献4】実開平07−000246号公報
【特許文献5】特開2007−259805号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献2〜5に示された加熱方法は改善の余地がある。加熱を行う時間及び温度は、大雑把に無計画に決められる。従って、極めて非効率な運用が行われる。従って、加熱が長時間に亘る、或いは温度が高すぎる為に、被処理物が熱により劣化する可能性がある。又、エネルギーを浪費してしまう可能性もある。反対に、加熱時間或いは加熱温度を過少にすると、加熱処理後にアレルゲン活性が残留してしまい、加熱処理を再度行うことが必要となる。特許文献2〜5には、この欠点を克服することは記載されていないし、示唆さえされていない。
【0007】
従って、無駄なエネルギー及び労力の浪費、及び被処理物の破損を防ぐには、加熱時間及び加熱温度を予め適度に設定することが必要となる。本発明の目的は、実用時においてアレルゲン低減化の為に必要な加熱温度及び加熱時間を実験的に測定し、この測定結果に基づいて、アレルゲン物質を含有した被処理物を適確に加熱処理して、アレルゲン低減化処理を確実に行うことである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決する為に鋭意研究した結果、加熱時間及び加熱温度を予め設定する為には、加熱条件の変化によるアレルゲン低減率の変化を、定量的に理解することが必要となることを知見し、本発明はその知見に基づくものである。
【0009】
本発明は、アレルゲン低減率の温度及び時間への依存性を理解するために、アレルゲン物質及び加熱装置を用いて、アレルゲン加熱低減化を行うことにより、複数のデータ点を計測するアレルゲン加熱低減化方法である。更に詳細には、加熱温度及び加熱時間の変化によるアレルゲン低減率の変化を所定の温度及び時間範囲内において複数測定することにより、実際に使用可能な温度及び時間範囲内において最適な加熱温度及び加熱時間を予測するアレルゲン加熱低減化方法である。
【0010】
本発明の第1の形態は、アレルゲン物質を温度Tで加熱して、前記アレルゲン物質のアレルゲン活性低減率rを測定することにより、複数個の2次元データ群(T,r)を導出し、前記2次元データ群(T,r)から所望のアレルゲン活性低減率r0を達成するための加熱温度T0を決定し、前記加熱温度T0以上で前記アレルゲン物質を含有する被処理物を加熱するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0011】
本発明の第2の形態は、第1の形態において、前記2次元データ群(T,r)から転移温度TCを導出し、前記転移温度TC以上の温度から前記加熱温度T0を決定するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0012】
本発明の第3の形態は、第1又は第2の形態において、前記2次元データ群(T,r)に加熱時間tを組み込んで複数個の3次元データ群(T,t,r)を導出し、前記3次元データ群から前記アレルゲン活性低減率r0を達成するための前記加熱温度T0と加熱時間t0を決定し、前記被処理物を前記加熱温度T0以上で、且つ前記加熱時間t0以上で加熱するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0013】
本発明の第4の形態は、第1又は第2の形態において、前記2次元データ群(T,r)を回帰分析することによりTr回帰式を導出し、前記Tr回帰式から前記加熱温度T0を決定するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0014】
本発明の第5の形態は、第4の形態において、前記Tr回帰式として、tanh関数を含む回帰式を用いるアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0015】
本発明の第6の形態は、第4の形態において、前記Tr回帰式として、Hill関数を含む回帰式を用いるアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0016】
本発明の第7の形態は、第3の形態において、前記3次元データ群から、前記温度Tにおける2次元データ群(t、r)を導出し、前記2次元データ群(t、r)から所望のアレルゲン活性低減率r0に対応する加熱時間t0を決定し、前記温度Tを前記加熱温度T0とするアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0017】
本発明の第8の形態は、第7の形態において、前記2次元データ群(t、r)を回帰分析することによりtr回帰式を導出し、前記tr回帰式から前記加熱時間t0を導出するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0018】
本発明の第9の形態は、第8の形態において、前記tr回帰式として、exp関数を含む回帰式を用いるアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0019】
本発明の第10の形態は、第9の形態において、前記exp関数から、前記加熱温度T0における反応速度kを導出するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0020】
本発明の第11の形態は、第10の形態において、複数の前記加熱温度T0の前記反応速度kから、前記アレルゲン物質を変性する反応の活性化エネルギーEa及び頻度因子Aを導出するアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【0021】
本発明の第12の形態は、第1〜11の形態において、前記加熱の方法として、湿熱を用いるアレルゲン活性の加熱低減化方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明の第1の形態によれば、所望のアレルゲン活性低減率r0を達成するための加熱温度T0を予め決定するから、加熱によるアレルゲン低減化を、被処理物の劣化及びエネルギーの浪費が起こらないように、計画的及び効率的に行うことができる。
【0023】
アレルゲン物質は、蛋白質や多糖類などの生物由来高分子により構成される。前記高分子は構造を持ち、前記構造が免疫反応を引き起こしてアレルギーの発生を起こす。前記構造は加熱により変性されるので、加熱によりアレルゲン物質はアレルゲン活性を失う。
【0024】
一定の温度Tでアレルゲン物質を加熱すれば、時間が経つにつれて、低減率rはある最終低減率に収束する。温度が低ければ、最終低減率は低く、反対に温度が高ければ、最終低減率は高い。低温度(例えば室温)では、最終低減率は0%である。高温度(例えば100℃)においては、加熱された空気が乾燥している場合には、最終低減率は高温においても100%とはならない。しかし、加湿後加熱された空気の場合には、最終低減率はほぼ100%に達する。ここにおける加湿の役割は、後に記述する。
【0025】
従って、所望するアレルゲン低減率r0を達成するためには、その為の最低温度が存在する。又、前記最低温度以上においても、前記アレルゲン低減率r0が達成できる。従って、前記最低温度或いはそれより少々高い温度を加熱温度T0に設定して被処理物の加熱処理を行うことにより、アレルゲン低減化を確実に、且つエネルギーを浪費することなしに行うことができる。
【0026】
又、加熱温度が高い程、また湿熱の水分量が多いほど、アレルゲン低減化の速度が速くなる。例えば、スチームクリーナー或いはスチームアイロンを使用して、加湿下で被処理物を加熱した場合には、アレルゲン低減率95%が1〜5秒で達成できるので、カーペットなどの大きな家財のアレルゲン低減化の効率が良くなる。
【0027】
反対に、前記最低温度未満の温度で被処理物を加熱処理した場合には、処理時間の長短に係わらず、所望するアレルゲン低減率を達成できないので、エネルギーの浪費になる。従って、前記最低温度を確認することは、エネルギーの節約にも繋がる。
【0028】
本発明の対象となるアレルゲン物質としては、例えば、ダニ、ダニの糞、ダニの死骸、花粉、カビ及び動物のフケなどの吸入性アレルゲン物質が挙げられる。しかし、これらのアレルゲンでなくとも、生物起源のアレルゲンであり、蛋白質・糖類などの生物起源高分子を主成分とするものであれば、本発明により低減化できる。又、吸入性以外のアレルゲン、例えば食餌性アレルゲンなども、本発明の対象となり得る。
【0029】
被処理物としては、次のものが考えられる。例えば、カーペット及び畳などの敷物、布団、毛布及び枕などの寝具、又は椅子、ソファ及びベッドなどの家具などが挙げられる。又、家やアパートなどの不動産における物品だけでなく、自動車、船舶及び飛行機などにおける物品も、被処理物となり得る。更に、吸入性以外のアレルゲン、例えば食餌性アレルゲンを低減化するために、食品及び飲料なども被処理物となり得る。
【0030】
前記アレルゲン加熱低減化データの測定方法としては、試験管内においてアレルゲン物質を加熱するのが一番簡単な方法であるが、より現実的なデータを得る為、カーペットの素材などにアレルゲン物質を担持させて加熱しても良いし、加熱方法としてスチームクリーナー又はスチームアイロンなどを使用しても良い。又、乾燥空気で加熱する乾熱を使用しても良いが、より効果的には水分を含ませた状態で加熱する湿熱が好適である。前記アレルゲン低減化データは、加熱温度を室温から100℃まで、5〜20℃の間隔で測定することが好ましい。
【0031】
本発明の第2の形態によれば、前記2次元データ群(T,r)から転移温度TCを導出するので、視認でT0を決定することが容易になる。ここにおける転移温度TCとは、前記2次元データ群(T,r)において、微分関数が最大値をとる値である。従って、転移温度TCにおいては、グラフ曲線の傾斜が一番顕著になるので、視認が容易である。Tr回帰分析を行う場合においても、転移温度TCを算出することにより加熱温度T0の決定が容易になる。
【0032】
前記2次元データ群(T,r)のグラフは原理的にはS字曲線により近似できる。低温域ではアレルゲン低減率rがある値rmin(普通は0)に収束していて、温度が増加しても低減率rは僅かに増加するだけであるが、ある温度域において、急激に低減率rが増加する。それ以上の温度域では、低減率rの増加が緩やかになり、ある値rmaxに収束していく。従って、上記した様に、2次元データ群(T,r)のグラフはS字曲線になる。S字曲線は視認による概算に適しており、特に転移温度TCにおいては、アレルゲン低減率rが前記rmin及びrmaxの平均の値をとるので、転移温度TCは前記グラフの視認により確認しやすい。又、前記グラフは、転移温度TCにおいて微分関数が最大になるので、所望するアレルゲン低減率r0が如何なる数値であろうと、必要な加熱温度T0は前記グラフ上において転移温度TCの至近に存在する。従って、転移温度TCを確認することにより、視認により加熱温度T0を決定することが容易になる。
【0033】
又、視認に依存せずに、Tr回帰分析を行って加熱温度T0を決定する場合においても、転移温度TCを算出することは重要となる。Tr回帰式は殆どの場合において転移温度TCを式の係数として含む。後に記述するように、前記Tr回帰式は、要望するアレルゲン低減率r0を達成できる最低温度を算出するのに必要なので、加熱温度T0を決定する場合には、転移温度TCの数値が必要となる。
【0034】
本発明の第3の形態によれば、3次元データ群(T,t,r)を導出し、所望のアレルゲン活性低減率r0を達成するための加熱時間t0を決定するので、被処理物の劣化を起こさないように加熱処理することができ、更に所望するアレルゲン活性低減率r0を達成するための可能な限り短時間で加熱処理を行うことができる。
【0035】
2次元データ群(T,r)及び3次元データ群(T,t,r)としては、データ表及びデータグラフ等の書面化されたもの、又はコンピュータデータ等の記憶装置内に保有されたものなどがある。書面化されたデータは、手動でアレルゲン低減化を行う場合には、使用者が加熱温度T0と加熱時間t0を決定する際に、便利にデータを読み取ることができる。その一方、アレルゲン低減化を自動化させるためには、書面化されたデータでは不十分であり、記憶装置内に保有されたデータが必要となる。
【0036】
前記したように、予め測定されるアレルゲン加熱低減化データは、加熱温度を室温から100℃まで、5〜20℃の間隔で測定することが好ましい。加熱時間t0を決定する為には、各加熱温度T0において、加熱時間tを0〜20分まで、1秒〜10分の間隔で測定することが好ましい。前記転移温度TCを決定する為には、各加熱温度T0において、加熱時間30分以上のデータを得ることが好ましい。
【0037】
本発明の第4の形態によれば、前記2次元データ群(T,r)を回帰分析してTr回帰式を導出することにより、数式的な方法により前記転移温度TC及び前記加熱温度T0を決定することができるので、TC及びT0の数値がより確実になる。又、回帰分析をコンピューターのプログラムに組み込むことにより、加熱温度の決定を自動化することができる。
【0038】
回帰分析を行わずに、データ又はグラフの視認により前記転移温度TC及び前記加熱温度T0を概算することは、可能である。特に、前記2次元データ群(T,r)のグラフにおいて、前記S字型曲線の転移温度TCにおける微分関数が十分な大きさを持つ場合には、前記転移温度TCの目視による概算は容易である。しかし、回帰分析を行うことにより、より正確な値を算出することが可能になる。又、回帰分析はコンピューターにより自動化できるので、アレルゲン加熱低減化の自動化にもつながる。
【0039】
転移温度TCを得るためのTr回帰式として使用可能な関数は、tanh関数及びHill関数以外にも、観測量が急激に変化をするような臨界現象を再現できる関数であれば、何でも良い。例としては、T<TCにおいてr=0、T≧TCにおいてr=rmaxとなる階段関数、及びT<T1においてr=0、T1≦T≦T2においてr=[rmax/(T2−T1)]・T−[T1rmax/(T2−T1)]、T>T2においてr=rmaxとなる区分線形関数などがある。
【0040】
本発明の第5の形態によれば、前記回帰分析の為に、アレルゲン物質変性の特性を再現できるtanh関数を利用するので、前記転移温度TC及び前記加熱温度T0のより正確な算出を行うことができる。ここにおけるtanh関数は、双曲線正接関数とも呼ばれ、グラフ上の曲線がS字型になるので、生物個体の増加及び相転移などをモデル化する為に使用される。アレルゲン低減率の最小値rmin、アレルゲン低減率の最大値rmax、転移温度TC及び係数aを式(1)として簡単にモデル化できるので、融通性が高い。
r=(rmax−rmin)/2+
[(rmax−rmin)/2]・tanh[a(T−TC)]
(1)
【0041】
本発明の第6の形態によれば、前記回帰分析の為に、アレルゲン物質変性の特性を再現できるHill関数を利用するので、前記転移温度TC及び前記加熱温度T0のより正確な算出を行うことができる。ここにおけるHill関数とは、y=xb/(ab+xb)の形を持つ関数であり、生化学において例えばヘモグロビンなどの活性をモデル化するのに使用される。グラフ上の曲線がS字型になるので、相転移などをモデル化する為にも使用される。アレルゲン低減率の最小値rmin、アレルゲン低減率の最大値rmax、転移温度TC及び係数bを式(2)として簡単にモデル化できるので、融通性が高い。
r=rmin+(rmax−rmin)・[Tb/(TCb+Tb)]
(2)
【0042】
本発明の第7の形態によれば、前記2次元データ群(t,r)から、加熱温度T0において、所望のアレルゲン活性低減率r0を達成できる必要最低限の加熱時間t0を求めることができるので、被処理物を劣化させずに、効率化を行うことができる。
【0043】
前記加熱温度T0を求める為には、所望のアレルゲン低減率r0が可能な温度範囲を第1、2及び4〜6の形態において求めることが必要となる。前記加熱温度T0は前記温度範囲に属する温度から選ばれる。前記温度範囲内に属する温度における2次元データ群(t,r)を導出することにより、所望のアレルゲン低減率r0に到達するための時間を算出することができる。算出は前記2次元データ群及び/又はグラフの目測によって行っても良いし、或いは前記2次元データ群の回帰分析によって行っても良い。
【0044】
前記温度範囲において、どの温度を加熱温度T0にするかは、被処理物の耐熱性、要望する時間節約の程度、及び加熱装置の温度に依存する性能及び経済性を考慮して使用者が決定する。例えば、時間節約が最優先であるならば、加熱温度を加熱装置において可能な最大限の温度で実施することになる。しかし、被処理物がある温度以上において変質するならば、当然に加熱処理は前記温度以下で実施しなければならない。又、加熱装置がある温度以上において通風速度及びエネルギー経済性などが極端に低下するならば、それも考慮しなければならない。
【0045】
本発明の第8の形態によれば、数式的な方法で要望のアレルゲン加熱低減率が得られる最低限の加熱時間を算出することができるので、前記加熱時間がより確実になる。
【0046】
回帰分析を行わずに、データ又はグラフの視認により転移温度TC、加熱温度T0及び加熱時間t0を概算することは可能である。しかし、回帰分析を行うことにより、より正確な値を算出することが可能になる。又、回帰分析はコンピューターにより自動化できるので、アレルゲン加熱低減化の自動化にもつながる。
【0047】
アレルゲン物質の低減化は、一定の加熱温度Tを保った場合には、加熱の初期の段階において急速に進行するが、加熱時間tが経過するに従って進行の速度が徐々に低下していき、アレルゲン低減率rはある値に収束する。収束におけるアレルゲン低減率は、加熱温度Tで加熱した場合の最長時間におけるアレルゲン低減率rt(max)により近似される。従って、加熱時間t0を得る為のtr回帰式としては、温度tが増加するに従ってアレルゲン低減率rが増加する関数であり、更に微分関数が0に収束するものであれば、使用できる。又、温度tが増加するに従ってアレルゲン低減率rが低下する関数でも、微分関数が0に収束するものであれば、除算を行うことにより使用できる。具体的には、後に記述するexp関数以外に、y=cx/(1+cx)の形を持つラングミュア方程式やy=1/xなどの式も使用できる。
【0048】
本発明の第9の形態によれば、化学反応における物質低減をモデル化するのに最適な数式であり、加熱温度t0を得る為のtr回帰式として最も好ましい、y=exp(−kx)の形をとるexp関数を使用するので、加熱時間の算出をより正確にすることができる。この関数は、xが増加することによりyが増加し、更に微分関数が0に収束するので、除算を行うことにより、アレルゲン加熱低減をモデル化するのに使用できる。exp関数は、1次反応を示す化学反応、放射物の減衰、放射性核種の崩壊及び電磁波の減衰などをモデル化するのに使用され、減衰を表す関数として広く使用されている。従って、exp関数は、前記tr回帰式として最適な関数である。前記tr回帰式としては、exp関数を編入した式(3)などが使用できる。(rt(max):最長時間におけるアレルゲン低減率、k:速度定数、初期段階におけるアレルゲン残存率を100とする。)
r=100−
[rt(max)・exp(−kt)+(100−rt(max))]
(3)
【0049】
本発明の第10の形態によれば、前記加熱温度T0における反応速度kを算出するので、アレルゲン物質の各温度においての低減速度を定量化することができる。前記のy=exp(−kx)の形をとるexp関数においては、kが大きいほど減衰がより急激に起こる。アレルゲン低減化が早いほど、式(3)における速度定数kが大きくなる。従って、速度定数kは、アレルゲン低減化速度を定量化するものである。
【0050】
式(3)を変形すると、式(4)が得られる。
t=(1/k)・
{ln[(100−r)/(100−r−rt(max))]}
(4)
式(4)においてアレルゲン低減率rを要望する低減率r0に置き換えることにより、必要な加熱時間t0をtとして求めることができる。従って、速度定数kは、加熱時間t0と直接関係するので、tr回帰式を使用して、要望するアレルゲン低減率r0から加熱時間t0を算出するには、速度定数kが不可欠となる。
【0051】
本発明の第11の形態によれば、活性化エネルギーEa及び頻度因子Aを導出するので、アレルゲン物質の低減化を、各温度及び各時間を包括する形で、定式化することができる。又、測定データ外の温度及び時間におけるアレルゲン低減率rを算出することができる。
【0052】
アレルゲン加熱低減化は、アレルゲン物質を構成する高分子の加熱による変性であり、従って化学反応である。化学反応における反応速度定数kと反応温度Tとの関係は、既に広く研究されている。最も一般的な化学反応は、アレニウスの式と呼ばれる式(5)で表示される。(R:気体定数、Ea:活性化エネルギー、A:頻度因子、T:反応温度(℃)。Tに273.15を加算するのは、摂氏(℃)を絶対温度(K)に換算するため。)
k=A{exp[−Ea/〔R(T+273.15)〕]} (5)
【0053】
活性化エネルギーEaは、1分子が反応するのに必要なエネルギーであり、頻度因子は、1分子が反応する難易度を示す。式(5)は、直線関係を強調する為に、式(6)に変形される。この式をグラフ化すると、傾斜が−Ea/Rであり、y切片がln(A)である直線が得られる。
ln(k)=(−Ea/R)[1/(T+273.15)]+ln(A)
(6)
従って、ln(k)及び絶対温度の逆数(1/(T+273.15))を変数としてグラフ化したデータ点が直線に並ぶことは、化学反応がアレニウスの式に従うことを意味する。よって、反応速度定数k及び必要とする加熱時間t0をデータ測定に使用した温度以外において算出できることを意味する。
【0054】
本発明の第12の形態によれば、アレルゲン低減性の高い湿熱を使用するので、アレルゲン低減率rを高めることができる。本願における湿熱とは、加湿下での加熱状態を意味する。湿熱を使用するにより、被処理物表面の加熱効率を更に向上させることができる。又、本願における乾熱とは、加湿しない加熱状態を意味する。本発明者の研究によれば、乾熱を使用する場合には、アレルゲン低減率rが100%になることは無く、アレルゲン低減率rは高温において60〜75%に収束する。その反面、湿熱を使用する場合には、短期間でアレルゲン低減化率rを100%にさせることが可能になる。従って、被処理物が加湿下において耐熱性を持つものであれば、湿熱によるアレルゲン加熱低減化処理は乾熱による処理よりも効果的である。
【0055】
湿熱によるアレルゲン加熱低減化が効果的な理由として、水分の加水分解作用と繊維浸透作用が列挙される。水分の加水分解作用とは、生物起源高分子の構造が熱水(液体及び気体を含む)により破壊されることである。蛋白質は、アミノ酸の脱水縮合による重合化により一次構造が形成される。同様に、多糖類は、単糖類の脱水縮合による重合化により一次構造が形成される。又、蛋白質及び多糖類は、高分子内の水素結合により二次及び三次構造が形成される。熱水は、高分子内の単分子同士の結合を加水分解し、さらに水素結合も破壊する。従って、湿熱に因る生物起源高分子の変性は、乾熱に因る変性よりも効率的に進行する。
【0056】
また、水分の繊維浸透作用とは、例えばカーペットの繊維に水分が浸透するだけでなく、繊維に吸水された水分が毛管現象により繊維の根元から先端まで全域に浸透することである。その状態で加熱すれば、前述した加水分解作用により繊維の全領域でアレルゲン物質の加水分解が進行し、アレルゲン加熱低減化がより効率的に実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0057】
[実施例1]
湿熱処理において転移温度TCを算出するために、メタルブロック加熱装置によるアレルゲン物質の試験管加熱処理を行った。ここにおける湿熱とは、加湿下での加熱状態を意味する。湿熱を使用するにより、被処理物表面の加熱効率を更に向上させることができる。処理時間は1秒〜60分であった。この処理時間においては、アレルゲン低減率が各温度においてほぼ最大値に収束していると仮定されている。アレルゲン物質としては、(1)掃除機からの埃の抽出液、(2)ダニ培地抽出液或いは(3)Derf1アレルゲン(ダニアレルゲン)液を用いた。又、ナイロンパイルにDerf1アレルゲン(15.0μg)を吸着させて、スチームクリーナーを使用して95℃で加熱処理を行った。(実施例4を参照。)
【0058】
表1〜3は、前記試験管加熱処理のデータであり(表1:掃除機埃の抽出液、表2:ダニ培地抽出液、表3:Derf1アレルゲン液)、加熱温度、加熱時間及びアレルゲン物質の種類によるアレルゲン低減率が記載されている。表1〜3に記載されているデータにおいては、未処理試験管におけるアレルゲン低減量を基準として、アレルゲン低減率を算出した。表1〜3における25℃の処理は、室温においての放置処理であり、時間経過に関係なくアレルゲン低減率は0%であった。図1〜3は、表1〜3のデータを、アレルゲン低減率及び加熱温度を変数としてグラフ化したものである。図1はアレルゲン物質として掃除機からの埃の抽出液を使用した場合のデータのグラフである。同様に、図2はダニ培地抽出液を使用した場合のグラフであり、図3はDerf1アレルゲン液を使用した場合のグラフである。
【0059】
【表1】
【0060】
【表2】
【0061】
【表3】
【0062】
図1〜3のデータは、何れも60〜80℃の間に急激にアレルゲン低減率が変化するので、アレルゲン低減率が最大値の半分になる温度が視認により簡単に概算できる。図1〜3のグラフには、視認による転移温度TCの位置が×により示されている。視認による転移温度TCは、次の通りである:図1−68℃、図2−72℃、図3−72℃。多種類のアレルゲン物質があるにもかかわらず、グラフの視認で概算された臨界温度TCは70℃前後で一致している。従って、表1〜3のデータを統合しても、臨界温度TCの算出に支障は無いことが分かる。
【0063】
図4及び図5は、表1〜3のデータを、アレルゲン低減率及び時間を変数としてグラフ化した上で、回帰式をデータ点に適合したものである。図4においては、回帰式として、tanh関数を含む式(7)を利用した。式(7)は、式(1)に最小値rminとして0、最大値rmaxとして100を挿入したものである。
r=50+50tanh[a(T−TC)] (7)
回帰式の係数の値としては、TC=68.1(℃)、a=0.1205が得られた。
【0064】
図5においては、回帰式として、Hill関数を含む式(8)を利用した。式(8)は、式(2)に最小値rminとして0、最大値rmaxとして100を挿入したものである。
r=100Tb/(TCb+Tb) (8)
回帰式の係数の値としては、TC=67.5(℃)、b=16.77が得られた。
【0065】
回帰式として式(7)或いは式(8)を使用しても、得られる転移温度TCは68℃であり、有意な差は無い。これは、回帰式が適当であれば、算出される転移温度TCが的確となることを示す。転移温度TCにおいては、アレルゲン低減率rは50%であり、従って要望するアレルゲン低減率r0が50%以上である場合には、加熱温度を転移温度TC以上にする必要がある。
【0066】
例えば、もしも要望するアレルゲン低減率r0が90%であるならば、加熱温度を図4又は図5の視認により概算するか、或いは式(7)又は式(8)を変形して算出する必要がある。図4の視認においては、r0=90の場合は、加熱温度は77℃であり、図5の視認においても同様である。
【0067】
式(7)を変形して、arcsinh(x)=(1/2)ln[(1+x)/(1−x)]であることを利用すると、式(9)が得られる。
T=(1/2a)ln[r/(100−r)]+TC (9)
ここでr=90、TC=68.1及びa=0.1205を挿入すると、T=77.3(℃)が得られる。
【0068】
又、式(8)を変形すると、式(10)が得られる。
T=TC・[r/(100−r)]1/b (10)
ここでr=90、TC=67.5及びb=16.77を挿入すると、T=76.9(℃)が得られる。
【0069】
従って、視認による概算においても、回帰式による算出においても、所望するアレルゲン低減率r0が90%の場合、加熱温度を77℃以上にする必要があることが予想できる。
【0070】
[実施例2]
乾熱処理において転移温度TCを算出するために、メタルブロック加熱装置によるアレルゲン物質の試験管加熱処理を行った。ここにおける乾熱とは、加湿しない加熱状態を意味する。加熱温度Tは25〜100℃、加熱時間tは30〜120分であった。
【0071】
表4は、前記試験管加熱処理のデータであり、加熱温度及び加熱時間によるアレルゲン低減率が記載されている。表4に記載されているデータにおいては、未処理試験管におけるアレルゲン低減量を基準として、アレルゲン低減率を算出した。表4における25℃の処理は、室温においての放置処理であり、時間経過に関係なくアレルゲン低減量は0であった。表4に記載されているデータにおいては、最大温度100℃においても、アレルゲン低減率は75%を超えることが無いことが分かる。これは、乾熱が湿熱に比べて、アレルゲン加熱低減化の作用が低いことを示す。
【0072】
【表4】
【0073】
図6及び図7は、表4のデータを、アレルゲン低減率及び時間を変数としてグラフ化した上で、回帰式をデータ点に適合したものである。図6においては、回帰式として、tanh関数を含む式(11)を使用した。式(11)は、式(1)に最小値rminとして0を挿入し、最大値rmaxを算出される回帰式の係数としたものである。
r=(rmax/2)+(rmax/2)tanh[a(T−TC)]
(11)
式(11)を使用して回帰分析を行い、TC=62.0(℃)、rmax=65.6(%)、a=0.104の数値を算出した。ここにおける臨界温度TCは、アレルゲン低減率rが50%になる数値では無くて、前記rが最大アレルゲン低減率rmaxの半分、つまり32.8%になる数値である。従って、転移温度TCにおいては、アレルゲン低減率がかなり低い。又、前記rmaxが65.6%なので、乾熱により期待できるアレルゲン低減率は、100℃においても66%を越えないことになる。
【0074】
図7においては、回帰式として、Hill関数を含む式(12)を使用した。式(12)は、式(2)に最小値rminとして0を挿入し、最大値rmaxを算出される回帰式の係数としたものである。
r=rmax・[Tb/(TCb+Tb)] (12)
式(12)を使用して回帰分析を行い、TC=62.1(℃)、rmax=66.4(%)、b=12.67の数値を算出した。この回帰分析における転移温度TC及び最大アレルゲン低減率rmaxは、式(11)を使用した回帰分析における数値とは本質的な差異は無い。従って、転移温度TCにおけるアレルゲン低減率が低く、また期待できるアレルゲン低減率も低いことが理解できる。
【0075】
従って、乾熱処理によるアレルゲン低減率は、湿熱処理における様に100%とはならない。しかし、被処理物は湿熱には耐性が弱く、乾熱には耐性が高いものも当然存在する。このような被処理物において、アレルゲン低減率が50〜70%程度で充分な状況であれば、乾熱処理は有用である。
【0076】
[実施例3]
湿熱処理において任意の加熱温度T0において加熱温度t0を算出する為に、メタルブロック加熱装置による試験管加熱処理を行った。ここにおける湿熱とは、加湿下での加熱状態を意味する。湿熱により70〜100℃で0〜20分処理を行った。
【0077】
表5は、前記試験管加熱処理のデータであり、加熱温度及び加熱時間によるアレルゲン低減率が記載されている。同様の温度及び時間で測定した複数のデータが存在する場合には、複数の試験管を同様な条件で処理したことを示す。表5においては、未処理試験管におけるアレルゲン低減量を基準として、アレルゲン低減率を算出した。加熱温度が70℃の場合は、最長時間が僅か5分で、最大アレルゲン低減率が24%でしかないが、加熱温度が80℃以上の場合は、最長時間が短くとも10分であり、最大アレルゲン低減率は90%を超える。
【0078】
【表5】
【0079】
図8は、表5のデータを、アレルゲン低減率及び時間を変数としてグラフ化した上で、加熱温度が80〜100℃の場合のデータ点に、回帰式を適合したものである。回帰式としては、exp関数を含む式(3)を使用した。温度が高くなるに従って、アレルゲン低減化がより急速に進行し、また最長時間におけるアレルゲン低減率rt(max)が高くなることが分かる。要望するアレルゲン低減率r0が90%であれば、80〜100℃において10分以内で達成できることが、図8の視認により確認できる。
【0080】
表6は、各温度Tにおける速度定数k、最長時間におけるアレルゲン低減率rt(max)及び所望するアレルゲン低減率r0が90%である場合の必要な加熱時間t0を記載したものである。前記速度定数k及び前記低減率rt(max)は、式(3)を使用して回帰分析を行うことにより算出された。前記加熱時間t0は、式(3)を変形して得られた式(13)に、r=90及び前記回帰分析により得られたk及びrt(max)を挿入して算出された。
t=(1/k)[ln〔rt(max)/(rt(max)−r)〕]
(13)
表6に示されるように、80℃においては、8分近い加熱時間が必要であるが、100℃においては、1分足らずで充分である。従って、被処理物が100℃の湿熱に耐性がある場合には、加熱処理を100℃で行うことにより短時間で所望のアレルゲン低減率を達成できる。しかし、被処理物の湿熱に対する耐性が80℃までしかない場合には、加熱処理を80℃で8分近くかけて行う必要がある。
【0081】
【表6】
【0082】
図9は、表6における反応速度定数k及び温度Tを元に、ln(k)及び絶対温度の逆数(1/(T+273.15))を変数としてグラフ化したものである。データ点がほぼ直線に並ぶので、アレルゲン低減化における反応は、アレニウスの式に従うことが分かる。回帰式としてアレニウスの式(6)を使用することにより、−Ea/R=−13438、ln(A)=37.185の数値が得られる。Rとして公知の値である1.987cal・K−1・mol−1を使用することにより、Eaとして26.7kcal/molが得られる。又、Aとして1.41×1016min−1が得られる。
【0083】
本実施例においては、90℃及び100℃の中間、例えば95℃におけるデータを計測していない。しかし、式(5)及び式(13)を用いることにより、95℃において所望するアレルゲン低減率r0が90%である場合の必要加熱時間を算出することができる。温度95℃における速度定数kT=95℃は、上記の数値を式(5)に挿入することにより得られる。
kT=95℃=(1.41×1016)・
{exp[−26.7・1000/
〔1.987・(95+273.15)〕]}
=1.98(分−1) (14)
【0084】
95℃における最長時間におけるアレルゲン低減率rt(max)は、式(8)を使用することにより算出できる。
rt(max)、T=95℃=100・(95)16,77
/(67.516.77+9516.77)
=99.7(%) (15)
【0085】
従って、上記反応速度定数kT=95℃を式(13)へ挿入することにより、
t0、T=95℃=(1/1.98)
・[ln〔99.7/(99.7−90)〕]
=1.17(分) (16)
従って、95℃においては、加熱を1.17分行えば良いことになる。このように、活性化エネルギーEaおよび頻度因子Aは、測定データ以外での温度における加熱温度t0を算出するのに役立つ。
【0086】
[実施例4]
スチームクリーナーによりダニアレルゲン低減化を行った。使用した器具はケルヒャー業務用スチームクリーナー(DE4002)であった。ヘッドにおける温度を測定した結果、95℃の湿熱を35分間維持できることが確認された。ダニアレルゲンであるDerf1アレルゲン(15.0μg)をナイロンパイル(2g)に吸着させて、95℃の湿熱を使用して1〜20秒の熱処理を行った。
【0087】
表7は、スチームクリーナーを使用して、ナイロンパイルに吸着させたダニアレルゲンを低減化させた結果をまとめたものである。ここにおいては、未処理パイルにおけるアレルゲン低減量を基準として、アレルゲン低減率を算出した。95℃の湿熱を使用した場合には、1秒の処理で95%以上のアレルゲン低減率を達せられることが分かる。
【0088】
【表7】
【0089】
図10は、表7におけるスチームクリーナーを使用してアレルゲンを低減化させた結果をグラフ化したものである。加熱開始時から1秒以内にアレルゲン低減率が急激に増加することが分かる。又、表7におけるデータに式(3)を適合させた関数をグラフ化したものも、図10に示されている。この回帰分析により、k=3.72(/秒)≒233(/分)、rt(max)=97.8(%)が得られた。
【0090】
ここにおける速度定数kが、実施例3における95℃の予想値とはかなり相違することについては、実験条件の相違が原因である。即ち、実施例3における加熱条件が、メタルブロックによる試験管内での加熱であり、湿熱中の水分及び湿熱の流速が低いのに対し、本実施例における加熱条件が、スチームクリーナーによる加熱であり、湿熱中の水分及び湿熱の流速が高い。従って、本実施例における加熱条件は、アレルゲンを低減化する効率が高い。
【0091】
結果としては、処理時間約1〜20秒の短時間で約95℃以上のアレルゲン低減化ができた。スチームクリーナーを使用したアレルゲン低減化は、非常に効率的に起こるので、カーペットなどの大きな家財を連続処理して、短時間で処理を終えることができる。従って、工業的に有用である。
【0092】
[実施例5]
スチームアイロンによりダニアレルゲン低減化を行った。使用した器具はナショナル・スチームアイロン(NI−L80)であった。ダニアレルゲンであるDerf1アレルゲン(15.0μg)をナイロンパイル(2g)に吸着させて、アイロンの霧吹機能を使用せずに(ドライで)1〜20秒の熱処理を行った。又、同様のアレルゲン含有ナイロンパイルを、アイロンを接触させない状態でアイロンの霧吹機能を3秒間3回作動して加湿させ、その後にアイロンを接触させた状態でドライと同様な1〜20秒の熱処理を行った。(以下に、この処理を「加湿処理後に加熱」と記載する。)アイロンによるナイロンパイルの加熱温度は、サーモラベルを用いて測定した。ドライで加熱した場合には、1秒の加熱でナイロンパイルが105〜120℃に達した。最高温度は130℃であった。
【0093】
表8は、スチームアイロンを使用して、ナイロンパイルに吸着されたダニアレルゲンを低減化させた結果をまとめたものである。ここにおいては、未処理パイルにおけるアレルゲン低減量を基準として、アレルゲン低減率を算出した。ドライで処理した場合には、加熱時間が20秒の場合においても、達成できたアレルゲン低減率は70%以下であったのに対し、加湿処理後に加熱を行った場合には、加熱時間10秒で90%のアレルゲン低減率が達成できた。
【0094】
【表8】
【0095】
図11は、表8におけるスチームアイロンを使用してアレルゲンを低減化させた結果をグラフ化したものである。ドライで処理した場合には、20秒処理した場合でも、アレルゲン低減率が収束しないのに対し、加湿処理後に加熱した場合には、アレルゲン低減率がほぼ100%に収束するのが分かる。又、表8におけるデータに式(3)を適合させてグラフ化したものも、図11に示されている。この回帰分析により、ドライ条件においては、k=0.80(/秒)≒48(/分)、rt(max)=57.9(%)が得られた。又、加湿処理後加熱の条件においては、k=0.92(/秒)≒55(/分)、rt(max)=91.6(%)が得られた。
【0096】
図11において回帰式のデータ点への適合があまり良好でない理由は、加熱温度が測定中に変化するからである。即ち、加熱の初期段階においては資料の温度が最低で105℃であるのに対し、最終段階では130℃である。従って、初期段階では反応が遅いが、後期段階では早くなる。この傾向は、ドライ条件において一番顕著であるが、加湿処理後加熱の条件においても識別できる。
【0097】
結果としては、霧吹機能作動後、105〜130℃で処理することにより、10秒以上で、約90%以上のアレルゲン低減化ができた。加湿処理後加熱の条件下でアイロンを使用する場合には、大熱量を吸収した水分が被処理物を高熱で高効率に加熱処理できるから、アレルゲン物質の活性を急速に低減化できる。又、スチームアイロンは、スチームクリーナーと同様に、大面積である被処理物を短時間で処理できるので、大きな家財をアレルゲン低減化を行うのに適しているので工業的に有用である。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明により、加熱によるアレルゲン低減化の効率化が高まり、しかも被処理物の過度な過熱による劣化を防ぐことができる。又、本発明は加熱により低減化されるアレルゲン物質に対して使用できるので、融通性の高い低減化方法を提供できる。更に、本発明は、回帰分析の利用により、自動化ができるので、産業性の高い低減化方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】掃除機からの埃の抽出液のダニアレルゲン物質の湿熱処理による低減化のグラフである。
【図2】ダニ培地抽出液のダニアレルゲン物質の湿熱処理による低減化のグラフである。
【図3】Derf1アレルゲン液のダニアレルゲン物質の湿熱処理による低減化のグラフである。
【図4】tanh関数をダニアレルゲン物質の湿熱処理のデータ点に適合したグラフである。
【図5】Hill関数をダニアレルゲン物質の湿熱処理のデータ点に適合したグラフである。
【図6】tanh関数をダニアレルゲン物質の乾熱処理のデータ点に適合したグラフである。
【図7】Hill関数をダニアレルゲン物質の乾熱処理のデータ点に適合したグラフである。
【図8】70〜100℃におけるダニアレルゲン物質の湿熱処理データ(加熱時間0〜20分)をまとめたグラフである。
【図9】アレニウスの式を、湿熱処理によるダニアレルゲン低減化の速度定数及び加熱温度に適合したグラフである。
【図10】スチームクリーナーによるダニアレルゲン低減化のグラフである。
【図11】スチームアイロンによるダニアレルゲン低減化のグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アレルゲン物質を温度Tで加熱して、前記アレルゲン物質のアレルゲン活性低減率rを測定することにより、複数個の2次元データ群(T,r)を導出し、前記2次元データ群(T,r)から所望のアレルゲン活性低減率r0を達成するための加熱温度T0を決定し、前記加熱温度T0以上で前記アレルゲン物質を含有する被処理物を加熱することを特徴とするアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項2】
前記2次元データ群(T,r)から転移温度TCを導出し、前記転移温度TC以上の温度から前記加熱温度T0を決定する請求項1に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項3】
前記2次元データ群(T,r)に加熱時間tを組み込んで複数個の3次元データ群(T,t,r)を導出し、前記3次元データ群から前記アレルゲン活性低減率r0を達成するための前記加熱温度T0と加熱時間t0を決定し、前記被処理物を前記加熱温度T0以上で、且つ前記加熱時間t0以上で加熱する請求項1又は2に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項4】
前記2次元データ群(T,r)を回帰分析することによりTr回帰式を導出し、前記Tr回帰式から前記加熱温度T0を決定する請求項1又は2に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項5】
前記Tr回帰式として、tanh関数を含む回帰式を用いる請求項4に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項6】
前記Tr回帰式として、Hill関数を含む回帰式を用いる請求項4に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項7】
前記3次元データ群から、前記温度Tにおける2次元データ群(t、r)を導出し、前記2次元データ群(t、r)から所望のアレルゲン活性低減率r0に対応する加熱時間t0を決定し、前記温度Tを前記加熱温度T0とする請求項3に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項8】
前記2次元データ群(t、r)を回帰分析することによりtr回帰式を導出し、前記tr回帰式から前記加熱時間t0を導出する請求項7に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項9】
前記tr回帰式として、exp関数を含む回帰式を用いる請求項8に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項10】
前記exp関数から、前記加熱温度T0における反応速度kを導出する請求項9に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項11】
複数の前記加熱温度T0の前記反応速度kから、前記アレルゲン物質を変性する反応の活性化エネルギーEa及び/又は頻度因子Aを導出する請求項10に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項12】
前記加熱の方法として、湿熱を用いる請求項1〜11に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項1】
アレルゲン物質を温度Tで加熱して、前記アレルゲン物質のアレルゲン活性低減率rを測定することにより、複数個の2次元データ群(T,r)を導出し、前記2次元データ群(T,r)から所望のアレルゲン活性低減率r0を達成するための加熱温度T0を決定し、前記加熱温度T0以上で前記アレルゲン物質を含有する被処理物を加熱することを特徴とするアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項2】
前記2次元データ群(T,r)から転移温度TCを導出し、前記転移温度TC以上の温度から前記加熱温度T0を決定する請求項1に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項3】
前記2次元データ群(T,r)に加熱時間tを組み込んで複数個の3次元データ群(T,t,r)を導出し、前記3次元データ群から前記アレルゲン活性低減率r0を達成するための前記加熱温度T0と加熱時間t0を決定し、前記被処理物を前記加熱温度T0以上で、且つ前記加熱時間t0以上で加熱する請求項1又は2に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項4】
前記2次元データ群(T,r)を回帰分析することによりTr回帰式を導出し、前記Tr回帰式から前記加熱温度T0を決定する請求項1又は2に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項5】
前記Tr回帰式として、tanh関数を含む回帰式を用いる請求項4に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項6】
前記Tr回帰式として、Hill関数を含む回帰式を用いる請求項4に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項7】
前記3次元データ群から、前記温度Tにおける2次元データ群(t、r)を導出し、前記2次元データ群(t、r)から所望のアレルゲン活性低減率r0に対応する加熱時間t0を決定し、前記温度Tを前記加熱温度T0とする請求項3に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項8】
前記2次元データ群(t、r)を回帰分析することによりtr回帰式を導出し、前記tr回帰式から前記加熱時間t0を導出する請求項7に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項9】
前記tr回帰式として、exp関数を含む回帰式を用いる請求項8に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項10】
前記exp関数から、前記加熱温度T0における反応速度kを導出する請求項9に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項11】
複数の前記加熱温度T0の前記反応速度kから、前記アレルゲン物質を変性する反応の活性化エネルギーEa及び/又は頻度因子Aを導出する請求項10に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【請求項12】
前記加熱の方法として、湿熱を用いる請求項1〜11に記載のアレルゲン活性の加熱低減化方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−65093(P2010−65093A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−230838(P2008−230838)
【出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【出願人】(000133445)株式会社ダスキン (119)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【出願人】(000133445)株式会社ダスキン (119)
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