説明

被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法

【課題】被検対象物の病原性微生物による汚染の状態を、マウス等の試験動物を用いることなく、また複雑な工程を実施することなく網羅的に評価できる方法を提供することを課題とする。
【解決手段】被検対象物から分離した微生物及び/又はその微生物産生物を含む試料を完全変態型昆虫の幼虫に投与して、その幼虫に対して毒性を示すか否かを評価することを特徴とする、被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法、特に該被検対象物が環境試料である上記方法、更に該環境試料が土壌、地下水、河川水、湖沼水、海水又は空中菌である上記方法で課題を解決した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法に関する。より詳しくは、評価対象の微生物やその微生物産生物を限定することなく、網羅的に披検対象物の病原性微生物による汚染度を評価することができる、被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人々の生活環境、生産環境には非常に多くの微生物が存在する。それらの中には、人、家畜、ペット、野生動物、植物等に対して病原性を示すものも多く存在していると考えられる。しかしながら、それらの病原性微生物のうち同定されているものはごく一部であり、大部分は未知のままである。
【0003】
また、中には生活活動、生産活動に伴って人為的に排出される廃棄物等の影響によって変異し、新たに病原性を獲得したり、地下資源等の開発行為によって、生活環境に新たに登場したりする可能性があり、それらは人等に対して新興感染症を引き起こす危険性を有している。
【0004】
従って、これら未知の病原性微生物、又は、「通常は存在しないと考えられる病原性微生物を含む土壌、地下水等の被検対象物中の病原性微生物」による汚染を評価できる方法を確立することは重要である。
【0005】
従来、生活環境に存在する微生物に関する評価は、大腸菌等の特定の微生物の存在を指標として環境の汚染状況を評価する場合や、汚染土壌の浄化に微生物を用いるバイオレメディエーション過程でその微生物をモニタリングして浄化条件を検討する場合等、あらかじめ特定の微生物を対象に行われており、未知の病原性微生物による環境汚染等を含めた「被検対象物の病原性微生物による汚染度」を評価することは通常行われていない。
【0006】
特許文献1には、環境汚染を評価する目的で、環境中の特定機能微生物の優占度等を、その特定機能微生物を検出できるプローブによってハイブリダイゼーション処理を行って評価する方法が記載されているが、この方法は未知の病原性微生物を含む環境の汚染度を評価するものではないし、更には、病原性があるか否かということをスクリーニング項目として評価するものでもなかった。
【0007】
未知の病原性微生物を含む被検対象物を評価するためには、被検対象物からの微生物の分離・同定、それらの微生物のマウス等の試験動物への投与による病原性の確認、その病原性微生物の生体内での性状の確認等、その評価に非常に多くの工程を要する。そして、病原性の有無のみを確認する目的で各工程をスキップして病原性の確認にマウス等の試験動物を用いることは、コスト的な問題だけでなく倫理上の問題も極めて大きい。
【0008】
これらの問題点があるために、未知の病原性微生物により汚染された環境試料を含めた被検対象物の「病原性微生物による汚染度」を評価することは実質的に難しく、従ってこのような汚染度の評価は通常殆ど行われていなかった。
【0009】
一方、環境中に存在する未知の有毒物質を含む被検対象物の「有毒物質による汚染度」を評価する方法については多くの提案がなされている。例えば、特許文献2には、被検対象物中に有毒物質が存在するか否かの評価を、被検対象物を含む培地と含まない培地との間の「微生物のコロニー形態の差異」を比較することで行う「微生物を利用しての有毒物質の検出方法」が開示されている。更に、特許文献3には、多種類の遺伝子改変細胞や突然変異細胞に対する被検物質の影響を類型化し、被検物質中の毒物が人の健康に及ぼす影響の程度とその種類を推定する方法が開示されている。しかしながら、かかる有害物質による汚染度を評価する方法は、有害物質の生物や細胞に対する影響がある程度予測できるので可能となった方法である。
【0010】
上記した「細菌等の微生物や各種の細胞」以外に、有毒物質の生物検定法に用いられる生物としては、魚類、両生類等を挙げることができるが、飼育環境の整備等の問題が大きい。また通常、マウス等の哺乳動物を未知の有毒物質を含む被検対象物の評価に用いることはない。上記したように、コストや手間の問題に加えて倫理上の問題が極めて大きいからである。また、ミジンコの急性遊泳阻害や繁殖の状況を観察することで、未知の有毒物質を含む河川等の水質を評価する方法は、既に生物検定法として実施されている。しかしながら、ミジンコには直接注射によって被検対象物を投与することができない、定量的な食餌による投与ができないという大きな欠点があった。
【0011】
すなわち、ミジンコからマウスまで、上記したような試験動物は、薬物等の体内動態までも組み込んだ汚染度の評価ができる点で優れてはいるが、上記した点で、未知の病原性微生物により汚染された「環境試料を含めた被検対象物」の「病原性微生物による汚染度」を評価するためには不適当であった。
【0012】
一方、無脊椎動物である完全変態型昆虫のカイコガの幼虫(以下、「カイコ」と略記する)は、適度な大きさを有し、その生育の制御や飼育環境の整備が容易であり、定量的な食餌による投与ができること等から、蛾等の鱗翅目を対象とした農薬の毒性試験の生物検定動物として用いられている。例えば昆虫病原菌の一種であるBacillus thuringinesisの産生するタンパク毒素を有効成分とするBT農薬を、カイコに食餌的に与えてBT農薬の毒性を評価する方法が知られている(例えば、非特許文献1)。
【0013】
しかしながら、上記カイコを用いた技術は、農薬の研究、品質管理等に関するものであって、「被検対象物の病原性微生物による汚染度の評価」のように、幅広く未知の病原性微生物による汚染を評価するものではなかった。これは、被検対象物中の未知の病原性微生物による汚染を幅広く生物検定によって評価するという考え方そのものがなかったことと、適当な試験動物が殆どなかったことと、カイコに気付いたとしてもカイコの病原性微生物に対する応答とヒト等の哺乳動物の病原性微生物に対する応答は異なった結果を与えるだろうとの予測がその根底にあったこと、等によるためと考えられる。
【0014】
一方、本発明者は、カイコの試験動物としての優れた特性に着目して検討を行っており、カイコ等が自然免疫機構のみを有する生物であるにも係わらず、「ヒト等の獲得免疫機構を有する生物に感染する病原性微生物に対して抗菌活性を有する化合物」を、評価、スクリーニングする方法に、マウス同様に用いることができることを報告している(特許文献4)。しかしながら、この発明は、あくまでも感染症に対する有用な治療薬等のスクリーニング方法を提供する発明であって、被検対象物の「未知の病原性微生物を含む病原性微生物」による汚染度を評価するものではなかった。
【0015】
【特許文献1】特開2003−38199号公報
【特許文献2】特開2001−95596号公報
【特許文献3】特開2005−06596号公報
【特許文献4】特開2007−327964号公報
【非特許文献1】日本応用動物昆虫学会誌、48(1)、13〜21頁(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
病原性微生物による汚染度を評価するためには、対象物中の有毒物質等の夾雑物の影響を取り除いた試料を用意し、またその一方で、試料中に含まれる微生物の病原性を、特定の微生物だけでなくできるだけ網羅的に評価することが必要である。また、病原性微生物のよる汚染度の評価に当たっては、その病原性微生物の産生する毒素についても評価する必要がある。夾雑物の影響を取り除いた試料や病原性微生物の産生する毒素を含む試料が得られた場合は、それらをマウス等の試験動物に投与して評価すれば、そこから得られる情報については特に問題がないと考えられる。しかしながら、そのような未知の病原性微生物を含む被検対象物の評価をマウス等の試験動物で行うことはできないということが問題であり、実際上その実施は困難である。
【0017】
本発明は、上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は生活環境や生産環境等からサンプリングした被検対象物中の、広く未知の病原性微生物を含む「病原性微生物による汚染度」を、複雑な前処理工程を行うことなく網羅的に評価し、また汚染度の判定も比較的簡単に行うことができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者は、先の課題を解決するため、生物検定法を用いることとし、完全変態型昆虫に着目した。特に完全変態型昆虫のひとつであるカイコは試験動物として多くの優れた特性を有しているため本発明に特に好適に用いることができると考えた。しかしながら、カイコは各種の薬剤や環境の変化に鋭敏に反応するため、被検対象物の処理方法によっては病原性微生物による汚染のみを評価することができない。また、カイコが、通常、ヒト等の哺乳動物に対して病原性を示さない微生物の影響を受けないか否かについても明確ではなく、病原性微生物とそれ以外の微生物を含む被検対象物の評価に用いることが可能であるかどうかも不明であった。
【0019】
そこで、本発明者らは更に検討を進めていったところ、土壌等の被検対象物を、栄養分を含む寒天培地上に塗布し、加温培養後に形成したコロニーを更に液体培地中で増殖させた後にカイコに投与することで、微生物以外の夾雑物の影響を受けずに被検対象物の病原性微生物による汚染度の評価ができることを見出した。また、液体培地中での増殖処理後に微生物を除いた試料をカイコに投与することで、病原性微生物が放出した毒素の存在を検知することもでき、実際にその放出された毒素を分析してヒトに対する毒素であることを確認した。更に、カイコは、大腸菌、酵母等のヒトに対して病原性を示さない微生物によっては殺傷されないことも確認した。以上から、本発明によれば、被検対象物の病原性微生物による汚染度が、網羅的に正確に評価できることを見出し、本発明に至った。
【0020】
すなわち、本発明は、
(1)被検対象物から分離した微生物及び/又はその微生物産生物を含む試料を完全変態型昆虫の幼虫に投与してその幼虫に対して毒性を示すか否かを評価することを特徴とする、被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法、
(2)被検対象物からの微生物の分離が、微生物にコロニーを形成させる手段を用いることである、(1)に記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法、
(3)微生物及び/又はその微生物産生物を含む試料の作製が、その微生物のコロニーを液体培養で増殖させることである、(1)に記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法、
(4)微生物産生物を含む試料が、その微生物のコロニーを液体培養で増殖させた後に微生物を除いたものである、(1)ないし(3)の何れかに記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法、
(5)被検対象物が環境試料である、(1)ないし(4)の何れかに記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法、
(6)環境試料が土壌、地下水、河川水、湖沼水、海水、空中菌である、(5)に記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法、
(7)地下水が地下資源生産時に排出される生産流体である、(6)に記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法、
(8)上記生産流体が石油坑井水である、(7)に記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法。
(9)完全変態型昆虫の幼虫がカイコである、(1)ないし(8)の何れかに記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、従来評価することが事実上できなかった、生活環境や生産環境等からサンプリングした「未知の病原性微生物を含む被検対象物」の、病原性微生物による汚染度を、複雑な前処理工程を行うことなく、幅広く網羅的に、また正確に評価できる方法を提供することができる。また、病原性微生物の産生する毒素の検出とその分析も行うことができるため、被検対象物に対して、より詳細で正確な評価を行うことができる。
【0022】
また、体内動態までも組み込んだ病原性微生物による汚染度の評価ができ、用いる試験動物には直接注射によって被検対象物を投与することができ、定量的な食餌による投与もでき、飼育環境の整備等の問題も少なく、一方で、コスト的問題も倫理上の問題も極めて小さい評価方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明について説明するが、本発明は以下の具体的形態に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲内で任意に変形できる。
【0024】
本発明に用いられる完全変態型昆虫とは、卵、幼虫、蛹、成虫の成長過程を経る昆虫をいう。完全変態型昆虫としては、例えば、鱗翅目(チョウ、ガ等)、双翅目(ハエ等)、膜翅目(ハチ、アリ等)、甲虫目(カブトムシ等)等に属する昆虫が挙げられる。本発明においては、これらの完全変態型昆虫の幼虫が試験動物として用いられる。
【0025】
かかる幼虫の種類としては特に制限はなく、試験目的に応じて適宜選択することができるが、いもむし形態をしており、注射等による正確な薬物投与、臓器の取り出し、糞の分析を容易とする大きさを有するものが好ましい。ガ、チョウ、カブトムシ等の幼虫はそのような要請に適した大きさを有するものが多い点で好ましい。
【0026】
更に、かかる幼虫としては、以下の点から、カイコが特に好ましい。
(1)入手が容易である。
(2)飼育する方法が既に確立されており、更に飼育に利便性がある。
(3)ヒト等の哺乳類の内臓・器官と類似する性質が、これまでの研究である程度分かっている。
(4)遺伝系統が確立されており、遺伝的均一性の維持ができている。
(5)比較的大型で、動きが緩慢であり、実質上無毛なので、定量的に注射できる等、薬物の投与が容易であり、血液等の採取も容易である。
(6)脂肪体を有しており、脂肪体を取り出して、含有する物質の定量が可能である。
(7)マウス、ラット等に比べると安価で、狭いスペースで多数の個体を飼育でき、倫理的な問題も少ない。
(8)試験内標準、施設間標準用の個体を用意することができるので、評価の精度を向上させ、維持することができる。
(9)被検物質が少量しかない場合でも評価を行うことができる。
(10)齢を揃える等、同じ状態の個体を揃えることが容易である。
【0027】
更に、本発明により新たに見出されたことは、
(11)カイコが「哺乳類に対して病原性を示さない微生物」によって殺傷されないことが、大腸菌に加えて酵母の場合にも確認されたことと、
(12)被検対象物から網羅的にピックアップされた病原性細菌が、ヒトに対する毒素を産生するものであったこと(実施例6参照)である。
【0028】
以上(1)〜(12)に挙げた特長により、カイコは本発明に特に好適に用いることができる。また、以上(1)〜(12)のうち、(5)〜(10)は、何れも完全変態型昆虫の幼虫全般にいえる特性であり、(11)と(12)も、カイコに留まらず、その作用・原理を同じくする完全変態型昆虫の幼虫全般にいえる特性である。従って、カイコが特に好ましいが、カイコに限定されず、完全変態型昆虫の幼虫が本発明の試験動物として優れた特徴を持っていることは明らかである。
【0029】
カイコを代表とする完全変態型昆虫は、幼虫時には栄養補給に特化した単純な形態をしており、何回かの脱皮による明確な区切りのある齢期を有している。そのため、齢期を揃えることで、試験に用いる個体の生育状態を正確に揃えることが可能であり、目的に応じて最も適切な齢期を選択することもできる。また、動きも緩慢であるため育て易く、薬剤等の注射も容易という試験動物として多くの優れた特徴を持っている。これに対し、カマキリやバッタ等に代表される不完全変態型昆虫は、幼虫の時から注射には適していない成虫と同じ形態をしており、生育状態を揃えることが難しいことや、動きも活発で注射による定量的な投与が難しく、分析に供する血液も少ない等欠点が多く、本発明には使用することができない。
【0030】
本発明の方法においては、上記幼虫の大きさや齢期は、幼虫の種類、幼虫の形態、投与方法、用いる器具、試験の目的、操作上の観点、一定した結果を得られるか否か等の観点から選択されればよく特に限定はないが、試料の投与がし易く、血液、臓器、糞等の採取のし易い大きさを有するものが好ましい。この点で生育状態の安定していない若齢期の幼虫より、カイコの場合は3齢以上の幼虫を用いることが好ましい。また、注射器等を用いての試料の投与、臓器の取り出し、血液の採取、糞等の分析等を行う場合には4齢〜5齢の幼虫がより好ましく、5齢の幼虫が特に好ましい。
【0031】
大きさも同様に、試料の投与、臓器の取り出し、血液の採取、糞等の分析等の容易さの観点から、体長が1cm以上である幼虫が好ましく、1.5cm以上15cm以下がより好ましく、2cm以上10cm以下が特に好ましい。
【0032】
後記する方法で「被検対象物から分離調製した試料」の不完全変態型昆虫への投与方法、投与経路等の選択は、マウス等の場合と同様に行えばよいが、完全変態型昆虫の幼虫は開放血管系であるため体液と血液の区別がないので、マウス等で静脈内、皮下、腹腔内への投与により評価を行う場合であっても、カイコでは特段の事情がない限り血液内投与で行えばよい。血液内投与は、例えば、第一腹脚部や背側からの注射により行うことができる。
【0033】
本発明において、試料を投与するにあたり、培養液の状態でそのまま投与してもよいが、必要に応じて、生理食塩水、緩衝液等で希釈後に投与してもよい。また、投与量は5〜200μLが好ましく、10〜100μLがより好ましく、25〜50μLが特に好ましい。
【0034】
試料投与前のカイコに飼を与える場合は、抗生物質が含まれていない飼料を用いることが好ましい。試料投与後のカイコは、飼育ケージ内で、絶食状態で飼育することが好ましい。ケージ温度は25〜30℃が好ましく、26〜28℃が特に好ましい。完全変態型昆虫の幼虫の飼育ケージは、温度等の飼育条件の管理が容易であるため、一年を通じて、同じ条件で試験を行うことができる。またケージ自体を隔離状態におくことも容易である。
【0035】
本発明は、低コストで、試験に必要な占有面積も小さく、倫理的な問題も少ないので、多くの条件、多くの個体数による検討を行うことができる。例えば、結果が既に得られ標準化されているモデル試料をコントロールとして投与された個体を用意することで、その試験の他の要素の影響の有無を確認することができる。このような確認をマウス等の試験動物を用いて行う場合は、コスト上、倫理上の問題を生じるが、本発明の方法ではそのような問題がないため、これまでは実質的に実施することができなかった「試験の信頼度を確認する為の試験」等を同時に行うことも可能になる。
【0036】
本発明にカイコを用いる場合には、その品種は特に限定されない。これらは受精卵から育てて用いてもよいし、必要な齢の幼虫を入手して試験を実施してもよい。カイコガの有精卵やカイコガの幼虫(カイコ)の入手先としては、愛媛蚕種、上田蚕種等がある。
【0037】
本発明における「被検対象物」は、微生物の存在が疑われるものであればその種類を問わないが、特に多くの夾雑物を含んでいる、生活環境や生産環境に存在するものが好ましい。具体的には、例えば、土壌、地下水、下水、河川水、湖沼水、海水、空中菌等の環境試料;工業プロセス中の生産残渣;活性汚泥;乳汚泥等の食品汚泥;等が挙げられる。
【0038】
本発明における被検対象物としては、前記した本発明の効果をより奏する点で環境試料が好ましい。更に、環境試料としては、土壌、地下水、下水、河川水、湖沼水、海水又は空中菌がより好ましく、土壌又は地下水が本発明の前記効果を特に奏する点でより好ましい。
【0039】
「地下水」には、「天然ガス、金属、鉱物等の地下資源生産時に排出される坑井水、石油の生産時に排出される石油坑井水等の生産流体」;温泉水;鉱泉水等が含まれる。生産流体としては石油坑井水が本発明の効果をより奏する点で特に好ましい。実際に、石油坑井水中の微生物がパイプを詰まらせる事例があり、本発明により、その生産流体中の病原性微生物の存在が明らかとなり、その微生物によりマウスも殺傷されることが確認された(実施例1、2参照)。石油坑井水等の生産流体中の微生物に関するこの事実は、本発明によりはじめて明らかになったことである。
【0040】
近年、石油ガス田開発事業等では労働安全衛生や環境への配慮(HSE)が重視されるようになっており、本発明は、通常病原性微生物による汚染が意識されることの少ない環境下における環境試料の病原性微生物による汚染度を好適に評価することができる。
【0041】
従って、本発明は、「未知の病原性微生物を含む被検対象物」の「病原性微生物による汚染度」を、幅広く網羅的に正確に評価できるので、石油坑井水等の坑井水を含む地下水;土壌等の「病原性微生物による汚染度」を評価することに特に適している。
【0042】
サンプリングされた被検対象物は、土壌等の場合は生理食塩水、緩衝液、培養液等で懸濁した後の上清等を用いる。空中菌は、例えば市販のエアーサンプラーを用いて直接寒天培地に吹き付けたものを用いる。地下水、河川水等の場合は、遠心処理等によって沈殿物を回収し、その沈殿物を被検対象物として用いる。地下水の場合、例えば約1L程度の地下水を約8000rpm程度で遠心して沈殿物を集め、それを元の地下水等で約1mLの懸濁液とする。それを例えば、BHI(ビーフハートインフージョン)寒天培地やGA(グルコースアスパラギン)寒天培地等の適当な寒天培地に塗布し、種々の培養条件でコロニーの生成が認められるまで(通常2〜7日)培養する。培養は通常、温度20〜40℃で、拾い上げたい対象が細菌の場合の目安は約30℃程度、真菌の場合は約22℃程度である。またpHは5〜9程度が好ましい。
【0043】
なお、上記した培養条件の一例は、本発明の主な目的が、被検対象物のヒト等の哺乳類に対して病原性を有する微生物による汚染度の評価であるので、孵卵器等による通常の環境条件で増殖する能力を有する微生物の拾い上げを念頭に置いて設定したものである。従って、目的に応じて他の培養条件を採用することもできる。
【0044】
すなわち、本発明においては、被検対象物からの微生物の分離には、微生物にコロニーを形成させる手段を用いることが好ましい。先の寒天培地から得られた各コロニーを分離し、その各々BHI液体培地、KY液体培地等に接種し、コロニーが形成された寒天培地での培養温度を、例えば参考として20℃〜50℃等の温度条件で、例えば1晩程度液体培養した後、投与試料とする。すなわち、本発明においては、微生物及び/又はその微生物産生物を含む試料の作製は、その微生物のコロニーを液体培養で増殖させることによる作製が好ましい。本発明において、微生物及び/又はその微生物産生物を含む試料は、その微生物のコロニーを液体培養で増殖させたものであることが好ましい。
【0045】
本発明においては、多種類の培地、及び多くの培養条件を行うことが好ましい。培地の種類としては、細菌分離用培地であるBHI培地、LB培地、TSB培地、ミュラーヒントン培地等;特定細菌分離用培地であるマンニット培地(黄色ブドウ球菌分離培地)、NAC培地(緑膿菌分離培地)等;放線菌分離用培地であるHV培地、グルコース・アルギニン培地等;真菌分離用培地であるポテトデキストロース培地、サブロー培地等が挙げられる。
【0046】
培養条件は、嫌気性条件、温度(例えば20℃〜50℃)、高い塩濃度(例えば100g/Lの塩化ナトリウムの添加)、低い塩濃度、異なるpH、二酸化炭素存在下等が挙げられる。
【0047】
また、本発明においては、微生物産生物を含む試料は、その微生物のコロニーを液体培養で増殖させた後に微生物を除いたものであることも好ましい。具体的には、例えば、後述するカイコへの投与により病原性微生物の存在が確認された液体培養物を遠心後、限外ろ過処理等によって微生物を除いたものを、微生物の産生した毒素確認用の投与試料とすることができる。
【0048】
微生物の病原性の評価は、黄色ブドウ球菌(略10/mLの生菌数)の無希釈液を、5齢カイコ(体重1.3〜1.5g)に0.05mL血液内投与すると24時間で死亡し、10倍希釈液では死亡しないことと、大腸菌(略10/mLの生菌数)では死亡しないことを目安とすることが好ましい。このような条件で、黄色ブドウ球菌とほぼ同じ菌数において、24時間でカイコを死亡させる場合、その微生物は病原性がある微生物と判定することがヒトとの対応が好適にできるため好ましい。上記した投与量の範囲は、好ましくは0.01〜0.2mLの範囲で、特に好ましくは0.03〜0.06mLの範囲で変化させてもヒトとほぼ対応する場合があるので望ましい。ただ、この判定基準は固定されたものではなく、今後の検討結果や評価の目的等によって、更に妥当な判定基準とするために異なったものにできることは当然である。
【0049】
これまで、環境中の病原性微生物による汚染度は、特定の病原性微生物をターゲットとした評価が行われており、未知の病原性微生物による汚染度を含む病原性微生物による汚染度の評価は実質的に行われていなかった。それは、未知のものも含む病原性微生物の病原性を網羅的に評価するにあたり、適切な試験動物が見出されていなかったことが大きな要因であると考えられる。本発明は、微生物の病原性の有り無しの両面をマウス等の試験動物と同様に評価できる試験動物を提供し、それを用いた被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法を提供したのである。
【実施例】
【0050】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、これらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
<カイコの種類、飼育条件>
カイコの受精卵(交雑種Hu・Yo x Tukuba・Ne)は、愛媛蚕種株式会社から購入した。孵化した幼虫は人工飼料シルクメイトを与えて室温で5齢幼虫まで育てた。飼育容器は卵から2齢幼虫までを角型2号シャーレ(栄研器材製)、それ以降をディスポーザブルのプラスチック製フードパック(フードパックFD 大深、中央化学株式会社製)を用いた。飼育温度は27℃、湿度は50%とした。
【0052】
実施例1
石油坑井水の病原性微生物による汚染度の評価
<被検対象物中の微生物の培養>
石油会社の3事業所から提供された5ヶ所の石油坑井水、それぞれ約1Lを8000rpmで遠心して沈殿物を集め、少量(約1mL)のそれぞれの石油坑井水に懸濁し、BHI(ビーフハートインフュージョン培地)又はGA(グルコースアスパラギン培地)寒天培地に塗布し、30℃にて2日間から4日間、培養した。その結果、寒天培地上に多数の形態の異なるコロニーを生じた。分離状況を表1に示す。総数93個のコロニーを分離し、BHI液体培地に接種して30℃にて一晩培養してカイコへの投与用試料とした。
【0053】
<カイコへの試料の投与>
5齢に脱皮したカイコに一晩抗生物質を含まない人工飼料を与えた。先の投与用試料0.05mLをカイコに血液内注射した。カイコは各菌株について2匹ずつ用いた。安全キャビネット中27℃、湿度50%、絶食状態で24時間飼育し、その生死により病原性を判定した。この試料の量は、黄色ブドウ球菌(略10/mLの生菌数)の無希釈液では24時間で死亡し、大腸菌(略10/mLの生菌数)では死亡しない量である。
【0054】
<結果>
上記条件下で、93試料中18試料がカイコを殺傷した。殺傷した試料数を表1に示した。B−1採水地の石油坑井水は、他の採水地の石油坑井水に比べて、病原性微生物による汚染度が高いものと評価することができる。
【0055】
【表1】

【0056】
実施例2
石油坑井水から分離した菌株と、その菌株のカイコとマウスに対する病原性
<菌株の同定:コロニーPCR法の実施>
実施例1でカイコを殺傷する毒素を産生していた菌株の属を同定するため、先の株の16SリボソームRNA遺伝子配列をコロニーPCR法により決定した。リボソームRNA遺伝子は、KOD−plus polymerase(東洋紡社)、ユニバーサル16SリボソームRNA遺伝子プライマーを用いて増幅した。PCR法の条件は、96℃で30秒、続く96℃で30秒、50℃で15秒、60℃で4分のサイクルを40回とした。増幅したDNAをカラムにより精製した。16SリボソームRNA遺伝子の配列はダイターミネーター法により決定した。決定した16SリボソームRNA遺伝子配列の5’末端側約700bpをBLASTにより検索し先の菌株の属を決定した。
【0057】
<結果>
得られた結果を表2に示す。16SリボソームRNA配列解析の結果、この菌株はShewanella属細菌の配列と高い相同性を示したため、Shewanella属の菌と判断した。Shewanella属の菌は、海底や海洋生物体内から単離されたものが知られており、アルカリフォスファターゼの製造やプロテアーゼの製造に用いられているが、通常の環境に生息しているものではなく、また病原性微生物として注目されているものでもない。このような菌は特定の微生物を標的とした評価系でピックアップすることは非常に難しいと考えられ、網羅的に病原性微生物を評価できる本発明の有用性を示している。
【0058】
<ICRマウスに対する病原性>
実施例1でカイコに病原性を示した菌株9種について検討した。3匹のICRマウス(メス、6週令)の腹腔に、実施例1でカイコに投与した試料と同じで無希釈の試料(試験菌のBHI培養液での一晩培養液)を0.2mL注射し、24時間後のマウスの生存率から各菌株の病原性を評価した。
【0059】
<結果>
結果を表2に示す。カイコに対して陽性対照の黄色ブドウ球菌より強い病原性を示した菌株3株は全てマウスを殺傷した。そのうち2株は3匹共殺傷し、その2種の菌(Shewanella abolonesis及び、Shewanella属の種名は不明な菌)は、マウスに対して明瞭な病原性を示した。その2株(菌株6と菌株8)は、何れもShewanella属であるという結果が得られた。他の1種の菌(菌株7)も3匹中1匹のマウスを殺傷した。従って、これらの菌は、哺乳動物に対する病原性を示した。かかる評価条件では、9株中4株においてマウスで病原性が確認された。
【0060】
【表2】

[カイコに対する病原性]
カイコに、菌のfull growth又はその希釈試料0.05mLを血液内注射し、1日後の生死で判定。
[マウスに対する病原性]
ICRマウスに、菌のfull growth試料0.2mLを腹腔内注射し、1日後の生死で判定。
【0061】
<実施例1〜3のまとめと考察>
石油坑から噴出する地下水(石油坑井水)を遠心して菌を濃縮することにより、生息している菌を集めることができた。寒天培地上でコロニーを示す93個のサンプルを純培養した。更に、カイコ血液に注射することにより、カイコに対する病原性を有する菌を同定することができた。また、カイコを殺傷するのに必要な菌の希釈度から、カイコに対する病原性を定量的に評価することができた。
【0062】
カイコに対して強い病原性を示す菌(10倍以上希釈してもカイコを殺傷する菌)は、マウスに対して病原性を示した。それらの菌は、16SリボソームRNAの塩基配列から、それぞれ、Shewanella abolonesis、Vibrio属、及び、Shewanella属であると同定された。Shewanella abolonesisは、2007年Kimらによりアワビから採取された菌としてすでに報告がある(Kim et al. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology (2007) 57, 2926-2931)。しかしながら、病原性についての記述はない。本発明によって、初めて、この菌に哺乳動物に対する病原性があることが分かった。
【0063】
Shewanalla属の菌は、海洋性菌として知られている。この属のShewanalla algaが腎臓透析患者の血液中から分離された、という報告(Iwata et al. Journal of Clinical Microbiology (1999) 37, 2104-2105)があるが、病原菌としての重要性はまだ問題となっていない。
【0064】
本発明によって、石油坑井水に生息するこの菌が、ヒトに病気を引き起こす可能性があるという点を指摘できた。このような重要な指摘ができたことは、本発明が前記した「本発明の効果」を奏していることを明確に示すものである。
【0065】
実施例3
土壌の病原性微生物による汚染度の評価
<被検対象物中の微生物の培養>
東京大学薬学部薬用植物園花壇、薬学部本部棟、及びバス通り桜植え込みから土壌を採取した。採取した土壌を水に懸濁し上清をBHI寒天培地に広げて培養し、26個の微生物のコロニーを得た。各コロニーから菌を採取し、BHI培地で30℃にて一晩培養してカイコへの投与用試料とした。
【0066】
<カイコへの試料の投与>
5齢カイコに一晩抗生物質を含まない人工飼料を与えた。先の投与用試料0.05mLを血液内注射し、27℃、湿度50%の安全キャビネット中、絶食状態で24時間飼育しその生死により病原性を判定した。
【0067】
<結果>
得られた結果を表3に示す。25試料中16試料がカイコを殺傷した。この結果は、土壌微生物の多くがカイコに対して病原性を持つことを示している。ヒトに対して病原性を示す微生物がカイコに対して病原性を有することが見出されているので、カイコ幼虫を殺傷した土壌細菌等の微生物には、ヒトを含めた哺乳動物に対して病原性を示すものがあることが分かった。
【0068】
実施例4
病原性微生物産生物のカイコへの影響の検討
<投与用試料の調製>
実施例3と同じBHI寒天培地上でのコロニーから菌を採取し、5mLのBHI培地で30℃にて一晩培養し、その培養液を遠心した後、0.2μmメンブレンでろ過した後の培養上清をカイコへの投与用試料とした。カイコは1条件あたり3匹を用いた。投与は実施例1、2と同様に行った。
【0069】
<結果>
得られた結果を表3に合わせて示す。25試料中、5試料がカイコを殺傷した。この結果はこの5試料には少なくともカイコを殺傷する病原性微生物から産生された毒素が含まれていることを示している。
【0070】
実施例5
毒素を産生する微生物の属の同定
<コロニーPCR法の実施>
実施例4でカイコを殺傷する毒素を産生していた菌株の属を同定するため、先の株の16SリボソームRNA遺伝子配列をコロニーPCR法により決定した。リボソームRNA遺伝子は、KOD−plus polymerase(東洋紡社)、ユニバーサル16SリボソームRNA遺伝子プライマーを用いて増幅した。PCR法の条件は、96℃で30秒、続く96℃で30秒、50℃で15秒、60℃で4分のサイクルを40回とした。増幅したDNAをカラムにより精製した。16SリボソームRNA遺伝子の配列はダイターミネーター法により決定した。決定した16SリボソームRNA遺伝子配列の5’末端側約700bpをBLASTにより検索し先の菌株の属を決定した。
【0071】
<結果>
得られた結果を表3に合わせて示す。16SリボソームRNA配列解析の結果、この菌株はBacillus属細菌の配列と高い相同性を示したため、Bacillus属の菌と判断した。
【0072】
【表3】

【0073】
実施例6
毒素の精製と同定
<毒素の精製>
カイコの殺傷活性を指標として、実施例5でBacillus属の菌とした菌の産生する毒素の精製を行った。Bacillus属と同定した菌株を、1LのBHI液体培地中、30℃で23時間培養した。菌の培養液を4℃、8000rpm、10分で遠心して菌を除いて培養上清を得た。培養上清に0.4g/mLとなるように硫酸アンモニウムを加え、4℃で6時間おいた後に、4℃8000rpm、10分で遠心してタンパク質の沈殿を得た。
【0074】
タンパク質の沈殿は、50mMTris−HClpH7.9バッファーに溶解させた。このサンプルを、透析用セルロースチューブ(20/32)を用いて透析し(FrII)、DEAE−celluloseカラムにアプライした。カラムを50mMTris−HClpH7.9バッファー50mLで洗い、吸着したタンパク質を、NaClの濃度が0Mから0.5Mまでのリニアグラジエントで溶出した。活性フラクションをプールして、透析用セルロースチューブ(20/32)を用いて透析を行い、脱塩した。透析したサンプル溶液(FrIII)を、MonoQ(登録商標、ジーイー・ヘルスケア・バイオサイエンス社)にアプライし、吸着したタンパク質をNaClの濃度が0Mから1Mまでのグラジエントで溶出した。活性フラクションをプールしFrIVとした。
【0075】
FrIVを、0.1MのNaCl50mMTris−HCl、pH7.9を用いたSUPEROSE(登録商標ジーイー・ヘルスケア・バイオサイエンス社)によるゲルろ過により分画を行なった。全てのクロマトグラフィーにおいて、溶出されたタンパク質は280nmでの吸光度測定により検出した。各フラクションのタンパク質濃度はLowryの方法に従って測定した。活性とタンパク質の挙動は、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(12.5%)により確認した。染色はクマシーブリリアントブルーにより行なった。またN末端アミノ酸配列解析を実施し、毒素を同定した。
【0076】
<結果>
毒素のN−末端のアミノ酸の配列をEdman分解によりEVSTNQNDTLと決定した。このアミノ酸配列をデータベース(Genome Information Broker)により検索すると、Bacillus cereusATCC14579株が産生するスフィンゴミエリナーゼの28から37番目のアミノ酸配列と完全一致した。これにより、同定したタンパク質はヒトに対して病原性を示す溶血毒素であるスフィンゴミエリナーゼであると判断した。
【0077】
土壌から採取したBacillus属菌株5株の培養上清がカイコを殺傷した。この結果は、これらBacillus属の菌株がカイコを殺傷する毒素を産生していることを示している。これまでに本発明者は、黄色ブドウ球菌、緑膿菌等の培養上清の血液への注射によりカイコが殺傷されること、精製した黄色ブドウ球菌のアルファ毒素、ベータ毒素、緑膿菌の外毒素A、ジフテリア毒素の血液への注射によりカイコが殺傷されることを見出している。この結果は、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、ジフテリア菌が産生する毒素は、少なくともカイコ等の完全変態型昆虫の幼虫とヒトとに非特異的に活性を持つことを示している。本発明の実施例でカイコを殺傷した病原菌の産生する毒素のうち先に示した毒素は、ヒトに対しても病原性を示すものであったことが確認された。従って、他の菌もヒト等の哺乳類に対しても病原性を示す可能性が高いものと考えられるので、本発明の完全変態型昆虫の幼虫を用いての「被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法」は、ヒトに対しても適用できることは明らかである。
【0078】
本発明者は、別の検討で、ヒトに病原性を示さない酵母Saccaromyces cerevisiaeの培養液をカイコに注射してもカイコは感染死しないことを見出している。この結果及び上記実施例の結果は、本発明が土壌、地下水等の環境試料の、病原性微生物による汚染度(当然、ヒトに対しての汚染を含む)を評価する有効な方法となり得ることを示している。
【0079】
更に、以上のヒトとの良い対応結果のみならず、試料の投与から結果が得られるまでが24時間と短いこと等を勘案すると、カイコ等の完全変態型昆虫の幼虫が、被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する上で試験動物として優れた特性を有していることは明らかである。
【0080】
また特に、上記した石油坑井水中の病原性微生物の発見、石油坑井水のサンプリング場所による病原性微生物による汚染度の違いの判明が、本発明により達成できたことは、本発明の「被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法」に顕著な有用性があることを明確に示している。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法は、従来ほとんど実施されなかった未知の病原性微生物、通常存在しないと考えられていた病原性微生物をも、幅広く網羅的に評価することができるので、石油掘削現場等で生産環境を改善するための有用な指標を提供することができるばかりでなく、生活環境内で広く新興感染症や人為的に散布された病原性微生物に対しても対応することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検対象物から分離した微生物及び/又はその微生物産生物を含む試料を完全変態型昆虫の幼虫に投与して、その幼虫に対して毒性を示すか否かを評価することを特徴とする、被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法。
【請求項2】
被検対象物からの微生物の分離が、微生物にコロニーを形成させる手段を用いるものである、請求項1に記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法。
【請求項3】
微生物及び/又はその微生物産生物を含む試料が、その微生物のコロニーを液体培養で増殖させたものである、請求項1又は請求項2に記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法。
【請求項4】
微生物産生物を含む試料が、その微生物のコロニーを液体培養で増殖させた後に微生物を除いたものである、請求項1ないし請求項3の何れかに記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法。
【請求項5】
被検対象物が環境試料である、請求項1ないし請求項4の何れかに記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法。
【請求項6】
上記環境試料が、土壌、地下水、河川水、湖沼水、海水又は空中菌である、請求項5に記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法。
【請求項7】
上記地下水が、地下資源生産時に排出される生産流体である、請求項6に記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法。
【請求項8】
上記生産流体が石油坑井水である、請求項7に記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法。
【請求項9】
完全変態型昆虫の幼虫がカイコである、請求項1ないし請求項8の何れかに記載の被検対象物の病原性微生物による汚染度を評価する方法。

【公開番号】特開2009−219356(P2009−219356A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−63817(P2008−63817)
【出願日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【出願人】(501481492)株式会社ゲノム創薬研究所 (25)
【Fターム(参考)】