説明

被毛ミネラル組成による診断方法

【課題】本発明は、ウシの尿石症を初期の段階で検出する方法、あるいはウシが尿石症を発症する可能性をその発病前に事前に検出するための方法を開発することを課題とする。
【解決手段】本発明の発明者らは、かかる課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、被毛中に含有されるミネラル濃度と尿石症の病態とのあいだに相関性を見出し、尿石症の初期症状を検出しまたは尿石症を発症する可能性を発病前に検出することができることを明らかにし、上記課題を解決できることを示した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシにおける尿石症または尿石症発症の可能性を検出する方法を提供することに関する。
【背景技術】
【0002】
畜産業において、ウシやブタ、ニワトリなどの産業動物が病気を発症した場合、その動物を治療するかどうかの判断は、純粋にその病気が治療可能なものであるか、という観点に加えて、その病気の治療に対してどのくらいの費用がかかるか、もしくはその病気により市場価値がどの程度低下するのか、という観点を加味しなければならない。これは、畜産農家の経営上の観点から、病気を治療するためにかかる費用と病気によるその動物の市場価値の低下とを比較考量して、より出費・損失が少ない選択肢を採用する必要があるためである。
【0003】
このような畜産業特有の問題点が存在することから、産業動物の病気を初期の段階で検出してより短期間でその病気を治療したり、あるいは産業動物が病気にかかる可能性を発病前に事前に把握することにより発病を回避することは、畜産農家の経営上の観点から非常に望まれていることである。
【0004】
ウシの尿石症は、尿道や膀胱などの尿路に結石ができ、尿道に結石が詰まってしまうと、尿が出なくなり、重症の場合には膀胱の破裂、尿毒症を引き起こす病気である。この病気は雄ウシ、特に去勢肥育牛に多く見られ、雌ウシにはあまり見られない。尿石症は、陰毛先端部への白色あるいは灰褐色粒子の付着、排尿障害・頻尿・乏尿・血尿の目視確認、直腸検査による膀胱結石の触診、X線検査・超音波画像診断による結石の確認などの臨床検査により判定するか、または遠心沈殿法あるいはアンモニア添加法によるリン酸アンモニウムマグネシウムやリン酸マグネシウムなどの結晶の観察などの尿検査により判定されていた。しかしながら、これらの従来から行われている方法で診断する場合には、発症後にしか尿石症を判定することができなかった。
【0005】
ウシの尿石症は、ウシ個体により摂取される栄養との関連性が高いと考えられており、中でも、肥育のために濃厚飼料を与えることから生じる飼料中のミネラルバランスの崩れ、また肉質向上のための飼料中のビタミンA低下に伴うビタミンA不足、などが原因として挙げられている。特に、肥育牛の肥育後期から仕上げ期にかけて、飼料の組成を大幅に変更することが一般的に行われており、この変更が尿石症の原因の一つであると考えられている。
【0006】
現在、ウシの尿石症の診断は、目視的な臨床診断の他に、尿の排出量が減った場合に血液検査や尿検査を行って、血中クレアチニン濃度、血中尿素窒素濃度、尿中のリン酸アンモニウムマグネシウム濃度などを測定することによって行われている。しかしながら、これらの血液検査や尿検査の結果から尿石症と診断された場合には、既に尿石症の症状が進行してしまっているため投薬では対処することができない。そのような場合に、衝撃波治療やレーザーメスを使用して結石を破壊する治療方法なども検討されたものの、結局は現時点においては、尿道を切開して結石を除去する外科的治療かもしくは尿管を切除しバイパスを形成する外科的治療以外に有効な治療方法は知られていない。しかしながら、そのような外科的治療を施したとしてもそのウシは再び尿石症を引き起こす可能性が高く、また肥育が十分にできないために市場価値も大幅に低下してしまう。
【0007】
このような状況であることから、畜産業においては、ウシの尿石症の予防の重要性が非常に高いと認識されている。しかしながら、従来は、給与する濃厚飼料のリンとカルシウムの比率を揃えることで尿石症を予防することが提案されているだけであり(非特許文献1を参照)、現時点においては尿石症の初期症状の診断または尿石症の発病前の診断は行われておらず、また行うための手段も存在しない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「黒毛和種去勢牛を用いた肥育牛における尿石症予防のための適正ミネラルバランスによる給与試験」、森本一隆、塩崎達也、鳥取県畜産試験場研究報告、第33号、2005年、p.22〜27
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ウシの尿石症を初期の段階で検出する方法、あるいはウシが尿石症を発症する可能性をその発病前に事前に検出するための方法を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者らは、かかる課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、ウシの被毛中に含有されるミネラル濃度と尿石症の病態とのあいだに相関性を見出し、ウシの尿石症の初期症状を検出しまたは尿石症を発症する可能性を発病前に検出することができることを明らかにし、上記課題を解決できることを示した。
【0011】
具体的には、本発明は、(1)ウシの被毛中に含有されるミネラル濃度を測定すること;そして(2)予め定められた被毛中ミネラル濃度と尿石症の病態との相関性に基づいて、尿石症または尿石症を発症する可能性を検出すること;を含む、ウシにおける尿石症または尿石症を発症する可能性を検出するための方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法により、これまで診断ができなかった尿石症の初期症状を検出しあるいは尿石症を発症する可能性を発病前に、しかも非侵襲的に検出することが可能になる。そしてそのような検出が可能になることにより、投薬治療や飼料の組成変更により、外科的な手術を行うことなく尿石症を治療または予防することが可能になる。その結果、ウシの死廃率を顕著に低下させることができるだけではなく、従来は尿石症の発症に伴ってかかっていた治療費や市場価値の低下に伴う損失を防止するなど経済的な損失を大幅に軽減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の発明者らは、ウシの被毛中に含有されるミネラル濃度と尿石症の病態とのあいだに相関性を見出し、ウシの尿石症の初期症状を検出しまたは尿石症を発症する可能性を発病前に検出することができることを明らかにした。具体的には、ウシの被毛中ミネラル濃度のうちリン(P)濃度が被毛1 gあたり200μgを超える場合または被毛中ミネラル濃度のうちカルシウム(Ca)濃度とリン(P)濃度の比(Ca/P比)が5.00以下の場合に、ウシが外見的には尿石症の症状が出ていない場合でも、尿石症の初期症状が出ているかまたは将来的に尿石症を発症することを明らかにした。
【0014】
従って、本発明は一態様において、(1)ウシの被毛中に含有されるミネラル濃度を測定すること;そして(2)予め定められた被毛中ミネラル濃度と尿石症の病態との関連性に基づいて、尿石症または尿石症を発症する可能性を検出すること;を含む、ウシにおける尿石症または尿石症を発症する可能性を検出するための方法を提供する。
【0015】
ウシの尿石症は、前述したように雄ウシ、特に去勢肥育牛に多く見られ、雌ウシにはあまり見られないという特徴を有する。従って、本発明の方法は、雄ウシ、特に去勢肥育牛に対して実施することが効率的である。
【0016】
また、肉用肥育牛の肥育後期から仕上げ期にかけて、効率的な肥育を行うために飼料の組成を大幅に変更することが尿石症の原因の一つであると考えられていることから、肥育後期から出荷までのあいだ、定期的にモニタリングすることが好ましい。このように定期的にモニタリングすることにより、発症前の予防的診断を的確に行うことができる。本発明において定期的という場合、一定の間隔で継続的に検査を行うことを意味しており、その間隔は、ウシの体内における代謝のターンオーバーがほぼ3ヶ月で行われるという生理学的な条件、経済動物であることから経済的な条件などを考慮して決定することが好ましい。本発明においては、1〜3ヶ月の間隔で継続的に検査を行うことが好ましく、そして1〜2ヶ月の間隔で継続的に検査を行うことがさらに好ましい。このように肥育後期から定期的にモニタリングすることにより、肉用肥育牛の肥育後期から多発する尿石症の初期発見や尿石症発症の予見が可能となり、結果的にウシの尿石症発症初期での対処や発症前の予防的スクリーニングが可能となる。
【0017】
本発明において濃度を測定されるウシの被毛中に含有されるミネラル成分は、リン(P)またはカルシウム(Ca)、もしくはこれらの組合せである。それぞれの成分の濃度は、被毛1 gあたりに含有される各ミネラル成分の濃度として測定される。これらの各ミネラル成分の濃度は単独で用いてもよく、あるいは複数の成分の濃度を組み合わせて用いてもよい。
【0018】
例えば、測定されたリン(P)濃度を単独で用いて尿石症の初期症状または尿石症を発症する可能性を検出する場合、これまでの調査の結果、陰毛先端への結晶付着を指標とした臨床検査により尿石症と判断された個体のみにおいて、被毛1 gあたり200μg以上のリン(P)が含有されていた。この臨床検査により尿石症と判断された個体のうちの1個体において尿石症の外科的治療(バイパス手術)を行ったところ、被毛1 gあたりに含有されるリン(P)濃度が200μgを下回った。これらの検討から、被毛1 gあたり200μg以上のリン(P)が含有されていることと、尿石症の症状とのあいだに相関性があることが見出された。従って、被毛1 gあたり200μg以上含まれることを、尿石症の初期症状または尿石症を発症する可能性の指標として用いることができる。より確実に尿石症の初期症状または尿石症を発症する可能性を検出することを目的とする場合には、最新の2回のリン(P)濃度が連続して被毛1 gあたり200μg以上となることを指標としてもよい。
【0019】
また、測定されたリン(P)濃度およびカルシウム(Ca)濃度に基づいて算出された、カルシウム(Ca)とリン(P)の比率(Ca/P比)を用いて尿石症の初期症状または尿石症を発症する可能性を検出する場合、Ca/P比が5.00以下であることを要注意状態の指標として、そしてCa/P比が4.50以下であることを要警戒状態の指標として、それぞれ用いることができる。前述の臨床検査により尿石症と判断された個体の場合に、いずれも5.00以下であり、症状が進行するにつれてその値が低く推移することが明らかになった。これらの検討から、Ca/P比が5.00以下であることと尿石症の症状とのあいだに相関性があること、Ca/P比が低下して4.50を下回ることと尿石症の症状が進行することとのあいだに相関性があることが、それぞれ見出された。Ca/P比に基づいて尿石症の初期症状または尿石症を発症する可能性をより確実に検出することを目的とする場合には、最新の2回のCa/P比が連続して5.00以下または4.50以下となることを指標としてもよい。
【0020】
本発明の方法においては微量のミネラル成分を正確に測定することが必要である。各ミネラル成分の濃度は、1回の濃度測定に際して洗浄・乾燥後の被毛を0.1 g使用して、重量(μg/g被毛)として測定するため、被検対象となる被毛の量は1回の検査あたり1〜3 g採取することが好ましい。採取した被毛には、糞や土などミネラルを含む夾雑物が付着している可能性がある。従って、本発明においては、微量のミネラル成分を正確に測定するため、採取した被毛を洗浄して付着した夾雑物を除去し、その後乾燥させてから、乾燥後の被毛を得て、その中から1回の測定あたり0.1 gの被毛をミネラル成分の濃度測定のために使用することが好ましい。また、同一被毛サンプルについて複数回のミネラル成分の濃度測定を行い、平均値を1回の検査における測定値として使用することが好ましい。
【0021】
本発明において、被毛中に含まれるミネラルは、その正確な濃度を測定するためには、被毛を溶液中で完全に分解して被毛に含まれる全てのミネラル成分を溶液中に溶解しなければならない。この目的のため、本発明においては、被毛を、硝酸溶液、フッ化水素溶液、過酸化水素溶液、ホウ酸溶液などの酸性溶液中で完全に分解することによって溶解液を作製し、その溶解液中に溶解されるミネラル濃度を測定することを特徴とする。被毛を分解する際の酸性溶液は、被毛の80%がケラチンで構成されていることを考慮して、本発明においては、硝酸溶液(60%水溶液)を被毛を分解するために使用することができる。被毛の分解をより完全に行うため、被毛を入れた酸性溶液を加熱してもよい。
【0022】
本発明において、被毛中に含有されるミネラル成分の濃度を正確に測定するため、質量分析器により測定する。質量分析器による成分の濃度の測定は、種々の検査(例えば水質検査)において一般的に行われている手法である。質量分析器を使用することにより、被毛1 gあたりμgのレベルのミネラル成分を測定することが可能になる。本発明において使用することができる具体的な質量分析器としては、被毛1 gあたりμgのレベルのミネラル成分を測定することができる質量分析器であることが必要であり、例えば誘導結合プラズマ質量分析器(ICP-MS)、炎光光度検出器などを使用することができる。
【0023】
本発明の方法により尿石症の初期症状または尿石症を発症する可能性が検出された場合、重篤な症状は生じていないことから、初期尿石症の治療のための投薬を行ったり、飼料の組成を変更して尿石症の症状が生じないようにすることができる。そしてさらに定期的にミネラル濃度をモニタリングし、そのような処置によって尿石症の初期症状または尿石症を発症する可能性が検出されなくなってから、再び肥育のための飼料を給餌することができる。
【実施例】
【0024】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明する。しかしながら、以下の実施例は、本発明の例示であって、本発明を限定することを意図するものではない。
【0025】
実施例1:被毛中ミネラル濃度の測定
本実施例においては、被毛中のミネラル濃度を測定する方法を検討した。
【0026】
1.被毛の採取
この方法では、まず被検体ウシ個体から検体となる被毛を1 g程度採取する。本発明の方法においては微量のミネラル成分を正確に測定することが必要であることから、外部からのミネラルの混入を避ける必要がある。そのため、できる限り夾雑物(糞や泥、土など)が付着していない部分から採材する。また、採材する際に器具からのミネラルの混入も考えられることから、できれば手袋を着用し、そしてフッ素加工もしくはテフロン(登録商標)加工したハサミを使用して採取するようにする。
【0027】
2.被毛の洗浄・乾燥
次に、被毛検体に付着した夾雑物を除去する。夾雑物除去は、被毛を遠心沈殿管やチューブ等に入れ、純水を満たして、超音波洗浄、ボルテックス(攪拌機)または手動での攪拌により付着した夾雑物を物理的に被毛から除去することにより行う。本実施例においては超音波洗浄を行った。
【0028】
洗浄したのち、被毛を乾燥させる。被毛を乾燥する際にミネラルを含む夾雑物が被毛に付着することを防止できる限りどのような方法で乾燥させてもよい。本実施例においては、洗浄した被毛をキムタオルに載せ、オートドライデシケータ内で乾燥させた。このようにして洗浄・乾燥させた被毛0.1 gを1回あたりの測定のために使用した。濃度の測定は、同じ被毛サンプルについて2回の測定を行い、それらの平均値を1回の検査における測定値として使用した。
【0029】
3.被毛の酸分解
テフロン(登録商標)容器(MCR-6E、Milestone社)に、1検体につき洗浄・乾燥した被毛0.1 gに、60%硝酸水溶液(硝酸(1.38)、関東化学工業)8 mLを加えて希釈・密封し、次いでテフロン(登録商標)容器をマイクロウェーブ(MLS-1200MEGA、Milestone社)にかけ、〔250 W、180℃×5分〕→〔400 W、180℃×5分〕→〔500 W、180℃×5分〕→〔VENT(通風状態)×5分〕の手順で加熱して分解を行った。このサンプルを十分に冷却してから、分解液(試料溶液)を取り出した。
【0030】
4.誘導結合プラズマ質量分析器(ICP-MS)による測定
ICP-MS(ELAN6000、PerkinElmer社)を製造者の取扱説明書に従って使用して、試料溶液中のミネラル含量を定量し、希釈率に基づき被毛中のミネラル含量を自動計測した。ICP-MSを使用したミネラル含量の定量は、内標準法を用いて行った。具体的には、リン(P)、カルシウム(Ca)を含有する標準溶液を対照として使用して、発光強度の強度比からリン(P)、カルシウム(Ca)の濃度を測定した。
【0031】
4.ウシ検体中のミネラル濃度測定
本実施例においては、栃木県畜産試験場にて飼育されている肉用の去勢黒毛和種個体(22〜33ヶ月齢)を被検体として使用した。これらの個体は、濃厚飼料として肉牛肥育用配合飼料を、粗飼料として稲わらを給餌し、自由飲水、4頭1群の群飼条件にて飼育した。目視により尿石症の臨床診断を行ったところ、個体1(E16)が尿石症と診断され、個体8(E36)が尿石症の疑いが高いと診断された。それ以外のウシ個体については、目視による臨床診断では尿石症が疑われなかった。
【0032】
個体8(E36)は、尿石症の疑いがあるとして診断されたのち、内科的治療を行ったが、症状の改善が見られなかったため、8月29日に外科的手術を行って結石が詰まった部分の尿管の切除およびバイパス形成を行った。
【0033】
これらのウシから以下の表中に示した採取日に各1 gの被毛を採取し、上述した方法に従って被毛中の各ミネラル成分の濃度を測定した。
【0034】
本実施例において測定された被毛中のリン(P)濃度およびカルシウム(Ca)濃度を以下の表1および表2にそれぞれまとめた。この表において、少なくとも3回の検査を行った個体についてのデータのみを採用した。また、リン(P)濃度に関して、連続して2回、被毛1 gあたり200μg/g以上となったデータに下線を付した。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
実施例2:被毛中ミネラル濃度の解析
本実施例においては、実施例1において測定された被毛中ミネラル濃度の解析を行い、尿石症の症状との関連性を明らかにすることを目的として行った。
【0038】
実施例1において測定されたリン(P)濃度およびカルシウム(Ca)濃度に基づいて算出された、カルシウム(Ca)とリン(P)の比率(Ca/P比)を表3にまとめた。また、Ca/P比に関して、連続して2回、5.00以下となったデータに下線を付した。
【0039】
【表3】

【0040】
個体1(E16)は、7月に目視的検査により尿石症の発症が確認された。尿石症が確認された時点(7月16日)における個体1(E16)のリン(P)濃度は、6月28日の被毛1 gあたり172μg/gと比較して、被毛1 gあたり222μg/gと急増した。また、カルシウム(Ca)とリン(P)の比(Ca/P比)は、7月16日にはCa/P比は4.00であり、8月26日にはその値は3.43まで低下した。
【0041】
尿石症が疑われ内科的治療をした個体8(E36)におけるリン(P)濃度は、7月16日に216μg/g、8月26日に210μg/gであったが、外科的手術後の9月22日には181μg/g、10月には148μg/gへと低下傾向を示した。また、のCa/P比については4.6前後を推移し、発症が確認され外科的手術(8月29日)の直前(8月26日)には4.47、外科的手術1カ月後の9月22日には3.75へとさらに低下した。
【0042】
これ以外の個体では、尿石症の症状は認められていなかったが、リン(P)濃度が2回連続して被毛1 gあたり200μg/gを超えた個体は存在しなかった。一方、Ca/P比については、個体3(E19)において2回連続して4.50を下回る低い数値を示したが、それ以外の個体で2回連続して5.00以下の数値を示す個体は存在しなかった。
【0043】
これらの結果から総合すると、尿石症の発症または尿石症の発症の可能性は、被毛中に含まれるリン(P)濃度と高い相関性を有していることが明らかになった。特に、個体8(E36)において、尿石症の症状が見られる時にはリン(P)濃度が200μg/gを超えていたが、手術後には急速に200μg/gを下回ったことからも、尿石症の発症または尿石症の発症の可能性と、リン(P)濃度とのあいだの高い相関性が確認された。これらの結果から、被毛1 gあたり200μg/gのリン(P)濃度を境界値として、それ以上の場合には尿石症の発症または尿石症の発症の可能性が高いと判定し、それよりも低い場合には尿石症の発症または尿石症の発症の可能性が比較的低いと判定できた。
【0044】
さらにこれらの結果から、尿石症の発症または尿石症の発症の可能性は、Ca/P比とも中程度の相関性を有していることが明らかになった。表3の結果から、Ca/P比が5.00以下であることを要注意状態の指標として、そしてCa/P比が4.50以下であることを要警戒状態の指標とすることができた。
【0045】
なお、このCa/P比の指標に当てはめる場合、個体3(E19)では2回連続してCa/P比が4.50以下となっており、要警戒状態であると判定されることになる。しかしながら、この個体においては、観察期間中に発症の確認には至らなかった。その要因としては、尿結石(リン酸マグネシウム、リン酸アンモニウムマグネシウムなどリン酸塩)の主成分であるリン(P)の濃度が低いことと相関していると考えられた。これは、被毛中のリン(P)濃度が低い場合には、尿中に排泄されるリン(P)濃度の絶対量もまた低いためと推測された。
【0046】
なお、カルシウム(Ca)濃度およびマグネシウム(Mg)濃度については、発症牛における濃度の推移を未発症牛における濃度の推移と比較した限り、尿石症の発症または尿石症の発症の可能性とのあいだで明確な差異は存在していなかった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の方法により、これまで診断ができなかった尿石症の初期症状を検出しあるいは尿石症を発症する可能性を、発病前に、しかも非侵襲的に検出することが可能になる。そしてそのような検出が可能になることにより、投薬治療や飼料の組成変更により、外科的な手術を行うことなく尿石症を治療または予防することが可能になる。その結果、ウシの死廃率を顕著に低下させることができるだけではなく、従来は尿石症の発症に伴ってかかっていた治療費や市場価値の低下に伴う損失を防止するなど経済的な損失を大幅に軽減することができるようになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)ウシの被毛中に含有されるミネラル濃度を測定すること;そして
(2)予め定められた被毛中ミネラル濃度と尿石症の病態との関連性に基づいて、尿石症または尿石症を発症する可能性を検出すること;
を含む、ウシにおける尿石症または尿石症を発症する可能性を検出するための方法。
【請求項2】
被毛中に含まれるリン(P)濃度および/またはカルシウム(Ca)濃度を測定することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
測定されたリン(P)濃度が被毛1 gあたり200μg以上含まれる場合に、尿石症であるかまたは尿石症を発症する可能性があると判断する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
測定されたリン(P)濃度およびカルシウム(Ca)濃度に基づいて算出された、カルシウム(Ca)とリン(P)の比率(Ca/P比)が5.00以下である場合に、尿石症であるかまたは尿石症を発症する可能性があると判断する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
酸性溶液中で被毛を分解することにより得られる溶解液についてミネラル濃度を測定する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
被毛中に含有されるミネラル濃度を、質量分析器により測定する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
質量分析器が、誘導結合プラズマ質量分析器(ICP-MS)である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。

【公開番号】特開2010−223713(P2010−223713A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−70475(P2009−70475)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【出願人】(502341546)学校法人麻布獣医学園 (17)
【出願人】(591100563)栃木県 (33)
【Fターム(参考)】