説明

被覆アーク溶接棒用Ni粉および低水素系被覆アーク溶接棒

【課題】生産性が良好で、アーク安定性およびスパッタの発生量が低減できるなど溶接作業性が優れると共に、溶接金属の靭性を確保できる被覆アーク溶接棒用Ni粉および低水素系被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】被覆アーク溶接棒を製造する際に被覆剤に添加されるNi粉であって、C含有量が0.020質量%以下で、残部がNiおよび不可避不純物からなり、平均粒径を35〜120μmとする。また低水素系被覆アーク溶接棒において、このNi粉を被覆剤全質量に対して、3.5〜12.5質量%含有させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆アーク溶接棒の被覆剤原料として添加されるNi粉および低水素系被覆アーク溶接棒に関し、特にアークの安定性を良好にしてスパッタの発生量を減少すると共に、かつ生産性に優れ、良好な溶着金属の靭性を確保できる被覆アーク溶接棒用Ni粉およびそれを使用した低水素系被覆アーク溶接棒(以下、低水素系棒という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属炭酸塩、金属弗化物を主成分とする低水素系棒は、耐割れ性や靭性が良好であるため大型構造物用鋼材へ適用され、低温用鋼や耐熱鋼などの溶接に使用されている。
【0003】
低水素系棒は、作業能率向上を目的として高電流を使用する場合もある。その際は被溶接物への深い溶け込みが得られる反面、アーク力が過剰に強くなり、スパッタの発生量が多くなって鋼板への付着が激しくなり、スパッタの除去作業に手間が掛かるという問題があった。
【0004】
このような低水素系棒の問題点の改善策としては種々提案されている。例えば特開昭58−209499号公報(特許文献1)には、被覆剤中に細粒のアトマイズ原料を使用することでアークを安定させスパッタの発生量を低減する技術の提案があるが、被覆剤が緻密となり、乾燥工程で被覆割れ生じ、生産性の問題がある。
【0005】
また、特開平5−169296号公報(特許文献2)には、被覆剤に使用する珪砂の平均粒度を制限することでアークが安定してスパッタ発生量の低減を図る技術の提案がある。しかし珪砂を適用するため溶着金属中のSiが多くなって良好な溶着金属の靭性が得られず、耐割れ性にも問題があった。
【0006】
一方、特開昭58−116991号公報(特許文献3)では、鋼心線および被覆剤のMn量と鋼心線のC量を限定することでスパッタの発生量を減少させている。しかし、この提案は非低水素系溶接棒に係わるものであり、この手法を低水素系棒に適用しても殆ど効果が見られなかった。また、スパッタ発生量の低減には被覆剤に電離電圧の低い成分のKO、CaOを含有する原材料(カリ長石、珪灰石など)を適用することが知れているが、これらは結晶水を含むため拡散性水素量が多くなり、耐割れ性の劣化を招くようになる。
【0007】
このように、現状の低水素系棒において諸性能を満足しつつ、アークの安定性が向上し、スパッタ発生量を低減させることは非常に困難であった。低水素系棒を使用する各業界からは、作業能率の点からスパッタ発生量の少ない溶接棒が強く求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭58−209499号公報
【特許文献2】特開平5−169296号公報
【特許文献3】特開昭58−116991号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、生産性が良好で、アークの安定性およびスパッタの発生量を低減できるなど溶接作業性が優れると共に、溶接金属の靭性を確保できる被覆アーク溶接棒用Ni粉および低水素系被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨は、以下の通りである。
(1)被覆アーク溶接棒を製造する際に被覆剤に添加されるNi粉であって、Cが0.020質量%以下で、残部がNiおよび不可避不純物からなり、平均粒径が35〜120μmであることを特徴とする被覆アーク溶接棒用Ni粉。
(2)鋼心線に被覆剤が塗装されている低水素系被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤はCが0.020質量%以下、残部がNiおよび不可避不純物からなり、平均粒径が35〜120μmであるNi粉を、被覆剤全質量に対して、3.5〜12.5質量%含有し、その他は金属炭酸塩、金属弗化物、アーク安定剤、スラグ生成剤、脱酸剤、合金剤、固着剤および不可避不純物であることを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒。
【発明の効果】
【0011】
本発明の被覆アーク溶接棒用Ni粉およびそれを使用した低水素系棒によれば、生産性と溶接作業性および溶着金属の靭性が良好で、スパッタ発生量が少ないので溶接作業能率が大幅に改善でき、産業上寄与するところは大きなものがある。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、諸性能を確保しつつ、低水素系棒のスパッタ発生量を低減させる手段を鋭意研究した。
スパッタの発生原因は、アーク発生時のプラズマ気流やアーク力が過剰に強い場合、または溶滴のガス爆発などで生じることが知られており、特に高電流での溶接時に溶滴が肥大化し易く、アークが不安定となり、スパッタ発生量が多くなるのである。従って、スパッタ発生量の低減には溶滴の離脱を良くして細粒化させることが有効であると考えられ、被覆剤原料の粒度と不純物に着眼した。
【0013】
まず、低水素系棒の主原料である金属炭酸塩の炭酸カルシウムと金属弗化物の蛍石の粒度について検討したが、いずれも細粒のものを使用することによりアークは安定し、スパッタ発生量が低減することが判った。しかし、被覆剤全体の粒度構成が細粒化するため、被覆が緻密となり生産時に乾燥割れが生じるという問題があった。また、蛍石は結晶水、S、Pなどの不純物が少ない高純度品も検討したがスパッタ発生量の低減には効果がなかった。
【0014】
次いで、脱酸剤として一般的に使用するFe−Siの粒度についても検討したが、炭酸カルシウムと蛍石とは逆に粗粒のものを使用した方がアークが安定してスパッタ発生量が減るが、アークが過剰に弱くなり溶け込み不足が生じるようになった。
【0015】
更に、低水素系棒の溶着金属の低温靭性に有効なNi粉について検討し、篩い分けにより平均粒度を変化させ、スパッタの発生量と諸性能について調査した結果、特定の平均粒径範囲でスパッタの発生量が減少することを突き止めた。Ni粉は細粒域では酸化し易く、表面に酸化Niが形成されるようになる。この酸化Niの溶融点は、Niが約1450℃に対して高く、2000℃程度であるため被覆剤に細粒Ni粉を使用すると溶接時に溶滴のスラグの粘性が高くなり、これに伴い溶滴の離脱が悪くなるためスパッタの発生量が多くなるのである。
【0016】
逆にNi粉が過剰に粗い場合は酸化反応が少なくなるため溶滴のスラグの粘性が低下し、溶滴の離脱が容易となりスパッタ発生量は減少するが、溶接棒の製造時には被覆剤の固着性が劣化し、輸送中に被覆が脱落し易くなる。従って、適正な平均粒径とすることは重要である。さらに、Ni粉のC含有量を限定することも平均粒径と合わせて低水素系棒のスパッタ発生量の低減に欠かせない。Ni粉のC含有量が多いと溶融スラグの粘性が高くなりスラグが先行し易くなって安定したアークが得られずスパッタ発生の原因となることが判明した。
【0017】
以下、本発明の被覆アーク溶接棒用Ni粉および低水素系棒について、Ni粉の平均粒径、成分組成および被覆剤中における含有量の限定理由について説明する。
Ni粉の平均粒径が35μm未満では溶滴の離脱が悪くなるのでアークが不安定となりスパッタの発生量が多くなる。一方、120μmを超えると被覆剤に締りが無くなり製造の乾燥工程で被覆に割れが生じて被覆が脱落するようになる。
【0018】
また、Ni粉のC含有量が0.020質量%(以下、%という。)を超えると溶融スラグの粘性が高くなりスラグが先行してアークが不安定になりスパッタ発生量が多くなる。
前記Ni粉の被覆剤への含有量が、被覆剤全質量に対して3.5%未満では良好な低温靭性が得られない。一方、12.5%を超えると過剰にアーク力が弱くなり溶滴の離脱が悪化してスパッタ発生量が増加し、ビードに広がりがなくなりビード形状も不良となる。
【0019】
また、被覆剤に使用する他の原材料のうち、金属炭酸塩は大気を遮断するために添加するが、含有量が少ない場合は溶接金属中の酸素や窒素が多くなり、一方、過剰に添加するとアーク状態やビード形状が劣化するので、金属炭酸塩の含有量は35〜60%が望ましい。
【0020】
さらに、金属弗化物は良好なスラグ流動性を得るのに欠かせないもので、その含有量が少ないと効果がなく、過剰な場合はアーク状態とスラグ剥離性が劣化するので、その添加量は10〜35%が望ましい。その他、低水素系被覆原材料としてアーク安定剤、スラグ生成剤、固着剤は通常用いられるものである。なお、以上説明した本発明における被覆剤の成分の効果を得るには、被覆率(溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%)は20〜50%が適当である。
【実施例】
【0021】
本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
表1に示す780MPa級低水素系棒の被覆剤に対して、表2に示すように平均粒径とC含有量を変化させたNi粉を添加して、各種の低水素系棒を試作した。直径4.0mm、長さ400mmのJIS G3523 SWY11の鋼心線に被覆塗装後、乾燥して被覆率31%とし、生産性、スパッタ発生量、溶接作業性および溶着金属の靭性を調査した。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
生産性の試験は、溶接棒約100kgを製造し、塗装時または乾燥工程において被覆に疵、へこみ、割れがないものを良品とし、製造した全溶接棒に対する良品の割合を生産歩留とし、その値が99.0%以上であったものを良好とし、99.0%未満を不良とした。
【0025】
スパッタ発生量の調査は、幅200mm、長さ600mm、高さ200mmの銅板の捕集箱内部に板厚20mm、幅50mm、長さ450mmの490MPa級の試験鋼板を立て、この捕集箱の長手方向にスリットを開け、ここに調査溶接棒を挿入して試験鋼板の板厚面の溶接を行った。溶接条件は電流190A、速度15cm/minとし、スパッタ発生量が1.5g/min以下を良好とした。
【0026】
溶接作業性調査は、板厚16mm、幅100mm、長さ450mmの780MPa級鋼板をT型に組み、交流溶接機を用い、水平すみ肉溶接は電流170A、立向姿勢溶接は150Aの条件で溶接した。これによりアーク状態(安定性、吹付け強さ)、スラグ剥離性(流動性、被包性、剥離性)、ビードの形状などを調査した。
【0027】
また、溶着金属の衝撃靭性は、電流170A(AC)、予熱・パス間温度90〜130℃、平均入熱17kJ/cmとし、JIS Z3211の溶着金属試験に準じて溶接を行い、溶着金属中央部よりJIS Z2202の4号衝撃試験片を採取した。試験温度は−40℃で各6本試験を行い、その吸収エネルギーの平均値が70J以上を良好とした。これらの結果も表2にまとめて示す。
【0028】
表2中、溶接棒No.1〜No.8は本発明例、溶接棒No.9〜No.14は比較例である。本発明例である溶接棒No.1〜No.8は、被覆剤中のNi粉の平均粒径とNi粉中のC含有量が適正であるのでアークの安定性に優れスパッタ発生量が少なかった。また、被覆剤中のNi粉の添加量が適正であるのでアーク状態などの溶接作業性も良く、溶着金属の吸収エネルギーも高く、極めて満足な結果であった。
【0029】
比較例中、溶接棒No.9は、Ni粉の平均粒径が細かいので溶滴の移行性が悪く、アークが不安定となってスパッタ発生量が多かった。
溶接棒No.10は、Ni粉の平均粒径が粗いので生産時に被覆剤の固着性が悪く、乾燥時に被覆割れが生じて生産歩留が低かった。
【0030】
溶接棒No.11および溶接棒No.12は、Ni粉のC含有量が多いので溶融スラグの粘性が高くなりスラグが先行してアークが不安定となりスパッタ発生量が多かった。
【0031】
溶接棒No.13は、被覆剤中のNi粉の添加量が少ないので吸収エネルギーが低かった。
溶接棒No.14は、被覆剤中のNi添加量が多いのでアークが弱くなり溶滴の離脱が悪くスパッタ発生量が多かった。また、ビードに広がりがなくビード形状も不良であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被覆アーク溶接棒を製造する際に被覆剤に添加されるNi粉であって、Cが0.020質量%以下で、残部がNiおよび不可避不純物からなり、かつ平均粒径が35〜120μmであることを特徴とする被覆アーク溶接棒用Ni粉。
【請求項2】
鋼心線に被覆剤が塗装されている低水素系被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤はCが0.020質量%以下で、残部がNiおよび不可避不純物からなり、かつ平均粒径が35〜120μmであるNi粉を、被覆剤全質量に対して、3.5〜12.5質量%含有し、その他は金属炭酸塩、金属弗化物、アーク安定剤、スラグ生成剤、脱酸剤、合金剤、固着剤および不可避不純物であることを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒。

【公開番号】特開2012−143809(P2012−143809A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−6046(P2011−6046)
【出願日】平成23年1月14日(2011.1.14)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】