説明

被覆膜付きYAG系蛍光体粒子及びその製造方法

【課題】 高い耐湿性を有する被覆膜を形成し、従来に比べて発光特性を向上させた被覆膜付きYAG系蛍光体粒子を提供する。
【解決手段】 ストロンチウム化合物又はバリウム化合物を含む濃度5〜15質量%の水溶液にYAG系蛍光体粒子を添加して撹拌し、更に40〜60℃の温度に加熱して0.5〜3時間撹拌した後、濾過して乾燥することにより、ストロンチウム又はバリウムの化合物を含む非晶質無機化合物の析出微粒子からなる被覆膜付きYAG系蛍光体粒子が得られる。この析出微粒子の平均粒径は5〜100nmであり、蛍光体粒子の平均粒径と析出微粒子の平均粒径との比(析出微粒子の平均粒径/蛍光体粒子の平均粒径)が1/100〜1/1000の範囲内である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、LED等の発光素子に使用される被覆膜付きYAG系蛍光体粒子及びその製造方法に関し、更に詳しくは、被覆処理することにより高い耐湿性を付与すると共に、従来に比べて発光特性を向上させた被覆膜付きYAG蛍光体粒子及びその効率的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白色LED用の蛍光体材料としてよく知られている蛍光体としては、例えば、組成式がSrSiO:Eu、(Sr、Ba)SiO:Eu、(Sr、Ba、Ca)SiO:Eu、(Ba、Sr)SiO:Eu、(Ba、Sr、Ca)SiO:Euで表される珪酸塩系の化合物相からなるものや、組成式が(Y、Gd)(Al、Ga)12:Ceで表されるYAG系の化合物相からなるものがある。これらの蛍光体は、高輝度型や高演色型の白色LED素子に使用され、青色LEDからの励起光の一部を吸収することにより黄色発光又は緑色発光し、更に青色励起光と黄色発光、青色励起光と緑色発光、あるいは赤色発光とを混ぜ合うことにより白色光を得ることができる。
【0003】
現在、LED素子の用途は、照明や車載ライト、液晶テレビのバックライトなど多岐に亘っている。これらの用途のLED素子に要求されるのは主に輝度や色度であり、特に輝度について近年では一層高いものが必要とされている。これらLED素子の性質を決定するのが蛍光体であり、LED素子の輝度を高めるために蛍光体のより高い発光特性が求められている。前述した黄色や緑色を発光する蛍光体においても同様である。しかし、蛍光体自体の発光特性を上げることは容易ではなく、その特性改善のために様々な研究がなされている。
【0004】
一方、黄色や緑色を発光する珪酸塩蛍光体は、空気中の水蒸気又は水によって蛍光体内部から構成元素であるSrやBaなどのアルカリ土類金属成分が溶出し、その蛍光体粒子表面には水和物又は炭酸塩が生成して劣化することが知られている。このような性質から、黄色や緑色を発光する珪酸塩蛍光体には、大気中での長時間の使用や励起光による温度上昇によって劣化し、輝度の低下及び色調の変化が起きるという問題がある。またYAG蛍光体においても、珪酸塩蛍光体ほど水分や光による劣化は著しくないが、長期信頼性への観点から劣化に伴う輝度の低下及び色調の変化を抑制することが望まれている。
【0005】
上記した発光特性の向上並びに水分などによる劣化防止の問題を解決することが、現在のLED用蛍光体への重要な課題となっている。その改善策の一つとして、蛍光体の粒子表面を修飾又は被覆処理する方法が提案されている。例えば、特許文献1には、蛍光体粒子表面の組成物を化学的に変性するための方法として、選択された陽イオンのイオン交換法反応により粒子表面の蛍光体の陽イオンを置換する方法が開示されている。
【0006】
具体的には、蛍光体粒子の表面に、アルミニウム、バリウム、カルシウム、ランタン、マグネシウム、ストロンチウム、イットリウム、亜鉛、チタン、タンタル、ホウ素、ケイ素から選択された、蛍光体物質陽イオンとは異なる陽イオンにより置換された層を形成する。この方法によって得られた蛍光体では、接着性の向上、光束維持率の向上、不純物の沈着防止を図ることが可能であるとしている。しかし、この方法は簡便ではあるが、蛍光体粒子の耐水性や耐湿性を大きく向上させるまでには至っていない。
【0007】
また、特許文献2には、バリウム塩又はストロンチウム塩を含有する溶液中に蛍光ランプ用シリケート燐光体を投入し、撹拌により燐光体表面にバリウム塩又はストロンチウム塩を結合させた後、熱処理するシリケート燐光体粒子の製造方法が開示されている。具体的には、かなりの量のシリケート燐光体をバリウム塩又はストロンチウム塩からなるカチオンを含有する溶液に加え、熱処理して表面処理した燐光体を得ている。
【0008】
この方法も簡便な方法ではあるが、被覆対象を比較的耐水性の高いBaSi:Pbに限定している点に問題がある。また、表面処理によりバリウム塩又はストロンチウム塩を粒子表面に結合させただけであるため、得られる被覆膜が緻密でなく、耐水性や耐湿性が弱いという問題がある。しかも、熱処理温度が700〜1000℃と高温であることから、この処理を珪酸塩蛍光体などで実施すると、熱による劣化で発光特性が大きく低下してしまう。また、用いる塩類よっては珪酸塩蛍光体粒子などへの影響が大きく、溶出が加速されるなど種々の問題が生じやすい。
【0009】
そこで、本発明者らは、上記の問題を解決する方法として、特許文献3に開示されているように、LED用蛍光体の粒子表面に下地層としてアルミニウム有機化合物層を形成し、その上に一部加水分解したシラン有機金属化合物の加水分解縮合物からなる被覆材層を重ねて形成した後、大気下において200〜400℃で熱処理することにより被覆膜付き蛍光体粒子を得る方法を提案した。
【0010】
この方法によれば、予め下地層として形成したアルミニウム有機化合物が水分に対する保護膜として働き、その上に被覆材層を形成する際にも水分による劣化を防止できるため、耐湿性及び耐水性が極めて良好な蛍光体粒子を得ることができる。しかしながら、この方法によっても、上記した問題点の一つである蛍光体自体の発光特性を上げる点に関しては、上記被覆膜の形成によって蛍光体の発光特性を改善するまでに至っていないのが実情であった。
【0011】
尚、発光特性を向上させる他の方法としては、特許文献4に開示されているように、蛍光体粒子を分散させた樹脂中に励起光を所定の割合以上で反射することができる反射微粒子を含有させる方法がある。この方法は、平均粒径が0.1〜10μmの反射性の高いTiOなどの反射微粒子を蛍光体粒子と共に樹脂中に含有させることにより、反射微粒子で反射した励起光が蛍光体粒子に再照射され、これにより蛍光体に吸収される割合が増加し、発光装置の発光効率を向上させるものである。しかし、反射微粒子を高い割合で添加しなければ効果が上がらないことや、耐湿性や耐水性の向上効果は期待できない等の課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平10−195427号公報
【特許文献2】特開2000−026853号公報
【特許文献3】特開2011−026535号公報
【特許文献4】特開2007−157798号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記した従来技術の問題点に鑑み、YAG系蛍光体粒子について高い耐湿性を有する被覆膜を形成すると共に、従来に比べて発光特性を向上させることが可能な方法、及びその方法により得られる被覆膜付きYAG系蛍光体粒子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記目的を達成するために、簡便な表面処理方法により発光特性を向上させ、同時に高い耐湿性を有する被覆膜を備えたYAG系蛍光体粒子の効率的な製造方法について鋭意研究を重ねた結果、ストロンチウム化合物又はバリウム化合物の水溶液で蛍光体粒子を処理し、蛍光体粒子表面にストロンチウム化合物又はバリウム化合物の微細な粒状析出物からなる被覆膜を形成することが極めて有効であることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0015】
即ち、本発明による被覆膜付きYAG系蛍光体粒子の製造方法は、ストロンチウム化合物及びバリウム化合物から選ばれた少なくとも1種を含む濃度5〜15質量%の水溶液にYAG系蛍光体粒子を添加して撹拌し、更に40〜60℃の温度に加熱して撹拌した後、濾過したYAG系蛍光体粒子を乾燥することを特徴とする。
【0016】
上記本発明による被覆膜付きYAG系蛍光体粒子の製造方法においては、前記濾過したYAG系蛍光体粒子を大気雰囲気中にて80〜200℃で乾燥することが好ましい。また、前記ストロンチウムの化合物としては酢酸ストロンチウム又は塩化ストロンチウムが好ましく、前記バリウムの化合物としては塩化バリウムが好ましい。
【0017】
また、本発明による被覆膜付きYAG系蛍光体粒子は、蛍光体粒子表面に被覆膜を有する被覆膜付きYAG系蛍光体粒子であって、蛍光体粒子表面の被覆膜はストロンチウム及びバリウムの化合物から選ばれた少なくとも1種を含む非晶質無機化合物の析出微粒子からなり、該析出微粒子の平均粒径が5〜100nmであることを特徴とする。
【0018】
上記本発明による被覆膜付きYAG系蛍光体粒子においては、前記蛍光体粒子の平均粒径と析出微粒子の平均粒径との比(即ち、析出微粒子の平均粒径/蛍光体粒子の平均粒径)が1/100〜1/1000の範囲内であることが好ましく、更に1/200〜1/700の範囲内であることがより好ましい。また、前記ストロンチウム及びバリウムの化合物は、酸化物、塩化物、酢酸塩、炭酸塩、水酸化物、水和物から選ばれた少なくとも1種からなることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、YAG系蛍光体粒子を特定のアルカリ土類金属化合物を含む水溶液で処理して、析出物からなる被覆膜を形成するという簡便な方法を用いることにより、高い耐湿性を有するだけでなく、従来なし得なかった発光特性の向上を達成することが可能な被覆膜付きYAG系蛍光体粒子を効率よく製造し、安価に提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の被覆膜付きYAG系蛍光体粒子の製造方法においては、まず、ストロンチウム化合物又はバリウム化合物を含む水溶液(以下、アルカリ土類金属水溶液とも称する)中に蛍光体粒子を添加し、加熱することなく室温下で撹拌混合することにより、蛍光体粒子表面に水溶液中のストロンチウム化合物又はバリウム化合物を吸着させる。この撹拌工程では、水溶液中のストロンチウム化合物又はバリウム化合物を蛍光体粒子表面に吸着させることで、YAG系蛍光体粒子の耐湿性と耐水性が飛躍的に高められる。
【0021】
次に、上記アルカリ土類金属水溶液を加熱撹拌することにより、その水溶液中及び蛍光体粒子表面に吸着しているストロンチウム化合物又はバリウム化合物を活性化させ、蛍光体粒子表面に更に微粒子として析出させ堆積させる。この加熱撹拌工程では、水溶液を加熱することで蛍光体粒子表面へのストロンチウム化合物又はバリウム化合物の析出を加速させ、この析出微粒子により蛍光体粒子表面に緻密な被覆膜が形成されることで耐湿性が更に向上し、同時に発光特性を向上させる効果が得られる。
【0022】
特に発光特性を向上させるためには、アルカリ土類金属水溶液を加熱して、蛍光体粒子表面に微粒子の析出を積極的に行うことが有効であることが分かった。微粒子の析出により発光特性が向上する理由は明らかではないが、蛍光体粒子表面に微粒子が存在することによって、励起した光を多重散乱することができるため、重複する光によって蛍光体に吸収される光の割合が多くなり、発光特性が向上するものと考えられる。
【0023】
その後、濾過してアルカリ土類金属水溶液から蛍光体粒子を分離し、回収した蛍光体粒子を洗浄し、乾燥することによって、耐湿性が高く且つ発光特性が改善向上された被覆膜付きYAG系蛍光体粒子が得られる。
【0024】
本発明は、組成式が(Y、Gd)(Al、Ga)12:Ceで表される化合物相からなるYAG系蛍光体に適用できる。このYAG系蛍光体を波長430nm以上470nm以下の光で励起した際の発光スペクトルは、530nm以上580nm以下の波長範囲に発光ピークを有している。
【0025】
YAG系蛍光体の多くは、酸化イットリウム粉末と酸化アルミニウム粉末、及び添加元素の酸化物粉末を上記YAG組成となる割合で混合し、これを仮焼して固相反応でYAG相の粉末とした後、ボールミル等で粉砕する方法など、公知の製造方法により得ることができる。尚、本発明で原料として使用するYAG系蛍光体粒子は、被覆膜形成後にLED用蛍光体として使用するため、平均粒径が5〜30μmであるものが好ましい。
【0026】
YAG系蛍光体の粒子表面への被覆膜の形成に用いるアルカリ土類金属化合物水溶液は、ストロンチウム化合物及びバリウム化合物から選ばれた少なくとも1種を含むことが必要である。ストロンチウム化合物及びバリウム化合物としては、水溶性の化合物であれば使用できるが、酸性度が高くなく、蛍光体粒子を劣化させることがほとんどないことから、酢酸ストロンチウム、塩化ストロンチウム、塩化バリウムを好適に使用することができる。その中でも酢酸ストロンチウムは、水溶液のpHが6〜7であるため酸による蛍光体粒子表面の劣化がなく、また酢酸イオンの影響により粒子表面への吸着性が高いため、特に好ましい。
【0027】
上記アルカリ土類金属化合物水溶液に含まれるアルカリ土類金属化合物、即ちストロンチウム化合物及びバリウム化合物の濃度は、5〜15質量%の範囲とすることが必要である。アルカリ土類金属化合物濃度が5質量%未満であると耐湿性や発光特性の向上は認められず、5質量%以上とすることにより発光特性の向上が顕著に認められる。また、15質量%を超えると、蛍光体粒子の凝集などにより発光特性の低下を招き、特にストロンチウム化合物の場合は水に対する溶解度がそれ程高くないことから注意を要する。
【0028】
次に、本発明の被覆膜付きYAG系蛍光体粒子の製造方法について具体的に説明する。まず、アルカリ土類金属化合物水溶液を調製し、この水溶液に蛍光体粒子を添加した後、加熱することなく室温下で撹拌を行い、アルカリ土類金属化合物水溶液中のストロンチウム化合物及び/又はバリウム化合物を蛍光体粒子表面に吸着させる。このときの撹拌時間は特に限定されないが、0.5〜2時間程度の撹拌で十分な吸着が得られる。
【0029】
次いで、撹拌を続けながらアルカリ土類金属化合物水溶液を加熱する。この加熱撹拌により、蛍光体粒子表面に吸着されているストロンチウム化合物及び/又はバリウム化合物や、アルカリ土類金属化合物水溶液中に含まれているストロンチウム化合物及び/又はバリウム化合物が活性化して、蛍光体粒子表面への析出と粒子成長が促進される。加熱撹拌の際の加熱温度は40〜60℃の範囲とする。40℃未満の温度では析出物の粒子成長に時間を要し、60℃より高い温度では析出物の成長は活発になるが、芯材である蛍光体の劣化が著しくなり、本来の発光特性の低下を招くため好ましくない。
【0030】
また、上記加熱撹拌の際の加熱撹拌時間は0.5〜3時間が好ましい。加熱撹拌時間が0.5時間未満では析出物の析出や成長が不十分となり、析出物が平均粒径5nm以上に成長しないため、励起光の散乱が低減されて効率良く反射されず、発光特性の向上が期待できない。逆に3時間を越えて加熱撹拌を継続すると、析出物が平均粒径100nmを超えて成長してしまうため、析出物自体が邪魔となって励起光が蛍光体粒子に到達しなくなり、また析出物が膜構造を維持できず粒子表面から脱落しやすくなる。
【0031】
尚、上記したアルカリ土類金属化合物の吸着と、その後の析出物による被覆膜の形成のためには、アルカリ土類金属化合物水溶液の濃度をある程度高くすることが好ましい。しかし、アルカリ土類金属化合物水溶液の濃度が高すぎると、加熱中に水分が揮発して水溶液が白濁して本発明の被覆膜が得られなかったり、被覆膜を構成する析出物の粒径が変動して均一な被覆膜とならず、蛍光体粒子の発光特性を阻害することになったりするため、アルカリ土類金属化合物水溶液の濃度変化や液量の減少には注意を要する。
【0032】
上記加熱撹拌処理が終了した後、アルカリ土類金属化合物水溶液を濾過し、被覆膜が形成された蛍光体粒子を回収する。この蛍光体粒子を水洗した後、乾燥する。この乾燥工程により、析出微粒子が被覆膜として蛍光体粒子表面に強固に固着され、本発明の被覆膜付きYAG系蛍光体粒子が得られる。乾燥処理は、析出微粒子からなる均質で強固な被覆膜を得るために、大気中において80〜200℃で行うことが好ましい。
【0033】
このようにして得られた被覆膜付きYAG系蛍光体粒子は、芯材であるYAG系蛍光体粒子の表面に、非晶質無機化合物の析出微粒子からなる被覆膜を備えている。YAG蛍光体粒子表面の被覆膜を構成する析出微粒子の析出量は、アルカリ土類金属水溶液の濃度や液量、加熱撹拌時の温度及び撹拌時間などにより変わるが、発光特性の向上に最も有効な条件で処理を行えば、YAG系蛍光体の外部量子効率が4%以上向上することが分かった。
【0034】
上記非晶質無機化合物の析出微粒子は、効果的な発光効率の向上効果を得るためには、ストロンチウム化合物及びバリウム化合物から選ばれた少なくとも1種を含むことが必要であり、カルシウムやマグネシウムなど他のアルカリ土類金属の化合物ではほとんど効果が認められない。また、ストロンチウム化合物及びバリウム化合物は、酸化物、塩化物、酢酸塩、炭酸塩、水酸化物、水和物から選ばれる少なくとも1種からなることが好ましい。
【0035】
被覆膜を構成する析出微粒子の平均粒径は、5〜100nmの範囲とすることが重要である。析出微粒子の平均粒径が5nm未満であると、微細すぎるために励起光の散乱が低減されて効率良く反射されなくなる。一方、析出微粒子の平均粒径が100nmを超えると、析出物微粒子自体が邪魔をして励起光が蛍光体粒子に到達しなくなったり、また析出微粒子が膜構造を維持できなくなり蛍光体粒子表面から脱落しやすくなったりする。尚、上記析出微粒子で構成される被覆膜の厚さは5〜100nmの範囲となり、しかも透明度の高い非晶質の無機酸化物からなるため、この被覆膜によって蛍光体粒子の発光強度が損なわれることはない。
【0036】
更に、上記析出微粒子の平均粒径が5〜100nmであると同時に、蛍光体粒子の平均粒径と析出微粒子の平均粒径との比(即ち、析出微粒子の平均粒径/蛍光体粒子の平均粒径)が1/100〜1/1000の範囲内であることが好ましく、更には1/200〜1/700の範囲内にあることがより好ましい。蛍光体粒子の平均粒径と析出微粒子の平均粒径との比(析出微粒子の平均粒径/蛍光体粒子の平均粒径)が1/100より大きい場合は析出物微粒子自体が邪魔をして励起光が蛍光体粒子に到達しなくなり、逆に1/1000よりも小さい場合には析出物微粒子による励起光の散乱が低減されて効率良く反射されなくなるからである。
【0037】
尚、前記した特許文献3に記載の方法によれば、アルミニウム有機金属化合物の下地層と、一部加水分解したシラン有機金属化合物の加水分解縮合物からなる被覆材層を積層して、加熱処理を行うことにより、蛍光強度を低下させずに、耐湿性に優れた被覆膜付き蛍光体粒子を得ることが可能であるが、複雑で面倒な被覆処理が必要となる。しかしながら、YAG系蛍光体粒子は耐湿性が著しく低いわけではないため、本発明によれば、特許文献3に記載の方法に比べはるかに簡便な方法を用い且つ低コストにて、実用に十分耐えうるレベルで耐湿性を改善しつつ、従来達成できなかった発光特性の向上を効率よく達成することができる。
【実施例】
【0038】
以下の実施例及び比較例によって本発明を更に詳細に説明する。各実施例及び比較例で用いた有機溶媒は、予め乾燥したモレキュラーシーブ(3A)500gを有機溶媒10リットル中に入れ、水分を除去した後に使用した。尚、実際に有機溶媒として使用したエタノール及びIPA中の水分量は、カールフィッシャ水分計の測定で0.1g/lであった。
【0039】
実施例及び比較例における蛍光体の特性、即ち、蛍光体粒子及び析出微粒子の平均粒径、発光特性及び耐湿性の評価方法は以下の通りである。
(1)蛍光体粒子及び析出微粒子の平均粒径
蛍光体粒子及び析出微粒子の平均粒径は、蛍光体粒子をSEMで観察するか、若しくは蛍光体粒子をエポキシ樹脂中に埋め込み、樹脂の硬化後に断面を加工してTEM観察することにより、得られた画像から粒径(n=5)を測定し、平均粒径を求めた。
【0040】
(2)被覆膜形成前後の発光特性の評価
PL(Photo Luminescence)により、吸収率(Abs.)、外部量子効率(EQE)、内部量子効率(IQE)を測定し、各数値を被覆膜形成処理の前後での相対値(被覆後の発光特性/被覆前の発光特性)として求めた。尚、上記各数値は日本分光(株)製の分光蛍光光度計FP6500を用い、450nmの励起光時の発光特性から求めた。
【0041】
(3)耐湿性の評価
耐湿試験の前後における蛍光体粒子の発光特性を上記(2)の場合と同様に測定し、耐湿試験前後での相対値(耐湿試験後の発光特性/耐湿試験前の発光特性)として求めた。尚、耐湿試験は、蛍光体粒子を85℃×85%RHの雰囲気下に250時間保持して行った。
【0042】
[実施例1]
蛍光体粒子として、(Y、Gd)(Al、Ga)12:Ce(化成オプトニクス(株)製、D50=6μm、商品名:P46−Y3)を用意した。また、純水に酢酸ストロンチウム(関東化学(株)製、試薬特級)を加えて撹拌溶解し、濃度10質量%の酢酸ストロンチウム化合物水溶液(pHは6.6)を作製した。
【0043】
作製した酢酸ストロンチウム水溶液から100gをビーカーに取り出し、この水溶液中にYAG系蛍光体粒子10gを添加して、加熱することなく室温で0.5時間撹拌した。その後、ビーカー中の酢酸ストロンチウム水溶液を40℃に加熱して、更に1時間撹拌を継続した。その際、水分が蒸発しないようにビーカーの上部開口をラップで覆うようにした。
【0044】
1時間の加熱撹拌が終了した後、真空濾過し、回収した蛍光体粒子を水洗し、箱型乾燥機に入れて大気雰囲気中にて100℃で1時間乾燥した。このようにして得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、蛍光体粒子及び析出微粒子の粒径を測定して平均粒径を求め、蛍光体粒子の平均粒径と析出微粒子の平均粒径との比(析出微粒子の平均粒径/蛍光体粒子の平均粒径)を算出した。また、得られた被覆膜付きYAG系蛍光体の発光特性及び耐湿性(試験後の発光特性)を評価した。
【0045】
[実施例2]
前記加熱撹拌時に酢酸ストロンチウム水溶液を60℃に加熱した以外は上記実施例1と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0046】
[実施例3]
純水に塩化バリウム(関東化学(株)製、試薬特級)を加えて撹拌溶解し、濃度10質量%の塩化バリウム水溶液(pH6.4)を作製した。この塩化バリウム水溶液を前記酢酸ストロンチウム水溶液に代えて使用した以外は上記実施例1と同様にして処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体粒子を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0047】
[実施例4]
前記加熱撹拌時に塩化バリウム水溶液を60℃に加熱した以外は上記実施例3と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0048】
[実施例5]
純水に酢酸ストロンチウム(関東化学(株)製、試薬特級)を加えて撹拌溶解し、濃度5質量%の酢酸ストロンチウム水溶液(pH6.9)を作製した。この酢酸ストロンチウム水溶液を使用し、加熱撹拌時の加熱温度を60℃とし、且つ乾燥温度を80℃とした以外は上記実施例1と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体粒子を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0049】
[実施例6]
前記乾燥温度を200℃とした以外は上記実施例5と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体粒子を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0050】
[実施例7]
純水に塩化バリウム(関東化学(株)製、試薬特級)を加えて撹拌溶解し、濃度が5質量%の塩化バリウム水溶液(pH6.4)を作製した。この塩化バリウム水溶液を使用し、加熱撹拌時の加熱温度を60℃及び撹拌時間を0.5時間とし、且つ乾燥温度を200℃とした以外は上記実施例1と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0051】
[実施例8]
前記加熱撹拌時の加熱温度を60℃及び撹拌時間を3時間とした以外は上記実施例7と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0052】
[比較例1]
上記各実施例で使用した蛍光体粒子(Y、Gd)(Al、Ga)12:Ce(化成オプトニクス(株)製、D50=6μm、商品名:P46−Y3)10gを、そのまま200℃の温度で1時間加熱乾燥した。加熱乾燥後のYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0053】
[比較例2]
純水に酢酸(関東化学(株)製、試薬特級)を加えて撹拌溶解し、水溶液のpHを6.0に整えた。この酢酸水溶液から100gを取り出し、その酢酸水溶液中に蛍光体粒子の(Y、Gd)(Al、Ga)12:Ce(化成オプトニクス(株)製、D50=6μm、商品名:P46−Y3)10gを添加し、加熱することなく1時間撹拌した後、更に60℃に加熱して1時間撹拌した。
【0054】
撹拌終了後に真空濾過し、回収したYAG系蛍光体粒子を水洗し、箱型乾燥機に入れて大気雰囲気中にて100℃で1時間乾燥した。得られたYAG系蛍光体粒子について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0055】
[比較例3]
純水に塩化バリウム(関東化学(株)製、試薬特級)を加えて撹拌溶解し、濃度が21質量%の塩化バリウム水溶液(pH5.7)を作製した。この塩化バリウム水溶液を使用した以外は上記実施例1と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体は凝集したので、粒径の測定は実施せず、発光特性及び耐湿性についてのみ上記実施例1と同様の評価を行った。
【0056】
[比較例4]
純水に酢酸カルシウム(関東化学(株)製、試薬特級)を加えて撹拌溶解し、濃度が10質量%の酢酸カルシウム水溶液(pH6.3)を作製した。この酢酸カルシウム水溶液を前記酢酸ストロンチウム水溶液に変えて使用した以外は上記実施例1と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0057】
[比較例5]
前記酢酸ストロンチウム水溶液として濃度17質量%の酢酸ストロンチウム水溶液(pH5.8)を使用した以外は上記実施例6と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0058】
[比較例6]
前記酢酸ストロンチウム水溶液として濃度2質量%の酢酸ストロンチウム水溶液(pH6.9)を使用した以外は上記実施例6と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0059】
[比較例7]
前記酢酸ストロンチウム水溶液の加熱撹拌時の加熱温度を80℃とした以外は上記実施例6と同様に処理して、被覆膜付きYAG系蛍光体を製造した。得られた被覆膜付きYAG系蛍光体について、上記実施例1と同様の評価を行った。
【0060】
上記実施例1〜8で製造した被覆膜付きYAG系蛍光体、及び上記比較例1〜7で得られたYAG系蛍光体について、上記のごとく実施例1と同様に評価した結果を下記表1及び表2にまとめて示した。
【0061】
即ち、表1には、上記実施例1〜8で製造した各被覆膜付きYAG系蛍光体と上記比較例1〜7で得られた各YAG系蛍光体について、析出微粒子の平均粒径、並びに、蛍光体粒子の平均粒径と析出微粒子の平均粒径との比(析出微粒子の平均粒径/蛍光体粒子の平均粒径)を示した。
【0062】
【表1】

【0063】
また、表2には、上記実施例1〜8で製造した各被覆膜付きYAG系蛍光体と上記比較例1〜7で得られた各YAG系蛍光体について、被覆膜形成などの処理後における発光特性と、耐湿試験後における発光特性を示した。尚、表2に示した発光特性の数値は、上記比較例1での加熱乾燥後のYAG系蛍光体における数値を1としたときの相対値で表示した。
【0064】
【表2】

【0065】
この表2に示す結果から明らかなように、比較例2〜7での処理後における各YAG系蛍光体の発光特性は、比較例1での加熱乾燥後のYAG系蛍光体の発光特性よりも低下しており、本発明の条件を外れて処理しても発光特性の向上は認められないことが分かる。一方、本発明の実施例1〜8で製造した各被覆膜付きYAG系蛍光体では、加熱乾燥後はもちろん、耐湿試験後においても、比較例1での加熱乾燥後のYAG系蛍光体に比べて、発光特性が向上しており、耐湿性も優れていることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光体粒子表面に被覆膜を有する被覆膜付きYAG系蛍光体粒子であって、蛍光体粒子表面の被覆膜はストロンチウム及びバリウムの化合物から選ばれた少なくとも1種を含む非晶質無機化合物の析出微粒子からなり、該析出微粒子の平均粒径は5〜100nmであることを特徴とする被覆膜付きYAG系蛍光体粒子。
【請求項2】
前記蛍光体粒子の平均粒径と前記析出微粒子の平均粒径との比(析出微粒子の平均粒径/蛍光体粒子の平均粒径)が1/100〜1/1000の範囲内であることを特徴とする、請求項1に記載の被覆膜付きYAG系蛍光体粒子。
【請求項3】
前記ストロンチウム及びバリウムの化合物が、酸化物、塩化物、酢酸塩、炭酸塩、水酸化物、水和物から選ばれた少なくとも1種からなることを特徴とする、請求項1又は2に記載の被覆膜付きYAG系蛍光体粒子。
【請求項4】
蛍光体粒子表面に被覆膜を有する被覆膜付きYAG系蛍光体粒子の製造方法であって、ストロンチウム化合物及びバリウム化合物から選ばれた少なくとも1種を含む濃度5〜15質量%の水溶液にYAG系蛍光体粒子を添加して撹拌し、更に40〜60℃の温度に加熱して撹拌した後、濾過したYAG系蛍光体粒子を乾燥することを特徴とする被覆膜付きYAG系蛍光体粒子の製造方法。
【請求項5】
前記濾過したYAG系蛍光体粒子を大気雰囲気中にて80〜200℃で乾燥することを特徴とする、請求項4に記載の被覆膜付きYAG系蛍光体粒子の製造方法。
【請求項6】
前記ストロンチウムの化合物が酢酸ストロンチウム又は塩化ストロンチウムであり、前記バリウムの化合物が塩化バリウムであることを特徴とする、請求項4又は5に記載の被覆膜付きYAG系蛍光体粒子の製造方法。