説明

被験体において心不全を診断するための手段及び方法

本発明は、診断方法の分野に関する。具体的には、本発明は、被験体における心不全の診断方法、被験体が心不全の治療を必要とするかどうかの特定方法、又は心不全の治療が成功したかどうかの判定方法を包含する。本発明はまた、上記方法を実施するためのツール、例えば診断デバイスに関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、診断方法の分野に関する。具体的には、本発明は、被験体における心不全の診断方法、被験体が心不全の治療を必要とするかどうかの特定方法、又は心不全の治療が成功したかどうかの判定方法を包含する。本発明はまた、上記方法を実施するためのツール、例えば診断デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
心不全は近代医学において重篤な問題である。心臓の機能障害は、生命に関わる状態を生じ、心不全を患う患者にとって不快をもたらす。心不全は、右心又は左心のそれぞれに影響を及ぼす可能性があり、強度も異なりうる。ニューヨーク心臓協会(New York Heart association:NYHA)によって最初に分類システムが開発された。この分類システムによると、軽症の心不全はクラスIの症例として分類される。これらの患者は、過度の運動時にのみ症候を示す。中程度の症例は、より少ない運動時にさえより顕著な症候を示す(クラスII及びIII)が、クラスIVは、安静時にさえ症候を示す(New York Heart Association. Diseases of the heart and blood vessels. Nomenclature and criteria for diagnosis, 6th ed. Boston: Little, Brown and co, 1964;114)。
【0003】
心不全の有病率は、過去数年にわたって、欧米先進国の集団において着実に増加している。この増加の理由の1つは、近代医学による平均余命の上昇にあるとみられている。しかしながら、心不全による死亡率は、診断及び治療方法の改善によってさらに低下している。いわゆる「フライミンガム(Framingham)」研究は、1950〜1969年と1990〜1999年の時間枠で比較した場合に、5年死亡率が男性では70%から59%に、女性では57%から45%に低下したことを報告している。「メイヨー(Mayo)」研究は、1979〜1984年と比較して1996〜2000年の時間枠では、男性では65%から50%に、女性では51%から46%に低下したことを示している。このような死亡率の低下にもかかわらず、心不全による全体的な死亡率は依然として主要な社会的負担である。ACE阻害剤治療を受けたNYHAクラスII〜III患者の1年死亡率は依然として9〜12%(SOLVED)であり、ACE阻害剤治療を受けていないNYHAクラスIVの場合には52%(Consensus)である。
【0004】
心エコー検査などの診断技術は、検査者個人の経験に依存し、それゆえ常に信頼性があるわけではない。さらに、これらの技術は心不全の初期発症では診断を誤ることがある。心臓ホルモン、例えば脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)などに基づく生化学アッセイもまた、他の疾患及び障害(腎不全など)の影響を受けたり、又は患者の全体的な健康状態によって異なる。それでもなお、脳性ナトリウム利尿ペプチドは、心不全を生化学的に評価するための現在の代表的基準である。心不全の診断におけるBNPとN-末端pro-BNP(NT-proBNP)とを比較する最近の研究では、BNPが、心不全及び左心室収縮機能障害についてNT-proBNPよりも良好な指標となっている。症候を示す患者群において、BNPの診断オッズ比27を、心不全の検出における感度85%及び特異度84%と比較している(Ewald 2008, Intern Med J 38 (2):101-13.)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近代医学の目的は、心不全を有する患者を信頼性をもって特定及び治療すること、特に心不全の初期発症時、すなわち初期のNYHAステージI〜III、特にNYHAステージIの時点で心不全患者を特定することである。従って、心不全を信頼性をもって診断するための手段及び方法が高く望まれているが、まだ利用可能ではない。
【課題を解決するための手段】
【0006】
それゆえ本発明は、被験体において心不全を診断する方法であって、
(a)心不全に罹患していることが疑われる被験体のサンプルにおける、表1a〜c、表3、表4a〜c又は表6に示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの量を測定するステップ、及び
(b)上記少なくとも1つのバイオマーカーの量を参照と比較するステップであって、それにより心不全が診断される上記ステップ
を含む方法に関する。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明において記載する方法としては、上述のステップより本質的になる方法又はさらなるステップを含む方法が含まれる。しかしながら、本方法は、好ましい実施形態では、ex vivoで行われる方法、すなわち、人体又は動物体に対して実施されない方法であることを理解されたい。本方法は、好ましくは自動化により支援することができる。
【0008】
本明細書において用いられる「診断する」という用語は、被験体が心不全に罹患しているか否かを評価することを意味する。当業者であればわかるであろうが、そのような評価は、検査される被験体の100%に対して正しいことが好ましいが、通常はそうでない可能性がある。しかしながら、この用語は、統計学的に有意な一部の被験体を正確に評価でき、従って診断できることを必要とする。当業者であれば、労苦もなく、種々の周知の統計学的評価ツールを用いて、たとえば、信頼区間の決定、p値の決定、スチューデントのt検定、マン・ホイットニー検定などを行って、その一部が統計学的に有意であるかどうかを判定することが可能である。詳細は、Dowdy and Wearden, Statistics for Research, John Wiley & Sons, New York 1983に見いだされる。好ましい信頼区間は、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、又は少なくとも95%である。p値は、好ましくは、0.2、0.1、又は0.05である。
【0009】
この用語は、心不全又はその症候の個々の診断、並びに患者の継続的なモニタリングを含む。モニタリング、すなわち種々の時点における心不全又はそれに付随する症候の存在又は不在の診断には、心不全に罹患していることがわかっている患者のモニタリング、並びに心不全を発症するリスクを有することがわかっている被験体のモニタリングが含まれる。さらに、モニタリングは、患者の治療が成功したかどうか、又は少なくとも心不全の症候が特定の治療によって徐々に改善しうるかどうかを判定するためにも用いられる。さらにこの用語は、心不全のためのニューヨーク心臓協会(NYHA)クラスに従って被験体を分類することも含む。この分類に従って、心不全を4つのクラスに細分類することができる。クラスIを示す被験体は、激しい運動時を除いて活動に制限がない。クラスIIを示す被験体は、運動にわずかで軽度な制限を示すが、安静時又は軽度の動作時には苦痛がない。クラスIIIを示す被験体は、どのような動作にも顕著な制限があるが、安静時にのみ苦痛がない。クラスIVを示す被験体は、安静時にさえ苦痛があり、症候を示す。好ましくは、本発明に従って判定する心不全は、軽度の心不全、すなわちNYHAクラスIの心不全、又は中程度の心不全、すなわちNYHAクラスII及び/若しくはIIIの心不全である。好ましくは、心不全がNYHAクラスIの心不全であり、前記少なくとも1つのバイオマーカーが表4a〜c又は表6から選択される。また好ましくは、心不全がNYHAクラスII又はIIIの心不全であり、前記少なくとも1つのバイオマーカーが表1a〜c又は表3から選択される。
【0010】
米国心臓協会(American Heart Association)によって別のステージ決定システムが提供されている。心不全が4つのステージに細分類されている。ステージA:将来的にHFを発症するリスクが高いが、機能的又は器質的心疾患がない患者。ステージB:器質的心疾患があるが、いずれのステージの症候もない患者。ステージC:原因となっている器質的心臓問題の関係で心不全の以前の又は現在の症候を示すが、治療により管理されている。ステージD:病院での支援、心臓移植又は緩和ケアが必要な進行疾患である。本発明の方法はまたこのシステムによる心不全のステージ決定のために用いることもでき、好ましくは、同定されたバイオマーカーによって、ステージA〜Cの心不全を診断したり、軽度のステージA(表4a〜c又は表6)とより重症なステージB及びC(表1a〜c又は表3)とを区別することが可能となることが理解されよう。
【0011】
本明細書において用いられる「心不全」という用語は、心臓の機能障害に関する。この障害は、心臓からの血液の駆出率が有意に低下し、従って血流が低下する収縮機能障害でありうる。具体的には、収縮期心不全は、有意に低下した左心室駆出分画率(LEVF)、好ましくは55%未満の駆出分画率を特徴とする。あるいは、この障害は、拡張機能障害、すなわち適切に弛緩する心室の不全でありうる。後者は通常、心室壁の硬化を伴う。拡張機能障害は、心室の不十分な充満を引き起こし、それゆえ一般的には不十分な血流を生じる。従って、拡張機能障害はまた拡張終期圧の上昇を生じ、結末は収縮機能障害の場合と同等である(左心不全における肺水腫、右心不全における末梢浮腫)。従って、心不全は、右心(肺循環)、左心(体循環)、又は両方に影響を及ぼしうる。心機能の障害、すなわち心不全を測定するための技術は当技術分野で周知であり、心エコー検査、電気生理学、血管造影、及び血中のペプチドバイオマーカー(脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)又はそのプロペプチドのN-末端断片など)の測定などが含まれる。心臓の機能障害は、永続的に生じることもあるし、又は特定のストレス若しくは運動条件下でのみ生じることもあることが理解されよう。症候の強度に応じて、心不全は本明細書の他の部分で記載したように分類することができる。心不全の典型的な症候としては、呼吸困難、胸痛、めまい、錯乱、肺及び/又は末梢浮腫が挙げられる。症候の発生並びにその重度は、心不全の重度、心不全の特徴及び原因、収縮期又は拡張期又は限定した(すなわち右心若しくは左心に限局した)心不全に応じて異なることが理解されよう。心不全のさらなる症候は当技術分野で周知であり、医学の標準的なテキスト、例えばStedman又はBrunnwaldなどに記載されている。
【0012】
本明細書において用いられる心不全は、好ましくはうっ血性心不全に関し、より好ましくは心不全を示す被験体は拡張型心筋症に罹患している。またより好ましくは、本発明において被験体は、虚血性心筋症又は肥大型心筋症に罹患している。別の実施形態では、本発明において被験体は、拡張型心筋症及び虚血性心筋症に罹患しているか、又は拡張型心筋症及び肥大型心筋症に罹患している。しかしながら、本発明において参照する心不全はまた、虚血性心不全、心筋肥大、心臓弁膜症、拘束型心筋症、収縮性心膜疾患、及び高血圧疾患を含む。
【0013】
本明細書において用いられる「バイオマーカー」という用語は、本明細書において記載する疾患又は効果の指標として機能する分子種を意味する。該分子種は、被験体のサンプル中に見いだされる代謝物質自体であってもよい。さらに、バイオマーカーはまた、該代謝物質に由来する分子種であってもよい。そのような場合、実際の代謝物質は、サンプル中で又は測定方法の過程で化学的に修飾されることがあり、その修飾の結果として、化学的に異なる分子種、すなわちアナライトが測定される分子種となる。そのような場合、アナライトは実際の代謝物質を表し、各医学的状態の指標として同じ可能性を有することが理解されよう。
【0014】
本発明に係る方法において、上述のバイオマーカー群、すなわち表1a〜c、表3、表4a〜c、及び/又は表6に示されるバイオマーカー群、の少なくとも1つの代謝物質を測定するものである。しかし、より好ましくは、評価の特異度及び/又は感度を強化するためにバイオマーカー群を測定しうる。そのような群は、表に示されるバイオマーカーの、好ましくは少なくとも2、少なくとも3、少なくとも4、少なくとも5、少なくとも10又は最大全てを含む。本明細書に記載する具体的なバイオマーカーに加えて、他のバイオマーカーを同様に本発明の方法において測定することも好ましい。
【0015】
本明細書において用いられる代謝物質とは、特定の代謝物質の少なくとも1つの分子から該特定の代謝物質の複数の分子までを指す。さらに、代謝物質の群とは、各代謝物質ごとに少なくとも1分子〜複数分子が存在しうる、複数の化学的に異なる分子を意味することが理解されよう。本発明において、代謝物質は、生物学的材料(生物など)に含まれるものをはじめとするすべてのクラスの有機又は無機の化学化合物を包含する。本発明において、代謝物質は、小分子化合物であることが好ましい。より好ましくは、複数の代謝物質が想定される場合、該複数の代謝物質とは、メタボローム、すなわち、特定の時間に特定の条件下で生物、器官、組織、体液又は細胞に含まれる代謝物質の集合を意味する。
【0016】
代謝物質とは、代謝経路の酵素の基質、そのような経路の中間体、又は代謝経路により得られる産物のような小分子化合物のことである。代謝経路は、当技術分野で周知であり、種間で異なりうる。好ましくは、該経路としては、少なくとも、クエン酸回路、呼吸鎖、解糖、糖新生、ヘキソース一リン酸経路、酸化的ペントースリン酸経路、脂肪酸の産生及びβ酸化、尿素回路、アミノ酸生合成経路、タンパク質分解経路(たとえばプロテアソームによる分解)、アミノ酸分解経路、次の物質の生合成又は分解が挙げられる:脂質、ポリケチド(たとえば、フラボノイド及びイソフラボノイドなど)、イソプレノイド(たとえば、テルペン、ステロール、ステロイド、カロテノイド、キサントフィルなど)、炭水化物、フェニルプロパノイド及びその誘導体、アルカロイド、ベンゼノイド、インドール、インドール硫黄化合物、ポルフィリン、アントシアン、ホルモン、ビタミン、補因子(たとえば補欠分子族又は電子伝達体)、リグニン、グルコシノレート、プリン、ピリミジン、ヌクレオシド、ヌクレオチド、及び関連分子、たとえば、tRNA、マイクロRNA(miRNA)、又はmRNA。したがって、小分子化合物代謝物質は、好ましくは、次のクラスの化合物を包含する:アルコール、アルカン、アルケン、アルキン、芳香族化合物、ケトン、アルデヒド、カルボン酸、エステル、アミン、イミン、アミド、シアニド、アミノ酸、ペプチド、チオール、チオエステル、リン酸エステル、硫酸エステル、チオエーテル、スルホキシド、エーテル、又は上述の化合物の組合せ若しくは誘導体。代謝物質のうちの小分子は、正常な細胞機能、器官機能、又は動物の成長、発生若しくは健康に必要とされる一次代謝物質でありうる。さらに、小分子代謝物質は、不可欠な生態学的機能を有する二次代謝物質、たとえば、生物をその環境に適応できるようにする代謝物質をも包含する。そのうえさらに、代謝物質は、一次代謝物質及び二次代謝物質に限定されるものではなく、人工小分子化合物をも包含する。そのような人工小分子化合物は、投与されるか又は生物により取り込まれるが上で定義したような一次代謝物質でも二次代謝物質でもない外因的に供給される小分子に由来する。たとえば、人工小分子化合物は、動物の代謝経路により薬物から得られる代謝産物でありうる。さらに、代謝物質は、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、オリゴヌクレオチド、及びポリヌクレオチド、たとえば、RNA又はDNAをも包含する。より好ましくは、代謝物質は、50Da(ダルトン)〜30,000Da、最も好ましくは30,000Da未満、20,000Da未満、15,000Da未満、10,000Da未満、8,000Da未満、7,000Da未満、6,000Da未満、5,000Da未満、4,000Da未満、3,000Da未満、2,000Da未満、1,000Da未満、500Da未満、300Da未満、200Da未満、100Da未満の分子量を有する。しかしながら、好ましくは、代謝物質は少なくとも50Daの分子量を有する。最も好ましくは、本発明において、代謝物質は50Da〜1,500Daの分子量を有する。
【0017】
本明細書において用いられる「サンプル」という用語は、体液、好ましくは、血液、血漿、血清、唾液、若しくは尿、又は生検などにより細胞、組織、若しくは器官、特に心臓から得られるサンプルである。サンプルは、より好ましくは血液、血漿又は血清サンプルであり、最も好ましくは血漿サンプルである。生物学的サンプルは、本明細書中の他の箇所に明記されるような被験体に由来するものでありうる。上述のさまざまなタイプの生物学的サンプルを取得するための技術は、当技術分野で周知である。たとえば、血液サンプルは、血液採取により取得可能であり、一方、組織又は器官のサンプルは、例えば生検などにより取得可能である。
【0018】
上述のサンプルは、好ましくは、本発明の方法に使用される前に前処理される。以下にさらに詳細に記載されるように、この前処理としては、化合物の放出若しくは分離又は過剰の材料若しくは廃物の除去に必要な処理が挙げられる。好適な技術としては、化合物の遠心分離、抽出、分画、限外濾過、タンパク質沈降とそれに続く濾過及び精製、並びに/又は濃縮が挙げられる。さらに、化合物の分析に好適な形態又は濃度で化合物を提供するために、他の前処理が行われる。たとえば、本発明の方法でガスクロマトグラフィ連結質量分析を使用する場合、該ガスクロマトグラフィを行う前に化合物を誘導体化する必要があろう。好適な所要の前処理は、本発明の方法を実施するために使用される手段に応じて異なり、当業者に周知である。上に記載したように前処理されたサンプルもまた、本発明に従って用いられる「サンプル」という用語に包含される。
【0019】
本明細書において用いられる「被験体」という用語は、動物、好ましくは哺乳動物を意味する。被験体は、より好ましくは霊長類であり、最も好ましくはヒトである。好ましくは、被験体は、心不全に罹患していることが疑われるもの、すなわち該疾患に伴う症候の一部又は全てを既に示しているものである。より好ましくは、被験体は、NYHAクラスI〜IIIのいずれか1つの症候を示す。さらに被験体はまた、好ましくは、収縮不全、例えば拡張型心筋症などによる鬱血性収縮期心不全を示す。しかしながら被験体は、好ましくは、上記疾患及び障害以外は見かけ上健康である。特に、被験体は、NYHAクラスIV患者の症候を示さないか、又はサンプル取得前の最後の4ヶ月以内に卒中、心筋梗塞に罹患していないか、又は急性若しくは慢性炎症疾患及び悪性腫瘍に罹患していないことが好ましい。さらに被験体は、サンプル取得前の最後の4週間以内に安定した薬物治療を受けていることが好ましい。
【0020】
本明細書において用いられる「量の測定」という用語は、サンプル中の本発明の方法によって測定すべきバイオマーカーの少なくとも1つの特徴的特性を測定することを意味する。本発明において特徴的特性とは、バイオマーカーの物理的性質及び/又は化学的性質(生化学的性質を包含する)を特徴付ける特性のことである。そのような性質としては、たとえば、分子量、粘度、密度、電荷、スピン、光学活性、色、蛍光、化学発光、元素組成、化学構造、他の化合物と反応する能力、生物学的読取り系で応答を引き起こす能力(たとえば、レポーター遺伝子の誘導)などが挙げられる。該性質の値は、特徴的特性として機能しうる。また、当技術分野で周知の技術により測定可能である。さらに、特徴的特性は、標準的操作、たとえば、乗算、除算、又は対数計算のような数学的計算により、バイオマーカーの物理的性質及び/又は化学的性質の値から導かれる任意の特性でありうる。最も好ましくは、少なくとも1つの特徴的特性は、該少なくとも1つのバイオマーカー及びその量の測定及び/又は化学的同定を可能にする。従って、特性値はまた、その特性値を導いたバイオマーカーの存在量に関する情報を含むことが好ましい。例えば、バイオマーカーの特性値は、質量スペクトルのピークでありうる。かかるピークは、バイオマーカーの特徴的な情報、すなわちm/z情報、並びにサンプル中のそのバイオマーカーの存在量(すなわちその量)に関する強度値を含む。
【0021】
上述したように、サンプルに含まれる各バイオマーカーは、好ましくは、本発明に従って定量的又は半定量的に測定可能である。定量的測定では、本明細書において上で参照した特徴的特性(複数可)に関して測定される値に基づいて、バイオマーカーの絶対量若しくは正確な量が測定されるか又はバイオマーカーの相対量が測定されるかのいずれかであろう。バイオマーカーの正確な量を測定できないか又は測定しない場合、相対量を測定しうる。この場合、バイオマーカーの存在量が、該バイオマーカーを第2の量で含む第2のサンプルと対比して増加又は減少しているかどうかを、測定することが可能である。好ましい実施形態において、該バイオマーカーを含む第2のサンプルは、本明細書の他の箇所に記載されるように参照計算値であるべきである。従って、バイオマーカーの定量的分析は、バイオマーカーの半定量的分析と呼ばれることもある分析をも包含する。
【0022】
さらに、本発明の方法に使用される測定は、好ましくは、上で参照した分析ステップの前に化合物分離ステップを使用することを含む。好ましくは、該化合物分離ステップでは、サンプルに含まれる代謝物質の時間分解分離が得られる。したがって、好ましくは、本発明において使用される分離に好適な技術としては、すべてのクロマトグラフィ分離技術、たとえば、液体クロマトグラフィ(LC)、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)、ガスクロマトグラフィ(GC)、薄層クロマトグラフィ、サイズ排除クロマトグラフィ、又はアフィニティークロマトグラフィが挙げられる。これらの技術は、当技術分野で周知であり、当業者であれば労苦もなく適用可能である。最も好ましくは、LC及び/又はGCが、本発明の方法で想定されるクロマトグラフィ技術である。バイオマーカーのそのような測定に好適なデバイスは、当技術分野で周知である。好ましくは、質量分析、特には、ガスクロマトグラフィ質量分析(GC-MS)、液体クロマトグラフィ質量分析(LC-MS)、直接注入質量分析若しくはフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)、キャピラリー電気泳動質量分析(CE-MS)、高速液体クロマトグラフィ連結質量分析(HPLC-MS)、四重極質量分析、任意の逐次連結質量分析、たとえばMS-MS若しくはMS-MS-MSなど、誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)、熱分解質量分析(Py-MS)、イオン移動度質量分析、又は飛行時間質量分析(TOF)が使用される。最も好ましくは、以下に詳細に記載されるようにLC-MS及び/又はGC-MSが使用される。これらの技術については、たとえば、Nissen, 1995, Journal of Chromatography A, 703:37-57、米国特許第4,540,884号、又は米国特許第5,397,894号(その開示内容は参照により本明細書に組み入れられるものとする)に開示されている。質量分析技術の他の選択肢として又はそれに追加して、次の技術を化合物測定に使用可能である:核磁気共鳴(NMR)、磁気共鳴イメージング(MRI)、フーリエ変換赤外分析(FT-IR)、紫外(UV)分光、屈折率(RI)、蛍光検出、放射化学的検出、電気化学的検出、光散乱(LS)、分散ラマン分光、又はフレームイオン化検出(FID)。これらの技術は、当業者に周知であり、労苦もなく適用可能である。本発明の方法は、好ましくは、自動化により支援されるものとする。たとえば、サンプルの処理又は前処理をロボット工学により自動化することが可能である。データの処理及び比較は、好ましくは、好適なコンピュータプログラム及びデータベースにより支援される。上で本明細書に記載したような自動化を行えば、本発明の方法をハイスループット方式で使用することが可能である。
【0023】
さらに、少なくとも1つのバイオマーカーはまた、特異的な化学的アッセイ又は生物学的アッセイにより測定可能である。該アッセイは、サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーを特異的に検出できるような手段を含むものとする。好ましくは、該手段は、バイオマーカーの化学構造を特異的に認識可能であるか、又は他の化合物と反応する能力若しくは生物学的読取り系で応答を引き起こす能力(たとえば、レポーター遺伝子の誘導)に基づいてバイオマーカーを特異的に同定可能である。バイオマーカーの化学構造を特異的に認識可能な手段は、好ましくは、化学構造(たとえば、レセプター若しくは酵素)と特異的に相互作用する抗体又は他のタンパク質である。たとえば、特異的抗体は、当技術分野で周知の方法によりバイオマーカーを抗原として用いて取得可能である。本明細書中で参照される抗体は、ポリクロナール抗体及びモノクロナール抗体の両方、さらにはそれらのフラグメント、たとえば、抗原又はハプテンに結合可能なFv、Fab、及びF(ab)2フラグメントを包含する。本発明はまた、所望の抗原特異性を呈する非ヒトドナー抗体のアミノ酸配列とヒトアクセプター抗体の配列とが組み合わされたヒト化ハイブリッド抗体を包含する。さらに、一本鎖抗体も包含される。ドナー配列は、通常、ドナーの少なくとも抗原結合性アミノ酸残基を含むであろうが、ドナー抗体の他の構造上及び/又は機能上適合するアミノ酸残基をも含みうる。そのようなハイブリッドは、当技術分野で周知のいくつかの方法により調製可能である。バイオマーカーを特異的に認識可能な好適なタンパク質は、好ましくは、該バイオマーカーの代謝変換に関与する酵素である。該酵素は、バイオマーカーを基質として使用可能であるか又は基質をバイオマーカーに変換可能である。さらに、該抗体は、バイオマーカーを特異的に認識するオリゴペプチドを生成する基礎として使用可能である。これらのオリゴペプチドは、たとえば、該バイオマーカーに対する酵素の結合ドメイン又は結合ポケットを含むものとする。好適な抗体及び/又は酵素に基づくアッセイは、RIA(ラジオイムノアッセイ)、ELISA(酵素結合免疫吸着アッセイ)、サンドイッチ酵素免疫検査、電気化学発光サンドイッチイムノアッセイ(ECLIA)、解離増強ランタニド蛍光イムノアッセイ(DELFIA)、又は固相免疫検査でありうる。さらに、他の化合物と反応する能力に基づいて、すなわち、特異的な化学反応により、バイオマーカーを測定することも可能である。さらに、生物学的読取り系で応答を引き起こす能力に基づいて、サンプル中のバイオマーカーを測定することが可能である。生物学的応答は、サンプルに含まれるバイオマーカーの存在及び/又は量を示す読取り値として検出されるものとする。生物学的応答は、たとえば、遺伝子発現の誘導又は細胞若しくは生物の表現型応答でありうる。好ましい実施形態において、少なくとも1つのバイオマーカーの測定は、定量的方法、例えばサンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの量の測定もまた可能とする方法である。
【0024】
上に記載のように、少なくとも1つのバイオマーカーの測定は、好ましくは、質量分析(MS)を含む。本明細書において用いられる質量分析には、本発明に従って測定しようとする化合物、すなわちバイオマーカーに対応する分子量(すなわち質量)又は質量変数の測定を可能にする全ての技術が含まれる。本明細書において用いられる質量分析は、好ましくは、GC-MS、LC-MS、直接注入質量分析、FT-ICR-MS、CE-MS、HPLC-MS、四重極質量分析、逐次連結質量分析、例えばMS-MS若しくはMS-MS-MS、ICP-MS、Py-MS、TOF、又は上記技術を用いた併用手法に関する。これらの技術を適用する方法は当業者に周知である。さらに、好適なデバイスは市販されている。より好ましくは、本明細書において用いられる質量分析はLC-MS及び/又はGC-MS、すなわち、前のクロマトグラフィー分離ステップと動作可能に連結された質量分析に関する。より好ましくは、本明細書において用いられる質量分析には四重極MSが含まれる。最も好ましくは、四重極MSは以下のように実施する:(a)質量分析器の最初の分析四重極におけるイオン化により生じるイオンの質量/電荷指数(m/z)の選択、(b)衝突ガスで満たされ、衝突室として機能する、さらに次の四重極に加速電圧を印加することによる、ステップ(a)で選択されたイオンのフラグメンテーション、(c)さらに次の四重極における、ステップ(b)のフラグメンテーションプロセスにより生じるイオンの質量/電荷指数の選択であって、それにより上記方法のステップ(a)〜(c)は、イオン化プロセスの結果として物質の混合物中に存在する全てのイオンの質量/電荷指数の分析を少なくとも1回行い、それにより四重極が衝突ガスで満たされるが、加速電圧は分析中には印加されない。本発明において用いるべき最も好ましい質量分析についての詳細はWO 03/073464号に見出すことができる。
【0025】
より好ましくは、質量分析は、液体クロマトグラフィ(LC)MS及び/又はガスクロマトグラフィ(GC)MSである。本明細書において用いられる液体クロマトグラフィとは、液相又は超臨界相における化合物(すなわち代謝物質)の分離を可能にする全ての技術を意味する。液体クロマトグラフィは、移動相中の化合物が固定相を通過することを特徴とする。化合物が異なる速度で固定相を通過する場合には、これらは、個々の化合物の各々がその特異的な保持時間(すなわち、化合物がシステムを通過するのに必要な時間)を有するため、所定時間で分離される。本明細書において用いられる液体クロマトグラフィにはHPLCも含まれる。液体クロマトグラフィ用の装置は市販されており、例えばAgilent Technologies, USAから入手可能である。本発明において使用されるガスクロマトグラフィは、原理として、液体クロマトグラフィと同等に動作する。しかし、液体移動相中の化合物(すなわち代謝物質)を固定相を通過させるのではなく、化合物は気体容積中に存在する。化合物は、固定相として固体支持体材料を含むカラム、又は固定相として機能する若しくはそれでコーティングされた壁を通過する。同様に、各化合物は、カラムを通過するのに要する特異的な時間を有する。さらにガスクロマトグラフィの場合には、 好ましくは、ガスクロマトグラフィの前に化合物を誘導体化することが想定される。誘導体化の好適な技術は当技術分野で周知である。好ましくは、本発明において誘導体化は、好ましくは極性化合物のメトキシ化(methoxymation)及びトリメチルシリル化、並びに、好ましくは非極性(すなわち親油性)化合物のメチル基転移、メトキシ化(methoxymation)及びトリメチルシリル化に関する。
【0026】
「参照」という用語は、本明細書において記載する医学的症状、すなわち疾患の有無、疾患の状態又は効果に相関付けることのできる、各バイオマーカーの特徴的特性の値を意味する。好ましくは、参照は、検査対象のサンプルに見いだされる、閾値と本質的に同じ又はそれより高い値が医学的状態の存在の指標となり、一方、低い値が医学的状態の不在の指標となる、バイオマーカーの閾値(例えば、量又は量の比)である。また好ましくは、参照は、検査対象のサンプル中に見いだされる、閾値と同じ又はそれより低い値が医学的状態の存在の指標となり、一方、高い値が医学的状態の不在の指標となる、バイオマーカーの閾値であってもよいことが理解されよう。
【0027】
上述の本発明の方法において、参照は、好ましくは、心不全に罹患していることがわかっている被験体又は被験体群由来のサンプルから得られる参照である。このような場合、試験サンプル中に見いだされる少なくとも1つのバイオマーカーの本質的に同じ値は、疾患の存在の指標となる。さらに、参照は、同様に好ましくは、心不全に罹患していないことがわかっている被験体又は被験体群、好ましくは見かけ上健康な被験体から得られる。このような場合、試験サンプル中に見いだされる少なくとも1つのバイオマーカーの、参照と比較して変化した値は、疾患の存在の指標となる。参照計算値、最も好ましくは、検査される被験体を含む個体集団の少なくとも1つのバイオマーカーの相対値又は絶対値の平均値又は中央値にも同じことが当てはまる。該集団の個体の少なくとも1つのバイオマーカーの絶対値又は相対値は、本明細書中の他の箇所に明記されるように測定可能である。好適な参照値、好ましくは平均値又は中央値の計算方法は、当技術分野で周知である。上で参照した被験体集団は、複数の被験体、好ましくは、少なくとも5、10、50、100、1,000、又は10,000の被験体を含むものとする。本発明の方法により診断される被験体と該複数の被験体の被験体とは、同一種であることが理解されよう。
【0028】
特徴的特性の値、定量的測定の場合は強度値が本質的に同一であれば、試験サンプルの少なくとも1つのバイオマーカーの値と参照値とは本質的に同一である。本質的に同一とは、2つの値の差が、好ましくは、有意ではないことを意味し、強度の値が参照値に基づいて少なくとも1〜99パーセンタイル、5〜95パーセンタイル、10〜90パーセンタイル、20〜80パーセンタイル、30〜70パーセンタイル、40〜60パーセンタイルの範囲内、好ましくは参照値に基づいて50、60、70、80、90、若しくは95パーセンタイルであることを特徴とする。2つの量が本質的に同じであるかどうかを決定するための統計学的検定は当技術分野で周知であり、また本明細書の他の箇所において記載されている。
【0029】
一方、2つの値について観察される差は統計学的に有意な差である。相対値又は絶対値の差は、好ましくは、参照値に基づいて、45〜55パーセンタイル、40〜60パーセンタイル、30〜70パーセンタイル、20〜80パーセンタイル、10〜90パーセンタイル、5〜95パーセンタイル、1〜99パーセンタイルの著しい範囲外にある。中央値の好ましい変化及び比は、添付の表と実施例に記載している。
【0030】
好ましくは、参照、すなわち少なくとも1つのバイオマーカーの少なくとも1つの特徴的特性の値又はその比は、データベースのような好適なデータ記憶媒体中に記憶されて、従って、将来の評価にも利用可能となる。
【0031】
「比較」という用語は、バイオマーカーの測定値が、参照と本質的に同一であるか、又は参照と差がある(異なっている)かを判定することを指す。好ましくは、バイオマーカーの値は、観察される差が本明細書の他の箇所で記載する統計学的手法により決定することができる、統計学的に有意である場合に、参照と差がある(異なる)とみなされる。差が統計学的に有意ではない場合には、バイオマーカーの値及び参照は本質的に同一である。上に記載した比較に基づいて、被験体は、疾患に罹患しているか又は罹患していないと評価することができる。
【0032】
本明細書中で参照される具体的バイオマーカーの場合、相対量若しくは比の変化(すなわち、中央値の比として表される変化)の好ましい値、又は調節の種類(すなわち、より多い若しくはより少ない相対量若しくは比及び/若しくは絶対量若しくは比をもたらす「上方」調節若しくは「下方」調節)は、以下の表及び実施例に示される。比の中央値は、増加又は減少の度合いを示す。たとえば、2の値は、量が、参照と比較してバイオマーカーの量の2倍であることを意味する。さらに、「上方調節」又は「下方調節」が存在するかどうかも明らかである。「上方調節」の場合には、中央値の比は1.0を超えるのに対し、「下方調節」の場合には1.0以下となるだろう。従って、調節の方向も同様に表から導くことができる。
【0033】
比較は、好ましくは、自動化により支援される。たとえば、2つの異なるデータセット(たとえば、特徴的特性(複数可)の値を含むデータセット)を比較するためのアルゴリズムを含む好適なコンピュータプログラムを使用することが可能である。そのようなコンピュータプログラム及びアルゴリズムは、当技術分野で周知である。上に述べたとおりであるが、手動で比較を行うことも可能である。
【0034】
有利なことに、本発明の基礎となる研究において、前述した具体的バイオマーカーの量は、心不全の指標であることが見いだされた。従って、原則として、サンプル中の前記バイオマーカーの少なくとも1つを用いて、被験体が心不全に罹患しているかどうかを評価することができる。これは、特に、疾患の効率的な診断、並びに心不全の前臨床及び臨床管理の改善、並びに患者の効率的なモニタリングに役立つ。さらに、本発明の基礎となる知見はまた、以下に詳しく記載するように、心不全に対するさらに効果的な薬物療法又は他の介入処置(栄養食事を含む)の開発も促進する。
【0035】
本発明の方法の好ましい実施形態において、被験体のサンプルは安静時に取得されたものであり、少なくとも1つのバイオマーカーは表1a〜c又は表4a〜cから選択される。
【0036】
本発明の方法のさらに好ましい実施形態において、被験体のサンプルは運動時に取得されたものであり、少なくとも1つのバイオマーカー表3又は表6から選択される。
【0037】
本明細書において用いられる「運動」という用語は、被験体に作業負荷をかけることを意味する。好ましくは、かかる作業負荷は持続的な作業負荷である。そのような持続的な作業負荷の適用は、以下の実施例において詳細に記載するように、スパイロエルゴメトリー(spiroergometry)によって行うことができる。好ましくは、被験体に適用される作業負荷は絶えず増大する。運動の好ましい方法は、以下の実施例で説明する。本発明の方法により試験対象となる被験体のサンプルは、好ましくは運動のピーク時に取得される(同様に以下の実施例参照)。
【0038】
本発明の方法の別の好ましい実施形態において、心不全が拡張型心筋症であり、少なくとも1つのバイオマーカーが表1a又は表4aから選択される。
【0039】
本発明の方法のまた別の好ましい実施形態において、心不全が虚血性心筋症及び/又は拡張型心筋症であり、少なくとも1つのバイオマーカーが表1b又は表4bから選択される。
【0040】
本発明の方法の別の好ましい実施形態において、心不全が肥大型心筋症及び/又は拡張型心筋症であり、少なくとも1つのバイオマーカーが表1c又は表4cから選択される。
【0041】
前文に記載した用語の定義及び説明は、以下に別途記載しない限り、必要な変更を加えて、以下に示す本発明の実施形態に準用する。
【0042】
本発明はまた、被験体において心不全を診断する方法であって、
(a)心不全に罹患していることが疑われる被験体の第1及び第2サンプルにおける、表2又は表5に示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの量を測定するステップであって、第1サンプルが安静時に取得されたものであり、第2サンプルが運動時に取得されたものである、上記ステップ、
(b)第1サンプルと第2サンプルで測定された少なくとも1つのバイオマーカーの量の比を算出するステップ、並びに
(c)上記算出された比を参照と比較するステップであって、それにより心不全が診断される上記ステップ
を含む方法を包含する。
【0043】
本明細書において用いられる「算出する」という用語は、第2サンプルにおいて測定された少なくとも1つのバイオマーカーの量(t1)と、第1サンプルにおいて測定された少なくとも1つのバイオマーカーの量(t0)の比、すなわちt1/t0を算出することを意味する。算出するという用語はまた、上記比と相関するパラメータを生じる他の数学的手法を含むことが理解されよう。
【0044】
本発明の上記方法の場合における参照は、参照比、すなわち、好ましくは心不全に罹患していていないことがわかっている被験体若しくは被験体群又は心不全に罹患していることがわかっている被験体若しくは被験体群のいずれかから導かれる比(t1/t0)であることが理解されよう。最初の場合における比の本質的な差は、心不全の存在を示し、一方、2番目の場合の本質的な差は、好ましくは、心不全の不在を示す。同様に、最初の場合(すなわち健常被験体からの参照比と比較)における本質的に同じ比は、心不全の不在を示し、一方、2番目の場合には、本質的に同じ比は、心不全の存在を示す。さらに、参照について上で行ったさらなる説明及び定義が準用される。
【0045】
本発明の上記方法の好ましい実施形態において、心不全がNYHAクラスIの軽度〜中程度の心不全であり、少なくとも1つのバイオマーカーが表5から選択される。
【0046】
本発明はまた、被験体が心不全の治療又は治療の変更を必要とするかどうかを特定する方法であって、本発明の方法のステップと、心不全が診断された場合に被験体をその必要があると特定するさらなるステップを含む方法に関する。
【0047】
本明細書において用いられる「心不全の治療を必要とする」という表現は、被験体における疾患が、心不全又はそれに付随する症候の改善又は治療のために治療的介入が必要である又は有益である状態にあることを意味する。従って、本発明の基礎となる研究の知見は、被験体における心不全の診断を可能とするだけではなく、心不全治療によって処置すべき又はその心不全治療に調整を要する被験体の特定をも可能とする。その被験体が特定された場合には、本方法は、心不全の治療について推奨するステップをさらに含みうる。
【0048】
本発明に従って使用される心不全の治療は、好ましくは、以下:ACE阻害剤(ACEI)、ベータブロッカー、AT1阻害剤、アルドステロンアンタゴニスト、レニンアンタゴニスト、利尿薬、Ca増感剤、ジギタリス配糖体、タンパク質S100ファミリーのポリペプチド(DE000003922873A1、DE000019815128A1又はDE000019915485A1により開示されているようなもの、参照により本明細書に組み入れる)、ナトリウム利尿ペプチド、例えばBNP(ネシリチド(Nesiritide)ヒト組換え脳性ナトリウム利尿ペプチド- BNP)若しくはANPからなる群より選択される少なくとも1つの薬剤の投与を含む又はその投与からなる治療に関する。
【0049】
さらに本発明は、被験体において心不全に対する治療が成功したかどうかを判定する方法であって、本発明の方法のステップと、心不全が診断されない場合に治療が成功したと判定するさらなるステップを含む方法に関する。
【0050】
心不全又は少なくともその一部の症候が非処置被験体と比較して治療又は改善されている場合に、心不全治療は成功していると理解されうる。さらに、本明細書では、疾患の進行が阻止されるか又は非処置被験体と比較して少なくとも減速している場合にも治療は成功していることを意味する。
【0051】
少なくとも1つのバイオマーカーを測定するための前述の方法は、デバイスに組み込むことができる。本明細書において用いられるデバイスは、少なくとも前述の手段を含むものである。さらにデバイスは、好ましくは、少なくとも1つのバイオマーカーの検出された特徴的特性、同様に好ましくは測定されたシグナル強度の比較及び評価のための手段も含む。デバイスの手段は、好ましくは、互いに動作可能に連結されている。これらの手段を動作可能に連結する方法は、デバイスに組み込まれる手段の種類に応じて異なる。例えば、自動で定性的又は定量的にバイオマーカーを測定する手段を適用する場合には、評価を容易にするために、該自動動作手段により得られるデータを例えばコンピュータプログラムにより処理することが可能である。好ましくは、そのような場合、上記手段は単一のデバイスに組み込まれる。従って、上記デバイスは、バイオマーカーの分析ユニットと、得られたデータを評価のために処理するコンピュータユニットとを備えていてもよい。好ましいデバイスは、専門臨床医の特別な知識がなくても適用可能なもの、例えば単にサンプルをロードするだけでよい電子デバイスである。
【0052】
他の選択肢として、少なくとも1つのバイオマーカーの測定方法は、好ましくは互いに動作可能に連結されたいくつかのデバイスを含むシステムに組み込むことが可能である。具体的には、上に詳細に記載したように本発明の方法を実施できるように手段を連結する必要がある。したがって、動作可能に連結された(operatively linked)とは、本明細書において用いられる場合、好ましくは、機能的に連結された(functionally linked)ことを意味する。本発明のシステムに使用される手段に応じて、該手段間のデータ伝送を可能にする手段、たとえば、ガラスファイバーケーブル及びハイスループットデータ伝送用の他のケーブルを用いて各手段を他の手段に接続することにより、該手段を機能的に連結することが可能である。それにもかかわらず、本発明では、たとえばLAN(無線LAN、W-LAN)を介する手段間の無線データ転送も想定される。好ましいシステムは、バイオマーカーを測定する手段を含む。本明細書において用いられるバイオマーカーの測定手段とは、バイオマーカーの分離手段(たとえばクロマトグラフィデバイス)、及び代謝物質の測定手段(たとえば質量分析デバイス)を含むものである。好適なデバイスについては、上に詳細に記載されている。本発明のシステムに使用される好ましい化合物分離手段としては、クロマトグラフィデバイス、より好ましくは液体クロマトグラフィ用、HPLC用、及び/又はガスクロマトグラフィ用のデバイスが挙げられる。好ましい化合物測定デバイスは、質量分析デバイス、より好ましくはGC-MS、LC-MS、直接注入質量分析器、FT-ICR-MS、CE-MS、HPLC-MS、四重極質量分析器、逐次連結質量分析器(たとえばMS-MS若しくはMS-MS-MS)、ICP-MS、Py-MS又はTOFを含む。好ましくは、分離手段と測定手段とを互いに連結させる。最も好ましくは、本明細書中の他の箇所に詳細に記載されるように、LC-MS及び/又はGC-MSを本発明のシステムに使用する。さらに、バイオマーカーの測定手段から得られた結果の比較手段及び/又は分析手段も含まれるものとする。結果の比較手段及び/又は分析手段は、少なくとも1つのデータベース、及び結果を比較するために実装されたコンピュータプログラムを含みうる。また、上述のシステム及びデバイスの好ましい実施形態については、以下に詳細に記載する。
【0053】
従って、本発明は、以下:
(a)表1a〜c、表3、表4a〜c又は表6のいずれかに示される少なくとも1つのバイオマーカーについての検出器を含む分析ユニットであって、該検出器により検出されるバイオマーカーの量を測定するために適合されている上記分析ユニットと、これと機能的に接続された、
(b)少なくとも1つのバイオマーカーの測定量と参照量との比較を実施するための具体的に埋め込まれたコンピュータプログラムコード、及びバイオマーカーに関する参照量を含むデータベースを備えたコンピュータを含む評価ユニットであって、それにより、少なくとも1つのバイオマーカーについての比較結果が、表1a〜c、表3、表4a〜c又は表6のいずれかにおける少なくとも1つのバイオマーカーそれぞれについて示された調節の種類及び/又は調節倍率と本質的に同一である場合に、被験体が心不全を罹患しているかどうか、心不全の治療を必要とするか、又は心不全の治療が成功しているかが診断される、上記評価ユニットと
を備えた診断デバイスに関する。
【0054】
好ましい実施形態において、上記デバイスは、表1a〜c、表3、表4a〜c又は表6のいずれかにおける少なくとも1つのバイオマーカーそれぞれについて示された調節の種類及び/又は調節倍率の値を含む追加のデータベース、並びに測定された調節の種類及び/又は調節倍率の値と上記データベースに含まれるものとの比較を実施するための具体的に埋め込まれた追加のコンピュータプログラムコードを備える。
【0055】
従って、本発明はまた、以下:
(a)表2又は表5のいずれかに示される少なくとも1つのバイオマーカーについての検出器を含む分析ユニットであって、該検出器により検出されるバイオマーカーの量を測定するために適合されている上記分析ユニットと、これと機能的に接続された、
(b)少なくとも1つのバイオマーカーの測定量と参照量との比較を実施するための具体的に埋め込まれたコンピュータプログラムコード、及びバイオマーカーに関する参照量を含むデータベースを備えたコンピュータを含む評価ユニットであって、それにより、少なくとも1つのバイオマーカーについての比較結果が、表2又は表5のいずれかにおける少なくとも1つのバイオマーカーそれぞれについて示された調節の種類及び/又は調節倍率と本質的に同一である場合に、被験体が心不全を罹患しているかどうか、心不全の治療を必要とするか、又は心不全の治療が成功しているかが診断される、上記評価ユニットと
を備えた診断デバイスに関する。
【0056】
好ましい実施形態において、上記デバイスは、表2又は表5のいずれかにおける少なくとも1つのバイオマーカーそれぞれについて示された調節の種類及び/又は調節倍率の値を含む追加のデータベース、並びに測定された調節の種類及び/又は調節倍率の値と上記データベースに含まれるものとの比較を実施するための具体的に埋め込まれた追加のコンピュータプログラムコードを備える。
【0057】
さらに本発明は、上に記載の医学的状態又は効果の指標(すなわち、被験体における心不全の診断、被験体が心不全の治療を必要とするか否かの特定、又は心不全の治療が成功したか否かの判定)となる少なくとも1つのバイオマーカーの特性値を含むデータ集合に関する。
【0058】
「データ集合」という用語は、物理的及び/又は論理的に一まとめにしうるデータの集合を意味する。したがって、データ集合は、単一のデータ記憶媒体又は互いに動作可能に連結された物理的に分離されたデータ記憶媒体に組込み可能である。好ましくは、データ集合は、データベースを利用して実装される。したがって、本明細書において用いられるデータベースとは、好適な記憶媒体上のデータ集合を包含するものである。さらにデータベースは、好ましくは、データベース管理システムをも含む。データベース管理システムは、好ましくは、ネットワーク型、階層型、又はオブジェクト指向型のデータベース管理システムである。そのうえさらに、データベースは、連邦データベース又は統合データベースでありうる。より好ましくは、データベースは、分散型(連邦)システムとして、たとえばクライアントサーバシステムとして実装されるであろう。より好ましくは、データベースは、検索アルゴリズムにより試験データセットをデータ集合に含まれるデータセットと比較できるように構築可能である。具体的には、そのようなアルゴリズムを用いて、上に記載した医学的状態又は効果の指標となる類似又は同一のデータセットが得られるように、データベースを検索することが可能である(たとえば、クエリー検索)。したがって、データ集合で同一又は類似のデータセットを同定できれば、試験データセットは、該医学的状態又は効果と関連付けられるであろう。その結果として、データ集合から得られた情報を、例えば上述した本発明の方法のための参照として用いることが可能である。より好ましくは、データ集合は、上で記載した群のいずれかに含まれるすべてのバイオマーカーの特性値を含む。
【0059】
上記を考慮して、本発明は、上述のデータ集合を含むデータ記憶媒体を包含する。
【0060】
本明細書において用いられる「データ記憶媒体」という用語は、単一の物理的要素に基づくデータ記憶媒体、たとえば、CD、CD-ROM、ハードディスク、光記憶媒体、又はディスケットを包含する。さらに、この用語は、好ましくはクエリー検索に好適な方式で、上述のデータ集合を提供するように互いに動作可能に連結された物理的に分離された要素よりなるデータ記憶媒体をも包含する。
【0061】
本発明はまた、
(a)サンプルの少なくとも1つのバイオマーカーの特性値を比較するための手段と、それと動作可能に連結された
(b)上に記載したようなデータ記憶媒体
とを含むシステムに関する。
【0062】
本明細書において用いられる「システム」という用語は、互いに動作可能に連結された異なる手段に関する。該手段は、単一のデバイスに組み込みうるか、又は互いに動作可能に連結された物理的に分離されたデバイスでありうる。バイオマーカーの特性値を比較するための手段は、好ましくは、上で述べたような比較用のアルゴリズムに基づいて動作する。データ記憶媒体は、好ましくは、それぞれの記憶データセットが上で記載した医学的状態又は効果の指標となる上述のデータ集合又はデータベースを含む。したがって、本発明のシステムを用いれば、データ記憶媒体に記憶されたデータ集合に試験データセットが含まれるかどうかを同定することが可能である。その結果として、本発明の方法は、本発明のシステムにより実施することができる。
【0063】
システムの好ましい実施形態では、サンプルのバイオマーカーの特性値を測定する手段が含まれる。「バイオマーカーの特性値を測定する手段」という用語は、好ましくは、代謝物質を測定するための上述のデバイス、たとえば、質量分析デバイス、NMRデバイス、又はバイオマーカーの化学的アッセイ若しくは生物学的アッセイを行うためのデバイスを意味する。
【0064】
さらに本発明は、上に記載した群のいずれかから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの測定手段を含む診断用手段に関する。
【0065】
「診断用手段」という用語は、好ましくは、本明細書中の他の箇所に詳細に明記されるような診断用デバイス、システム、又は生物学的アッセイ若しくは化学的アッセイを意味する。
【0066】
「少なくとも1つのバイオマーカーの測定手段」という表現は、バイオマーカーを特異的に認識可能なデバイス又は作用剤を意味する。好適なデバイスは、分光測定デバイス、たとえば、質量分析デバイス、NMRデバイス、又はバイオマーカーの化学的アッセイ若しくは生物学的アッセイを行うためのデバイスでありうる。好適な作用剤は、バイオマーカーを特異的に検出する化合物でありうる。本明細書において用いられる検出とは、二工程プロセスであってもよい。すなわち、最初に、化合物を検出対象のバイオマーカーに特異的に結合させ、続いて、検出可能なシグナル、たとえば、蛍光シグナル、化学発光シグナル、放射性シグナルなどを発生させることが可能である。検出可能なシグナルを発生させるために、さらなる化合物が必要になることもある。こうした化合物はすべて、「少なくとも1つのバイオマーカーの測定手段」という用語に包含される。バイオマーカーに特異的に結合する化合物は、本明細書中の他の箇所に詳細に記載されており、好ましくは、酵素、抗体、リガンド、レセプター、又はバイオマーカーに特異的に結合する他の生物学的分子若しくは化学物質などである。
【0067】
さらに本発明は、上に記載した群のいずれかから選択される少なくとも1つのバイオマーカーを含む診断用組成物に関する。
【0068】
上述した群のいずれかから選択される少なくとも1つのバイオマーカーは、バイオマーカー、すなわち本明細書の他の箇所に記載したように被験体の医学的状態又は効果についての指標分子として機能するだろう。従って、バイオマーカー分子自体は、診断用組成物として、好ましくは本明細書において記載する手段によって可視化又は検出する際の診断用組成物として機能しうる。従って、本発明に従ってバイオマーカーの存在を示す診断用組成物はまた、物理的にはバイオマーカー、例えば抗体の複合体を含んでもよく、検出対象のバイオマーカーは診断用組成物として機能する。そのため、診断用組成物はさらに、本明細書の他の箇所に記載される代謝物質の検出用手段を含んでもよい。あるいは、検出手段、例えばMS又はNMRに基づく技術を使用する場合には、リスク状態の指標として機能する分子種は、検査対象の試験サンプルに含まれる少なくとも1つのバイオマーカーでありうる。従って、本発明に関して記載する少なくとも1つのバイオマーカーは、バイオマーカーとしてその同定のために、それ自体が診断用組成物として機能しうる。
【0069】
全般的に、本発明は、心不全を診断するための、被験体のサンプルにおける、表1a〜c、表3、表4a〜c又は表6のいずれかに示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの使用、好ましくはNYHAクラスIの心不全を診断するための、被験体のサンプルにおける、表4a〜c又は表6のいずれかに示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの使用、並びにNYHAクラスI、II及び/又はIIIの心不全を診断するための、被験体のサンプルにおける、表1a〜c又は表3のいずれかに示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの使用を包含する。表3又は表6に示されるバイオマーカーの場合には、サンプルは運動時の被験体から得られたものとする。本発明はまた、拡張型心筋症を診断するための、被験体のサンプルにおける、表1a又は表4aのいずれかに示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの使用、虚血性心筋症及び/又は拡張型心筋症を診断するための、被験体のサンプルにおける、表1b又は表4bのいずれかに示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの使用、並びに肥大型心筋症及び/又は拡張型心筋症を診断するための、被験体のサンプルにおける、表1c又は表4cのいずれかに示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの使用を包含する。
【0070】
さらに本発明は、全般的に、心不全について診断するための、被験体の第1及び第2サンプルから算出される、表2又は表5のいずれかに示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの比の使用に関する。好ましくは、表5のバイオマーカーによりNYHAクラスIの心不全を診断することができ、一方、表2のバイオマーカーによりNYHAクラスI、II及び/又はIIIの心不全を診断することができる。少なくとも1つのバイオマーカーの比は、安静時及び運動時の被験体から得られる第1及び第2サンプルから算出されるものであることが理解されよう。
【0071】
本明細書において引用したすべての参照文献は、その開示内容全般に関して又は上に示した具体的な開示内容に関して、本明細書に参照として組み込むものとする。
【0072】
以下の実施例により、本発明を説明するが、該実施例によって本発明の範囲を制限又は限定する意図はない。
【実施例】
【0073】
以下の実施例により、本発明を説明するが、該実施例によって本発明の範囲を制限又は限定する意図はない。
【0074】
実施例1:DCMP(拡張型心筋症)のための研究設計、及びサンプルの調製
拡張型心筋症に罹患している22名の男性患者と、19名の健常男性対照を研究に含めた。患者のNYHA(ニューヨーク心臓協会)スコアは1〜3の範囲であり、左心室駆出分画率(LVEF)は10〜55%であった。患者及び対照は年齢及びBMIが一致していた。全ての患者及び対照について、スパイロエルゴメーター運動試験の前(t0)又はその直後(t1)に血液サンプルを採取した。3回目の血液サンプルを運動試験の1時間後(t2)に得た。全てのサンプルから遠心により血漿を調製し、測定を実施するまでサンプルを−80℃で保存した。スパイロエルゴメトリーは以下のように実施した。最初に、15ワットの負荷を適用し、これをさらに15ワットについて2分毎に増大させた。全ての患者について、1分当たりの呼吸量(VE)、酸素摂取量(VO2)、二酸化炭素排出量(VCO2)、並びに呼吸頻度を測定した。呼吸比は、次式:RQ=VCO2/VO2のように計算した。呼吸当量は、O2(AAO2=VE/VO2)について、CO2(=VE/VCO2)について計算した。呼吸当たりの容量(AZV=VE/AF)は同様に計算した。スパイロエルゴメトリーは、患者が疲弊した場合、心不整脈が生じた場合(例えば心房粗動、高次伝導路(higer order conduct ways)の遮断、心室性期外収縮の増大、持続的な心室頻拍)、臨床的に若しくは心電図検査により心筋梗塞の兆候が判定され得る場合、又は285ワットの負荷適用後に、中止した。スパイロエルゴメトリー試験の時間は2〜38分で変動した。
【0075】
見かけの拡張型心筋症を有する患者は、55%を超えるLVEFとNYHA I〜IIIの症候を示す場合には研究に含めた。NYHA IV患者、並びに卒中に罹患している患者、試験前の最後の4ヶ月以内に心筋梗塞を有した患者、試験前の最後の4週間以内に薬物治療を変更した患者、並びに急性若しくは慢性炎症疾患及び悪性腫瘍に罹患した患者を除外した。
【0076】
実施例2:健常対照からCHFのサブタイプであるDCMP(拡張型心筋症)、ICMP(虚血性心筋症)及びHCMP(肥大型心筋症)を区別するための研究設計
81名の男性及び女性DCMP患者と、81名の男性及び女性ICMP患者と、80名の男性及び女性HCMP患者と、83名の男性及び女性健常対照(年齢が35〜75歳の範囲、BMIが20〜35kg/m2の範囲)を研究に含めた。患者のNYHA(ニューヨーク心臓協会)スコアは1〜3の範囲であった。患者及び対照は、年齢、性別及びBMIが一致していた。全ての患者及び対照について、血液サンプルを採取した。遠心により血漿を調製し、測定を実施するまでサンプルを−80℃で保存した。
【0077】
CHFの3つのサブグループ(DCMP、ICMP及びHCMP)を、心エコー検査及び血行動態基準に基づいて定義した:
(a)DCMPサブグループ:心肥大を有する収縮ポンプ不全として血行動態的に定義される(心エコーによる55mmを超える左心室拡張末期径の増大、及び50%未満の左心室駆出分画率(LVEF)の制限)
(b)ICMPサブグループ:冠不全による収縮ポンプ不全として血行動態的に定義される(50%を超える冠動脈狭窄、及びストレス誘発性心内膜運動不全、並びに50%未満のLVEF)
(c)HCMPサブグループ:求心性心肥大(心エコー検査−11mmを超える中隔、11mmを超える後壁心筋)及び拡張期CHF(50%以上のLVEFを有するポンプ機能の機能障害なし又は軽度)。
【0078】
NYHA IV患者、並びに卒中に罹患している患者、試験前の最後の4ヶ月以内に心筋梗塞を有した患者、試験前の最後の4週間以内に薬物治療を変更した患者、及び急性若しくは慢性炎症疾患及び悪性腫瘍に罹患した患者を除外した。
【0079】
実施例3:代謝物質の測定
ヒト血漿サンプルを、以下に記載するように調製し、LC-MS/MS及びGC-MS又はSPE-LC-MS/MS(ホルモン)分析に供した。
【0080】
タンパク質を血漿から沈降により分離した。水、及びエタノールとジクロロメタンの混合物を加えた後、残留サンプルを極性の水相と親油性の有機相に分画した。
【0081】
脂質抽出物のトランスメタノリシスのために、140μlのクロロホルム、37μlの塩酸(37重量%HCl水溶液)、320μlのメタノール及び20μlのトルエンの混合物を、蒸発させた抽出物に加えた。その容器を密封し、100℃にて振とうしながら2時間加熱した。次いで溶液を蒸発乾固させた。残留物を完全に乾燥した。
【0082】
カルボニル基のメトキシム化を、密封した容器中でメトキシアミン塩酸塩(ピリジン中の20mg/ml、100μl、1.5時間、60℃にて)との反応によって行った。奇数炭素数の直鎖脂肪酸の溶液20μl(3/7(v/v)ピリジン/トルエン中の、7〜25個の炭素原子の脂肪酸それぞれ0.3mg/mLと27、29及び31個の炭素原子の脂肪酸それぞれ0.6mg/mLの溶液)を時間標準として加えた。最後に、100μlのN-メチル-N-(トリメチルシリル)-2,2,2-トリフルオロアセトアミド(MSTFA)による誘導体化を60℃にて30分間、密封した容器中で再び行った。GC中への注入前の最終体積は220μlであった。
【0083】
極性相については、次の手順で誘導体化を実施した。カルボニル基のメトキシム化を、密封した容器中でメトキシアミン塩酸塩(ピリジン中の20mg/ml、50μl、1.5時間、60℃にて)との反応によって行った。奇数炭素数の直鎖脂肪酸の溶液10μl(3/7(v/v)ピリジン/トルエン中の、7〜25個の炭素原子の脂肪酸それぞれ0.3mg/mLと27、29及び31個の炭素原子の脂肪酸それぞれ0.6mg/mLの溶液)を時間標準として加えた。最後に、50μlのN-メチル-N-(トリメチルシリル)-2,2,2-トリフルオロアセトアミド(MSTFA)による誘導体化を60℃にて30分間、密封した容器中で再び行った。GC中への注入前の最終体積は110μlであった。
【0084】
GC-MSシステムはAgilent 5973 MSDと連結したAgilent 6890 GCから成る。自動サンプラーはCTCからのCompiPal又はGCPalである。
【0085】
分析については、通常の市販キャピラリー分離カラム(30m x 0.25mm x 0.25μm)を使用し、このカラムは分析サンプル材料と相分離ステップからの画分に応じて0%〜35%の芳香族部分を含有する異なるポリ-メチル-シロキサン固定相を備えた(例えば: DB-1ms、HP-5ms、DB-XLB、DB-35ms、Agilent Technologies)。1μLまでの最終体積を分割せずに注入し、オーブン温度プログラムを70℃にてスタートし、十分なクロマトグラフィ分離と各アナライトピークの走査数を達成するために、サンプル材料と相分離ステップからの画分に応じて異なる昇温速度で340℃にて終了した。さらにRTL(Retention Time Locking(保持時間ロッキング)、Agilent Technologies)を分析に使用し、通常のGC-MS標準条件、例えば名目上1〜1.7ml/minの定常流、及び移動相ガスとしてヘリウム、イオン化を70eVの電子衝突で行い、m/z範囲15〜600内で2.5〜3走査/secの走査速度及び標準チューン条件により走査した。
【0086】
HPLC-MSシステムはAPI 4000質量分析計(Applied Biosystem/MDS SCIEX、Toronto、Canada)と連結したAgilent 1100 LCシステム(Agilent Technologies、Waldbronn、Germany)から構成された。HPLC分析は、C18固定相(例えば:GROM ODS 7 pH、Thermo Betasil C18)を備えた市販の逆相分離カラムで実施した。10μLまでの最終サンプル体積の蒸発させかつ再構成した極性及び親油性相を注入し、分離はメタノール/水/ギ酸又はアセトニトリル/水/ギ酸勾配を用いて200μL/minの流量にて勾配溶出により実施した。
【0087】
質量分析は、エレクトロスプレーイオン化により非極性画分についてはポジティブモードでそして極性画分についてはネガティブモードで、多重反応モニタリング(MRM)モード及び100〜1000amuのフルスキャンを用いて行った。
【0088】
ステロイドとそれらの代謝物質はオンラインSPE-LC-MS(固相抽出-LC-MS)により測定した。カテコールアミンとそれらの代謝物質はYamada et al.(J. Anal.Toxicol. (26), 2002, 17-22)に記載されているオンラインSPE-LC-MSにより測定した。カテコールアミン及び関連する代謝物質、並びにステロイド及び関連する代謝物質に関して、安定同位体標識標準を用いて定量を行い、絶対濃度を算出した。
【0089】
血漿サンプル中の複合脂質の分析:
クロロホルム/メタノールを用いる液/液抽出によって、血漿から総脂質を抽出した。
【0090】
続いて、Christie(Journal of Lipid Research (26), 1985, 507-512))に従って、順相液体クロマトグラフィ(NPLC)によって脂質抽出物を11の異なる脂質群へと分画した。
【0091】
コレステロールエステル(CE)、スフィンゴミエリン(SM)及びセラミド(CER)についてそれぞれ特異的な多重反応モニタリング(MRM)遷移の検出を有するエレクトロスプレーイオン化(ESI)及び大気圧化学イオン化(APCI)を用いて、画分をLC-MS/MSにより分析した。スフィンゴシン及びスフィンゴシン-1-リン酸(SP)を、Schmidt H et.al., Prostaglandins & other Lipid Mediators 81(2006), 162-170に記載されているように、特異的な多重反応モニタリング(MRM)遷移の検出を有するエレクトロスプレーイオン化(ESI)を用いてLC-MS/MSにより分析した。これらの画分の1つに由来する表1a、1b、1c、4a、4b及び4cにおける代謝物質は、その名称の略称を含む。
【0092】
エイコサノイド及び関連物質は、オフライン及びオンラインSPE LC-MS/MS(固相抽出-LC-MS/MS)により血漿で測定した(Masoodi M and Nicolaou A: Rapid Commun Mass Spectrom. 2006 ; 20(20): 3023-3029)。絶対的定量は、安定同位体標識標準を用いて実施した。
【0093】
実施例4:データ分析及び統計学的評価
血漿サンプルは無作為化分析シーケンス設計で、各サンプルのアリコートから作製したプールサンプル(いわゆる「プール」)を用いて分析した。包括的分析ヴァリデーションステップの後、アナライトの生ピークデータを、分析シーケンス当たりのプールの中央値に対して正規化してプロセスの変動性を説明した(いわゆる「プール正規化比」)。利用可能な場合には、代謝物質の絶対濃度を統計学的分析に用いた。他の全ての場合には、プールの正規化された比を用いた。全てのデータは、log10変換して正規分布を行った。
【0094】
実施例1に記載の研究について、年齢(数値)、BMI(数値)、診断(CHF、対照−参照:対照)、時点(分類−t0、t1、t2−参照:t0、運動前)、及び時点:診断の相互作用の因子を含む混合効果モデルを設計した。診断を除く全ての因子は任意であり、モデルの質にプラスに貢献する場合にのみ含めた。発端(Proband)(各患者又は健常対照)をランダム因子として取り扱った。t統計量のp値から統計学的有意性を読み取った。調節の方向及び強度は、比較対象の群について中央値の比を算出することにより得た。調節の種類は、各代謝物質について、参照(健常対照)に対して各群(CHF)が増加(比>1)していれば「上方」、参照に対して減少(比<1)していれば「下方」として決定した。
【0095】
心不全のバイオマーカーを同定するために、運動前の時点t0における診断の読取値を考慮した(表1)。時点t1及びt2における診断の効果を読み取るために、それぞれ時点t1又はt2に設定した因子についてさらなるモデルを参照を用いて算出した。運動試験を受けている患者における心不全のバイオマーカーを見出すため、混合効果モデルの2つの異なる読取値を分析した。最初に、代謝物質リストを、t0ではないがt1における診断の因子の有意性についてフィルタリングした(表3参照)。あるいは、時点:診断の相互作用についてのp値を時点t1で読み取った(参照時点t0)(表2参照)。
【0096】
軽度の心不全(NYHAスコアI)の指標となる代謝物質を同定するために、さらなる混合効果モデルを計算した。この目的のため、上述したモデルを、診断(CHF、対照−参照:対照)の代わりに、固定因子であるNYHAスコア(分類、参照健常対照)を含むように改変した。有意性の指標として、NYHAスコアのt統計量のp値をNYHA1のレベルで読み取った(表4a〜c)。運動試験を受けている患者における軽度心不全(NYHAスコア1)のバイオマーカーを見出すため、混合効果モデルの2つの異なる読取値を分析した。最初に、代謝物質リストを、t0ではないがt1におけるNYHA1レベルでのNYHAスコアの因子の有意性についてフィルタリングした(表6参照)。第2に、時点:NYHAスコアの相互作用についてのp値を、NYHAスコア1のレベルで、時点t1で読み取った(参照時点t0)(表5参照)。
【0097】
実施例2に記載の研究は、年齢、BMI、性別(全ての二体相互作用を含む)、診断群及び蓄積時間(任意)の因子を含むANOVAモデルにより分析した。診断群の因子のレベルは、CHFサブタイプ(DCMP、ICMP、HCMP、対照−参照:対照)とした。初期段階のDCMPの代謝プロフィールを同定するために、分析をNYHA I患者に限定した(結果の表4a〜c)。この場合には、診断群の因子のレベルは、DCMP NYHA I、DCMP NYHA II〜III、ICMP NYHA I、ICMP NYHA II〜III、HCMP NYHA I、HCMP NYHA II〜III、及び対照(参照として設定)であった。
【0098】
表1〜6において、中央値の比は、調節の強度及び方向を示す。中央値の比は、CHF群における代謝物質レベルの中央値を、健常対照群における代謝物質レベルの中央値で除することにより算出した。表2及び5に関して、t0正規化データ(時点t1における代謝物質レベルを時点t0における代謝物質レベルで除したもの)を計算に使用した。
【0099】
分析結果を、以下の表にまとめる。本発明の方法に従って測定するバイオマーカーを以下の表に列挙する。その名称で正確に定義されないバイオマーカーは表7においてさらに特徴付けている。
【表1a】

【0100】

【0101】

【0102】

【0103】
【表1b】

【0104】

【0105】

【0106】

【0107】
【表1c】

【0108】

【0109】
【表2】

【0110】
【表3】

【0111】
【表4a】

【0112】

【0113】
【表4b】

【0114】

【0115】
【表4c】

【0116】
【表5】

【0117】
【表6】

【0118】
【表7】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体において心不全を診断する方法であって、
(a)心不全に罹患していることが疑われる被験体のサンプルにおける、表1a〜c、表3、表4a〜c又は表6に示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの量を測定するステップ、及び
(b)上記少なくとも1つのバイオマーカーの量を参照と比較するステップであって、それにより心不全が診断される上記ステップ
を含む、上記方法。
【請求項2】
心不全がNYHAクラスIの心不全であり、少なくとも1つのバイオマーカーが表4a〜c又は表6から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被験体のサンプルが安静時に取得されたものであり、少なくとも1つのバイオマーカーが表1a〜c又は表4a〜cから選択される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
被験体のサンプルが運動時に取得されたものであり、少なくとも1つのバイオマーカーが表3又は表6から選択される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
被験体において心不全を診断する方法であって、
(a)心不全に罹患していることが疑われる被験体の第1及び第2サンプルにおける、表2又は表5に示されるバイオマーカーから選択される少なくとも1つのバイオマーカーの量を測定するステップであって、第1サンプルが安静時に取得されたものであり、第2サンプルが運動時に取得されたものである、上記ステップ、
(b)第1サンプルと第2サンプルで測定された少なくとも1つのバイオマーカーの量の比を算出するステップ、並びに
(c)上記算出された比を参照と比較するステップであって、それにより心不全が診断される上記ステップ
を含む、上記方法。
【請求項6】
心不全がNYHAクラスIの心不全であり、少なくとも1つのバイオマーカーが表5から選択される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
参照が、心不全に罹患していていないことがわかっている被験体若しくは被験体群、又は参照計算値から得られる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
少なくとも1つのバイオマーカーの量が参照と差があることは心不全の指標となる、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
参照が、心不全に罹患していることがわかっている被験体又は被験体群から得られる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
少なくとも1つのバイオマーカーが参照と同じであることは心不全の指標となる、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
心不全がうっ血性心不全である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
被験体が、拡張型心筋症、虚血性心筋症及び/又は肥大型心筋症に罹患している、請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
被験体が心不全の治療を必要とするかどうかを特定する方法であって、請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法のステップと、心不全が診断された場合に被験体をその必要があると特定するさらなるステップを含む、上記方法。
【請求項14】
被験体において心不全に対する治療が成功したかどうかを判定する方法であって、請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法のステップと、心不全が診断されない場合に治療が成功したと判定するさらなるステップを含む、上記方法。

【公表番号】特表2013−518271(P2013−518271A)
【公表日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−550460(P2012−550460)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【国際出願番号】PCT/EP2011/051208
【国際公開番号】WO2011/092285
【国際公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【出願人】(507030645)メタノミクス ゲーエムベーハー (10)
【出願人】(512127143)ルプレヒト−カールス−ウニベルジテート ハイデルベルク (2)
【Fターム(参考)】