説明

被験化合物の肝毒性を評価する方法および肝毒性を有する化合物のスクリーニング方法

【課題】生体内において被験化合物への胆汁酸存在下における被験化合物の代謝物の影響を含め、例えば、BSEPの胆汁酸輸送機能に及ぼす影響と、これによって引き起こされる肝障害の程度の定量的な予測を可能としうる手段を提供する。
【解決手段】本発明のいくつかの形態により、以下のものが提供される:以下の(a)および(b)の工程を含む、被験化合物の肝毒性を評価する方法:(a)胆汁酸の存在下で、培養肝細胞に被験化合物を接触させる工程;(b)被験化合物を接触させた培養肝細胞の障害の程度を測定する工程。以下の(c)および(d)の工程を含む、肝毒性を有する化合物のスクリーニング方法:(c)上記の方法を用いて被験化合物の肝毒性を評価する工程;(d)得られた評価結果を胆汁酸の非存在下における評価結果と比較して、胆汁酸存在下における肝毒性が有意に上昇している場合に、前記被験化合物は肝毒性を有する化合物であると判定する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験化合物の肝毒性を評価する方法および肝毒性を有する化合物のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Bile salt export pump(BSEP/ABCB11)は、肝細胞の毛細胆管側膜上に発現し、肝細胞内から胆汁中への胆汁酸排泄を担うトランスポーターである。BSEPの遺伝的欠損により生じる進行性家族性肝内胆汁うっ滞症2型では、胆汁中への胆汁酸排泄が顕著に低下して胆汁酸が肝細胞中に蓄積し、肝障害が引き起こされることが知られている。このことから、BSEPは胆汁酸依存的胆汁分泌に大きく寄与していると考えられている。
【0003】
そのため、各種の新規な薬剤の開発における非臨床段階においては、様々なスクリーニング系を用いて、開発薬剤がBSEPの胆汁酸輸送機能に及ぼす影響を評価することが行われている。
【0004】
このような評価に用いられる技術として、例えば、トランスポーターを膜に再構成した昆虫細胞にBSEP発現バキュロウイルスを感染させた後に膜ベシクルを反転させることにより作製されるBSEP発現膜ベシクルを用いて、被験化合物がBSEPの胆汁酸輸送機能に及ぼす影響を評価する技術が提案されている(非特許文献1を参照)。
【0005】
また、イヌの近位尿細管由来細胞であるMDCK細胞に、Na+-依存性胆汁酸トランスポーター(NTCP; Na+-taurocholate cotransporting polypeptide)をBSEPとともに共発現させてトランスウェルに播種することにより作製される強制発現細胞系を用いて、被験化合物が胆汁酸の経細胞輸送に及ぼす影響を評価する技術が提案されている(非特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K. Yamaguchi et al., Drug Metab. Pharmacokinet. 25 (2): 214-219 (2010)
【非特許文献2】S. Mita et al., Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol. 288: G159-G167 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した従来の技術を用いることで、被験化合物がBSEPを介した胆汁酸輸送に及ぼす影響をある程度評価することは可能である。しかしながら、これらの技術はいずれも、それぞれ以下のような欠点を有している。
【0008】
例えば、非特許文献1に記載の技術は、インサイドアウト(Inside-out)ベシクルであることから、被験化合物の代謝物がBSEPの機能に及ぼす影響を評価することができない。また、トランスポーターの再構成系であることから、被験化合物がトランスポーターの細胞膜局在変化を引き起こすものであってもそのような影響を評価することができない。さらに、多くの被験化合物では生体中における肝細胞内の濃度が不明であることから、得られた結果に基づいて生理的条件下におけるBSEPの機能に対する影響を正確に評価することが困難であるという問題もある。
【0009】
一方、非特許文献2に記載の技術は、肝代謝酵素を有していないイヌの近位尿細管由来細胞を用いていることから、被験化合物の肝における代謝物がBSEPの機能に及ぼす影響を評価することができない。また、強制発現細胞系であることから、細胞系におけるトランスポーターの発現量は生体中の肝細胞における実際の発現量とは異なり、得られた結果に基づいて実際の肝障害の程度を正確に評価することが困難であるという問題もある。
【0010】
このように、非特許文献1や非特許文献2に記載の技術を用いた場合には、生体内において被験化合物がBSEPの胆汁酸輸送機能に及ぼす影響と、これによって引き起こされる肝障害の程度を定量的に予測することができないのである。
【0011】
本発明は、従来の技術における上述したような問題に鑑みなされたものであり、生体内において被験化合物への胆汁酸存在下における被験化合物の代謝物の影響を含め、例えば、BSEPの胆汁酸輸送機能に及ぼす影響と、これによって引き起こされる肝障害の程度の定量的な予測を可能としうる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意研究を行った。その結果、胆汁酸の存在下で培養肝細胞に被験化合物を接触させ、当該培養肝細胞の障害の程度を測定することで、当該被験化合物の肝毒性を定量的に予測できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本願は、上記課題を解決するために以下の発明を提供する。
【0014】
(1)以下の(a)および(b)の工程を含む、被験化合物の肝毒性を評価する方法:
(a)胆汁酸の存在下で、培養肝細胞に被験化合物を接触させる工程;
(b)被験化合物を接触させた培養肝細胞の障害の程度を測定する工程、
(2)培養肝細胞が、コラーゲンゲル間サンドイッチ培養法またはその変法により培養されたものである、上記(1)に記載の方法、
(3)胆汁酸の濃度が600〜1000μMである、上記(1)または(2)に記載の方法、
(4)胆汁酸が以下の組成を有する、上記(3)に記載の方法:
コール酸 20〜40μM;
ケノデオキシコール酸 40〜60μM;
グリコケノデオキシコール酸 240〜270μM;
デオキシコール酸 100〜120μM;
リトコール酸 3〜6μM;
ウルソデオキシコール酸 15〜18μM;
グリココール酸 55〜65μM;
グリコデオキシコール酸 50〜60μM;
タウロコール酸 6〜9μM;
タウロケノデオキシコール酸 28〜35μM;
タウロリトコール酸 10〜16μM;
タウロウルソデオキシコール酸 40〜46μM、
(5)被験化合物の濃度が1〜50μMである、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法、
(6)以下の(c)および(d)の工程を含む、肝毒性を有する化合物のスクリーニング方法:
(c)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法を用いて被験化合物の肝毒性を評価する工程;
(d)得られた評価結果を胆汁酸の非存在下における評価結果と比較して、胆汁酸存在下における肝毒性が有意に上昇している場合に、被験化合物は肝毒性を有する化合物であると判定する工程。
【0015】
(7)以下の(a)〜(c)の工程を含む、肝毒性を有する化合物のスクリーニング方法:
(a)以下の組成を有する胆汁酸の存在下で、コラーゲンゲル間サンドイッチ培養法またはその変法により培養されてなる培養肝細胞に、濃度1〜50μMの被験化合物を接触させる工程;
コール酸 20〜40μM;
ケノデオキシコール酸 40〜60μM;
グリコケノデオキシコール酸 240〜270μM;
デオキシコール酸 100〜120μM;
リトコール酸 3〜6μM;
ウルソデオキシコール酸 15〜18μM;
グリココール酸 55〜65μM;
グリコデオキシコール酸 50〜60μM;
タウロコール酸 6〜9μM;
タウロケノデオキシコール酸 28〜35μM;
タウロリトコール酸 10〜16μM;
タウロウルソデオキシコール酸 40〜46μM、
(b)被験化合物を接触させた培養肝細胞の障害の程度を測定する工程;
(c)得られた評価結果を胆汁酸の非存在下における評価結果と比較して、胆汁酸存在下における肝毒性が有意に上昇している場合に、前記被験化合物は肝毒性を有する化合物であると判定する工程。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、生体内において被験化合物への胆汁酸存在下における被験化合物の代謝物の影響を含め、例えば、BSEPの胆汁酸輸送機能に及ぼす影響と、これによって引き起こされる肝障害の程度の定量的な予測を可能としうる手段が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施例において、各種の薬剤について胆汁酸の存在下または非存在下で行ったLDHアッセイにおけるLDHの漏出量の測定結果を、コントロール(薬剤の非存在下でLDHアッセイを行ったもの)における漏出量に対する相対値として示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
≪被験化合物の肝毒性を評価する方法≫
本発明の第1の形態は、被験化合物の肝毒性を評価する方法である。当該方法は、以下の(a)および(b)の工程を含む。
(a)胆汁酸の存在下で、培養肝細胞に被験化合物を接触させる工程;
(b)被験化合物を接触させた培養肝細胞の障害の程度を測定する工程。
【0019】
[工程(a)]
本発明において用いられうる被験化合物としては、特に制限はない。例えば、生体異物、天然化合物、有機化合物、無機化合物、タンパク質、ペプチドなどの単一化合物、並びに、化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】
生体異物としては、例えば薬剤や食品の候補化合物、既存の薬剤や食品が挙げられるが、これらに限定されず、生体にとって異物である限り、本発明の生体異物に含まれる。ほんの一例としては、例えば、図1に列挙されている薬剤や、その構造上の類縁体、機能上の同効物などが挙げられる。
【0021】
本発明において、「接触」は、通常、培地や培養液に被験化合物を添加することによって行うが、この方法に限定されない。被験化合物がタンパク質等の場合には、該タンパク質を発現するDNAを含むベクターを培養肝細胞へ導入することで、「接触」を行ってもよい。
【0022】
被験化合物を培養肝細胞に接触させる際の培養系における被験化合物の濃度について特に制限はないが、好ましくは1〜50μM程度である。被験化合物の濃度を50μM以下とすることで、被験化合物自体が直接的に培養肝細胞に対して毒性を発揮することが防止されうる。その結果、培養肝細胞の細胞膜上に発現したBSEPの機能に被験化合物が及ぼす影響と、それによる肝毒性の発現を定量的に予測することが可能となる。
【0023】
工程(a)では、被験化合物を培養肝細胞に接触させる。培養肝細胞について特に制限はないが、ヒト培養肝細胞がより好ましく、初代培養ヒト肝細胞が特に好ましい。また、他の好ましい形態として、培養肝細胞は、コラーゲンゲル間サンドイッチ培養法またはその変法により培養されたものであることが好ましい。ここで、コラーゲンゲル間サンドイッチ培養法とは、培養細胞をコラーゲンゲルで挟んだ状態で培養する培養法である。コラーゲンは低温・アルカリ性条件下では液体状態で保存されうるが、37℃・中性の条件下ではゲル化するという性質を有している。コラーゲンゲル間サンドイッチ培養法はコラーゲンのこの性質を利用しており、簡便に初代培養肝細胞を1ヶ月以上の長期にわたって機能を保持しつつ継続的に培養することができる。コラーゲンゲル間サンドイッチ培養法またはその変法の詳細に関しては、後述する実施例の記載のほか、「日本生化学会編,新生化学実験講座10,「血管(内皮と平滑筋)」,東京化学同人,1993」や特表平09−502081などにおける開示が参照されうる。
【0024】
工程(a)では、胆汁酸の存在下で、被験化合物を培養肝細胞に接触させる。本明細書において、「胆汁酸」とは、最も広義の定義を有するものであり、一次胆汁酸のみならず二次胆汁酸をも含む概念である。また、非イオン化状態の胆汁酸のみならず、イオン化した状態のいわゆる「胆汁酸塩」もまた、本明細書における「胆汁酸」の概念に含まれる。さらに、グリシンやタウリンなどと結合した状態の「抱合胆汁酸」もまた、本明細書では「胆汁酸」の概念に含まれる。胆汁酸の具体例としては、例えば、コール酸、ケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸、デオキシコール酸、リトコール酸、ウルソデオキシコール酸、グリココール酸、グリコデオキシコール酸、タウロコール酸、タウロケノデオキシコール酸、タウロリトコール酸、タウロウルソデオキシコール酸などが挙げられるが、これらに限定されるわけではない。
【0025】
胆汁酸は、1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が混合物の形態で用いられてもよい。被験化合物を培養肝細胞に接触させる際の培養系における胆汁酸の濃度について特に制限はないが、胆汁酸自体が直接的に培養肝細胞に対して毒性を発揮しない程度の濃度であることが好ましい。かような観点から、胆汁酸の濃度(混合物の形態の場合には、合計濃度)は、好ましくは600〜1000μMであり、より好ましくは800〜960μMである。また、より好ましい形態として、生体内における(例えば、ヒト血清中の)胆汁酸の組成と同一またはこれに類似した組成の混合物の形態で胆汁酸が用いられることが好ましい。かような胆汁酸組成の好ましい一例を挙げると、以下の通りである。
【0026】
コール酸 20〜40μM;
ケノデオキシコール酸 40〜60μM;
グリコケノデオキシコール酸 240〜270μM;
デオキシコール酸 100〜120μM;
リトコール酸 3〜6μM;
ウルソデオキシコール酸 15〜18μM;
グリココール酸 55〜65μM;
グリコデオキシコール酸 50〜60μM;
タウロコール酸 6〜9μM;
タウロケノデオキシコール酸 28〜35μM;
タウロリトコール酸 10〜16μM;
タウロウルソデオキシコール酸 40〜46μM。
同様に、後述する実施例において用いられている胆汁酸組成は、より好ましい形態の一例である。
【0027】
[工程(b)]
工程(b)では、工程(a)において被験化合物を接触させた培養肝細胞の障害の程度を測定する。障害の程度は、例えば、培養肝細胞の生存率や、LDH(乳酸脱水素酵素)、AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ;GOT)、ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ;GPT)、γ−GTP(γ−グルタミルトランスペプチダーゼ)、ALP(アルカリホスファターゼ)などの肝酵素の細胞外への漏出量、細胞障害性を評価するMTTアッセイの結果などを指標として、測定することができる。
【0028】
≪肝毒性を有する化合物のスクリーニング方法≫
本発明の第2の形態は、肝毒性を有する化合物のスクリーニング方法である。当該方法は、以下の(c)および(d)の工程を含む。
(c)上記の方法を用いて被験化合物の肝毒性を評価する工程;
(d)得られた評価結果を胆汁酸の非存在下における評価結果と比較して、胆汁酸存在下における肝毒性が有意に上昇している場合に、被験化合物は肝毒性を有する化合物であると判定する工程。
【0029】
[工程(c)]
第2の形態における工程(c)は、上述した通りに行われうることから、ここでは詳細な説明を省略する。
【0030】
[工程(d)]
続いて、工程(c)において得られた評価結果を、胆汁酸の非存在下における評価結果と比較する。なお、「胆汁酸の非存在下における評価結果」は、被験化合物の培養肝細胞への接触を胆汁酸の非存在下において行うこと以外は、上述した第1の形態に係る「被験化合物の肝毒性を評価する方法」と同様の手法により得ることができる。この際、被験化合物の培養肝細胞への接触を胆汁酸の非存在下において行うこと以外の具体的な形態は特に制限されないが、「胆汁酸の存在下」と「胆汁酸の非存在下」との間で、被験化合物の培養肝細胞への接触を胆汁酸の非存在下において行うこと以外の具体的な形態は完全に同一であることが好ましい。
【0031】
工程(c)において得られた評価結果を、胆汁酸の非存在下における評価結果と比較することで、胆汁酸存在下における肝毒性が有意に上昇している場合に、被験化合物は肝毒性(特に、胆汁酸存在下における肝毒性)を有する化合物であると判定することができる。なお、すでに肝毒性(特に、胆汁酸存在下における肝毒性)の有無が判明している化合物を対照として用いることで、より正確に、被験化合物が肝毒性(特に、胆汁酸存在下における肝毒性)を有する化合物であるか否かを判定することができる。「有意」のレベルは統計的に適宜設定することができ、例えば、有意水準として5%(0.05)や1%(0.01)といった基準を設定することができる。
【0032】
上述したように、非特許文献1や非特許文献2などに記載の従来の技術を用いた場合には、生体内において被験化合物および/またはその化合物の代謝物がBSEPの胆汁酸輸送機能に及ぼす影響と、これによって引き起こされる肝障害の程度を定量的に予測することができないという問題があった。
【0033】
これに対し、本発明によれば、生体内において被験化合物への胆汁酸存在下における被験化合物の代謝物の影響を含め、例えば、BSEPの胆汁酸輸送機能に及ぼす影響と、これによって引き起こされる肝障害の程度を定量的に予測することが可能となる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0035】
≪肝細胞の単離≫
SD雄性ラット(7〜8週齢)をペントバルビタール(64.8mg/kg体重、腹腔内)にて麻酔後、二段階灌流法にて初代培養肝細胞を単離した。まず、ラット門脈よりPerfusion buffer (KCl 0.40g/L, KH2PO4 0.06g/L, NaCl 8.00g/L, Na2HPO4 0.048g/L, MgSO4 0.098g/L, HEPES 2.38g/L NaHCO3 1.29g/L, EGTA 0.23g/L, Glucose 1.00g/L) を灌流後、Collagenase buffer (EGTAを除いたPerfusion buffer にCaCl2 0.044g/L , collagenase 0.30g/Lを加えたもの)を灌流した。その後、120メッシュ、200メッシュの順で遊離した細胞をろ過後、50gにて3分間遠心、上清を捨て、DMEMと等張90% Percollを24mLずつ加え50g にて15分間遠心した。得られたペレットをDMEM 30mLで再懸濁、200メッシュでろ過後、50gにて3分間遠心を行った。そして、肝細胞のviabilityをtripan blue exclusion法にて求めた。なお、全ての検討において、viabilityが88%超の肝細胞を用いた。
【0036】
≪ラット肝細胞の培養≫
プレーティング用DMEM (5% 胎児ウシ血清, 1μM デキサメタゾン, 4mg/L インスリン, 1% antibiotic-antimycotic)中に懸濁させた肝細胞を、1.5mg/mL コラーゲンにて予めコーティングを施した12ウェルプレートに1.25 ×105細胞/cm2の密度で播種した。約1.5時間後、接着しなかった細胞を取り除くため培地交換を行った。
【0037】
細胞の播種から24時間後に、プレーティング用DMEMを除去後PBS(-)にて一度洗浄した後、培養用DMEM (1% ITS+, 1% antibiotic-antimycotic, 0.1μM デキサメタゾン)を用い0.25mg/mLに調製したマトリゲル0.75mLを重層し、サンドイッチ培養を開始した。その後は24時間ごと、アッセイを行うまで培養用DMEMで培地交換を行った。なお、培養は、37℃にて5% CO2インキュベータ内で行った。
【0038】
≪胆汁酸依存的薬剤性肝毒性の評価≫
細胞播種から96時間後のサンドイッチ培養ラット肝細胞(SCRH)を用い、胆汁酸依存的薬剤性肝毒性を検出した。胆汁酸を加えたPhenol red free DMEMに薬剤を溶解し、SCRHに暴露した。暴露24時間後に培地を回収し、培地中に漏出したLDHを毒性の指標として、LDHアッセイ(LDH細胞毒性テスト、和光純薬工業株式会社製)にて肝毒性を評価した。
【0039】
なお、培地に加えた胆汁酸はScherer Mらが報告している、ヒト血清中に含まれる胆汁酸組成を参考に12種類の胆汁酸を選び、胆汁酸のみでは毒性が現れない限界の濃度を用いた(下記の表1を参照)。
【0040】
【表1】

【0041】
また、薬剤(被験化合物)としては、肝障害が副作用として報告されているものを選択した。なお、薬剤の濃度は、BSEP発現膜ベシクルを用いたTaurocholate輸送実験が行われている薬物(Morgan RE et al. , 2010)については、報告されているIC50値から判断して、十分に機能低下が起きていると予測できる濃度を採用した。ただし、薬物自体による毒性を回避するため50μMを薬剤濃度の上限値として設定した。一方、未だ報告が無いものについては、全て濃度を50μMに設定した。なお、胆汁酸、薬剤はジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、DMSOの最終含量は0.5%以下となるように調整した。本実験において被験化合物として用いた薬剤を、その濃度と併せて下記の表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
LDHアッセイの結果を図1に示す。なお、図1に示す結果は、各薬剤について、胆汁酸の存在下または非存在下で行ったLDHアッセイにおけるLDHの漏出量の、コントロール(薬剤の非存在下でLDHアッセイを行ったもの)における漏出量に対する相対値である。そして、胆汁酸の存在下における値が、胆汁酸の非存在下における値に対して有意に上昇している薬剤には、「*」または「***」の符号が付されている。ここで、「*」は有意水準5%で有意差が認められたことを意味し、「***」は有意水準0.01%で有意差が認められたことを意味する。
【0044】
なお、肝障害性の有無の判定は、胆汁酸非存在下に対して、胆汁酸存在下で、LDHの漏出量が有意差をもって高いときに、肝障害性ありと判断した。
【0045】
本実験に用いた化合物のうち、トログリタゾンに関しては、その硫酸抱合体がBSEPの阻害を引き起こすことが知られており、代謝酵素の阻害剤である1−アミノベンゾトリアゾールの併用により胆汁酸に依存した毒性の減弱が見られたことから、トログリタゾンの代謝物がBSEPの阻害を引き起こしたと考えられた。さらに、肝障害性の存在が従来知られていないエリスロマイシンやシンバスタチンにおいても、胆汁酸依存的な毒性が見られたことから、これらは胆汁うっ滞型の肝障害を引き起こす可能性があることも明らかとなった。
【0046】
これらの図に示す結果から、本発明により提供される被験化合物の肝毒性を評価する方法、またはこれを用いた肝毒性を有する化合物のスクリーニング方法によれば、生体内において被験化合物への胆汁酸存在下における被験化合物の代謝物の影響を含め、例えば、BSEPの胆汁酸輸送機能に及ぼす影響と、これによって引き起こされる肝障害の程度の定量的な予測が可能となる。したがって、本発明により提供される上記方法は、薬剤の開発における非臨床段階における評価・スクリーニングのための手段として、きわめて優位性の高い技術であるということができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)および(b)の工程を含む、被験化合物の肝毒性を評価する方法:
(a)胆汁酸の存在下で、培養肝細胞に被験化合物を接触させる工程;
(b)被験化合物を接触させた培養肝細胞の障害の程度を測定する工程。
【請求項2】
前記培養肝細胞が、コラーゲンゲル間サンドイッチ培養法またはその変法により培養されたものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記胆汁酸の濃度が600〜1000μMである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記胆汁酸が以下の組成を有する、請求項3に記載の方法:
コール酸 20〜40μM;
ケノデオキシコール酸 40〜60μM;
グリコケノデオキシコール酸 240〜270μM;
デオキシコール酸 100〜120μM;
リトコール酸 3〜6μM;
ウルソデオキシコール酸 15〜18μM;
グリココール酸 55〜65μM;
グリコデオキシコール酸 50〜60μM;
タウロコール酸 6〜9μM;
タウロケノデオキシコール酸 28〜35μM;
タウロリトコール酸 10〜16μM;
タウロウルソデオキシコール酸 40〜46μM。
【請求項5】
前記被験化合物の濃度が1〜50μMである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
以下の(c)および(d)の工程を含む、肝毒性を有する化合物のスクリーニング方法:
(c)請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法を用いて前記被験化合物の肝毒性を評価する工程;
(d)得られた評価結果を胆汁酸の非存在下における評価結果と比較して、胆汁酸存在下における肝毒性が有意に上昇している場合に、前記被験化合物は肝毒性を有する化合物であると判定する工程。
【請求項7】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、肝毒性を有する化合物のスクリーニング方法:
(a)以下の組成を有する胆汁酸の存在下で、コラーゲンゲル間サンドイッチ培養法またはその変法により培養されてなる培養肝細胞に、濃度1〜50μMの被験化合物を接触させる工程;
コール酸 20〜40μM;
ケノデオキシコール酸 40〜60μM;
グリコケノデオキシコール酸 240〜270μM;
デオキシコール酸 100〜120μM;
リトコール酸 3〜6μM;
ウルソデオキシコール酸 15〜18μM;
グリココール酸 55〜65μM;
グリコデオキシコール酸 50〜60μM;
タウロコール酸 6〜9μM;
タウロケノデオキシコール酸 28〜35μM;
タウロリトコール酸 10〜16μM;
タウロウルソデオキシコール酸 40〜46μM、
(b)被験化合物を接触させた培養肝細胞の障害の程度を測定する工程;
(c)得られた評価結果を胆汁酸の非存在下における評価結果と比較して、胆汁酸存在下における肝毒性が有意に上昇している場合に、前記被験化合物は肝毒性を有する化合物であると判定する工程。

【図1】
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【公開番号】特開2013−17411(P2013−17411A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152087(P2011−152087)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】