説明

製剤における滑沢剤成分の混合状態をモニターする方法

【課題】医薬品の製剤化プロセスのうち、滑沢剤混合工程における最適混合終点を検出する方法を提供する。
【解決手段】製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態をリアルタイムもしくはオフラインでモニターする方法であって、前記滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値を測定し、その値を指標として製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態を評価することを含む前記方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製剤における滑沢剤成分の混合状態をモニターする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有効成分である医薬品原薬は、種々の製剤化工程を経て、汎用的な市販形態の製剤に仕上げられる。例えば、市販形態の製剤が錠剤である場合には、粉砕→造粒→整粒→混合→打錠→コーティングという工程を経て、錠剤に仕上げられる。医薬品の製造及び品質管理は、GMP(Good Manufacturing Practice)に準拠して行われ、各工程終了後の検査に合格後、次工程に払い出される。本手法では、仕上品の一部のみの検査結果をもとにロット全体の品質保証を行っている。
【0003】
近年、ICH(International Conference on Harmonisation of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use)では、科学的根拠に基づいた品質保証手法のパラダイムシフトとして、品質を研究開発段階で十分に設計し作り込む概念(QbD:Quality by Design)を打ち出している(非特許文献1)。QbDでは、製剤化工程が品質に与えるリスクを研究開発段階で特定し、そのリスクを適切にコントロールすることが求められている。その中で、重要品質特性をリアルタイムでモニタリングし、これを製剤化工程中で制御する技術であるPAT(Process Analytical Technology)が注目されている。近年の分析技術の発展もPATの技術開発を加速させる背景にある。
【0004】
製剤化工程へのPAT適用においては、NIR(近赤外分光法)が多用される。NIRを用いた製剤化工程の技術開発としては、造粒工程におけるリアルタイム水分推定技術(非特許文献2)、打錠工程におけるリアルタイム含量推定技術(非特許文献3)、コーティング工程におけるコーティング膜厚の非破壊推定技術(特許文献1)などが挙げられる。
また、滑沢剤成分の混合工程においても、無線式のNIRを用いた混合状態の解析がなされている(非特許文献4,5)。非特許文献4では、多変量解析手法の一つであるPLS(Partial Least Squares)を用いて、滑沢剤の濃度をリアルタイムに推定している。しかし、PLSを用いる場合は、基本的に、製剤の種類が異なる毎に濃度の推定モデルを構築する必要がある。一方、非特許文献5では、滑沢剤の濃度の変化を単一波長(1800nm)を用いて評価している。本手法では、製剤の種類が異なっても同手法を適用できるメリットがある反面、適用できる滑沢剤濃度が0.84 %以上となり、適用濃度範囲が限定される。また、両手法とも滑沢剤の混合均一性にのみ着目しており、品質に重大な影響を与える滑沢剤の粉末及び顆粒への展延状態の評価については言及していない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、医薬品の製剤化工程のうち、混合工程を検討ターゲットとして選定した。本工程では、打錠工程での製造適性を確保(Sticking防止)するために、滑沢剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム(以下、「Mg-St」と記すこともある))を添加することが多い。Mg-Stは、混合時に粉末表面に付着し、その後展延することで、打錠時の杵臼表面への粉末付着を抑制するが、過混合時は、その疎水性の性質により錠剤の硬度及び崩壊性を低下させる。現時点では、3ロットのバリデーションによって設定した一定の混合条件で運転しているため、ロット毎の粉末物性の変動には十分に対応しきれているとは言い難い。本背景より、本発明は、リアルタイムで滑沢剤成分の混合状態を評価し、ロット毎の粉末物性の変動に適応した最適な混合終点で混合工程を終了する方法を提供することを目的とする。尚、混合終点とは、製剤の品質及び製造適性を満足する混合状態であり、滑沢剤の混合均一性が確保され、かつ滑沢剤の展延状態が適切である状態を指す。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、滑沢剤成分の吸収波長(1波長)の波長を含む波長領域の合計値の吸光度変化を指標として混合状態を評価したところ、滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態を高精度で測定できることを確認した。本発明は、これらの知見に基づいて完成された。本発明の要旨は以下の通りである。
【0007】
(1)製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態をリアルタイムもしくはオフラインでモニターする方法であって、前記滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値を測定し、その値を指標として製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態を評価することを含む前記方法。
(2)前記滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域が近赤外領域にある(1)記載の方法。
(3)前記滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値を経時的に測定する(1)記載の方法。
(4)滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値がベースライン処理を行ったものである(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)滑沢剤成分がステアリン酸マグネシウムであり、ステアリン酸マグネシウムに特徴的な吸収波長が1,214 nmである(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)ステアリン酸マグネシウムに特徴的な吸収波長を含む波長領域が、1,125±25nmから1,240 nm±20nmまでの波長領域である(5)記載の方法。
(7)製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態を(1)〜(6)のいずれかに記載の方法でモニターすることを含む、医薬品の製造方法。
(8)(7)記載の方法で製造された医薬品。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態をリアルタイムもしくはオフラインでモニターすることができ、その結果、滑沢剤混合工程における最適な混合終点の検出が可能となる。尚、本発明は製剤の種類によらず適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】Mg-Stの混合量を変化させた際の試料のNIRスペクトル吸光度のRSDを示す。
【図2】Mg-St単独のNIRスペクトルを示す。
【図3】混合時に得られたNIRスペクトルのベースライン変動を示す。
【図4】サンプリング箇所を示す。
【図5】混合中の1,214 nmの吸光度(評価指標(1))の変化を示す。
【図6】混合中の1,128-1,240 nmの吸光度合計値(評価指標(2))の変化を示す。
【図7】混合中のMg-St濃度推定値(評価指標(3))の変化を示す。
【図8】粒度の異なるPGのNIRスペクトルを1,128-1,240 nmでベースライン処理したものを示す。
【図9】粒度の異なる乳糖(Respitose)のNIRスペクトルを1,128-1,240 nmでベースライン処理したものを示す。
【図10】ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム及びフマル酸ステアリルナトリウムのNIRスペクトルを示す。
【図11】ステアリン酸マグネシウムに特徴的な吸収波長を含む波長領域として、1,128 nmから1,240 nmを選択した理由を説明する図である。
【図12】マンニトールの球形顆粒(ノンパレル108)の経時サンプリング品のSEM写真である。
【図13】滑沢剤成分の混合時間の延長に伴うマンニトール球形粒子(ノンパレル108)の排出力の変化(n=5)を示す。
【図14】滑沢剤成分の混合時間の延長に伴うマンニトール球形粒子(ノンパレル108)の硬度の変化(n=5)を示す。
【図15】滑沢剤成分の混合時間の延長に伴うマンニトール球形粒子(ノンパレル108)の比表面積の変化を示す。
【図16】マンニトールの球形顆粒(ノンパレル108)と滑沢剤成分を120分間混合したマンニトールの球形顆粒(ノンパレル108)のサンプリング品のX線CT写真である。
【図17】滑沢剤成分の混合時間の延長に伴うマンニトール球形粒子(ノンパレル108)の排出力の変化と1,128-1,240 nmの吸光度合計値(評価指標(2))の相関関係を示す。
【図18】マンニトール球形粒子(ノンパレル108)とMg-Stの混合過程の1,128-1,240 nmの吸光度合計値(評価指標(2))を用いたNIRによるインライン評価結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態をリアルタイムもしくはオフラインでモニターする方法であって、前記滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値を測定し、その値を指標として製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態を評価することを含む前記方法を提供する。
本指標を適用することにより、本指標の値があらかじめ定めた設定値以上になった場合や、本指標の値の経時変化のばらつきがあらかじめ定めた設定値以下になった場合などを混合終点として設定することができる。
尚、滑沢剤混合工程の終点は、一概に数値を設定できるものではなく、対象製剤の1錠、1カプセルもしくは1包分の重量や要求される品質レベル(例えば溶出性)によって個々の製剤に対して適切に設定すればよい。
【0011】
製剤は、固形製剤であるとよい。滑沢剤成分としては、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、フマル酸ステアリルナトリウム、硬化油、ステアリン酸などを例示することができるが、これらに限定されるわけではない。
【0012】
滑沢剤成分に特徴的な吸収波長及びそれを含む波長領域は、滑沢剤成分毎に吸収スペクトルを測定し、その結果に基づいて、その滑沢剤成分に特徴的な吸収波長及びそれを含む波長領域を選定すればよい。例えば、滑沢剤成分がステアリン酸マグネシウムである場合には、ステアリン酸マグネシウムに特徴的な吸収波長として、1,166nm, 1,188nm, 1,214nm,1,390nm, 1,418nm, 1,539nm等を選定することができる。また、ステアリン酸カルシウムにおいては、1,166nm, 1,188nm, 1,214nm,1,390nm, 1,416nm, 1,539nm等を、フマル酸ステアリルナトリウムにおいては、1,166nm, 1,188nm, 1,214nm,1,390nm, 1,416nm, 1,539nm, 1,654nm等の吸収波長を選定することができる。
【0013】
滑沢剤成分に特徴的な吸収波長としては、吸収スペクトルにおいて吸光度の極大値を与える波長であるとよく、C-H伸縮振動の結合音、倍音及び2倍音に相当する波長領域にある波長などを例示することができるが、これらに限定されるわけではない。例えば、滑沢剤成分がステアリン酸マグネシウムである場合、ステアリン酸マグネシウムに特徴的な吸収波長を含む波長領域として、1,125±25nmから1,240 nm±20nmまでの波長領域を選定することができる。また、図10に示すように、ステアリン酸カルシウム及びフマル酸ステアリルナトリウムについても、ステアリン酸マグネシウムと同様の形状のスペクトルが得られることから、特徴的な吸収波長を含む波長領域として、同様に1,125±25nmから1,240 nm±20nmまでの波長領域を選定することができる。
【0014】
後述の実施例では、Mg-Stを主とする滑沢剤に対して、上記の波長範囲の選択は、滑沢剤処方量の異なるサンプルの近赤外(NIR)スペクトルを測定し、得られたNIRスペクトルの各波長における吸光度変動を算出し、滑沢剤の純スペクトルと比較することで、滑沢剤に特徴的なピークを含む範囲を選択する方法によって決定した。本波長範囲は、実際に測定されたNIRスペクトルの形状により変動するために範囲設定しており、今回、1,128nmから1,240nmを選択した理由は、図11に示すように測定されたNIRスペクトルの本範囲におけるピークのボトムを選択したためである。
【0015】
滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域は近赤外領域にあるとよい。一般に、近赤外領域とは、800〜2,500 nm程度の波長範囲をいう。
【0016】
滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値は、前記波長領域の各波長での吸光度を一定の波長間隔(分解能)で測定し、その測定値を積算することにより得ることができる。波長間隔(分解能)は、1〜6 nmが適当であり、1〜4 nmが好ましく、1〜2 nmがより好ましい。
【0017】
滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値は経時的に測定するとよい。例えば、適当な回転数毎(例えば、1回転毎、2回転毎、5回転毎)又は適当な時間間隔(例えば、2秒毎、3秒毎、30秒毎)で吸光度の合計値を測定する。経時的な測定により、混合状態のリアルタイム評価及び最適混合終点を検出することが容易となる。
【0018】
また、滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値にはベースライン処理を行うことが好ましい。ベースライン処理は、あらかじめ設定した2波長を結ぶ直線上の点の吸光度を0とし、対応する各波長の吸光度を補正する処理である。滑沢剤の混合時には、吸光度の測定タイミングによりベースライン変動が認められるので、ベースライン処理を行うことにより、この変動をキャンセルすることができる。
【0019】
滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の測定には、近赤外分光光度計などの分光光度計を用いることができ、この装置は分散型、フーリエ変換型、ダイオードアレイ型のいずれの型であってもよい。例えば、市販の装置(例えば、Corona(Carl Zeiss社)などのダイオードアレイ型NIR分析装置、MPA(Bruker Optics社)などのフーリエ変換型NIR分析装置)を用いことができる。混合状態をリアルタイムで評価するためのインライン型NIR分析装置の場合には、分光光度計を混合機の投入口又は排出口の近くに配置し、適当な回転数(例えば、1回)毎に吸光度又は吸光スペクトルを測定し、そのデータを無線LANによりコンピュータに送信し、格納するとよい。
【0020】
本発明の方法は、ビン型、多角形ドラム型、コンテナ型混合機などのあらゆる型の混合機に応用可能である。
【0021】
本発明は、製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態を上記の方法でモニターすることを含む、医薬品の製造方法及びこの方法により製造された医薬品も提供する。
【0022】
対象となる医薬品は、特に限定されるものではないが、高分子(例えば、生理活性を有するペプチド及びタンパク質、抗体、ワクチン、抗原など)を有効成分とする医薬品、低分子(例えば、炭化水素、ニトロ化合物、芳香族化合物、エーテル、アセタール、硫黄化合物、セレン化合物、テルル化合物、アルデヒド、ケトン、アミン、アミド、酸、エステル、ニトリル、重金属を含有する化合物、パーオキシ化合物、複素環式化合物、アゾ化合物、ジアゾ化合物、アゾキシ化合物、アジド化合物、ジアゾアミノ化合物、リン化合物、ホウ素化合物、ケイ素化合物、炭水化物などの有機化合物、金属、金属化合物などの無機成分など)を有効成分とする医薬品などを例示することができる。固形の医薬品であることが好ましい。
【0023】
医薬品は、経口投与あるいは非経口投与(例えば、静脈内投与、直腸内投与、経皮投与、経粘膜投与、皮下投与など)で投与することができる。経口投与に適する単位投与形態としては、例えば、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。非経口投与に適する単位投与形態としては、例えば、注射剤、坐剤などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。単位投与形態の調整にあたっては、適宜の薬理学的に許容される、賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、乳化剤、安定剤、矯味矯臭剤、希釈剤等の製剤用添加物を用いることができる。
【0024】
医薬品の投与量は、投与経路、有効成分の種類、患者の年齢、体重、若しくは症状、予防若しくは治療の目的など、種々の要因に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0025】
以下に、試験例及び製剤例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0026】
〔実施例1〕
今回、顆粒中のMg-Stの混合状態をリアルタイムで評価することを目的とした検討を実施した。尚、Mg-Stは混合時にかかるシェアによって物理状態が変化し(展延効果)、品質及び製造適性に影響することが知られているため、単なるMg-Stの混合均一性のみではなく、その展延状態も踏まえ、品質及び製造適性を満足する混合終点を決定する必要がある。
【0027】
[実験]
1 Mg-St混合状態評価指標の検討
Mg-St混合状態を評価するには、これを評価するための適切な評価指標を選定する必要がある。そこで、まず本指標を決定するための検討を実施した。
【0028】
1.1 NIRスペクトルデータ構造
混合状態をリアルタイムで評価するために、インライン型NIR分析装置(Coronaシリーズなど)を使用する。本装置の測定条件は、以下の通りである。
波長範囲 :1,050-1,680 nm
分解能 :2 nm
測定回数 :1回/混合機1回転
測定波長の上限(1,680 nm)と下限(1,050 nm)の差が630 nmであり、分解能が2 nmであることから、1測定にて316個のデータが得られる。また、1回転毎に1個のデータが得られるため、n回転では、下に示すように316×nのデータ行列(A)となる。
【数1】

【0029】
1.2 検討用試料
今回は、Mg-Stの混合状態を評価することが目的であるため、まず、Mg-St混合量の差がNIRスペクトルに与える影響を評価するために、表 1(Sample for inspection)に示すMg-St混合量の異なる10 種類の混合顆粒を調製した。尚、各混合顆粒は、ボーレ混合機(PM50;5 L)にて1 kgスケールで、回転速度20.4 rpm、混合時間60 minの条件にて調製した。
【0030】
尚、今回用いた顆粒(Granules)は、マンニトールを主とした汎用的な処方である。
【表1】

【0031】
1.3 評価指標
ボーレ混合機の蓋にCoronaを取り付け、各混合顆粒(10種類)のNIRスペクトルをCoronaで繰り返し静置測定し(n=5)、316×50のデータ行列を得た。次に、各波長に対する吸光度の相対標準偏差(RSD)を計算した。本結果を図 1に示す。合わせて、図 2に純品Mg-St(Mallinckrodt製)のスペクトルを示す。
【0032】
図 1及び図 2の結果より、Mg-Stの混合状態の評価指標として以下の3つを評価指標として選定した。
【0033】
尚、混合時には、測定タイミングにより図 3に示すようなベースライン変動が認められたため、(1)及び(2)の評価指標については、この変動をキャンセルするため1,128-1,240 nmの波長範囲にてベースライン処理を行った。
(1)1,214 nmの吸光度
選定理由:1,214 nmがMg-Stに特徴的な吸収波長
(2)1,128-1,240 nmの吸光度合計値
選定理由:Mg-Stに特徴的な吸収波長を含み、Mg-St混合量の差異による吸光度変動値が大きい波長範囲
(3)PLSによるMg-St濃度推定値
選定理由:NIRスペクトルの解析手法として汎用されるPLS(Partial Least Squares)手法
【0034】
PLSによるMg-St濃度の推定精度は、表 2(Calibration model (Corona))に示す通りであり、RMSECV(標準誤差)は、0.06%である。
【表2】

【0035】
2 混合実験
造粒顆粒(PG)及びMg-Stを用いて、以下に示す仕込順序の異なる3回の混合実験及びその対照として造粒顆粒のみの混合実験の合計4回の混合実験を行った。各成分の仕込量は表 3(Batch amounts and formulation rate)に示す通りであり、混合条件は、缶体容量20L、回転速度20.4rpm、混合時間は60 minとした。
*混合実験条件
混合実験(1):(仕込順序)PG(約半量)⇒ Mg-St ⇒ PG(約半量)
混合実験(2):(仕込順序)Mg-St ⇒ PG(全量)
混合実験(3):(仕込順序)PG(全量)⇒ Mg-St
混合実験(4):(仕込順序)PGのみ(対照)
【表3】

【0036】
評価は、1.3にて決定した3つの指標によるインラインでの混合状態評価に加え、混合終了後に図 4に示すサンプリング箇所(6箇所)からサンプリングした約1 gの試料のアットライン型NIR(MPA)によるMg-Stの混合量測定を行った。MPAによるMg-St混合量の推定精度は、表 4(Calibration model (MPA))に示す通りであり、RMSECVは0.03 %である。
【表4】

【0037】
[結果及び考察]
1 サンプリング品のアットライン評価結果
アットライン型NIR(MPA)を用いて各混合実験終了後(混合60 min)のサンプリング品のMg-St混合量を推定した結果を表 5(Prediction of Mg-St ratio (MPA))に示す。本結果より、どの仕込順序においてもRSDは5 %以下であり、混合均一性の標準的なクライテリアを確保できていることが確認できたが、Mg-Stを最初に仕込んだ場合の平均混合比率の推定値は0.67 %であり、他の仕込順序による混合実験の平均混合比率である0.75 %と比較して若干低い傾向が認められた。
これは、Mg-Stを最初に仕込んだ場合は、凹凸のある缶体の排出口への付着が多くなるためであると推測された。
【表5】

【0038】
2 各評価指標によるインライン測定評価結果
2.1 1,214 nmの吸光度の経時変化
各混合実験で得られたデータを図 5に示す。尚、本結果は、1分間に得られる20データの移動平均の推移を表している。
本結果より、PGのみを混合した場合とMg-Stを加えた場合を比較すると、最終混合時点で0.005程度の明らかな吸光度の増加が認められた。これは、Mg-Stを添加した場合は、混合によりMg-Stが系内で均一に分布することにより、本波長での吸光度が増加したためであると推察された。しかし、仕込順序の違いによる平均混合比率の微妙な差異は検出することはできなかった。
また、PGのみを混合した場合は、混合初期と終了時点で0.004程度の大きな吸光度の低下が確認された(本現象については、2.4にて詳述)。
【0039】
2.2 1,128-1,240 nmの吸光度合計値の経時変化
各混合実験で得られたデータを図 6に示す。尚、本結果は、1分間に得られる20データの移動平均の推移を表している。
本結果より、PGのみを混合した場合とMg-Stを加えた場合を比較すると、最終混合時点で0.16程度の明らかな吸光度の差異が認められた。これは、Mg-Stを添加した場合は、1,124 nmでの吸光度の経時変化と同様に、Mg-Stの分布均一化による吸光度増加が起こったためである。また、本評価指標を用いた場合は、仕込順序の違いによる平均混合比率の微妙な差異が0.01程度の吸光度差で検出することができた。これは、多波長を用いた評価を行ったために、その差異を検出する感度が増加したためであると考えられた。
また、PGのみを混合した場合は、1,124 nmの経時変化と同様に、混合初期と終了時点で0.16程度の大きな吸光度の低下が確認された(本現象については、2.4にて詳述)。
【0040】
2.3 PLSによるMg-St混合量推定値の経時変化
各混合実験で得られたデータを図 7に示す。本結果より、各仕込順序による混合実験において、最終混合時点で理論混合比率である0.8 %程度になることが確認された。しかし、本評価指標では、仕込順序の違いによる平均混合比率の微妙な差異を検出することはできなかった。
【0041】
2.4 PGの吸光度の経時変化
2.1及び2.2の結果において、Mg-Stを添加していないPGで大きな吸光度変化が確認された。今回の解析に使用した波長範囲である1,128-1,214 nmは、C-H伸縮振動の2倍音に相当する領域であるが、NIRスペクトルの吸収は、このような化学的情報に加え、粒度及び密度のような物理的情報も反映するため、今回のPGの吸光度変化は、粒度及び密度の物理的情報の変化にあると推測された。そこで、PGを約250 μm(60メッシュ)以上の粒度を有する分画と100 μm(150メッシュ)以下の粒度を有する分画に篩分けし、粒度(見掛け密度)の差異がNIRスペクトルの吸光度に与える影響を評価した結果、図 8に示す差異が確認された。これを2.2の評価指標にて算出すると、250 μm以上の粒度の大きい分画は1.34、60 μm以下の粒度の小さい分画では1.14であり、粒度が粗いほうが0.2程度大きくなることを確認した。また、同一の化学構造を有する粒度違いの2種類の乳糖(メーカー:DMV international, 品名:Respitose, グレード:SV003(X50 :60μm), ML006(X50 :17μm))についても同様の確認をした結果、図 9に示すように、粒度の粗いSV003の方が評価指標が大きくなることが確認できた。以上の結果より、今回確認された混合中のPGの吸光度変化は、粒度もしくは見掛け密度の変化に起因すると考えられた。
【0042】
2.5評価指標と混合状態に関する考察
今回検討した3つの評価指標において、1,128-1,240 nmの吸光度合計値の経時変化を追跡することが最も効果的であると判断した。また、本指標は、Mg-St混合量変化に加え、混合顆粒の物理状態の変化(粒度(見掛け密度)変化)を加味した指標であることが示唆された。以上の結果より、本指標を用いて混合状態を評価することで、Mg-Stの混合均一性のみならず、混合顆粒の物理状態の変化であるMg-Stの顆粒への展延状態も測定できる可能性が示唆された。本結果より、インライン型NIR分析装置を用いた測定を行うことで、品質及び製造適性を満足する最適な混合終点をロット毎にリアルタイムで決定できる見通しが得られた。
【0043】
〔実施例2〕
実施例1に示す通り、顆粒とMg-Stの混合操作をNIRを用いて解析することで、混合顆粒中のMg-St混合量の微量変化(対混合量0.1 %)を評価できるNIRスペクトルの解析方法を構築することができた。また、本解析方法を適用することで、NIRスペクトルから製剤の品質及び製造適性に大きな影響を及ぼすMg-Stの顆粒への展延状態を推定できる可能性が示唆された。しかし、実施例1の顆粒は混合操作中に密度の変化が認められることから、NIRによってMg-Stの展延状態を評価できるかどうかを正確に判断することは困難であった。
【0044】
そこで、今回、混合操作中の密度変化を認めないマンニトールの球形顆粒(ノンパレル108)を用いて、Mg-Stの展延状態の異なる混合顆粒を作製し、NIRスペクトルからMg-Stの展延状態を評価できるかを見極めることとした。
【0045】
[実験]
1.1 試料
・ノンパレル108(平均粒径:約200 μm)
Lot No.070901 (フロイント産業製)
・Mg-St
Lot No.E01676 (Mallinckrodt製)
1.2 処方及び仕込量
ノンパレル108を顆粒と想定し、表6に示す処方比率で検討を行った。
【0046】
【表6】

1.3 方法
1.3.1 混合顆粒の作製
ボーレ混合機(PM50)に20 L容量の混合機缶体(MC20)を取付け、ノンパレル108を全量投入したあとにMg-Stを全量投入した。その後、混合機蓋にインライン方式のNIR(Corona)を取付け、混合中のNIRスペクトルを測定しながら、回転速度20.4 rpm、混合時間120 minの条件で混合した。サンプリングは、混合終了後(120 min)に加え、12, 15, 45, 60, 90 minで混合機を一時停止し、約100 gを秤取した。
*NIR測定条件(インライン方式)
使用機器 :Corona(Carl Zeiss製)
測定方法 :拡散反射測定(混合機蓋が下の状態で測定)
Scan回数 :3回
測定波長(波数)領域:1,050-1,680 nm
分解能 :2 nm
1.3.2 混合顆粒の評価
今回の検討で評価するサンプルは、混合時間の延長に伴う密度変化を認めないこと、かつ混合時間の延長に伴うMg-Stの顆粒への展延状態が変化していることが前提であるため、まずその前提条件を確認するために以下の評価を実施した。尚、評価に使用した機器は、表7に示す通りである。
【0047】
【表7】

(1)経時サンプリング品の密度変化の評価(表8)
粒度分布(平均粒径)、比容積
(2)経時サンプリング品のMg-St展延状態の評価
SEM(図12)、排出力(図13)、硬度(図14)、比表面積(図15)、X線CT(図16)
【0048】
これらの評価結果、表8に示すように粒度分布(平均粒径)及び比容積は、混合時間の延長に伴い変化していないことが確認できた。
【0049】
【表8】

また、Mg-Stの混合時間の延長に伴い、図13に示す排出力の低下、図14に示す硬度の低下及び図15に示す比表面積の増大が確認できたため、作製したサンプルは、Mg-Stの混合時間の延長に伴い、Mg-Stの展延状態が変化していると考えられた。以上の結果より、作製したサンプルは、今回の評価に適切なものであると判断した。
【0050】
尚、図12に示すSEM写真からはMg-Stの付着は捉えられたが、Mg-Stの展延状態の変化は確認できず、図16に示すX線CT写真では、Mg-Stの付着状態も確認できなかった。
1.3.3 NIRを用いたMg-St展延状態の推定
前項の結果より、Mg-Stの展延状態の代替評価項目(排出力、硬度及び比表面積)のうち、図13〜15の結果より、今回の実験系で最も精度よくMg-Stの展延状態を表していると考えられた代替評価項目として、排出力を選定し、各サンプリング品のNIRスペクトルとの間に相関関係が認められるかを評価した。また、混合操作中にインライン測定方式で得られたNIRスペクトルに対しても同様の評価を実施した。尚、サンプリング品のNIRスペクトルの測定条件は、以下に示す通りである。
【0051】
排出力とNIRスペクトルの相関関係を評価するにあたり、NIRスペクトルの解析手法としては、実施例1で構築した評価指標(以下、Mg-St面積評価指標)を用いた。
*NIR測定条件(サンプリング品)
使用機器 :Corona(Carl Zeiss製)
測定方法 :拡散反射測定(専用治具)
Scan回数 :10回
測定波長(波数)領域:1,050-1,680 nm
分解能 :2 nm
【0052】
[結果及び考察]
2.1 NIRを用いたMg-St展延状態の推定(サンプリング品)
図17に示すように、Mg-St面積評価指標と排出力の間に負の相関関係が認められた。これは、混合時間の延長に伴い、Mg-St面積評価指標が増加することを示しており、Mg-Stがノンパレル108を被覆するに伴い、見かけ上Mg-Stの表面積が増加するために、NIRスペクトルの吸光度が増加したと考えられた。
以上の結果より、対象の混合顆粒に対して、あらかじめ図17に示す関係を構築しておくことにより、NIRを用いたアットライン測定で混合顆粒のMg-St展延状態を迅速に評価できると考えられた。
【0053】
2.2 NIRを用いたMg-St展延状態の推定(インライン測定)
図18に示すように、ノンパレル108とMg-Stの混合中にリアルタイムで得られたNIRスペクトルをMg-St面積評価指標を用いて評価した結果、混合時間の延長に伴って、Mg-St面積評価指標が増加する傾向があることが確認できた。
本結果より、混合機に取付けたNIRを用いて、インラインで得られたNIRスペクトルをMg-St面積評価指標を用いて解析することにより、混合中にリアルタイムでMg-Stの展延状態の変化を評価できると考えられた。
【0054】
[結論]
ノンパレル108とMg-Stの混合実験を行い、Mg-Stの展延状態のNIRによる評価可能性を検討した。その結果、Mg-St面積評価指標を用いることにより、Mg-Stの微量な混合量差のみならず、Mg-Stの展延状態もアットライン及びインラインで評価できる見通しが得られた。
【0055】
本結果より、インライン方式のNIRにて混合中にリアルタイムで得られたスペクトルをMg-St面積評価指標を用いて解析することにより、最適な混合終点が求められる見通しが得られた。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、医薬品の製造及び品質管理に利用することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0057】
【特許文献1】国際公開第WO2006/083001号パンフレット
【非特許文献】
【0058】
【非特許文献1】ICH HARMONISED TRIPARTITE GUIDELINE;PHARMACEUTICAL DEVELOPMENT Q8
【非特許文献2】On-line monitoring of moisture content in an instrumented fluidized bed granulator with a multi-channel NIR moisture sensor, J.Rantanen et al., Powder Technology 99 (1998) 163-170
【非特許文献3】A comparison of reflectance and transmittance near-infrared spectroscopic techniques in determining drug content in intact tablets, Pharmaceutical Development and Technology 6 (2001) 19-29
【非特許文献4】Evaluation of Risk and Benefit in the Implementation of Near-Infrared Spectroscopy for Monitoring of Lubricant Mixing, A.S.El Hagrasy et al., Pharmaceutical Development and Technology 11 (2006) 303-312
【非特許文献5】第24回製剤と粒子設計シンポジウム(2007)一般講演3「高分解能AOTF・NIRによる混合状態のリアルタイム測定とその評価」、第13頁〜第16頁、(粉体工学会/製剤と粒子設計部会、2007年11月7日)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態をリアルタイムもしくはオフラインでモニターする方法であって、前記滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値を測定し、その値を指標として製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態を評価することを含む前記方法。
【請求項2】
前記滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域が近赤外領域にある請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値を経時的に測定する請求項1記載の方法。
【請求項4】
滑沢剤成分に特徴的な吸収波長を含む波長領域における吸光度の合計値がベースライン処理を行ったものである請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
滑沢剤成分がステアリン酸マグネシウムであり、ステアリン酸マグネシウムに特徴的な吸収波長が1,214 nmである請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
ステアリン酸マグネシウムに特徴的な吸収波長を含む波長領域が、1,125±25nmから1,240 nm±20nmまでの波長領域である請求項5記載の方法。
【請求項7】
製剤における滑沢剤成分の混合量、混合均一性及び展延状態を請求項1〜6のいずれかに記載の方法でモニターすることを含む、医薬品の製造方法。
【請求項8】
請求項7記載の方法で製造された医薬品。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2010−8404(P2010−8404A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−123687(P2009−123687)
【出願日】平成21年5月22日(2009.5.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年2月17日 社団法人化学工学会発行の「先端化学産業技術プログラム講演要旨集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年3月18日 社団法人化学工学会主催の「化学工学会第73年会(2008)」において文書をもって発表
【出願人】(307010166)第一三共株式会社 (196)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】