説明

製麹方法及び清酒の醸造方法

【課題】GA活性が高くかつACP活性が低い清酒醸造に適した麹を製造し得る方法及びそれを用いた清酒の製造方法を提供する。
【解決手段】蒸米に種麹をふる床もみから、でき上がった麹を麹室から出す出麹までの製麹工程において、好ましくは赤色光である光を種麹をふった蒸米に照射する。特に、盛以降の製麹工程において、種麹をふった蒸米に赤色光を照射すると、GA/ACP値の高い麹が得られる。得られた麹を用いることにより、良好な酒質の清酒を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、清酒等の醸造に使用する麹を製造するための製麹方法に関し、更にかかる製麹方法を利用した清酒の醸造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に清酒の醸造は、常法により、白米から蒸米を製造し、蒸米から麹を製造し、蒸米、麹、水に酵母等を加えて酒母を製造し、酒母に蒸米、麹、水を加えて醪を製造し、アルコール発酵させた後に、醪を上槽する工程に従って行われる。特に麹は、清酒醸造の発酵過程において必要な酵素類や栄養素、風味を与える代謝物などを供給する重要な役割を担っており、そのでき具合が清酒の品質を大きく左右する。
【0003】
一般に麹を製造する製麹工程は、蒸米を麹室に入れる引込み、麹室の蒸米に種麹を撒布する床もみ、その後或る時間の経過後に蒸米の塊を崩してほぐす切返し、その後或る時間の経過後に蒸米を小分けして麹蓋、箱、又は床に移す盛り、その後或る時間の経過後に蒸米をほぐして混ぜ合わせる仲仕事、その後或る時間の経過後に蒸米を再度ほぐして混ぜ合わせる仕舞仕事、その後更に或る時間の経過後にでき上がった麹を麹室から出す出麹からなる過程を有する(例えば、非特許文献1を参照)。これらの過程における温度経過、精米歩合、蒸米水分、製麹時間などの要因が麹のでき具合、品質に影響することから、製麹には、従来から所望の清酒を製造するために様々な工夫がなされている。
【0004】
例えば、製麹工程において製麹時間を従来よりも大幅に短縮することにより、製麹工程を効率化しかつ新規な酵素組成の麹を得ることができ、製麹中の麹の品温を高めに設定することにより、麹菌の生育、活動を促進できる清酒製造方法が知られている(例えば、特許文献1を参照)。また、麹米の製麹時間を従来よりも短くし、特に40時間を過ぎるとグルコアミラーゼ活性が次第に高くなることから、40〜43時間前後が適当であるとした低アルコール清酒の製造方法が知られている(例えば、特許文献2を参照)。更に、玄米〜50%精米歩合の白米を製麹処理しかつ水分16%以下まで乾燥させた麹を90〜20%精米まで搗精する米麹の製造方法が知られている(例えば、特許文献3を参照)。
【0005】
最近は、人手をかけずに強制通風により蒸米水分の蒸発を促進して品温を調節する機械製麹が多く行われている。例えば、盛以降の工程を自動化した半自動式の機械製麹では、製麹室の麹基質から発生する水分量と製麹時間とを測定して出麹時期を自動的に決定し、麹の品質向上及び安定化を図る製麹装置が知られている(例えば、特許文献4を参照)。また、同じく半自動式において、麹の品温と水分とをバランス良く調節するために、麹の生育状態に応じて麹堆積層の厚み、堆積表面積を自動的に調節する製麹方法及び装置が知られている(例えば、特許文献5を参照)。更に、引込みから出麹までを略完全に自動化した全自動式の製麹機が知られている(例えば、特許文献6を参照)。
【0006】
他方、麹菌を含む様々な微生物の生長に影響を与える環境要因の1つに、光の照射があることはよく知られている。例えば、特に糸状菌である微生物の生長を促進するためにだいだい色光から遠赤色光までの光を照射し、又は生長を抑制して胞子形成を促進するために青色光を照射し、若しくはそれらの光を交互に照射する微生物の生長制御技術が提案されている(例えば、特許文献7を参照)。また、清酒等の醸造用麹の製造に使用する種麹を製造するために、麹菌を米等の固体培養基に接種し、青色光又は赤色光を照射して培養することにより、効率的に胞子を形成させる方法が知られている(例えば、特許文献8を参照)。同様に、赤色系の光を藻類に照射して増殖させ、青色系の光を照射して増殖を抑制する藻類の養殖方法(例えば、特許文献9を参照)や、植物組織から誘導した赤色色素安定カルスを青色光の照射下で培養することにより、赤色色素を工業的に製造可能にした方法(例えば、特許文献10を参照)が知られている。
【0007】
【非特許文献1】「増補改訂 酒造講本」、財団法人日本醸造協会、平成12年9月29日、p.78−95
【特許文献1】特開2003−284542号公報
【特許文献2】特開2002−142747号公報
【特許文献3】特開平6−343450号公報
【特許文献4】特開平8−317784号公報
【特許文献5】特開平9−56373号公報
【特許文献6】特開2006−296280号公報
【特許文献7】特開2003−274930号公報
【特許文献8】特開2002−262860号公報
【特許文献9】特開平11−266727号公報
【特許文献10】特開平03−269060号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
麹菌は、糖質分解酵素やタンパク質分解酵素等、各種酵素系に富んでいる。特に、グルコアミラーゼ(GA)活性は、原料由来の澱粉を分解し、糖類を酵母に供給する重要な酵素である。これに対し、酸性カルボキシペプチダーゼ(ACP)活性は、アミノ酸を生成し、清酒の旨味や濃厚さを与える反面、雑味の原因になり得る。従って、一般に清酒醸造に理想的な麹は、GA活性が高くかつACP活性が低い麹と考えられている。しかしながら、上述した従来技術において、このようにGA活性が高くかつACP活性が低い麹を製造する方法又は条件は、何ら提案されていない。
【0009】
製麹は、麹の育成に温度及び湿度の制御が大切なことから、従来から暗所で行うのが通例である。更に、製麹工程における可視光の照射が麹のでき具合や品質、特に酵素活性に及ぼす影響を調べた例は、これまで報告されていない。
【0010】
本発明は、上述した従来の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、GA活性が高くかつACP活性が低い、即ちGA/ACP値が大きく、清酒醸造に適した麹を製造し得る製麹方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らは、製麹工程における可視光の照射が麹のでき具合等に及ぼす影響について、鋭意研究を重ねた。その結果、製麹中に可視光を照射することによって、麹水分、酵素活性、及び菌体量が変化することを見出した。更に、特に赤色光を製麹の中盤以降の工程で照射すると、GA/ACP値のより高い麹が得られることを発見した。本願発明は、かかる知見に基づいて完成するに至ったものである。
【0012】
本発明によれば、上記目的を達成するために、蒸米に種麹を撒布する床もみから、でき上がった麹を麹室から出す出麹までの製麹工程において、種麹を撒布した蒸米に所定の可視光を照射する製麹方法が提供される。
【0013】
製麹中における可視光の照射は、麹水分、麹の酵素活性及び菌体量に影響を及ぼし、それらを抑制するように作用する。菌体量の減少により、麹菌体が醪中で消化されて漏出するアミノ酸、ペプチド、核酸等が減少するので、清酒の雑味や異常着色を抑制し、高品質の清酒を醸造することができる。
【0014】
特に、可視光中で波長範囲約600〜700nmの赤色光は、AA活性及びACP活性の減少に有意に作用するが、GA活性の低下は比較的小さいので、GA活性が高くかつACP活性が低い、清酒醸造に適した麹を得ることができる。そこで、或る実施例では、照射する所定の可視光は赤色光であることが好ましい。
【0015】
更に、赤色光は、麹水分及び菌体量を減少させかつ酵素活性を抑制する効果が、全般的に製麹工程の後半に照射するよりも前半の方が大きいものの、ACP活性は工程前半で増加し、工程後半で大きく低下する傾向を示す。従って、特に製麹工程の後半に赤色光を照射することにより、GA/ACP値の大きい麹を効率的に得ることができる。そこで、別の実施例では、赤色光を盛り以降の製麹工程において蒸米に照射することが好ましい。
【0016】
別の実施例では、LEDを光源に用いて所定の可視光を照射することにより、光源の発熱量を少なくすることができる。その結果、光源を蒸米表面のより近い位置に配置できるので、より均一な光照射が可能であり、製麹中の品温制御をより簡単かつ効率的に行うことができる。
【0017】
本発明の別の側面によれば、上述した本発明の製麹方法により製造した麹を用いる清酒の醸造方法が提供される。GA/ACP値の高い麹を用いることによって、高品質の清酒を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明による製麹方法の好適な実施例を、常法による清酒の醸造工程に則して詳細に説明する。
先ず、玄米を所望の精米歩合に精白し、得られた白米を洗米しかつ水に所定時間浸漬した後、蒸きょうして蒸米を製造する。蒸米は、その一部を麹の製造に使用し、別の一部を酒母の製造に使用し、更に別の一部を醪の製造に使用する。
【0019】
麹の製造は、本発明の製麹方法を適用して行う。図1は、本発明による製麹方法の好適な実施例を工程順に示している。先ず、引込み過程で、所定の温度に冷却した前記蒸米を麹室に入れる。次に、前記蒸米を全体の温度が均一になるようによく混ぜ、目標のもみ上げ温度で種麹を撒布してよく混ぜる床もみを行う。床もみ後所定の時間で、堆積した前記蒸米を崩し、全体の品温を均一にかつ酸素を供給するように塊りをほぐす切返しを行う。
【0020】
次に、切返し後所定の時間経過した後、盛り過程において、前記蒸米を小分けする。盛り過程を麹蓋法で行う場合には、小分けした前記蒸米を麹蓋に移して棚に積み重ねる。箱麹法で行う場合には、小分けした前記蒸米を麹蓋より大型の箱に移す。また、床麹法の場合には、この箱を更に大型にした床に前記蒸米を移す。
【0021】
盛り後所定の時間で、前記蒸米をほぐして、全体の品温を均一にかつ酸素を供給するように混ぜ合わせる仲仕事を行う。更に、仲仕事後所定の時間で、でき上がってきた麹の塊りをよくほぐして混ぜ合わせる仕舞仕事を行う。最後に、仕舞仕事後所定の時間で、でき上がった麹を麹室から出す出麹を行う。出麹後の麹は、その熱を放冷させる枯らし過程を経て、後の酒母及び醪の各製造工程に使用する。
【0022】
本実施例では、図1に示すように、製麹工程の中盤、即ち盛り以降出麹までの工程において、蒸米に可視光を照射する。でき上がった麹の麹水分及び菌体量は、可視光の照射によって従来よりも減少する。更に、菌体量の減少に相関して、GA、α−アミラーゼ(AA)、ACP、酸性プロテアーゼ(AP)等の酵素活性が減少し、麹の色彩も黄色味が減少して白っぽくなる。麹菌体は、醪中で消化されてアミノ酸、ペプチド、核酸等を漏出するので、清酒の雑味や異常着色の要因となるから、その点において、菌体量の減少は高品質の清酒醸造にとって好ましい。
【0023】
前記可視光には、波長範囲約600〜700nmの赤色光を使用することが好ましい。赤色光は、AA活性及びACP活性の減少に有意に作用するが、GA活性の低下は比較的小さい。従って、GA活性が高くかつACP活性が低い、即ちGA/ACP値が大きく、清酒醸造に適した麹を得ることができる。
【0024】
前記可視光には、赤色光以外に、青色光又は緑色光を用いることができる。青色光は、赤色光、緑色光よりも麹水分及び菌体量が減少し、GA、AA、ACP及びAPの全活性の抑制に有意に作用する。緑色光は、麹水分及び菌体量の減少が赤色光よりも多くかつ青色光よりも少なく、GA、AA及びACPの各活性の抑制に有意に作用する。また、青色光及び緑色光は、後述する褐変試験の結果から見て、清酒醸造工程における黒粕の原因となる酵素チロシナーゼの活性を阻害する作用を有する。
【0025】
また、青色光は、製麹工程後半に照射する方が製麹工程前半よりも、麹水分及び菌体量を減少させかつ酵素活性を抑制する効果が大きい。これに対し、赤色光は、製麹工程前半に照射する方が製麹工程後半よりも、全般的に大きい効果を得られる。但し、ACP活性は、製麹の引込みから盛りまでの工程前半で増加し、盛りから出麹までの工程後半で大きく低下する傾向がある。従って、特に赤色光を製麹工程の後半に照射することにより、GA/ACP値の大きい麹を効率的に得ることができる。
【0026】
前記可視光は、製麹の引込みから出麹までの工程全体に亘って照射することもできる。しかしながら、可視光の照射を上述したように製麹工程の盛り以降に行うと、麹の品質に及ぼす効果と消費電力の低減とのバランスを考慮して、より効率的である。また、本実施例において、前記可視光の照射は連続的に行うが、断続的に行うこともできる。
【0027】
前記可視光の光源には、発光ダイオード(LED)を使用することが好ましい。LEDは、蛍光灯や電球等の他の光源と比較して、発熱量が非常に少ないので、光を蒸米に影ができないように近接させて均一に照射可能であり、品温の制御もより簡単かつ効率的になる。また、消費電力が低くかつ長寿命であるので、低コストで経済性が高いという利点を有する。
【0028】
また、本発明の製麹方法は、上述した人手による蓋麹法、箱麹法、床麹法だけでなく、全自動式又は半自動式の装置を用いた機械製麹法においても、同様に適用することができる。この場合、製麹機内に装着したLEDは、製麹工程の進行に対応して、品温の制御と同様に光照射を自動制御する。
【0029】
本発明によれば、このようにして得られたGA/ACP値の高い麹を用いて、常法に従い、清酒を醸造する。即ち、前記蒸米、麹、水に酵母等を加えて酒母を製造し、この酒母に前記蒸米、麹、水を加えて醪を製造する。この醪をアルコール発酵させ、上槽することにより、所望の清酒が製造される。
【0030】
本発明は、上記実施例に限定されるものでなく、その技術的範囲内で様々な変形又は変更を加えて実施することができる。例えば、同系色及び異系色の場合を含めて、異なる波長又は波長範囲の光を同時に又は時期をずらして照射することができる。また、本発明の製麹方法は、清酒以外の酒類や、味噌、醤油等の発酵食品に使用する麹の製造にも、同様に適用することができる。
【実施例】
【0031】
図1に関連して上述した本発明の製麹方法を用いて麹を製造し、光照射が麹の品質に及ぼす影響を試験した。白米(五百万石、精米歩合70%)を15℃、1時間浸漬した後、50分間蒸きょうした。できた白米換算200gの蒸米に52mgの種麹(黄麹菌)を撒布し、直径18cmのシャーレを用いて恒温恒湿槽内で44時間製麹した。本製麹工程での温度設定は、31.5℃で引込み、20時間後に34.5℃として、切返しと盛りを行い、22時間後に35℃、25時間後に37℃、27時間後に最高温度39℃とし、44時間後に出麹とした。
【0032】
製麹中の光照射は、前記恒温恒湿槽の室内を半分に仕切って、その一方に光源を前記蒸米の表面から20cmの高さに配置して、可視光を上から照射するように行った。もう一方の室内は、対照として可視光を前記蒸米に照射しなかった。照射光には、青色光(ピーク波長470nm)、緑色光(ピーク波長540nm)、及び赤色光(ピーク波長620nm)を用いた。尚、光源には、LED(エクセルライト(商品名)、有限会社エクセルキョート製)を用いた。このLEDは、従来よりも発熱量が少ないことに加え、光がより均一に拡散するので照射むらが少ないという特徴を有する。
【0033】
上述したように本発明の方法により光照射して製造した麹と、光照射しなかった対照の麹とについて、麹水分、酵素活性、菌体量及び色彩の測定、並びに褐変試験を以下の要領で行った。
【0034】
1)麹水分の測定
出麹後の麹水分を、赤外線水分計(FD−600、株式会社ケット科学研究所)を用いて測定した。
【0035】
2)酵素活性の測定
GA、AA、ACP、AP各酵素の抽出は、国税庁所定分析法(注解編集委員会編 第四回改正 国税庁所定分析法注解)に準じ、麹10gに0.5%NaClを含む0.01M酢酸緩衝液(pH5.0)50mlを用いて20℃、3時間行った。GA、AA、ACPの活性測定には、No.5Aの濾紙で濾過したものを用いた。AP活性の測定には、濾液10mlをセルロースチューブに入れ、0.01M酢酸緩衝液(pH5.0)に対して4℃で一晩透析したものを用いた。GA、AA及びACP活性の測定には、キッコーマン株式会社製の醸造分析用酵素活性測定キットを使用した。AP活性は、国税庁所定分析法に従って分析した。
【0036】
3)菌体量の測定
本試験で製造した麹及びこの麹に使用した蒸米をアセトンで脱水した後、デシケータ内で吸引乾燥させたものを検体とした。検体1gに0.5N過塩素酸40mlを加え、沸騰水中で15分加熱した後、氷水中で急冷してからNo.5Cの濾紙で濾過し、260nmの吸光度を測定した。麹と蒸米との吸光度の差を菌体量の指標とした。
【0037】
4)麹の褐変試験
麹を0.02M酢酸緩衝液(pH4.0)に浸漬して4℃、2日間お居た後濾過し、濾紙上の麹に0.04Mリン酸緩衝液(pH7.6)をかけ、室温で更に1日間放置した後、色相を観察した。
【0038】
5)麹の色彩
本試験で製造した麹を直径5cmのセルに詰め、色彩色差計(ミノルタ社)を用いて麹の色彩を測定した。測定表示はL表示で行った。
【0039】
(照射光の波長が麹に及ぼす影響)
上記1〜3の測定及び上記4の試験の結果に基づいて、照射光の波長が麹に及ぼす影響を検討した。上述したように製麹中に青色光、緑色光及び赤色光をそれぞれ照射した麹を、光を照射していない対照と比較した結果を、次の表1に示す。尚、同表中の各測定値は、対照を100としたときの値を示している。また、褐変試験の結果は、対照よりも着色の程度が小さい場合を−で、大きい場合を+でそれぞれ示した。
【0040】
【表1】

【0041】
1.麹水分
本発明に従って光を照射した麹は、対照と比較して、全て麹水分が有意に低下した。特に、青色光を照射した麹が最も小さく、次いで赤色、緑色の順で低下した。
【0042】
2.酵素活性
各酵素活性において、本発明に従って光を照射した麹は、対照と比較して全般に低下した。青色光を照射した麹は、GA、AA、ACP及びAP全てにおいて、活性が対照の10%〜20%程度減少しており、有意な差がみられた。緑色光を照射した麹は、活性阻害率が10%〜15%であり、青色光よりやや小さいが、GA、AA及びACPの各活性において有意な差がみられた。
【0043】
赤色光を照射した麹は、活性阻害率が更に小さくなり、AAとACPとには有意な差がみられたが、GAとAPとには顕著な差がみられなかった。特に、赤色光の照射によるACPの低下は大きく、対照より10%以上低下した。GAがそれ程低下しないのに対し、ACPが大きく低下したことから、赤色光の照射によって、清酒醸造に適した麹を製造できると考えられる。この結果は、麹の酵素活性が光照射によって抑制され、その抑制効果が青色光、緑色光、赤色光の順に波長が短いほど顕著であることを示唆している。
【0044】
3.菌体量
菌体量は、全ての光照射において有意に減少した。菌体量の減少は、対照と比較して、青色光で約20%、緑色光で約15%、赤色光で約10%であった。この順で菌体量が減少する傾向は、上述した酵素活性の結果と一致していることから、光の照射により菌体量が減少した結果、酵素活性が減少したと考えられる。尚、麹菌体は、後の清酒醸造工程で醪中で消化され、その際にアミノ酸、ペプチド、核酸などが漏出するので、清酒の雑味や異常着色の要因となり得る。赤色光を照射した麹は、上述したようにGA活性が低下せずかつACP活性が低下したことと、菌体量が低下したこととを併せて考えると、清酒製造に適した麹になると考えられる。
【0045】
4.褐変試験
麹菌を蒸米に繁殖させたときに生成されるチロシナーゼが黒粕の原因となることから、チロシナーゼ活性を調べるために前記褐変試験を行った。その結果、青色光及び緑色光を照射した各麹は、いずれも対照と比べて着色の程度が小さかった。赤色光は、チロシナーゼ活性に影響を与えなかった。青色光又は緑色光を照射した麹は、チロシナーゼも他の酵素と同様に、活性が阻害されたと考えられる。
【0046】
5.麹の色彩
麹の色は、官能評価のために重要な要因で、破精の程度を知る目安とされている。麹の色彩の測定結果を、L表示で次の表2に示す。同表において、色度Lは、値が大きいほど明るさが大きいことを示し、色度aは、値が大きいほど赤く、小さいほど緑色に着色していることを示し、色度bは、値が大きいほど黄色く、小さいほど青く着色していることを示す。
【0047】
【表2】

【0048】
表2の結果から、麹の色は、全般的に光の照射により白っぽくなり、黄色味が少なくなったことが分かる。光照射が黄色味に及ぼした影響は、青色光、緑色光、赤色光の順に小さくなった。この傾向は、上述した菌体量の減少と相関があることから、照射される光の色又は波長による麹菌の生育や胞子着生の差異が影響していると考えられる。
【0049】
(光照射の時期が麹に及ぼす影響)
製麹工程における光照射の時期が製麹に及ぼす影響を検討した。光照射の時期を、引込みから盛りまでの工程前半と、盛りから出麹までの工程後半と、引込みから出麹までの工程全体との3つに場合分けし、それぞれの時期で青色光又は赤色光を照射して製麹を行った。対照は、終始暗所で製麹を行った。その結果を次の表3に示す。尚、同表中の各測定値は、対照を100としたときの値を示している。
【0050】
【表3】

【0051】
この結果から、光照射時期は、製麹工程の前半又は後半のいずれか一方でなく、工程全体に亘って設定する方が、麹水分、酵素活性及び菌体量が抑制され、光照射は、製麹工程全体を通して麹に影響していることが分かった。青色光は、製麹工程の前半よりも後半に照射した方が麹水分、各酵素活性、菌体量のいずれについても抑制効果が高い。従って、青色光照射の影響は、製麹工程後半が前半よりも大きいと考えられる。これに対し、赤色光の影響は、全般的に製麹工程の後半よりも前半に照射した方が大きく、ACP活性だけは、工程前半の照射で増加し、工程後半の照射で大きく低下していた。この結果から、赤色光を特に製麹工程の後半に照射することによって、GA/ACP値の大きい麹を得られることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明による製麹方法の好適な実施例を工程順に示すフロー図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸米に種麹を撒布する床もみから、でき上がった麹を麹室から出す出麹までの製麹工程において、前記蒸米に所定の可視光を照射することを特徴とする製麹方法。
【請求項2】
前記所定の可視光が赤色光であることを特徴とする請求項1記載の製麹方法。
【請求項3】
前記赤色光を盛り以降の製麹工程において蒸米に照射することを特徴とする請求項2記載の製麹方法。
【請求項4】
LEDを用いて前記所定の可視光を照射することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか記載の製麹方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか記載の製麹方法により製造した麹を用いることを特徴とする清酒の醸造方法。

【図1】
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