説明

複合めっき材の製造方法

【課題】従来公知の銀−炭素粒子複合めっき製造技術を用いて製造する場合よりも高い生産効率で、耐摩耗性の高い複合めっき皮膜を備えた複合めっき材を製造することを可能にする。
【解決手段】複合めっき材を製造する際に、酸化処理を行った塊状の炭素粒子と、銀マトリクス配向調整剤を添加した銀めっき液を使用して、銀層中に炭素粒子を含有する複合材からなる皮膜を被めっき材上に形成する。また、前記銀マトリクス配向調整剤がセレンイオンを含むようにする。特に、前記銀マトリクス配向調整剤としてセレノシアン酸カリウムを用いる。また、前記銀マトリクス配向調整剤の濃度がセレンに換算して5〜20mg/Lに設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合めっき材の製造方法に関し、特にスイッチやコネクタなどの接点や端子部品などの材料として使用される銀めっき材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、スイッチやコネクタ等の接点や端子部品等の材料として、導体素材に銀めっきを施した銀めっき材が使用されている。これは、これらの接点や端子部品等が摺動過程で加熱して銅や銅合金等の導体素材を酸化してしまうことを防止するためである。
【0003】
しかし、銀めっきは軟質で摩耗し易く、摩擦係数が高いという問題がある。特許文献1では、この問題を解決するため、電気めっきにより被めっき材としての導体素材上に施す皮膜を、銀マトリクス中に黒鉛粒子を分散させた複合材の皮膜にすることで耐摩耗性を向上させることが提案されている。また、特許文献2では、このような黒鉛粒子を含む銀めっき皮膜の適用に適しためっき浴として、炭素粒子の分散に適した湿潤剤を使用しためっき浴が提案されている。さらに、特許文献3では、ゾル−ゲル法によって炭素粒子に金属酸化物をコーティングし、銀めっき液中への黒鉛粒子の分散性を高めることで、めっき皮膜中への黒鉛粒子の複合化量を多くする技術が提案されている。特許文献4、5では、炭素粒子を酸化処理してから銀めっき液に添加することにより、分散剤などの添加物を使用することなく、且つ炭素粒子の表面をコーティングすることなく、炭素粒子を良好に分散させた銀めっき液を使用した技術が提案されている。
【0004】
上記特許文献1〜5の複合めっき技術で用いられる黒鉛粒子は、一般に「平たい鱗片状」と呼ばれる形状をしており、被めっき材上の複合めっき皮膜中では、めっき皮膜と平行に折り重なった状態で分散している。
【特許文献1】特開平9−7445号公報
【特許文献2】特表平5−505853号公報
【特許文献3】特開平3−253598号公報
【特許文献4】特願2005−195678号
【特許文献5】特願2005−284303号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記の特許文献1〜5の複合めっき技術により得られる銀−黒鉛粒子複合めっき皮膜では、この複合めっき皮膜の耐熱摩耗を向上させるC(炭素粒子)の含有量(以下、C含有量と呼ぶ)を確保しながら生産性を向上させることが非常に難しい。即ち、生産性を上げるために複合めっき処理において電気めっきを行う際の電流密度を上昇させると複合めっき皮膜中のC含有量が減少し、複合めっき皮膜の耐摩耗性が低下してしまう。そのため、スイッチやコネクタの高耐久化に対応することが可能である高い耐摩耗性の複合めっき皮膜を備えた複合めっき材を、従来よりも高い生産効率で製造可能な複合めっき材の製造方法の開発が望まれていた。
【0006】
本発明は、このような従来の問題点を鑑み、従来公知の銀−炭素粒子複合めっき製造技術を用いて製造する場合よりも高い生産効率で、耐摩耗性の高い複合めっき皮膜を備えた複合めっき材を製造可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決する為に鋭意研究した結果、従来公知のめっき材製造技術において摺動材料として使われる鱗片状の黒鉛とは形状が異なる塊状の黒鉛を使用することによって、高い耐摩耗性の銀−炭素粒子複合めっき皮膜を備えた複合めっき材を製造する際の生産性を著しく向上させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は、かかる知見に基づいてなされたものである。即ち、本発明によれば、酸化処理を行った塊状の炭素粒子と、銀マトリクス配向調整剤を添加した銀めっき液を使用して、銀層中に炭素粒子を含有する複合材からなる皮膜を被めっき材上に形成することを特徴とする、複合めっき材の製造方法が提供される。
【0009】
上記複合めっき材の製造方法において、前記銀マトリクス配向調整剤がセレンイオンを含んでいてもよい。
【0010】
上記複合めっき材の製造方法において、前記銀マトリクス配向調整剤がセレノシアン酸カリウムであってもよい。
【0011】
上記複合めっき材の製造方法において、前記銀マトリクス配向調整剤の濃度がセレンに換算して5〜20mg/Lであってもよい。
【0012】
上記複合めっき材の製造方法において、前記銀めっき液を用いて電流密度4A/dm以上の電気めっきを行うことによって、前記皮膜が形成されていてもよい。
【0013】
上記複合めっき材の製造方法において、前記被めっき材上に形成された皮膜中の炭素粒子の含有量が0.6〜2.0質量%であってもよい。
【0014】
上記複合めっき材の製造方法において、前記被めっき材上に形成された皮膜表面における炭素粒子の面積占有率が5〜19面積%であってもよい。
【0015】
上記複合めっき材の製造方法において、前記被めっき材上に形成された皮膜の厚さが2〜10μmであってもよい。
【0016】
また、本発明によれば、銀層中に塊状の炭素粒子を含有する複合材からなる皮膜が被めっき材に形成された構成を有し、前記銀層の銀マトリクスが220配向に構成されていることを特徴とする、複合めっき材が提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、複合めっき材を製造する際に、被めっき材上に形成される複合めっき皮膜の耐摩耗性を高く維持したまま、電気めっき処理を行う際の電流密度を高くして生産性を向上させることができる。このようにして製造された複合めっき材は、例えばスイッチやコネクタなどの端子の高寿命化に十分に対応可能な材料として、使用することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について説明をする。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0019】
図2は、本発明の実施の形態に係る製造方法の手順の一例を示すフロー図である。以下では、図2を用いて本発明の製造方法により、複合めっき材を製造する手順を説明する。
【0020】
(ステップ0)
複合めっき材の製造を開始する。
【0021】
(ステップ1)
塊状炭素粒子としての塊状黒鉛粒子を酸化処理する。なお、一般的な黒鉛の分類は図1のようになっている。この酸化処理により塊状黒鉛粒子の表面から脂肪酸炭化水素(アルカン、アルケン)及び芳香族炭化水素(アルキルベンゼン)等の親油性有機物を除去する。
【0022】
塊状黒鉛粒子の酸化処理としては、例えばOガス等による乾式酸化処理方法又は湿式酸化処理方法を用いることができる。なお、乾式及び湿式の酸化処理方法以外の酸化処理方法を用いてもよい。好ましくは、表面積の大きい炭素粒子を均一に処理できると考えられる湿式酸化処理を用いて酸化処理を行う。
【0023】
本実施の形態で用いる湿式酸化方法について説明する。まず、原料である塊状の炭素粒子を水中に懸濁させた後に、酸化剤を適量添加する。添加する酸化剤としては、例えば硝酸、過酸化水素、過マンガン酸カリウム、過硫酸カリウム又は過塩素酸ナトリウム等を用いることができる。添加された酸化剤により、炭素粒子に付着している親油性有機物が酸化されて水に溶けやすい形態になるために、これらの親油性有機物が炭素粒子表面から適宜除去されると考えられる。なお、酸化剤を用いて懸濁液内での除去を行った後に、この懸濁液を濾過して取出した炭素粒子を水洗することで、炭素粒子の表面からの親油性有機物の除去効果をさらに高めることができる。
【0024】
上述したように酸化処理を行った後の炭素粒子は、300℃に加熱した際に発生するガスに、アルカン、アルケンなどの親油性脂肪族炭化水素、及びアルキルベンゼン等の親油性芳香族炭化水素が含まれないことを特徴とする。炭素粒子を300℃に加熱した際に発生するガスを分析する際には、例えば、パージアンドトラップ・ガスクロマトグラフ質量分析装置(日本分析工業JHS−100、島津 GCMAS QP‐5050A)を使用することができる。
【0025】
なお、酸化処理後の炭素粒子に脂肪族炭化水素及び芳香族炭化水素が若干含まれている場合であっても、後述するステップ2の手順にて炭素粒子を複合めっき液に分散させる際に問題なく分散させることができるが、より適切に分散させるために、分子量160以上の上記炭化水素(脂肪族炭化水素及び芳香族炭化水素)が含まれていないようにするのが好ましい。さらに、酸化処理後の炭素粒子を300℃以上に加熱した際に発生するガスのガス強度(パージアンドトラップ・ガスクロマトグラフ質量分析強度)が、分子量160未満の上記炭化水素(脂肪族炭化水素及び芳香族炭化水素)について5、000、000以下になっているのが好ましい。
【0026】
上記酸化処理によって、炭素粒子が含有する脂肪酸炭化水素及び芳香族炭化水素の含有量を所定以下にすることによって、後述するステップ2の手順にて、界面活性剤を添加することなく、炭素粒子を複合めっき液中に均一に分散させることができる。これに対して、酸化処理後の炭素粒子に分子量の大きな炭化水素が含まれている場合には、炭素粒子の表面が親油性の強い炭化水素で被覆されて複合めっき溶液中の炭素粒子が互いに凝集し、炭素粒子がめっき皮膜中に複合化されなくなってしまう恐れがある。
【0027】
(ステップ2)
酸化処理した塊状黒鉛粒子を複合めっき液としての銀めっき液に分散懸濁させる。複合めっき液としてはシアン銀めっき液を使用することが好ましく、特に、シアン銀カリウム及びシアン化カリウムからなるシアン系銀めっき液であることが好ましい。また、複合めっき液中での炭素粒子の濃度は40〜120g/Lであることが望ましい。これは、炭素粒子の濃度が40g/L未満である場合には、炭素粒子の複合化量が著しく低下してしまい、また、炭素粒子の濃度が120g/Lを超える場合には、複合めっき液の粘度が増加し、撹拌が困難になってしまうからである。
【0028】
(ステップ3)
塊状黒鉛粒子を分散させた銀めっき液中に、銀マトリクス配向調整剤を添加する。本実施の形態では、銀マトリクス配向調整剤としてSe(セレン)イオンを含む調整剤を添加する。銀マトリクス配向方向はSe(セレン)イオン濃度によって著しく変化するため、セレンイオンの添加濃度は5〜20mg/Lであるのが望ましい。銀マトリックス配向調整剤を銀めっき液に添加すると、従来では111面に配向しているAgマトリクスの配向方向を変化させ、220面にすることができる。めっき皮膜は微細な結晶粒子からなり、その結晶粒子の成長方向によってその特性が大きく変化すると考えられ、複合化される炭素粒子の結晶方位と銀めっきマトリクスの結晶粒子の配向が最適な場合に、摩擦や摺動にともなう銀マトリクスの変形が容易になり、炭素粒子の潤滑性とあいまって、耐摩耗性が向上すると考えられる。
【0029】
(ステップ4)
銀めっき液を用いた電気めっきにより、被めっき材としての導体素材上に複合めっき皮膜を形成する。なお、電気めっきを行う際の電流密度の大きさを4A/dm以上にすると、生産効率を非常に向上させることができて好ましい。本実施の形態では、被めっき材として、例えば厚さ0.8mmの銅板を用いている。また、この被めっき材には、めっき皮膜の密着性を向上させることを目的として、電気めっきを行う前に予め下地めっきを施しておいてもよい。下地めっきは、例えばAgストライクめっきであってよい。
【0030】
(ステップ5)
上記ステップ0〜ステップ1の手順により、被めっき材上に複合めっき皮膜が形成され、複合めっき材の製造が終了する。
【0031】
なお、本実施の形態で製造された複合めっき材では、銀層中に0.7〜2.0質量%の炭素粒子を含有する複合材が、複合めっき皮膜として被めっき材である導体素材の表面上に形成されている。また、複合めっき皮膜の表面における炭素粒子の面積占有率が5〜18面積%になっている。なお、複合めっき皮膜の厚さは、2〜10μmにするのが好ましい。これは、複合めっき皮膜の厚さが2μm未満である場合には、耐摩耗性が不十分であり、複合めっき皮膜の厚さが10μmを越える場合には、生産効率が悪くなってしまうからである。
【0032】
以上の実施形態によれば、銀マトリクス配向調整剤を添加した、複合めっき液としての銀めっき液中に摺動材として分散させる炭素粒子を塊状とすることによって、電気めっきにより被めっき材上に複合めっき皮膜を形成する際に電流密度の大きさを上昇させて生産効率を向上させても、高い耐摩耗性の複合めっき皮膜を備えた複合めっき材を製造することが可能になる。特に、電気めっきの際の電流密度の大きさを従来よりも大きい値である4A/dm以上にした場合に、従来よりも高い耐摩耗性の複合めっき皮膜を備えた複合めっき材を製造することができる。また、銀マトリクス配向調整剤がセレンイオンを含むことにより、Agマトリクスを耐摩耗性材料により適した220配向にする効果がある。
【0033】
さらに、銀層中に0.6〜2.0質量%の炭素粒子を含有する複合材を、被めっき材である導体素材の表面上に複合めっき皮膜として形成したことによって、耐摩耗性向上の効果がある。めっき膜中の炭素粒子は質量%で0.7%、表面被覆率で5%未満となる場合耐摩耗性が低下すると考えられる。
【0034】
さらに、製造する複合めっき材の複合めっき皮膜の厚さを2〜10μmにしたことによって、複合めっき皮膜の耐摩耗性は充分に高く、且つ適度な厚さであるためにその生産効率を低下させる恐れがない。
【0035】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は係る例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0036】
上述した実施形態では、銀マトリクス配向調整剤としてKSeCN(セレノシアン酸カリウム)を用いる場合について説明したが、銀マトリクス配向調整剤としてはKSeCN(セレノシアン酸カリウム)以外の材料を用いてもよい。
【0037】
上述した実施形態では、被めっき材としての導体素材が厚さ0.8mmの銅板である場合について説明したが、被めっき材は、その他の材料であってもよい。また、電気めっきを行う前に被めっき材に予め施す下地めっきがAgストライクめっきである場合について説明したが、Agストライクめっき以外の下地めっきを用いてもよい。さらに、被めっき材に下地めっきを施さないで電気めっきを行ってもよい。
【実施例】
【0038】
本発明を、実施例と比較例を用いて説明する。
【0039】
以下の表1において、実施例1〜7の各データは本発明の製造方法を用いて製造した複合めっき材の各特性を示し、比較例1〜8の各データは従来公知の製造方法を用いて製造した複合めっき材の各特性を示している。
【0040】
【表1】

【0041】
上記表1に示す各データの特性は、以下のようにして測定した。
【0042】
<複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量>
被めっき材上に形成された複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量(質量%)は、以下のようにして測定した。製造した複合めっき材(被めっき材を含む)から試験片を切り出し、銀及び炭素の分析用にそれぞれ用意する。この試験片中の銀の含有量(X:質量)を、ICP装置(ジャーレルアッシュ社製のIRIS/AR)を用いてプラズマ分光分析法によって求めた。さらに、試験片中の炭素の含有量(Y:質量)を、微量炭素・硫黄分析装置(堀場製作所製のEMIA−U510)を用いて燃焼赤外線吸収法によって求めた。得られたX及びYの値から複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量(質量%)をY/(X+Y)として算出した。
【0043】
<複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率>
被めっき材上に形成された複合めっき皮膜の表面における炭素粒子の面積占有率(面積%)は、以下のようにして、製造した複合めっき材から切り出した試験片の表面観察することにより求めた。試験片の表面を超深度形状顕微鏡(キーエンス社製のVK−8500)により対物レンズ倍率100倍で超深度画像として撮影し、この画像をPC上で画像解析アプリケーション(SCION CORPORATION社製のSCION IMAGE)により解析する。具体的には、撮影した画像を白黒で取り込み、階調を二値化することにより銀部分と炭素粒子部分に分離した。画像全体のピクセル数(即ち、銀部分のピクセル数と炭素粒子部分のピクセル数とを合計したピクセル数)をA、炭素粒子部分のピクセル数をBとして各々算出する。得られたA及びBの値から複合めっき皮膜の表面における炭素粒子の面積占有率(面積%)をB/Aとして算出した。
【0044】
<耐摩耗性>
被めっき材上に形成された複合めっき皮膜の耐摩耗性は、図3に示すように、本発明又は従来公知の製造方法により製造した2つの複合めっき材10、11を用いて測定した。これら2つの複合めっき材10、11のうちの一方(10)を評価資料として固定し、他方(11)をこの評価資料10に一定の荷重で押当てた状態で図3の両矢印12で示す摺動方向に所定の摺動距離を往復移動させ、両者(10、11)を継続的に摺動させた。この摺動によって評価資料である複合めっき材10の被めっき材が露出した摺動回数(万回)を測定し、その測定値を耐摩耗性とした。図3に示すように、圧子10には、曲率半径がR3mmである湾曲部がインデント加工により形成されており、この湾曲部を評価資料10と摺動させるようになっている。なお、圧子11を評価資料10に押当てる際の荷重を0.5Nとした。また、圧子10を往復移動させる際の摺動距離を10mm、摺動速度2.5Hzとした。
【0045】
次に、上記表1に示す各データ(実施例1〜7及び比較例1〜8)について、複合めっき材を製造した際の各条件について説明する。
【0046】
[実施例1]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子としては、平均粒径3μmの塊状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSGL−3)を用いた。また、酸化剤としては過硫酸カリウムを用いた。この炭素粒子を3Lの純水に混合し、炭素粒子が純水の6質量%になるようにした。なお、炭素粒子が純水の1〜20質量%の範囲になるようにするのが望ましい。この混合溶液を攪拌しながら昇温した。この場合には、酸化剤として過硫酸カリウムを用いているため、混合溶液の温度を50℃に設定した。その後、0.1mol/Lの過硫酸カリウム水溶液1.2Lを徐々に滴下し、滴下後2時間の間、攪拌を維持した。2時間経過後、ろ紙によりろ別を行い、分離した炭素粒子の水洗を行った。
【0047】
上記の酸化処理の操作によって、炭素粒子に付着していたノナン、デカン、3−メチル−2−ヘプテン等の親油性脂肪族炭化水素及び、キシレン等の親油性芳香族炭化水素が除去され、水分散性の良い炭素粒子が得られた。この炭素粒子に付着していた親油性脂肪族炭化水素及び、親油性芳香族炭化水素の分析については、300℃に加熱し発生したガスの分析を行った。分析には、パージアンドトラップ・ガスクロマトグラフ質量分析装置:日本分析工業JHS−100、島津 GCMAS
QP−5050Aを使用した。
【0048】
上述したように酸化処理した炭素粒子を、シアン銀カリウムが280g/L、シアン化カリウムが90g/Lからなり、銀/遊離シアンモル比が1.01であるシアン銀めっき液中に80g/Lとなるように分散懸濁させた。次に銀マトリクス配向調整剤としてのKSeCNを、Seイオンに換算して12mg/L添加し、銀−炭素粒子複合めっき液を作成した。
【0049】
被めっき材としては、厚さ0.8mmの銅板を用いた。尚、めっき膜の密着性を向上させるため、下地めっきとして、Agストライクめっきを予め行った。この際のAgストライクめっき浴の組成は、シアン銀カリウムを3g/L、シアン化カリウムを100g/Lとした。ストライクめっきは、温度を25℃、電流密度を3A/dmに設定して実施した。前述の銀−炭素粒子複合めっき液を用い、前述の前処理を行った銅板に対して、温度を25℃、電流密度を6A/dmに設定して電気めっきを行い、銀−炭素粒子複合めっき材を作成した。作成した複合めっき材の複合めっき皮膜の膜厚は5μmとした。
【0050】
複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、1.8質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、15面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数については、50万回以上の摺動回数を超えても評価試料の複合めっき材は露出しなかった。
【0051】
[実施例2]
電気めっきを行う際に電流密度を9A/dmに設定して電気めっきを行ったこと以外は、実施例1と同じ条件及び手順で複合めっき材を製造した。なお、膜厚は実施例1と同様に5μmとした。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、1.7質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、13面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数については、50万回以上の摺動回数を超えても評価資料の複合めっき材は露出しなかった。
【0052】
[実施例3]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径5μmの塊状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSGL−5)を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件及び手順で、複合めっき材を製造した。なお、膜厚は実施例1と同様に5μmとした。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、1.3質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、9面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数については、50万回以上の摺動回数を超えても評価資料の複合めっき材は露出しなかった。
【0053】
[実施例4]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径5μmの塊状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSGL−5)を用いたことと、電気めっきを行う際に電流密度を9A/dmに設定して電気めっきを行ったこと以外は、実施例1と同じ条件及び手順で複合めっき材を製造した。なお、膜厚は実施例1と同様に5μmとした。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、1.2質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、9面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数は、50万回以上であった。
【0054】
[実施例5]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径12μmの塊状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSGL−12)を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件及び手順で複合めっき材を製造した。なお、膜厚は実施例1と同様に5μmとした。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、0.8質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、6面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数は、50万回以上であった。
【0055】
[実施例6]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径12μmの塊状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSGL−12)を用いたことと、電気めっきを行う際に電流密度を9A/dmに設定して電気めっきを行ったこと以外は、実施例1と同じ条件及び手順で複合めっき材を製造した。なお、膜厚は実施例1と同様に5μmとした。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、0.7質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、5面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数は、50万回以上であった。
【0056】
[実施例7]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径5μmの塊状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSGL−5)を用いたことと、膜厚を3μmとしたこと以外は、実施例1と同じ条件及び手順で複合めっき材を製造した。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、0.6質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、6面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数は、50万回以上であった。
【0057】
[比較例1]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径5μmの鱗片状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSNO−5)を用いて実施例1と概ね同様の条件及び手順で複合めっき材を製造した。但し、酸化処理した炭素粒子を銀めっき液に分散懸濁させる際には、シアン銀カリウムが100g/L、シアン化カリウムが120g/Lからなり、銀/遊離シアンモル比が0.27であるシアン銀めっき液中に80g/Lとなるように分散懸濁させた。その後、銀マトリクス配向調整剤としてのKSeCNを、Seイオンに換算して4mg/L添加し、銀−炭素粒子複合めっき液を作成した。また、電気めっきを行う際に電流密度を3A/dmに設定して電気めっきを行った。
【0058】
複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、1.7質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、22面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数については、48万回程度であった。
【0059】
[比較例2]
電気めっきを行う際に電流密度を6A/dmに設定して電気めっきを行ったこと以外は、比較例1と同じ条件及び手順で、複合めっき材を製造した。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、1.1質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、19面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数は、13万回程度であった。
【0060】
[比較例3]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径5μmの鱗片状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSNO−5)を用いたことと、電気めっきを行う際に電流密度を3A/dmに設定して電気めっきを行ったこと以外は、実施例1と同じ条件及び手順で、複合めっき材を製造した。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、2.5質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、34面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数は、50万回以上であった。
【0061】
[比較例4]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径5μmの鱗片状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSNO−5)を用いたこと以外は、実施例1と概ね同様の条件及び手順で複合めっき材を製造した。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、1.5質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、25面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数については、9万回程度であった。
【0062】
[比較例5]
電気めっきを行う際に電流密度を3A/dmに設定して電気めっきを行ったこと以外は、実施例1と同じ条件及び手順で、複合めっき材を製造した。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、1.6質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、16面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数は、28万回程度であった。
[比較例6]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径5μmの塊状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSGL−5)を用いたことと、電気めっきを行う際に電流密度を3A/dmに設定して電気めっきを行ったこと以外は、実施例1と同じ条件及び手順で複合めっき材を製造した。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、1.1質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、18面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数は、15万回程度であった。
【0063】
[比較例7]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径12μmの塊状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSGL−12)を用いたことと、電気めっきを行う際に電流密度を3A/dmに設定して電気めっきを行ったこと以外は、実施例1と同じ条件及び手順で複合めっき材を製造した。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、0.6質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、19面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数は、6万回程度であった。
【0064】
[比較例8]
複合めっき皮膜に用いる炭素粒子として平均粒径5μmの塊状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSGL−5)を用いて比較例1と概ね同様の条件及び手順で複合めっき材を製造した。但し、銀マトリクス配向調整剤としてのKSeCNを添加せず、銀−炭素粒子複合めっき液を作成した。また、電気めっきを行う際に電流密度を6A/dmに設定して電気めっきを行った。複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量は、0.0質量%であった。また、複合めっき皮膜表面における炭素粒子の面積占有率は、5面積%であった。さらに、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数は、1万回程度であった。
【0065】
上記表1の比較例1〜8のデータが示すように、従来公知の複合めっき製造技術を用いて複合めっき材を製造する際に、電気めっきする際の電流密度を3A/dmから例えば6A/dmに上昇させ、複合めっき材の生産効率を向上させると、製造される複合めっき材の耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数はいずれも非常に低下し、製造される複合めっき材の耐摩耗性が低下してしまっている。これに対して、上記表1の実施例1〜7のデータが示すように本発明の製造方法を用いて複合めっき材を製造した場合には、電気めっきする際の電流密度を3A/dmから例えば6A/dm又は9A/dmに上昇させ、複合めっき材の生産効率を向上させた場合において、耐摩耗性を示す(露出までの)摺動回数が50万回以上であり、耐摩耗性が非常に優れた複合めっき材を製造することができている。即ち、本発明によれば、複合めっき材を製造する際に、被めっき材上に形成される複合めっき皮膜の耐摩耗性を高く維持したまま、電気めっき処理を行う際の電流密度を高くして生産性を向上させることができていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、例えばスイッチやコネクタなどの接点や端子部品などの材料として使用される銀めっき材に特に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】一般的な黒鉛の分類を示した説明図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る製造方法の手順の一例を示すフロー図である。
【図3】実施例及び比較例にて、被めっき材上に形成された複合めっき皮膜の耐摩耗性を測定する際の説明図である。
【符号の説明】
【0068】
10 評価試料としての複合めっき材
11 圧子としての複合めっき材
12 摺動方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化処理を行った塊状の炭素粒子と、銀マトリクス配向調整剤を添加した銀めっき液を使用して、銀層中に炭素粒子を含有する複合材からなる皮膜を被めっき材上に形成することを特徴とする、複合めっき材の製造方法。
【請求項2】
前記銀マトリクス配向調整剤がセレンイオンを含むことを特徴とする、請求項1に記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項3】
前記銀マトリクス配向調整剤がセレノシアン酸カリウムであることを特徴とする、請求項2に記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項4】
前記銀マトリクス配向調整剤の濃度がセレンに換算して5〜20mg/Lであることを特徴とする、請求項2又は3に記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項5】
前記銀めっき液を用いて電流密度4A/dm以上の電気めっきを行うことによって、前記皮膜が形成されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項6】
前記被めっき材上に形成された皮膜中の炭素粒子の含有量が0.6〜2.0質量%であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項7】
前記被めっき材上に形成された皮膜表面における炭素粒子の面積占有率が5〜19面積%であることを特徴とする、請求項1〜6に記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項8】
前記被めっき材上に形成された皮膜の厚さが2〜10μmであることを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項9】
銀層中に塊状の炭素粒子を含有する複合材からなる皮膜が被めっき材に形成された構成を有し、前記銀層の銀マトリクスが220配向に構成されていることを特徴とする、複合めっき材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−127641(P2008−127641A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−315036(P2006−315036)
【出願日】平成18年11月22日(2006.11.22)
【出願人】(506365131)DOWAメタルテック株式会社 (109)
【Fターム(参考)】