説明

複合クロムめっき皮膜並びにその皮膜を有する摺動部材及びその製造方法

網目状の微小亀裂内に硬質粒子を含有する複合クロムめっき皮膜において、上記微小亀裂の表面占有率は10〜20面積%であり、上記微小亀裂の分布密度は1,200〜2,500本/cmであり、かつ上記硬質粒子の含有量は上記皮膜全体を100質量%として1〜15質量%である複合クロムめっき皮膜。この複合クロムめっき皮膜は、耐摩耗性及び耐焼き付き性に優れ、かつ相手材攻撃性が小さい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、綱目状の微小亀裂内に硬質粒子を含有する複合クロムめっき皮膜、並びにその皮膜により被覆された摺動部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年内燃機関に対する高出力化及び高燃費化の要望に応じて、ピストンリングのシリンダライナに対する耐焼き付き性及び耐摩耗性の向上が強く求められている。このような要求に応えるため、ピストンリングにはクロムめっき皮膜が形成されている。しかし従来のクロムめっき皮膜を形成したピストンリングを、ディーゼルエンジンや有鉛ガソリンエンジンのように熱負荷が大きく、摩耗の激しいエンジンに使用しても、十分な耐焼き付き性及び耐摩耗性が得られない。
【0003】
そこでクロムめっき皮膜の表面のみならず内部にも拡張された微小亀裂を形成し、クロムめっき皮膜の保油性を長期にわたり維持させることが提案されている。例えば特開平10−53881号(特許文献1)は、クロムめっきしたのち逆電処理するサイクルを繰り返して、表面に微小な凹部を有し、かつ内部に空洞を有する多層皮膜を形成した摺動部材を提案している。この摺動部材は、多層クロムめっき皮膜の摺動面が摩耗すると、めっき皮膜の内部に分布する空洞が新たに表面に露出して凹部となるため、常に適量の潤滑油を摺動面に保持できる。しかし特許文献1の摺動部材は耐摩耗性が不十分であった。
【0004】
また特開昭62−56600号(特許文献2)は、全厚に亘って延びる亀裂ネットワーク中に固体物質粒子を含む硬質クロム層を提案している。特開平10−130891号(特許文献3)は、網目状のクラックに平均粒径が0.8〜3μmのSi粒子を有し、複合比率(皮膜中の硬質粒子含有率)が3〜15体積%である複合クロムめっき皮膜を提案している。特開平10−130892号(特許文献4)は、網目状のクラックに平均粒径が0.7〜10μmの球状粒子を有し、複合比率が3〜15体積%である複合クロムめっき皮膜を提案している。特許文献2〜4のめっき皮膜は亀裂に固体粒子を有するので、摺動応力による亀裂の閉塞が防止され、耐摩耗性が向上している。
【0005】
しかし特許文献2〜4のクロムめっき皮膜は、従来のサージェント浴やケイフッ化塩浴を用いて形成されるので、微小亀裂の分布密度(単位長さの線分当たりの本数により表される)が小さい。微小亀裂の分布密度が小さいと、潤滑油をめっき層摺動面に保持する作用が小さいので、摺動性能が悪く、安定しないという問題がある。従来のサージェント浴やケイフッ化塩浴を用いた皮膜形成方法でも、めっき条件を選択することにより、微小亀裂の分布密度を2,000本/cm程度まで増やすことはできるが、得られる微小亀裂の分布が不均一であるため、強度や耐摩耗性の低い箇所ができてしまい、実用化が困難である。
【0006】
【特許文献1】特開平10−53881号公報
【特許文献2】特開昭62−56600号公報
【特許文献3】特開平10−130891号公報
【特許文献4】特開平10−130892号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、耐摩耗性及び耐焼き付き性に優れ、かつ相手材攻撃性の小さい複合クロムめっき皮膜、並びにその皮膜を有する摺動部材及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは以下のことを発見した。
(a)網目状の微小亀裂内に硬質粒子を含有する複合クロムめっき皮膜において、微小亀裂の表面占有率を10〜20面積%とし、分布密度を1,200〜2,500本/cmとすると、皮膜の強度を損なわずに、耐摩耗性及び耐焼き付き性を向上でき、かつ相手材攻撃性を低下させることができる。
(b)皮膜全体に対して1〜15質量%の割合で微小亀裂内に硬質粒子を保持させると、摺動応力による微小亀裂の閉塞を防止できるとともに、微小亀裂への潤滑油の浸透を促すことができ、皮膜が摺動により摩耗しても、微小亀裂による優れた耐摩耗性及び耐焼き付き性、並びに低い相手材攻撃性を保持できる。
(c)少なくとも酸化クロム、硫酸、ケイフッ化物、スルホン酸基含有化合物又はその塩、アニオン系界面活性剤及び硬質粒子を含有するクロムめっき浴で逆電処理することにより、1,200本/cm以上の分布密度で均一に分布した微小亀裂内に硬質粒子が均一に分散した皮膜が得られる。
本発明はかかる発明に基づき完成したものである。
【0009】
すなわち、本発明の複合クロムめっき皮膜は、網目状の微小亀裂内に硬質粒子を含有するものであって、前記微小亀裂の表面占有率は10〜20面積%であり、分布密度は1,200〜2,500本/cmであり、かつ前記硬質粒子の含有量は前記皮膜全体を100質量%として1〜15質量%であることを特徴とする。
【0010】
前記皮膜は少なくとも二層の複合クロムめっき層からなるのが好ましい。前記微小亀裂は実質的に前記皮膜の全厚に亘って存在するのが好ましい。前記硬質粒子は、Al、SiC、Si及びダイアモンドからなる群から選ばれた少なくとも一種からなるのが好ましい。
【0011】
本発明の摺動部材は、上記複合クロムめっき皮膜が前記摺動部材の母材の摺動面に形成されていることを特徴とする。本発明の複合クロムめっき皮膜はピストンリングの摺動面に形成するのが好ましい。
【0012】
本発明の摺動部材の製造方法は、少なくとも酸化クロム、硫酸、ケイフッ化物、スルホン酸基含有化合物又はその塩、アニオン系界面活性剤及び硬質粒子を含有するクロムめっき浴に摺動部材の母材を浸漬した状態で、(a)前記母材の摺動面に硬質クロムめっき層を形成する工程、及び(b)得られた硬質クロムめっき層を逆電処理する工程を少なくとも1回行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の複合クロムめっき皮膜は、網目状の微小亀裂が1,200〜2,500本/cmの分布密度及び10〜20面積%の表面占有率で、皮膜の表面に均一に形成されているので、潤滑油の油だまり効果に異方性がなく、潤滑油の保持性に優れている。そのため耐摩耗性、耐焼き付き性及び皮膜強度に優れており、かつ相手材攻撃性が低い。本発明の複合クロムめっき皮膜はまた、皮膜全体に対して1〜15質量%の割合で微小亀裂内に硬質粒子を含有するので、摺動により摩耗しても、微小亀裂による優れた耐摩耗性及び耐焼き付き性、並びに低い相手材攻撃性を保持できる。
【0014】
このような優れた特性を有する複合クロムめっき皮膜が形成された摺動部材は、適正な油膜厚さを維持することができ、耐摩耗性及び耐焼き付き性に優れ、かつ相手材攻撃性が低いので、内燃機関用ピストンリングやシリンダライナ等の用途に好適である。特に本発明の複合クロムめっき皮膜が外周摺動面に形成されたピストンリングは、高出力エンジン、高負荷エンジン等に好適である。
【0015】
本発明の摺動部材の製造方法によれば、少なくとも酸化クロム、硫酸、ケイフッ化物、スルホン酸基含有化合物又はその塩、アニオン系界面活性剤及び硬質粒子を含有するクロムめっき浴中でめっき処理及び逆電処理することにより、複合クロムめっき皮膜の微小亀裂の分布を均一化でき、微小亀裂の分布密度を1,200本/cm以上にでき、かつ硬質粒子を微小亀裂内に均一に分散させた状態で保持できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
[図1]高温湿式摩耗試験機を示す概略図である。
[図2]参考例1の各試料の微小亀裂の表面占有率と自己摩耗量指数との関係を示すグラフである。
[図3]参考例2の各試験片の微小亀裂密度と自己摩耗量指数との関係を示すグラフである。
[図4]参考例3の各試験片の複合化率と自己摩耗量指数との関係を示すグラフである。
[図5]参考例4の各試験片作製時のスルホン酸基濃度と自己摩耗量指数との関係を示すグラフである。
[図6]参考例5の各試験片作製時のアニオン系界面活性剤濃度と自己摩耗量指数との関係を示すグラフである。
[図7]実施例1〜4及び比較例10の試験片の高温湿式摩耗試験による自己摩耗量指数及び相手材摩耗量指数を示すグラフである。
[図8]実施例1〜4及び比較例10の試験片の高温乾式摩耗試験による自己摩耗量指数及び相手材摩耗量指数を示すグラフである。
[図9]スカッフ試験機を示す概略図である。
【符号の説明】
【0017】
1・・・試験片
2・・・シリンダライナ材
3・・・アーム
4・・・電熱器
5・・・潤滑剤
6・・・支持部材
7・・・押圧部材
70・・・潤滑油注入口
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
[1]複合クロムめっき皮膜
本発明の複合クロムめっき皮膜(以下特段の断りがない限り、単に「皮膜」とよぶ)は、実質的に硬質粒子を含有しない硬質クロムめっき皮膜に網目状の微小亀裂が形成されており、この微小亀裂内に硬質粒子を含有する。潤滑油溜まりとして機能する微小亀裂は、皮膜の表面に均一に多数形成され、互いに交差しており、実質的に綱目状に分布する。微小亀裂は実質的に皮膜の全厚に亘って存在するのが好ましい。微小亀裂の表面占有率は10〜20面積%であり、好ましくは10〜15面積%である。皮膜の表面における微小亀裂の分布密度は1,200〜2,500本/cmであり、好ましくは1,500〜2,000本/cmである。微小亀裂の表面占有率が10面積%未満又は微小亀裂の分布密度が1,200本/cm未満では、潤滑油の油だまりとしての機能が低く、皮膜の保油性が不十分であり、摺動特性が劣る。一方微小亀裂の表面占有率が20面積%超、又は微小亀裂の分布密度が2,500本/cm超では、皮膜が脆く、強度不足である。
【0019】
微小亀裂の表面占有率を10〜20面積%の範囲内としても、微小亀裂の分布密度を1,200本/cm未満とすると、微小亀裂に偏在が生じ、微小亀裂の分布密度が特に低い部分で異常摩耗が起こる。そのため皮膜全体としての耐摩擦性が低くなる。
【0020】
微小亀裂の表面占有率は皮膜表面の走査型電子顕微鏡写真から画像解析により求めた。具体的には、皮膜表面の走査型電子顕微鏡写真を撮影し、得られた写真をLuzex Fリアルタイム画像処理解析装置(株式会社ニレコ製)に取り込み、画像ソフトLuzex F Standard System Ver.3.30を用いて画像処理し、写真中の皮膜表面の面積(128μm×16μm)から微小亀裂の無い部分の合計面積を差し引いたものを微小亀裂の面積とした。そして上記皮膜表面の面積(128m×16μm)を100面積%として、微小亀裂の面積の割合を求めた。必要に応じて、写真撮影の前に皮膜表面部をクロム酸で僅かに溶解してもよい。
【0021】
皮膜に形成された微小亀裂の分布密度(本/cm)は、皮膜表面を10×10倍の面積倍率で写真撮影し、得られた写真の皮膜表面に長さ10cmの直線を任意に5〜10本引き、直線と微小亀裂の交点を数え、平均することにより求めた。必要に応じて、写真撮影の前に皮膜表面部をクロム酸で僅かに溶解してもよい。なお皮膜をピストンリングに形成した場合、合口と対向する位置付近における皮膜表面の微小亀裂の表面占有率及び分布密度を測定する。
【0022】
皮膜の微小亀裂内に保持されている硬質粒子は、摺動応力による微小亀裂の閉塞を防止するとともに、微小亀裂への潤滑油の浸透を促す。そのため皮膜が摺動により摩耗しても、微小亀裂による優れた耐摩耗性及び耐焼き付き性、並びに低い相手材攻撃性を保持できる。皮膜中の硬質粒子の含有量(複合化率)は皮膜全体を100質量%として1〜15質量%であり、好ましくは3〜12質量%である。複合化率が1〜15質量%であると、微小亀裂内に硬質粒子が安定的に保持されるので、皮膜の耐摩耗性及び耐焼き付き性が飛躍的に向上する。複合化率が1質量%未満では耐摩耗性及び耐焼き付き性が不足し、一方15質量%超では微小亀裂内に硬質粒子を安定的に保持するのが困難であるので、相手攻撃性が大きい。複合化率は蛍光X線分析装置により皮膜表面の定量分析を行い、定量化した各元素の割合から硬質粒子の割合(質量%)を算出することにより求めた。
【0023】
硬質粒子は、Al、SiC、Si及びダイアモンドからなる群から選ばれた少なくとも一種からなるのが好ましく、SiC及び/又はSiからなるのがより好ましく、Siからなるのが特に好ましい。硬質粒子の平均粒径は0.3〜5μmが好ましく、0.3〜2μmがより好ましく、0.3〜1.5μmが特に好ましい。硬質粒子の平均粒子径が5μm超では相手攻撃性が大きい可能性がある。
【0024】
皮膜の厚さは10〜200μmが好ましい。皮膜の厚さが10μm未満では、ピストンリング等の摺動部材に皮膜を形成した場合、充分な耐久性が得られない可能がある。一方皮膜の厚さを200μm超にしてもそれ以上の効果が認められず、製造コスト及び所要時間の観点から好ましくない。
【0025】
以上のような皮膜が摺動により摩耗すると、皮膜内部に分布する微小亀裂が新たに表面に露出する。本発明の皮膜は微小亀裂が実質的に皮膜の全厚に亘って存在するので、摩耗しても新たに露出した面における微小亀裂の表面占有率及び分布密度がほぼ上記範囲内にある。従って摩耗が進行しても、本発明の皮膜は常に適量の潤滑油を摺動面に保持でき、耐焼き付き性及び耐摩耗性を良好に維持できる。
【0026】
[2]複合クロムめっき皮膜の形成方法
本発明の複合クロムめっき皮膜は、少なくとも酸化クロム(CrO)、硫酸(HSO)、ケイフッ化物、スルホン酸基含有化合物又はその塩、アニオン系界面活性剤及び硬質粒子を含有するクロムめっき浴に被めっき材(例えばピストンリング等の摺動部材の母材等)を浸漬し、(a)被めっき材の摺動面に硬質クロムめっき層を形成し、(b)得られた硬質クロムめっき層を逆電処理し、必要に応じて上記工程(a)及び(b)を繰り返すことにより形成する。
【0027】
(1)めっき浴組成
酸化クロム(CrO)及び硫酸の濃度は通常のサージェント浴の範囲でよく、例えばCrOの濃度が200〜400g/Lであり、CrO:HSO=100:0.2〜1.2(質量比)であるのが好ましい。
【0028】
クロムめっき浴中の硬質粒子の含有量を10〜200g/Lとするのが好ましく、これにより複合化率を1〜15質量%にできるとともに、微小亀裂内に取り込まれた硬質粒子の分布が均一になる。SiC粒子及びSi粒子はめっき浴組成物との比重差が少ないので、めっき浴中での分散性に優れている。そのためSiC粒子及びSi粒子は、逆電処理時に拡張される微小亀裂内に均一に取り込まれ易い。
【0029】
ケイフッ化物は、多層クロムめっき皮膜の層間密着性を向上させる。めっき浴中のケイフッ化物の濃度は3〜8g/Lが好ましい。この濃度を3g/L未満とすると層間で剥離する可能性があり、一方8g/L超とすると被めっき材が腐食する可能性がある。
ケイフッ化物としては、例えばケイフッ化水素酸(HSiF)、ケイフッ化カリウム、ケイフッ化ナトリウム等が挙げられる。
【0030】
スルホン酸基含有化合物又はその塩は皮膜の微小亀裂密度を増大させる作用を有する。スルホン酸基含有化合物又はその塩の濃度はスルホン酸基基準で0.02〜0.1mol/Lが好ましく、0.04〜0.07mol/Lがより好ましく、0.045〜0.06mol/Lが特に好ましい。この濃度を0.02mol/L未満とすると微小亀裂密度が1,200〜2,500本/cmにならず、一方0.1mol/L超とすると皮膜が脆くなる可能性がある。スルホン酸基含有化合物又はその塩としては、スルホン酸及びジスルホン酸並びにこれらの塩が好ましい。スルホン酸及びジスルホン酸の具体例として、脂肪族スルホン酸(例えばメタンスルホン酸、エタンスルホン酸等)、脂肪族ジスルホン酸(例えばメタンジスルホン酸、エタンジスルホン酸等)、芳香族スルホン酸(例えばベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸等)、芳香族ジスルホン酸(例えばベンゼンジスルホン酸等)等が挙げられる。
【0031】
アニオン系界面活性剤はめっき浴の表面張力を低下させ、硬質粒子をマイナスに帯電させることにより、微小亀裂内に硬質粒子を取り込み易くさせ、微小亀裂内で硬質粒子を均一に分散させる作用がある。めっき浴の表面張力は10〜70dyn/cmとするのが好ましく、そのためアニオン系界面活性剤の含有量は100〜1,000ppm(質量基準)とするのが好ましい。
【0032】
アニオン系界面活性剤としてはクロムめっき浴中で安定なフッ素系陰イオン界面活性剤が好ましい。フッ素系陰イオン界面活性剤としては、少なくとも一部がフッ素置換された炭化水素基と酸性基とを各々一つ以上含む化合物又はその塩であればよく、例えば下記式(1):

(ただしXはスルホン酸基、リン酸基、ホスホン酸基、カルボキシル基、スルホン酸塩基、リン酸塩基、ホスホン酸塩基又はカルボン酸塩基を示す。)により表される化合物、下記式(2):

(ただしXは式(1)と同じである。)により表される化合物、特開平7−60096号に開示の下記式(3):

(ただしMはアルカリ金属を示す。)により表される化合物、特開2003−210967号に開示の下記式(4):

[ただし、X及びXはそれぞれ独立に水素原子又は−SO(Mは水素原子又はアルカリ金属原子を示す)を示し、X及びXの少なくとも一方は−SOであり、Rfはパーフルオロヘキセニル基又はパーフルオロノネニル基を示す。]により表される化合物、特開2003−286246号に開示の下記式(5):


(ただしX、X及びRfは式(4)と同じであり、Rは炭素数1又は2の飽和アルキル基を示す。)により表される化合物等が挙げられる。
【0033】
フッ素系陰イオン界面活性剤として市販品を利用してもよく、例えばフタージェント100、同100C、同110、同140A、同150、同150CH、同A−K、同501(以上商品名、株式会社ネオス製)、PC−95(住友スリーエム株式会社製)等が挙げられる。
【0034】
(2)めっき工程及び逆電処理工程
まず上記クロムめっき浴中に被めっき材を浸漬し、被めっき材を陽極とし、対極を陰極とし、40〜60℃のめっき浴温度及び20〜80A/dmの電流密度下で10〜120秒間電流を印加することにより前処理(電解研磨処理)する。被めっき材と対極の極性を急速に反転させ、30〜80A/dmの電流密度及び40〜60℃のめっき浴温度下で10〜60分間電流を印加することにより硬質クロムめっき層を析出させる。再び被めっき材と対極の極性を急速に反転させ、5〜60A/dmの逆電電流密度及び50〜60℃のめっき浴温度下で60〜200秒間電流を印加することにより逆電処理する。
【0035】
逆電電流密度が5A/dm未満であるか、逆電処理時のめっき浴温度が50℃未満であるか、逆電処理時間が60秒未満であると、微小亀裂の形成が不十分である可能性がある。一方逆電電流密度が60A/dm超であるか、逆電処理時のめっき浴温度が60℃超であるか、逆電処理時間が200秒超であると、微小亀裂の分布が不均一である可能性がある。逆電電流密度は15〜25A/dmが好ましい。
【0036】
上記めっき工程及び逆電処理工程を繰り返すことにより、少なくとも二層のめっき層からなる皮膜を形成するのが好ましい。皮膜を多層化することにより、所望の厚さの皮膜を形成することができる。複合クロムめっき皮膜の厚さ、微小亀裂の表面占有率、微小亀裂の分布密度及び複合化率は、クロムめっき工程及び逆電処理工程の浴組成、電流密度、めっき浴温度、電流印加時間等を適宜調節することにより調整することができる。上記各物性の調整には、特にスルホン酸基含有化合物もしくはその塩の濃度、及び/又は逆電処理条件を調節するのが有効である。
【0037】
以上のような皮膜形成方法により、実質的に皮膜の全厚に亘って存在する網目状の微小亀裂を形成できる。上記アニオン系界面活性剤によりマイナスに帯電した硬質粒子は逆電処理時に陽極側の被めっき材に引き付けられる。めっき液はアニオン系界面活性剤により表面張力が低下し浸透性が高くなっているため、逆電処理により拡張された微小亀裂内に硬質粒子が容易に入り込み、均一に分散する。積層皮膜を形成する場合、硬質粒子を取り込んだめっき層上に、さらにめっき層が形成されるので、微小亀裂内の硬質粒子は安定的に保持される。
【実施例】
【0038】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0039】
参考例1
(1)試験片の作製
CrO:250g/L
SO:1.2g/L
SiF:3.5g/L
メタンスルホン酸:5g/L
Si粒子(平均粒径:0.7μm):100g/L
アニオン系界面活性剤(商品名「フタージェント110」(フッ素硫酸エステル系界面活性剤、株式会社ネオス製):500ppm(質量基準)
【0040】
炭素工具鋼(SK−5)からなる角柱(5mm×5mm×20mm)を、表面粗さ(Rz:10点平均粗さ)が1μm以下になるようにラッピング仕上げした後、アセトンに浸漬し、脱脂した。この角柱を上記組成のめっき浴に浸漬し、角柱を陽極とし、対極を陰極とし、60A/dmの電流密度及び55℃のめっき浴温度下で15秒間電流を印加することにより前処理した。角柱と対極の極性を反転させ、60A/dmの電流密度及び55℃のめっき浴温度下で30分間電流を印加することにより硬質クロムめっき層を形成した。再び角柱と対極の極性を反転させ、55℃のめっき浴温度下で2分30秒間電流を印加することにより逆電処理し、複合クロムめっき層を形成した。このとき逆電電流密度を5〜30A/dmの範囲で変え、微小亀裂の表面占有率が異なる複数の試験片を作製した。各試験片について、上記めっき工程及び逆電処理工程からなるサイクルを合計12回繰り返し、120μmの厚さの複合クロムめっき皮膜を形成した。
【0041】
(2)参照試験片の作製
めっき浴にメタンスルホン酸を添加せず、アニオン系界面活性剤の添加量を10ppm(質量基準)とした以外上記と同様にして、参照試験片を作製した(逆電電流密度:20A/dm)。
【0042】
(3)耐摩耗試験
得られた各試験片及び参照試験片の耐摩耗性を以下の高温湿式摩耗試験により評価した。高温湿式摩耗試験は、鋳鉄(FC250)からなるドラム型のシリンダライナ材を相手材として、図1に示すリケン式高温湿式摩耗試験機を用いて行った。この試験機は、回転可能なドラム型シリンダライナ材2と、シリンダライナ材2の外周面に試験片1を押圧するアーム3と、シリンダライナ材2を加熱する電熱器4とからなる。電熱器4によりドラム2を180℃に加熱し、潤滑剤5としてモータオイル[ホワイトパワー(WP)社製、品番:#30]を0.15ml/分の速度で滴下しながら、0.5m/秒の摺動速度及び490Nの押圧荷重下で4時間試験を行い、各試験片及び参照試験片の摩耗量、並びに各試験片及び参照試験片による相手材(シリンダライナ材2)の摩耗量を調べた。耐摩耗性は、参照試験片の摩耗量を100とする自己摩耗量指数により評価した。各試料の微小亀裂の表面占有率と自己摩耗量指数との関係を図2に示す。図2から明らかなように、微小亀裂の表面占有率を10面積%以上とすると、自己摩耗量指数が小さくなる。よって微小亀裂の表面占有率が10面積%以上では優れた保油性が得られることが分かる。しかし微小亀裂の表面占有率を20面積%超とすると皮膜が脆くなる傾向があるため、本発明の皮膜の微小亀裂の表面占有率を20面積%以下とした。
【0043】
参考例2
めっき浴中のメタンスルホン酸濃度を0.5〜10g/Lの範囲で変え、かつ逆電電流密度を5〜30A/dmの範囲で変えた以外参考例1と同様にして、微小亀裂密度が異なる複数の試験片を作製した。得られた各試験片の耐摩耗性を上記高温湿式摩耗試験により評価した。各試料の微小亀裂密度と自己摩耗量指数との関係を図3に示す。図3から明らかなように、微小亀裂密度を1,200本/cm以上とすると自己摩耗量指数が低下した。よって微小亀裂の表面占有率が1,200本/cm以上では優れた保油性が得られることが分かる。微小亀裂の表面占有率が1,500本/cm以上では、自己摩耗量指数はほぼ一定である。しかし2,500本/cm超では皮膜が脆くなる傾向があるため、本発明の皮膜の微小亀裂の分布密度を2,500本/cm以下とした。
【0044】
参考例3
めっき浴中のアニオン系界面活性剤濃度を50〜1,000ppm(質量基準)の範囲で変え、Si粒子濃度を50〜100g/Lの範囲で変え、かつ逆電電流密度を20A/dmで一定とした以外参考例1と同様にして、Si粒子の含有量(複合化率)が異なる複数の試験片を作製した。得られた各試験片の耐摩耗性を上記高温湿式摩耗試験により評価した。各試料のSi粒子含有量(複合化率)と自己摩耗量指数との関係を図4に示す。図4から明らかなように、複合化率を1質量%以上とすると自己摩耗量指数は低下した。
【0045】
参考例4
めっき浴中のメタンスルホン酸濃度(スルホン酸基濃度)を0.001〜0.09mol/L(0.1〜9g/L)の範囲で変え、かつ逆電電流密度を20A/dmで一定とした以外参考例1と同様にして、複数の試験片を作製した。得られた各試験片の耐摩耗性を上記高温湿式摩耗試験により評価した。各試料作製時のスルホン酸基濃度と自己摩耗量指数との関係を図5に示す。図5から明らかなように、スルホン酸基濃度を0.02mol/L以上とすると自己摩耗量指数は顕著に小さくなる。このことからスルホン酸基含有化合物をスルホン酸基基準で0.02mol/L以上添加することにより、微小亀裂が皮膜の表面に均一に形成され、潤滑油の高い保持効果が得られるものと推測される。
【0046】
参考例5
めっき浴中のアニオン系界面活性剤濃度を20〜940ppm(質量基準)の範囲で変え、かつ逆電電流密度を20A/dmで一定とした以外参考例1と同様にして、複数の試験片を作製した。得られた各試験片の耐摩耗性を上記高温湿式摩耗試験により評価した。各試料作製時のアニオン系界面活性剤濃度と自己摩耗量指数との関係を図6に示す。図6から明らかなように、アニオン系界面活性剤濃度を100ppm以上とすると自己摩耗量指数は顕著に小さくなる。このことからアニオン系界面活性剤を100ppm以上添加することにより、硬質粒子が微小亀裂内に効果的に取り込まれ、微小亀裂中の硬質粒子が、摺動応力による微小亀裂の閉塞を防止するとともに、微小亀裂への潤滑油の浸透を促し、微小亀裂による優れた耐摩耗性を保持できるものと推測される。
【0047】
[実施例1〜4]
参考例1と同様にして、炭素工具鋼(SK−5)からなる角柱(5mm×5mm×20mm)をラッピング仕上げした後、脱脂した。この角柱を表1に示す各組成の複合めっき浴に浸漬し、かつ逆電電流密度を20A/dmで一定とした以外参考例1と同様にして、前処理、クロムめっき処理及び逆電処理を行った。めっき工程及び逆電処理工程からなるサイクルを合計12回繰り返し、120μmの厚さの複合クロムめっき皮膜を形成した。得られた試験片の微小亀裂の表面占有率、分布密度及び複合化率を表2に示す。
【0048】
比較例1〜10
複合めっき浴の組成及び逆電電流密度を表1に示すように変更した以外実施例2と同様にして、複合クロムめっき皮膜を形成した角柱試験片を作製した。得られた試験片の微小亀裂の表面占有率、分布密度及び複合化率を表2に示す。
【0049】


注:(1)平均粒径:0.7μm、濃度:100g/L。
(2)商品名「フタージェント110」(フッ素硫酸エステル系界面活性剤、株式会社ネオス製)。
【0050】
(1)耐摩耗試験
(a)高温湿式摩耗試験
実施例1〜4及び比較例1〜10で得られた各試験片の耐摩耗性を上記高温湿式摩耗試験により調べた。耐摩耗性は、比較例10の試験片の摩耗量を100とする自己摩耗量指数により評価した。また相手材攻撃性は、比較例10の相手材の摩耗量を100とする相手材摩耗量指数により評価した。結果を表2及び図7に示す。
【0051】
(b)高温乾式摩耗試験
潤滑剤5を滴下しなかった以外上記高温湿式摩耗試験と同様にして、高温乾式下での摩耗試験を行った。耐摩耗性は、比較例10の試験片の摩耗量を100とする自己摩耗量指数により評価した。相手材攻撃性は、比較例10の相手材(シリンダライナ材2)の摩耗量を100とする相手材摩耗量指数により評価した。結果を表2及び図8に示す。
【0052】
(2)耐焼き付き性試験
実施例1〜4及び比較例1〜10で得られた各試験片の耐焼き付き性を調べた。耐焼き付き性試験には、図9に示すリケン式スカッフ試験機を用いた。この試験機は、(i)試験片1を支持する回転可能な部材6と、(ii)シリンダライナ材2と、(iii)潤滑剤注入口70を有し、試験片1にシリンダライナ材2を押圧する部材7とからなる。8m/秒の摺動速度下、潤滑剤としてモータオイル[ホワイトパワー(WP)社製、品番:#30]を400ml/分の速度で給油しながら、押圧荷重を2MPaからスカッフ発生まで1MPaずつ昇圧させ、各荷重で3分間保持する試験を行い、各試験片の焼き付き発生荷重を調べた。耐焼き付き性は、比較例10の試験片の焼き付き発生荷重を100とする焼き付き指数により評価した。結果を表2に示す。
【0053】

【0054】
表2から明らかなように、実施例1〜4は、比較例1〜10に比べて、高温湿式摩耗試験における自己摩耗量指数が小さく、耐焼き付き指数が大きい。高温湿式摩耗試験における相手材摩耗量指数に関しても、実施例1〜4は、相対的に比較例1〜10より小さい。このように実施例1〜4の複合クロムめっき皮膜は、微小亀裂の表面占有率が10〜20面積%であり、分布密度が1,200〜2,500本/cmであり、かつ複合化率が1〜15質量%であるので、耐摩耗性及び耐焼き付き性に優れ、かつ相手材攻撃性が小さい。特にSi粒子を用いた実施例2は、高温乾式摩耗試験においても自己摩耗量指数が小さい。よって油切れが生じた場合でも、Si粒子を用いた皮膜は耐摩耗性が小さいといえる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
網目状の微小亀裂内に硬質粒子を含有する複合クロムめっき皮膜において、前記微小亀裂の表面占有率は10〜20面積%であり、分布密度は1,200〜2,500本/cmであり、かつ前記硬質粒子の含有量は前記皮膜全体を100質量%として1〜15質量%であることを特徴とする複合クロムめっき皮膜。
【請求項2】
請求項1に記載の複合クロムめっき皮膜において、前記皮膜は少なくとも二層の複合クロムめっき層からなることを特徴とする複合クロムめっき皮膜。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の複合クロムめっき皮膜が、少なくとも摺動部材の母材の摺動面上に形成されていることを特徴とする摺動部材。
【請求項4】
少なくとも酸化クロム、硫酸、ケイフッ化物、スルホン酸基含有化合物又はその塩、アニオン系界面活性剤及び硬質粒子を含有するクロムめっき浴に摺動部材の母材を浸漬した状態で、(a)前記母材の摺動面に硬質クロムめっき層を形成する工程、及び(b)得られた硬質クロムめっき層を逆電処理する工程を少なくとも1回行うことを特徴とする摺動部材の製造方法。

【国際公開番号】WO2005/073437
【国際公開日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【発行日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517540(P2005−517540)
【国際出願番号】PCT/JP2005/001277
【国際出願日】平成17年1月28日(2005.1.28)
【出願人】(000139023)株式会社リケン (101)
【Fターム(参考)】