説明

複合糸

【課題】 張り、腰、弾撥性を有し、かつしわが回復しやすい布帛を製造することができる複合糸を提供すること。
【解決手段】 芯にフィラメントが、鞘に短繊維が配置された繊維束の1束乃至複数束からなる複合糸であり、前記フィラメントは、伸長回復率(10%伸長時)95%〜100%、曲げ剛性2.5×10-4g・cm2以上の特性を有し、かつ前記フィラメントの単糸繊度が2d〜25dである複合糸。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、張り、腰、弾撥性を有し、かつしわが回復しやすい布帛を製造することができる芯鞘構造の繊維束からなる複合糸に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来から、着用時あるいは保管時などに衣服にしわが寄って取れず、困ることは日常経験する問題である。この問題はこれまで幾つか検討されていて、例えば衣料用の布帛に供する麻複合糸として、芯にフィラメント成分が配置され、鞘に麻繊維とポリエステルステープルとが配置された麻複合糸が提案されている(特開昭60−110946号公報)。該麻複合糸は、布帛にしたとき麻特有のナチュラル感、張り、腰、ドライ感等の性能を有しているものの、しわ回復性に関しては未だ十分に満足できるようなものではなかった。また、しわ回復性を解決しようとする別の手法としては、ポリブチレンテレフタレート繊維と極細ポリエチレンテレフタレート繊維からなる極細ポリエステル織物(特開昭59−173370号公報)があり、しわ回復性は改善されるが、織物の張り、腰、弾撥性については十分満足できるようなものではない。
【0003】さらに、繊維束の芯に一定以上の曲げ剛性を有するフィラメントを配した複合糸も検討したが、それだけではしわに対する抵抗は向上するものの、一旦付いたしわは回復し難いものとなる。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記従来の欠点、即ち布帛にしわが付きやすい、あるいはしわが回復し難いという欠点を解決し、鞘成分に配された短繊維の特性を生かしつつ、張り、腰、弾撥性を有し、かつしわ回復性に優れた布帛を得るための複合糸を提供するものである。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明は、前記課題を解消すべく鋭意検討を加えた結果、次の手段をとる。即ち、本発明は芯にフィラメントが、鞘に短繊維が配置された繊維束の1束乃至複数束からなる複合糸において、前記フィラメントは、伸長回復率(10%伸長時)95%〜100%、曲げ剛性2.5×10-4gcm2以上の特性を有し、かつ前記フィラメントの単糸繊度が2d〜25dであることを特徴とする複合糸である。また、フィラメントがポリプロピレンテレフタレートのフィラメント、あるいはポリブチレンテレフタレートのフィラメントからなることも好ましい特徴とし、さらにフィラメントが前記特性を有している非円形断面糸であることも好ましい特徴としている。
【0006】本発明において、フィラメントの伸長回復率は特に重要であり、10%伸長時に95%以上回復しなければならない。10%伸長時に100%回復すればさらに好ましい。伸長回復率は高い程良く、布帛のしわ回復性を向上させることはもちろんであるが、布帛のストレッチ性を向上させる作用もある。フィラメントの伸長回復率が95%(10%伸長時)未満であれば、優れたしわ回復性を有する布帛を得ることができず、好ましくない。
【0007】ここでいう伸長回復率は、以下の測定法により求めた。即ち、定速伸長引張試験機(オリエンテック社製RTMー250型)を用い、試料長20cmとして初荷重をデニール当たり1/30gかけた状態で両端をエアチャックで固定して、引張速度10%/分の速さで試料長の10%まで伸長させる(曲線1)。1分間放置後、同じ速度で除重し、初期状態(ゲージ長20cm)まで返す(曲線2)。そのまま3分間放置後、再び引張速度10%/分で伸長歪みを与える。10%伸長して試験を終えるときの荷重−伸長曲線を図1に示す。測定は5回行い、式1により伸長回復率を計算し、その平均値を求める。
【0008】
【式1】


【0009】本発明において繊維束の芯を構成するフィラメントの曲げ剛性は、2.5×10-4gcm2以上でなければならない。曲げ剛性が、3.5×10-4gcm2以上であればさらに好ましい。上限は特に限定されないが、現実的に得られる性能には限界がある。曲げ剛性が2.5×10-4gcm2未満であると、布帛のしわに対する抵抗が不足するばかりでなく、張り、腰、弾撥性が不足し、良好な風合いが得られず好ましくない。
【0010】ここでいう曲げ剛性(B)は、フィラメント本数(n)、断面2次モーメント(I)及び初期モジュラス(M)により式2で求められる。
【式2】


即ち、曲げ剛性(B)は、モノフィラメントの断面2次モーメント(I)×初期モジュラス(M)で計算でき、それをフィラメント構成本数(n本)分加算することによって求めることができる。
【0011】ちなみに、円形断面のモノフィラメントの断面2次モーメント(I)は、πD4/64で求められ、Dはモノフィラメントの直径(cm)であり、繊維径を太くすると断面2次モーメント(I)が大きくなることがわかる。
【0012】ここで、断面2次モーメント(I)を高めるためにフィラメントの断面形状を非円形化してもよい。例えば、同一単繊度のフィラメントでも断面形状を中空状あるいは多葉状にすることにより、断面2次モーメント(I)が高くなり、結果として曲げ剛性を高くすることができる。
【0013】ここでいう初期モジュラス(M)は、以下の測定法で求めた。定速伸長引張試験機(オリエンテック社製RTMー250型)を用い、試料長を20cmとして初荷重をデニール当たり1/30g掛けた状態で両端をエアチャックで固定する。測定条件は引張速度100%/分で荷重−伸度曲線を記録する。得られた荷重−伸度曲線の最傾斜直線部分に接線を引き、その傾きから一定伸度当たりの応力を計算して、初期モジュラス(g/cm2)とする。
【0014】本発明において繊維束の芯を構成するフィラメントの単糸繊度(デニール)は、太い方が断面2次モーメントを上げるが、単糸繊度が25dを越えると、紡糸時の冷却に時間を要し、紡糸設備に制約が生じ好ましくない。このため単糸繊度の上限は25dでなければならない。単糸繊度の上限は20dであればさらに好ましい。
【0015】しかし、単糸繊度が2デニール未満になると上記した曲げ剛性を満足するためには、フィラメント数を増やし、トータルデニールを80デニールを超えるほど大きくしなければならず、結果的に複合糸が太番手となり、高級用途に使用し難く好ましくない。このため、単糸繊度の下限は2デニールでなければならない。単糸繊度の下限は5デニールであればさらに好ましい。
【0016】本発明において、繊維束の芯を構成するフィラメントの沸水収縮率は15%以下でなければならない。沸水収縮率が15%を越えると、布帛にして染色工程などの熱処理工程を通過した後には、フィラメントがかなり収縮してしまい、その後は十分な伸長回復性を維持することが困難になり好ましくない。
【0017】本発明におけるポリプロピレンテレフタレートとは、テレフタル酸を主たるジカルボン酸成分とし、トリメチレングリコールを主たるグリコール成分とするポリエステルであり、トリメチレンテレフタレート単位を主たる繰り返し単位とするものであって、その特性を損なわない範囲でエチレングリコール、ブタンジオール等のグリコール、イソフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸等のジカルボン酸等を通常10モル%以下共重合していてもよいものである。
【0018】本発明におけるポリブチレンテレフタレートとは、テレフタル酸を主たる酸成分とし、テトラメチレングリコールを主たるグリコール成分とするポリエステルであり、テトラメチレンテレフタレート単位を主たる繰り返し単位とするものであって、その特性を損なわない範囲でエチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール、イソフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸等のジカルボン酸等を通常10モル%以下共重合していてもよいものである。
【0019】ポリプロピレンテレフタレートあるいはポリブチレンテレフタレートを出発原料とし、それを通常設定し得る条件を選んで紡糸、延伸することにより、伸長回復性に優れていて、かつ適度な曲げ剛性も有しており、本発明における繊維束の芯を構成するフィラメントとして適しているものを容易に製造することができる。
【0020】なお、本発明で述べたポリプロピレンテレフタレート及びポリブチレンテレフタレートは、ポリプロピレンテレフタレート及びポリブチレンテレフタレート中に、その物性を損なわない範囲で、紫外線吸収剤、酸化防止剤、難燃剤等の改質剤を含んでもよい。
【0021】なお、繊維束の芯を構成するフィラメント本数は、1本でも、また2本以上の多本数であってもよく、トータルデニールは、例えば10〜80デニール程度である。フィラメント本数は、1〜15本であることが好ましい。例として20d/1f、20d/2f、30d/2f、40d/4f等が挙げられる。また、フィラメントは、繊維束中で2重量%〜60重量%、さらには10重量%〜40重量%存在するのが好ましい。
【0022】他方、繊維束の鞘を構成する短繊維には、通常の紡績工程に供されるものであれば特に限定されるものではない。例えば、綿、ポリノジック繊維を用いることが挙げられる。あるいはポリエチレンテレフタレート短繊維等の1種あるいは2種以上であってもよく、その繊維長は20〜180mmの範囲で適宜選択できる。またその太さは、0.5乃至10d程度が実用的である。
【0023】本発明においては、複合糸全体としての撚係数K(インチ方式)が1.5〜9.0の範囲であるのが、短繊維成分とフィラメント成分との一体性、風合いを保つ上で好ましい。そしてさらに好ましい撚係数Kは3.0〜7.0の範囲である。撚係数が1.5を下回ると、糸としての締まりが甘い方向になり、布帛にしたときに抗ピリング性の点で若干劣ることになる。また9.0を上回ると単糸での抗ピリング性が生じるようになり、後工程での通過性が劣ったものとなる。上記撚係数は次式で求める。
【式3】


【0024】また、本発明の複合糸の形態は特に限定されるものではない。例えば、1本の繊維束あるいは2本以上の繊維束から構成されていてもよい。さらには、本発明の芯・鞘構造の繊維束の鞘成分が2層に構成されていてもよい。たとえば、図2に示すような芯にフィラメント(F)が、鞘に短繊維(SA)が配置された繊維束(A)と、繊維束(A)の鞘成分の短繊維のみからなる繊維束(B)とが相互に巻き付くように実撚がかけられてなる複合糸は、鞘成分が2層となりフィラメント成分の被覆性が向上する点で好ましい。
【0025】
【発明の実施の形態】以下、発明の実施の形態を実施例により説明する。なお、相対粘度は、p−クロロフェノールとテトラクロロエタンからなる、重量比で3:1の混合溶媒を用い、30℃で測定した。溶液濃度は0.4g/dlである。
【0026】
【実施例】
(実施例1)相対粘度が1.39であるポリプロピレンテレフタレート(PPT)を、260℃で溶融して円形ノズル孔から押し出し、巻き取り速度1300m/分で一旦巻き取り、2.8倍に延伸、熱セットすることにより、表1に記載するようなフィラメント(20d/2f)を得た。そして、このフィラメントが芯に、ポリノジック短繊維(太さ1.0d、カット長38mm)が鞘に配置されたフィラメント混率が11重量%の複合糸30’S(英式綿番手)を撚係数を3.7として製造した。該複合糸を経糸(織密度146本/インチ)と緯糸(織密度77本/インチ)に用いて製織、染色加工した織物(2/1ツイル)は、張り、腰、弾撥性を有しながら、しわ回復性も優れたものであった。それらの特性値を表1に示す。
【0027】(実施例2)相対粘度が1.56であるポリブチレンテレフタレート(PBT)を、260℃で溶融して円形ノズル孔から押し出し、巻き取り速度1300m/分で一旦巻き取り、2.6倍に延伸、熱セットすることにより、表1に記載するようなフィラメント(20d/2f)を得た。そして、このフィラメントを複合糸の芯に用いる以外は、実施例1と同様に織物を得た。得られた織物は、張り、腰、弾撥性を有しながら、しわ回復性も優れたものであった。それらの特性値を表1に示す。
【0028】(実施例3)相対粘度が1.56であるポリブチレンテレフタレート(PBT)を、260℃で溶融して図3に示すような異形ノズル孔から押し出し、巻き取り速度1300m/分で図4にしめすような四つ葉断面状のフィラメントを一旦巻き取り、2.3倍に延伸、熱セットすることにより、表1に記載するようなフィラメント(20d/2f)を得た。そして、このフィラメントを複合糸の芯に用いる以外は、実施例1と同様に織物を得た。得られた織物は、張り、腰、弾撥性を有しながら、しわ回復性も優れたものであった。それらの特性値を表1に示す。
【0029】(実施例4)相対粘度が1.56であるポリブチレンテレフタレート(PBT)を、260℃で溶融して円形ノズル孔から押し出し、巻き取り速度1300m/分で一旦巻き取り、2.8倍に延伸、熱セットすることにより、表1に記載するようなフィラメント(10d/1f)を得た。そして、このフィラメントが芯に、ポリノジック短繊維(太さ1.0d、カット長38mm)が鞘に配置されたフィラメント混率が11重量%の繊維束を2本合わせることにより、60’S/2の複合糸を撚係数3.7で製造した。該複合糸の被覆性は優れたものであった。該複合糸を用いる以外は、実施例1と同様に織物を得た。得られた織物は、張り、腰、弾撥性を有しながら、しわ回復性も優れたものであった。それらの特性値を表1に示す。
【0030】(実施例5)相対粘度が1.56であるポリブチレンテレフタレート(PBT)から、表1に記載するようなフィラメント(20d/2f))を得た。このフィラメント(F)を芯に、ポリノジック短繊維(SA)が鞘に配置されるように複合した繊維束(A)の表面を、さらにポリノジック繊維のみの繊維束(B)が取りかこむ図2に示すような鞘成分が2層になるように配置されたフィラメント混率が11重量%の複合糸30’Sを撚係数3.7で製造した。該複合糸の被覆性は非常に優れたものであった。該複合糸を用いる以外は、実施例1と同様に織物を得た。得られた織物は、張り、腰、弾撥性を有しながら、しわ回復性も優れたものであった。それらの特性値を表1に示す。
【0031】(比較例1)相対粘度が1.43であるポリエチレンテレフタレート(PET)を、300℃で溶融して円形ノズル孔から押し出し、巻き取り速度1000m/分で一旦巻き取り、3.8倍に延伸、熱セットすることにより、表1に記載するようなフィラメント(20d/2f)を得た。そして、このフィラメントを複合糸の芯に用いる以外は、実施例1と同様に織物を得た。得られた織物は、張り、腰、弾撥性を有するが、しわ回復性に劣るものであった。それらの特性値を表1に示す。
【0032】(比較例2)相対粘度が1.56であるポリブチレンテレフタレート(PBT)を、260℃で溶融して円形ノズル孔から押し出し、巻き取り速度1300m/分で一旦巻き取り、1.8倍に延伸、熱セットすることにより、表1に記載するようなフィラメント(30d/20f)を得た。そして、このフィラメントを複合糸の芯に用いる以外は、実施例1と同様に織物を得た。得られた織物は、張り、腰、弾撥性を有しながら、しわ回復性も優れたものであった。それらの特性値を表1に示す
【0033】(評価方法)本実施例及び比較例に示す各特性値は、以下の方法により評価した。
(1)張り、腰、弾撥性、被覆性測定法:官能検査により、良好を 、普通を△、悪いを×とした3段階で7人で評価し、最も多く評価された段階値で示した。
(2)しわ回復率測定法:JISー1059記載の乾燥時B法(モンサント法)に基づき、しわ回復率(%)=(α/180)×100で計算した。
【0034】
【表1】


【0035】
【発明の効果】以上のように、本発明の複合糸によれば、張り、腰、弾撥性に優れ、かつ、しわ回復性に優れた、今までにない布帛を製造できる複合糸を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のフィラメントの伸長回復率を求める際の荷重−伸長曲線の一例を示す図である。
【図2】本発明の実施例に示した複合糸の略断面図である。
【図3】本発明の実施例3に用いた非円形ノズル孔の一例を示す断面図である。
【図4】本発明の実施例3で得られた未延伸糸の断面図である。
【符号の説明】
L 10%伸長時の伸び(mm)
△L 残留歪み(mm)
1 1度目の伸長曲線
2 除重後の回復曲線
3 2度目の伸長曲線

【特許請求の範囲】
【請求項1】 芯にフィラメントが、鞘に短繊維が配置された繊維束の1束乃至複数束からなる複合糸において、前記フィラメントは、伸長回復率(10%伸長時)95%〜100%、曲げ剛性2.5×10-4gcm2以上の特性を有し、かつ前記フィラメントの単糸繊度が2d〜25dであることを特徴とする複合糸。
【請求項2】 フィラメントがポリプロピレンテレフタレートのフィラメントであることを特徴とする請求項1記載の複合糸。
【請求項3】 フィラメントがポリブチレンテレフタレートのフィラメントであることを特徴とする請求項1の複合糸。
【請求項4】 フィラメントの断面形状が、非円形断面であることを特徴とする請求項1、2または3記載の複合糸。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開平9−87940
【公開日】平成9年(1997)3月31日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平7−266468
【出願日】平成7年(1995)9月19日
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)