説明

複合脂質の分離法

【課題】通常リン脂質成分を分離精製するにはクロロフォルムなどの環境に好ましくない溶剤を使用し時間がかかるカラム分離法が主体であった。
【解決手段】非極性溶剤と極性溶剤を用いてリン脂質の水素イオンとの親和性の差異を用いて溶剤への溶解性を変えることによって目的成分を分離精製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
複合脂質はリン脂質、糖脂質、スフィンゴ脂質などを総称する脂質であるがこれらの脂質は人体において細胞膜の構成や各部位における機能性の脂質成分として働いている。近年これらの脂質成分であるリン脂質のホスファチジルセリンやスフィンゴ脂質のセレブロシド、糖脂質であるスルフォキノボシルジグリセロールを健康食品や医薬品への利用が進んでいる。本発明はこれらの機能性脂質をより高濃度に精製分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明の具体的な内容をリン脂質を主に説明を加える。
ホスファチジルセリンは、多岐にわたる重要性を有し、特に老化または血管病理性などの各種起源の退行性脳疾患の治療に好適な医療組成物の製造用として特殊なリポソーム製剤の製造用として使用されている。さらに最近ではホスファチジルセリンが天然レシチン、特に大豆レシチンから誘導されたもの、およびドコサヘキサエン酸(以下DHAと記載する)などの高度不飽和脂肪酸のアシル残基を含有するホスファチジルセリンとして食事療法組成物の商業化に重要であると見なされている。
【特許文献】
【0003】
従来、酵素によるホスファチジルセリンの製造方法として、原料となるリン脂質に酵素としてホスホリパーゼD(以下“PLD”という)をセリンの存在下に作用させ、ホスファチジル基転移反応を利用して、ホスファチジルセリンを製造する技術は公知である(例えば、特許文献1、2など)。
【特許文献1】特開平9−206088
【特許文献2】特開平9−173092
【0004】
一方ホスファチジン酸とイノシトールのエステルであるホスファチジルイノシトール(PI)は、医薬、化粧品、リポソーム基材などの分野に使用されてきた。近年、ホスファチジルイノシトールには抗肥満、抗高脂血症、コレステロールの低減など有用な生理活性が認められており、機能性食品としての利用が期待されている。
【0005】
従来ホスファチジルイノシトールは動物、植物、菌類に広く存在することが知られており、これから取り出された粗製リン脂質には各種のリン脂質が混在している。これらの組成物からホスファチジルイノシトールを濃縮・分離する方法としては様々の方法が提案されている。
【特許文献3】特開平2008−61546
【特許文献4】WO−2007010892A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記粗製リン脂質からホスファチジルセリンおよびホスファチジルイノシトールを分離精製するためには、これまで、イオン交換樹脂、ケイ酸、アルミナかラムなどを用いたカラムクロマト分離法が一般に行われてきた。しかしながら、この方法は少量のリン脂質でしか処理できず、また、吸着したリン脂質を溶出分離精製するには溶剤組成を複雑に変化させながら長時間かけて溶出しなければならず、工業的規模で考えた場合、設備の大型化、低い処理効率などの問題があった。また、上記溶出溶媒の一部に用いられる酢酸や塩酸が、その後の精製工程においてリン脂質の分解を促進し、迅速に処理したとしても、得られる精製品が低品質化し易いなどの問題もあった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は上記目的を達成すべく鋭意検討を行った結果、まず原料リン脂質を先に記載した酵素による反応を実施し目的物であるホスファチジルセリンやホスファチジルイノシトールを通常行われている方法を用いて誘導した後反応混合物を溶剤分別する方法が用いられる。
【0007】
即ち、本発明では通常の抽出等によって得られたリン脂質ばかりでなくこれらの原料リン脂質を用いた酵素反応によって得られた反応混合物を利用し分離・精製に利用することが出来る。
【0008】
本発明に従えば抽出物あるいはこれらの反応によって得られた混合物を非極性溶剤に溶解した後これらの非極性溶剤と混ざり合わない極性溶剤を添加する。これに酸性物質を加え混合系を酸性にした後振とう後分液し非極性溶剤を除去する。これによって中性脂質やホスファチジン酸などのイオン性の異なる成分が一部除去される。
【0009】
得られた極性溶剤にはホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルコリンやホスファチジルエタノールアミンが濃縮される。
【0010】
極性溶剤にさらに非極性溶剤を加えた後、アルカリ性物質を加えて混合系をアルカリ性にする。極性溶剤中にはホスファチジル子リンおよびホスファチジルエタノールアミンが濃縮され極性溶剤中にはホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトールが濃縮される。
【発明の効果】
【0011】
本発明に従えばリン脂質の混合物からホスファチジン酸の濃縮が可能であり、ホスファチジルセリンの濃縮、ホスファチジルイノシトールの濃縮、ホスファチジル子コリンの濃縮などに用いることが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明を実施する上でもっとも必要な要件は液液分離を行う上で溶剤に溶解しているリン脂質などの物質に水素イオンを加えることによって極性を変化させることによって溶剤への溶解性を変化させることが必要である。
【0013】
さらに必要なことは極性を変化させることで同様の挙動をする分子種を事前の反応によって極力減少させることも重要である。例えばホスファチジルセリンに対してホスファチジルエタノールアミンは比較的混入しやすいので事前にホスファチジルセリン製造工程で反応させ低減することが好ましい。
【0014】
これらの反応については既に記載した特許文献によってリン脂質を反応させることによってより高純度化が可能である。
【0015】
原料として用いられるリン脂質としては大豆、米糠、サフラワー、卵黄などに由来するものやイカやオキアミ、各魚の血合いに由来するもの、イクラやニシン卵、各種白子に由来するリン脂質、その他豚や鶏の肝臓等の内臓に由来するリン脂質、ラビリンチュラ、ユ−グレナ、クロレラなどの各種微生物に由来するリン脂質などが上げられる。
【0016】
反応については特許文献1〜4など既存の方法を用いることが可能である。反応については主として酵素はPLDを用いることが可能である。アクチノマジューラやストレプトマイセスなどの菌体由来のものやキャベツに由来する酵素等が用いられる。
【0017】
分離用の溶剤としては非極性溶剤は食品としてはヘキサンが多く用いられるがヘプタンやシクロヘキサンなども用いることは可能である。極性溶剤としては非極性溶剤と混合しないものが選ばれるがエチルアルコールなど溶解性のあるものについては水を配合することによって分離可能となる。その他メチルアルコール、アクリロニトリルやアセトアミドなどが用いられる。
【0018】
本分離用の酸性化のための酸性物質としては塩酸、硫酸、硝酸などの強酸や酢酸、クエン酸などの弱酸の利用も可能である。又アルカリ性成分としては苛性ソーダ、苛性カリ、アンモニウムなどが使用される。pHの測定は極性溶剤を適量採取しこれを水で10倍希釈して測定する。酸性側はpH2〜6、アルカリ側はpH9〜11の範囲で実施されるのが好ましい。
【実施例】
【0019】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0020】
実施例1
2L四つ口フラスコ中でイカリン脂質(特開平2008−255182の方法を用いて得られたリン脂質;ホスファチジル子リン51.8%)50gをヘキサン1680mlアセトン420mlの混合物に溶解、分散させる。酢酸1.6ml、酢酸ソーダ13.6g、塩化カルシウム4.2gおよびL−セリン300gを500mlに混合溶解したものを45℃で混合する。これにPLD酵素(名糖産業製アクチノマジューラ)1.60gを加え、4時間反応後さらにPLD酵素0.80gを加えて12時間反応する。得られた反応物分液し溶剤層を取り出す。得られた反応混合物を50℃以下で減圧下溶剤留去する。得られた反応物の重量は46.9gで組成はホスファチジルセリンが39.7%であった。ホスファチジルコリンは4.5%の残存が認められた。以下脂質組成の分析は基準油脂分析試験法に従って高速液体クロマトグラフ法を用いた。分析機は島津製作所製LC−10ATを用いその他カラム、溶離液は基準油脂分析試験法にしたがった。
【0021】
実施例2
実施例1によって得られた反応混合物46.9gを10Lの撹拌機付きの分液可能な容器に加えヘキサン1600mlとアセトン400mlの混合溶剤に溶解し2000mlヘキサンとメタノール2000mlを加え撹拌する。その後塩酸10〜20mlを加えさらに撹拌し下層のPHが3以下であることを確認する。分液し上層を除去し下層を容器に再度加えて2000mlのヘキサンを加え撹拌分液する。再度下層を分液し同様の操作を3回繰り返し下層を取り出す。
【0022】
分液した下層を撹拌機付き容器に加えて2000mlのヘキサンを加えた後5%水−エタノール(水10:エタノール90)を150ml〜300ml加え十分に振とうした後pHが9以下であることを確認してヘキサン層を分離する。得られたヘキサン層から溶剤留去し得られたリン脂質画分を前記分析法で分析した。ホスファチジルセリン81.2%、ホスファチジルコリン4.3%、ホスファチジルエタノールアミン9.7%であった。
【0023】
実施例3
攪拌装置の付いた5Lの反応容器に原料である大豆リン脂質(辻製油製レシチンSPL−ホワイト(ホスファチジルイノシトール含有量16.3%、ホスファチジルエタノールアミン31.2%、ホスファチジルコリン28.1%、ホスファチジン酸7.3%)50gを酢酸バッファー(0.1モル酢酸溶液:0.1モル酢酸ソーダ溶液=2:1混合液)300mlに加え分散させる。45℃で10分攪拌した後、これにホスホリパーゼD(名糖産業製 アクチノマジューラ)1.60gと塩化カルシウム29.0gを前記酢酸バッファーと同一の組成のもの1600mlに溶解し5Lの反応容器に加え45℃で20時間反応する。得られた分散液から濾過して固形物Aを得る。水にて洗浄後減圧下50℃で乾燥する。得られた固形物Aは48.6gで、脂質の組成はホスファチジルイノシトール含有量16.5%、ホスファチジルエタノールアミン20.9%、ホスファチジルコリン6.3%、ホスファチジン酸37.3%あった。
【0024】
実施例4
実施例3によって得られた反応混合物48.6gを10Lの撹拌機付きの分液可能な容器に加えヘキサン1600mlとアセトン400mlの混合溶剤に溶解し2000mlヘキサンとメタノール2000mlを加え撹拌する。その後塩酸10〜20mlを加えさらに撹拌し下層のPHが3以下であることを確認する。分液し上層を除去し下層を容器に再度加えて2000mlのヘキサンを加え撹拌分液する。再度下層を分液し同様の操作を3回繰り返し下層を取り出す。
【0025】
分液した下層を撹拌機付き容器に加えて2000mlのヘキサンを加えた後5%水−エタノール(水10:エタノール90)を150ml〜300ml加え十分に振とうした後pHが9以下であることを確認してヘキサン層を分離する。得られたヘキサン層から溶剤留去し得られたリン脂質画分を前記分析法で分析した。ホスファチジルイノシトール45.6%、ホスファチジルコリン5.3%、ホスファチジルエタノールアミン13.7%、ホスファチジン酸15.8であった。
【産業上の利用可能性】
本発明の分離・精製法は安全性の高い溶剤を使用し食品に適用が可能であり、ホスファチジルセリンやホスファチジルイノシトールの分離に有用であり得られたリン脂質は医薬、化粧品、機能性食品などに利用することが出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン脂質混合物の各分子種を分離するために非極性溶剤と極性溶剤で液液分離をする上でまず混合系を酸性にし非極性溶剤に溶解性の高いものを移行させ分液した後、分液した極性溶剤に新たに非極性溶剤を加えてこれらの混合系にアルカリ物質を加えてアルカリ性にした後非極性溶剤と極性溶剤に溶解するものを分離することによって分子種を濃縮分離する方法およびその分離によって得られたリン脂質組成物。
【請求項2】
リン脂質が植物、海藻・水産物、動物に由来するリン脂質で原料より抽出などによって得られた混合物または酵素などで反応した反応生成物であって分離する対象の分子種がホスファチジン酸(I)、ホスファチジルセリン(II)、ホスファチジルイノシトール(III)、ホスファチジルエタノールアミン(IV)、ホスファチジルコリン(V)、プラズマローゲン(VI)およびI〜VIのリゾ体である第1項記載の濃縮分離方法およびその分離法によって得られた組成物。
【請求項3】
リン脂質において精製する対象がホスファチジルセリン(II)、またはホスファチジルイノシトール(III)である第1および第2項記載の濃縮分離方法およびその分離法によって得られた組成物。
【請求項4】
第1〜3項記載の分離精製法において用いる非極性溶剤がヘキサンであり、極性溶剤がメタノールおよび含水エタノールである第1〜3項記載の濃縮分離方法およびその分離法によって得られた組成物
【請求項5】
第1〜4項記載の分離精製法において用いるリン脂質が大豆、イカ・オキアミ・魚卵、卵黄・豚肝臓由来のリン脂質およびそのリン脂質の酵素による反応物である第1〜4項記載の濃縮分離方法およびその分離法によって得られた組成物