説明

複合酸化物とこれを用いた半導体光電極並びに光触媒

【課題】可視光照射に対しても光電流応答性を示し、半導体光電極材料・光触媒材料となる新規な複合酸化物およびそれにより構成される光電極・光触媒を提供する。
【解決手段】Fe、Zr、Tiの三元素またはFe、Zrの二元素を含む複合酸化物のうち、それぞれの元素の含有比が、合計量100%において、Feが20%から80%、Zrが20%から50%、Tiが0%から30%の範囲にある可視光応答性複合酸化物とする。そして、また、熱分解法により製造されることを特徴とする上記複合酸化物、上記複合酸化物により構成される薄膜、上記複合酸化物および上記薄膜により構成される半導体光電極、上記複合酸化物および上記薄膜により構成される光触媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は可視光応答性の複合酸化物とこれを用いた半導体光電極・光触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、太陽光エネルギーを利用するための光電極や太陽光により環境汚染物質を分解除去する光触媒が注目されており、それらの材料として様々な半導体の研究開発が行われている。酸化チタンはその代表的なものであり、実用的に最も多く用いられている。
【0003】
しかし、この酸化チタンはバンドギャップが大きいため太陽光の大部分を占める可視光領域に吸収性がなく、太陽光を有効に利用することができない。また酸化チタンは吸収性のある紫外光領域が極めて弱い室内光や自動車の車内光では機能しない。
【0004】
このための対策として、新たに利用可能な可視光応答性半導体を開発するため、酸化チタン等の既存の酸化物半導体に他の元素を微量ドープするなどの改良研究や全く新規な可視光応答性酸化物半導体材料を探索する研究が行われている(例えば、非特許文献1)。
【0005】
しかしながら、様々な元素を異なった組成で含む酸化物の組み合わせは膨大なため、これまでは、新規な酸化物半導体を合成しその可視光応答性を評価するには多くの時間と労力が必要であり、その研究開発はあまり進展していなかった。
【0006】
そこで本発明者らは、多種類の元素を様々な比率で含む酸化物半導体薄膜の自動合成装置とその薄膜の光照射に対する光電流応答性の自動評価装置を新たに開発し、可視光応答性を有し、光触媒材料としても有望な、半導体光電極の材料となる新規な複合酸化物の高速探索研究を進めてきている(特許文献1)。
【非特許文献1】「光触媒標準研究法」、東京図書、2005年1月
【特許文献1】特開2006−300812
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上のとおりの背景から、発明者らによるこれまでの検討をさらに深化、発展させて、可視光照射に対しても光電流応答性を有し、半導体光電極材料・光触媒材料となり得る新規な複合酸化物とこれにより構成される新しい光電極・光触媒を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討し、上記した特許文献1に記載の装置を用いて新規な可視光応答性の複合酸化物を探索研究した結果、可視光照射に対しても光電流応答性を示す、半導体光電極・光触媒の材料となる新規な複合酸化物を知見し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、この本発明は以下のことを特徴としている。
(1)Fe、ZrとTiまたはFeとZrを含む複合酸化物Fe、ZrおよびTiの元素含有比が、その合計100%において、Fe:20〜80%、Zr:20〜50%、Ti:0〜30%の範囲内にある可視光応答性複合酸化物。
(2)上記元素含有比が、Fe:40〜70%、Zr:30〜45%、Ti:0〜15%の範囲内にある可視光応答性複合酸化物。
(3)基板上に薄膜として構成されている上記いずれかの可視光応答性複合酸化物。
(4)熱分解法により製造されたものである上記いずれかの可視光応答性複合酸化物。
(5)上記いずれかの複合酸化物をもって構成されている半導体光電極。
(6)上記いずれかの複合酸化物をもって構成されている光触媒。
(7)上記(1)または(2)の可視光応答性複合酸化物がその構成の少なくとも一部として含まれている可視光応答性組成物。
(8)酸化チタンまたは窒素ドープ酸化チタンが含まれている上記した可視光応答性組成物。
(9)粒状体、薄膜、焼結体または積層体である上記いずれかの組成物。
(10)上記いずれかの組成物をもって構成されている半導体光電極。
(11)上記いずれかの組成物をもって構成されている光触媒。
【発明の効果】
【0010】
以上のとおりの本発明の複合酸化物を用いて光電極を構成すると、全光照射(紫外+可視)によって光電流を生じ、その最大値は酸化チタンの場合を上回る。また酸化チタンでは光電流を生じない可視光照射によっても光電流が生じ、可視光応答性を示す。光電流は光電極材料として用いたときの性能を示すものであり、また光触媒が機能するための電荷分離の度合を示している。本発明の複合酸化物は可視光照射によって電荷分離を生じて光電流を発生させることから、可視光応答性光電極や可視光応答性光触媒の材料として用いることができる。
【0011】
また、本発明の複合酸化物を含む組成物によれば、酸化チタンや窒素ドープ酸化チタン等との組成物とすることでその光応答性はより顕著なものとなり、また、バインダー成分としての酸化物等との組成物とすることで、各種形状や用途のための成形性や耐久性等に優れた各種の応用物品への展開が容易となる。複合機能性を有する物品も提供されることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の複合酸化物は、Fe、ZrとTiの三元素またはFeとZrの二元素を必須のものとして含むものであり、それぞれの元素の含有比(モル比)は、その合計100%として、Feが、20〜80%、望ましくは40%から70%、より望ましくは45%から65%、Zrが20%から50%、望ましくは30%から45%、より望ましくは30%から40%、Tiが0%から30%、望ましくは0%から15%、より望ましくは5%から15%の範囲にあることを特徴としている。またこの場合、これら以外の元素が酸化物またはそれ以外の状態で含まれている場合でも含有比からは除外し、合計に加算しない。
【0013】
本発明における「複合酸化物」とは、通常の意味での定義に従うものとして、Fe、ZrとTi、あるいはFeとZrという必須の元素が酸化物の状態として一体複合化されており、各々の元素の酸化物の混合物とは異って、各々の元素の酸化物には分割、分別され得ない一体物であると定義される。本発明の可視光応答性はこの一体物としての「複合酸化物」の機能、作用であることを意味している。ただ、各々の元素の酸化物の担体が部分的に原料や製造工程において不可避なものとして混在していてもよい。また、これ以外の元素、その化合物、あるいは有機物についても同様である。
【0014】
本発明の複合酸化物を用いて光電極を構成すると、上記した元素の含有比(モル比)の範囲において、全光照射(紫外+可視)および可視光照射によって電荷分離を生じて光電流が発生する。
【0015】
そして、それらの元素の様々な含有比にわたり、その光電流応答性を俯瞰すると、全光照射(紫外+可視)よっては純粋の酸化チタン(Tiの一元系酸化物)付近の組成を除くと上記した本発明の元素の含有比(モル比)範囲において大きな光電流が生じる。また可視光照射よっては本発明の範囲において大きな光電流が生じる。
【0016】
本発明の複合酸化物は、上記のとおり、Fe、Zr、Tiの各元素の酸化物を混合したものや、微量(1%以下レベル)の元素をドープした材料とは本質的に異なる。本発明の複合酸化物は、酸化物に含まれているこれら三元素の含有量の比が上記範囲のいずれかにあればよい。
【0017】
本発明の複合酸化物は、熱分解法や混合粉末の焼結法、あるいはスパッタリング等のような気相成膜法等の各種の方法により製造可能とされるが、なかでも、熱分解法で作製することが好ましい。たとえば、薄膜形状に作製する場合(塗布熱分解法)については詳細を実施例において説明する。この熱分解法ではそれぞれの元素を含む溶液(場合によってはコロイド溶液や懸濁液など)を良く混合して原料液を調整し、それを焼成することで複合酸化物を作製する。熱分解法には元素の含有比(モル比)の正確な制御が容易である、溶液で混合するので均一な複合酸化物を作製できる、薄膜形状にする場合(塗布熱分解法)は塗布と焼成を繰り返して積層することで精密なものが作製できるなどの利点がある。本発明に用いる熱分解法は、それぞれの元素を含む液を混合して焼成する方法ならばよく、ゾルゲル法、錯体重合法、有機金属分解法なども挙げることができる。
【0018】
そして本発明の複合酸化物は、それ自身として賦形された各種の形状を有していてよく、たとえば粒状物やその集合体、あるいは薄膜、焼結体、さらには積層体であってもよい。
【0019】
このような賦形については、本発明の複合酸化物を含有する組成物としてもよい。組成物にすることで光応答性をさらに増強することや、別の機能性をも賦形後の成形物品において実現容易とされる。
【0020】
組成物では、他成分として、酸化チタン等の光機能性酸化物や、シリカ、アルミナ等のその他酸化物、あるいはその他の無機物や、樹脂等の有機物を、バインダー成分、機能性成分として用いることができる。
【0021】
そして、本発明によれば、上記の複合酸化物を用いての半導体光電極や光触媒が提供されることになる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0023】
酸化物半導体薄膜の自動合成装置(特許文献1)を用いて塗布熱分解法によりFe−Zr−Ti三元系酸化物半導体薄膜ライブラリーを合成した。この薄膜ライブラリーはそれぞれの元素の含有比が異なった(複合)酸化物の薄膜を一枚の導電性ガラス基板上に間隔を置いて作製したものである。Fe、Zr、Tiそれぞれの含有量はモル比で0%から100%の間を10%刻みで変化させた。
【0024】
塗布する原料溶液は、シンメトリック社製のFe、Zr、Tiの溶液をモル濃度が0.2Mとなるようにブチルアセテートで希釈し、それらを体積比を変えて混合することによりそれぞれの含有量のモル比を調整した。それらの溶液には増粘剤として10重量%のエチルセルロースのブチルアセテート溶液を体積比で3倍量加えて混合した。
【0025】
導電性ガラス基板にそれぞれの溶液を所定の位置に塗布し焼成することを4回繰り返して積層膜を合成した。焼成は空気中、550℃で30分、700℃でさらに30分行った。
【0026】
酸化物半導体薄膜ライブラリーの自動評価装置(特許文献1)を用いて、合成した酸化物半導体薄膜ライブラリーについて光電流を調べた。薄膜ライブラリーを水酸化ナトリウムでpH7.0に調整した0.1M のリン酸二水素ナトリウム溶液中に入れ、全光照射(紫外+可視)条件については、300WのXeランプを直径1mmのホールスリットを通して3.2mWで照射しながら、1Vおいて光電流を測定した。可視光照射条件については、これに加えて420nmより短波長をカットするフィルターを用いた。
【0027】
図1(全光照射条件)および図2(可視光照射条件)に光電流の測定結果を示す。これらの図においては、FeおよびZrの含有比を100%から差し引いた残りがTiの含有比である。どちらの照射条件でも、本発明に係る、各元素の含有比(モル比)が、おおよそFeが40%から70%、Zrが20%から50%、Tiが0%から30%の領域において大きな光電流が観測され、Feが50%、Zrが40%、Tiが10%においてピークを示している。
【0028】
全光照射条件においては、比較例となる、同じ方法で作製された酸化チタン薄膜(Fe、Zrとも0%のTiの一元系酸化物)よりもピーク付近では大きな光電流が観測された。詳細を見るために酸化チタンおよび本発明のTiが10%の場合についての結果を図3に示す。ピーク付近のFeが60%、Zrが30%の場合とFeが50%、Zrが40%の場合には酸化チタンの場合に比較して大きな光電流が観測された。
【0029】
さらに酸化チタンでは光電流が生じない可視光照射条件おいても光電流が観測された。詳細を見るために酸化チタン薄膜および本発明のTiが10%の場合についての結果を図4に示す。酸化チタンの場合ではほとんど光電流が生じていないのに対して、本発明に係る複合酸化物の場合はすべてに光電流が観測された。とくにピーク付近のFeが60%、Zrが30%の場合とFeが50%、Zrが40%の場合には大きな光電流が観測された。
【0030】
このように本発明の複合酸化物は全光照射条件でも酸化チタンより大きな光電流を発生させ、かつ可視光照射条件でも電荷分離を生じて光電流を発生させる可視光応答性半導体であり、光電極材料・光触媒材料として優れていることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の複合酸化物により光電極を構成すると可視光の吸収利用が促進され、光電極による太陽光のより効率的な利用が可能になる。また建物の室内や自動車内のように紫外光が弱い場所においても、本発明の複合酸化物により構成する光触媒によって室内光や車内光を用いて環境汚染物質の除去や消臭を可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】酸化物薄膜ライブラリーについて全光照射における光電流の観測値を示した図である。
【図2】酸化物薄膜ライブラリーについて可視光照射における光電流の観測値を示した図である。
【図3】酸化物薄膜ライブラリーのうち酸化チタンおよびTiが10%の場合の本発明に係る薄膜について全光照射における光電流の観測値を示した図である。
【図4】酸化物薄膜ライブラリーのうち酸化チタンおよびTiが10%の場合の本発明に係る薄膜について可視光照射における光電流の観測値を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe、ZrとTiまたはFeとZrを含む複合酸化物として、Fe、ZrおよびTiの元素含有比が、その合計100%において、Fe:20〜80%、Zr:20〜50%、Ti:0〜30%の範囲内にあることを特徴とする可視光応答性複合酸化物。
【請求項2】
元素含有比が、Fe:40〜70%、Zr:30〜45%、Ti:0〜15%の範囲内にあることを特徴とする請求項1に記載の可視光応答性複合酸化物。
【請求項3】
基板上に薄膜として構成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の可視光応答性複合酸化物。
【請求項4】
熱分解法により製造されたものであることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の複合酸化物。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の複合酸化物をもって構成されていることを特徴とする半導体光電極。
【請求項6】
請求項1から4のいずれかに記載の複合酸化物をもって構成されていることを特徴とする光触媒。
【請求項7】
請求項1または2に記載の可視光応答性複合酸化物がその構成の少なくとも一部として含まれていることを特徴とする可視光応答性組成物。
【請求項8】
酸化チタンまたは窒素ドープ酸化チタンが含まれていることを特徴とする請求項7に記載の可視光応答性組成物。
【請求項9】
粒状体、薄膜、焼結体または積層体であることを特徴とする請求項7または8に記載の可視光応答性組成物。
【請求項10】
請求項7から9のいずれかに記載の組成物をもって構成されていることを特徴とする半導体光電極。
【請求項11】
請求項7から9のいずれかに記載の組成物をもって構成されていることを特徴とする光触媒。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−73708(P2009−73708A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−245936(P2007−245936)
【出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】