説明

複合酸化物

【課題】紫外光活性および可視光応答性を兼ね備えた複合酸化物を提供すること。
【解決手段】本発明の複合酸化物は、酸化チタン表面に酸化鉄が担持された複合酸化物である。本発明の複合酸化物は、X線光電子分光分析によるFe2p3/2に帰属する結合エネルギーが710.0eVより小さい、および/または、Fe2p1/2に帰属する結合エネルギーが723.5eVより小さい。好ましくは、X線吸収分析による鉄のX線吸収端近傍構造(XANES)において、K吸収端の低エネルギー側に現れる1s→3d電子遷移に基づくピーク(Fe−K pre−edge)の高さが、XANESのピークトップを1としたとき、0.047より小さい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合酸化物に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化チタンが示す光触媒作用は、防臭、抗菌、防汚等さまざまな環境浄化技術に応用されている。近年、この酸化チタンの光触媒作用をさらに向上させる開発が多数なされている。例えば、可視光照射により光触媒活性を発現する可視光応答型光触媒の開発が進められている。具体的には、酸化チタンにPtやCuを担持させることが提案されている(例えば、特許文献1および非特許文献1参照)。
【0003】
しかし、より優れた光触媒活性を有するアナターゼ型に対しては可視光応答性を付与できない、可視光応答性を付与し得るものの本来の紫外光活性が損なわれる等の問題がある。そこで、紫外光活性と可視光応答性のいずれも十分に満足する光触媒の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−104913号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Chem. Eur. J., 2000, 6, 379−384.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、その主たる目的は、紫外光活性および可視光応答性を兼ね備えた複合酸化物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の複合酸化物は、酸化チタン表面に酸化鉄が担持された複合酸化物であって、X線光電子分光分析によるFe2p3/2に帰属する結合エネルギーが710.0eVより小さい、および/または、Fe2p1/2に帰属する結合エネルギーが723.5eVより小さい。
好ましい実施形態においては、X線吸収分析による鉄のX線吸収端近傍構造(XANES)において、K吸収端の低エネルギー側に現れる1s→3d電子遷移に基づくピーク(Fe−K pre−edge)の高さが、XANESのピークトップを1としたとき、0.047より小さい。
好ましい実施形態においては、酸化チタンの単位表面積当たりに存在するFeイオン数Γ(ions nm−2)が0<Γ<1の関係を満足する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、酸化チタン表面に酸化鉄が特定の状態で担持されていることにより、酸化チタンのバンドギャップが狭まって可視光でも電子が励起される。また、発生したホールと励起電子とが速やかに分離して異なる場所に集積し、効率よくホールと励起電子とを利用することができる。具体的には、酸化チタン表面の酸化鉄(FeO)上にホールが高密度に集積する一方、励起電子は酸化チタン側に移動し得る。さらに、酸化チタンから表面の酸化鉄(FeO)の空のd軌道に移動した励起電子は、酸素の還元を促進し得る。その結果、本発明の複合酸化物は、可視光、紫外光のいずれを照射した場合にも、優れた光触媒活性を示し得る。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の複合酸化物の触媒活性のスキームである。
【図2】本発明の実施例および比較例のXPS分析の結果を示すグラフである。
【図3】図3(a)は、本発明の実施例および比較例のFe−K吸収端近傍構造(XANES)であり、図3(b)は、pre−edge領域の測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の複合酸化物は、任意の適切な形態とされている。1つの実施形態においては、粉末状とされている。この場合、平均1次粒子径は、好ましくは5nm〜10μmである。比表面積は、好ましくは20m/g〜500m/gである。別の実施形態においては、薄膜状とされている。この場合、膜厚は、代表的には1μm〜20μmである。薄膜状の具体例としては、ガラス基板上にFTO(フッ素ドープ酸化錫)層を介して形成された複合酸化物層が挙げられる。また、本発明の複合酸化物は、多孔質体とされていてもよい。
【0011】
本発明の複合酸化物は、酸化チタン表面に酸化鉄が担持されている。酸化チタンの結晶構造は、任意の適切な結晶構造が採用され得る。好ましくは、アナターゼ型結晶構造を含む酸化チタンが用いられる。酸化チタン表面に酸化鉄が特定の状態で担持されていることで、アナターゼ型結晶構造の酸化チタンが本来有する紫外光活性を損なうことなく可視光応答性を示し得ることが本発明の特徴の1つである。
【0012】
酸化鉄の鉄(Fe)は、好ましくは、2価の状態で担持されている。具体的には、X線光電子分光(XPS)分析によるFe2p3/2に帰属する結合エネルギーが710.0eVより小さい、および/または、Fe2p1/2に帰属する結合エネルギーが723.5eVより小さい。
【0013】
酸化鉄のFeは、好ましくは、その電子軌道が対称性の良い状態で担持されている。具体的には、X線吸収分析による鉄のX線吸収端近傍構造(XANES)において、K吸収端の低エネルギー側に現れる1s→3d電子遷移に基づくピーク(Fe−K pre−edge)の高さが、XANESのピークトップを1としたとき、0.047より小さい。
【0014】
酸化チタンの単位表面積当たりに存在するFeイオン数Γ(ions nm−2)は、好ましくは0<Γ<1の関係を満足し、さらに好ましくは0.01<Γ<0.8の関係を満足する。このような範囲であることにより、極めて優れた触媒活性を示し得る。後述するホールおよび励起電子の集積状態を良好に達成し得るからである。
【0015】
Feが上記のような状態で担持されていることにより、優れた触媒活性を示し得る。具体的には、優れた可視光応答性を有し、さらに、可視光、紫外光のいずれを照射した場合にも、優れた光触媒活性を示し得る。これは、上記担持状態により、図1に示す状態を達成したことによると考えられる。具体的には、酸化チタンのバンドギャップが狭まって可視光でも電子が励起される。また、発生したホールと励起電子とが速やかに分離して異なる場所に集積し、効率よくホールと励起電子とを利用することができる。すなわち、酸化チタン表面の酸化鉄(FeO)上にホールが高密度に集積する一方、励起電子は酸化チタン側に移動し得る。さらに、酸化チタンから表面の酸化鉄(FeO)の空のd軌道に移動した励起電子は、酸素の還元を促進し得る。
【0016】
本発明の複合酸化物は、上記の担持状態を実現し得る限り、任意の適切な方法で作製される。具体例として、酸化チタンをトリスペンタジオナト鉄(Fe(acac))溶液中に浸漬させる工程(吸着工程)と、酸化チタンを洗浄する工程(洗浄工程)と、酸化チタンを焼成する工程(焼成工程)とをこの順に含む方法が挙げられる。
【0017】
酸化チタンをトリスペンタジオナト鉄(Fe(acac))溶液中に浸漬させることで、酸化チタン表面にFe(acac)錯体を吸着させることができる。上記トリスペンタジオナト鉄溶液の溶媒としては、好ましくは、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、トルエン、キシレン、ヘキサン、アセトン、メチルエチルケトン、酢酸エチル、酢酸n−ブチル等が用いられる。これらは、単独でまたは2種以上組み合わせて用いることができる。中でも、エタノールとn−ヘキサンとの混合溶媒が好ましく用いられる。トリスペンタジオナト鉄溶液の濃度は、好ましくは、1.0×10−4mol dm−3〜1.0×10−2mol dm−3である。
【0018】
トリスペンタジオナト鉄溶液の液温は、好ましくは10℃〜50℃である。トリスペンタジオナト鉄溶液への酸化チタンの添加量は、酸化チタンが粉末状である場合、トリスペンタジオナト鉄溶液100mlに対して、酸化チタンを100mg〜10g添加することが好ましい。トリスペンタジオナト鉄溶液への酸化チタンの浸漬時間は、好ましくは1時間〜72時間である。酸化チタンをトリスペンタジオナト鉄(Fe(acac))溶液中に浸漬させる際、超音波処理を施したり、攪拌したりするのが好ましい。このような処理を施すことで、より速やかに、また、より均一に、酸化チタン表面にFe(acac)錯体を吸着させることができる。
【0019】
上記洗浄工程は、代表的には、適切な洗浄溶媒を用いて酸化チタンを洗浄する。洗浄溶媒としては、好ましくは、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、トルエン、キシレン、ヘキサン、アセトン、メチルエチルケトン、酢酸エチル、酢酸n−ブチル等が用いられる。中でも、メタノール、エタノール、アセトンが好ましく用いられる。洗浄方法としては、任意の適切な方法が採用され得る。1つの実施形態においては、遠心分離を用いる。具体的には、洗浄溶媒に酸化チタンを分散させた分散体を遠心分離により分離して上澄み液を除去するという操作を繰り返すことにより行う。別の実施形態においては、ろ過を用いる。吸着工程後、洗浄することにより、酸化チタン表面に存在する余分な錯体(例えば、物理吸着した錯体)を除去して、上記の担持状態を達成することができる。
【0020】
上記焼成工程により、酸化チタンに化学吸着した鉄錯体を酸化鉄とすることができる。焼成工程は、代表的には、空気雰囲気下で熱処理することにより行う。熱処理の温度は、好ましくは300℃〜600℃である。熱処理の時間は、好ましくは10分〜3時間である。
【0021】
酸化鉄の担持量は、例えば、上記吸着工程の条件を調整することにより制御することができる。具体的には、上記トリスペンタジオナト鉄溶液の濃度、トリスペンタジオナト鉄溶液への酸化チタンの添加量等を調整することにより制御することができる。また、上記吸着・洗浄・焼成工程を1サイクルとし、これを繰り返すことにより制御してもよい。繰り返し回数は、吸着工程の条件等に応じて異なるが、好ましくは1回〜10回である。これ以外にも、酸化鉄の担持量は、例えば、酸化チタンの粒子径を調整することにより制御することができる。
【0022】
なお、酸化チタン表面に酸化鉄が担持されているか否かは、例えば、酸化鉄のみを溶解し得る溶液(例えば、濃塩酸)と、酸化鉄および酸化チタンを溶解し得る溶液(例えば、濃硫酸)に、それぞれ試料を溶解させて、各溶液のFe量を測定することにより判断することができる。具体的には、各溶液のFe量が一致すれば、酸化チタン表面に酸化鉄が担持されていると判断することができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。なお、各特性の測定方法は以下の通りである。
1.酸化チタン表面に存在するFeイオン数(Γ/ions nm−2
得られた複合酸化物0.04gを35%のHCl水溶液10mlに分散させ、室温で1時間撹拌し、担持されている鉄を溶解させた。その後、20mlの蒸留水を入れて1時間放置し、溶液をろ過した。こうして得られた溶液の鉄含有量をICP発光分析法により測定し、以下の式からFeイオン数を算出した。
Feイオン数(Γ/ions nm−2)=(複合酸化物1g当たりの鉄含有量[g])/(鉄の原子量(55.85))×(アボガドロ定数(6.022×1023)/(酸化チタンの比表面積[nm/g])
<ICP測定の測定条件>
装置:ICP発光分析装置(島津製作所社製、ICPS−7500)
【0024】
[実施例1]
エタノールとn−ヘキサンとの混合溶媒(体積比3:17)にトリスペンタジオナト鉄Fe(acac)を溶解させて溶液を調製した。得られた溶液100mlに、酸化チタン(日本アエロジル株式会社製、AEROXIDE TiO P−25、平均一次粒子径21nm、比表面積50m−1)1.0gを加え、暗所にて室温で24時間攪拌し、分散液を得た。ここで、Fe(acac)の濃度は6.5×10−4mol dm−3であった。
上記分散液を2つの遠心管(50ml)に分けて入れ、遠心分離(7500rpm)し、上澄み液を除去した。その後、酸化チタンをエタノールに分散させた後、再度、遠心分離を行い、上澄み液を除去して洗浄した。この洗浄操作を2回繰り返し行った後、酸化チタンを室温で24時間真空乾燥した。
次いで、酸化チタンを、空気雰囲気下、500℃で1時間熱処理を行った(焼成)。
このようにして、Γ=0.2の複合酸化物を得た。
【0025】
[実施例2]
トリスペンタジオナト鉄溶液の濃度を5.0×10−3mol dm−3としたこと以外は、実施例1と同様にして、複合酸化物(Γ=0.5)を得た。
【0026】
[実施例3]
実施例2の操作を2回繰り返して複合酸化物(Γ=0.9)を得た。
【0027】
[比較例1]
実施例2の操作を10回繰り返して複合酸化物(Γ=5.4)を得た。
【0028】
得られた複合酸化物について、以下の評価を行った。
1.X線光電子分光(XPS)分析
<測定条件>
装置:Kratos Axis Nova (島津製作所社製)
光源:monochromatic Al Kα線(1486.6eV)(15kV、10mA)
光電子脱出角度:90°
ナロースキャン
横軸補正:C1sメインピークを284.6eVに合わせる
2.X線吸収分析
SPring−8のビームラインBL14B2 XAFS測定装置により、Fe−K吸収端近傍構造(XANES)を蛍光法により測定した。データ解析は、REX2000プログラム(リガク)により行った。
3.触媒活性の評価
2−ナフトール(2−NAP)の酸化分解度合いを測定することにより触媒活性を評価した。
具体的には、得られた複合酸化物0.1gをホウケイ酸ガラス容器に入れ、濃度1.0×10−5mol dm−3の2−NAP溶液(溶媒:アセトニトリルと水との混合溶媒(体積比1:99))を50ml加えた。これに対し、可視光カットフィルター(東芝社製、UV−D33S)を介して、キセノンランプ(Wacom製、HX500)により光を照射した。光強度I320−400nmは、0.5mWcm−2(λ>330nm)であった。
光照射開始から3分ごとに、未分解の2−NAPを定量した。定量方法は、容器内の液体を2ml採取し、可視紫外分光光度計(島津製作所社製、UV−1800)で波長224nm吸収ピークを測定することにより、2−NAPの濃度を求めた。
初期の2−NAP濃度を[2−NAP]、t時間照射後の2−NAPの濃度を[2−NAP]とし、縦軸をln([2−NAP]/[2−NAP])、横軸を反応時間tとしてプロットすると、ほぼ一次に比例した。得られた直線の傾きから反応速度定数(kUV/h−1)を求め、触媒活性を評価した。
カットフィルターとして、UV光カットフィルター(東芝社製、L−42)を用いたこと以外は上記と同様の方法で、可視光での触媒活性を評価した。光強度I420−485nmは、1.0mWcm−2(λ>400nm)であった。
初期の2−NAP濃度を[2−NAP]、t時間照射後の2−NAPの濃度を[2−NAP]とし、縦軸をln([2−NAP]/[2−NAP])、横軸を反応時間tとしてプロットすると、ほぼ一次に比例した。得られた直線の傾きから反応速度定数(kvis/h−1)を求め、触媒活性を評価した。
【0029】
XPS分析の結果を図2に、Fe−K吸収端近傍構造(XANES)を図3に示す。また、XPS分析、XANESのピークトップを1としたときFe−K pre−edgeの高さ、および、触媒活性の評価結果を表1にまとめる。
【0030】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の複合酸化物は光触媒としての利用だけでなく、可視光で効率よく電荷分離が生じることから、例えば、光電変換材料(太陽電池材料)としても用いられ得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化チタン表面に酸化鉄が担持された複合酸化物であって、
X線光電子分光分析によるFe2p3/2に帰属する結合エネルギーが710.0eVより小さい、および/または、Fe2p1/2に帰属する結合エネルギーが723.5eVより小さい、複合酸化物。
【請求項2】
X線吸収分析による鉄のX線吸収端近傍構造(XANES)において、K吸収端の低エネルギー側に現れる1s→3d電子遷移に基づくピーク(Fe−K pre−edge)の高さが、XANESのピークトップを1としたとき、0.047より小さい、請求項1に記載の複合酸化物。
【請求項3】
酸化チタンの単位表面積当たりに存在するFeイオン数Γ(ions nm−2)が0<Γ<1の関係を満足する、請求項1または2に記載の複合酸化物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−153591(P2012−153591A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−16579(P2011−16579)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】