複層塗膜の非接触非破壊評価方法及びそれを用いた装置
【課題】複層塗膜の内部構造及び内部欠陥を、非接触非破壊且つ簡便に測定、解析することができる複層塗膜の非接触非破壊評価方法及びそれを用いた装置を提供すること。
【解決手段】本評価方法は、光源1からの光を参照光と複層塗膜4への入射光とに分岐する分岐ステップと、前記参照光の光学距離を調整する調整ステップと、前記複層塗膜からの反射光と前記参照光とを干渉せしめる干渉ステップと、前記複層塗膜からの前記反射光を含む干渉光を検出して前記干渉光の強度信号を出力する検出ステップと、前記強度信号を解析する解析ステップと、を含む。
【解決手段】本評価方法は、光源1からの光を参照光と複層塗膜4への入射光とに分岐する分岐ステップと、前記参照光の光学距離を調整する調整ステップと、前記複層塗膜からの反射光と前記参照光とを干渉せしめる干渉ステップと、前記複層塗膜からの前記反射光を含む干渉光を検出して前記干渉光の強度信号を出力する検出ステップと、前記強度信号を解析する解析ステップと、を含む。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種素材に対して塗装を一回以上行って積層された単層塗膜又は複層塗膜の構造及び、各層内に生じた欠陥、各層間に生じた欠陥、塗膜と被塗物表面との界面に生じた欠陥を非接触非破壊的に測定し評価する複層塗膜の非接触非破壊評価装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の工業製品や、建築物の内装材、外装材の表面には、素材の保護及び美粧性を付与することを目的として、各種の塗料が塗装され、塗膜が形成されている。塗膜内部の状態が、素材の保護や美粧性の付与に大きな影響を及ぼしているので、内部状態の把握は重要である。内部欠陥を検出できれば、塗膜劣化が推定できるので、再塗装の必要性等を検討することができる。
【0003】
塗膜内部の検査方法としては、塗膜を破壊して検査する方法と塗膜を破壊しないで検査する方法がある。
【0004】
塗膜を破壊して検査する方法には、塗膜を破断し断面を顕微鏡などで観察する光学顕微鏡法及びSEM法など、塗膜の一部を採取して(削り取って)分析する赤外分析など、塗膜を断片状にし、化学的処理をして分析する元素分析など、さらには、塗膜ごと素地を削り取って電気化学的に検査するインピーダンス法などがある。
【0005】
塗膜を破壊せずに検査する方法には、塗膜に超音波を照射し得られる反射波によって塗膜内部を解析する超音波診断法、塗膜をたたいて音で塗膜の欠陥を診断する打診法、表面から観察する光学顕微鏡法、医療用途として波長800nmが多用されている従来の光干渉断層法、さらには、近年研究されているテラヘルツ波を用いた光干渉断層法(特許文献1)がある。また、特許文献2には、測定対象の試料がフラットな平面を有しない場合、試料を載せつつ回転できる試料載置台を備えて測定精度を上げる光干渉断層法の計測装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−028618号公報
【特許文献2】特開平11―326183号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】森谷 洋平、外3名、「長深度低コヒーレンス干渉計のための可変光路拡大機構」、電子情報通信学会技術研究報告、信学技報、2000年11月8日、Vol.100, No.428, p.83-88
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
素材の保護には堅牢な塗膜が必要であり、また、美粧性には無傷であることが必要である。しかしながら、従来から公知の塗膜を破壊して塗膜内部を検査する方法を適用すると、塗膜が損傷してしまい、さらに、素地にも損傷が及ぶ場合がある。しかし、塗膜の機能を維持するためには、塗膜表層、内部及び素材との界面が健全であることが重要である。塗膜に損傷を与えると、塗膜の機能を損なう可能性があり好ましくない。
【0009】
他方、塗膜の劣化や素地の劣化などは塗膜下で進行することがある。このため、例えば補修時期の決定には、塗膜に損傷を与えずに塗膜内部および塗膜下の状態を調べることは有用である。
【0010】
しかし、従来から公知の塗膜を破壊せずに塗膜内部を検査する方法にもそれぞれの問題がある。例えば、超音波診断法では、塗膜内部で超音波が減衰し、深さ方向の分解能が小さいため複層塗膜の解析に適用するのは困難である。打診法では、周囲の音との比較による定性的評価は可能であるが、複層塗膜の内部を詳細に解析することは困難である。表面から観察する光学顕微鏡法では、塗膜表面から深度方向に塗膜内部を観察するが、可視光が透過しない塗膜には適用できない。医療用途として波長800nmが多用されている従来の光干渉断層法は、塗膜に黒顔料、青系顔料が含まれると、入射光が吸収されて、計測に十分な反射強度を得られないという問題がある。さらに、テラヘルツ波を用いた光干渉断層法は、分解能力が不十分な上に、光源にフェムト秒レーザーを用いるなど、システムが複雑になってしまうという欠点がある。
【0011】
従って、本発明は、上記説明した従来技術の問題を解決するために成されたもので、種々の物体上の複層塗膜の内部構造及び内部欠陥を、非接触非破壊且つ簡便に測定、解析することができる複層塗膜の非接触非破壊評価方法及びそれを用いた装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(1)は、被塗物に塗膜が積層されてなる複層塗膜に光源からの光を照射し、前記複層塗膜からの反射光を検出して解析することによる複層塗膜の非接触非破壊評価方法であって、光源からの光を参照光と前記複層塗膜への入射光とに分岐する分岐ステップと、前記参照光の光学距離を調整する調整ステップと、前記複層塗膜からの反射光と前記参照光とを干渉せしめる干渉ステップと、前記複層塗膜からの前記反射光を含む干渉光を検出して前記干渉光の強度信号を出力する検出ステップと、前記強度信号を解析する解析ステップと、を含むことを特徴としている。
【0013】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(2)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)において、前記光が、波長780nm〜3000nmの範囲内の近赤外光であることを特徴としている。
【0014】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(3)は、上記の非接触非破壊評価方法(2)において、前記光が、波長1300nm〜2000nmの範囲内の近赤外光であることを特徴としている。
【0015】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(4)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)〜(3)の何れかにおいて、前記光源が、LED、SLD、又はレーザーから選択された何れか1つであることを特徴としている。
【0016】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(5)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)〜(4)の何れかにおいて、前記解析ステップが、前記反射光の光学距離と前記強度信号との関係を特定することにより行われることを特徴としている。
【0017】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(6)は、上記の非接触非破壊評価方法(5)において、前記関係を特定することが、前記関係における前記強度信号のピークの数を、被塗物及び前記複層塗膜の層の数として決定すること、及び/又は、前記強度信号の隣接するピーク間の間隔から、前記複層塗膜の対応する層の厚さを求めることを含むことを特徴としている。
【0018】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(7)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)〜(4)の何れかにおいて、前記解析ステップが、前記強度信号のパターンとリファレンス複層塗膜により得られた強度信号であるリファレンス・プロファイルとの比較により行われることを特徴としている。
【0019】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(8)は、上記の非接触非破壊評価方法(7)において、前記強度信号の2番目以降のピークの、表層を示す1番目のピークに対する強さの比率が、前記リファレンス複層塗膜により得られた対応する比率より所定値以上小さいとき、最初に小さい比率を示した前記2番目以降のピークに対応する塗膜及び/又は界面に欠陥があると判断することを特徴としている。
【0020】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(9)は、上記の非接触非破壊評価方法(7)において、前記強度信号のピークの数が前記リファレンス・プロファイルにおけるピークの数と異なるとき、前記複層塗膜に欠陥があると判断することを特徴としている。
【0021】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(10)は、上記の非接触非破壊評価方法(7)において、前記強度信号のピークが前記リファレンス・プロファイルにおける2つの強度ピークの間にも存在するとき、前記複層塗膜の対応する層内に欠陥があると判断することを特徴としている。
【0022】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(11)は、上記の非接触非破壊評価方法(7)において、前記強度信号において前記リファレンス・プロファイルの特定の強度ピークに対応する位置の両側にピークが存在するが、前記特定の強度ピークに対応するピークが存在しないとき、前記複層塗膜の、前記特定の強度ピークが示す膜間の界面に欠陥があると判断することを特徴としている。
【0023】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(12)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)〜(11)の何れかにおいて、前記複層塗膜が、可視光領域において被塗物を隠蔽する隠蔽塗膜であることを特徴としている。
【0024】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(13)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)〜(12)の何れかにおいて、前記分岐ステップ〜前記解析ステップまでの処理が、前記複層塗膜の表面の複数箇所に対して行われることを特徴としている。
【0025】
さらに、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置(1)は、被塗物に塗膜が積層されてなる複層塗膜に光源からの光を照射し、前記複層塗膜からの反射光を検出して検出信号を解析することによる複層塗膜の非接触非破壊評価装置であって、光源と、前記光源からの光を参照光と前記複層塗膜への入射光とに分岐する分岐手段と、前記参照光の光学距離を調整する参照光光学系と、前記入射光を前記複層塗膜へ入射させ、さらに、前記複層塗膜からの反射光を取り出す反射光光学系と、前記参照光光学系からの参照光と前記反射光光学系からの反射光とを干渉せしめる干渉手段と、前記干渉手段からの、前記反射光を含む干渉光を検出して前記干渉光の強度信号を出力する検出手段と、前記強度信号を解析する解析手段と、を備えることを特徴としている。
【0026】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置(2)は、上記の非接触非破壊評価装置(1)において、前記解析手段が、前記反射光の光学距離と前記強度信号との関係を特定すること、及び/又は、前記強度信号のパターンとリファレンス複層塗膜により得られた強度信号であるリファレンス・プロファイルとの比較を行うことを特徴としている。
【0027】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置(3)は、上記の非接触非破壊評価装置(1)又は(2)において、前記光が、波長780nm〜3000nmの範囲内の近赤外光であることを特徴としている。
【0028】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置(4)は、上記の非接触非破壊評価装置(1)〜(3)の何れかにおいて、前記光源が、LED、SLD、又はレーザーから選択された何れか1つであることを特徴としている。
【発明の効果】
【0029】
本発明にかかる複層塗膜の非接触非破壊評価方法及び評価装置によれば、複層塗膜の内部構造を非接触で且つ非破壊で特定することができる。また、塗膜の劣化などによる塗膜内部の欠陥、塗膜と素地との間に発生した隙間などを診断することができる。近赤外光を使用することにより、顔料を含む可視光の透過率の小さい塗膜、即ち、隠蔽性塗膜についても測定が可能である。
【0030】
さらに、他の物理的に膜厚を測定する方法と本装置を組み合わせることによって従来測定が困難であった隠蔽塗膜の屈折率を見積もることができる。
【0031】
従って、本発明は、例えば工業製品や各種構造物に適用された複層塗膜の経時劣化の被破壊検査、耐候性試験、耐食性試験等に供された各種試験板に適用された複層塗膜の非破壊測定、塗膜の白化、ハガレといった塗膜の層内、層間の欠陥の非破壊検査、劣化度測定、膜層の間に付着した塩類による欠陥の検査、建築、旧塗膜の塗装前診断など広範囲に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施の形態に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】本発明を用いて鋼板及び4層の複層塗膜からなるサンプルに対して測定を行い、検出信号を解析する測定例を説明する図である。
【図3】本発明を用いて塗膜の層間に欠陥があるサンプルに対して測定を行い、検出信号を解析する測定例を説明する図である。
【図4】本発明を用いて塗膜の層内に欠陥があるサンプルに対して測定を行い、検出信号を解析する測定例を説明する図である。
【図5】2層の塗膜を有するサンプルに関する実施例を説明する図である。
【図6】3層の塗膜を有するサンプルに関する実施例を説明する図である。
【図7】赤顔料を含んだ塗膜を有するサンプルに関する実施例(λ=1310nm)を説明する図である。
【図8】黒顔料を含んだ塗膜を有するサンプルに関する実施例(λ=1310nm)を説明する図である。
【図9】黒顔料を含んだ塗膜を有するサンプルに関する実施例(λ=840nm)を説明する図である。
【図10】促進耐候試験を行わずに同じ塗膜が積層されたサンプルに関する実施例を説明する図である。
【図11】1層目の塗膜の形成後に促進耐候試験を行ってから2層目の塗膜が形成されたサンプルに関する実施例を説明する図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
本発明の原理は、位置分解能が高く、塗膜の透過性が良い近赤外線を好ましい光源とし、光源から2つに分岐された一方の測定系光路の光線を複層塗膜に照射し、他方の参照系光路の光線を参照光とし、少なくとも参照系光路の光学距離を制御しながら、二つ光路の光学距離が一致したときに複層塗膜からの反射光と参照光との重ね合わせにより生じる干渉光を測定することにより、単層または複層塗膜の内部構造を評価、特定することである。
【0034】
尚、本発明では、光の干渉現象を利用するので、光が通過する距離を波長単位で評価することが必要である。そして、本発明では、光は異なる媒質中(空気、塗膜中の各層)を通過するので、波長が変化する。従って、本明細書において距離は、特別な記載が無い限り、媒質の屈折率を考慮した「光学距離」を意味する。
【0035】
図1は、本願発明の実施の形態に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置の構成を示すブロック図である。
【0036】
本実施の形態に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置は、マイケルソン干渉計の原理を用いるOCT(Optical Coherence Tomography:光干渉断層法)を採用し、主に、光源部と、光源部からの光を用いて干渉を生じさせる第1光学部、塗膜のサンプルに光を照射し、サンプルからの反射光を第1光学部に入射させる第2光学部と、参照光を制御する第3光学部と、干渉光を受光して増幅する受光増幅部と、増幅の結果を記録して解析する解析部とで構成される。
【0037】
具体的に、本装置は、光源1、光源1で発生させた光を入射光と参照光とに分岐し、後述の反射光と参照光とを重ね合わせ、干渉を生じさせるビームスプリッター2、入射光を集束させてサンプル4に照射し、そして、サンプル4からの反射光をビームスプリッター2に戻させる集束レンズ3、参照光の光学距離を変化させ、且つ、参照光をビームスプリッター2に戻させる位置可変機構付き交差ミラー5、位置可変機構付き交差ミラー5に固定されている固定ミラー6、干渉光を受光する受光センサー7、受光センサー7の出力信号を増幅する増幅器8、及び、増幅した信号を解析するコンピューター9を備える。
【0038】
ここでは、ビームスプリッター2は第1光学部に相当し、集束レンズ3は、第2光学部に相当し、位置可変機構付き交差ミラー5及び固定ミラー6は、第3光学部に相当し、受光センサー7及び増幅器8は、受光増幅部に相当し、コンピューター9は、解析部に相当する。
【0039】
次に、本実施の形態に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置の動作方法を、図1に示した本発明の非接触非破壊評価装置の一例を用いて説明する。
【0040】
複層塗膜のサンプル4を所定の台(図示せず)に載せる。光源1から発せられた光がビームスプリッター2によって直進の参照光と進行方向が変更された入射光とに分かれる。入射光は、集束レンズ3によってサンプル4に照射し、サンプルからの反射光はまた、集束レンズ3を介してビームスプリッター2に入射する。一方、位置可変機構付き交差ミラー5は図1に示す矢印の方向に左から右へ移動させられながら、即ち、参照光の光学距離を変えながら、参照光の方向を変更して参照光をビームスプリッター2に入射させる。このとき、ビームスプリッター2において、サンプル4からの反射光と位置可変機構付き交差ミラー5からの参照光とが重なり合い、干渉し合う。このように形成された干渉光は、受光センサー7によって受光される。増幅器8は、受光センサー9の出力を適切に増幅し、コンピューター9は、増幅器8の出力を解析し、塗膜の内部構造や、膜厚を評価する。
【0041】
上記した位置可変機構付き交差ミラー5の移動、即ち、位置可変機構付き交差ミラー5の位置を走査することは、参照光の光学距離を変化させるためである。ビームスプリッター2にてサンプル4からの反射光と重ね合う際に、参照光は、その光学距離に応じたサンプル4の深さ方向の所定の距離からの反射光と干渉を生じる。即ち、参照光の光学距離と入射光及び反射光の光学距離とが等しいとき、干渉光の強度が増大する。
【0042】
例えば、図1に示している位置では、ビームスプリッター2から位置可変機構付き交差ミラー5を介して固定ミラー6までの距離は、ビームスプリッター2からサンプル4の表面までの距離と同じとする。この状態から、位置可変機構付き交差ミラー5を右へ、複層塗膜の表面の第1層の厚さほど移動させると、例えば複層塗膜の第1層の屈折率は空気の屈折率と同じである場合、参照光は、複層塗膜の第1層の深さで生じた反射光と干渉を生じることができる。
【0043】
従って、複層塗膜の全体構造を解析するには、位置可変機構付き交差ミラー5の位置を最小でも、複層塗膜の厚さほど走査する必要がある。
【0044】
屈折率が不連続に変化する部分で反射が生じる。そのため、サンプルからの反射光はサンプル中の屈折率変化を反映する情報である。塗膜において屈折率変化の大きな要因となるのは「塗膜と塗膜との屈折率差」、「塗膜中の欠陥」、「光源波長λに対してλ/2に相当するサイズの塗膜含有物(主に顔料)、相分離構造」などである。
【0045】
このうち、層間の屈折率差による屈折率変化は、塗膜の各層の厚さがほぼ一定であると考えられるので、塗膜の深さ方向の位置がほぼ一定である。この特徴は、屈折率変化が層間の屈折率差に起因するものか、又は、含有物の存在に起因するものかを区別することを可能にする。
【0046】
このため、測定された光学距離又は膜厚と干渉光の強さとの関係において、以下のような関係が存在し、複層塗膜の内部構造の評価に使用されることができる。
・ピークの数
干渉光強度のピーク、即ち、最も強い干渉光を生じさせた場所は、屈折率の差異が最も大きい場所であり、複層塗膜の屈折率が変化する界面、及び複層塗膜と周囲との界面を意味する。例えば、自然環境(空気)に置かれるサンプルが、素材と、素材上のN層の複層塗膜とがある場合、空気と複層塗膜の表層との屈折率の相違、及び、素材と複層塗膜の最下層との屈折率の相違を考慮すると、複層塗膜を取り巻く屈折率が変化する界面の数はN+1であり、即ち、屈折率が変化する界面の数は屈折率が異なる複層塗膜の層の数より1多い。このため、界面に対応するピークの数より複層塗膜は何層の塗膜から構成されているのかが分かる。
・ピーク間の距離
ピーク間の距離は、即ち光学距離であり、膜の厚さ及び屈折率により決まる。従って、ピーク間の距離により各層の膜厚を求めることができる。
・ピークの高さ
隣接する層がはっきり区別でき、即ち、層が平滑で、層の乱れがない場合、この層間の屈折率の差による反射光は最も強く、ゆえに、干渉光も最も強い。しかし、この層間が混層(境界で2つの層の物質が混合した状態)になっていれば、或いは、層内に光を散乱するようなものが存在していれば、反射光が弱まり、ゆえに、干渉光も弱まる。
【0047】
例えば、図2において、表層のクリヤーCCの塗膜と空気との界面からの反射光aは、表面の塗膜が平滑であれば、その強さを示すピークの大きさは安定である。表層のクリヤーCCとその下のベースコートBCとの界面からの反射光は反射光bである。この反射光bは、反射光aと同様に、界面が平滑ならば、また、クリヤーCC内に光を散乱するようなものがない場合には、大きなピークを示すが、そうでない場合には、小さめのピークを示す。従って、反射光a、bに対応する干渉光のピークの比率b/aは、層内及び界面が正常であるか又は何らかの欠陥が存在するかを示す指標となる。即ち、比率b/aは、リファレンス塗膜の測定値より小さいとき、界面又は層内に欠陥が存在することが分かる。ここでは、層内が正常であることは、層内に光を散乱し、及び/又は反射する要因がないことを意味し、界面が正常であることは、隣接する層がはっきり区別でき、即ち、層が平滑で、層の乱れがないことを意味する。
【0048】
その他の層に関する比率、図2を例にすると、c/a、d/a、e/aも同様にそれぞれの界面や層内の状態を示し得る。
【0049】
尚、上記のリファレンス塗膜には、正常であることが既知な複層塗膜を用いることができる。ここでの正常とは、塗膜の外観に異常がなく、破壊検査で層内及び層間の異常がないのが確認されたことをいう。また、リファレンス塗膜には、例えば、耐候性試験等に供する、同一の素材、同一の塗料、同一の塗装条件で形成された試験板を一対作成しておいて、そのうちの耐候性試験に供さなかった試験板を用いることができる。リファレンス塗膜は、評価対象の被試験塗膜に応じて、単層又は複層であり得る。
【0050】
さらに、リファレンス塗膜を測定して得られた干渉光強度と光学距離との関係をリファレンス・プロファイルという。リファレンス・プロファイルが示す、例えば図2(b)に示しているようなピークパターンは、リファレンス・ピークパターンと呼ぶ。なお、リファレンス・プロファイルは、例えば、リファレンス塗膜の複数箇所について検査を行うことにより検出されるものであることもできる。
・ピークパターン
測定対象の複層塗膜の上記干渉光強度と光学距離との関係に示されるピークパターンとリファレンス塗膜のリファレンス・ピークパターン(既知と仮定する)との比較により、複層塗膜の内部構造が分かる。
【0051】
即ち、強度信号のピークの数がリファレンス・ピークパターンのピークの数と異なるとき、複層塗膜に欠陥があると判断することができる。また、測定対象の強度信号のピークがリファレンス・ピークパターンの2つの強度ピークの間にも存在するとき、複層塗膜の対応する層内に欠陥があることが分かる。強度信号においてリファレンス・ピークパターンの特定の強度ピークに対応する位置の両側にピークが存在するが、該特定の強度ピークに対応するピークが存在しないとき、複層塗膜の、該特定の強度ピークが示す層間の界面に欠陥があると判断する。これらのことは、後述する測定例より一層明らかになる。
【0052】
次に、本実施の形態による評価装置を使用して得られた典型的な測定結果に基づいた複層塗膜の評価方法を説明する。
【0053】
図2(a)は、鋼板と、鋼板に塗装された電着層ED、中塗り層、ベースコートBC、及びトップのクリヤー層CCからなる複層塗膜とを含むサンプルを示している。サンプルの隣接する各層間の屈折率が異なるため、該サンプルに図1のレーザー光を照射すると、レーザー光は各層の上面で反射されて反射光a、b、c、d、eを生じる。
【0054】
これらの反射光は、制御されて対応する光学距離を持つ参照光とそれぞれ干渉し強め合い、受光センサー7によって受光されて、図2(b)に示す5つのピーク信号が得られる。ここで、図2(b)の横軸は、得られた干渉光間の光学距離を表し、縦軸は、受光した干渉光の強度を表している。なお、図2(b)における符号a〜eは、図2(a)における反射光a〜eに対応することを示している(図3以降についても同様)。
【0055】
このようにして得られた干渉光を介して反射波の位置を特定することにより、測定した複層塗膜が4層からなると判断することができる。
【0056】
図3は、複層サンプル中の層間に屈折率差を生じ得る何らかの欠陥がある場合を示している。例えば、図3(a)に示すように、鋼板上に塗装されたそれぞれ屈折率の異なる電着層ED、中塗り層、ベースコートBC、及びトップのクリヤー層CCからなる複層塗膜において、BC及び中塗りの間に何らかの欠陥があるとする。
【0057】
このとき、サンプルに照射するレーザー光は各膜層の界面の他にBC−欠陥界面、及び、欠陥−中塗り界面においても反射光を生じるため、評価装置に欠陥の厚みを計測する十分な分解能がある場合には、図2の反射光cが、図3に示すように反射光c及び反射光c’に分離する。評価装置の分解能が欠陥の厚みを計測するに不十分な場合には、図2(b)においてcがブロード化する(横方法に広がる)。即ち、c、c’がブロードなピークとして生じる。
【0058】
このような測定結果をリファレンス塗膜の測定結果と比較することによって、層間に欠陥があることが分かる。
【0059】
図4は、複層塗膜中の層内に屈折率差を生じ得る何らかの欠陥がある場合を示している。ここでは、サンプルの複層膜はそれぞれ屈折率の異なる電着層ED、中塗り層、ベースコートBC、及びトップのクリヤー層CCからなり、そして、BC層内に何らかの欠陥があるとする。
【0060】
このとき、サンプルにレーザー光を照射すると、レーザー光は各膜層間の界面の他にBC−欠陥上部界面、及び、欠陥下部-BC界面においても反射光を生じる。このため、評価装置に欠陥の厚みを計測する十分な分解能がある場合には図2(b)のピークb及びcの間に新たなピークf、f’が得られる。また、評価装置の分解能が欠陥の厚みを計測するに不十分な場合には、f、f’がブロードなピークとして生じる。
【0061】
このような測定結果をリファレンス塗膜の測定結果と比較することによって、塗膜の層内に欠陥があることが分かる。
【0062】
このように、リファレンス塗膜を測定するときには、得られた干渉光の強度と光学距離との関係図(リファレンス・プロファイル)を目視するだけでも、測定されたピーク(シグナル)の個数より複層塗膜の層の数、ピーク間の間隔よりそれらの層の相対的な厚さが分かる。また、リファレンス塗膜の測定結果と比較して、測定対象の複層塗膜に欠陥があるか無いか、またその欠陥の位置をも容易に特定することができる。
【0063】
複層塗膜における個々の膜層の実際の物理的な厚さT、また、欠陥の位置を定量的に評価することも、以下のように可能である。具体的には、厚さTは、下記の式1及び式2により求めることができる。
【0064】
膜の厚さT = 光学距離L ÷ 屈折率n (式1)
光学距離L = Z×n* (式2)
ここでは、Zは、膜の厚さTを得るのに位置可変機構付き交差ミラー5が移動した物理距離である。n*は、空気の屈折率である。nは、膜の屈折率である。
【0065】
このように、複層塗膜の各層の厚さを計算することができる。また、逆に、物理的に膜厚を測定する方法(例えば、触針法など)と本装置を組み合わせることによって、従来測定が困難であった、例えば樹脂と顔料と添加剤との複合系の塗膜を含む種々の塗膜の屈折率を求めることもできる。
【0066】
本評価装置の膜の深さ方向(厚さ方向)で空間分解能ΔTは、入射光の性質によって決められ、光源の波長幅Δλが広いほど、光源の波長λ0が短いほど、良くなる。空間分解能ΔTは、下記の式3により求めることができる。
【0067】
ΔT=2ln(2/π×(λ02/Δλ) ) (式3)
ここでは、λ0は、入射光の中心波長であり、Δλは、入射光のスペクトル幅である。
【0068】
従って、例えば、中心波長が1310nmで、スペクトル幅が約90nmの赤外LEDを本実施の形態の評価装置の光源として使用する場合、分解能ΔTは8.4μmである。短波長で高帯域なほど分解能ΔTが向上する。自動車外板用途の複層塗膜を想定する場合、通常各層の膜厚は、約10〜15μm以上ある。従って、波長が1310nmで、スペクトル幅が約90nmの赤外LEDは、自動車外板用途の塗膜の測定に関しては十分な分解能を提供できることが分かる。また、自動車製造において省工程化を図るため、各層の塗膜を薄膜化かつ高機能化されることがあれば、分解能が不足するのを解消するためには、測定装置の分解能をさらに高くさえすれば対応することができる。
【0069】
逆に波長を特定することもできる。例えば、隠蔽塗膜の透過率が高い赤外光源を使う場合、分解能ΔTが15μm程度で、スペクトル幅が90nmの赤外LEDを使うとき、必要な観察波長は、上記の式3により約1.7μmであることが分かる。同じ分解能ΔTが15μm程度で、スペクトル幅が120nmの赤外LEDを使うときは、必要な観察波長は、上記の式3により約2.0μmであることが分かる。
【0070】
また、複層塗膜の評価に使用する光源として、780nm以下の波長(可視光)では顔料による吸収の影響が大きく、顔料によっては塗膜の光線透過率が著しく減少するので好ましくない。3000nm以上の波長では評価装置の空間分解能が塗膜の層間を分離して検出するために必要な距離よりも大きくなってしまい、複層塗膜を正確に解析できない。このような空間分解能及び透過率の配慮から、本願発明の光源として使用されるのは、波長が780nm〜3000nmの範囲内、好ましくは1300nm〜2000nmの範囲内の近赤外線である。
【0071】
以上で説明したように、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置及びそれを用いた方法では、空間分解能が高く、塗膜では透過率も高い光源、特に近赤外光を使用し、複層塗膜の層毎の反射光と参照光とを干渉させて干渉光を観測、測定することにより、複層塗膜の内部構造、各層内又は層間の欠陥を特定することができる。また、塗膜形成直後と経時後との測定結果の比較を行うことによって、屈折率に起因する塗膜の内部変化を調べることができる。この場合の内部変化とは空隙の発生、水分の侵入等であり、これらの存在は大きな屈折率差を生み出し、塗膜に対して重大な損害が発生する原因となる。
【0072】
言うまでもなく、図1に示す評価装置並びに上記説明した実施の形態は、あくまでも例示に過ぎず、当業者は、本発明の技術的思想の範囲内で様々な変更や置換をすることができ、そして、それらの変更や置換も本願発明に属する。
【0073】
例えば、上記の実施形態では、主に複層塗膜を例に本発明を説明したが、本発明は、単層塗膜にも同様に適応でき、単層塗膜の構造、内部欠陥、又は塗膜と被塗物との間に存在する欠陥を検査、評価することができる。
【0074】
また、上記の図2、図3、図4の測定例では、サンプルの一箇所を測定する場合を説明したが、本評価装置は、複数箇所からの反射光を取得して塗膜の2次元又は3次元の情報を得ることもできる。複数箇所を、線状に、または平面的に測定する場合、本装置を、持ち運び可能なポータブル測定器にしたり、その他の移動する載置台に固定したりすることにより、さらには、被塗物を移動することにより、種々の態様の測定が実現できる。
【0075】
干渉光を得るには、測定系の光学距離と参照系の光学距離とが一致すれば十分なので、図1に示す装置におけるビームスプリッター2、集束レンズ3や、交差ミラー5及び固定ミラー6の位置は相対的に自由に配置することができる。即ち、それらの構成要件の配置は、2つの光学系の光路長を一致させる任意の配置であることができる。また、光学系自体も、例えば、ハーフミラーを配置したり、全反射ミラーを多く配置したりする種々のシステムとして考案されることができる。
【0076】
また、上記の実施形態では、参照光の光学距離を制御する構成は、線形の往復運動が可能な位置可変機構付き交差ミラー5としている。即ち、交差ミラー5の移動機構は、線形運動の機構である。しかし、それはあくまでも一例に過ぎない。例えば、交差ミラーを回転ディスク上に固定し、回転ディスクとモータ・シャフトを接続させ、モータを定速で回転させることで安定な位置走査ができる回転機構を利用して参照光の光学距離を制御することもできる(非特許文献1)。
【0077】
また、光源には、レーザー以外にも、コヒーレンシーを必要としないため、LED(Light Emitting Diode)やSLD(Super Luminescent Diode)など種々のものを使用することができる。
【0078】
受光センサーとしては、光電子増倍管、フォトダイオード等を用いることができる。受光センサーの出力を増幅する増幅方法についても特に規定しないが、精度を高めるためにはロックインアンプを用いることができる。
【0079】
さらに、本評価装置は、TD(Time Domain)法と組み合わせて、安価で簡便なポータブルな装置として実現することができる。TD法の場合、参照ミラーである交差ミラー5を一定速度で移動し、参照系光路の光学距離と測定系光路の光学距離が一致した位置で起こる干渉を観察し、干渉光、即ち、反射光の時間軸の情報を得る。反射光は時間軸に沿って並ぶ(図2(b)の横軸が時間軸になる)ので、得られた反射光の数から塗膜の構成を得る。さらに、時間軸の情報から距離情報を得る。即ち、時間軸の情報を、参照ミラーの移動した物理距離にそして光学距離に変換し、さらに膜の物理距離に変換することで、複層膜間の物理距離(膜厚)を得ることができる。例えば最表面との干渉を測定した時間をt0として、走査速度を一定のvとすると、t1で測定した次の界面までの参照ミラーの移動距離Zは(t1-t0)/vで求まる。
【実施例】
【0080】
次に、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。
【0081】
本実施例では、図1に示すように、複層塗膜の非接触非破壊評価装置を構成し、波長が1310nm及び840nmの2種類の光源を採用した。入射光の照射領域は、直径が約10μmの円とした。光学系はTD法を適用できるように構成し、スキャン速度はλ=1310nmの場合には50scan/sec、λ=840nmの場合には1scan/minとした。
<電着中塗り板の測定>
図5(a)に示すような、鋼板上に電着塗料ED、中塗り塗料(明度L*=60)を順次塗装、焼き付けして複層塗膜を形成した。形成した複層塗膜と鋼板とからなるサンプルに波長1310nmの赤外レーザー光を照射して、反射光と参照光との干渉結果である干渉光を測定した。
【0082】
干渉光に由来する図5(b)のピーク信号a、b、cを得た。このことから、測定した塗膜が2層構造であることが分かる。即ち、ab間が中塗り塗膜を示し、bc間が電着塗膜を示しており、実際と一致した。
【0083】
<電着中塗り板上にクリヤー層を追加したときの測定>
図6(a)に示すような、鋼板上に電着塗料ED、中塗り塗料(明度L*=60)、トップクリヤーを順次塗装、焼き付けして複層塗膜を形成した。形成した複層塗膜と鋼板とからなるサンプルに、波長1310nmの赤外レーザー光を照射して、反射光と参照光との干渉結果である干渉光を測定した。
【0084】
干渉光に由来する図6(b)のピーク信号a、b、c、dを得た。このことから、測定した塗膜が3層構造であることが分かる。即ち、ab間がトップクリヤー、bc間が中塗り塗膜、cd間が電着塗膜を示しており、実際と一致した。
【0085】
<ペースト塗膜の測定>
まず、ポリプロピレン(PP)板上の異なる場所に赤系顔料ペースト、黒顔料ペーストを別々に塗装し、赤系顔料及び黒顔料の顔料ペースト塗膜(ベースコートBCに相当する)をそれぞれ形成した。そして、顔料ペースト塗膜をPP板より剥離して、図7(a)、図8(a)に示すように、スライドガラス上に貼り付けた。
【0086】
次に、波長1310nmの赤外レーザー光を、顔料ペースト塗膜BCとガラス板とからなるサンプルに照射して、反射光と参照光との干渉結果である干渉光を測定した。
【0087】
赤系顔料ペーストの場合には、図7(b)に示すような、干渉光に由来するピーク信号a、b、cを得た。黒顔料ペーストの場合には、図8(b)に示すような、干渉光に由来するピーク信号a、bを得たが、図7(b)のピーク信号cに対応するピーク信号は得られなかった。
【0088】
図7(b)及び図8(b)から分かるように、ピーク信号bの強度は塗膜の1310nmの赤外光の透過率T%が小さい顔料では信号強度が低下した。即ち、図8(b)の黒顔料が含まれた塗膜の反射光を示す信号bが、図7(b)の赤系顔料が含まれた塗膜の反射光を示す信号bより弱い。
【0089】
一方、図9に示しているように、黒顔料の顔料ペースト塗膜BCとガラス板とからなるサンプルに、波長840nmの赤外レーザー光を照射して測定したところ、反射光に由来するピーク信号aが得られたが、ピーク信号bの強度の減衰は、波長1310nmの赤外レーザー光の場合より大きく、信号bが無視できるほど小さかった。青系顔料についても同様に実験したところ、黒顔料の場合と同様の結果が得られた。
【0090】
<防食用の塗板の測定>
まず、鋼板上に防食用塗料1を塗装、乾燥し、促進耐候試験を施さない塗板1と、促進耐候試験を施した塗板2を作製した。そして、塗板1及び塗板2に対してさらに上記防食用塗料1と同一の防食用塗料2を塗装、乾燥した。図10(a)は、塗板1を示し、図11(a)は、塗板2を示している。
【0091】
塗板1及び塗板2に、上記の測定と同様に、波長1310nmの赤外レーザー光をそれぞれ照射して測定を行なった。塗板1からは干渉光(反射光に由来する)に由来するピーク信号a、bが得られた。塗板2からは干渉光に由来するピーク信号a,c、bが得られ、ピーク信号cは、塗板1からは得られなかった信号であった。
【0092】
塗板1及び2は何れも同一の塗料を繰り返し塗装したので、光学的には単一の塗膜であることを示す結果が得られることが想定される。しかし、塗板2には新たなピーク信号が生じており、これは塗膜内に屈折率の異なる欠陥部位の存在を示唆している。塗板1、2に対して付着性試験を行なったところ、塗板1はハガレが生じなかったのに対して、塗板2はハガレが生じた。このことから塗板2内部のハガレの原因となる欠陥をピーク信号cとして検出することができたと言える。
【符号の説明】
【0093】
1 光源
2 ビームスプリッタ
3 集束レンズ
4 複層塗膜のサンプル
5 位置可変機構付き交差ミラー
6 固定ミラー
7 受光センサー
8 増幅器
9 コンピュータ
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種素材に対して塗装を一回以上行って積層された単層塗膜又は複層塗膜の構造及び、各層内に生じた欠陥、各層間に生じた欠陥、塗膜と被塗物表面との界面に生じた欠陥を非接触非破壊的に測定し評価する複層塗膜の非接触非破壊評価装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の工業製品や、建築物の内装材、外装材の表面には、素材の保護及び美粧性を付与することを目的として、各種の塗料が塗装され、塗膜が形成されている。塗膜内部の状態が、素材の保護や美粧性の付与に大きな影響を及ぼしているので、内部状態の把握は重要である。内部欠陥を検出できれば、塗膜劣化が推定できるので、再塗装の必要性等を検討することができる。
【0003】
塗膜内部の検査方法としては、塗膜を破壊して検査する方法と塗膜を破壊しないで検査する方法がある。
【0004】
塗膜を破壊して検査する方法には、塗膜を破断し断面を顕微鏡などで観察する光学顕微鏡法及びSEM法など、塗膜の一部を採取して(削り取って)分析する赤外分析など、塗膜を断片状にし、化学的処理をして分析する元素分析など、さらには、塗膜ごと素地を削り取って電気化学的に検査するインピーダンス法などがある。
【0005】
塗膜を破壊せずに検査する方法には、塗膜に超音波を照射し得られる反射波によって塗膜内部を解析する超音波診断法、塗膜をたたいて音で塗膜の欠陥を診断する打診法、表面から観察する光学顕微鏡法、医療用途として波長800nmが多用されている従来の光干渉断層法、さらには、近年研究されているテラヘルツ波を用いた光干渉断層法(特許文献1)がある。また、特許文献2には、測定対象の試料がフラットな平面を有しない場合、試料を載せつつ回転できる試料載置台を備えて測定精度を上げる光干渉断層法の計測装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−028618号公報
【特許文献2】特開平11―326183号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】森谷 洋平、外3名、「長深度低コヒーレンス干渉計のための可変光路拡大機構」、電子情報通信学会技術研究報告、信学技報、2000年11月8日、Vol.100, No.428, p.83-88
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
素材の保護には堅牢な塗膜が必要であり、また、美粧性には無傷であることが必要である。しかしながら、従来から公知の塗膜を破壊して塗膜内部を検査する方法を適用すると、塗膜が損傷してしまい、さらに、素地にも損傷が及ぶ場合がある。しかし、塗膜の機能を維持するためには、塗膜表層、内部及び素材との界面が健全であることが重要である。塗膜に損傷を与えると、塗膜の機能を損なう可能性があり好ましくない。
【0009】
他方、塗膜の劣化や素地の劣化などは塗膜下で進行することがある。このため、例えば補修時期の決定には、塗膜に損傷を与えずに塗膜内部および塗膜下の状態を調べることは有用である。
【0010】
しかし、従来から公知の塗膜を破壊せずに塗膜内部を検査する方法にもそれぞれの問題がある。例えば、超音波診断法では、塗膜内部で超音波が減衰し、深さ方向の分解能が小さいため複層塗膜の解析に適用するのは困難である。打診法では、周囲の音との比較による定性的評価は可能であるが、複層塗膜の内部を詳細に解析することは困難である。表面から観察する光学顕微鏡法では、塗膜表面から深度方向に塗膜内部を観察するが、可視光が透過しない塗膜には適用できない。医療用途として波長800nmが多用されている従来の光干渉断層法は、塗膜に黒顔料、青系顔料が含まれると、入射光が吸収されて、計測に十分な反射強度を得られないという問題がある。さらに、テラヘルツ波を用いた光干渉断層法は、分解能力が不十分な上に、光源にフェムト秒レーザーを用いるなど、システムが複雑になってしまうという欠点がある。
【0011】
従って、本発明は、上記説明した従来技術の問題を解決するために成されたもので、種々の物体上の複層塗膜の内部構造及び内部欠陥を、非接触非破壊且つ簡便に測定、解析することができる複層塗膜の非接触非破壊評価方法及びそれを用いた装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(1)は、被塗物に塗膜が積層されてなる複層塗膜に光源からの光を照射し、前記複層塗膜からの反射光を検出して解析することによる複層塗膜の非接触非破壊評価方法であって、光源からの光を参照光と前記複層塗膜への入射光とに分岐する分岐ステップと、前記参照光の光学距離を調整する調整ステップと、前記複層塗膜からの反射光と前記参照光とを干渉せしめる干渉ステップと、前記複層塗膜からの前記反射光を含む干渉光を検出して前記干渉光の強度信号を出力する検出ステップと、前記強度信号を解析する解析ステップと、を含むことを特徴としている。
【0013】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(2)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)において、前記光が、波長780nm〜3000nmの範囲内の近赤外光であることを特徴としている。
【0014】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(3)は、上記の非接触非破壊評価方法(2)において、前記光が、波長1300nm〜2000nmの範囲内の近赤外光であることを特徴としている。
【0015】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(4)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)〜(3)の何れかにおいて、前記光源が、LED、SLD、又はレーザーから選択された何れか1つであることを特徴としている。
【0016】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(5)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)〜(4)の何れかにおいて、前記解析ステップが、前記反射光の光学距離と前記強度信号との関係を特定することにより行われることを特徴としている。
【0017】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(6)は、上記の非接触非破壊評価方法(5)において、前記関係を特定することが、前記関係における前記強度信号のピークの数を、被塗物及び前記複層塗膜の層の数として決定すること、及び/又は、前記強度信号の隣接するピーク間の間隔から、前記複層塗膜の対応する層の厚さを求めることを含むことを特徴としている。
【0018】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(7)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)〜(4)の何れかにおいて、前記解析ステップが、前記強度信号のパターンとリファレンス複層塗膜により得られた強度信号であるリファレンス・プロファイルとの比較により行われることを特徴としている。
【0019】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(8)は、上記の非接触非破壊評価方法(7)において、前記強度信号の2番目以降のピークの、表層を示す1番目のピークに対する強さの比率が、前記リファレンス複層塗膜により得られた対応する比率より所定値以上小さいとき、最初に小さい比率を示した前記2番目以降のピークに対応する塗膜及び/又は界面に欠陥があると判断することを特徴としている。
【0020】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(9)は、上記の非接触非破壊評価方法(7)において、前記強度信号のピークの数が前記リファレンス・プロファイルにおけるピークの数と異なるとき、前記複層塗膜に欠陥があると判断することを特徴としている。
【0021】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(10)は、上記の非接触非破壊評価方法(7)において、前記強度信号のピークが前記リファレンス・プロファイルにおける2つの強度ピークの間にも存在するとき、前記複層塗膜の対応する層内に欠陥があると判断することを特徴としている。
【0022】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(11)は、上記の非接触非破壊評価方法(7)において、前記強度信号において前記リファレンス・プロファイルの特定の強度ピークに対応する位置の両側にピークが存在するが、前記特定の強度ピークに対応するピークが存在しないとき、前記複層塗膜の、前記特定の強度ピークが示す膜間の界面に欠陥があると判断することを特徴としている。
【0023】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(12)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)〜(11)の何れかにおいて、前記複層塗膜が、可視光領域において被塗物を隠蔽する隠蔽塗膜であることを特徴としている。
【0024】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価方法(13)は、上記の非接触非破壊評価方法(1)〜(12)の何れかにおいて、前記分岐ステップ〜前記解析ステップまでの処理が、前記複層塗膜の表面の複数箇所に対して行われることを特徴としている。
【0025】
さらに、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置(1)は、被塗物に塗膜が積層されてなる複層塗膜に光源からの光を照射し、前記複層塗膜からの反射光を検出して検出信号を解析することによる複層塗膜の非接触非破壊評価装置であって、光源と、前記光源からの光を参照光と前記複層塗膜への入射光とに分岐する分岐手段と、前記参照光の光学距離を調整する参照光光学系と、前記入射光を前記複層塗膜へ入射させ、さらに、前記複層塗膜からの反射光を取り出す反射光光学系と、前記参照光光学系からの参照光と前記反射光光学系からの反射光とを干渉せしめる干渉手段と、前記干渉手段からの、前記反射光を含む干渉光を検出して前記干渉光の強度信号を出力する検出手段と、前記強度信号を解析する解析手段と、を備えることを特徴としている。
【0026】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置(2)は、上記の非接触非破壊評価装置(1)において、前記解析手段が、前記反射光の光学距離と前記強度信号との関係を特定すること、及び/又は、前記強度信号のパターンとリファレンス複層塗膜により得られた強度信号であるリファレンス・プロファイルとの比較を行うことを特徴としている。
【0027】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置(3)は、上記の非接触非破壊評価装置(1)又は(2)において、前記光が、波長780nm〜3000nmの範囲内の近赤外光であることを特徴としている。
【0028】
また、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置(4)は、上記の非接触非破壊評価装置(1)〜(3)の何れかにおいて、前記光源が、LED、SLD、又はレーザーから選択された何れか1つであることを特徴としている。
【発明の効果】
【0029】
本発明にかかる複層塗膜の非接触非破壊評価方法及び評価装置によれば、複層塗膜の内部構造を非接触で且つ非破壊で特定することができる。また、塗膜の劣化などによる塗膜内部の欠陥、塗膜と素地との間に発生した隙間などを診断することができる。近赤外光を使用することにより、顔料を含む可視光の透過率の小さい塗膜、即ち、隠蔽性塗膜についても測定が可能である。
【0030】
さらに、他の物理的に膜厚を測定する方法と本装置を組み合わせることによって従来測定が困難であった隠蔽塗膜の屈折率を見積もることができる。
【0031】
従って、本発明は、例えば工業製品や各種構造物に適用された複層塗膜の経時劣化の被破壊検査、耐候性試験、耐食性試験等に供された各種試験板に適用された複層塗膜の非破壊測定、塗膜の白化、ハガレといった塗膜の層内、層間の欠陥の非破壊検査、劣化度測定、膜層の間に付着した塩類による欠陥の検査、建築、旧塗膜の塗装前診断など広範囲に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施の形態に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】本発明を用いて鋼板及び4層の複層塗膜からなるサンプルに対して測定を行い、検出信号を解析する測定例を説明する図である。
【図3】本発明を用いて塗膜の層間に欠陥があるサンプルに対して測定を行い、検出信号を解析する測定例を説明する図である。
【図4】本発明を用いて塗膜の層内に欠陥があるサンプルに対して測定を行い、検出信号を解析する測定例を説明する図である。
【図5】2層の塗膜を有するサンプルに関する実施例を説明する図である。
【図6】3層の塗膜を有するサンプルに関する実施例を説明する図である。
【図7】赤顔料を含んだ塗膜を有するサンプルに関する実施例(λ=1310nm)を説明する図である。
【図8】黒顔料を含んだ塗膜を有するサンプルに関する実施例(λ=1310nm)を説明する図である。
【図9】黒顔料を含んだ塗膜を有するサンプルに関する実施例(λ=840nm)を説明する図である。
【図10】促進耐候試験を行わずに同じ塗膜が積層されたサンプルに関する実施例を説明する図である。
【図11】1層目の塗膜の形成後に促進耐候試験を行ってから2層目の塗膜が形成されたサンプルに関する実施例を説明する図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
本発明の原理は、位置分解能が高く、塗膜の透過性が良い近赤外線を好ましい光源とし、光源から2つに分岐された一方の測定系光路の光線を複層塗膜に照射し、他方の参照系光路の光線を参照光とし、少なくとも参照系光路の光学距離を制御しながら、二つ光路の光学距離が一致したときに複層塗膜からの反射光と参照光との重ね合わせにより生じる干渉光を測定することにより、単層または複層塗膜の内部構造を評価、特定することである。
【0034】
尚、本発明では、光の干渉現象を利用するので、光が通過する距離を波長単位で評価することが必要である。そして、本発明では、光は異なる媒質中(空気、塗膜中の各層)を通過するので、波長が変化する。従って、本明細書において距離は、特別な記載が無い限り、媒質の屈折率を考慮した「光学距離」を意味する。
【0035】
図1は、本願発明の実施の形態に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置の構成を示すブロック図である。
【0036】
本実施の形態に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置は、マイケルソン干渉計の原理を用いるOCT(Optical Coherence Tomography:光干渉断層法)を採用し、主に、光源部と、光源部からの光を用いて干渉を生じさせる第1光学部、塗膜のサンプルに光を照射し、サンプルからの反射光を第1光学部に入射させる第2光学部と、参照光を制御する第3光学部と、干渉光を受光して増幅する受光増幅部と、増幅の結果を記録して解析する解析部とで構成される。
【0037】
具体的に、本装置は、光源1、光源1で発生させた光を入射光と参照光とに分岐し、後述の反射光と参照光とを重ね合わせ、干渉を生じさせるビームスプリッター2、入射光を集束させてサンプル4に照射し、そして、サンプル4からの反射光をビームスプリッター2に戻させる集束レンズ3、参照光の光学距離を変化させ、且つ、参照光をビームスプリッター2に戻させる位置可変機構付き交差ミラー5、位置可変機構付き交差ミラー5に固定されている固定ミラー6、干渉光を受光する受光センサー7、受光センサー7の出力信号を増幅する増幅器8、及び、増幅した信号を解析するコンピューター9を備える。
【0038】
ここでは、ビームスプリッター2は第1光学部に相当し、集束レンズ3は、第2光学部に相当し、位置可変機構付き交差ミラー5及び固定ミラー6は、第3光学部に相当し、受光センサー7及び増幅器8は、受光増幅部に相当し、コンピューター9は、解析部に相当する。
【0039】
次に、本実施の形態に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置の動作方法を、図1に示した本発明の非接触非破壊評価装置の一例を用いて説明する。
【0040】
複層塗膜のサンプル4を所定の台(図示せず)に載せる。光源1から発せられた光がビームスプリッター2によって直進の参照光と進行方向が変更された入射光とに分かれる。入射光は、集束レンズ3によってサンプル4に照射し、サンプルからの反射光はまた、集束レンズ3を介してビームスプリッター2に入射する。一方、位置可変機構付き交差ミラー5は図1に示す矢印の方向に左から右へ移動させられながら、即ち、参照光の光学距離を変えながら、参照光の方向を変更して参照光をビームスプリッター2に入射させる。このとき、ビームスプリッター2において、サンプル4からの反射光と位置可変機構付き交差ミラー5からの参照光とが重なり合い、干渉し合う。このように形成された干渉光は、受光センサー7によって受光される。増幅器8は、受光センサー9の出力を適切に増幅し、コンピューター9は、増幅器8の出力を解析し、塗膜の内部構造や、膜厚を評価する。
【0041】
上記した位置可変機構付き交差ミラー5の移動、即ち、位置可変機構付き交差ミラー5の位置を走査することは、参照光の光学距離を変化させるためである。ビームスプリッター2にてサンプル4からの反射光と重ね合う際に、参照光は、その光学距離に応じたサンプル4の深さ方向の所定の距離からの反射光と干渉を生じる。即ち、参照光の光学距離と入射光及び反射光の光学距離とが等しいとき、干渉光の強度が増大する。
【0042】
例えば、図1に示している位置では、ビームスプリッター2から位置可変機構付き交差ミラー5を介して固定ミラー6までの距離は、ビームスプリッター2からサンプル4の表面までの距離と同じとする。この状態から、位置可変機構付き交差ミラー5を右へ、複層塗膜の表面の第1層の厚さほど移動させると、例えば複層塗膜の第1層の屈折率は空気の屈折率と同じである場合、参照光は、複層塗膜の第1層の深さで生じた反射光と干渉を生じることができる。
【0043】
従って、複層塗膜の全体構造を解析するには、位置可変機構付き交差ミラー5の位置を最小でも、複層塗膜の厚さほど走査する必要がある。
【0044】
屈折率が不連続に変化する部分で反射が生じる。そのため、サンプルからの反射光はサンプル中の屈折率変化を反映する情報である。塗膜において屈折率変化の大きな要因となるのは「塗膜と塗膜との屈折率差」、「塗膜中の欠陥」、「光源波長λに対してλ/2に相当するサイズの塗膜含有物(主に顔料)、相分離構造」などである。
【0045】
このうち、層間の屈折率差による屈折率変化は、塗膜の各層の厚さがほぼ一定であると考えられるので、塗膜の深さ方向の位置がほぼ一定である。この特徴は、屈折率変化が層間の屈折率差に起因するものか、又は、含有物の存在に起因するものかを区別することを可能にする。
【0046】
このため、測定された光学距離又は膜厚と干渉光の強さとの関係において、以下のような関係が存在し、複層塗膜の内部構造の評価に使用されることができる。
・ピークの数
干渉光強度のピーク、即ち、最も強い干渉光を生じさせた場所は、屈折率の差異が最も大きい場所であり、複層塗膜の屈折率が変化する界面、及び複層塗膜と周囲との界面を意味する。例えば、自然環境(空気)に置かれるサンプルが、素材と、素材上のN層の複層塗膜とがある場合、空気と複層塗膜の表層との屈折率の相違、及び、素材と複層塗膜の最下層との屈折率の相違を考慮すると、複層塗膜を取り巻く屈折率が変化する界面の数はN+1であり、即ち、屈折率が変化する界面の数は屈折率が異なる複層塗膜の層の数より1多い。このため、界面に対応するピークの数より複層塗膜は何層の塗膜から構成されているのかが分かる。
・ピーク間の距離
ピーク間の距離は、即ち光学距離であり、膜の厚さ及び屈折率により決まる。従って、ピーク間の距離により各層の膜厚を求めることができる。
・ピークの高さ
隣接する層がはっきり区別でき、即ち、層が平滑で、層の乱れがない場合、この層間の屈折率の差による反射光は最も強く、ゆえに、干渉光も最も強い。しかし、この層間が混層(境界で2つの層の物質が混合した状態)になっていれば、或いは、層内に光を散乱するようなものが存在していれば、反射光が弱まり、ゆえに、干渉光も弱まる。
【0047】
例えば、図2において、表層のクリヤーCCの塗膜と空気との界面からの反射光aは、表面の塗膜が平滑であれば、その強さを示すピークの大きさは安定である。表層のクリヤーCCとその下のベースコートBCとの界面からの反射光は反射光bである。この反射光bは、反射光aと同様に、界面が平滑ならば、また、クリヤーCC内に光を散乱するようなものがない場合には、大きなピークを示すが、そうでない場合には、小さめのピークを示す。従って、反射光a、bに対応する干渉光のピークの比率b/aは、層内及び界面が正常であるか又は何らかの欠陥が存在するかを示す指標となる。即ち、比率b/aは、リファレンス塗膜の測定値より小さいとき、界面又は層内に欠陥が存在することが分かる。ここでは、層内が正常であることは、層内に光を散乱し、及び/又は反射する要因がないことを意味し、界面が正常であることは、隣接する層がはっきり区別でき、即ち、層が平滑で、層の乱れがないことを意味する。
【0048】
その他の層に関する比率、図2を例にすると、c/a、d/a、e/aも同様にそれぞれの界面や層内の状態を示し得る。
【0049】
尚、上記のリファレンス塗膜には、正常であることが既知な複層塗膜を用いることができる。ここでの正常とは、塗膜の外観に異常がなく、破壊検査で層内及び層間の異常がないのが確認されたことをいう。また、リファレンス塗膜には、例えば、耐候性試験等に供する、同一の素材、同一の塗料、同一の塗装条件で形成された試験板を一対作成しておいて、そのうちの耐候性試験に供さなかった試験板を用いることができる。リファレンス塗膜は、評価対象の被試験塗膜に応じて、単層又は複層であり得る。
【0050】
さらに、リファレンス塗膜を測定して得られた干渉光強度と光学距離との関係をリファレンス・プロファイルという。リファレンス・プロファイルが示す、例えば図2(b)に示しているようなピークパターンは、リファレンス・ピークパターンと呼ぶ。なお、リファレンス・プロファイルは、例えば、リファレンス塗膜の複数箇所について検査を行うことにより検出されるものであることもできる。
・ピークパターン
測定対象の複層塗膜の上記干渉光強度と光学距離との関係に示されるピークパターンとリファレンス塗膜のリファレンス・ピークパターン(既知と仮定する)との比較により、複層塗膜の内部構造が分かる。
【0051】
即ち、強度信号のピークの数がリファレンス・ピークパターンのピークの数と異なるとき、複層塗膜に欠陥があると判断することができる。また、測定対象の強度信号のピークがリファレンス・ピークパターンの2つの強度ピークの間にも存在するとき、複層塗膜の対応する層内に欠陥があることが分かる。強度信号においてリファレンス・ピークパターンの特定の強度ピークに対応する位置の両側にピークが存在するが、該特定の強度ピークに対応するピークが存在しないとき、複層塗膜の、該特定の強度ピークが示す層間の界面に欠陥があると判断する。これらのことは、後述する測定例より一層明らかになる。
【0052】
次に、本実施の形態による評価装置を使用して得られた典型的な測定結果に基づいた複層塗膜の評価方法を説明する。
【0053】
図2(a)は、鋼板と、鋼板に塗装された電着層ED、中塗り層、ベースコートBC、及びトップのクリヤー層CCからなる複層塗膜とを含むサンプルを示している。サンプルの隣接する各層間の屈折率が異なるため、該サンプルに図1のレーザー光を照射すると、レーザー光は各層の上面で反射されて反射光a、b、c、d、eを生じる。
【0054】
これらの反射光は、制御されて対応する光学距離を持つ参照光とそれぞれ干渉し強め合い、受光センサー7によって受光されて、図2(b)に示す5つのピーク信号が得られる。ここで、図2(b)の横軸は、得られた干渉光間の光学距離を表し、縦軸は、受光した干渉光の強度を表している。なお、図2(b)における符号a〜eは、図2(a)における反射光a〜eに対応することを示している(図3以降についても同様)。
【0055】
このようにして得られた干渉光を介して反射波の位置を特定することにより、測定した複層塗膜が4層からなると判断することができる。
【0056】
図3は、複層サンプル中の層間に屈折率差を生じ得る何らかの欠陥がある場合を示している。例えば、図3(a)に示すように、鋼板上に塗装されたそれぞれ屈折率の異なる電着層ED、中塗り層、ベースコートBC、及びトップのクリヤー層CCからなる複層塗膜において、BC及び中塗りの間に何らかの欠陥があるとする。
【0057】
このとき、サンプルに照射するレーザー光は各膜層の界面の他にBC−欠陥界面、及び、欠陥−中塗り界面においても反射光を生じるため、評価装置に欠陥の厚みを計測する十分な分解能がある場合には、図2の反射光cが、図3に示すように反射光c及び反射光c’に分離する。評価装置の分解能が欠陥の厚みを計測するに不十分な場合には、図2(b)においてcがブロード化する(横方法に広がる)。即ち、c、c’がブロードなピークとして生じる。
【0058】
このような測定結果をリファレンス塗膜の測定結果と比較することによって、層間に欠陥があることが分かる。
【0059】
図4は、複層塗膜中の層内に屈折率差を生じ得る何らかの欠陥がある場合を示している。ここでは、サンプルの複層膜はそれぞれ屈折率の異なる電着層ED、中塗り層、ベースコートBC、及びトップのクリヤー層CCからなり、そして、BC層内に何らかの欠陥があるとする。
【0060】
このとき、サンプルにレーザー光を照射すると、レーザー光は各膜層間の界面の他にBC−欠陥上部界面、及び、欠陥下部-BC界面においても反射光を生じる。このため、評価装置に欠陥の厚みを計測する十分な分解能がある場合には図2(b)のピークb及びcの間に新たなピークf、f’が得られる。また、評価装置の分解能が欠陥の厚みを計測するに不十分な場合には、f、f’がブロードなピークとして生じる。
【0061】
このような測定結果をリファレンス塗膜の測定結果と比較することによって、塗膜の層内に欠陥があることが分かる。
【0062】
このように、リファレンス塗膜を測定するときには、得られた干渉光の強度と光学距離との関係図(リファレンス・プロファイル)を目視するだけでも、測定されたピーク(シグナル)の個数より複層塗膜の層の数、ピーク間の間隔よりそれらの層の相対的な厚さが分かる。また、リファレンス塗膜の測定結果と比較して、測定対象の複層塗膜に欠陥があるか無いか、またその欠陥の位置をも容易に特定することができる。
【0063】
複層塗膜における個々の膜層の実際の物理的な厚さT、また、欠陥の位置を定量的に評価することも、以下のように可能である。具体的には、厚さTは、下記の式1及び式2により求めることができる。
【0064】
膜の厚さT = 光学距離L ÷ 屈折率n (式1)
光学距離L = Z×n* (式2)
ここでは、Zは、膜の厚さTを得るのに位置可変機構付き交差ミラー5が移動した物理距離である。n*は、空気の屈折率である。nは、膜の屈折率である。
【0065】
このように、複層塗膜の各層の厚さを計算することができる。また、逆に、物理的に膜厚を測定する方法(例えば、触針法など)と本装置を組み合わせることによって、従来測定が困難であった、例えば樹脂と顔料と添加剤との複合系の塗膜を含む種々の塗膜の屈折率を求めることもできる。
【0066】
本評価装置の膜の深さ方向(厚さ方向)で空間分解能ΔTは、入射光の性質によって決められ、光源の波長幅Δλが広いほど、光源の波長λ0が短いほど、良くなる。空間分解能ΔTは、下記の式3により求めることができる。
【0067】
ΔT=2ln(2/π×(λ02/Δλ) ) (式3)
ここでは、λ0は、入射光の中心波長であり、Δλは、入射光のスペクトル幅である。
【0068】
従って、例えば、中心波長が1310nmで、スペクトル幅が約90nmの赤外LEDを本実施の形態の評価装置の光源として使用する場合、分解能ΔTは8.4μmである。短波長で高帯域なほど分解能ΔTが向上する。自動車外板用途の複層塗膜を想定する場合、通常各層の膜厚は、約10〜15μm以上ある。従って、波長が1310nmで、スペクトル幅が約90nmの赤外LEDは、自動車外板用途の塗膜の測定に関しては十分な分解能を提供できることが分かる。また、自動車製造において省工程化を図るため、各層の塗膜を薄膜化かつ高機能化されることがあれば、分解能が不足するのを解消するためには、測定装置の分解能をさらに高くさえすれば対応することができる。
【0069】
逆に波長を特定することもできる。例えば、隠蔽塗膜の透過率が高い赤外光源を使う場合、分解能ΔTが15μm程度で、スペクトル幅が90nmの赤外LEDを使うとき、必要な観察波長は、上記の式3により約1.7μmであることが分かる。同じ分解能ΔTが15μm程度で、スペクトル幅が120nmの赤外LEDを使うときは、必要な観察波長は、上記の式3により約2.0μmであることが分かる。
【0070】
また、複層塗膜の評価に使用する光源として、780nm以下の波長(可視光)では顔料による吸収の影響が大きく、顔料によっては塗膜の光線透過率が著しく減少するので好ましくない。3000nm以上の波長では評価装置の空間分解能が塗膜の層間を分離して検出するために必要な距離よりも大きくなってしまい、複層塗膜を正確に解析できない。このような空間分解能及び透過率の配慮から、本願発明の光源として使用されるのは、波長が780nm〜3000nmの範囲内、好ましくは1300nm〜2000nmの範囲内の近赤外線である。
【0071】
以上で説明したように、本発明に係る複層塗膜の非接触非破壊評価装置及びそれを用いた方法では、空間分解能が高く、塗膜では透過率も高い光源、特に近赤外光を使用し、複層塗膜の層毎の反射光と参照光とを干渉させて干渉光を観測、測定することにより、複層塗膜の内部構造、各層内又は層間の欠陥を特定することができる。また、塗膜形成直後と経時後との測定結果の比較を行うことによって、屈折率に起因する塗膜の内部変化を調べることができる。この場合の内部変化とは空隙の発生、水分の侵入等であり、これらの存在は大きな屈折率差を生み出し、塗膜に対して重大な損害が発生する原因となる。
【0072】
言うまでもなく、図1に示す評価装置並びに上記説明した実施の形態は、あくまでも例示に過ぎず、当業者は、本発明の技術的思想の範囲内で様々な変更や置換をすることができ、そして、それらの変更や置換も本願発明に属する。
【0073】
例えば、上記の実施形態では、主に複層塗膜を例に本発明を説明したが、本発明は、単層塗膜にも同様に適応でき、単層塗膜の構造、内部欠陥、又は塗膜と被塗物との間に存在する欠陥を検査、評価することができる。
【0074】
また、上記の図2、図3、図4の測定例では、サンプルの一箇所を測定する場合を説明したが、本評価装置は、複数箇所からの反射光を取得して塗膜の2次元又は3次元の情報を得ることもできる。複数箇所を、線状に、または平面的に測定する場合、本装置を、持ち運び可能なポータブル測定器にしたり、その他の移動する載置台に固定したりすることにより、さらには、被塗物を移動することにより、種々の態様の測定が実現できる。
【0075】
干渉光を得るには、測定系の光学距離と参照系の光学距離とが一致すれば十分なので、図1に示す装置におけるビームスプリッター2、集束レンズ3や、交差ミラー5及び固定ミラー6の位置は相対的に自由に配置することができる。即ち、それらの構成要件の配置は、2つの光学系の光路長を一致させる任意の配置であることができる。また、光学系自体も、例えば、ハーフミラーを配置したり、全反射ミラーを多く配置したりする種々のシステムとして考案されることができる。
【0076】
また、上記の実施形態では、参照光の光学距離を制御する構成は、線形の往復運動が可能な位置可変機構付き交差ミラー5としている。即ち、交差ミラー5の移動機構は、線形運動の機構である。しかし、それはあくまでも一例に過ぎない。例えば、交差ミラーを回転ディスク上に固定し、回転ディスクとモータ・シャフトを接続させ、モータを定速で回転させることで安定な位置走査ができる回転機構を利用して参照光の光学距離を制御することもできる(非特許文献1)。
【0077】
また、光源には、レーザー以外にも、コヒーレンシーを必要としないため、LED(Light Emitting Diode)やSLD(Super Luminescent Diode)など種々のものを使用することができる。
【0078】
受光センサーとしては、光電子増倍管、フォトダイオード等を用いることができる。受光センサーの出力を増幅する増幅方法についても特に規定しないが、精度を高めるためにはロックインアンプを用いることができる。
【0079】
さらに、本評価装置は、TD(Time Domain)法と組み合わせて、安価で簡便なポータブルな装置として実現することができる。TD法の場合、参照ミラーである交差ミラー5を一定速度で移動し、参照系光路の光学距離と測定系光路の光学距離が一致した位置で起こる干渉を観察し、干渉光、即ち、反射光の時間軸の情報を得る。反射光は時間軸に沿って並ぶ(図2(b)の横軸が時間軸になる)ので、得られた反射光の数から塗膜の構成を得る。さらに、時間軸の情報から距離情報を得る。即ち、時間軸の情報を、参照ミラーの移動した物理距離にそして光学距離に変換し、さらに膜の物理距離に変換することで、複層膜間の物理距離(膜厚)を得ることができる。例えば最表面との干渉を測定した時間をt0として、走査速度を一定のvとすると、t1で測定した次の界面までの参照ミラーの移動距離Zは(t1-t0)/vで求まる。
【実施例】
【0080】
次に、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。
【0081】
本実施例では、図1に示すように、複層塗膜の非接触非破壊評価装置を構成し、波長が1310nm及び840nmの2種類の光源を採用した。入射光の照射領域は、直径が約10μmの円とした。光学系はTD法を適用できるように構成し、スキャン速度はλ=1310nmの場合には50scan/sec、λ=840nmの場合には1scan/minとした。
<電着中塗り板の測定>
図5(a)に示すような、鋼板上に電着塗料ED、中塗り塗料(明度L*=60)を順次塗装、焼き付けして複層塗膜を形成した。形成した複層塗膜と鋼板とからなるサンプルに波長1310nmの赤外レーザー光を照射して、反射光と参照光との干渉結果である干渉光を測定した。
【0082】
干渉光に由来する図5(b)のピーク信号a、b、cを得た。このことから、測定した塗膜が2層構造であることが分かる。即ち、ab間が中塗り塗膜を示し、bc間が電着塗膜を示しており、実際と一致した。
【0083】
<電着中塗り板上にクリヤー層を追加したときの測定>
図6(a)に示すような、鋼板上に電着塗料ED、中塗り塗料(明度L*=60)、トップクリヤーを順次塗装、焼き付けして複層塗膜を形成した。形成した複層塗膜と鋼板とからなるサンプルに、波長1310nmの赤外レーザー光を照射して、反射光と参照光との干渉結果である干渉光を測定した。
【0084】
干渉光に由来する図6(b)のピーク信号a、b、c、dを得た。このことから、測定した塗膜が3層構造であることが分かる。即ち、ab間がトップクリヤー、bc間が中塗り塗膜、cd間が電着塗膜を示しており、実際と一致した。
【0085】
<ペースト塗膜の測定>
まず、ポリプロピレン(PP)板上の異なる場所に赤系顔料ペースト、黒顔料ペーストを別々に塗装し、赤系顔料及び黒顔料の顔料ペースト塗膜(ベースコートBCに相当する)をそれぞれ形成した。そして、顔料ペースト塗膜をPP板より剥離して、図7(a)、図8(a)に示すように、スライドガラス上に貼り付けた。
【0086】
次に、波長1310nmの赤外レーザー光を、顔料ペースト塗膜BCとガラス板とからなるサンプルに照射して、反射光と参照光との干渉結果である干渉光を測定した。
【0087】
赤系顔料ペーストの場合には、図7(b)に示すような、干渉光に由来するピーク信号a、b、cを得た。黒顔料ペーストの場合には、図8(b)に示すような、干渉光に由来するピーク信号a、bを得たが、図7(b)のピーク信号cに対応するピーク信号は得られなかった。
【0088】
図7(b)及び図8(b)から分かるように、ピーク信号bの強度は塗膜の1310nmの赤外光の透過率T%が小さい顔料では信号強度が低下した。即ち、図8(b)の黒顔料が含まれた塗膜の反射光を示す信号bが、図7(b)の赤系顔料が含まれた塗膜の反射光を示す信号bより弱い。
【0089】
一方、図9に示しているように、黒顔料の顔料ペースト塗膜BCとガラス板とからなるサンプルに、波長840nmの赤外レーザー光を照射して測定したところ、反射光に由来するピーク信号aが得られたが、ピーク信号bの強度の減衰は、波長1310nmの赤外レーザー光の場合より大きく、信号bが無視できるほど小さかった。青系顔料についても同様に実験したところ、黒顔料の場合と同様の結果が得られた。
【0090】
<防食用の塗板の測定>
まず、鋼板上に防食用塗料1を塗装、乾燥し、促進耐候試験を施さない塗板1と、促進耐候試験を施した塗板2を作製した。そして、塗板1及び塗板2に対してさらに上記防食用塗料1と同一の防食用塗料2を塗装、乾燥した。図10(a)は、塗板1を示し、図11(a)は、塗板2を示している。
【0091】
塗板1及び塗板2に、上記の測定と同様に、波長1310nmの赤外レーザー光をそれぞれ照射して測定を行なった。塗板1からは干渉光(反射光に由来する)に由来するピーク信号a、bが得られた。塗板2からは干渉光に由来するピーク信号a,c、bが得られ、ピーク信号cは、塗板1からは得られなかった信号であった。
【0092】
塗板1及び2は何れも同一の塗料を繰り返し塗装したので、光学的には単一の塗膜であることを示す結果が得られることが想定される。しかし、塗板2には新たなピーク信号が生じており、これは塗膜内に屈折率の異なる欠陥部位の存在を示唆している。塗板1、2に対して付着性試験を行なったところ、塗板1はハガレが生じなかったのに対して、塗板2はハガレが生じた。このことから塗板2内部のハガレの原因となる欠陥をピーク信号cとして検出することができたと言える。
【符号の説明】
【0093】
1 光源
2 ビームスプリッタ
3 集束レンズ
4 複層塗膜のサンプル
5 位置可変機構付き交差ミラー
6 固定ミラー
7 受光センサー
8 増幅器
9 コンピュータ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被塗物に塗膜が積層されてなる複層塗膜に光源からの光を照射し、前記複層塗膜からの反射光を検出して解析することによる複層塗膜の非接触非破壊評価方法であって、
光源からの光を参照光と前記複層塗膜への入射光とに分岐する分岐ステップと、
前記参照光の光学距離を調整する調整ステップと、
前記複層塗膜からの反射光と前記参照光とを干渉せしめる干渉ステップと、
前記複層塗膜からの前記反射光を含む干渉光を検出して前記干渉光の強度信号を出力する検出ステップと、
前記強度信号を解析する解析ステップと、を含む
ことを特徴とする複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項2】
前記光が、波長780nm〜3000nmの範囲内の近赤外光である
請求項1に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項3】
前記光が、波長1300nm〜2000nmの範囲内の近赤外光である
請求項2に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項4】
前記光源が、LED、SLD、又はレーザーから選択された何れか1つである請求項1〜3の何れか一項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項5】
前記解析ステップが、前記反射光の光学距離と前記強度信号との関係を特定することにより行われる請求項1〜4のいずれか1項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項6】
前記関係を特定することが、
前記関係における前記強度信号のピークの数を、被塗物及び前記複層塗膜の層の数として決定すること、及び/又は
前記強度信号の隣接するピーク間の間隔から、前記複層塗膜の対応する層の厚さを求めることを含む、請求項5項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項7】
前記解析ステップが、前記強度信号のパターンとリファレンス複層塗膜により得られた強度信号であるリファレンス・プロファイルとの比較により行われる請求項1〜4のいずれか1項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項8】
前記強度信号の2番目以降のピークの、表層を示す1番目のピークに対する強さの比率が、前記リファレンス複層塗膜により得られた対応する比率より所定値以上小さいとき、最初に小さい比率を示した前記2番目以降のピークに対応する塗膜及び/又は界面に欠陥があると判断する、請求項7項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項9】
前記強度信号のピークの数が前記リファレンス・プロファイルにおけるピークの数と異なるとき、前記複層塗膜に欠陥があると判断する請求項7に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項10】
前記強度信号のピークが前記リファレンス・プロファイルにおける2つの強度ピークの間にも存在するとき、前記複層塗膜の対応する層内に欠陥があると判断する請求項7に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項11】
前記強度信号において前記リファレンス・プロファイルの特定の強度ピークに対応する位置の両側にピークが存在するが、前記特定の強度ピークに対応するピークが存在しないとき、前記複層塗膜の、前記特定の強度ピークが示す膜間の界面に欠陥があると判断する請求項7に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項12】
前記複層塗膜が、可視光領域において被塗物を隠蔽する隠蔽塗膜である
請求項1〜11のいずれか1項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項13】
前記分岐ステップ〜前記解析ステップまでの処理が、前記複層塗膜の表面の複数箇所に対して行われる請求項1〜12のいずれか1項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項14】
被塗物に塗膜が積層されてなる複層塗膜に光源からの光を照射し、前記複層塗膜からの反射光を検出して検出信号を解析することによる複層塗膜の非接触非破壊評価装置であって、
光源と、
前記光源からの光を参照光と前記複層塗膜への入射光とに分岐する分岐手段と、
前記参照光の光学距離を調整する参照光光学系と、
前記入射光を前記複層塗膜へ入射させ、さらに、前記複層塗膜からの反射光を取り出す反射光光学系と、
前記参照光光学系からの参照光と前記反射光光学系からの反射光とを干渉せしめる干渉手段と、
前記干渉手段からの、前記反射光を含む干渉光を検出して前記干渉光の強度信号を出力する検出手段と、
前記強度信号を解析する解析手段と、を備える
ことを特徴とする複層塗膜の非接触非破壊評価装置。
【請求項15】
前記解析手段が、前記反射光の光学距離と前記強度信号との関係を特定すること、及び/又は、前記強度信号のパターンとリファレンス複層塗膜により得られた強度信号であるリファレンス・プロファイルとの比較を行う請求項14に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価装置。
【請求項16】
前記光が、波長780nm〜3000nmの範囲内の近赤外光である
請求項14又は請求項15に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価装置。
【請求項17】
前記光源が、LED、SLD、又はレーザーから選択された何れか1つである請求項14〜16の何れか一項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価装置。
【請求項1】
被塗物に塗膜が積層されてなる複層塗膜に光源からの光を照射し、前記複層塗膜からの反射光を検出して解析することによる複層塗膜の非接触非破壊評価方法であって、
光源からの光を参照光と前記複層塗膜への入射光とに分岐する分岐ステップと、
前記参照光の光学距離を調整する調整ステップと、
前記複層塗膜からの反射光と前記参照光とを干渉せしめる干渉ステップと、
前記複層塗膜からの前記反射光を含む干渉光を検出して前記干渉光の強度信号を出力する検出ステップと、
前記強度信号を解析する解析ステップと、を含む
ことを特徴とする複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項2】
前記光が、波長780nm〜3000nmの範囲内の近赤外光である
請求項1に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項3】
前記光が、波長1300nm〜2000nmの範囲内の近赤外光である
請求項2に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項4】
前記光源が、LED、SLD、又はレーザーから選択された何れか1つである請求項1〜3の何れか一項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項5】
前記解析ステップが、前記反射光の光学距離と前記強度信号との関係を特定することにより行われる請求項1〜4のいずれか1項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項6】
前記関係を特定することが、
前記関係における前記強度信号のピークの数を、被塗物及び前記複層塗膜の層の数として決定すること、及び/又は
前記強度信号の隣接するピーク間の間隔から、前記複層塗膜の対応する層の厚さを求めることを含む、請求項5項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項7】
前記解析ステップが、前記強度信号のパターンとリファレンス複層塗膜により得られた強度信号であるリファレンス・プロファイルとの比較により行われる請求項1〜4のいずれか1項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項8】
前記強度信号の2番目以降のピークの、表層を示す1番目のピークに対する強さの比率が、前記リファレンス複層塗膜により得られた対応する比率より所定値以上小さいとき、最初に小さい比率を示した前記2番目以降のピークに対応する塗膜及び/又は界面に欠陥があると判断する、請求項7項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項9】
前記強度信号のピークの数が前記リファレンス・プロファイルにおけるピークの数と異なるとき、前記複層塗膜に欠陥があると判断する請求項7に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項10】
前記強度信号のピークが前記リファレンス・プロファイルにおける2つの強度ピークの間にも存在するとき、前記複層塗膜の対応する層内に欠陥があると判断する請求項7に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項11】
前記強度信号において前記リファレンス・プロファイルの特定の強度ピークに対応する位置の両側にピークが存在するが、前記特定の強度ピークに対応するピークが存在しないとき、前記複層塗膜の、前記特定の強度ピークが示す膜間の界面に欠陥があると判断する請求項7に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項12】
前記複層塗膜が、可視光領域において被塗物を隠蔽する隠蔽塗膜である
請求項1〜11のいずれか1項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項13】
前記分岐ステップ〜前記解析ステップまでの処理が、前記複層塗膜の表面の複数箇所に対して行われる請求項1〜12のいずれか1項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価方法。
【請求項14】
被塗物に塗膜が積層されてなる複層塗膜に光源からの光を照射し、前記複層塗膜からの反射光を検出して検出信号を解析することによる複層塗膜の非接触非破壊評価装置であって、
光源と、
前記光源からの光を参照光と前記複層塗膜への入射光とに分岐する分岐手段と、
前記参照光の光学距離を調整する参照光光学系と、
前記入射光を前記複層塗膜へ入射させ、さらに、前記複層塗膜からの反射光を取り出す反射光光学系と、
前記参照光光学系からの参照光と前記反射光光学系からの反射光とを干渉せしめる干渉手段と、
前記干渉手段からの、前記反射光を含む干渉光を検出して前記干渉光の強度信号を出力する検出手段と、
前記強度信号を解析する解析手段と、を備える
ことを特徴とする複層塗膜の非接触非破壊評価装置。
【請求項15】
前記解析手段が、前記反射光の光学距離と前記強度信号との関係を特定すること、及び/又は、前記強度信号のパターンとリファレンス複層塗膜により得られた強度信号であるリファレンス・プロファイルとの比較を行う請求項14に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価装置。
【請求項16】
前記光が、波長780nm〜3000nmの範囲内の近赤外光である
請求項14又は請求項15に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価装置。
【請求項17】
前記光源が、LED、SLD、又はレーザーから選択された何れか1つである請求項14〜16の何れか一項に記載の複層塗膜の非接触非破壊評価装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−63330(P2012−63330A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−210117(P2010−210117)
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(000001409)関西ペイント株式会社 (815)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(000001409)関西ペイント株式会社 (815)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】
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