説明

複数のポートを有するスピーカエンクロージャを備える音響再生システム及び関連する処理回路

音響再生システムは、スピーカエンクロージャの一面に取り付けられた第1スピーカ及び第2スピーカを有するスピーカエンクロージャを備えている。第1スピーカ及び第2スピーカは、スピーカエンクロージャの第1の空間及び第2の空間内にそれぞれ収容され、前記各空間は仕切りによって分割され、第1ポート及び第2ポートとそれぞれ連通している。第1ポート及び第2ポートは、第1スピーカ及び第2スピーカによって形成される両側のユニットに位置している。本発明によると、処理手段は、第1電気信号及び第2電気信号を第1スピーカ及び第2スピーカにそれぞれ適用するのに用いられ、第1電気信号及び第2電気信号は、第1の空間、第1スピーカ及び第1ポートを備える第1ハーフスピーカエンクロージャと、第2の空間、第2スピーカ及び第2ポートを備える第2ハーフスピーカエンクロージャとの間の音響距離に比例する変動時間によって互いに相殺されるように、周波数に応じて変化する区別化位相処理により単一の信号から発生している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、通常バスレフレックス型(位相反転型)スピーカエンクロージャと呼ばれる、複数のポートを有するスピーカエンクロージャを備える音響再生システムに関する。
【背景技術】
【0002】
音響再生システムにおいては、再生した音波の高い指向性が必要となる場合がある。該指向性は、放射された音響エネルギーをある特定の方向、通常、再生の対象となる一般の人々に向けて集中させる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
指向性を高めるための標準的な技術は、音が各音源間の距離dを移動するのにかかる時間に対応する遅延τを各音源のうちの1つに導入することによって、逆相で距離dの間隔が空いている2つの全方向性音源の間に干渉を起こすことである。
【0004】
したがって、ある一定の周波数帯域では、2つの音源によって放射された複数の音響信号は、遅延していない音源(0°)の正面では2つの音源の軸上で干渉によって強め合うが、遅延した音源(180°)の後方で2つの音源の軸上で互いに相殺し合っている。他の方向では、放射された圧力は、正面方向に形成された角度に反比例して減少し、その結果として放射極線図がカージオイド(cardioid)形になる。
【0005】
同じ原理に基づき、音が複数の音源間の距離dを移動するのにかかる時間よりも短い遅延τを使用することは、ハイパーカージオイド(hypercardioid)型の指向性をもたらし、つまり極端な場合には、ゼロ遅延はさらに双方向性型の指向性をもたらす。反対に、音が複数の音源間の距離dを移動するのにかかる時間よりも長い遅延τは、インフラカージオイド(infracardioid)型の指向性をもたらす(かなり長い遅延τは、全方向性型の指向性さえももたらす)。
【0006】
しかしながら、指向性の制御は、制限された周波数帯域においてのみ得られる。各音源間の間隔と適用される遅延によって定められた周波数f未満においては、指向性関数は保持されるが、第2音源を追加することは軸上に放射された圧力を減少させる。ある一定の周波数fを超える周波数においては、第2音源を追加することは軸上に放射された圧力を減少させ、指向性関数を連続的に変形させることになる。カージオイド指向性関数の場合、周波数fとfとの間の距離は2.3オクターブであり、該距離は、装置の有効操作範囲を表している(図11の破線の曲線を参照)。
【0007】
また、複数のポートまたは複数のバスレフレックス型スピーカエンクロージャを用いたスピーカエンクロージャも周知である。この種のスピーカエンクロージャ特有の特徴は、無限大バッフルスピーカエンクロージャと比較して最低周波数で放射の効率を高めるよう1つ以上のポートを使用することである。
【0008】
それゆえ、図13に示すように、バスレフレックススピーカエンクロージャは少なくとも2つの放射面を有しており、1つは、スピーカエンクロージャの同調周波数f付近で放射する1つのポートまたは複数のポート(曲線EV)であり、もう1つは、提供限界周波数(contribution limit frequency)fを超える周波数で放射して1つまたは複数のポートの放射を上回るスピーカ(曲線HP)である。これら2つの周波数f及び周波数fは、1つのポートまたは複数のポートの長さと、1つのポートまたは複数のポートの領域と、スピーカエンクロージャ内に含まれる空気の量とによって定められる。
【0009】
さらに、図14に示すように、スピーカは同調周波数fを超える周波数ではポートと同相で放射し、同調周波数f未満の周波数ではポートと逆相で放射している。
【課題を解決するための手段】
【0010】
当該状況下において、本発明は、特に高い指向性が得られ、比較的簡単な手段によって上述よりも高い周波数帯域に第2音源を追加することによって軸上の圧力を増加させる各ポートを有するスピーカエンクロージャを備えている音響再生システムに関連する。
【0011】
したがって、本発明は、エンクロージャの一面に取り付けられた第1スピーカ及び第2スピーカを有するスピーカエンクロージャを備え、前記第1スピーカ及び前記第2スピーカは、仕切りによって分割される前記スピーカエンクロージャの第1の容量及び前記スピーカエンクロージャの第2の容量内にそれぞれ受容され、第1ポート及び第2ポートを通ってそれぞれ放出し、前記第1ポート及び前記第2ポートは、前記第1スピーカ及び前記第2スピーカによって形成される組み合わせの両側にそれぞれ位置している音響再生システムであって、処理手段は、周波数に応じて変動する区別化位相処理(differentiated phase processing)によって同じ信号から得られる第1電気信号及び第2電気信号が、前記第1の容量、前記第1スピーカ及び前記第1ポートを含む第1ハーフエンクロージャと、前記第2の容量、前記第2スピーカ及び前記第2ポートを含む第2ハーフエンクロージャとの間の音響距離に(少なくとも実質的に)比例する変動時間によって相殺されるように、前記第1スピーカ及び前記第2スピーカに前記第1電気信号及び前記第2電気信号をそれぞれ適用するように構成されることを特徴とする、音響再生システムを提案する。
【0012】
カージオイド放射図を得るために、区別化処理は、第1電気信号及び第2電気信号を、各ポートの同調周波数と各スピーカの提供限界周波数とを含む周波数帯域を少なくとも通じて、第1の容量、第1スピーカ及び第1ポートを含む第1ハーフエンクロージャと、第2の容量、第2スピーカ及び第2ポートを含む第2ハーフエンクロージャとの間の音響距離に相当する時間によって逆相で相殺させることができる。
【0013】
パイパーカージオイド放射図を得るために、区別化処理は、第1電気信号及び第2電気信号を、第1の容量、第1スピーカ及び第1ポートを含む第1ハーフエンクロージャと、第2の容量、第2スピーカ及び第2ポートを含む第2ハーフエンクロージャとの間の音響距離の三分の一に相当する時間によって逆相で相殺させることができる。
【0014】
インフラカージオイド放射図を得るために、区別化処理は、第1電気信号及び第2電気信号を、第1の容量、第1スピーカ及び第1ポートを含む第1ハーフエンクロージャと、第2の容量、第2スピーカ及び第2ポートを含む第2ハーフエンクロージャとの間の音響距離の三倍に相当する時間によって逆相で相殺させることができる。
【0015】
代わりに、区別化処理は、第1電気信号及び第2電気信号を、第1の容量、第1スピーカ及び第1ポートを含む第1ハーフエンクロージャと、第2の容量、第2スピーカ及び第2ポートを含む第2ハーフエンクロージャとの間の音響距離に相当する時間によって同相で相殺させることができる。その後、音響レベルは、遅延した音源側にある各音源の軸上で高まる。
【0016】
上述の状況において、相殺によって発生した遅延は、2つの信号間に同相で導入される(この場合音響レベルは遅延した音源側にある各音源の軸上で高まる)か、あるいは、互いに逆の極性である2つの信号間に逆相で導入されることが見られる(この場合音響レベルは遅延した音源の反対側にある各音源の軸上で高まる)。
【0017】
「同相で相殺する」という表現は、相殺が各信号に同相で適用されること(「同相にしてから相殺する」と表現されることもある)、そして相殺によって各信号がそれゆえ演繹的に同相ではないことを意味していると解釈されなければならないことは明らかである。同様に、「逆相で相殺する」という表現は、相殺が各信号に逆相で導入されることを意味している(たとえ逆相と相殺が以下に特定するように同じ遅延操作によって導入できるとしても、「逆相にしてから相殺する」と表現されることもある)。
【0018】
2つの信号間の逆相は、2つのスピーカのうちの1つスピーカの複数の電気端子を反転させることによって、または2つの信号のうちの1つの信号に半分の時間に相当する遅延を導入することによって得られる。
【0019】
区別化処理は、通常、最大放射効率の方向を第1スピーカ及び第2スピーカによって形成された軸に沿うようにするものである。したがって、第1スピーカ及び第2スピーカによって形成された軸は、通常、対象となる聴衆領域に向けられている。
【0020】
一実施形態においては、処理手段は、第1スピーカと第2スピーカとに、第1操作モードでは同一の電気信号を、第2操作モードでは区別化処理により得られる第1電気信号及び第2電気信号を選択的に適用するように構成されている。したがって、実質的に全方向性操作モードと指向性操作モードとの間で交互に行うことが可能である。
【0021】
実際には、第1スピーカと第2スピーカとを同一のものにすることができ、第1の容量と第2の容量とを仕切りを中心に対称にすることができる。
【0022】
以下に詳細に説明される有利な特徴によると、第1スピーカ及び第2スピーカは第1の距離にあり、第1ポート及び第2ポートは第2の距離にあり、第2の距離の第1の距離に対する比率は、2から3までの間である。特に、該比率は2.2から2.5までの間にすることができる。
【0023】
区別化する方法で処理された複数の信号を受信するために、スピーカエンクロージャは、第1スピーカに電気的に接続される各接続ポイントの第1の対と、第2スピーカに電気的に接続される各接続ポイントの第2の対とを備え、処理手段は、第1電気信号を各接続ポイントの第1の対に、第2電気信号を各接続ポイントの第2の対にそれぞれ適用するように構成されている。
【0024】
実際には、前記処理手段は例えばフィルタを備え、前記フィルタの位相伝達関数は周波数に応じて変動する遅延を生成し、前記遅延は、第1の容量、第1スピーカ及び第1ポートを含む第1ハーフエンクロージャと、第2の容量、第2スピーカ及び第2ポートを含む第2ハーフエンクロージャとの間の音響距離に実質的に相当するものである。
【0025】
さらに、本発明は、スピーカエンクロージャの壁に第2スピーカと共に取り付けられている第1スピーカに対して第1電気信号を適用するように構成されている処理回路を提案し、前記スピーカエンクロージャは、仕切りによって分割されている第1の容量及び第2の容量を備え、各容量は前記第1スピーカと前記第2スピーカとをそれぞれ受容し、各スピーカは前記第1スピーカ及び前記第2スピーカによって形成された組み合わせの両側に位置する第1ポート及び第2ポートとそれぞれ連通しており、処理手段は、前記第1スピーカと前記第2スピーカとそれぞれに、周波数に応じて変動する区別化位相処理により同一の信号から得られる第1電気信号及び第2電気信号を適用するように構成され、前記第1の容量、前記第1スピーカ及び前記第1ポートを含む前記第1ハーフエンクロージャと、前記第2の容量、前記第2スピーカ及び前記第2ポートを含む前記第2ハーフエンクロージャとの間の前記音響距離に(少なくとも実質的に)比例する変動時間によって前記第1電気信号及び前記第2電気信号が相殺されるような処理手段であることを特徴とする。
【0026】
この処理回路は、音響再生システムに関連する上述の任意の特徴のいくつかを同様に備えることができる。
【0027】
本発明の他の特徴及び利点が、添付の図面を参照し、以下の記載を考慮することによりさらに明らかになるであろう。
【0028】
図1及び図2(a)に示すスピーカエンクロージャと図4に示す処理回路とを備える本発明の教示に従った音響再生システムの実施例を以下に記載する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の教示に従ったシステムのスピーカエンクロージャの正面図である。
【図2(a)】図1の切断線II−IIに沿った断面におけるスピーカエンクロージャの図である。
【図2(b)】図2(a)のスピーカエンクロージャの複数のポートを製造する代替方法を示している。
【図2(c)】図2(a)のスピーカエンクロージャの複数のポートを製造する代替方法を示している。
【図3】2つのバスレフレックス型システムの間の音響距離を示している。
【図4】図1のスピーカエンクロージャの各スピーカに適用される各電気信号を処理する主な構成要素を概略的に示している。
【図5】全方向性放射モードで、一般の人々の方を向いている図1のスピーカエンクロージャを示している。
【図6】指向性放射モードで、各スピーカが側面にある状態で、90°回転させたスピーカエンクロージャを示している。
【図7】指向性放射モードで、各スピーカが上面にある状態で、90°回転させたスピーカエンクロージャを示している。
【図8】全方向性放射モードにおける、スピーカエンクロージャからの放射の極線図である。
【図9】図6の指向性放射モードにおける、スピーカエンクロージャからの放射の極線図である。
【図10】図7の指向性放射モードにおける、スピーカエンクロージャからの放射の極線図である。
【図11】本発明のシステムの場合及び従来のシステムの場合における第2音源の存在によって生じる軸上のゲイン(gain)を示している。
【図12(a)】指向性放射モードにおける、図1に示すタイプの各スピーカエンクロージャの想定可能な異なる種類の組み立てを示している。
【図12(b)】指向性放射モードにおける、図1に示すタイプの各スピーカエンクロージャの想定可能な異なる種類の組み立てを示している。
【図12(c)】指向性放射モードにおける、図1に示すタイプの各スピーカエンクロージャの想定可能な異なる種類の組み立てを示している。
【図12(d)】全指向性モードにおける、図1に示すタイプの各スピーカエンクロージャの想定可能な組み立てを示している。
【図13】バスレフレックススピーカエンクロージャの周波数の関数としての振幅反応曲線を示している。
【図14】同じタイプのスピーカエンクロージャの周波数の関数としての位相反応曲線を示している。
【発明を実施するための形態】
【0030】
図1および図2に示すスピーカエンクロージャは、エンクロージャの外側の側壁6に実質的に平行である内側の仕切り4によって2つの左右対称のハーフエンクロージャ3、5に分割された、全体が平行六面体形状のバスレフレックス型スピーカエンクロージャ2である。そのようなスピーカエンクロージャ2は、特にサブウーファーの形成に適している。
【0031】
本明細書に記載の種類と同じ種類の構造になるよう組み合わされた2つの別々のスピーカエンクロージャを代わりに使用することもできる。
【0032】
各側壁6とは別の前面の壁上に、スピーカエンクロージャは、内側の仕切り4の両側にそれぞれ位置する2つのスピーカ10、11を備えることによって、その結果スピーカが2つのハーフエンクロージャ3、5のうち1つをそれぞれ占有している。
【0033】
なお、本明細書に記載の実施例においては、前面8は、スピーカエンクロージャ2の全体の形状である平行六面体の長辺及び短辺によって画定されている。
【0034】
スピーカ10、11は、スピーカの主な放射方向が前面8に対して実質的に直角かつスピーカエンクロージャの外側に向けられるように前面8上に取り付けられている。この方向は、慣習によりX方向と呼ばれる。
【0035】
スピーカ10、11はここでは同一のものであり、前面8の平面上に位置するY軸に沿って整列し、スピーカエンクロージャ2の最も長い辺と実質的に平行である。
【0036】
さらに、スピーカ10、11の整列がY方向にほぼ並列している結果、2つのスピーカ10、11を分けている距離DHP(すなわち、スピーカの振動板が位置するスピーカのそれぞれの中央を結ぶ距離)は比較的小さく、ここでは、X方向に垂直な各スピーカの外径より大きくなることはほとんどない。
【0037】
本明細書に記載のスピーカエンクロージャ2は、短辺(Y方向と共に前面8の平面を画定するZ方向)をさらに備え、該短辺の寸法は、各スピーカの直径より大きくなることはほとんどない。
【0038】
ハーフエンクロージャ3、5はそれぞれ、各ハーフエンクロージャ3、5内にある内側の仕切り4の両側に位置するパイプ12、13を備え、各パイプは、スピーカエンクロージャ2の前面8上に形成されたポート14、15に通じている。代わりに、各ポートは同様に適切に各側面上に開いていてもよい。
【0039】
ポート14、15は、それぞれスピーカエンクロージャの全高(Z方向)に延び、前面8の周縁にY方向に位置している。
【0040】
ポートの他の形状及び配置も必然的に想定可能であり、例えば、ポートは円形でもよい。
【0041】
したがって、ポート14、15はスピーカ10、11と同一線上に置かれるが、2つのスピーカ10、11の組み合わせのそれぞれの両側に位置している。その結果、ポート14とポート15の間の距離DEVは、各スピーカ間の距離DHPよりも長くなる。以下に説明するように、上記の距離のDEV/DHPの比率は通常2から3までであり、好ましくは2.2から2.5までであり、これにより以下に記載する最大限の効果を得られる(理論的には、2.3の比率が最も良い)。
【0042】
本明細書に記載の実施例では、DEVは96cm、DHPは43cmである。
【0043】
各パイプ12、13は、関連する外側の側壁6と内壁16、17との間にそれぞれ形成され、パイプ12、13の全体の方向は、外側の側壁6と平行である。
【0044】
各内壁16、17は、スピーカエンクロージャ2の背面と実質的に平行である拡張部18、19で前面8と向かい合って終端する。
【0045】
代わりに、例えばプラスチック材料のチューブ12"、13"(図2(c))または異形パネル16'、17'(図2(b))を用いて、ポート14、15を異なった形で製造できる。(図2(b)及び図2(c)では、図2(a)と同様の構成要素には、「'」や「"」の記号をそれぞれ加えて同じ参照番号を用いている。)
【0046】
したがって、各ハーフエンクロージャ3、5は、バスレフレックス型システムを形成し、該システムのポート14、15は、ポートの領域とポートの長さとスピーカエンクロージャの容量とによって定められる同調周波数f付近で音を放射し、該システムのスピーカは、主に同調周波数fを上回る提供限界周波数fを超えて放射する。
【0047】
仕切り4を基準にして2つのハーフエンクロージャ3、5の左右対称構造と同一スピーカ10、11の使用とにより、2つのポート14、15及び2つのスピーカ10、11は、共通の同調周波数f及び共通の提供限界周波数fを備えている。
【0048】
2つのスピーカを結んでいる軸上の位置で、後方のハーフエンクロージャ3と前方のハーフエンクロージャ5との間の音響距離D(f)は、この軸方向にこれら2つのハーフエンクロージャによって生じる圧力間の位相差に相当し、該位相差は、音波の位相差と等しい距離の形で表される。この位相差は、関連する周波数の関数に応じて変動する。
【0049】
したがって、音響距離D(f)と位相差Δφ(f)との関係は、次の式で表すことができる。

ここで、Cは空気中の音速(メートル毎秒:m/s)であり、fは想定される周波数(ヘルツ:Hz)である。
【0050】
その結果、音響距離に相当する時間は、次のように表される。

【0051】
それゆえ、音響距離は、各ハーフエンクロージャ間の物理的距離と、各音源間の位相関係に関連がある各効果とを組み合わせる。したがって、音響距離は、ポート14とポート15との間の距離、ポートの同調周波数f、スピーカ10とスピーカ11との間の距離、スピーカの提供限界周波数f、及びバスレフレックス型スピーカエンクロージャ特有のポートとスピーカとの位相関係に左右される。
【0052】
その結果、図3に示すように、バスレフレックススピーカエンクロージャの同調周波数f未満では、後方のハーフエンクロージャと前方のハーフエンクロージャとの間の音響距離は、各ポート間と各スピーカ間とを逆相で誘導された距離によって伸ばされている各ポート間の距離DEVと等しくなる。
【0053】
音響距離は、同調周波数fで各ポート間の物理的距離DEVと等しい。
【0054】
スピーカの同調周波数fと提供限界周波数fとの間で、音響距離は、各ポート間の物理的距離DEVから各スピーカ間の物理的距離DHPに減少する。
【0055】
スピーカの提供限界周波数fを超えると、音響距離は、各スピーカ間の物理的距離DHPと等しい漸近線になる傾向がある。
【0056】
スピーカエンクロージャ2は、最終的に2つのコネクタ20、21(これらは接続ポイントの対を構成する)を備えることとなり、各コネクタは、個々のスピーカ10、11に電気的に接続される。
【0057】
音響再生システムは、処理回路Tをさらに含んでおり、該処理回路の主な構成要素を図4に示す。
【0058】
処理回路Tは、コネクタ22を通って音源Sから放射される音響信号を画定している電気信号を受信する。
【0059】
処理回路Tは、入力コネクタ22をコネクタ20に接続される第1出力コネクタに直接接続し、コネクタ20は、エンクロージャ2の2つのスピーカのうちの第1スピーカ(例えば、スピーカ10)に接続される。
【0060】
以下に説明する電気回路により、処理回路Tは、さらに入力コネクタ22を、第2スピーカ11のコネクタ21に接続される第2出力コネクタに接続する。
【0061】
前述の電気回路は、入力コネクタ22を通って音源Sから届く電気信号を入力として受信する制御スイッチKを有し、制御スイッチKは、操作モードを指定する情報Mの関数に応じて、選択的にこの信号を第2出力コネクタに直接接続されたスイッチKの第1出力に、あるいはフィルタFを通って第2出力コネクタに接続されたスイッチKの第2出力に適用させる。上記の特徴を以下に説明する。
【0062】
第1操作モードでは、スイッチKは、処理回路Tの入力コネクタ22を処理回路Tの第2出力コネクタに電気的に接続するように、情報Mによって(例えば、手動または論理回路によって)制御される。
【0063】
したがってこの操作モードでは、2つのスピーカ10、11は、同一の複数の信号(すなわち、ここでは音源から送られた信号)を受信する。考えうる一変形例によると、音源Sから受信した電気信号用の追加処理を設けることは当然可能であるが、それでもそのような処置が第1操作モードで2つのスピーカ10、11に送られる複数の信号間に何の違いをもたらすことはない。
【0064】
次に、2つのスピーカ及び2つのポートは、音源Sによって生成された信号を再生する同一の音波をそれぞれ放射する。該音波は、特に各スピーカの提供限界周波数fを超え、それぞれスピーカエンクロージャの同調周波数f付近で、図8に図示するように、特に指向性を制御することなく全体的にエンクロージャの前方(上記で画定されるX方向)に向かう。それゆえスピーカエンクロージャは、図5に示すように、一般に聴衆に対して配置される。
【0065】
第2操作モードにおいては、スイッチKは、入力コネクタ22をフィルタFを通って第2出力コネクタ21に接続する。このフィルタFは、一方では信号の極性を反転させ、もう一方では処理された信号の周波数に応じて変化する遅延関数τ(f)を生成することによって、2つのハーフエンクロージャ間の音響距離を出来る限り埋合わせている。遅延関数は、数式τ(f)=D/Cで表され、ここでCは音速である。
【0066】
全域通過移相器型の単純なアナログフィルタを上記のフィルタに使用することができ、例として、その場合の伝達関数は次のように表される。

ここで、jは虚数単位(−1の平方根)であり、fは周波数であり、そしてfは要求される可変遅延関数τ(f)に最も近づくように選択される。
【0067】
効率を上げ、指向性をより制御するためには、有限インパルス応答(FIR)フィルタを代わりに使用することができ、該フィルタの位相伝達関数(この種のフィルタ用の振幅伝達関数から独立した関数)は、上記のように定められる遅延関数τ(f)と等しくなるよう画定される。
【0068】
図9及び図10に示すように、この第2操作モードでは、2つのスピーカ10、11が、複数のスピーカの軸(上記に画定したY軸)上に各スピーカの提供限界周波数fを超えてカージオイド指向性で放射し、さらにポート14、15を結ぶ同じY軸上にポートの同調周波数f付近で同じカージオイド指向性で放射するシステムが存在し、いずれの場合も、2.3オクターブの周波数帯域を超えている。
【0069】
それゆえ、軸上の効率が高まることによってY軸上の指向性を得られる周波数帯域は、標準的な技術によって得られる周波数帯域よりもはるかに大きい。
【0070】
ポート14、15間の距離DEVとスピーカ10、11間の距離DHPとの距離比DEV/DHPは、同調周波数f付近に設定された良好な指向性域と提供限界周波数fを超えて設定された良好な指向性域との間に干渉が起きないように、比率の最大値をおおよそ2.3にして使用するのが好ましい(本明細書に記載の実施形態では、比率は2.3という厳密な値である)。
【0071】
本明細書に記載の実施例では、図11から明らかに分かるように、正方向のゲイン(gain)は、特に広い周波数帯域を通じて第2音源を追加することによって得られ、図中の実線の曲線は、前述したシステム内に周波数の関数として第2音源を追加することによって誘導されたゲインを表している(破線は、発明の概要で説明した従来の状況に第2音源を追加することによって誘導されたゲインを表している)。
【0072】
この第2操作モードにおいて、スピーカエンクロージャ2は、図6に示すように、90°回転して、すなわち、上記に画定したY方向が一般の人々の方を向くように使用されることが分かる。この図では、複数のスピーカを保持する壁が垂直である(側面上に複数のスピーカがある)が、図7に示すように、スピーカエンクロージャは、複数のスピーカが上方または下方を向いている状態で同様に配置されてもよい(重要な点は、複数のスピーカの配列によって画定される軸が一般の人々に向けられることである)。
【0073】
各ポート間の距離は、低周波数域を通じて第2音源を加えることによってゲインを得ることを可能にするので、各ポートを各スピーカの両側に配置することは特に有益である。そして、各スピーカ間の距離は、これらの構成要素の従来の周波数位置に対応して、比較的高い周波数域を通じて第2音源を加えることによって、変形させることなく、ゲイン及び指向性の制御を可能にする。
【0074】
本発明は、当然ながら記載の実施形態に限定されるものではない。
【0075】
他の複数の実施形態では、2つの電気信号のいずれの極性も反転させることなく、遅延関数τ(f)によって2つの音源のうち1つの音源を遅延させることにより、指向性の制御の損害よりも、遅延した音源の正面の軸上の装置の効率化を支持している。
【0076】
さらに、図12(a)から図12(c)に示すように、前述の原理に従って動作する複数のスピーカエンクロージャを組み立て可能であり、また次のようなさまざまな構成が考えられる。例えば、図12(a)は、背中合わせの2つのスピーカエンクロージャを示しており(すなわち、各スピーカエンクロージャは図6のように配置され、各スピーカエンクロージャのスピーカは、他のエンクロージャと対面しない)、図12(b)においては、2つのスピーカエンクロージャは向かい合っており(すなわち、各スピーカエンクロージャは図6のように配置され、各スピーカエンクロージャのスピーカは、他方のスピーカエンクロージャの方に向けられ、ここでは、各スピーカエンクロージャの間にエンクロージャの奥行きの半分の間隔を空けている)、図12(c)では、2つのスピーカエンクロージャを並列させている(すなわち、各スピーカエンクロージャは図7のように配置され、側壁を通じて接触している)。(図12(d)は、全方向性モードにおける2つのスピーカエンクロージャの組立てを示している。)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンクロージャの一面に取り付けられた第1スピーカ(10、10’、10”)及び第2スピーカ(11、11’、11”)を有するスピーカエンクロージャ(2)を備え、
前記第1スピーカ及び前記第2スピーカは、仕切り(4)によって分割される前記スピーカエンクロージャの第1の容量及び前記スピーカエンクロージャの第2の容量内にそれぞれ受容され、第1ポート(12、12’、12”)及び第2ポート(13、13’、13”)を通ってそれぞれ放出し、前記第1ポート及び前記第2ポートは、前記第1スピーカ及び前記第2スピーカによって形成される組み合わせの両側にそれぞれ位置している、音響再生システムであって、
処理手段(T)は、周波数に応じて変動する区別化位相処理によって同じ信号から得られる第1電気信号及び第2電気信号が、前記第1の容量、前記第1スピーカ及び前記第1ポートを含む第1ハーフエンクロージャと、前記第2の容量、前記第2スピーカ及び前記第2ポートを含む第2ハーフエンクロージャとの間の音響距離に比例する変動時間によって相殺されるように、前記第1スピーカ及び前記第2スピーカに前記第1電気信号及び前記第2電気信号をそれぞれ適用するように構成されることを特徴とする、音響再生システム。
【請求項2】
前記区別化処理は、前記第1電気信号及び前記第2電気信号を前記音響距離に相当する変動時間によって逆相で相殺させるものである、請求項1に記載の音響再生システム。
【請求項3】
前記区別化処理は、前記第1電気信号及び前記2電気信号を前記音響距離の三分の一に相当する変動時間によって逆相で相殺させるものである、請求項1に記載の音響再生システム。
【請求項4】
前記区別化処理は、前記第1電気信号及び前記第2電気信号を前記音響距離の三倍に相当する変動時間によって逆相で相殺させるものである、請求項1に記載の音響再生システム。
【請求項5】
前記区別化処理は、前記第1電気信号及び前記第2電気信号を音響距離に相当する時間によって同相で相殺させるものである、請求項1に記載の音響再生システム。
【請求項6】
前記区別化処理は、最大放射効率の方向を前記第1スピーカ及び前記第2スピーカによって形成された軸(Y)に沿うようにさせる、請求項1から5のいずれかに記載の再生システム。
【請求項7】
前記第1スピーカ及び前記第2スピーカによって形成された前記軸は、対象となる聴衆領域に向けられている、請求項1から6のいずれかに記載の再生システム。
【請求項8】
前記処理手段は、前記第1スピーカと前記第2スピーカとに、第1操作モードでは同一の電気信号を、第2操作モードでは区別化処理により得られる前記第1電気信号及び前記第2電気信号を選択的に適用(K)するように構成される、請求項1から7のいずれかに記載の再生システム。
【請求項9】
前記第1スピーカ及び前記第2スピーカは同一であり、前記第1の容量及び前記第2の容量は前記仕切りを基準にして対称である、請求項1から8のいずれかに記載の再生システム。
【請求項10】
前記第1スピーカ及び前記第2スピーカは第1の距離(DHP)離れており、前記第1ポート及び前記第2ポートは第2の距離(DEV)離れており、前記第2の距離の前記第1の距離に対する比率は、2から3までの間である、請求項1から9のいずれかに記載の再生システム。
【請求項11】
前記比率が、2.2から2.5までの間である、請求項10に記載の再生システム。
【請求項12】
前記スピーカエンクロージャは、前記第1スピーカに電気的に接続される各接続ポイント(20、20’、20”)の第1の対と、前記第2スピーカに電気的に接続される各接続ポイント(21、21’、21”)の第2の対とを備え、前記処理手段は、前記第1電気信号を各接続ポイントの前記第1の対に、前記第2電気信号を各接続ポイントの前記第2対にそれぞれ適用するように構成されている、請求項1から11のいずれかに記載の再生システム。
【請求項13】
前記処理手段はフィルタ(F)を備え、前記フィルタの位相伝達関数は周波数に応じて変動する遅延を生成し、前記遅延は、前記第1の容量、前記第1スピーカ及び前記第1ポートを含む前記第1ハーフエンクロージャと、前記第2の容量、前記第2スピーカ及び前記第2ポートを含む前記第2ハーフエンクロージャとの間の前記音響距離に実質的に相当する、請求項1から12のいずれかに記載の再生システム。
【請求項14】
スピーカエンクロージャの壁に第2スピーカと共に取り付けられている第1スピーカに対して第1電気信号を適用するように構成されている処理回路であって、前記スピーカエンクロージャは仕切りによって分割されている第1の容量及び第2の容量を備え、前記各容量は前記第1スピーカと前記第2スピーカとをそれぞれ受容し、前記各スピーカは前記第1スピーカ及び前記第2スピーカによって形成された組み合わせの両側に位置する第1ポート及び第2ポートとそれぞれ連通し、
処理手段は、前記第1の容量、前記第1スピーカ及び前記第1ポートを含む前記第1ハーフエンクロージャと、前記第2の容量、前記第2スピーカ及び前記第2ポートを含む前記第2ハーフエンクロージャとの間の前記音響距離に比例する変動時間によって第1電気信号及び第2電気信号が相殺されるように、周波数に応じて変動する区別化位相処理により同一の信号から得られる前記第1電気信号及び前記第2電気信号を前記第1スピーカ及び前記第2スピーカのそれぞれに適用するように構成されることを特徴とする、処理回路。
【請求項15】
前記処理手段は、前記第1スピーカと前記第2スピーカとに、第1操作モードでは同一の電気信号を、第2操作モードでは区別化処理により得られる前記第1電気信号及び前記第2電気信号を選択的に適用するように構成される、請求項14に記載の処理回路。
【請求項16】
前記処理手段はフィルタを有し、前記フィルタの位相伝達関数は周波数に応じて変動する遅延を生成し、前記遅延は前記第1の容量、前記第1スピーカ及び前記第1ポートを含む前記第1ハーフエンクロージャと、前記第2の容量、前記第2スピーカ及び前記第2ポートを含む前記第2ハーフエンクロージャとの間の前記音響距離に実質的に相当する、請求項14または15に記載の処理回路。

【図1】
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【図2a】
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【図2b】
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【図2c】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12a】
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【図12b】
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【図12c】
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【図12d】
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【図13】
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【図14】
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【公表番号】特表2010−534965(P2010−534965A)
【公表日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−517446(P2010−517446)
【出願日】平成20年7月21日(2008.7.21)
【国際出願番号】PCT/FR2008/001076
【国際公開番号】WO2009/043994
【国際公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【出願人】(504029086)
【Fターム(参考)】