説明

複数の蛍光物質を含む試料の分析方法及び装置

【課題】超短光パルスから得られる白色連続スペクトル光パルスを用いて複数の蛍光物質を分析するに際して、より高精度に且つノイズの少ない分析を行うことのできる方法及び装置を提供する。
【解決手段】目的とする蛍光物質に対応する励起光λ1、λ2、λ3をそれぞれ周波数f1、f2、f3で強度変調する。それらを合成した合成光パルスを試料21に照射し、目的とする蛍光物質を励起する。それにより生成された蛍光を目的蛍光物質の波長η1、η2、η3により分光し、各分光蛍光の出力を、蛍光検出システム22において、前記周波数f1、f2、f3で同期整流する。例えば、波長η1の蛍光は波長λ1の励起光に対応しているため、周波数f1で強度が変化している。従って、整流器c11で周波数f1により同期整流された場合の出力s11には、目的の蛍光物質からの蛍光のみが含まれる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、試料内に存在する複数の蛍光物質を略同時に励起する方法及び装置に関する。生体中のタンパク質等に蛍光物質で標識を付け、この方法を用いることによって、生体に含まれる複数のタンパク質等の動き、作用等を同時に且つ独立に追跡することができるようになる。
【0002】
【従来の技術】
フェムト秒(10−15秒)オーダーの超短光パルスを空間的にも収束して物質に照射すると、その点におけるエネルギ密度は非常に高いものとなり、超短光パルスとその物質との間で線形及び非線形相互作用が生じる。その結果、各種の現象が生じるが、その一つに白色連続スペクトル光の発生がある。この白色連続スペクトル光は、原パルスと同様の超短パルスでありながら白色連続スペクトルを有するため、様々な用途が考えられている。
【0003】
上記超短光パルスを用いて試料内に存在する複数の蛍光物質を略同時に励起する方法に関しては、特願2001−372570号に記載がある。この方法では超短パルス光により生成される白色連続スペクトルパルス光を分光し、目的とする複数の蛍光物質の励起に必要な波長光を複数選択した後、逆分光器でそれらを合成し、試料に照射している。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
蛍光物質の励起波長は単一ではなくある程度の分布を持っており、目的とする波長以外の波長の光でもわずかに励起される。上記技術のように複数の波長光を試料に照射した場合、選択した目的波長光は目的の蛍光物質を2光子、3光子励起するが、目的以外の蛍光物質を線形励起してしまう可能性が考えられる。この場合、選択した目的波長光以外の光により励起された蛍光は、検出器で検出する際のノイズとなる。
【0005】
そこで本発明は、超短光パルスを用いて複数の蛍光物質を分析する方法及び装置において、より高精度に且つノイズの少ない分析を行うことのできる方法及び装置を提供する。
【0006】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するために成された本発明に係る複数の蛍光物質を含む試料の分析方法は、
a)超短光パルスより生成される白色連続スペクトル光パルスを分光器により分光し、
b)分光された各波長中の複数の目的波長光のみを選択し、
c)選択された複数の目的波長光をそれぞれ異なる周波数で強度変調し、
d)強度変調された複数の目的波長光を逆分光器で合成することにより合成光パルスを生成して試料に照射し、
e)試料から放出された蛍光出力を、目的波長光に対応する蛍光出力ごとに分光・検出し、
f)検出された各蛍光出力を、上記目的波長光を強度変調した上記周波数で同期整流する
ことを特徴とする。
【0007】
また、本発明に係る複数の蛍光物質を含む試料を分析するための装置は、
a)超短光パルスより生成される白色連続スペクトル光パルスを分光する分光器と、
b)分光された各波長光中の複数の目的波長光のみを選択する波長光選択器と、
c)選択された複数の目的波長光をそれぞれ異なる周波数で強度変調する強度変調器と、
d)強度変調された複数の目的波長光を合成して合成光パルスを生成する逆分光器と、
e)上記合成光パルスの照射により試料から放出された蛍光出力を分光する蛍光分光器と、
f)上記分光器により分光された蛍光出力を各目的波長光に対応する蛍光出力ごとに検出する検出器と、
g)検出器で検出した各蛍光出力を上記強度変調器で用いた変調周波数で同期整流する同期整流器と、
を備えることを特徴とする。
【0008】
【発明の実施の形態】
本発明に係る複数の蛍光物質を含む試料の方法では、予め、励起したい複数の蛍光物質を定めておき、それら蛍光物質を励起させるための波長を調べておく。本発明では、励起光は超短光パルスより生成されるため、2光子励起や3光子励起等の多光子励起が生じる。従って、励起波長はそれらを考慮した値としておく。
【0009】
超短光パルスを繰り返し生成し、それから生成される一連の白色連続スペクトル光パルスを分光する。この分光後のスペクトルから、上記複数の励起波長(目的波長)の光のみを選択する。その方法としては、各目的波長の箇所のみにそれぞれ反射鏡を配置する方法、反射鏡の各目的波長箇所以外の箇所に吸収マスクを設ける方法、各目的波長の箇所のみを透過させるマスクを用いる方法等、種々考えることができる。
【0010】
超短光パルス(従って、白色連続スペクトル光パルス)が繰り返し生成される間、上記のように選択された目的波長光をそれぞれ異なる周波数で強度変調する。そして、強度変調した複数の目的波長光を逆分光器で合成することにより合成光パルスとする。こうして生成される一連の合成光パルス列を試料に照射する。
【0011】
合成光パルスを試料に照射すると、試料中に存在する、各目的波長光に対応した蛍光物質がそれぞれ励起され、それらの蛍光物質からそれぞれ蛍光が出力される。試料からは、これらの複数の波長を含む蛍光が同時に放出される。
【0012】
上記の通り、試料に一連の合成光パルス列を照射すると、試料からはそれに対応した一連の蛍光パルス列が出力される。この蛍光出力を、目的波長光に対応する蛍光出力ごとに分光し、各分光ごとに強度を検出する。検出した信号出力は、前記の励起光の強度変調周波数で同期整流する。蛍光出力中の或る1つの蛍光波長成分光はそれに対応する励起光成分の強度変調周波数と同じ周波数で強度が変化しているため、その周波数による同期整流の場合に信号成分が取り出され、それ以外の場合にノイズが取り出される。こうして、検出した信号出力から信号成分とノイズ成分とが分離される。
【0013】
【実施例】
本発明に係る方法を実施するための装置の一例を図1に示す。Erドープ・ファイバレーザ、モードロックTi:サファイアレーザあるいはモードロックCr:フォルステライトレーザ(特開平11−284260)等の光源11から、ほぼ一定の時間間隔で超短光パルスを生成する。前記の通り、超短光パルスの幅はフェムト秒(10−15秒)オーダーであり、パルス列の生起周波数は80〜100MHz程度である。
【0014】
光源11で生成された超短光パルスは、第1光学系12により水、水晶等の適宜の透明物質13中の1点に集光される。この集光点において、物質13と超短光パルスとの非線形相互作用により白色連続スペクトル光パルスが生成される。生成された白色連続スペクトル光パルスは第2光学系14(レンズ、反射鏡等を含む)により分光器15に照射され、そこで分光される。分光された光はコリメート光学系16により波長光選択器17に送られ、目的の蛍光物質を励起する複数の励起波長光(波長はそれぞれλ1、λ2、λ3)が選択される。
【0015】
波長光選択器17を通過し、選択された各励起波長光λ1、λ2、λ3は、強度変調器18によりそれぞれ異なった周波数f1、f2、f3で強度変調される。強度変調器18は各波長ごとに設けられた回転円盤型ND(Neutral Density)フィルタから成り、各NDフィルタは図2(a)、(b)に示すように回転角θによって光減衰率が変化するように構成されている。NDフィルタはそれぞれ異なる速度で回転し、これにより、各励起波長光は対応するNDフィルタの回転速度に応じた周波数f1、f2、f3で強度変調される。各励起波長光の強度変調の模様を図3に示す。波長λ1の励起光は周波数f1で強度変調されるため、その正弦波に応じた強度変化をする。波長λ2、λ3もそれぞれ周波数f2、f3で強度変調されている。
【0016】
NDフィルタにより強度変調された励起波長光λ1、λ2、λ3は、集光光学系19により逆分光器20に照射され、そこで1つの超短光パルスに合成される。合成された超短光パルスは、試料21に照射される。
【0017】
前述の通り、光源11からは生起周波数80〜100MHzで超短光パルス列が生成されるため、試料21には同じ周波数で生起する合成光パルス列が照射される。試料21中では、この合成光パルスに含まれる複数の励起波長光により、目的とする複数の蛍光物質が励起され、蛍光が発生する。各蛍光物質で発生した蛍光は同時に試料21から放出され、蛍光検出システム22により検出される。
【0018】
蛍光検出システム22の動作を図4により詳しく説明する。試料21から放出された光を、蛍光分光器23で目的蛍光物質の蛍光波長η1、η2、η3に分光する。分光された各蛍光η1、η2、η3の強度を検出器24により検出する。
【0019】
検出器24によって検出された各波長η1、η2、η3の信号出力を、それぞれ、励起波長光の強度変調周波数f1、f2、f3で同期整流する。同期整流は、整流器セット25を用いて行う。図4の例の場合、励起波長(従って、蛍光波長)が3波長η1、η2、η3であるため、変調周波数も3種f1、f2、f3であり、合計9個の整流器c11〜c33を使用する。
【0020】
例えば、波長η1の蛍光の信号出力は、整流器c11、c12、c13に送られ、それぞれ変調周波数f1、f2、f3で同期整流される。波長η1の蛍光は波長λ1の励起光に対応して発光したものであるため、励起光λ1が周波数f1で強度変調されたことに対応して、η1の信号出力も周波数f1で強度が変化している。従って、整流器c11で周波数f1により同期整流された場合の出力s11には、目的の蛍光物質からの蛍光のみが含まれる。一方、他の整流器c12、c13で周波数f2、f3により同期整流された場合の出力s12、s13には、それら周波数f2、f3に対応する他の励起光λ2、λ3による励起に対応する蛍光が含まれる。すなわち、蛍光検出システム22においては、蛍光出力から、目的とする信号出力とそれ以外のノイズ出力とが分離される。
【0021】
蛍光出力η2においては周波数f2で同期整流される整流器c22から信号出力が得られ、その他の周波数f1、f3で同期整流される整流器c21、c23からノイズが出力される。蛍光出力η3においても同様である。
【0022】
こうして、本発明に係る蛍光分析装置では、目的とする蛍光物質に対応する励起光で励起された蛍光のみを検出することができ、それ以外の励起光で励起された蛍光を信号出力から排除することができる。その結果として、本発明に係る蛍光分析方法又は装置では、精度の高い試料分析が可能となる。
【0023】
【発明の効果】
本発明に係る方法では、目的とする励起光を強度変調し、蛍光出力を、その強度変調した周波数で同期整流することにより、目的励起光により励起された結果である蛍光(信号出力)と、それ以外の光で励起された蛍光(ノイズ出力)とを分離して得ることができる。
【0024】
本発明に係る方法は、特に生体試料等を分析するのに適している。生体内に多種多様な形態で存在するタンパク質等の物質は、相互に複雑に関係しあっているため、生体試料内のタンパク質等を調査するためには、より多くの物質を標識し、それらの相関関係を同時に調査することが不可欠である。本発明に係る方法を使用することにより、標識した複数のタンパク質等の生体物質をほぼ同時に、且つリアルタイムに検出することができる。この方法を2次元・3次元的走査手段と組み合わせることにより、試料の2次元・3次元の分析映像も得ることができる。更に、時間的に追跡することにより、それらの動き等を観察することもできる。
【0025】
その結果、例えば、蛍光物質で標識された物質の生体内での位置、分布を正確に把握するのみならず、蛍光の強度に基いて、標識された物質の量的な分析を高精度に行うことが可能となる。この方法を画像解析技術等と組み合わせることにより、標識した物質の試料内での反応量、反応速度等を正確に知ることができる。
【0026】
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一つの実施例である複数蛍光物質分析装置の概略構成図。
【図2】上記分析装置で用いるNDフィルタの正面図(a)及びその角度−減光率のグラフ。
【図3】各励起波長光λ1、λ2、λ3の強度変調の模様を示すグラフ。
【図4】蛍光検出システムの構成図。
【符号の説明】
11…超短光パルス光源
12…第1光学系
13…透明物質
14…第2光学系
15…分光器
16…コリメート光学系
17…波長光選択器
18…強度変調器
19…集光光学系
20…逆分光器
21…試料
22…蛍光検出システム
23…蛍光分光器
24…蛍光検出器
25…整流器セット
c11〜c33…整流器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)超短光パルスより生成される白色連続スペクトル光パルスを分光器により分光し、
b)分光された各波長中の複数の目的波長光のみを選択し、
c)選択された複数の目的波長光をそれぞれ異なる周波数で強度変調し、
d)強度変調された複数の目的波長光を逆分光器で合成することにより合成光パルスを生成して試料に照射し、
e)試料から放出された蛍光出力を、目的波長光に対応する蛍光出力ごとに分光・検出し、
f)検出された各蛍光出力を、上記目的波長光を強度変調した上記周波数で同期整流する
ことを特徴とする複数の蛍光物質を含む試料の分析方法。
【請求項2】
a)超短光パルスより生成される白色連続スペクトル光パルスを分光する分光器と、
b)分光された各波長光中の複数の目的波長光のみを選択する波長光選択器と、
c)選択された複数の目的波長光をそれぞれ異なる周波数で強度変調する強度変調器と、
d)強度変調された複数の目的波長光を合成して合成光パルスを生成する逆分光器と、
e)上記合成光パルスの照射により試料から放出された蛍光出力を分光する蛍光分光器と、
f)上記分光器により分光された蛍光出力を各目的波長光に対応する蛍光出力ごとに検出する検出器と、
g)検出器で検出した各蛍光出力を上記強度変調器で用いた変調周波数で同期整流する同期整流器と、
を備えることを特徴とする複数の蛍光物質を含む試料の分析装置。
【請求項3】
上記強度変調器が、回転角により光減衰率が変化する円盤形の回転フィルタにより構成されていることを特徴とする請求項2に記載の分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2004−132760(P2004−132760A)
【公開日】平成16年4月30日(2004.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2002−295739(P2002−295739)
【出願日】平成14年10月9日(2002.10.9)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】