説明

複数層からなる坐薬製剤組成物の製造方法

【課題】複数層からなる坐薬製剤組成物の境界での製剤の割れ若しくは剥離を防止し、かつ品質面に優れる多層坐薬製剤組成物の製造方法を提供する。
【解決手段】直腸上部移動性層、及び直腸下部滞留性層を有する坐薬製剤組成物であって、直腸上部移動性層を30〜39℃の半溶解状態維持温度で充填した後に20〜25℃に放冷して固化させ、引き続いて直腸下部滞留性層を38〜46℃の半溶解状態維持温度で充填し、かつ直腸下部滞留性層を10〜20℃で冷却固化して製することを特徴とする坐薬製剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数層からなる坐薬製剤組成物の、境界での製剤の割れ若しくは剥離を防止し、かつ品質面に優れる複数層坐薬製剤組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
坐薬製剤組成物とは、薬剤と基剤を混ぜて魚雷又は紡錘形状に成型して、肛門等に挿入し、体温によって溶解するか又は直腸等に存在する水分(分泌液)によって溶解する固形外用製剤である。坐薬製剤組成物の特徴は、内服薬のように肝臓による薬物の分解が少ないこと、胃腸内での分解がなく薬物による胃腸障害もないことである。また、肛門に挿入する坐薬製剤組成物に配合する薬剤成分としては、痔疾患用薬や解熱鎮痛薬が一般的である。
【0003】
痔疾患者にとって、便の大きさや硬さは排便時の苦痛のみならず患部治療に悪影響も与えてしまうこと、加えて、出にくい便も深刻な問題であり排便時のいきみの繰返しは痔疾患の憎悪に繋がるという問題がある。これまでに、坐薬製剤組成物の挿入時の苦痛軽減技術(例えば、特許文献1、2参照)、また、近年になって排便時の問題点を克服した、複数層を有する坐薬製剤組成物が報告されている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭62−175420号公報
【特許文献2】特開昭62−192320号公報
【特許文献3】特開2009−7338号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の、排便時の問題点を克服した、複数層を有する坐薬製剤組成物は、肛門挿入時や坐薬製剤組成物製造・保管・運搬等の取扱い時に強い力や衝撃が加わると、境界面からひび割れ若しくは破断してしまうなど、衝撃耐性と曲げ破壊強度に問題あることが明らかになった。
【0006】
したがって、本発明が解決しようとする課題は、複数層からなる坐薬製剤組成物において、その異なる層の境界での製剤の割れ若しくは剥離を防止した、衝撃耐性と曲げ破壊強度を改善した坐剤製剤組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、直腸上部移動性層と直腸下部滞留性層とを有する坐薬製剤組成物において、
1)まず、直腸上部移動性層を、薬剤の温度を35℃前後で半溶解状態として充填し;
2)直腸上部移動性層を、20〜25℃の室温に近い環境下で放冷して固化させた後;
3)直腸下部滞留性層を、薬剤の温度を、好ましくは38〜46℃の範囲、より好ましくは39〜45℃の範囲、さらに好ましくは40℃前後の半溶解状態維持温度で積層して充填すると;
該層の境界における製剤の割れ若しくは剥離が防止できることを見出した。
【0008】
さらに、該直腸下部滞留性層を充填後に、
4)該直腸下部滞留性層を固化する際には、20〜25℃の室温に近い温度環境下にて緩慢に或いは5℃前後で急速に冷却固化するよりも、10〜20℃の範囲の温度にて冷却固化した場合には、該層の境界における製剤の割れ若しくは剥離が、よりいっそう防止でき、かつ品質にも優れることを見出して本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、下記の(1)〜(4)を提供するものである。
(1):直腸上部移動性層、及び直腸下部滞留性層を有する坐薬製剤組成物であって、
直腸上部移動性層を30〜39℃の半溶解状態維持温度で充填した後に20〜25℃に放冷して固化させ、引き続いて直腸下部滞留性層を38〜46℃の半溶解状態維持温度で充填し、かつ直腸下部滞留性層を10〜20℃で冷却固化して製することを特徴とする坐薬製剤組成物。
(2):直腸上部移動性層、及び直腸下部滞留性層を有する坐薬製剤組成物であって、
直腸上部移動性層を33〜37℃の半溶解状態維持温度で充填した後に20〜25℃に放冷して固化させて製することを特徴とする(1)に記載の組成物。
(3):直腸上部移動性層、及び直腸下部滞留性層を有する坐薬製剤組成物であって、
直腸下部滞留性層を39〜45℃の半溶解状態維持温度で充填して製することを特徴とする(1)又は(2)に記載の組成物。
(4):直腸上部移動性層、及び直腸下部滞留性層を有する坐薬製剤組成物であって、
直腸下部滞留性層を15〜18℃で冷却固化して製することを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1に記載の組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明の直腸上部移動性層、及び直腸下部滞留性層を有する坐薬製剤組成物は、衝撃耐性と曲げ破壊強度のいずれもが顕著に改善される。そのため、肛門挿入時や坐薬製剤組成物製造・保管・運搬等の取扱い時に強い力や衝撃が加わっても、各層の境界面からひび割れたり、破断したりすることがない。併せて、排便時の苦痛軽減と痔疾患の悪化を防ぎながら、本来の痔疾疾患治療を行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】:実施例1及び比較例1、2の折れ強度試験結果(応力−時間チャート記録)を示した図である。比較例1、2は、約40Nの応力で降伏点(応力が急減する位置)に達したのに対し、実施例1はさらに降伏点が増し折れ強度が高まったことを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
一般に坐薬製剤組成物は、基剤を加熱溶解し、各種の治療成分をこれに溶解若しくは分散させ、魚雷又は紡錘形状のコンテナに所定量を充填・固化して製造される。
【0013】
本発明の「坐薬製剤組成物」は、直腸上部移動性層と直腸下部滞留性層を有する複数層(多層)からなる坐薬製剤組成物である。そのため、複数層からなる坐薬製剤組成物では、まず直腸上部移動性層を充填・固化し、該直腸上部移動性層がコンテナ内で固化した上に直腸下部滞留性層を積層して充填・固化して製造する。
【0014】
本発明の「複数層からなる坐薬製剤組成物」の製造の好ましい態様としては以下1)〜4)を挙げることができる。
1)直腸上部移動性層を、薬剤の温度を35℃前後で半溶解状態として充填する。
2)充填した1)の直腸上部移動性層を、急激に冷却することなく20〜25℃の室温に近い環境下で緩慢に20〜25℃まで放冷して固化させる。
3)次に、直腸下部滞留性層を、薬剤の温度を、好ましくは38〜46℃の範囲、より好ましくは39〜45℃の範囲、さらに好ましくは40℃前後の半溶解状態維持温度で、固化した直腸上部移動性層に積層して充填する。
4)直腸下部滞留性層を充填後、10〜20℃の範囲の温度で冷却固化させる。
【0015】
かくして製造した本発明の「複数層からなる坐薬製剤組成物」は、直腸上部移動性層と直腸下部滞留性層との境界における製剤の割れ及び/又は剥離が防止できる。また、直腸下部滞留性層を充填後、10〜20℃の範囲の温度で冷却固化させた場合には、20〜25℃の室温前後の環境下にて緩慢に固化させる、或いは5℃前後で急速に冷却して固化させたものより層の境界における製剤の割れ若しくは剥離が、よりいっそう防止でき、かつ坐剤組成物の表面が滑らかなであり、品質に優れる。
【0016】
本発明の「複数層からなる坐薬製剤組成物」とは、治療目的・方法に応じて適宜、各層ごとに含有させる薬剤が異なったり、基剤成分・分量を変えたりする坐薬製剤組成物を意味する。
【0017】
本発明の「直腸上部移動性層」とは、坐薬製剤組成物を患部挿入後に、層が直腸内で溶解することにより、直腸上部さらには大腸まで到達する成分を含有する層である。
【0018】
直腸上部移動性層は、直腸温度により溶解し、含有成分がすばやく溶け出すようにした層であることが好ましい。
【0019】
本発明の直腸上部移動性層としては、好適には、直腸温や直腸分泌液によりすばやく溶解する公知の基剤(例えば、ウイテプゾール:以下、WTと称す)と、公知の界面活性成分(例えば、ジオクチルソジウムスルホサクシネート:以下、DSSと称す)を含有する。
【0020】
直腸上部移動性層に含有させる成分のジオクチルソジウムスルホサクシネートは、便を軟らかくする成分として好ましい。
【0021】
本発明の「直腸下部滞留性層」とは、坐薬製剤組成物を患部挿入後に、層が患部に滞留し易くなる層であり、溶出した成分が患部に滞留するようにした層であることが好ましい。本発明の「直腸下部滞留性層」は、直腸温度で徐々に溶解する公知の基剤と膨潤性のある公知の基剤(例えば、カルボキシビニルポリマー)、及び公知の痔疾用薬効成分を含有するのが好ましい。直腸下部滞留性層に含有させる成分としては、痔疾患に対する薬効をもたらす成分が好ましくい。本発明の痔疾用とは、痔疾患に用いることであり、痔疾患としては、痔核(いぼ痔)、裂肛(きれ痔)及び痔ろう(あな痔)がある。なお、公知の痔疾用の薬効成分の多くは第15改正日本薬局方に収載されており、その他の坐薬製剤組成物用の基剤も日本薬局方外医薬品規格2002及び医薬品添加物辞典2005に収載されており容易に入手することができる。
【実施例】
【0022】
以下に、実施例及び試験例を示し、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0023】
(製造例1)被験物質の製造
被験物質として、表1、2に示した実施例1、2及び比較例1〜4の坐薬製剤組成物を第15改正日本薬局方製剤総則「坐剤」の項に準じて製造した。
50℃〜70℃で加温溶融した坐薬製剤組成物基剤(ウイテプゾール:WT−35及び/又はWT−85)に、表1、2に示した成分を撹拌しながら溶解又は分散させ、直腸上部移動性層が坐薬製剤組成物の上半分(頭部)に位置し、直腸下部滞留性層は坐薬製剤組成物の下半分(底部)に位置するよう、直腸上部移動性層、直腸下部滞留性層の順に、表1、2に示した半溶解状態維持温度及び冷却温度でコンテナに充填、固化させて坐薬製剤組成物を製造した。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
(試験例1)直腸上部移動性層の充填時の温度の違いによる折れ強度の違い
(1)被験物質
表1に示した実施例1及び比較例1、2を被験物質として使用した。なお、実施例1及び比較例1、2は、いずれも直腸上部移動性層が坐薬製剤組成物の上半分(頭部)に位置し、直腸下部滞留性層は坐薬製剤組成物の下半分(底部)に位置するように製造したものである。実施例1及び比較例1、2は、直腸上部移動性層を充填する際の半溶解状態維持温度のみが異なり、直腸上部移動性層の組成、固化条件、直腸下部滞留性層の組成、充填時における半溶解状態維持温度、固化条件は共通する。
【0027】
(2)折れ強度試験方法
1cmの間隙を有する両もち梁の上に当該間隙中央上部に押し当てアダプターを位置させた試験機(FUDOH RHEO METER RT−3100ND−CW、押し当て速度:2cm/min)を用いた。被験物質の直腸上部移動性層と直腸下部滞留性層の境界部が当該間隙中央上部に合わせて静置し押し当てアダプターを垂直に下降させることにより加圧したときの応力変化を評価した。
押し当て応力−時間チャートは理化電機 ELECTRONIC RECORDER R−61ACを用いて記録した(チャート速度:60cm/min)。
応力−時間チャート記録で降伏点(応力が急減する位置)を破壊強度の指標とした。
【0028】
(3)折れ強度試験結果
折れ強度試験の結果を図1に示す。この結果より、比較例1、2のように、直腸上部移動性層を40℃或いは45℃の半溶解状態として充填した場合よりも、実施例1のように、35℃前後のより体温に近い温度で半溶解状態として充填した場合に折れ強度が高まり、衝撃耐性が向上することが判明した。
【0029】
(試験例2)直腸下部滞留性層の固化条件による落下強度の違い
(1)被験物質
表2に示した実施例2及び比較例3、4を被験物質として使用した。なお、実施例2及び比較例3、4は、いずれも直腸上部移動性層が坐薬製剤組成物の上半分(頭部)に位置し、直腸下部滞留性層は坐薬製剤組成物の下半分(底部)に位置するように製造したものである。実施例2及び比較例3、4は、直腸下部滞留性層の固化条件のみが異なり、直腸上部移動性層の組成、充填時の半溶解状態維持温度、固化条件、直腸下部滞留性層の組成、充填の各条件は共通する。
【0030】
(2)落下強度試験方法
5℃で1時間以上放置したものを落下試験の被験物質として使用した。被験物質を150cmの高さから、厚さ0.35mmのベニヤ板に自然落下又は叩きつけ、割れ率は5個落下又は叩きつけたうちの割れた個数から以下の式より算出した。
割れ率(%)=100×(割れた個数/5)
【0031】
(3)落下強度試験結果
落下強度試験の結果を表2に示した。この結果より、直腸下部滞留性層を充填した後、比較例3のように5℃前後で急速に冷却固化するよりも、実施例2のように18℃(一時冷却)〜15℃(二次冷却)で冷却固化したときの方が落下強度は高まり、衝撃耐性が向上することが判明した。
【0032】
比較例4は直腸下部滞留性層を充填した後、20〜25℃の室温前後の環境下にて緩慢に固化させたものであり、落下強度試験では実施例2と同等の結果であった。しかし、比較例4の坐剤組成物は、直腸下部滞留性層の固化に30分以上を要することから生産面で不利な点、さらに品質面で坐剤組成物表面が粉っぽくざらつく点において実施例2よりも製剤品質が劣った。
【産業上の利用可能性】
【0033】
衝撃耐性と曲げ破壊強度のいずれもが顕著に改善され、かつ組成物表面が滑らかな品質面に優れる坐薬製剤組成物を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直腸上部移動性層、及び直腸下部滞留性層を有する坐薬製剤組成物であって、
直腸上部移動性層を30〜39℃の半溶解状態維持温度で充填した後に20〜25℃に放冷して固化させ、引き続いて直腸下部滞留性層を38〜46℃の半溶解状態維持温度で充填し、かつ直腸下部滞留性層を10〜20℃で冷却固化して製することを特徴とする坐薬製剤組成物。
【請求項2】
直腸上部移動性層、及び直腸下部滞留性層を有する坐薬製剤組成物であって、
直腸上部移動性層を33〜37℃の半溶解状態維持温度で充填した後に20〜25℃に放冷して固化させて製することを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
直腸上部移動性層、及び直腸下部滞留性層を有する坐薬製剤組成物であって、
直腸下部滞留性層を39〜45℃の半溶解状態維持温度で充填して製することを特徴とする請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
直腸上部移動性層、及び直腸下部滞留性層を有する坐薬製剤組成物であって、
直腸下部滞留性層を15〜18℃で冷却固化して製することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。

【図1】
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【公開番号】特開2011−219468(P2011−219468A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−64161(P2011−64161)
【出願日】平成23年3月23日(2011.3.23)
【出願人】(306014736)第一三共ヘルスケア株式会社 (176)
【Fターム(参考)】