説明

複視又は弱視患者のための医療用眼鏡

【課題】曇化させたレンズで片方の目を覆う際にその曇化させた側のレンズを通して目視することによる違和感及び疲労を軽減することのできる複視又は弱視患者のための医療用眼鏡を提供すること。
【解決手段】医療用眼鏡11の左右一対のレンズ13,14のうち、第1のレンズ13に対して曇化処理を施す際に、第1のレンズ13の中央寄り部分の曇化率をその周囲部分よりも高い領域Aを設けることで、瞳孔位置を基準とした当該一方のレンズの中央寄り部分とその周囲部分との間における視感透過度の均質化を図るようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は複視又は弱視を治療するために使用する複視又は弱視患者のための医療用眼鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から弱視や複視の患者の視力を矯正するために特許文献1に挙げるような医療用眼鏡が提案されている。特許文献1の医療用眼鏡は複視では複視の原因となる側の目を、弱視では正常な側の目を光を散乱させて像がぼけるように微細な凹凸の粗面で曇らせたレンズで覆い、もう一方のレンズを通常の透明なレンズとしたものである。このような医療用眼鏡を使用することで複視の消失又は弱視の視力回復が望める。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−82773号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のような医療用眼鏡では一方のレンズを曇らせる場合においては従来では基本的に全体に均一な曇り度合いに設定されていた。そのため、図6に示すようにレンズの至るところにおいて正対した位置から透過した際の像の見え方(視感透過率)についてはレンズ全体でほぼ均一化されている。しかし、瞳孔位置を基準にした視感透過率を考えた場合、このように度合いに設定されたレンズが必ずしもすべての視線方向で同じ視感透過率となるわけではない。図7に示すように瞳孔位置を基準としてレンズに正対する方向とレンズを斜めに見る方向とではレンズを斜めに見たほうが視感透過率が下がる傾向にある。
これは斜め方向の光は凹凸面に対して角度を持って入射するため、正対方向の光に比べて散乱されやすく瞳孔に至らない光があること、また、斜め方向の方がレンズから瞳孔に至るまでの距離(頂間距離)が長いために散乱量が斜め方向の方が多くなること、あるいは、斜め方向の方が光がレンズ内を透過する距離が長いため、レンズ内で減衰する量が多くなること等の理由からである。
そのため、従来では実際に斜め方向を見た際と正面方向を見た際の見た目の視感透過率が異なってしまうためこのような医療用眼鏡を使用する際に視線移動に伴って見え方に違和感を感じたり、目に負担を与えることとなり疲れやすくなっていた。
本発明は、このような従来の技術に存在する問題点に着目してなされたものである。その目的は、曇化させたレンズで片方の目を覆う際にその曇化させた側のレンズを通して目視することによる違和感及び疲労を軽減することのできる複視又は弱視患者のための医療用眼鏡を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するための請求項1の発明では、左右一対のレンズのいずれか一方のレンズに対して曇化処理を施すとともに、当該一方のレンズの中央寄り部分の曇化率をその周囲部分よりも高くすることで瞳孔位置を基準とした当該一方のレンズの中央寄り部分とその周囲部分との間における視感透過度の均質化を図るようにしたことをその要旨とする。
また、請求項2の発明では請求項1の発明の構成に加え、前記レンズの中央寄り部分とその周囲部分との境界領域は曇化率の変化が連続的に推移することをその要旨とする。
また、請求項3の発明では請求項1又は2の発明の構成に加え、前記レンズの周囲部分はレンズの中央寄り部分から離間するほど曇化率が低下することをその要旨とする。
また、請求項4の発明では請求項1〜4のいずれかの発明の構成に加え、前記一方のレンズに対する曇化処理は前記レンズの表裏少なくともいずれか一方の面への粗面処理であることをその要旨とする。
また、請求項5の発明では請求項4の発明の構成に加え、前記粗面処理を行った前記一方のレンズの表裏少なくともいずれか一方の面に対してコート層を形成したことをその要旨とする。
また、請求項6の発明では請求項1〜5のいずれかの発明の構成に加え、前記左右一対のレンズは着色されていることをその要旨とする。
また、請求項7の発明では請求項1〜6のいずれかの発明の構成に加え、前記左右一対のレンズの物体側を向いた表面にはミラーコート層が形成されていることをその要旨とする。
【0006】
上記のような構成の複視又は弱視患者のための医療用眼鏡であれば、複視又は弱視のために左右のレンズのいずれか一方を曇化させたレンズについてレンズの中央寄り部分についてその周囲部分よりも曇化率を高くしたため、瞳孔位置を基準とした場合に正面視と斜方視の実際の視感透過度に大きな差がなくなりレンズの中央寄り部分とその周辺部分との間の視感透過度の均質化が図られることとなる。
レンズの曇化はレンズの表裏面の少なくとも一方をブラスト処理によって微細な凹凸面を形成するようにしてもよく、レンズの表裏面の少なくとも一方に微細な凹凸面を形成するための成形型を使用して成形してもよく、光を散乱させる微粒子を樹脂に分散させてもいずれの手段を使用してもよい。
また、レンズの中央寄り部分とは正面を向いた場合の瞳孔の中心位置の周囲(概ね上下に5〜10mm、左右に10〜30mm程度)のある程度の領域であってその周囲とは明確な区画があるわけではない。そのため、レンズの中央寄り部分とその周囲部分との境界領域の曇化率の変化は不連続的に推移するのではなく、徐々に変化させるようにすることが望ましい。また、レンズの周囲部分は均一な曇化率に設計しても、レンズの中央寄り部分から離間するほど曇化率が低下するように設計してもよい。
また、レンズの曇化をブラスト処理や成形型を使用して粗面処理を行った場合にはそのような粗面化した面に対してコート層を形成することが好ましい。
【0007】
また、左右一対のレンズは着色されていることが好ましい。これによって他者から見られた場合にレンズが曇化している不自然さが認知されにくくなり、目に入る外光が制限されるため目に与える負担が軽減されることとなる。
また、左右一対のレンズの物体側を向いた表面にはミラーコート層が形成されていることが好ましい。これによって他者から見られた場合にレンズが曇化している不自然さが認知されにくくなる。
【発明の効果】
【0008】
上記各請求項の発明では、複視又は弱視患者がその治療のために左右のレンズのいずれか一方を曇化させたレンズを使用する際に、その曇化させたレンズについて正面視と斜方視をする際の視感透過度の均質化が図られることとなり、このような医療用眼鏡を使用する際の違和感や疲労が軽減されることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施の形態の医療用眼鏡の正面図。
【図2】図1のA−A線での断面におけるレンズの構造を説明する説明図。
【図3】第1のレンズにおける光学中心からの距離と算術平均粗面粗さ(Ra)の特性を説明するグラフ。
【図4】第1のレンズと従来のレンズとの光学中心からの距離と視感透過率の関係を比較して示すグラフ。
【図5】他の実施の形態での第1のレンズにおける光学中心からの距離と算術平均粗面粗さ(Ra)の特性を説明するグラフ。
【図6】均一に曇化させたレンズに対する視感透過率の測定の仕方を説明する説明図。
【図7】均一に曇化させたレンズを実際に目視する際の瞳孔位置とその視線方向を説明する説明図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の医療用眼鏡の本実施の形態について図面に従って説明をする。
図1に示すように、医療用眼鏡11ではレンズフレーム12に2枚の第1及び第2のレンズ13,14が取り付けられている。本実施の形態のレンズは最大横巾50mm、縦巾30mmの逆台形形状とされている。レンズフレーム12の両側にはテンプル15が折り畳み可能に取り付けられている。図2に示すように、両レンズ13,14の表面にはレンズ側から順にハードコート層16、ミラーコート層17が形成されている。両レンズ13,14の裏面にはレンズ側から順にハードコート層16、マルチコート(反射防止膜)層18が形成されている。本実施の形態ではミラーコート層17の反射率が20%に設定されている。両レンズ13,14は茶色に着色されたプラスチックレンズであって、本実施の形態では65%の吸収率に設定されている。
第1のレンズ13の裏面にはブラスト処理によって微細な凹凸が形成されている。ハードコート層16はこの微細な凹凸の上層に成膜されている。図1に示すように第1のレンズ13は光学中心Oを中心とした半径5mmの円の範囲を領域Aとし、その周囲を領域Bとする。領域Aは領域Bよりも曇化率が高く設定されている。ここでは曇化率、つまりどのくらい白濁しているかはブラスト処理において得られる算術平均粗面粗さ(Ra)をパラメータとした。算術平均粗面粗さ(Ra)の数値が大きくなると白濁度合いが大きくなるため、これをもって曇化率の高低を示すものとした。
図3に示すように本実施の形態では第1のレンズ13の中央寄りの領域Aの算術平均粗面粗さ(Ra)を0.6μmに設定した。一方領域Bについては領域Aとの境界から2mm(中心からは5〜7mm)の距離までを境界領域として変化が連続的となるように徐々に算術平均粗面粗さ(Ra)を小さく設定しており、それよりも外側領域について算術平均粗面粗さ(Ra)を0.5μmに設定した。尚、図1では領域Aと領域Bの境界が明瞭にわかるような図示であるが、実際は境界領域によって領域Aと領域Bの境界は不明瞭である。
図4はこのような医療用眼鏡11の第1のレンズ13と従来の均一な算術平均粗面粗さ(Ra)の医療用眼鏡のレンズとの中心付近から周辺に視線を移動させた場合の視感透過率の変化を比較して示すグラフである。従来のレンズでは視感透過率が周辺において下がってしまっているが、本実施の形態で周辺の視感透過率が中心付近と比較してそれほど低下せずに推移するようになっている。
【0011】
このような医療用眼鏡11であれば、次のような効果が奏される。
(1)医療用眼鏡11として複視又は弱視患者用に使用する際に曇化処理を施した側のレンズ(第1のレンズ13)を上記のように曇化率の高い領域Aとその周囲の相対的に曇化率の低い領域Bに区画したため、実際に使用した際の視感透過率において中心付近と周辺との差が大きくならず両者における見え方の均質化を図ることができるため、結果として使用する者の違和感や疲労度を軽減することができる。また、領域Aからは境界領域を介して徐々に曇化率が変化するため、使用者が視線を移動させる際に急激な明るさの変化を感じることがないため、自然な感覚で使用することができる。
(2)両レンズ13,14を茶色に着色しているため、目に入る外光量を軽減するとともに、片方のレンズ13が曇った医療用眼鏡11であることが第三者から認知されにくくなっている。
(3)両レンズ13,14の表面にミラーコート層17を形成したため、(2)の効果に加えて更に片方のレンズ13が曇っていることが第三者から認知されにくくなる。
(4)両レンズ13,14の裏面にマルチコート層18を形成したため、ミラーコート層17を設けた際に発生する後方の景色がミラーコート層17に反射してしまういわゆる景色の写り込みが防止でき、ミラーコート層17を設けた際の見えやすさが向上することとなる。
【0012】
尚、この発明は、次のように変更して具体化することも可能である。
・領域Aと領域Bの算術平均粗面粗さ(Ra)の設定は上記に限定されるものではない。例えば、図5に示すように、領域Bにおいて外方ほど算術平均粗面粗さ(Ra)が小さくなるような設定とすることも可能である。
・曇化率のパラメータとして算術平均粗面粗さ(Ra)以外に十点平均粗さ(Rz)を使用することや、ヘイズメータによるヘイズ値を使用することも可能である。
・レンズの素材、レンズ形状、算術平均粗面粗さ(Ra)、レンズの色や濃度(吸収率)、ミラーの反射率の設定等は上記は一例であって、適宜変更可能である。
・上記のような着色されたプラスチックレンズを使用した第1のレンズ13について領域Aと領域Bに区画せず、ほぼ均一な算術平均粗面粗さ(Ra)に設定するようにしてもよい。つまり、より好ましくは上記実施の形態のように領域Aと領域Bに区画して曇化率を変更するものであるが、曇化率を変更しないような着色されたレンズの医療用眼鏡11として実現することも可能である。
・着色されたプラスチックレンズを使用する場合においてミラーコート層17を形成させないように実現することも可能である。
・レンズへの着色においては茶色以外の色や、他の吸収率とすることは自由である。
その他本発明の趣旨を逸脱しない態様で実施することは自由である。
【符号の説明】
【0013】
11…医療用眼鏡、13…一方のレンズとしての第1のレンズ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右一対のレンズのいずれか一方のレンズに対して曇化処理を施すとともに、当該一方のレンズの中央寄り部分の曇化率をその周囲部分よりも高くすることで瞳孔位置を基準とした当該一方のレンズの中央寄り部分とその周囲部分との間における視感透過度の均質化を図るようにしたことを特徴とする複視又は弱視患者のための医療用眼鏡。
【請求項2】
前記レンズの中央寄り部分とその周囲部分との境界領域は曇化率の変化が連続的であることを特徴とする請求項1に記載の複視又は弱視患者のための医療用眼鏡。
【請求項3】
前記レンズの周囲部分はレンズの中央寄り部分から離間するほど曇化率が低下することを特徴とする請求項1又は2に記載の複視又は弱視患者のための医療用眼鏡。
【請求項4】
前記一方のレンズに対する曇化処理は前記レンズの表裏少なくともいずれか一方の面への粗面処理であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の複視又は弱視患者のための医療用眼鏡。
【請求項5】
前記粗面処理を行った前記一方のレンズの表裏少なくともいずれか一方の面に対してコート層を形成したことを特徴とする請求項4に記載の複視又は弱視患者のための医療用眼鏡。
【請求項6】
前記左右一対のレンズは着色されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の複視又は弱視患者のための医療用眼鏡。
【請求項7】
前記左右一対のレンズの物体側を向いた表面にはミラーコート層が形成されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の複視又は弱視患者のための医療用眼鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−187160(P2012−187160A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−50918(P2011−50918)
【出願日】平成23年3月9日(2011.3.9)
【出願人】(000219738)東海光学株式会社 (112)
【出願人】(511062335)
【Fターム(参考)】