説明

褥瘡の治癒及び/または発生予防剤

【課題】事前及び/または継続摂取すると褥瘡になりにくく,また褥瘡が発生しても患部皮下組織の筋層再生を促進し褥瘡を早期治癒させることのできる栄養剤を提供すること.
【解決手段】筋層再生促進効果を有する乳清蛋白質を有効成分とし,糖質,脂質,ビタミン,ミネラルを含有する乳清蛋白質栄養剤を事前及び/または継続摂取することにより,褥瘡の治癒及び/または発生を予防する.

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,経口あるいは経管的な栄養補給が必要な高齢者あるいは低栄養状態の患者,または外科手術患者に投与する,褥瘡予防・治療に用いられる褥瘡の治癒及び/または発生予防剤に関する.さらには,蛋白質源として乳清蛋白質を含有し,糖質,脂質,ビタミンならびにミネラルからなる,褥瘡予防・治療に用いられる乳清蛋白質栄養剤に関する.
【背景技術】
【0002】
褥瘡は,骨突出部に圧負荷が長時間加わることで循環障害を起こし組織が壊死した状態をいう.直接的な原因は,持続的な圧迫による局所の虚血性の壊死である.褥瘡発生の危険因子には,局所の物理的な圧迫と循環障害以外に,組織の耐久性の低下,看護や介護の質などの社会的な因子等がある.組織の耐久性に関しては,外的因子(局所的因子)として,摩擦やずれ,失禁があり,内的因子(全身的因子)として加齢,糖尿病や循環障害などの基礎疾患や低栄養状態が挙げられる.
褥瘡治療に関する基準として,「褥瘡の予防・治療ガイドライン」がある.褥瘡の治療としては,保存的治療と外科的治療があるが,このガイドラインは保存的治療を主体としている.褥瘡は,多方面からの治療が必要で,定時の体位変換や清拭,体圧分散用具,栄養管理など看護・介護の占める割合は大きい.なかでも,栄養管理は褥瘡予防・治療に不可欠な組織の耐久性を高め,創傷治癒を促進するために重要である.褥瘡は一旦発症すると完治させることは難しく予防が大切とされてきたが,近年総合的なアセスメントにより適切なケアプランを立てれば治癒も可能となってきた.
栄養組成物による褥瘡の予防・治療を目的とした技術としては,特定組成のアミノ酸を含有する褥瘡予防治療用アミノ酸栄養剤が特開平11-130669号公報(特許文献1)に開示されているが,これはアミノ酸の混合物であることから,味が粗悪で継続摂取は困難と考えられる.
【0003】
また,特開2004-41006号公報(特許文献2)には,銅対亜鉛の重量比が1:10以上であることを特徴とする液状栄養組成物が開示されている.これは,褥瘡の発生を栄養学的に予防・治療するために必要な銅・亜鉛をともに効率よく,かつ過剰投与等の問題を起こさずに患者に与えることのできる経腸栄養流動食を提供するものである.しかし,亜鉛欠乏状態ではない患者に亜鉛を投与しても,褥瘡予防効果は期待できないとの報告もある(医師とナースのための褥瘡診療指針,医学書院,p88、非特許文献1).
特開2004-284972号公報(特許文献3)には,小麦グルテン,小麦グルテン加水分解物を含有する経腸創傷治療剤が開示されている.これは,小麦グルテン,小麦グルテン加水分解物及び/又は当該加水分解物に相当するポリペプチドを含有する経腸創傷治療剤であるが,その効果は,皮膚表皮の創面積(創面の長径×短径)の減少にとどまっている.圧負荷による循環障害は,皮内の細静脈,筋肉内静脈,筋肉内動脈,皮内細動脈の順に起こることから,表皮,真皮よりも皮下筋層の方が傷害されやすく,表皮のみの創面積の減少では治癒効果とは言い難い.また,褥瘡が浅層にとどまるものは創縁及び創面内からの基底細胞の遊走,進展という過程で治癒するが,深層に及ぶものは肉芽組織の増殖が必要である(臨床看護,31:1456,2005、非特許文献2).
そのため,事前及び/または継続摂取すると褥瘡になりにくく,また褥瘡が発生しても患部皮下組織の筋層再生を促進し,褥瘡を早期治癒させることのできる栄養剤が望まれていた.
【0004】
【特許文献1】特開平11-130669号公報
【特許文献2】特開平2004-41006号公報
【特許文献3】特開平2004-284972号公報
【非特許文献1】医師とナースのための褥瘡診療指針,医学書院,p88
【非特許文献2】臨床看護,31:1456,2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は,このような問題点に鑑みてなされ,その目的は,継続摂取することで,褥瘡形成を予防または治療できる栄養剤を提供することにある.また,その効果は皮膚表皮の創面積を減少させるのみではなく,さらに皮下筋層に及んだ組織の再生を促進させることを目的とする.
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは,褥瘡予防・治療のために継続摂取が容易であり,皮下筋層に再生促進効果のある栄養剤について鋭意検討したところ,乳清蛋白質に当該効果があることを見出し,さらに乳清蛋白質を有効成分とする栄養剤を摂取することによってもこの課題を解決することを見出した.すなわち本発明では,乳清蛋白質を有効成分として含み,事前及び/または継続摂取すると褥瘡になりにくく,また褥瘡を発生しても患部皮下組織の筋層再生に優れた効果がある.
【0007】
上記目的は,下記(1)から(8)の本発明により達成される.
(1)乳清蛋白質を有効成分として含有する褥瘡の治癒及び/または発生予防剤.
(2)乳清蛋白質として一日あたり1.25〜2.0g/kg(体重)を経消化管的に投与されるものである上記(1)に記載の褥瘡の治癒及び/または発生予防剤。
(3)上記(1)に記載の褥瘡の治癒及び/または発生予防剤を蛋白質成分として配合した乳清蛋白質配合栄養剤。
(4)糖質,脂質,ビタミン,およびミネラルを配合した上記(2)に記載の乳清蛋白質栄養剤.
(5)前記ビタミンが,少なくともビタミンA及びビタミンCを含有する上記(4)に記載の乳清蛋白質栄養剤.
(6)ミネラルが,少なくともカルシウム,鉄,亜鉛,及び銅を含有する上記(4)または(5)に記載の乳清蛋白質栄養剤.
(7)乳清蛋白質の含有量が,100kcalあたり2〜13.5gである上記(3)〜(6)のいずれかに記載の乳清蛋白質栄養剤。
(8)液状である上記(3)〜(7)のいずれかに記載の乳清蛋白質栄養剤。
(9)高圧蒸気滅菌されてなる上記(8)に記載の乳清蛋白質栄養剤。
【発明の効果】
【0008】
以上述べたように,本発明の褥瘡の治癒及び/または発生予防剤あるいはこれを配合した乳清蛋白質栄養剤を事前及び/または継続摂取すると,褥瘡形成を予防または治療でき,患者本人のQOL向上,また看護・介護者の負担軽減,医療費削減に寄与できるものである.
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下,本発明の褥瘡の治癒及び/または発生予防剤を詳細に説明する.本発明の褥瘡の治癒及び/または発生予防剤は、それ自体で効果のあるものであるが,一般に他の栄養成分とともに栄養剤組成物のかたちで使用されるとより効果的である。
本発明の褥瘡の治癒及び/または発生予防剤は、消化管に吸収されるような投与形態であれば、常用されるいずれの投与形態でも,褥瘡の予防・治療効果がある.具体的には、剤形としては液状,固形状,ゲル状,または粉末であってもよく、投与方法としては,経口投与、あるいは経鼻,胃ろう,腸ろうによる経管投与が可能である.
【0010】
本発明の褥瘡の治癒及び/または発生予防剤およびこれを配合した乳清蛋白質栄養剤で使用する乳清蛋白質は、従来の方法によって製造されるものが使用できる。例えば、チーズやカゼインの製造工程で副生成物として得られた乳清をスプレードライ、真空濃縮法、浸透膜法、逆浸透(RO)法、限界濾過(UF)法、極微濾過法、電気透析法、イオン交換法、結晶化等の加工法で蛋白成分を分離することによって得ることができる。また、原料となる乳清は、チーズホエイ(酸ホエイ)、スイートホエイ、脱乳糖ホエイ、脱塩ホエイ、などから適宜選択することができる。また、乳清蛋白濃縮物(WPC)、乳清蛋白単離物(WPI)、α−ラクトアルブミン、β―ラクトグロブリン、ラクトフェリン等乳清から加工・製造されたものを乳清蛋白質として用いることができる。さらに、上記加工法で蛋白成分を濃縮あるいは分離し、これをペプシンやトリプシン等の酵素を用いて加水分解することによって得ることができる乳清ペプチドであっても使用できる。
【0011】
本発明の褥瘡の治癒及び/または発生予防剤の投与量は、乳清蛋白質として一日あたり1.25〜2.0g/kgを経消化管的に投与することが好ましい。この範囲であれば褥瘡の予防・治療効果が十分に発揮できる。
本発明の乳清蛋白質栄養剤中の乳清蛋白質含有量は,2〜13.5g/100kcalが好ましい.2g/100kcal以下では,褥瘡の予防・治療効果が十分に発揮できないほかにも、一般的な栄養剤の蛋白質含有量としては少なく,高齢者や低栄養状態の患者への投与に適していない.また,13.5g/100kcal以上では,蛋白質含有量が過剰となり、配合量に対する効果が相対的に小さくなるばかりでなく、他の栄養成分の摂取も考慮した場合、好ましい栄養バランスから外れがちになる.
本発明の乳清蛋白質栄養剤の投与量は,1日当たり750〜2000kcalが好ましい.乳清蛋白質の投与量としては,1日当たり37.5〜100gが好ましい.
【0012】
一般的に,毒性の危険性から蛋白質の上限量を策定し得る明確な根拠は見当たらない(厚生労働省策定 日本人の食事摂取基準2005年版).一方,アミノ酸については,ラットを用いたLD50からヒト換算許容量が推定されている(タンパク質・アミノ酸の新栄養学,講談社).腹腔内投与されたアミノ酸は,速やかに血中に移行し血中濃度を急激に高め,各アミノ酸特異的に組織傷害をもたらす.これに対して経口投与されたアミノ酸は,小腸での吸収,門脈血中,肝臓とそれぞれ修飾を受けるため血中濃度の上昇は緩慢となる.遊離アミノ酸としてではなく,蛋白質として経口摂取した場合,消化管内での消化過程が加わるため,血中濃度の上昇はいっそう緩慢となることから,組織傷害をもたらすような血清レベルの異常な上昇はないと考えられる.これらのことから,乳清蛋白質を経口あるいは経腸的に摂取する場合には,急性毒性はないと考えられる.
【0013】
乳清蛋白質は,牛乳蛋白質の約20%をしめ,カゼインに比べて必須アミノ酸及びシステインを豊富に含む(Milk and dairy products in human nutrition,p90).また,風味も良好であることから,この乳清蛋白質を含有する栄養剤を継続摂取しても患者のQOLを損なうことなく,低栄養状態が改善される.さらに,この乳清蛋白質栄養剤を摂取することにより,圧負荷により循環障害を起こし壊死した皮下筋細胞の再生を促進させることができる.
【実施例】
【0014】
(実施例1) 乳清蛋白質を蛋白質源とした栄養組成物(表1)を調製した.この栄養組成物中に含有される乳清蛋白質は,100kcal当たり5.36gである.
(比較例1) 実施例1において乳清蛋白質の代わりにカゼインナトリウムを配合した以外は実施例1と同様の方法で栄養組成物を調製した.この栄養組成物中に含有されるカゼインは100kcal当たり5.36gである.
(試験例1) 実施例1及び比較例1で調整した栄養組成物を用いて動物実験を行った.ラットを二群に群分けし,一群には実施例1,もう一群には比較例1の栄養組成物を2週間自由摂取させた.これらのラットを用いて,Skalakらの方法(Wound Rep Reg 8:68-76,2000)により褥瘡モデルを作製した.さらに1週間,栄養組成物の摂取を継続し,褥瘡形成部の皮膚を採取した.
【0015】
【表1】

【0016】
(評価例1) 褥瘡形成部の皮膚をホルマリン固定後,H.E.(ヘマトキシリン・エオジン)染色した.組織学的所見を表2に示した.乳清蛋白質を蛋白質源とした実施例1の栄養組成物を摂取した群では,痂皮,浮腫及び細胞浸潤の程度が軽度であり,皮下筋層に良好な再生像が認められた.一方,カゼインを蛋白質源とした比較例1の栄養組成物を摂取した群では,痂皮,浮腫及び細胞浸潤の程度が軽度から中等度であり,皮下筋層に良好な再生像は認められなかった.
(評価例2) 病理標本の強拡大の一視野における再生筋細胞について,画像解析ソフト(Scion Image)を用いて数と面積を計測した.具体的には,多核でH.E.染色で濃染する細胞を再生筋細胞とみなし,選択した.Threshold機能により閾値を設定し2値化処理を行い,細胞数と面積を計測した.一視野全体の面積を計測し,{(再生筋細胞の面積)/(視野全体の面積)}×100(%)の式により面積割合を算出した.その結果,比較例1では細胞数20,面積割合4.50%であったのに対して,実施例1では細胞数32,面積割合6.73%であり,実施例1による皮下筋層の再生促進効果が明らかになった.
Skalakらの褥瘡モデルは,組織学的に皮下筋層に壊死の認められる,臨床の病態をよく反映したモデルである.圧負荷により循環障害を起こし壊死した筋細胞はマクロファージの侵入が起こり,その後,筋衛星細胞の活性化,分化増殖,融合の過程を経て成熟した筋線維となる.乳清蛋白質は,これらの過程のうち筋衛星細胞の活性化,分化増殖促進効果があると考えられる.
【0017】
【表2】

【0018】
(実施例2) 乳清蛋白質,糖質,脂質,ビタミン,ミネラルを表3の配合割合で混合し攪拌機を用いて攪拌した後,得られた液を500mLずつプラスチック容器に充填し,密封後,121℃,10分で加熱滅菌して乳清蛋白質栄養剤を調製した.得られた乳清蛋白質栄養剤は,チューブ流動性が良好で経管投与可能であった.また,風味がよく嗜好性もあり経口摂取も容易であった.
(比較例2) 実施例2において乳清蛋白質の代わりに卵白蛋白質を配合した以外は実施例2と同様の方法で卵白蛋白質栄養剤を調製した.得られた卵白蛋白質栄養剤は,チューブに詰まり継続投与不可能であった.また,風味が悪く経口摂取が困難であった.
(比較例3) 実施例2において乳清蛋白質の代わりに大豆蛋白質を配合した以外は実施例2と同様の方法で大豆蛋白質栄養剤を調製した.得られた大豆蛋白質栄養剤は,チューブに詰まり継続投与不可能であった.また,風味が悪く経口摂取が困難であった.
【0019】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明の乳清蛋白質を有効成分として含有する褥瘡の治癒及び/または発生予防剤あるいは、乳清蛋白質栄養剤を事前及び/または継続摂取すると,褥瘡形成を予防または治療でき,患者本人のQOL向上,また看護・介護者の負担軽減,医療費削減に寄与できるものであって,産業上十分に利用できるものである.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳清蛋白質を有効成分として含有する褥瘡の治癒及び/または発生予防剤.
【請求項2】
乳清蛋白質として一日あたり1.25〜2.0g/kg(体重)を経消化管的に投与されるものである請求項1に記載の褥瘡の治癒及び/または発生予防剤。
【請求項3】
請求項1に記載の褥瘡の治癒及び/または発生予防剤を蛋白質成分として配合した乳清蛋白質配合栄養剤。
【請求項4】
糖質,脂質,ビタミン,およびミネラルを配合した請求項2に記載の乳清蛋白質栄養剤.
【請求項5】
前記ビタミンが,少なくともビタミンA及びビタミンCを含有する請求項4に記載の乳清蛋白質栄養剤.
【請求項6】
ミネラルが,少なくともカルシウム,鉄,亜鉛,及び銅を含有する請求項4または5に記載の乳清蛋白質栄養剤.
【請求項7】
乳清蛋白質の含有量が,100kcalあたり2〜13.5gである請求項3〜6のいずれかに記載の乳清蛋白質栄養剤。
【請求項8】
液状である請求項3〜7のいずれかに記載の乳清蛋白質栄養剤。
【請求項9】
高圧蒸気滅菌されてなる請求項8に記載の乳清蛋白質栄養剤。

【公開番号】特開2009−84202(P2009−84202A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−255643(P2007−255643)
【出願日】平成19年9月28日(2007.9.28)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】