説明

視神経細胞保護剤

【課題】特定のリグニン誘導体を用いた眼疾患の予防・治療剤を提供する。
【解決手段】(a)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性のリグニン二次誘導体、(b)(a)記載のリグニン一次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化されたリグニン二次誘導体及び(c)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性及び/又は水不溶性のリグニン二次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化して得られるリグニン三次誘導体、からなる群から選択される1種あるいは2種以上のリグニン誘導体を含有するものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグニン誘導体の利用に関し、特に、眼疾患の予防・治療剤及び視神経細胞保護剤への利用に関する。
【背景技術】
【0002】
網膜は外部からの光を受容するための視機能に関して重要な役割を果たしている。網膜は網膜色素上皮層、視神経線維層(OFL)、神経細胞層、内網状層(IPL)、内顆粒層(INL)、外網状層(OPL)等の10層から成る、厚さ0.1〜0.5mmの組織である。内網状層には、アマクリン細胞という神経節細胞突起と対をなしてシナプスを形成する神経細胞が存在するが、光の照射開始時と終了時によく応答することから、この神経細胞は光強度の検出器として働くと考えられている。神経細胞層には、網膜のもっとも内側に位置する神経節細胞(以下「RGC」とする。)が存在しており、運動視、周辺視、色覚、形態覚などに深く関与している。また、神経線維層には、網膜中心動静脈の分枝である網膜血管が走行しており、網膜神経細胞に酸素および栄養を供給する役割を担っている。
【0003】
ところで、網膜血管が攣縮、血栓、動脈硬化等の要因により閉塞または狭窄すると網膜循環に障害が生じ、網膜神経細胞への酸素ならびに栄養の供給が閉ざされる。この網膜循環障害により酸素や栄養の供給が不足すれば、網膜神経細胞は死に至り、視神経障害が引き起こされる。視神経障害による症状としては、網膜静脈や網膜動脈が閉塞あるいは狭窄した網膜血管閉塞症、網膜剥離に至る可能性のある糖尿病網膜症、視機能障害が出現する虚血性視神経症がある。さらに黄斑変性症、網膜色素変性症、レーベル病などの網膜疾患も網膜神経細胞死が発症に深く関与すると考えられている。
【0004】
また、失明に至る眼疾患のひとつである緑内障は、網膜神経細胞のRGCが選択的に障害を受け、視神経障害が起き、視野障害へと進行する。このことから、RGC障害を予防あるいは最小限に抑えることが緑内障治療につながるといわれている(非特許文献1)。緑内障性視神経障害の詳細なメカニズムは未だ明らかではないが、眼圧上昇によって視神経が圧迫され、視神経萎縮が生ずることによる機械的障害説と、視神経乳頭の循環障害によって視神経萎縮が起ることによる循環障害説とがある。実際には、これら機械的障害と循環障害が複雑に関与していると考えられ、機械的障害および循環障害は、いずれも視神経軸索輸送障害を引き起こす。そして、この軸索輸送障害による神経栄養因子の供給途絶がRGC障害の一因になっていると考えられている(非特許文献2)。また、グルタミン酸は網膜内の神経伝達物質の一つであるが、何らかの原因によってこのグルタミン酸シグナルカスケードが過度に活性化することもRGC障害の一因であると考えられている(非特許文献3)。
【0005】
このようにさまざまの眼疾患における病態には、プログラム化細胞死の一形態であるアポトーシスが関与することが解明されつつある。例えば、虚血−再灌流による網膜障害(非特許文献4)、網膜剥離(非特許文献5)、網膜色素変性症(非特許文献6,7)、網膜光障害(非特許文献8)、緑内障(非特許文献9,10)などいずれもRGCのアポトーシスが報告されている。視機能障害の原因は多様であるが、結果的に視機能障害は視覚情報ネットワークを構成している神経細胞のアポトーシスによる可能性が高いといえる。
【0006】
これらのことから、網膜神経細胞に対して保護効果を有する物質は、網膜血管閉塞症、糖尿病網膜症、虚血性視神経症、黄斑変性症、網膜色素変性症およびレーベル病などの網膜疾患や視神経障害を伴う緑内障などの眼疾患の予防や治療に有用であることが期待される。
【0007】
一方、リグニンは高等植物体の細胞壁を構成する主要成分として、また天然フェノール系高分子として知られている。天然リグニンは植物体から単に抽出操作のみで分離することができないことから、リグニンを得るためには、植物成分を何らかの方法で分解し、天然リグニン由来の誘導体として分離しなければならない。こうした天然リグニン由来のリグニン誘導体としては、クラフトリグニン、蒸煮爆砕リグニン、酢酸リグニンなど多種類のリグニン誘導体がある。この他には、植物体にフェノール化合物を添加し溶媒和させた後、酸を添加することにより得られるポリフェノール系化合物であるリグノフェノール系誘導体が知られている(特許文献1、2及び3)。特に、このリグノフェノールに関して、本発明者らは、カルボキシメチル化などの化学修飾を施した水溶性誘導体に種々の生理活性機能を見出している。例えば、リグノフェノールの水溶性誘導体は、活性酸素などの酸化ストレスによって引き起こされる非生理的細胞死の抑制、細胞保護作用を有することを見出し、アルツハイマー病やパーキンソン氏病などの神経疾患の予防や治療に有用であることを報告している(特許文献4)。
【特許文献1】特開平2−233701号公報
【特許文献2】特開平7−206601号公報
【特許文献3】特開平8−143587号公報
【特許文献4】特開2004−24367号公報
【非特許文献1】眼科,40, 251-273,1998
【非特許文献2】眼科,44, 1413-1416,2002
【非特許文献3】Surv. Ophthalmol. 48, S38-S46, 2003
【非特許文献4】J. Ocul. Pharmacol. Ther., 11, 253-259, 1995
【非特許文献5】Arc. Ophthalmol., 113, 880-886, 1995
【非特許文献6】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 974-978, 1994
【非特許文献7】Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 35, 2693-2699, 1994
【非特許文献8】Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 37, 775-782, 1996
【非特許文献9】Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 36, 774-786, 1995
【非特許文献10】Exp.EyeRes., 61, 33-44, 1995
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、酸化ストレスに対する細胞保護作用を有するリグノフェノール系誘導体が、視神経細胞に関して、またその細胞死によって生ずると考えられている網膜疾患や緑内障などの眼疾患に関して、いかなる作用を示すかについては検討されていない。
【0009】
本発明は、リグノフェノール系誘導体の哺乳類の眼疾患の予防・治療剤及び視神経細胞保護剤としての用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、リグノフェノール系誘導体の細胞保護作用との関係について研究を深め、視神経細胞死抑制および網膜疾患や緑内障などの眼疾患に関する作用について鋭意研究を行った。その結果、リグノフェノール系誘導体は、RGCなどの網膜神経細胞の保護機能を有し、網膜血管閉塞症、糖尿病網膜症、虚血性視神経症、黄斑変性症、網膜色素変性症およびレーベル病に代表される網膜疾患や緑内障などの視神経障害を伴う眼疾患の予防又は治療剤として有用であることを見出し、本発明に至った。本発明によれば、以下の手段が提供される。
【0011】
(1)(a)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性のリグニン二次誘導体、
(b)(a)記載のリグニン一次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化されたリグニン二次誘導体及び
(c)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性及び/又は水不溶性のリグニン二次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化して得られるリグニン三次誘導体、
からなる群から選択される1種あるいは2種以上のリグニン誘導体を有効成分として含有する、眼疾患の予防・治療剤。
(2)前記フェノール化合物は1価のフェノール化合物である、(1)に記載の予防・治療剤。
(3)前記フェノール化合物は、クレゾール又はバニリンである、(1)又は(2)に記載の予防・治療剤。
(4)前記リグニン誘導体は水溶性である、(1)〜(3)のいずれかに記載の予防・治療剤。
(5)前記(c)に記載のリグニン三次誘導体を有効成分として含有する、(1)〜(4)のいずれかに記載の予防・治療剤。
(6)前記フェノール化合物は、クレゾール又はバニリンである、(5)に記載の予防・治療剤。
(7)前記リグニン含有材料は、木本類植物及び草本類植物から選択される1種あるいは2種以上のリグノセルロース系材料である、(1)〜(6)のいずれかに記載の予防・治療剤。
(8)前記リグニン含有材料は、タケである、請求項1〜7のいずれかに記載の予防・治療剤。
(9)前記眼疾患は、低酸素及び/又は低グルコースによる視神経細胞死関連眼疾患である、(1)〜(8)のいずれかに記載の予防・治療剤。
(10)前記眼疾患は、小胞体ストレスによる視神経細胞死関連眼疾患である、(1)〜(9)のいずれかに記載の予防・治療剤。
(11)前記眼疾患は、細胞内Ca2+濃度上昇による視神経細胞死関連眼疾患である、(1)〜(9)のいずれかに記載の予防・治療剤。
(12)前記眼疾患は、網膜疾患である、(1)〜(9)のいずれかに記載の予防・治療剤。
(13)前記眼疾患は、緑内障性視神経障害である、(1)〜(9)のいずれかに記載の予防・治療剤。
(14)(a)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性のリグニン二次誘導体、
(b)(a)記載のリグニン一次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化されたリグニン二次誘導体及び
(c)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性及び/又は水不溶性のリグニン二次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化して得られるリグニン三次誘導体、
からなる群から選択される1種あるいは2種以上のリグニン誘導体を有効成分として含有する、視神経保護剤。
(15)前記視神経は、網膜神経節細胞を含む、(14)に記載の保護剤。
(16)(14)又は(15)に記載の視神経保護剤を含有する、栄養補助剤。
(17)(14)又は(15)に記載の視神経保護剤を含有する、眼疾患の予防・治療剤。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の予防・治療剤及び視神経保護剤は、リグニン含有材料から所定の手法により分離して得られるリグノフェノール系誘導体を含有している。これらのリグノフェノール系誘導体としては、以下の(a)〜(c)のリグニン誘導体を挙げることができる。
【0013】
本発明の視神経細胞保護剤及び予防・治療剤は、哺乳類又はその視神経細胞に適用することで、視神経細胞、特に視神経節細胞(RGC)数や内網状層の厚み等の低下が誘導されても、この誘導作用に抗して視神経節細胞数や内網状層の厚みの低下を抑制することができる。このため、本発明の視神経細胞保護剤及び予防・治療剤は、こうした視神経細胞傷害等に基づく眼疾患の予防・治療に有効である。また、本発明の視神経細胞保護剤によれば、各種のアポトーシスの誘導に対して抵抗して視神経細胞を保護することができる。また、本発明の視神経細胞保護剤及び予防・治療剤においては、天然リグニンに由来する高分子としての立体構造が重要であると考えられる。したがって、天然リグニン由来の構造を高度に維持しているリグノフェノール系誘導体さらにこの誘導体がいずれも視神経細胞保護作用を有していると推測される。リグニン以下、これらのリグニン誘導体について説明し、さらに、本発明における用途について説明する。
【0014】
(a)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性のリグニン二次誘導体、
(b)(a)記載のリグニン一次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化されたリグニン二次誘導体及び
(c)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性及び/又は水不溶性のリグニン二次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化して得られるリグニン三次誘導体
【0015】
(リグニン一次誘導体)
本発明において用いるリグニン一次誘導体は、リグニン含有材料をフェノール化合物で溶媒和後、酸を添加し混合して得られるリグニンのフェノール化合物であるリグニン誘導体(以下、リグノフェノール系誘導体ともいう。)である。この反応過程によりリグニンのアリールプロパンユニットのベンジル位(側鎖C1位、以下、単にC1位という。)にフェノール化合物がグラフト(導入)されたリグニン誘導体を得ることができる。フェノール化合物は、そのフェノール性水酸基に対してオルト位あるいはパラ位にて前記C1位の炭素原子に結合する。この結果、1,1−ビス(アリール)プロパンユニットがリグニン中に形成される。この反応において、フェノール化合物は、前記C1位に対して選択的に導入されるため、出発原料であるリグニン含有材料におけるC1位における様々な結合を開放し、リグニンマトリックスの多様性を低減し、また、低分子量化することができる。さらに、この結果、従来のリグニンにはなかった各種溶媒への溶解性、熱流動性、熱可塑性など各種の特性を発現することが既に知られている。なお、ここで、フェノール化合物で溶媒和するとは、液体のフェノール化合物にリグニン含有材料を浸漬する等して溶媒和する他、液体あるいは固体のフェノール化合物を当該フェノール化合物が溶解する溶媒に溶解させたものをリグニン含有材料に適用後、溶媒を留去することでリグニン含有材料にフェノール化合物を収着することによっても達成することができる。
【0016】
濃酸による炭水化物の膨潤に基づく組織構造の破壊と、フェノール化合物によるリグニンの溶媒和とを組み合わせてリグニンの不活性化を抑制しつつ、リグノセルロース系材料を炭水化物とリグノフェノール系誘導体とに分離する方法(特開平2−233701号)が知られている。また、これらの他、リグノフェノール系誘導体に関するより一般的な記載及びその製造プロセスについては、国際公開WO99/14223号公報、特開2001−64494号公報、特開2001−261839号公報、特開2001−131201号公報、特開2001−342353号公報、特開2002−105240号公報において記載されている(これらの特許文献に記載の内容は、全て引用により本明細書中に取り込まれるものとする)。
【0017】
このプロセスによりリグノセルロース系材料からリグノフェノール系誘導体を得るシステムにおける構造変換プロセスの一例を以下に説明する。この構造変換プロセスは、リグノセルロース系材料を予めフェノール化合物で溶媒和しておいた上で、当該リグノセルロース系材料を酸と接触させることにより、リグニンのアリールプロパンユニットのリグニンの複合状態を緩和させ、同時に、天然リグニンのアリールプロパンユニットのC1位(ベンジル位)に選択的に前記フェノール誘導体をグラフティングさせ、リグノフェノール系誘導体を生成させ、同時にセルロースとリグノフェノール系誘導体とに分離できる。
【0018】
リグノフェノール系誘導体は、それ自体、リグノセルロース系材料などのリグニン含有材料から反応、分離して得られるリグニン由来のポリマーの混合物である。このため、得られるポリマーにおける導入フェノール誘導体の量や分子量は、原料となるリグニン含有材料のリグニン構造および反応条件により変動する。
【0019】
(リグニン含有材料)
本発明におけるリグニン含有材料には、天然リグニンを含有するリグノセルロース系材料を含む。リグノセルロース系材料は、木質化した材料、主として木材である各種材料、例えば、木粉、チップの他、廃材、端材、古紙などの木本類植物資源に付随する農産廃棄物や工業廃棄物を挙げることができる。また用いる木本類の種類としては、スギ、ヒノキなどの針葉樹、ブナなどの広葉樹等、任意の種類のものを使用することができる。さらに、ケナフ、ジュート、イネ、タケなどの各種草本類植物、それに関連するイネワラ、モミガラなどの農産廃棄物や工業廃棄物なども使用できる。本発明に用いる誘導体においては、木本類植物や草本類植物のいずれのリグノセルロース系材料も使用できるが、とくに、草本類植物に由来するリグノセルロース系材料を用いることが好ましい。さらに好ましくはタケである。タケ由来のリグノフェノール系誘導体は、特開2004−244367号公報にも記載されるように高い細胞保護作用が認められている。また、タケは、資源的に確保が容易であるとともにタケの利用は竹林整備に有効であるというメリットもある。
【0020】
(フェノール化合物)
フェノール化合物としては、少なくとも一つのフェノール性OH基を有する化合物であればよい。具体的には、1価のフェノール化合物、2価のフェノール化合物、または3価のフェノール化合物などを用いることができる。本発明においては、好ましくは1価のフェノール化合物を用いることができる。1価のフェノール化合物の具体例としては、1以上の置換基を有していてもよいフェノール、1以上の置換基を有していてもよいナフトール、1以上の置換基を有していてもよいアントロール、1以上の置換基を有していてもよいアントロキノンオールなどが挙げられる。2価のフェノール化合物の具体例としては、1以上の置換基を有していてもよいカテコール、1以上の置換基を有していてもよいレゾルシノール、1以上の置換基を有していてもよいヒドロキノンなどが挙げられる。3価のフェノール化合物の具体例としては、1以上の置換基を有していてもよいピロガロールなどが挙げられる。
【0021】
また、フェノール化合物としては、アルデヒドフェノールを用いることができる。アルデヒドフェノールとしては、フェノール性OH基とアルデヒド基とをそなえていればよいが、たとえば、バニリン(4−ヒドロキシ−3−メトキシ−ベンザルデヒド)、エチルバニリン(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−ベンズアルデヒド)、3,4−ジヒドロキシベンズアルデヒド等が挙げられる。なお、アルデヒドフェノールにおいても、フェノール性OH基の数に応じて、1価、2価又は3価のフェノール化合物として包括的に表現するものとする。
【0022】
本発明の一次誘導体にあっては、こうしたフェノール化合物を1種又は2種以上組み合わせて用いることができるが、1価のフェノール化合物から選択される1種あるいは2種以上を用いることが好ましい。また、2価のフェノール化合物及び3価のフェノール化合物のうち、1種あるいは2種以上を用いることもできる。
【0023】
なお、1価から3価のフェノール化合物が有していてもよい置換基の種類は特に限定されず、任意の置換基を有していてもよいが、好ましくは、電子吸引性の基(ハロゲン原子など)以外の基であり、例えば、炭素数が1〜4、好ましくは炭素数が1〜3の低級アルキル基含有置換基である。低級アルキル基含有置換基としては、例えば、低級アルキル基(メチル基、エチル基、プロピル基など)、低級アルコキシ基(メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基など)である。また、アリール基(フェニル基など)の芳香族系の置換基を有していてもよい。また、水酸基含有置換基であってもよい。
【0024】
本発明においては、好ましくはp−クレゾール、m−クレゾール、o−クレゾール、2,6−ジメチルフェノール、2,4−ジメチルフェノール、2−メトキシフェノール(Guaiacol)、2,6−ジメトキシフェノール等を用いることができ、より好ましくは、p−クレゾール、フェノール、p−エチルフェノールである。また、2価のフェノール化合物としては、レゾルシノール、カテコール、ホモカテコール、ハイドロキノン、1,3−ナフタレンジオール等を用いることが好ましく、より好ましくは、レゾルシノール、カテコールである。また、3価のフェノール化合物としては、好ましくは、ピロガロール、フロログルシノール、2−ヒドロキシ−ナフトキノン等を用いることができ、より好ましくは、ピロガロール、フロログルシノールである。
【0025】
これらのフェノール化合物は、そのフェノール性水酸基に対してオルト位あるいはパラ位の炭素原子がリグニンのアリールプロパンユニットのC1位の炭素に結合することにより、1,1−ビス(アリール)プロパンユニットが形成されることになる。したがって、少なくとも1つの導入サイトを確保するには、オルト位及びパラ位のうち、少なくともひとつの位置に置換基を有していないことが好ましい。フェノール化合物のフェノール性水酸基のオルト位炭素原子が前記C1位に結合して形成されたユニットをオルト位結合ユニットといい、フェノール化合物のフェノール性水酸基のパラ位炭素原子が前記C1位に結合して形成されたユニットをパラ位結合ユニットという。オルト位結合ユニット及びパラ位結合ユニットの一例として、フェノール化合物として、p−クレゾール及び2,6−ジメチルクレゾールを用いることができる。
【0026】
以上のことから、本発明では、一次誘導体について、無置換フェノール誘導体の他、少なくとも一つの無置換のオルト位あるいはパラ位を有する各種置換形態のフェノール誘導体の1種あるいは2種以上を適宜選択して用いることができる。
【0027】
オルト位結合ユニットとパラ位結合ユニットとは、例えば、後述するアルカリ処理工程において異なる機能を発現する。オルト位結合ユニットは、緩和なアルカリ処理により導入されたフェノール化合物におけるフェノール性水酸基を消失させるとともにアリールクマラン構造を当該ユニットにおいて生成し、強いアルカリ処理によりアリール基移動に伴って分子形態を変動させる。いずれにおいても、オルト位結合ユニットは、アルカリ処理による効率的なリグノフェノール系誘導体の低分子化に寄与する。一方、パラ位結合ユニットは、アルカリ処理によりアリールクマラン構造やその後の分子形態変動を生じず、当該ユニット部位における低分子化には寄与しない。
【0028】
なお、オルト位結合ユニットを有するリグノフェノール系誘導体を得るには、少なくとも一つのオルト位(好ましくは全てのオルト位)に置換基を有していないフェノール化合物を用いる。また、少なくとも一つのオルト位(2位あるいは6位)が置換基を有さず、パラ位(4位)に置換基を有するフェノール化合物(典型的には、2,4位置換1価フェノール誘導体)が好ましい。最も好ましくは、全てのオルト位が置換基を有さず、パラ位に置換基を有するフェノール化合物(典型的には、4位置換1価フェノール化合物)である。したがって、4位置換フェノール化合物及び2,4位置換フェノール化合物を1種あるいは2種以上組み合わせて用いることができる。
【0029】
パラ位結合ユニットを有するリグノフェノール系誘導体を得るには、パラ位に置換基を有していないフェノール化合物(典型的には、2位(あるいは6位)置換1価フェノール化合物)が好ましく、より好ましくは、同時に、オルト位(好ましくは、全てのオルト位)に置換基を有するフェノール化合物(典型的には2,6位置換1価フェノール化合物)を用いる。すなわち、2位(あるいは6位)置換フェノール化合物及び2、6位置換フェノールのうち1種あるいは2種以上を組み合わせて用いることが好ましい。
【0030】
(酸)
リグニン含有材料と接触させる酸としては、特に限定しないで、リグノフェノール系誘導体を生成しうる範囲で各種無機酸や有機酸を使用することができる。したがって、硫酸、リン酸、塩酸などの無機酸の他、p−トルエンスルホン酸、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸、ギ酸などを使用することができる。リグニン含有材料としてリグノセルロース系材料を使用する場合には、セルロースを膨潤させる作用を有していることが好ましい。例えば、65重量%以上の硫酸(好ましくは、72重量%の硫酸)、85重量%以上のリン酸、38重量%以上の塩酸、p−トルエンスルホン酸、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸、ギ酸などを挙げることができる。好ましい酸は、65重量%以上の硫酸(好ましくは、72重量%の硫酸)、85重量%以上(好ましくは95重量%以上)のリン酸、トリフルオロ酢酸又はギ酸である。
【0031】
リグニン含有材料中のリグニンを、リグノフェノール系誘導体に変換し、分離する方法としては各種方法が採用できる。一次誘導体を得る反応工程としては、例えば、リグニン含有材料に、液体状のフェノール化合物(上記で説明したもの、例えば、p−クレゾール)を浸透させ、リグニンをフェノール誘導体により溶媒和させ、次に、リグノセルロース系材料に酸(上記で説明したもの、例えば、72%硫酸)を添加し混合して、セルロース成分を溶解する(以下、一段法ともいう。)。この方法によると、リグニンが低分子化され、同時にその基本構成単位のC1位にフェノール化合物が導入されたリグノフェノール系誘導体がフェノール化合物相に生成される。このフェノール化合物相から、リグノフェノール系誘導体が抽出される。リグノフェノール系誘導体は、リグニン中のベンジルアリールエーテル結合が開裂して低分子化されたリグニンの低分子化体の集合体として得られる。また、他の反応工程としては、リグニン含有材料に、固体状あるいは液体状のフェノール化合物を溶解した溶媒(例えば、エタノールあるいはアセトン)を浸透させた後、溶媒を留去(フェノール誘導体の収着)した場合も、先の方法と同様、リグノフェノール系誘導体が生成される(以下、二段法ともいう)。
【0032】
後段でカルボキシメチル化及び/又はアルカリ処理により、リグニン一次誘導体に水溶性を付与する。したがって、一次誘導体としては、有機溶媒区分のリグニン一次誘導体を分離抽出することが有効である。有機溶媒区分のリグニン一次誘導体を分離回収するには、一段法にあっては、液体のフェノール化合物相を、大過剰のエチルエーテルに加えて得た沈殿物を集めて、アセトンに溶解する。アセトン不溶部を遠心分離により除去し、アセトン可溶部を濃縮する。このアセトン可溶部を、大過剰のエチルエーテルに滴下し、沈殿区分を集める。この沈殿区分から溶媒留去し、リグニン一次誘導体を得る。なお、粗一次誘導体は、フェノール化合物相やアセトン可溶区分を単に減圧蒸留により除去することによって得ることができる。
【0033】
また、二段法にあっては、生成したリグノフェノール系誘導体は、液体フェノール化合物にて抽出分離することができる。あるいは、全反応液を過剰の水中に投入し、不溶区分を遠心分離にて集め、脱酸後、乾燥する。この乾燥物にアセトンあるいはアルコールを加えてリグノフェノール系誘導体を抽出する。さらに、この可溶区分を1段法における場合と同様に、過剰のエチルエーテル等に滴下して、リグノフェノール系誘導体を不溶区分として得ることもできる。以上、一次誘導体の調製方法の具体例を説明したが、これらに限定されるわけではなく、これらに適宜改良を加えた方法で調製することもできる。
【0034】
こうして得られるリグノフェノール系誘導体(一次誘導体)は、天然リグニン由来の高次構造を有していることから、視神経保護作用を発現すると考えられる。さらにリグノフェノール系誘導体を後述するアルカリ処理したりフェノール性OHを修飾するなどの二次誘導体化することで視神経細胞保護剤及び眼疾患の予防・治療剤としての適用可能性や投与形態の選択自由度を向上させることができる。次に、一次誘導体をさらに処理して得られる二次及び三次誘導体について説明する。
【0035】
(アルカリ処理による水溶性化)
アルカリ処理は、リグニン一次誘導体をアルカリと接触させることにより行う。好ましくは加熱する。アルカリ処理においては、オルト位結合ユニットにおいて、導入されたフェノール化合物のフェノキシドイオンによるC2位炭素の攻撃が生じる。すなわち、一旦この反応が生じれば、C2アリールエーテル結合が開裂する。例えば、緩和なアルカリ処理では、一次誘導体が第一のユニットを有する場合、当該導入フェノール誘導体の当該フェノール性水酸基が開裂し、生じたフェノキシドイオンが、C2アリールエーテル結合を構成するC2位を分子内求核反応的にアタックして、当該エーテル結合を開裂させて低分子化することができる。C2アリールエーテル結合の開裂により、リグニンの母核にフェノール性水酸基が生成されることになり、当該分子内求核反応により、導入フェノール核が、それが導入されたフェニルプロパン単位とクマラン骨格を形成した構造(アリールクマラン単位)が発現される。これらの結果、フェノール誘導体側にあったフェノール性水酸基が、リグニン母核側に移動したのと同様の状態となる。このため、オルト位結合ユニットを有するリグノフェノール系誘導体においては、このユニットの存在部位において(1)C2アリールエーテル結の開裂による低分子化、(2)アリールクマラン構造の発現、(3)C2アリールエーテル結合で結合されていたリグニン母核側におけるフェノール性水酸基が発現する。
【0036】
当該アルカリ処理は、具体的には、リグニン一次誘導体をアルカリ溶液に溶解し、一定時間反応させ、必要であれば、加熱することにより行う。この処理に用いることのできるアルカリ溶液は、リグニン一次誘導体中の導入フェノール化合物のフェノール性水酸基を解離させることができるものであればよく、特に、アルカリの種類及び濃度、溶媒の種類等は限定されない。アルカリ下において前記フェノール性水酸基の解離が生じれば、隣接基関与効果により、クマラン構造が形成されるからである。アルカリ溶液としては特に限定しない。処理に供するリグニン誘導体が溶解するものであればよく、アルコールなどの適当な有機溶媒あるいは当該有機溶媒と水との混液であってもよい。例えば、p−クレゾールを導入したリグニン一次誘導体では、水酸化ナトリウム溶液を用いることができる。例えば、アルカリ溶液のアルカリ濃度範囲は0.5〜2Nとし、処理時間は1〜5時間程度とすることができる。また、アルカリ溶液中のリグニン一次誘導体は、加熱されることにより、容易にクマラン構造を発現する。加熱に際しての、温度、圧力等の条件は、特に限定することなく適宜設定することができる。例えば、アルカリ溶液を100℃以上(例えば、140℃程度)に加熱することによりリグニン一次誘導体の低分子化を達成することができる。さらに、アルカリ溶液を加圧下においてその沸点以上に加熱して一次誘導体の低分子化を行ってもよい。
【0037】
なお、同じアルカリ溶液で同濃度においては、加熱温度が120℃〜140℃の範囲では、加熱温度が高い程、C2−アリールエーテル結合の開裂による低分子化が促進されることがわかっている。また、該温度範囲で、加熱温度が高い程、リグニン母体由来の芳香核由来のフェノール性水酸基が増加し、導入されたフェノール化合物由来のフェノール性水酸基が減少することがわかっている。したがって、低分子化の程度及びフェノール性水酸基部位のC1位導入フェノール化合物側からリグニン母体のフェノール核への変換の程度を、反応温度により調整することができる。すなわち、低分子化が促進され、あるいは、より多くのフェノール性水酸基部位がC1位導入フェノール誘導体側からリグニン母体へ変換されたアリールクマラン体を得るには80〜140℃程度の反応温度が好ましい。
【0038】
C1フェノール核の隣接基関与によるC2−アリールエーテルの開裂は、上述したようにアリールクマラン構造の形成を伴うが、リグノフェノール系誘導体の架橋体の低分子化は、必ずしもアリールクラマンが効率よく生成する条件下(140℃付近)で行う必要はなく、より高い温度(例えば170℃付近)で行うこともできる。この場合、一旦生成したクラマン環は開裂し、導入フェノール誘導体側にフェノール性水酸基が再生される結果、140℃処理物とは特性の異なるよりフェノール活性が高い素材を誘導することができる。本発明のリグニン誘導体としては、150℃以上180℃以下、好ましくは、160℃以上180℃以下、さらに好ましくは、約170℃でのアルカリ処理を採用することができる。
【0039】
以上のことから、アルカリ処理における加熱温度は、特に限定されないが好ましくは80℃以上200℃以下である。80℃を大きく下回ると、反応が十分に進行せず、200℃を大きく越えると好ましくない副反応が派生しやすくなるからである。
【0040】
クラマン構造の形成とそれに伴う低分子化のための処理の好ましい一例としては、0.5Nの水酸化ナトリウム水溶液をアルカリ溶液として用い、140℃で加熱時間60分という条件を挙げることができる。また、0.5Nの水酸化ナトリウム水溶液をアルカリ溶液として用い、170℃で加熱時間60分という条件を挙げることができる。
【0041】
アルカリ処理して水溶性のリグニン二次誘導体を得る方法としては、アルカリ処理反応液を中和後、その水溶性区分を遠心分離等により分離採取し、これを透析等により脱塩し、凍結乾燥等する方法を採用することができる。脱塩後の液をそのまま水溶性リグニン二次誘導体含有組成物として用いることもできる。なお、アルカリ処理反応液中和後の水不溶性区分は、水不溶性リグニン二次誘導体として後述するカルボキシアルキル化三次誘導体の前駆体となる。水溶性リグニン二次誘導体は、重量平均分子量は700以上10000以下とすることが好ましく、より好ましくは、700以上6000以下である。また、水不溶性のリグニン二次誘導体の重量平均分子量は700以上10000以下、好ましくは700以上6000以下である。
【0042】
(カルボキシアルキル化による二次誘導体化及び三次誘導体化)
一次誘導体及び、水溶性及び/又は水不溶性のリグニン二次誘導体に対して、カルボキシアルキル基を導入することによりカルボキシアルキル化二次誘導体及び三次誘導体を得ることができる。カルボキシルアルキル基におけるアルキル基は、炭素数1〜5の直鎖あるいは分枝アルキル基であることが好ましく、より好ましくは、炭素数1〜3の直鎖アルキル基である。たとえば、メチル基、エチル基、プロピル基を用いることができる。カルボキシルアルキル基は、リグニン誘導体中のアルコール性あるいはフェノール性水酸基に導入される。カルボキシアルキル化は、一般に、アルカリ存在下に、モノハロゲノアルキルカルボン酸と反応させることにより達成することができる。リグニン誘導体のカルボキシアルキル化法は従来公知の各種方法を採用することができる。例えば、リグニン一次誘導体を、この誘導体を分散できるイソプロパノールなどの有機溶媒で分散し、その後、アルカリ水溶液を加え、必要に応じてさらにイソプロパノールなどの有機溶媒を加えて得られた不均一混合溶液をモノクロロ酢酸などのモノハロゲノ酢酸(カルボキシアルキル化剤)を添加し、攪拌等しながら反応させることができる。また、リグニン誘導体を予めアルカリ溶液に浸漬した後、この浸漬物を有機溶媒に分散して、その後反応させることもできる。なお、アルカリとしては、一般に用いられるアルカリ試薬でよいが、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属化合物のような強アルカリが好適に用いられる。また、リグニン誘導体等を分散する有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、t−ブタノール等のアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン等のエーテル類、ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン化物、ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素類等が挙げられ、これらは単独であるいは2種以上混合して使用される。これらの中でも、アルコール類、ケトン類、エーテル類等の極性有機溶媒の1種又は2種以上の組合せが良く、さらに好ましくは、イソプロパノール、アセトン、1,4−ジオキサンが用いられる。
【0043】
モノハロゲノアルキルカルボン酸は、次の一般式〔I〕で表わされるものが好ましく用いられる。
XRCOOH 〔I〕
(上式中、X及びRはそれぞれ以下のものを表わす。
X:F、Cl、Br、I等のハロゲン原子、R:炭素数1〜5の直鎖及び分枝を有するアルキル基。)
上記化合物中、特にXがCl又はBr原子で、炭素数が1〜3の直鎖アルキル基を有するものが好ましい。
【0044】
上記モノハロゲノアルキルカルボン酸の使用量は、リグニン誘導体が備える水酸基量以上あれば良く、水酸基あたり、約1〜3モルであることが好ましい。モノハロゲノアルキルカルボン酸の添加方法としては、固体のまま及び/又はこの有機溶媒の溶液として、一括あるいは連続滴下で添加すれば良い。好ましいのは、有機溶媒の溶液として0.5〜3時間かけた連続滴下の方法であり、特に1〜2時間で連続滴下することが好ましい。また、モノハロゲノアルキルカルボン酸の添加終了後、その温度で0.5〜5時間(より好ましくは1〜4時間)反応を続けることが好適である。なお、モノハロゲノアルキルカルボン酸による反応にあたり、反応液を40℃〜60℃程度の範囲で加熱することが好ましい。
【0045】
カルボキシアルキル化二次及び三次誘導体は、固形生成物の他、一部溶解した状態で得られる。固形生成物は、反応終了後、ろ過等により固形の生成物を分離採取し、この固形物を水に溶解させ、希鉱酸、例えば希塩酸、希硫酸等の酸で中性に中和した後、電気透析で脱塩し、凍結乾燥等して得ることができる。また、溶解生成物は、上記ろ液中の有機溶媒を留去し、溶解物を乾固させ、この乾固物を中和前の固形生成物に添加することにより、回収することができる。本発明においては、1価のフェノール化合物の一次誘導体をカルボキシアルキル化した二次誘導体が好ましい形態であり、より好ましくは、1価のフェノール化合物がクレゾール又はバニリンであり、さらに好ましくは、カルボキシメチル化された形態である。さらに、リグノセルロース材料としてタケを用いることが好ましい。また、1価のフェノール化合物の一次誘導体をアルカリ処理して得られた水溶性及び/又は水不溶性の二次誘導体のカルボキシメチル化した三次誘導体も好ましい形態であり、さらに、当該水溶性の二次誘導体をカルボキシメチル化したものが好ましく、より好ましくは、1価のフェノール化合物がクレゾールである形態であり、カルボキシメチル化された形態である。
【0046】
(眼疾患予防・治療剤及び視神経細胞保護剤)
以上説明した本発明におけるリグニン誘導体、すなわち、上記した二次誘導体及び三次誘導体は、ヒトを含む哺乳動物の視神経細胞に、眼疾患の原因となりうる視神経細胞の細胞死への抵抗性を付与することができる。すなわち、網膜神経節細胞などの視神経細胞の細胞死抑制作用を発揮して視神経細胞を保護することができる。これにより、眼疾患の予防・治療剤として使用できるとともに、視神経細胞保護剤としても使用することができる。
【0047】
こうしたリグニン誘導体における視神経細胞保護作用は各種の条件で視神経細胞死を誘導して、リグニン誘導体の細胞死抑制活性を測定することにより確認することができる。こうした視神経細胞の細胞死誘導条件としては、例えば、酸素及び/又はグルコース欠乏による視神経細胞死条件、tunicamycinによる小胞体ストレス誘導による視神経細胞死条件及びN−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)などによる小胞体ストレス誘導及び/又は細胞内Ca2+濃度上昇による視神経細胞死誘導条件などを用いることができる。したがって、本発明におけるリグニン誘導体は、こうした視神経細胞の細胞死に対する細胞保護剤としても用いることができるほかこうした視神経細胞死が原因となりうる眼疾患の予防・治療剤として用いることができる。
【0048】
本発明におけるリグニン誘導体が有効な視神経細胞は、網膜神経節細胞、アマクリン細胞(無軸索細胞)、双極細胞、水平細胞、視細胞(光受容細胞)、インタープレキシフィルム細胞及びミューラー細胞(網膜グリア細胞)などが挙げられる。また、本発明におけるリグニン誘導体は、ヒトを含む動物に有効であるが、特に、ヒトを含む哺乳類に有効である。
【0049】
本発明におけるリグニン誘導体が対象とする眼疾患は、ヒトを含む哺乳類の眼疾患であることが好ましい。本発明におけるリグニンが有効な眼疾患としては、網膜血管閉塞症、糖尿病網膜症、虚血性視神経症、黄斑変性症、網膜色素変性症、レーベル病等に代表される網膜疾患や緑内障などの視神経障害を伴う眼疾患が挙げられる。
【0050】
本発明におけるリグニン誘導体は、必要に応じて、医薬として許容される添加剤を加え、単独製剤または配合製剤として汎用されている技術を用いて製剤化することができる。
【0051】
本発明の眼疾患の予防・治療剤及び細胞保護剤は、非経口でも、経口でも投与することができる。非経口投与の剤型としては、点眼剤、注射剤、点鼻剤などが、経口投与の剤型としては、錠剤、カプセル剤、細粒剤、顆粒剤、散剤などが挙げられ、汎用される技術を用いて製剤化することができる。
【0052】
例えば、点眼剤であれば、添加物として、等張化剤、緩衝剤、pH調節剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、保存剤等を適宜配合することができる。また、pH調節剤、増粘剤、分散剤などを添加することにより、薬物を懸濁化させて、安定な点眼剤を得ることもできる。等張化剤としては、例えばグリセリン、プロピレングリコール、塩化ナトリウム、塩化カリウム、ソルビトール、マンニトール等を挙げることができる。緩衝剤としては例えば、リン酸、リン酸塩、クエン酸、酢酸、ε-アミノカプロン酸等を挙げることができる。pH調節剤としては、例えば塩酸、クエン酸、リン酸、酢酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、ホウ酸、ホウ砂、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等を挙げることができる。可溶化剤としては、例えばポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、マクロゴール4000等を挙げることができる。増粘剤、分散剤としては、例えばヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどのセルロース系高分子、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン等を、また、安定化剤としては、例えばエデト酸、エデト酸ナトリウム等を挙げることができる。保存剤(防腐剤)としては、例えば汎用のソルビン酸、ソルビン酸カリウム、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル、クロロブタノール等が挙げられ、これらの保存剤を組み合わせて使用することもできる。
【0053】
点眼剤のpHは眼科製剤に許容される範囲内にあればよいが、4.0〜8.5の範囲が好ましく、また、浸透圧比を1.0付近に設定することが望ましい。また、注射剤には、溶液、懸濁液、乳濁液および用時液中に溶解または懸濁して用いる固形の注射剤が包含され、例えば薬物を液中に溶解、懸濁または乳化させて用いられる。
【0054】
また、注射剤は、滅菌精製水及び等張化のための塩化ナトリウムなどを用いて調製することができる。
【0055】
また、錠剤は、乳糖、ブドウ糖、D−マンニトール、無水リン酸水素カルシウム、デンプン、ショ糖等の賦形剤;カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、クロスポピドン、デンプン、部分アルファー化デンプン、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース等の崩壊剤;ヒドロキシプロピルセルロース、エチルセルロース、アラビアゴム、デンプン、部分アルファー化デンプン、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等の結合剤;ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、含水二酸化ケイ素、硬化油等の滑沢剤;精製白糖、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、ポリビニルピロリドン等のコーティング剤;クエン酸、アスパルテーム、アスコルビン酸、メントール等の矯味剤などを適宜選択して用い製剤化することができる。
【0056】
投与量は症状、年令、剤型等によって適宜選択できるが、点眼剤であれば0.001〜10%(w/v)のものを1日1回〜数回点眼すればよく、注射剤であれば通常1日0.1mg〜250mgを1回または数回に分けて投与すればよい。また、経口剤であれば通常1日当り250mg〜2.5gを1回または数回に分けて投与することができる。必要により上記範囲外の量を用いることができる。
【0057】
リグニン誘導体が非生理的細胞死抑制活性及び細胞保護活性を有することにより、これらのリグニン誘導体を非生理的細胞死抑制剤及び細胞保護剤などの試薬として使用することができる。例えば、各種培養細胞系へ直接投与することにより、不適切に誘導されるアポトーシスに対して細胞を保護することができる。これらの試薬の形態は特に限定されないが、例えば、粉末などの固形剤、又は有機溶剤若しくは含水有機溶剤に溶解した液体剤などを挙げることができる。通常、上記の化合物を試薬として用いて非生理的細胞死抑制作用及び細胞保護作用を発揮させるための効果的な使用濃度は、10〜50μMであるが、適切な使用量は培養細胞系の種類や使用目的により異なり当業者が適宜選択可能である。また、動物に投与する場合、血中濃度10〜100μMであることがこのましい。また、必要により上記範囲外の量を用いることができる。
【0058】
さらに、本剤は、経口あるいは腸管経由の栄養補助材(食品)としても有用である。食品の形態は、従来公知の各種形態を採ることができる。また、食品添加物としても用いることができる。栄養補助食品として摂取する場合、好ましい摂取量としては、1日あたり250mg〜2.5g程度であり、必要により上記範囲外の量を用いることができる。
【0059】
また、本発明におけるリグニン誘導体は有効な視神経細胞保護活性を有していることから、これらの化合物をリード化合物として、非生理的細胞死抑制活性及び細胞保護活性を指標としてさらに有用な化合物を探索し、得ることができる。
【0060】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
【実施例1】
【0061】
(カルボキシメチル化リグノクレゾール及びカルボキシメチル化リグノバニリンの調製)
タケ(葉を除いた茎部)に含まれるリグニンの基本単位(フェニルプロパン単位、C9)に対し、フェノール化合物としてp−クレゾールまたはバニリン2モルをアセトンに溶解させた。各アセトン溶液をタケ粉末脱脂試料に一昼夜浸漬させた後、アセトンを完全に留去、風乾することにより、それぞれのフェノール化合物を脱脂試料に収着させた。これら収着試料に68wt%硫酸(4ml/g脱脂試料)を加えて30℃、1時間、攪拌した。攪拌終了後、反応系を大過剰の水に投入し、反応系の硫酸濃度を10%程度まで希釈した。この時生じる不溶解沈殿物を遠心分離にて分離し、硫酸と未反応のフェノール化合物を取除き、洗浄した後、五酸化リン上で減圧乾燥させた。完全に乾燥した不溶解沈殿物にアセトンを加え、一昼夜攪拌した。その後、不溶物を遠心分離にて取除いた。また、抽出物をエバポレーターで濃縮した後、大過剰のジエチルエーテルに滴下し、その不溶解沈殿物を遠心分離、洗浄し、リグノフェノール試料として、タケ由来のリグノクレゾール(重量平均分子量;7200、p−クレゾール導入量;28wt%)およびリグノバニリン(重量平均分子量;5050、バニリン導入量;29wt%)を得た。なお、フェノール化合物の導入量はNMR解析により測定した。
【0062】
得られた各リグノフェノール試料(リグノクレゾールおよびリグノバニリン)1gを容器に取り、イソプロピルアルコール4gに分散させた。その後、この分散溶液に40%水酸化ナトリウム水溶液6.25gを加え、十分に静置した。静置後、さらにイソプロピルアルコール12gを加え、撹拌し、容器内の溶液を不均一混合分散溶液にした。この分散溶液の温度を50℃に維持し、別に調製したモノクロロ酢酸溶液(モノクロロ酢酸(リグノフェノール試料中の水酸基あたり約1.3mol)をイソプロピルアルコール4gに溶解させた溶液)を1時間かけて添加した。添加後、さらに50℃で2時間攪拌し、反応させた。反応過程において反応系には水酸化ナトリウムを含むカルボキシメチル化誘導体の沈殿物が生じるため、反応終了後、この沈殿物をろ別した。沈殿物を水に溶解し、この溶液を1N塩酸にて中和し、さらにpH2まで酸性化した。このとき生じた沈殿物を遠心分離にて分離、取り除いた後、上澄み液を透析にて脱塩した。脱塩した溶液を凍結乾燥し、カルボキシメチル化誘導体として、それぞれタケ由来のCM化リグノクレゾール(試料1、重量平均分子量;5330、カルボキシメチル基量;11.6wt%)およびCM化リグノバニリン(試料2、重量平均分子量;4500、カルボキシメチル基量;20wt%)を得た。なお、カルボキシメチル基量はNMR解析及び水酸化テトラ-n-ブチルアンモニウムを用いた非水系電位差滴定により算出した。
【0063】
このように得られたリグノフェノール系誘導体の視神経保護作用を検討すべく、(1)PC12細胞を用いた低酸素・低グルコース(OGD)誘導性の虚血様細胞死に対する作用、(2)PC12細胞を用いたtunicamycin投与によって誘発される細胞死に対する作用、(3)in vivoにおけるNMDA投与による網膜障害モデルマウスに対する作用を試験した。
【実施例2】
【0064】
(低酸素・低グルコース(OGD)誘導性の虚血様細胞死に対する作用の評価)
酸素や栄養の供給が不足すれば、網膜神経細胞は死に至り、視神経障害が引き起こされることから、低酸素・低グルコース(OGD)誘導性の虚血様細胞死に対する作用を試験した。
【0065】
(評価方法)
PC12細胞をコラーゲンコートされた24ウェルプレート上に2×105細胞/ウェルとなるように播種し、10%ウマ血清と5%牛胎仔血清を含有させたダルベッコ変法イーグル基礎培地にて2日間培養した。培養2日後、虚血様細胞死を誘導するため、低酸素・低グルコース(OGD)処理を行った。低グルコース処理としては、培地をグルコースを含有しないダルベッコ変法イーグル基礎培地(溶媒)に交換し、あるいは、培地をCM化リグノフェノール試料1または試料2(1μM、3μM、10μM、30μM)を添加したグルコースを含有しないダルベッコ変法イーグル基礎培地に交換し、その後、低酸素処理として雰囲気を94%N2、5%CO、1%O条件に変更し、4時間培養した。OGD処理後、1g/1 グルコース、1%牛胎仔血清になるようにグルコースおよび牛胎仔血清を培地に加え、18時間培養(37℃、5%CO)した。その後、CellQuanti-BlueTM Cell Viability Assay Kits (BioAssaySystems)を用いてレサズリン還元法により細胞の生存率を算出した。すなわち、培地にレサズリン溶液を加え、3時間インキュベートし、この各群の蛍光強度を測定(励起波長530nm、蛍光波長590nm)した。濃青色のレサズリンは生存細胞によって還元されピンク色の蛍光を発するレゾルフィンに変換されるため、蛍光強度が生存細胞数に相関することから、OGD処理を全く行なわなかった対照群の蛍光強度を対照群の細胞生存率(100%)として、各群の蛍光強度との差から対照群に対する各群の生存率を算出した。OGD処理のみを行った群を「溶媒群」として、OGD処理と各CM化リグノフェノール試料の添加を行った群をそれぞれ「試料1群」および「試料2群」として比較した。その結果を図1のグラフに示す。なお、グラフ中の棒は各群の平均値を、誤差線は標準誤差を示す。
【0066】
図1に示す結果から、細胞レベルにおいて、リグニン誘導体は網膜疾患や視神経障害を伴う眼疾患に深く関与する細胞死に対して濃度依存的に顕著に抑制する効果を有していることがわかる。
【実施例3】
【0067】
(tunicamycin投与による小胞体ストレス誘導性細胞死に対する作用の評価)
tunicamycinは、ヌクレオシド系抗生物質であり、N-アセチルグルコサミンと類似した構造を有する。そのためtunicamycinは、糖供与体ウリジン2リン酸-N-アセチルグルコサミン (UDP-GlcNAc) からN-アセチルグルコサミンの転移酵素(ポリペプチド転移酵素あるいはO-GlcNAc転移酵素 (OGT))やUDP-GlcNAcと結合し、酵素活性を阻害する。これにより、異常タンパク質が細胞の小胞体に過剰に蓄積され小胞体ストレスが惹起され、細胞死が誘発される。小胞体ストレス誘導によっても網膜障害は引き起こされることが知られていることから、tunicamycin投与によって誘発される細胞死に対する作用を試験した。(なお、このtunicamycin誘発細胞死に対して各種抗酸化剤、カルシウム拮抗剤などは効果を示さない(第2回岐阜脳科学研究会、講演要旨集、p25)。)
【0068】
(評価方法)
PC12細胞をコラーゲンコートされた96ウェルプレート上に2×10細胞/ウェルとなるように播種し、10%ウマ血清と5%牛胎仔血清を含有させたダルベッコ変法イーグル基礎培地にて2日間培養した。培養2日後、培地を1%牛胎仔血清を含有させたダルベッコ変法イーグル基礎培地(溶媒)に交換し、あるいは、培地をCM化リグノフェノール試料1または試料2(1μM、3μM、10μM、30μM)を添加した1%牛胎仔血清を含有させたダルベッコ変法イーグル基礎培地に交換した。培地交換の1時間後、培地中のtunicamycin濃度が2μg/mlになるようにリン酸緩衝液(0.1%ジメチルスルホキシド含有)で希釈しながらtunicamycinを投与し、24時間培養(37℃、5%CO)し、tunicamycin処理を行った。その後、CellQuanti-BlueTM Cell Viability Assay Kits (BioAssay Systems)を用いて、レサズリン還元法により細胞の生死判定を行った。すなわち、培地にレサズリン溶液を加え、3時間インキュベートし、この各群の蛍光強度を測定した(励起波長530nm、蛍光波長590nm)。濃青色のレサズリンは生存細胞によって還元されピンク色の蛍光を発するレゾルフィンに変換されるため、蛍光強度が生存細胞の数に相関する。このことから、tunicamycin処理を全く行なわなかった対照群の蛍光強度を対照群の細胞生存率(100%)として、各群の蛍光強度との差から対照群に対する各群の生存率を算出した。tunicamycin処理のみを行った群を「溶媒群」として、tunicamycin処理と各CM化リグノフェノール試料の添加を行った群をそれぞれ「試料1群」および「試料2群」として比較した。その結果を図2のグラフに示す。なお、グラフ中の棒は各群の平均値を、誤差線は標準誤差を示す。
【0069】
図2に示す結果から、細胞レベルにおいて、リグニン誘導体は網膜疾患や視神経障害を伴う眼疾患に深く関与する細胞死に対して濃度依存的に顕著に抑制する効果を有していることがわかる。
【実施例4】
【0070】
(in vivo NMDA投与による小胞体ストレス誘導性細胞死に対する作用の評価)
N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)は、神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体のひとつであるNMDA受容体に結合することにより細胞内Ca2+濃度を上昇させ細胞死を誘導する。正常眼圧緑内障発症メカニズムはその下流においてNMDA受容体が関与しており、NMDA拮抗剤であるメマンチンはアメリカにおいて正常眼圧緑内障の臨床試験段階にある(第2回岐阜脳科学研究会、講演要旨集、p15)。これらのことから、マウスの硝子体にNMDAを直接投与してin vivo網膜障害モデルマウスを調製し、その網膜細胞に対する作用を試験した。
【0071】
(評価方法)
ddy系雄性マウス(体重;36〜39g 、日本SLC(株))に小動物用麻酔器(笑気ガス70%、酸素ガス30%環境下)を使い、イソフルランにて麻酔(麻酔導入時;2%イソフルラン、麻酔維持時;1%イソフルラン)を行った。その後、10mM N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)を含有する生理食塩水(NMDA溶媒)を注射針にてマウス硝子体内に投与 (NMDA投与量;2nmol/eye)し、または、NMDA投与と同時にCM化リグノフェノール試料1を含有する生理食塩液をマウス硝子体内に投与(NMDA投与量;2nmol/eye、CM化リグノフェノール試料投与量;0.01nmol/eyeまたは0.1nmol/eye)し、網膜障害モデルマウスを調製した。なお、網膜障害モデルマウスには抗炎症の目的でNMDA直後にレボフロキサシン点眼液 (参天製薬株式会社)を点眼した。NMDA投与7日後に組織学的解析のために、マウスの眼を頸椎脱臼後に摘出した。摘出後、それぞれの眼に固定液である4%パラホルムアルデヒド溶液を硝子体内投与し、その溶液に4℃下で少なくとも24時間以上浸した。パラフィン包埋、薄切し、ヘマトキシリン−エオジンで染色した病理組織切片6枚(4μm厚)を作製した。網膜神経障害を評価するサンプルは、1眼につき視神経乳頭部が入るように採取した6枚の切片のうち無作為に3枚の切片を選択し、組織学的解析に用いた。選択した切片について、視神経乳頭から375μm〜625μm間の網膜の写真撮影を行い、網膜における網膜神経節細胞 (RGC) の数および内網状層(IPL)の厚さを計測し、組織学的解析を行った。NMDA溶媒を投与して網膜神経障害を惹起させた群、NMDA溶媒と同時にCM化リグノフェノール試料1を投与して網膜神経障害を惹起させた群をそれぞれ「NMDA溶媒群」、「試料1投与群」とした。これらの結果を全く処理を施していない「対照群」についての対応する計測値と比較した。写真撮影の結果を図3に、網膜におけるRGCの数およびIPLの厚さの計測結果をそれぞれ図4および図5のグラフに示す。なお、グラフ中の棒は各群の平均値を、誤差線は標準誤差を示す。
【0072】
図3、図4、図5に示す結果から明らかなように、生体の網膜においてもリグニン誘導体は神経節細胞中の細胞数の減少及び内網状層の菲薄化を抑制する効果に優れていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】低酸素・低グルコース誘導による各群の細胞生存率を示すグラフ
【図2】tunicamycin投与による各群の細胞生存率を示すグラフ
【図3】NMDA投与による各群のマウス網膜断面を示す顕微写真
【図4】NMDA投与による各群のマウス網膜の神経節細胞(RGC)数を示すグラフ
【図5】NMDA投与によるマウス網膜の内網状層(IPL)厚を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性のリグニン二次誘導体、
(b)(a)記載のリグニン一次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化されたリグニン二次誘導体及び
(c)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性及び/又は水不溶性のリグニン二次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化して得られるリグニン三次誘導体、
からなる群から選択される1種あるいは2種以上のリグニン誘導体を有効成分として含有する、眼疾患の予防・治療剤。
【請求項2】
前記フェノール化合物は1価のフェノール化合物である、請求項1に記載の予防・治療剤。
【請求項3】
前記フェノール化合物は、クレゾール又はバニリンである、請求項1又は2に記載の予防・治療剤。
【請求項4】
前記(c)に記載のリグニン三次誘導体を有効成分として含有する、請求項1〜3のいずれかに記載の予防・治療剤。
【請求項5】
前記フェノール化合物は、クレゾール又はバニリンである、請求項4に記載の予防・治療剤。
【請求項6】
前記リグニン含有材料は、タケである、請求項1〜5のいずれかに記載の予防・治療剤。
【請求項7】
前記眼疾患は、低酸素及び/又は低グルコースによる視神経細胞死関連眼疾患である、請求項1〜6のいずれかに記載の予防・治療剤。
【請求項8】
前記眼疾患は、小胞体ストレスによる視神経細胞死関連眼疾患である、請求項1〜7のいずれかに記載の予防・治療剤。
【請求項9】
前記眼疾患は、細胞内Ca2+濃度上昇による視神経細胞死関連眼疾患である、請求項1〜8のいずれかに記載の予防・治療剤。
【請求項10】
前記眼疾患は、網膜疾患である、請求項1〜9のいずれかに記載の予防・治療剤。
【請求項11】
前記眼疾患は、緑内障性視神経障害である、請求項1〜9のいずれかに記載の予防・治療剤。
【請求項12】
(a)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性のリグニン二次誘導体、
(b)(a)記載のリグニン一次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化されたリグニン二次誘導体及び
(c)フェノール化合物により溶媒和されたリグニン含有材料に酸を添加し混合して得られるリグニンの一次誘導体をアルカリ処理して得られる水溶性及び/又は水不溶性のリグニン二次誘導体に対して炭素数1〜5の低級アルキル基を備えるカルボキシアルキル基によりカルボキシアルキル化して得られるリグニン三次誘導体、
からなる群から選択される1種あるいは2種以上のリグニン誘導体を有効成分として含有する、視神経保護剤。
【請求項13】
前記視神経は、網膜神経節細胞を含む、請求項12に記載の保護剤。
【請求項14】
請求項12又は13に記載の視神経保護剤を含有する、栄養補助剤。
【請求項15】
請求項12又は13に記載の視神経保護剤を含有する、眼疾患の予防・治療剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−13448(P2008−13448A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−183729(P2006−183729)
【出願日】平成18年7月3日(2006.7.3)
【出願人】(391016842)岐阜県 (70)
【出願人】(505466446)
【Fターム(参考)】