説明

角変形防止装置

【課題】 簡単且つ経済的な構成にして角変形を十分に低減可能な角変形防止装置を提供する。
【解決手段】 角変形防止装置は、隅肉溶接の溶接線に沿って少なくとも一の金属板1及び他の金属板2のいずれか一方に仮設される単数または複数の長尺の拘束部材10と、該拘束部材を当該拘束部材が仮設される一の金属板または他の金属板に仮固定する仮固定手段1C、30、32とから構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角変形防止装置に係り、特に溶接時に使用する角変形防止用拘束治具等に関する。
【背景技術】
【0002】
造船、橋梁等の鋼構造物の分野では、一方の鋼板(母材)の面上に他方の鋼板(ウェブ材)の端部をT字状に突き当てて隅肉溶接を行う場合が多い。
このような隅肉溶接では、溶接時の熱影響や溶接部材の熱収縮等により、母材が溶接線を境に折れ曲がり、所謂角変形を引き起こすことが知られている。
角変形が発生した場合には溶接後に母材の溶接部背面を加熱して変形を矯正することも可能であるが、一般には、当該母材の角変形を未然に防止すべく、溶接時において種々の角変形防止装置を仮施工することが行われている。角変形防止装置の仮施工方法としては、例えば、クランプを用いて母材を強制的に角変形する方向と反対方向に反らせるものや、溶接方向に対し直角方向に長尺の鋼材をクランプで挟持したりするものが一般的である(非特許文献1参照)。
【非特許文献1】接合・溶接技術Q&A1000:株式会社産業技術サービスセンター刊(1999年8月11日発行)−127頁(図5、6)等
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、溶接後に母材の溶接部背面を加熱して変形を矯正する方法では、角変形を一様に矯正することが難しく、矯正に手間がかかったりエネルギの浪費に繋がったりして経済的ではないという問題がある。
また、クランプを用いて母材を強制的に反らせる方法では、反らせる度合いの調整が難しかったりクランプが大型化したりして経済的ではないという問題がある。
【0004】
また、溶接方向に対し直角方向に長尺の形鋼をクランプで挟持する方法では、例えば溶接長さが長くなったような場合において、端部については比較的良好に拘束できるものの中央部分については拘束し難いという問題がある。この場合、当該中央部分についても十分に拘束しようとすると、治具の構成が複雑になったり治具が専用化、大型化したりしてやはり経済的ではないという問題がある。
【0005】
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、簡単且つ経済的な構成にして角変形を十分に低減可能な角変形防止装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記した目的を達成するために、請求項1の角変形防止装置は、一の金属板に他の金属板の一端縁を隅肉溶接により溶接する際に前記一の金属板の角変形を防止すべく使用する角変形防止装置であって、前記隅肉溶接の溶接線に沿って少なくとも前記一の金属板及び前記他の金属板のいずれか一方に仮設される単数または複数の長尺の拘束部材と、該拘束部材を該拘束部材が仮設される前記一の金属板または前記他の金属板に仮固定する仮固定手段とを備えたことを特徴とする。
【0007】
即ち、本発明に係る角変形防止装置は、一の金属板に他の金属板の一端縁を隅肉溶接により溶接する際、一の金属板または他の金属板に隅肉溶接の溶接線に沿って長尺の拘束部材を仮固定手段で仮固定するように構成される。
これにより、拘束部材を一の金属板に設けた場合にあっては、例えば、一の金属板のうち溶融した溶接金属が冷却してまさに角変形を起こそうとしている部分が、拘束部材を介して一の金属板のうち未だ隅肉溶接が施工されていない部分と同一状態に拘束され、或いは一の金属板のうち拘束部材に拘束されて既に隅肉溶接が施工され溶接金属が固化した部分と同一状態に拘束されることになり、熱収縮する溶接金属が展延されて一の金属板を引っ張ることが緩和され、全体として一の金属板の角変形が軽減される。
【0008】
また、拘束部材を他の金属板に設けた場合にあっては、例えば、他の金属板の溶接線方向のしなりが拘束部材の拘束によって抑制され、熱収縮する溶接金属が溶接線方向で展延されて他の金属板を引っ張ることがなくなり、このとき同時に溶接金属が全体的に展延されることにもなり、故に熱収縮する溶接金属が一の金属板を引っ張ることが緩和され、全体として一の金属板の角変形が軽減される。
【0009】
つまり、隅肉溶接の溶接線に対し直角方向に拘束部材を設けるのではなく、隅肉溶接の溶接線に沿って拘束部材を設けることにより、簡単な構成にして一の金属板の角変形が軽減される。
請求項2の角変形防止装置では、請求項1において、前記拘束部材は、前記一の金属板の前記溶接線を挟んで一側または両側の少なくとも一方の面上に前記溶接線から所定距離だけ離間して仮設されることを特徴とする。
【0010】
即ち、一の金属板の溶接線を挟んで一側または両側の少なくとも一方の面上に溶接線から所定距離だけ離間して拘束部材を仮設することにより、簡単な構成にして一の金属板の角変形が軽減される。
請求項3の角変形防止装置では、請求項1または2において、記拘束部材は、前記他の金属板の少なくとも一方の面上に前記溶接線から所定距離だけ離間して仮設されることを特徴とする。
【0011】
即ち、他の金属板の少なくとも一方の面上に溶接線から所定距離だけ離間して拘束部材を仮設することにより、簡単な構成にして一の金属板の角変形が軽減される。
請求項4の角変形防止装置では、請求項1乃至3のいずれかにおいて、前記拘束部材は形鋼であることを特徴とする。
即ち、容易に入手可能な形鋼を用い、簡単な構成にして一の金属板の角変形が軽減される。
【0012】
請求項5の角変形防止装置では、請求項1乃至4のいずれかにおいて、前記仮固定手段は、前記一の金属板及び前記他の金属板に既設された継手用ボルト貫通孔と、該継手用ボルト貫通孔を利用して前記一の金属板または前記他の金属板と前記拘束部材とを締結する締結具とからなることを特徴とする。
即ち、一の金属板及び他の金属板が構造材である場合にはこれら一の金属板や他の金属板には通常は継手用ボルト貫通孔が既設されているが、当該継手用ボルト貫通孔を利用することで、一般的な締結具(ボルトとナット等)を用いて簡単に拘束部材を仮設可能である。
【0013】
請求項6の角変形防止装置では、請求項1乃至5のいずれかにおいて、前記隅肉溶接に使用する溶接金属が所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料であることを特徴とする。
このように低変態温度溶接材料からなる溶接金属を用いるようにすると、溶接金属が所定の低温域において熱収縮を相殺するように変態膨張することになり、一の金属板の角変形がより一層軽減される。
【0014】
請求項7の角変形防止装置では、請求項6において、前記一の金属板及び前記他の金属板は鋼板であって、前記低変態温度溶接材料は、少なくともクロムを9.0〜15.0質量%、ニッケルを0.5〜8.5質量%、シリコンを1.0質量%以下、マンガンを2.0質量%以下、リンを0.02質量%以下及び硫黄を0.01質量%以下含む組成であり、マルテンサイト変態温度が365〜550℃の範囲の鉄合金であることを特徴とする。
【0015】
これにより、一の金属板及び他の金属板が鋼板である場合、溶接金属が所定の低温域において熱収縮を良好に相殺するように変態膨張することになり、鋼板からなる一の金属板の角変形が良好に軽減される。
【発明の効果】
【0016】
請求項1の角変形防止装置によれば、一の金属板に他の金属板の一端縁を隅肉溶接により溶接する際、一の金属板または他の金属板に隅肉溶接の溶接線に沿って長尺の拘束部材を仮固定することになるので、隅肉溶接の溶接線に対し直角方向に拘束部材を設けるのではなく隅肉溶接の溶接線に沿って拘束部材を設けるという簡単な構成にして一の金属板の角変形を十分に低減することができる。
【0017】
請求項2の角変形防止装置によれば、一の金属板の溶接線を挟んで一側または両側の少なくとも一方の面上に溶接線から所定距離だけ離間して拘束部材を仮設するという簡単な構成にして一の金属板の角変形を十分に低減することができる。
請求項3の角変形防止装置によれば、他の金属板の少なくとも一方の面上に溶接線から所定距離だけ離間して拘束部材を仮設するという簡単な構成にして一の金属板の角変形を十分に低減することができる。
【0018】
請求項4の角変形防止装置によれば、容易に入手可能な形鋼を用いて簡単且つ経済的な構成にして一の金属板の角変形を十分に低減することができる。
請求項5の角変形防止装置によれば、一の金属板及び他の金属板が構造材である場合、既設の継手用ボルト貫通孔に一般的な締結具(ボルトとナット等)を適用することで簡単且つ経済的に拘束部材を仮設することができる。
【0019】
請求項6の角変形防止装置によれば、隅肉溶接に使用する溶接金属を低変態温度溶接材料とすることで、一の金属板の角変形をより一層十分に低減することができる。
請求項7の角変形防止装置によれば、一の金属板及び他の金属板が鋼板である場合、低変態温度溶接材料は、少なくともクロムを9.0〜15.0質量%、ニッケルを0.5〜8.5質量%、シリコンを1.0質量%以下、マンガンを2.0質量%以下、リンを0.02質量%以下及び硫黄を0.01質量%以下含む組成であってマルテンサイト変態温度が365〜550℃の範囲の鉄合金であることで、鋼板からなる一の金属板の角変形をより一層十分に低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
先ず、第1実施例について説明する。
図1を参照すると、鋼板からなる母材(一の金属板)1に鋼板からなるウェブ材(他の金属板)2の一端縁を溶接する際に当該母材1に対して本発明の第1実施例に係る角変形防止装置の角変形防止用拘束治具を仮設した状態の上視図が示され、図2を参照すると、図1の矢視A方向から見た側面図が示されており、以下、これら図1、図2に基づき本発明の第1実施例に係る角変形防止装置、特に角変形防止用拘束治具の構成について説明する。
【0021】
図1、2に示すように、角変形防止用拘束治具は、断面L字型にして十分な曲げ剛性を有した4本の形鋼(拘束部材)10と当該形鋼10をそれぞれ母材1に固定するボルト(仮固定手段)30及びナット(仮固定手段)32から構成されている。
そして、当該第1実施例では、これらの形鋼10は、図1、2に示すように、ウェブ材2を母材1に例えばアーク溶接で隅肉溶接により溶接する際に、ウェブ材2、即ち隅肉溶接の溶接線に沿って母材1の上面1a及び背面1bに仮設される。詳しくは、各形鋼10については、垂直フランジ10aがウェブ材2、即ち溶接線から所定距離(例えば、100mm程度)だけ離間して位置するように母材1の上面1a及び背面1bに仮設される。具体的には、ここでは、4個の形鋼10が2個ずつ対になり母材1を挟むようにして母材1の上面1a及び背面1bに仮設される。
【0022】
構造材である母材1の両端近傍には通常において継手用ボルト貫通孔1cが複数穿設されており、一方、形鋼10の水平フランジ10bの両端近傍には、上記継手用ボルト貫通孔1cに合わせてボルト貫通孔10cが穿設されている。ここでは、母材1の両端近傍には例えば継手用ボルト貫通孔1cがそれぞれ2列に並んで複数設けられており、形鋼10の水平フランジ10bの両端近傍にはこれら継手用ボルト貫通孔1cに合わせるようにしてそれぞれ2個ずつ合計4個のボルト貫通孔10cが設けられている。
【0023】
これより、各形鋼10は、ボルト30がボルト貫通孔10c及び継手用ボルト貫通孔1cにそれぞれ貫通され、各々ナット32で締結されることにより母材1に固定される。ここでは、対をなす2個の形鋼10が同一のボルト30及びナット32で共締めされて母材1に固定される。
そして、このように形鋼10が母材1に固定された状態で、ウェブ材2の一端縁にアーク溶接で隅肉溶接を施工し、ウェブ材2を母材1に溶接する。なお、隅肉溶接については公知でありその詳細についてはここでは説明を省略する。
【0024】
このように形鋼10が母材1に固定されていると、母材1のうち溶融した溶接金属が冷却してまさに角変形を起こそうとしている部分が、形鋼10を介して母材1のうち未だ隅肉溶接が施工されていない部分と同一状態に拘束されることになる。或いは母材1のうち形鋼10に拘束されて既に隅肉溶接が施工され溶接金属が固化した部分と同一状態に拘束されることになる。
【0025】
このようなことから、溶接金属は冷却すると熱収縮して母材1をウェブ材2側に引っ張り、母材1に角変形を起こそうとするのであるが、母材1が形鋼10に拘束されることで溶接金属が展延されるものと考えられる。
故に、溶接金属が母材1を引っ張ることが緩和され、隅肉溶接を施工し終えて形鋼10による拘束を解除した場合であっても、全体として母材1の角変形が軽減される。
【0026】
即ち、本発明の第1実施例に係る角変形防止装置によれば、隅肉溶接の溶接線、即ちウェブ材2に沿って容易に入手可能な形鋼10を設けるという簡単且つ経済的な構成でありながら、母材1の角変形を十分に低減することができることとなる。
特に、既設の継手用ボルト貫通孔1cを利用することで、実際の現場作業においても簡単に母材1の角変形を十分に低減することができる。
【0027】
また、この際、溶接金属に低変態温度溶接材料を用いるのがよい。
ここに、低変態温度溶接材料としては、例えば、少なくともクロムを9.0〜15.0質量%、ニッケルを0.5〜8.5質量%、シリコンを1.0質量%以下、マンガンを2.0質量%以下、リンを0.02質量%以下及び硫黄を0.01質量%以下含む組成であり、マルテンサイト変態温度が365〜550℃の範囲の鉄合金が適用される。
【0028】
これにより、溶接金属が所定の低温域において熱収縮を相殺するように変態膨張することになり、母材1の角変形をより一層十分に低減することができる。
図3を参照すると、母材1及びウェブ材2の板厚をそれぞれ9mmとして隅肉溶接を行い且つ隅肉溶接の溶接金属の盛厚を6mmとした場合(特に角変形が大きくなり易い板厚及び溶接肉厚条件)の母材1の角変形の実測値、即ち母材1の両端を基準(値0)に母材1の変形量を測定したグラフが示されており、図中□印が通常の溶接金属を使用して角変形防止用拘束治具を用いなかった場合(従来)、○印が角変形防止用拘束治具を用いず溶接金属として低変態温度溶接材料を使用した場合、▼印が溶接金属として低変態温度溶接材料を使用し且つ当該第1実施例における角変形防止用拘束治具を用いた場合をそれぞれ示しているが、同図に示すように、溶接金属として低変態温度溶接材料を使用し且つ上記第1実施例における角変形防止用拘束治具を用いることにより、溶接部での変形量、ひいては母材1の角変形が従来に比べて良好に改善されていることがわかる。
【0029】
なお、図3では溶接金属として低変態温度溶接材料を用いる場合について示してあるが、通常の溶接金属を使用して当該第1実施例における角変形防止用拘束治具だけを適用した場合であっても良好な結果が得られることは明らかである(○印と▼印との差分)。
同図によれば、従来の角変形量(□印)を100%とした場合、溶接金属として低変態温度溶接材料を使用しただけの場合(○印)には80%程度まで、溶接金属として低変態温度溶接材料を使用し且つ上記第1実施例における角変形防止用拘束治具を用いた場合(▼印)には76%程度にまで角変形量が低減しており、その効果は明白である。
【0030】
次に、第2実施例について説明する。
図4を参照すると、鋼板からなる母材(一の金属板)1に鋼板からなるウェブ材(他の金属板)2の一端縁を溶接する際に当該ウェブ材2に対して本発明の第2実施例に係る角変形防止装置の角変形防止用拘束治具を仮設した状態の上視図が示され、図5を参照すると、図4の矢視B方向から見た側面図が示されており、以下、これら図4、図5に基づき本発明の第2実施例に係る角変形防止装置、特に角変形防止用拘束治具の構成について説明する。
【0031】
当該第2実施例では、一対の形鋼10が、図4、5に示すように、ウェブ材2を母材1に例えばアーク溶接で隅肉溶接により溶接する際に、隅肉溶接の溶接線に沿ってウェブ材2に仮設される。詳しくは、各形鋼10については、垂直フランジ10aが溶接線から所定距離(例えば、ウェブ材2の幅寸法)だけ離間して位置するようにウェブ材2両側面2a及び2bに仮設される。
【0032】
構造材であるウェブ材2の両端近傍には、母材1と同様に、通常において継手用ボルト貫通孔2cが複数穿設されており、一方、上記同様に、形鋼10の水平フランジ10bの両端近傍には、上記継手用ボルト貫通孔2cに合わせてボルト貫通孔10cが穿設されている。ここでは、ウェブ材2の両端近傍には例えば継手用ボルト貫通孔2cがそれぞれ2列に並んで複数設けられており、形鋼10の水平フランジ10bの両端近傍にはこれら継手用ボルト貫通孔2cに合わせるようにしてそれぞれ2個ずつ合計4個のボルト貫通孔10cが設けられている。
【0033】
これより、各形鋼10は、ボルト30がボルト貫通孔10c及び継手用ボルト貫通孔2cにそれぞれ貫通され、各々ナット32で締結されることによりウェブ材2に固定される。ここでは、一対の形鋼10が同一のボルト30及びナット32で共締めされてウェブ材2に固定される。
そして、このように形鋼10がウェブ材2に固定された状態で、ウェブ材2の一端縁にアーク溶接で隅肉溶接を施工し、上記同様にウェブ材2を母材1に溶接する。
【0034】
このように形鋼10がウェブ材2に固定されていると、ウェブ材2の溶接線方向のしなりが拘束部材の拘束によって抑制されることになる。
このようなことから、熱収縮する溶接金属が溶接線方向で展延されてウェブ材2を引っ張ることが抑制され、このとき同時に溶接金属が全体的に展延されるものと考えられる。
故に、溶接金属が母材1を引っ張ることが緩和され、隅肉溶接を施工し終えて形鋼10による拘束を解除した場合であっても、全体として母材1の角変形が軽減される。
【0035】
即ち、本発明の第2実施例に係る角変形防止装置によれば、ウェブ材2に隅肉溶接の溶接線に沿って容易に入手可能な形鋼10を設けるという簡単且つ経済的な構成でありながら、母材1の角変形を十分に低減することができることとなる。
特に、既設の継手用ボルト貫通孔2cを利用することで、実際の現場作業においても簡単に母材1の角変形を十分に低減することができる。
【0036】
また、この際、上記第1実施例の場合と同様、溶接金属に低変態温度溶接材料を用いるのがよく、これにより、母材1の角変形をより一層十分に低減することができる。
改めて図3を参照すると、溶接金属として低変態温度溶接材料を使用し且つ当該第2実施例における角変形防止用拘束治具を用いた場合が▲印で示されており、同図に示すように、溶接金属として低変態温度溶接材料を使用し且つ上記第2実施例における角変形防止用拘束治具を用いることにより、溶接部での変形量、ひいては母材1の角変形がやはり従来に比べて良好に改善されていることがわかる。
【0037】
なお、この場合にも、図3では溶接金属として低変態温度溶接材料を用いる場合について示してあるが、通常の溶接金属を使用して当該第2実施例における角変形防止用拘束治具だけを適用した場合であっても良好な結果が得られることは明らかである(○印と▲印との差分)。
次に、第3実施例について説明する。
【0038】
第3実施例は上記第1実施例と第2実施例の組み合わせであり、当該第3実施例では、図6に示すように、ウェブ材2を例えばアーク溶接で母材1に隅肉溶接により溶接する際において、形鋼10が、上記図1、2に示すようにウェブ材2、即ち隅肉溶接の溶接線に沿って母材1の上面1a及び背面1bに仮設されるとともに、上記図4、5に示すように隅肉溶接の溶接線に沿ってウェブ材2に仮設される。以下、上記第1実施例と第2実施例において述べたとおりであり、詳細についてはここでは説明を省略する。
【0039】
これにより、上記同様に、溶接金属が母材1を引っ張ることが緩和され、隅肉溶接を施工し終えて形鋼10による拘束を解除した場合であっても、全体として母材1の角変形が軽減される。
即ち、本発明の第3実施例に係る角変形防止装置によれば、母材1及びウェブ材2に隅肉溶接の溶接線に沿って容易に入手可能な形鋼10を設けるという簡単且つ経済的な構成でありながら、やはり母材1の角変形を十分に低減することができることとなる。
【0040】
特に、既設の継手用ボルト貫通孔1c、2cを利用することで、実際の現場作業においても簡単に母材1の角変形を十分に低減することができる。
また、この際、上記第1、2実施例の場合と同様、溶接金属に低変態温度溶接材料を用いるのがよく、これにより、母材1の角変形をより一層十分に低減することができる。
図7を参照すると、母材1及びウェブ材2の板厚をそれぞれ9mmとして隅肉溶接を行い且つ隅肉溶接の溶接金属の肉厚を6mmとした場合の母材1の第3実施例における角変形の実測値が上記図3と同様に示されており、図中□印が通常の溶接金属を使用して角変形防止用拘束治具を用いなかった場合(従来)、○印が角変形防止用拘束治具を用いず溶接金属として低変態温度溶接材料を使用した場合、■印が通常の溶接金属を使用して当該第3実施例における角変形防止用拘束治具だけを用いた場合、●印が溶接金属として低変態温度溶接材料を使用し且つ当該第3実施例における角変形防止用拘束治具を用いた場合をそれぞれ示しているが、同図に示すように、上記第3実施例における角変形防止用拘束治具を用いることにより、また溶接金属として低変態温度溶接材料を使用することにより、溶接部での変形量、ひいては母材1の角変形が従来に比べて大幅に改善されていることがわかる。
【0041】
同図によれば、従来の角変形量(□印)を100%とした場合、溶接金属として低変態温度溶接材料を使用し且つ上記第3実施例における角変形防止用拘束治具を用いた場合(●印)には上記第1実施例や第2実施例の場合よりもさらに良好に72%程度にまで角変形量が低減しており、その効果は明白である。
以上で本発明に係る実施形態の説明を終えるが、実施形態は上記に限られるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形可能である。
【0042】
例えば、上記実施形態において、形鋼10を第1実施例では4本、第2実施例では2本、第3実施例では6本用いる場合を例に説明したが、形鋼10については第1実施例及び第2実施例では少なくとも1本、第2実施例では少なくとも母材1側及びウェブ材2側にそれぞれ1本仮設されればよく、また各実施例で示した以上の数の形鋼10を仮設するようにしてもよい。
【0043】
また、上記実施形態では、角変形防止用拘束治具に断面L字型の形鋼10を用いるようにしたが、十分な剛性を有していれば如何なる断面の形鋼を用いるようにしてもよく、溶接線に沿って仮設できれば形鋼に限定されるものではなく、長尺の平板であってもある程度の効果を得ることが可能である。
また、上記実施形態では、ボルト30とナット32で形鋼10を固定するようにしたが、母材1に継手用ボルト貫通孔1cがない場合や、ウェブ2に継手用ボルト貫通孔2cがない場合には、形鋼10の両端部をクランプ等の仮止め装置で固定するようにしてもよい。
【0044】
また、上記実施形態では、母材1及びウェブ材2を鋼板としたが、本発明は如何なる種類の金属板の溶接に対しても適用可能であり、溶接方法に関してもアーク溶接に限られるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の第1実施例に係る角変形防止用拘束治具が母材に仮設された状態を示す上視図である。
【図2】図1の矢視A方向から見た側面図である。
【図3】第1実施例及び第2実施例における母材の角変形の実測値を示す図である。
【図4】本発明の第2実施例に係る角変形防止用拘束治具がウェブ材に仮設された状態を示す上視図である。
【図5】図4の矢視B方向から見た側面図である。
【図6】本発明の第3実施例に係る角変形防止用拘束治具が母材及びウェブ材に仮設された状態を示す図である。
【図7】第3実施例における母材の角変形の実測値を示す図である。
【符号の説明】
【0046】
1 母材(一の金属板)
1a 上面
1b 背面
1c 継手用ボルト貫通孔
2 ウェブ材(他の金属板)
2a、2b 側面
2c 継手用ボルト貫通孔
10 形鋼(拘束部材)
10a 垂直フランジ
10b 水平フランジ
30 ボルト(仮固定手段)
32 ナット(仮固定手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一の金属板に他の金属板の一端縁を隅肉溶接により溶接する際に前記一の金属板の角変形を防止すべく使用する角変形防止装置であって、
前記隅肉溶接の溶接線に沿って少なくとも前記一の金属板及び前記他の金属板のいずれか一方に仮設される単数または複数の長尺の拘束部材と、
該拘束部材を該拘束部材が仮設される前記一の金属板または前記他の金属板に仮固定する仮固定手段と、
を備えたことを特徴とする角変形防止装置。
【請求項2】
前記拘束部材は、前記一の金属板の前記溶接線を挟んで一側または両側の少なくとも一方の面上に前記溶接線から所定距離だけ離間して仮設されることを特徴とする、請求項1記載の角変形防止装置。
【請求項3】
前記拘束部材は、前記他の金属板の少なくとも一方の面上に前記溶接線から所定距離だけ離間して仮設されることを特徴とする、請求項1または2記載の角変形防止装置。
【請求項4】
前記拘束部材は形鋼であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか記載の角変形防止装置。
【請求項5】
前記仮固定手段は、前記一の金属板及び前記他の金属板に既設された継手用ボルト貫通孔と、該継手用ボルト貫通孔を利用して前記一の金属板または前記他の金属板と前記拘束部材とを締結する締結具とからなることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれか記載の角変形防止装置。
【請求項6】
前記隅肉溶接に使用する溶接金属が所定の低温域でマルテンサイト変態を生起する低変態温度溶接材料であることを特徴とする、請求項1乃至5のいずれか記載の角変形防止装置。
【請求項7】
前記一の金属板及び前記他の金属板は鋼板であって、
前記低変態温度溶接材料は、少なくともクロムを9.0〜15.0質量%、ニッケルを0.5〜8.5質量%、シリコンを1.0質量%以下、マンガンを2.0質量%以下、リンを0.02質量%以下及び硫黄を0.01質量%以下含む組成であり、マルテンサイト変態温度が365〜550℃の範囲の鉄合金であることを特徴とする、請求項6記載の角変形防止装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−14995(P2007−14995A)
【公開日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−200376(P2005−200376)
【出願日】平成17年7月8日(2005.7.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究(プロジェクト名称:省エネルギー型鋼構造接合技術の開発)、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(000000099)石川島播磨重工業株式会社 (5,014)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】