説明

角層タンパク質の可溶性タンパク質の量比を指標とした肌質の評価方法

【課題】簡便かつ定量的な肌質評価方法の提供。
【解決手段】本発明は、角層タンパク質の可溶性タンパク質の量比を指標とした肌質の評価方法であって、(a)テープストリッピングにより得た角層の付着した粘着テープ試料を水性緩衝液に浸して可溶性タンパク質を当該水性緩衝剤に溶出せしめ、(b)当該水性緩衝液から前記粘着テープ試料を分離し、当該当性緩衝液中に溶出した可溶性タンパク質を定量し、(c)ステップ(b)で分離した前記粘着テープ試料を次に還元剤含有緩衝液に浸して不溶性タンパク質を溶出せしめ、(d)当該還元剤含有水性緩衝液から前記粘着テープ試料を分離し、当該緩衝液に溶出した不溶性タンパク質を定量し、(e)前記可溶性タンパク質の定量値の前記不溶性タンパク質の定量値に対する比を求める、ことを含んでなる方法、を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角層タンパク質の可溶性タンパク質の不溶性タンパク質に対する量比を測定することで、肌質を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肌質(または皮膚の状態)を的確に把握することは、より健康な皮膚を維持するための的確なスキンケアをするうえで重要である。そのため、化粧品によるスキンケアを実施するに際し、例えば、美容技術者による問診などを通じて、化粧品の使用者の肌質が評価されてきた。また、肌質の客観的な評価を目的として、各種の計測機器を使用して、観察または測定されるパラメーターにより、皮膚の状態または機能を評価することも行われている。
【0003】
このようなパラメーターの代表的なものとしては、皮膚表面のレプリカを拡大して皮溝や皮丘を観察する皮膚表面形態、角層の伝導度(コンダクタンス)測定による角層水分量、経表皮水分喪失量(transepidermal water loss;TEWL)の測定による角層バリアー機能などが挙げられる。
【0004】
また、角層の保湿能の指標として天然保湿因子(natural moisturizing factor;NMF、具体的には種々の遊離アミノ酸など)を定量したり、角層中のサイトカインやカルプロテクチンといった特定のタンパク質の定量により肌質を評価する方法も応用されつつある(たとえば、特開平10−216106号公報、特開2007−33201号公報など)。しかしながら、これらはELISAなどによりタンパク質をアッセイする必要があり、手間がかかるという問題がある。
【0005】
角層は、表皮角化細胞が終末分化して形成された角質細胞と、それをとりまく細胞間脂質から構成される。細胞間脂質は、セラミド、コレステロール、脂肪酸などを成分としてラメラ構造を形成し、角層バリアー機能において重要な役割を演じていることが明らかになってきている。これは、角層バリアー機能が低下する種々の皮膚疾患や、肌荒れなどの皮膚トラブルを伴う場合において、細胞間脂質が形態的にまた組成的にも乱れていることにより裏付けられている。
【0006】
一方、角質細胞は、ケラチン線維を主成分とし、それを包むコーニファイドエンベロープ(CE)から構成される。CEは、表皮角化細胞が分化するにしたがって産生される複数のCE前駆体タンパクが、酵素トランスグルタミナーゼにより架橋され不溶化して形成される。さらに、その一部には、セラミドなどが共有結合し、疎水的な構造をとることで、前述した細胞間脂質のラメラ構造の土台を供給し角層バリアー機能の基礎を形成することが示唆されている。
【0007】
CEは、皮膚組織または培養皮膚細胞などを、ドデシル硫酸ナトリウムなどの界面活性剤およびメルカプトエタノールなどの還元剤を含む溶液中で煮沸し、遠心分離などの手段により可溶性成分を除去した不溶性画分を得ることにより調製できる。これを顕微鏡で形態観察することにより、その性状を評価することができる。Michel らは、角層の最外層に比較して角層の深部においては、脆弱な構造のCEが多いことを報告している(J. Invest. Dermatol 91:11−15,1988)。一方、乾癬や葉状魚鱗癬などでは最外層においても脆弱なCEが認められるとしている(Br. J. Dermatol. 122:15−21,1990)。
【0008】
特開2001−91514号公報はCEの染色性を利用した肌質評価方法を開示する。詳しくは、それは皮膚由来の角層試料におけるCEを、疎水性領域を選択的に染色できる色素で染色し、該CEの染色性を評価の指標とする。CE染色法はビジュアルデーターとしては優れるが、定量性がなく、またその方法もやや複雑であり、皮膚サンプルを大量のアッセイする際に難点がある。
【0009】
【特許文献1】特開平10−216106号公報
【特許文献2】特開2007−33201号公報
【特許文献3】特開2001−91514号公報
【非特許文献1】J. Invest. Dermatol 91:11−15,1988
【非特許文献2】Br. J. Dermatol. 122:15−21,1990
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
肌質、具体的には肌荒れ状態を定量的に、しかも簡便な方法で評価することが可能となれば、皮膚学的・化粧学的側面において極めて有益であると予測され、例えば近年における化粧品業界などで行われている適切なスキンケア法などのアドバイスを目的とするカウンセリングサービスの提供のための有力な手段ともなり得る。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記事実を鑑み、角層中の可溶性タンパク質と不溶性タンパク質の量比と肌荒れ状態との関係を調べたところ、肌荒れ状態が進行するにつれ、可溶性タンパク質の比が高まることを見出した。
【0012】
上記事実の解明に基づき、本願は以下の発明を包含する。
(1)角層タンパク質の可溶性タンパク質の量比を指標とした肌質の評価方法であって、
(a)テープストリッピングにより得た角層の付着した粘着テープ試料を水性緩衝液に浸して可溶性タンパク質を当該水性緩衝剤に溶出せしめ、
(b)当該水性緩衝液から前記粘着テープ試料を分離し、当該当性緩衝液中に溶出した可溶性タンパク質を定量し、
(c)ステップ(b)で分離した前記粘着テープ試料を次に還元剤含有緩衝液に浸して不溶性タンパク質を溶出せしめ、
(d)当該還元剤含有水性緩衝液から前記粘着テープ試料を分離し、当該緩衝液に溶出した不溶性タンパク質を定量し、
(e)前記可溶性タンパク質の定量値の前記不溶性タンパク質の定量値に対する比を求める、
ことを含んでなる方法。
(2)前記テープストリッピングにより得た角層の付着した粘着テープ試料が予め凍結粉砕されたものである、(1)の方法。
(3)前記還元剤が2−メルカプトエタノールである、(1)又は(2)の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明に従えば、角層中における可溶性タンパク質の量比が高いほど、肌があれた状態であると判断され、簡便、かつ定量的に、肌質を評価することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のおける測定対象となる角層はテープストリッピング法により皮膚などから採取する。テープストリッピングは、皮膚などに粘着テープ片を貼付、剥がすことで実施する。テープストリッピングの好ましい方法は、まず皮膚などの表層を例えばエタノールなどで浄化して皮脂、汚れ等を取り除き、適当なサイズ(例えば2×5cm)に切った粘着テープ片を皮膚表面の上に軽く載せ、テープ全体に均等な力を加えて平たく押さえ付け、その後均等な力で粘着テープを剥ぎ取ることで行われる。粘着テープは市販のセロファンテープなどであってよく、例えばセロテープ(登録商標)(ニチバン製)、Scotch Superstrength Mailing Tape (3M社製)等が使用できる。皮膚部分は身体のいずれの部分でもよく、例えば顔面の頬、額、手甲および体幹などを挙げることができる。
【0015】
好ましくは、角層の付着した粘着テープを、例えば液体窒素(約−180℃)などに入れて凍結し、凍結プレス粉砕装置などで細かく粉砕し、タンパク質の溶出を容易にする。凍結プレス粉砕装置としては、例えばマイクロテック・ニチオンのクライオプレス(登録商標)などが使用できる。クライオプレスによる処理は、予めステンレス製内セル及び蓋を液体窒素で冷却し、その内部に5mm角ほどに切断したテープサンプルを入れ、これをクライオプレスにセットし、上部から加えられるパルス状の圧力により粉砕することで行うことができる。
【0016】
角層の付着した粘着テープから可溶性タンパク質を溶出させるための水性緩衝液としては、生化学分野で一般に使用されているあらゆる緩衝液が使用でき、特に限定するものではなく、例えば水、生理食塩水、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、TRIS緩衝液、HEPES緩衝液、CHAPS緩衝液などが挙げられる。また、必要であれば、界面活性剤、例えばTween-20やTriton X-100などを緩衝液に加えてよい。ここでいう可溶性タンパク質とは、CEを構成する水溶性の前駆体タンパク質であって、架橋・不溶化していないものを意味し、具体的なタンパク質として、例えばインボルクリン、ロリクリン、スモール・プロリン・リッチ・プロテイン(SPR,コルニフィン)、シスタチンA、エラフィン、フィラグリン、ケラチン、エンボプラキン、デスモソーム構成タンパク質、アネキシンI、PAI−2などが挙げられる。可溶性タンパク質の抽出は室温や低温(例えば0℃前後)などで行うことができるが、必要に応じて数分、例えば1分〜30分、好ましくは10分程度の煮沸や超音波処理を与えて行ってよい。
【0017】
角層の付着した粘着テープから不溶性タンパク質を溶出させるための還元剤含有緩衝液は、上記水性緩衝液を基礎とし、還元剤として好ましくは2−メルカプトエタノールを、好ましくは0.1〜5質量%、より好ましくは1〜3質量%の濃度で含むものなどが使用できる。還元剤としてジチオスレイトールなど、生化学分野で汎用されているその他のものも使用できる。ここでいう不溶性タンパク質とは、例えばCEを構成する上記前駆体タンパク質がそのリジン残基とグルタミン酸残基との間にイソペプチド結合を形成することで、あるいはグルタミン残基同士がポリアミンの介在によってシュードイソペプチド結合を形成することで架橋・不溶化し、CEを構成するものをいう。不溶性タンパク質の抽出は室温などで行うことができるが、高温条件下、例えば煮沸などして行うのが好ましい。好ましくは、2〜10分間煮沸して抽出操作を行なう。
【0018】
タンパク質の定量方法は、生化学分野で汎用されているあらゆる方法が利用でき、特に制限されるものではなく、例えばローリー法、改良ローリー法、ブラッドフォード法、改良ブラッドフォード法、紫外線吸収法、ケルダール法などあらゆる方法が挙げられる。また、タンパク質の定量は市販のキットを使用して簡便に行うことが可能である。例えば、バイオラッド社のDCプロテインアッセイや、RC DCプロテインアッセイなどが利用できる。
【0019】
本発明において特に具体的な基準を規定するわけではないが、肌荒れ状態の肌質であると判定される基準は、角層中のタンパク質総量における可溶性タンパク質の質量比が例えば3%以上、特に5%以上、とすることができる。
【0020】
以下、具体例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【実施例】
【0021】
実験1:可溶性タンパク質及び不溶性タンパク質の定量
39人の被検者の頬部にテープストリッピングを施し、角層の付着した粘着テープ試料を作製した。粘着テープとしてはセロテープ(登録商標)(ニチバン)を使用した。この粘着テープ試料を15cm2にカットし、液体窒素(−180℃)にて凍結し、クライオプレス(登録商標)(マイクロテック・ニチオン)により凍結粉砕した。この凍結粉砕試料を0.1M Tris−HCl(pH8.0)、0.14M NaCl、0.1% Tween-20 300ml入りの1.5mlのチューブに分注し、30分放置して可溶性タンパク質を抽出させた。
このチューブを遠心分離(15,000g、10分)にかけ、上清液を取り出し、DCプロテインアッセイキット(バイオラッド)でタンパク質を定量した。
【0022】
次に、上記チューブ内に沈降した粘着テープ試料に2.5%の2−メルカプトエタノール含有1×Laemmli Sample Buffer液を300ml加え、2分間煮沸して不溶性タンパク質を抽出させた。このチューブを遠心分離(15,000g、10分)にかけ、DCプロテインアッセイキット(バイオラッド)でタンパク質を定量した。
図1に各被験者の可溶性タンパク質量と不溶性タンパク質量との関係を示す。一般に、肌が荒れている状態が進行しているほど、角層が重層剥離し、テープストリッピングにより採取される角層の量は増大し、その結果測定されるタンパク質(可溶性及び不溶性タンパク質の両者)の総量も多くなると考えられる。図1のグラフ曲線が示すとおり、可溶性タンパク質と不溶性タンパク質の双方が高い値を示す試料、即ち、肌荒れ状態の進行している被験者の試料ほど、グラフ曲線の傾きが寝ているため、可溶性タンパク質の比率が高いことがわかる。
【0023】
図2は実験1の結果を、横軸に可溶性タンパク質、縦軸に不溶性タンパク質に対する可溶性タンパク質の比率を示したグラフ図である。この図から、タンパク質量の多い肌荒れ試料ほど、可溶性タンパク質の比率が高くなることがわかる。よって、肌荒れ状態の角層タンパク質は、剥離量が多いだけでなく、質的に可溶性の高いタンパク質であることがわかる。
【0024】
実験2:可溶性タンパク質の比率とTEWLとの関係
可溶性タンパク質の比率と共に、各被検者の皮膚バリアー機能のパラメーターとしてのTEWLも調べ、可溶性タンパク質の比率とTEWLとの相関を調べた。その結果を図3に示す。(a)はVapometer(Delfin Technologies Ltd.,フィンランド)、(b)はTEWAmeter(Tewameter TM210;Courage+Khazaka.,ドイツ)によるTEWL測定値を示す。可溶性タンパク質の比率とTEWLとでは相関係数がVapometerでは0.3629、TEWAmeterでは0.372であり、ともに有意な相関が認められた。従って、TEWLの高いが高く、肌荒れ性状と可溶性タンパク質の比率が相関することがわかった。
【0025】
実験3:スキンケアの効果と可溶性タンパク質の比率との関係
被験者9人について、その頬部にスキンケア処置をし、スキンケア処置前後での可溶性タンパク質比率の変化を調べた。スキンケアにはDPローション(d-program製品(化粧水(ローション2)、乳液(エマルジョン2)、クリーム(クリームAD)))を使用し、1ヶ月間にわたり連用した。その結果を図4に示す。スキンケアの前後で可溶性タンパク質比率が全て被験者において顕著に低下することがわかる。また、図5は被験者全員のDPローション連用前後での可溶性タンパク質比率の平均値を示す。スキンケアにより肌荒れ状態を改善することで、可溶性タンパク質比率が低下することがこれらの結果から明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】可溶性タンパク質量と不溶性タンパク質量との関係。
【図2】実験1の結果を、横軸に可溶性タンパク質、縦軸に不溶性タンパク質に対する可溶性タンパク質の比率を示したグラフ図。
【図3】可溶性タンパク質の比率とTEWLとの関係。
【図4】スキンケアの効果と可溶性タンパク質の比率との関係。
【図5】スキンケアの効果と可溶性タンパク質の比率との関係。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
角層タンパク質の可溶性タンパク質の量比を指標とした肌質の評価方法であって、
(a)テープストリッピングにより得た角層の付着した粘着テープ試料を水性緩衝液に浸して可溶性タンパク質を当該水性緩衝剤に溶出せしめ、
(b)当該水性緩衝液から前記粘着テープ試料を分離し、当該当性緩衝液中に溶出した可溶性タンパク質を定量し、
(c)ステップ(b)で分離した前記粘着テープ試料を次に還元剤含有緩衝液に浸して不溶性タンパク質を溶出せしめ、
(d)当該還元剤含有水性緩衝液から前記粘着テープ試料を分離し、当該緩衝液に溶出した不溶性タンパク質を定量し、
(e)前記可溶性タンパク質の定量値の前記不溶性タンパク質の定量値に対する比を求める、
ことを含んでなる方法。
【請求項2】
前記テープストリッピングにより得た角層の付着した粘着テープ試料が予め凍結粉砕されたものである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記還元剤が2−メルカプトエタノールである、請求項1又は2記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−174867(P2009−174867A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−10701(P2008−10701)
【出願日】平成20年1月21日(2008.1.21)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】