説明

角膜上皮の透過性を向上させ、かつ、基質コラーゲン原線維網を不安定化させる方法

角膜基質内への薬剤の拡散を促進するために角膜上皮の透過性を向上させる方法、及び、基質のコラーゲン原線維網を一時的に不安定化させる方法が提供される。これらの方法を組み合わせて用いると、上皮が開かれて安定化分子の基質内への拡散が促進され、基質コラーゲン線維からブリッジ分子が分離され、これにより、安定化分子を用いる再安定化に向けてコラーゲン原線維網が準備される。これらの方法は、近視、遠視、及び、乱視の矯正を目的としたオルソケラトロジー等の非侵襲性角膜整形術の効果及び寿命を向上させるために用いられ得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2008年3月24日出願の米国仮出願第61/064,730号と、2008年3月24日出願の米国仮出願第61/064,731号と、に基づく優先権を主張し、これらの全内容が参照によって本明細書に組み込まれるものとする。
【0002】
本開示は、コラーゲン結合分子等の分子を角膜基質内に拡散させるために角膜上皮の透過性を向上させる方法、及び、角膜基質のコラーゲン原線維網を一時的に不安定化させる方法に関する。本開示における処置では、(1)基質内での分子の拡散を促進するために上皮を開き、(2)ブリッジ分子を基質コラーゲン線維から分離し、これにより、安定化分子を用いる再安定化に向けてコラーゲン原線維網を準備する。これらの処置は、近視、遠視、及び、乱視の矯正を目的とした非侵襲性角膜整形術の効果及び寿命を向上させるために重要である。
【背景技術】
【0003】
〔角膜矯正治療法〕
角膜矯正治療法(オルソケラトロジー;Orthokeratology)は、眼の屈折障害を改善する外科手術を伴わない治療法であり、例えば、レーザー眼科手術に代わる治療法である。具体的には、角膜矯正治療法は、患者の角膜の湾曲を変形させる治療法である。従来の角膜矯正治療法は、角膜を徐々に変形させて前部湾曲をより球状に近づけることを目的とする一連の多焦点コンタクトレンズ(progressive contact lenses)の使用を含む。この方法は、通常、2組〜数組の特別に設計されたコンタクトレンズの装着を含み、従来は眼が変形するまでに約3〜6ヶ月間の期間を要していた。この方法は、近視及び乱視を緩和するか又は解消することが実証されており、それゆえ、自然視を改善し、正視(視覚に屈折異常がない状態か、又は、矯正が不必要である状態)をもたらす。角膜矯正治療用レンズの設計における最近の改善によって、一層速やかに正視の状態にすることが可能となってきている。多くの場合、これは、1組の仕上げレンズ(end result lenses)を一晩装着することにより達成され得る。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
角膜矯正治療法の欠点は、変形された角膜組織がその当初の湾曲の記憶を保持し、レンズが取り外された後に緩んで当初の湾曲に戻る傾向があるという点である。それゆえ、角膜矯正治療の患者が最大の効果を得ると、この効果を安定させるために時々装着される保持用コンタクトレンズ(retainer contact lenses)が処方される。保持用コンタクトレンズは、通常、硬質な気体透過性材料で作られている。角膜矯正治療の患者は、所望の効果を速やかに得るために、また、自分の日中の活動時にほぼ正視の状態の視力を得るために、夜間の保持用コンタクトレンズの装着を増やす。この手法の欠点は、角膜が元の形状に戻らないようにするために、保持用コンタクトレンズを毎晩装着する必要がある点である。
【0005】
〔角膜形成術(Corneoplasty)〕
この問題を解決するための関連手法では、正視の状態にすることを目的として所望の形状に一層容易に変形できるようにするために角膜を一時的に軟化させるために角膜軟化剤を用いる。角膜形成術には、1回の来院時か、又は、数週間にわたって実施される3段階のプロセスがある。この3段階のプロセスは、角膜軟化剤を角膜に投与して角膜組織を軟化させる第1段階と、硬質なコンタクトレンズを角膜を覆うように配置して眼を正視の状態にする第2段階と、安定化剤を投与する第3段階と、を含む。この際に、角膜は変形し、硬質なコンタクトレンズによって定められる所望の形状に近づく。角膜軟化剤の投与は、より高度な屈折異常をより短期間で矯正するのに役立つ。
【0006】
しかしながら、整形用コンタクトレンズを視軸に対して正確に配置して、角膜組織の変形を制御するというのは難しいことが判明している。失敗した適用例の中には、角膜形成術が、整形用コンタクトレンズの誤配置により生じた異常に起因する乱視又は複視を引き起こしたものもあった。また、3段階の全てを1回の来院時に実施するので、患者には、角膜組織の変形結果に対処する機会がない。患者は、上記プロセスの間に「試して、様子を見る」こともできないし、よりよい結果達成を助けるべく臨床医を誘導することもできない。
【0007】
上述を踏まえて、患者が自分の元のレベルの視力に戻せるという選択肢を保持しつつ(例えば、患者が矯正の永久化を選択するまでは治療を元に戻せるようにしつつ)、患者が速やかに正視になれるようにする視力矯正治療の実施について改良された方法が必要とされている。更に、角膜マトリクスを安定化させる組成物と、その組成物の生成方法及び投与方法とが必要である。角膜矯正治療の患者が、硬質な保持用コンタクトレンズの装着を省略できるように、また、軟化剤の投与を省略できるように、また、患者が矯正を永久化したいと確信するまでは当初の角膜曲率(湾曲)に戻す機会を維持できるように、上記組成物は角膜矯正治療後の角膜曲率を安定化させる能力を有する必要がある。
【0008】
米国特許第6,161,544号及び米国特許第6,946,440号には、角膜矯正治療後に角膜を安定化させる分子を利用することが記載されている。米国特許第6,946,440号(DeWoolfson及びDeVore)では、安定化分子は、比較的高い分子量でもともと有る細胞外マトリクス分子であり、これは、角膜矯正治療後に基質マトリクス(ストロマ・マトリクス)を安定化させる。安定化は、隣接するコラーゲン原線維間の上記分子のイオン結合によって起こり、これらの線維間に架橋(クロスリンク)(又は、ブリッジ)を形成する。しかしながら、固有結合上皮組織層(intrinsic conjunctional epithelial tissue layer)が、500ダルトンよりも大きな親水性分子の眼内供給に対して高い抵抗性を有するタイト・ジャンクション(密着結合)を形成するという事実によって、細胞外マトリクス分子は、その透過が制限される。更に、コラーゲン線維における外因性安定化分子用の結合部位は限定されている。なぜなら、その部位は、もともと有る細胞外マトリクス分子によって本来的に占有されているからである。
【0009】
従って、安定化剤の供給を促進し、これにより基質の安定化を最大限に高めるためには、(1)上皮を開いて安定化剤を基質内に浸透させる方法、及び、(2)基質組織内にて隣接するコラーゲン線維間の細胞外分子の固有結合を分離する方法、が必要である。上皮を開く方法は、あらゆる眼科用薬剤の角膜基質への供給の促進に利用できるという点でも有益である。
【0010】
〔角膜構造〕
【0011】
ヒトの角膜は、3つの主要な層(上皮、基質(ストロマ)、内皮)により構成されている。角膜は、その厚さが、通常、500〜600μmであり、その90%が基質である。上皮は、その厚さが約50μmであり、細胞間が密着結合している5〜6層の細胞を含んでおり、特に、最初の2層は、平らな板状の表面細胞である。次の2〜3層は、1列に並んだ円柱状の基底細胞を覆う翼状か又は多角形状の細胞を含んでいる。
【0012】
上皮は、特に極性分子及びイオン性分子に対して、透過障壁を形成する。イオン性分子及び親水性分子に関しては、分子の大きさが、上皮を透過する能力に影響を及ぼす。これらの分子の透過性は、一般に、約500ダルトンの分子の大きさまでに制限される(「"Ophthalmic Drug Delivery Systems" Ed. A.K. Mitra, Marcel Dekker, Inc. NY, 1993」内のLiaw及びRobinsonを参照のこと)。これに対し、親油性分子は容易に上皮を通過して吸収される。
【0013】
上皮の下方にある次の層は、ボーマン膜である。ボーマン膜は、下にある無細胞の基質(固有質)から上皮を分離する、厚さ約8〜14μmの均質なシートである。
【0014】
基質は、200〜250層が交互に重なり合うコラーゲン線維のラメラ(層)により構成される。各ラメラは厚さ約1μm、幅10〜25μmである。基質は70%の水分を含み、約500,000ダルトンよりも大きな分子の移動を妨げる。角膜構造の大部分をコラーゲン線維が占める。プロテオグリカン及び線維結合コラーゲンがコラーゲン線維に接続され、これにより、直径が制御され、また、基質の構造が安定化される。線維に関係するプロテオグリカンは、SLRPs(低分子ロイシンリッチプロテオグリカン;small leucine-rich proteoglycans)と呼ばれるカテゴリーを含み、デコリン(decorin)、バイグリカン(biglycan)、ケラトカン(keratocan)、ルミカン(lumican)、ミミカン(mimican)、及び、フィブロモジュリン(fibromodulin)等がある。線維に関係するコラーゲンは、FACITs(断続性三重らせんを有する線維付随性コラーゲン分子;fibril associated collagen molecules with interrupted triple helices)として知られるカテゴリーを含み、VI型コラーゲン、X型コラーゲン、XII型コラーゲン、及び、XIV型コラーゲン等がある。
【0015】
防腐剤(塩化ベンザルコニウム)、カチオン界面活性剤、及び、キレート剤(0.5%のEDTA)を含む特定の賦形剤の濃度を十分に高くすると、角膜の完全性が損なわれる場合がある。
【0016】
Godbey(p 102)は、0.02%の塩化セチルピリジニウム(cetylpyridium chloride)を用いて上皮細胞の表層を破壊した。Shih及びLee(p 86)は、上皮の表側2層を剥離させるためにジギトニン(digitonin)で角膜に前処置を施して、上皮の層を剥ぎ取った。この処置により、チモロール(timolol)の浸透が促進されることがわかった。
【0017】
他の浸透促進剤として、細胞骨格モジュレータであるサイトカラシンB(Cytochalasin B)等がある。
【0018】
低透過性の親水性分子の供給は、現在のところ、非角膜浸透に依存している。非角膜吸収経路(角膜を経由しない吸収経路)では、強膜及び結膜を通過して眼内組織に浸透する必要がある。この手法は薬剤の角膜への供給手法としては非効率的である。なぜなら、薬剤が角膜強膜縁を越えて眼球表面に浸透すると、近くの毛細血管床によって吸収され体循環によって移動されるからである。一般に、非角膜吸収に依存する点眼剤のうち房水に達するのは1%未満である。眼科用薬剤の供給に関連する問題のいくつかを概説したものとして、「Shirasaki, Y. "Molecular Design for Enhancement of Ocular Penetration" J. Pharm. Sci., Oct. 7, 2007(印刷より前に電子出版されている); 1-35」を参照されたい。
【0019】
角膜吸収は眼内用薬剤を供給するには比較的高効率な方法であるが、この投与経路は、角膜上皮によって律速される。従って、薬剤及び他の物質を角膜基質に効率良く眼内供給するためには、特に、より大きな親水性分子の、上皮透過(trans-epithelial penetration)を促進する必要がある。
【0020】
そこで本開示は、上皮細胞結合を破壊する薬剤を用いて角膜を処置する方法を提供する。この破壊なしでは角膜内に非効率にしか供給できなかったであろう分子は、この破壊によって上皮通過拡散(trans-epithelial diffusion)できるようになる。更に、上述と同じ薬剤のうちのいくつかは、分子の大きさが小さい(500ダルトン未満である)ことにより、上皮を自由に通過して、角膜基質に浸透し、コラーゲン原線維網の脱プロトン化アミン基と反応する。この結果、コラーゲン線維間のイオン結合プロテオグリカンブリッジが分離される。これにより、原線維網が一時的に不安定化させられ、新規かつ所望の構造への再安定化に向けて原線維網が準備される。デコリン等の安定化分子は、角膜の表面に投与してもよい。分子は上皮を通過し、基質内の隣接するコラーゲン線維に結合する。これにより、角膜をその新規な構造で固定して、近視、遠視、及び/又は、乱視を治療する。
【0021】
様々な化学薬剤がタンパク質と反応してその化学的及び物理的特性を変更させることは周知である。一般に、これらの化学薬剤は、溶液中でタンパク質を修飾させるために用いられる。「Chemical Reagents for Protein Modification, Ed. R L Lunblad, CRC Press, Boca Raton, 1991」、「G R Stark, Recent Developments In Chemical Modification And Sequential Degradation Of Proteins, Advances in Protein Chemistry, 24: 261-308, 1970」等、化学修飾(chemical modification)を論じたいくつかのレビューがある。特異的な化学薬剤は、タンパク質の脱プロトン化遊離アミンと反応して、正電荷(NH)を、負電荷又は中性電荷を示す化学的部分に置き換える。他の化学薬剤は、タンパク質の脱プロトン化アミンと反応して、1価の正電荷を2価の正電荷に置き換える。正味電荷及び電荷密度におけるこの変化により、タンパク質の化学的及び物理的特性の両方が変更される。この技術は、係属中の米国特許出願(DeVoreらの米国特許出願公開第20050106270号)の特許明細書に記載されている。
【0022】
本開示の目的上、上皮細胞結合を破壊し、また、基質コラーゲン線維間のプロテオグリカンブリッジを分離するために、多種多様な薬剤のうちのいずれをも利用できる。無傷結合組織を不安定化させることが知られている化学薬剤については、DeVoreらに付与された米国特許に記載されている。
【0023】
米国特許第4,969,912号(Kelman及びDeVore)には、コラーゲン組織を全体的又は部分的に可溶化させる方法が記載されており、この方法では、アシル化剤を用いて、医療用インプラントを形成している。米国特許第6,743,435号(DeVore及びCiaramentaro)には、アシル化剤を用いて無傷動物組織を分散させる方法が記載されている。
【0024】
米国特許第6,161,544号(DeVore及びOefinger)には、無水グルタル酸等のアシル化剤を用いて角膜組織を不安定化させる方法が記載されている。米国特許出願公開第20050106270号(DeVore及びDeVore)には、アシル化剤を用いて無傷組織の化学的及び物理的特性を変更する方法が記載されている。上述の特許には、アシル化用化学薬剤を用いて、無傷組織を可溶化させ、分散させ、変更することが記載されているものの、この種の薬剤を用いて、角膜の上皮結合を破壊すること、及び/又は、角膜基質内の隣接するコラーゲン線維間のプロテオグリカンブリッジを分離すること、は記載されていない。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本開示には、上皮細胞組織を破壊する薬剤を用いて、角膜を処置する方法が記載されている。この方法は、緑内障治療用の眼科用薬剤や角膜整形用の安定化剤等、目的とするあらゆる分子の眼内供給を促進するために使用できる。本開示には、角膜基質内のコラーゲン線維ユニットからブリッジ分子を分離する薬剤を用いて角膜を処置する方法も記載されている。この方法により、角膜矯正治療の結果等、整形された角膜曲率が安定化しやすくなる。
【0026】
上皮細胞結合を破壊する方法と、ブリッジ分子を分離する方法と、に用いられる薬剤は、その分子の大きさが小さい(500ダルトン未満である)ことにより、上皮を自由に通過する。薬剤の脱プロトン化アミンとの反応性により、コラーゲン線維網が不安定化され、これにより、外部から供給される安定化分子を用いる再安定化に向けて線維網が準備される。上皮細胞結合の破壊により、比較的大きな安定化分子が上皮を効率良く通過して、基質内で隣接するコラーゲン線維に結合し、所定の構造で角膜が固定される。角膜矯正治療法等の処置で整形された角膜曲率を安定化させることにより、近視、遠視、及び、乱視等の状態に対する長期的かつ非侵襲的な処置が提供される。
【0027】
従って、本開示の目的は、結果的に上皮細胞結合を破壊して分子を角膜基質内へ拡散しやすくする角膜処置方法を提供することである。この方法は、目的とするあらゆる分子の角膜内への供給を促進するのに適している。ある実施形態では、上述の分子は基質コラーゲン線維からイオン結合ブリッジ分子も分離し、これにより基質コラーゲン網が一時的に不安定化され、この結果、基質コラーゲン網を所望の構造で再安定化させることが可能となる。この方法は、上皮細胞結合を破壊するため、および、基質コラーゲン線維をブリッジするイオン結合を分離するために、生理的に許容可能な溶液に含まれ、かつ、治療に有効な量の単一の薬剤を投与することを含んで構成され得る。一方、他の実施形態では、この方法は、生理的に許容可能な溶液に含まれ、かつ、治療に有効な量の第1の薬剤を投与して、上皮細胞結合を破壊することにより、分子の角膜基質内への拡散を促進すること、及び、生理的に許容可能な溶液に含まれる第2の薬剤を投与して、基質コラーゲン線維からイオン結合ブリッジ分子を分離することにより、基質コラーゲン網を一時的に不安定化して、この後に、基質コラーゲン網を所望の構造で再安定化させること、を含んで構成される。本開示のいずれの方法でも、基質内の隣接するコラーゲン線維をイオン結合ブリッジすることができる薬剤の投与に向けて角膜が準備され、これにより、角膜をその整形された構造で安定化させることができる。本開示の方法は、近視、遠視、又は、乱視を治療するために、単独で利用可能であり、また、互いに組み合わせて利用可能であり、更に、他の方法と組み合わせて利用可能である。
【0028】
一実施形態において、本開示は、角膜の形状を安定化させる方法を提供し、この方法は、角膜の上皮結合を破壊する薬剤である「破壊剤」を角膜に投与すること、基質コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離する薬剤である「分離剤」を角膜に投与すること、及び、基質コラーゲン線維網を再安定化させる薬剤を投与して、この薬剤により角膜の形状を安定化させること、を含んで構成される。ある実施形態では、角膜は、角膜矯正治療法を用いて整形された角膜である。
【0029】
他の実施形態では、本開示は、眼科用薬剤の供給を促進する方法を提供し、この方法は、眼科用薬剤を角膜に投与する前に、角膜の上皮結合を破壊する薬剤を角膜に投与することを含んで構成される。眼科用薬剤、角膜の上皮結合を破壊する薬剤、又は、眼科用薬剤と角膜の上皮結合を破壊する薬剤との両方は、投与装置(アプリケータ)を用いて角膜の表面に投与され得る。他の方法と一致して、この方法は、眼科用薬剤を角膜に投与する前に、基質コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離する薬剤を角膜に投与することを更に含んで構成される。眼科用薬剤は、あらゆる薬剤であり得るが、親水性の眼科用薬剤であることが多い。
【0030】
上述の各方法では、破壊剤は、無水物であり得、また、分離剤は、無水物、酸塩化物、塩化スルホニル、又は、スルホン酸、であり得る。ある実施形態では、破壊剤は、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水グルタル酸、無水シトラコン酸、無水メチルコハク酸、無水イタコン酸、無水メチルグルタル酸、無水ジメチルグルタル酸、又は、無水フタル酸、より選択される。同様に、ある実施形態では、分離剤は、無水酢酸、無水酪酸、又は、無水プロピオン酸、より選択される。安定化剤の投与を含んで構成される上述の方法では、個々の実施形態次第で、安定化剤は、デコリン、バイグリカン、ケラトカン、ルミカン、ミミカン、VI型コラーゲン、X型コラーゲン、XII型コラーゲン、又は、XIV型コラーゲン、であり得る。ある実施形態では、安定化剤は、ヒト組換えデコリンである。
【0031】
本発明の他の目的、特徴及び利点は、その説明が添付の図面と併せて読み進められるに連れて明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】デコリンを角膜中央部に直接対照投与した後における、蛍光標識されたデコリンの角膜内への浸透を示す。図1Aは、無水グルタル酸で前処置された角膜を示す。図1Bは、対照角膜を示す。
【図2】デコリンを角膜中央部に直接対照投与した後における、蛍光標識されたデコリンの角膜への浸透を示す。図2Aは、無水酢酸で前処置された角膜を示す。図2Bは、対照角膜を示す。
【図3】角膜の透過電子顕微鏡写真を示す。図3Aにおいて、角膜にはデコリン処置が追加された。図3Bは、対照角膜を示す。
【図4】角膜の透過電子顕微鏡写真を示す。図4Aは、コラーゲン線維間のプロテオグリカン結合を示す。図4B及び図4Cに示すように、これらの結合は、アシル化剤で処置された角膜には見られない。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本開示は、分子(例えば、コラーゲン結合分子、又は、様々な眼科用薬剤)の角膜基質内への拡散を促進するために角膜上皮の透過性を向上させる方法を提供する。なお、「薬剤(drag)」という用語は、他の状況では特別な意味を持つ場合があるが、しかしながら、この用語は、本開示では、化学薬剤であるか生物薬剤であるかを問わず、眼に意図的に投与(点眼や塗布等)されるあらゆる薬剤(agent)を含む一般用語として用いられている。
【0034】
上述のように、また、「Shirasaki, Y. "Molecular Design for Enhancement of Ocular Penetration" J. Pharm. Sci., Oct. 7, 2007(印刷より前に電子出版されている); 1-35」にて検討されているように、薬剤吸収を眼の前部に制限する重大な障害が存在している。更に、局所的に投与された薬剤は、涙液によって希釈され、涙液の代謝及び瞬きによって急速に除去される。従って、一般に、局所投与後に、薬剤投与量のうち房水に入り込むのは1〜7%のみである。涙液膜内の薬剤は、角膜を経由する経路と角膜を経由しない経路とにより吸収される。角膜透過は、経細胞吸収(transcellular absorption)か、又は、傍細胞吸収(paracellular absorption)により生じるが、大部分の薬剤は、経細胞吸収によって角膜に浸透する。この経路では、薬剤が上皮細胞によって取り込まれ、細胞質を透過する。一方、傍細胞吸収は、個々の細胞間に生じた結合部の透過を含む。しかしながら、角膜上皮は、上述の密着結合を示すので、傍細胞での透過性は制限される。このため、薬剤は、結膜及び強膜を通過する。
【0035】
大部分の親油性低分子薬剤は、角膜を経由する経路を介して吸収される。しかしながら、角膜は非常に密着した組織であり、また、角膜上皮は親油性膜であり、薬剤吸収に対する障壁として機能する密着結合を有する。従って、仮に、親油性薬剤が親油性の角膜上皮を通過しても、基質が親水性であるので、その基質透過は制限されるであろう。親水性薬剤では、親油性の角膜上皮を透過することが困難である。
【0036】
従って、当該技術分野では、より効率的な眼科用薬剤供給手法を提供する必要性がある。本開示は、上皮の透過性を向上させる方法を提供する。これは、親水性化合物及び高分子化合物を含む化合物の、房水への供給を促進する。上皮透過性が低い特定の親水性薬剤については、この手法を用いることにより、その効力が劇的に改善されるであろう。
【0037】
この方法は、あらゆる眼科用薬剤の供給の促進に利用可能であるが、ここでは、眼科用薬剤としてよく用いられるいくつかの化合物群について言及する。この眼科用薬剤の一群は、抗ウイルス剤である。抗ウイルス剤の中で、親水性であることに起因して眼内透過性が低い薬剤(例えば、アシクロビル(acyclovir)及びガンシクロビル(ganciclovir))には、本開示の眼科用薬剤供給促進方法が特に有用である。眼科用薬剤における別の群は、抗炎症剤である。この例には、ジクロフェナク(diclofenac)、ブロムフェナク(bromfenac)、フルルビプロフェン(flurbiprofen)、プラノプロフェン(pranoprofen)、ネパフェナク(nepafenac)、及び、ケトロラクトロメタミン(ketorolac tromethamine)等のNSAIDs(非ステロイド系抗炎症薬;non-steroidal anti-inflammatory drugs)と、プレドニゾロン(prednisolone)及びデキサメタゾン(dexamethasone)等のステロイドと、が含まれる。抗緑内障薬は、眼科用薬剤における更に別の群である。これらには、アセタゾラミド(acetazolamide)、メタゾラミド(methazolamide)、及び、エトキスゾラミド(ethoxzolamide)等の炭酸脱水酵素阻害薬(carbonic anhydrase inhibitor)と;アセブトロール(Acebutolol)、ナドロール(Nadolol)、アテノロール(Atenolol)、及び、ソタロール(Sotalol)等の角膜透過係数が低い特定のベータ遮断薬(beta-blockers)と;アプラクロニジン(apraclonidine)等のα作動薬と;涙液中での電離を抑制するように変更されたプロスタグランジン(postaglandin)F2α誘導体とが含まれる。抗感染症薬は、眼科用薬剤における更に別の群であり、これには、角膜透過性が低い例が含まれる。抗感染症薬の例としては、シプロフロキサシン(ciprofloxacin)等のフルオロキノロン(fluroquinolones)が挙げられるが、抗感染症薬はこれらに限定されない。アレルギー薬は、眼科用薬剤における更に別の群である。眼科用薬剤の他の例については、「Shirasaki, Y. "Molecular Design for Enhancement of Ocular Penetration" J. Pharm. Sci., Oct. 7, 2007(印刷より前に電子出版されている); 1-35」を参照されたい。
【0038】
本開示は、基質のコラーゲン原線維網を一時的に不安定化させる方法も提供する。この方法は、上皮細胞結合を破壊する方法と組み合わせてよく用いられるが、本開示では、これらの方法がそれぞれ独立して用いられ得ることも意図されている。基質の一時的な不安定化は、新規な構造(例えば、視力を改善する構造)での再安定化を促進する。従って、いくつかある方法の中で、特に、本開示は、(1)コラーゲン線維を安定化させる高分子薬剤を含む薬剤の上皮通過拡散及び基質内浸透を促進するために、角膜上皮細胞結合を破壊すること、及び、(2)外部から供給される安定化分子を用いる再安定化に向けてコラーゲン網を準備するために、基質コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離すること、を含む方法を提供する。
【0039】
多くの実施形態において、上述の方法は、治療に有効な量のアシル化試薬又はアセチル化試薬を眼の角膜表面に投与することを含んで構成される。詳細については後述するが、アシル化剤又はアセチル化剤は、無水物(anhydrides)、酸塩化物(acid chlorides)、塩化スルホニル(sulfonyl chlorides)、及び、スルホン酸(sulfonic acids)を含む。
【0040】
通常、角膜タンパク質の遊離アミンを脱プロトン化する溶液で角膜が処置された後に、薬剤が角膜の表面に投与される。この脱プロトン化溶液は、7.5〜10.0のpH領域を示し、大抵は8.0〜9.0のpH領域を示し、通常は8.3〜8.7のpH領域を示す。上記溶液は、緩衝溶液と塩類溶液とを含み、所望のpH領域を示す。この例としては、リン酸二ナトリウムとリン酸一ナトリウムとの混合物の緩衝液か、又は、リン酸二ナトリウムだけの緩衝液を挙げることができる。濃度範囲が0.05〜1.0Mである上記緩衝液及び溶液は、大抵は0.1〜0.7Mの範囲内であり、通常は0.2〜0.5Mの範囲内である。
【0041】
治療時に用いられる様々な溶液は、それを眼のいずれの組織に接触させるのかという点に関しては制限されずに、眼に投与され得る。しかしながら、脱プロトン化溶液と、破壊及び/又は分離する薬剤を含む溶液とは、多くの場合、角膜表面への接触制限用に角膜の表面上に配置される装置を用いて、投与され得る。角膜表面に溶液を投与するための投与装置の例は、同時係属中で2008年3月24日出願の米国仮出願第61/064,731号「APPARATUS TO IMPROVE LOCALIZED CONCENTRATION OF FLUIDS IN OCULAR ENVIRONMENTS」(Bruce DeWoolfson 及び Michael Luttrell)に記載されており、これの全内容が参照によって本明細書に組み込まれるが、投与装置はこれに限定されない。
【0042】
アシル化剤又はアセチル化剤が上皮細胞結合の破壊に用いられる場合には、負電荷を負電荷に置き換えるか、正電荷を中性電荷に置き換えるか、又は、1価の正電荷を2価の正電荷に置き換えるものが、アシル化剤又はアセチル化剤であり得る。
【0043】
アシル化剤又はアセチル化剤が基質コラーゲン線維間の分子ブリッジの分離に用いられる場合には、負電荷を中性電荷に置き換えるものが、アシル化剤又はアセチル化剤であり得る。これは、タンパク質水和の増加の予防と、後の角膜膨張の予防とに役立つ。
【0044】
角膜形状の安定化が重要である分野は、以下の角膜矯正治療法である。従って、本開示は、角膜矯正治療法による処置後にヒト角膜を安定化させる方法も提供する。この方法は、コラーゲン線維を安定化させる高分子薬剤の上皮通過拡散及び基質内浸透を促進するために、角膜上皮細胞結合を破壊すること、及び、外部から供給される安定化分子を用いる再安定化に向けてコラーゲン網を準備するために、基質コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離すること、を含んで構成される。ある実施形態では、この方法は、治療に有効な量のアシル化試薬又はアセチル化試薬を眼の角膜表面に投与することを含んで構成される。また、破壊及び分離後に、安定化剤が基質に浸透するように角膜に投与され、角膜矯正治療法により形成された構造で基質コラーゲン網を再安定化させる。この治療法は、理想的に、正視の状態にする。
【0045】
本開示の方法にて用いられる安定化剤は、基質コラーゲン網を安定化させるために外部から供給可能なあらゆる分子であり得る。しかしながら、安定化剤は、多くの場合、SLRP(低分子ロイシンリッチプロテオグリカン)を含み、これは、デコリン、バイグリカン、ケラトカン、ルミカン、ミミカン、及び、フィブロモジュリンを含む。又は、安定化剤は、FACIT(断続性三重らせんを有する線維付随性コラーゲン分子)を含み、これは、VI型コラーゲン、X型コラーゲン、XII型コラーゲン、及び、XIV型コラーゲンを含む。多くの場合、安定化分子は、ヒト組換えデコリン(human recombinant decorin)である。デコリンは、一般に、溶液の状態で投与され、この溶液では、ヒト組換えデコリン溶液の濃度が約0.05〜約25mg/mLである。この濃度は、大抵は約1〜約10mg/mLであり、通常は約2〜約6mg/mLである。ヒト組換えデコリン等の安定化剤の投与に用いられる量は、一般に、約0.05〜5mLの範囲内である。この量は、大抵は約0.1〜約2.0mLであり、多くの場合は約0.2〜約1.0mLである。
【0046】
〔上皮細胞結合を破壊する化学薬剤、及び、コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離する化学薬剤〕
【0047】
本開示の目的上、上皮細胞結合を破壊するために、及び/又は、基質コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離するために利用可能な多種多様な薬剤が存在する。本開示の方法では、角膜上皮結合を破壊する薬剤は、「破壊剤(disrupting agent)」と称される。同様に、基質コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離する薬剤は、「分離剤(dissociating agent)」と称される。
【0048】
上皮細胞結合を破壊すると報告された化学薬品及び医薬品には、EDTA、過ヨウ素酸塩(periodates)、高濃度尿素化合物(high concentration urea compounds)、塩化マグネシウム(magnesium chloride)、及び、有機溶剤(organic solvents)が含まれる。しかしながら、無傷組織を分散させる能力か、又は、他の組織成分から分子結合分子を分離する能力があると報告された薬剤については、その薬剤の数が限られている(例えば、アシル化剤であり、DeVoreらの特許を参照されたい)。例えば、Neefeに付与された米国特許第3,760,807号、第3,776,230号、及び、第3,831,604号には、角膜のコラーゲン組織を軟化させるために、塩酸プロパラカイン、塩酸ジクロニン、溶液内塩素等の化学薬剤を用いること、及び、タンパク質分解酵素を用いることが、まとめて記載されている。また、Harrisに付与された米国特許には、角膜コラーゲン組織を軟化させる酵素(例えば、ヒアルロニダーゼ)を用いることが記載されている。また、Kelman及びDeVoreに付与された米国特許第4,713,446号、第4,851,513号、第4,969,912号、第5,201,764号、第5,354,336号、及び、第5,492,135号と、DeVoreの米国特許出願公開第20050106270号と、の各々には、眼科用に天然コラーゲン系物質と人工コラーゲン系物質との両方を軟化させ、及び/又は、処理する様々な化学薬剤が記載されている。上記特許の全てのうち、化学的に不安定化させる薬剤に関する教示内容は、参照によって本明細書に組み込まれる。本明細書に組み込まれる一方で、上記特許の教示内容は、不安定化試薬(destabilizing reagent)という用語の範囲を制限することを意図するものではなく、また、上記特許に記載されたリストは、制限することを意図するものではない。
【0049】
上述のように、上皮細胞結合を破壊することが報告された化学薬剤及び医療用薬剤がいくつかある。しかしながら、無傷組織を分散させることが報告された薬剤については、その薬剤の数が限られている(例えば、アシル化剤であり、DeVoreらの特許を参照されたい)。このような作用を示す試薬群には、無水物、酸塩化物、塩化スルホニル、及び、スルホン酸が含まれる。しかしながら、上皮細胞結合の破壊と、基質コラーゲン線維間に存在する分子ブリッジ(例えば、FACITS及びSLRPS)の分離と、の両方を行う薬剤は報告されていない。従って、上皮細胞結合の破壊に用いられる薬剤は、基質コラーゲン線維からFACITS及びSLRPSを分離する薬剤と同一であるとは限らない。しかしながら、本開示では、両方の機能を果たすために同一の薬剤を用いることも特に企図する。
【0050】
後述する薬剤のリストは、上皮細胞結合を破壊し、及び/又は、基質コラーゲン線維からFACITS及びSLRPSを分離する薬剤の種類を示すことを意図したものである。このリストは例示のみであり、制限することを意図するものではない。
【0051】
上皮細胞を破壊するために、適切な無水物は、正味電荷を正から負に変化させる薬剤を含む。この薬剤には、無水物が含まれるが、しかしながら、薬剤はこれに限定されない。無水物には、無水マレイン酸(maleic anhydride)、無水コハク酸(succinic anhydride)、無水グルタル酸(glutaric anhydride)、無水シトラコン酸(citractonic anhydride)、無水メチルコハク酸(methyl succinic anhydride)、無水イタコン酸(itaconic anhydride)、無水メチルグルタル酸(methyl glutaric anhydride)、無水ジメチルグルタル酸(dimethyl glutaric anhydride)、無水フタル酸(phthalic anhydride)、及び、他の多種多様な無水物が含まれる。酸塩化物には、塩化オキサリル(oxalyl chloride)、塩化マロニル(malonyl chloride)、及び、他の多種多様な酸塩化物が含まれるが、しかしながら、酸塩化物はこれらに限定されない。塩化スルホニルには、クロロスルホニルアセチルクロリド(chlorosulfonylacetyl chloride)、クロロスルホニル安息香酸(chlorosulfonylbenzoic acid)、4−クロロ−3−(クロロスルホニル)−5−ニトロ安息香酸(4-chloro-3-(chlorosulfonyl)-5-nitrobenzoic acid)、3−(クロロスルホニル)−P−アニス酸(3-(chlorosulfonyl)-P-anisic acid)、及び、他の塩化スルホニルが含まれるが、しかしながら、塩化スルホニルはこれらに限定されない。スルホン酸には、3−スルホ安息香酸(3-sulfobenzoic acid)、及び、他のスルホン酸が含まれるが、しかしながら、スルホン酸はこれに限定されない。
【0052】
別の薬剤は、反応部位ごとに、正味電荷を1価の正電荷から2価の負電荷に変化させることができる。この種の薬剤の例には、3,5−ジカルボキシ−ベンゼンスルホニルクロリド(3,5-dicarboxy-benzenesulfonyl chloride)、及び、他の薬剤が含まれるが、しかしながら、薬剤はこれに限定されない。
【0053】
更に別の薬剤を用いて、反応部位ごとに、正味電荷を正から負に変化させることができる。この薬剤の例には、無水物、酸塩化物、及び、塩化スルホニルが含まれるが、しかしながら、薬剤はこれらに限定されない。ここで、無水物には、無水酢酸(acetic anhydride)、無水クロロ酢酸(chloroacetic anhydride)、無水プロピオン酸(propionic anhydride)、無水酪酸(butyric anhydride)、無水イソ酪酸(isobutyric anhydride)、無水イソ吉草酸(isovaleric anhydride)、無水ヘキサン酸(hexanoic anhydride)、及び、他の無水物が含まれる。また、酸塩化物には、塩化アセチル(acetyl chloride)、塩化プロピオニル(propionyl chloride)、ジクロロプロピオニルクロリド(dichloropropionyl chloride)塩化ブチリル(butyryl chloride)、塩化イソブチリル(isobutyryl chloride)、塩化バレリル(valeryl chloride)、及び、他の酸塩化物が含まれる。また、塩化スルホニルには、エタンスルホニルクロリド(ethane sulfonyl chloride)、メタンスルホニルクロリド(methane sulfonyl chloride)、1−ブタンスルホニルクロリド(1-butane sulfonyl chloridechloride)、及び、他の塩化スルホニルが含まれるが、しかしながら、塩化スルホニルはこれらに限定されない。
【0054】
基質コラーゲン線維からFACITS及び/又はSLRPSを分離するために、本開示は、いくつかある薬剤の中で、特に、組織を分散させるが、しかし、(膨張を生じさせる)組織水和又は生体力学的強度を増加させない薬剤を提供する。
【0055】
基質コラーゲン線維からFACITS及び/又はSLRPSを分離する薬剤には、正味電荷を、正から負に変化させる薬剤が含まれる。この薬剤には、無水物、酸塩化物、塩化スルホニル、及び、スルホン酸が含まれるが、しかしながら、薬剤はこれらに限定されない。無水物の例には、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水グルタル酸、無水シトラコン酸、無水メチルコハク酸、無水イタコン酸、無水メチルグルタル酸、無水ジメチルグルタル酸、無水フタル酸、及び、他の多種多様な無水物が含まれる。酸塩化物には、塩化オキサリル、塩化マロニル、及び、他の多種多様な酸塩化物が含まれるが、しかしながら、酸塩化物はこれらに限定されない。塩化スルホニルには、クロロスルホニルアセチルクロリド、クロロスルホニル安息香酸、4−クロロ−3−(クロロスルホニル)−5−ニトロ安息香酸、3−(クロロスルホニル)−P−アニス酸、及び、他の塩化スルホニルが含まれるが、しかしながら、塩化スルホニルはこれらに限定されない。スルホン酸試薬には、3−スルホニル安息香酸(3-sulfonylbenzenoic acid)、及び、他のスルホン酸試薬が含まれるが、しかしながら、スルホン酸試薬はこれらに限定されない。
【0056】
別の薬剤は、反応部位ごとに、正味電荷を1価の正電荷から2価の負電荷に変化させることができる。特定の薬剤には、3,5−ジカルボキシ−ベンゼンスルホニルクロリド、及び、他の薬剤が含まれるが、しかしながら、薬剤はこれらに限定されない。
【0057】
ある実施形態において、本開示は、単純無水物(例えば、無水グルタル酸)を用いて上皮細胞結合を破壊し、単純無水物(例えば、無水酢酸、無水酪酸、又は、無水プロピオン酸)を用いて基質コラーゲン線維からFACITS及びSLRPSを分離する方法を提供する。上述の無水物は、各々が加水分解して無害な化合物を生成する。これは、中間代謝で多く見られる。
【0058】
本開示の方法で用いるために、薬剤は、通常、生理的に許容可能な溶液中にてややアルカリ性pHの状態で(例えば、リン酸二ナトリウム溶液中にてpH約8.5の状態で、又は、約8.3〜約8.8のpHを提供する別の緩衝液中にて)希釈される。この溶液は、角膜表面上に配置された投与装置内の角膜表面に直接投与される。角膜表面に溶液を投与するための投与装置の例は、同時係属中で2008年3月24日出願の米国仮出願第61/064,731号「APPARATUS TO IMPROVE LOCALIZED CONCENTRATION OF FLUIDS IN OCULAR ENVIRONMENTS」(Bruce DeWoolfson 及び Michael Luttrell)に記載されており、これの全内容が参照によって本明細書に組み込まれるが、しかしながら、投与装置はこれに限定されない。ややアルカリ性の溶液又は緩衝液を用いて組織を前処置した後に、薬剤が組織表面に投与されるべきである。アシル化剤は、最初に脱プロトン化されたタンパク質と反応するか、又は、加水分解して酸を生成する。
【0059】
従って、種々の異なる薬剤が、細胞結合破壊剤及び基質分離剤として利用され得るが、本開示では、無水物、酸塩化物、塩化スルホニル、及び、スルホン酸を含む特定の薬剤群に重点を置いている。上述のように、アシル化剤が用いられる場合には、細胞結合を破壊させる種類のアシル化剤は、角膜膨張無しに基質コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離させる種類のアシル化剤と異なり得る。後者の種類の薬剤は、無電荷部分(又は、正電荷部分)を脱プロトン化アミンに置き換えるものに限定される。負電荷部分の置換は、処置された組織を「硬化」させることが証明されている。
【0060】
後述する薬剤のリストは、角膜膨張を生じさせることなく基質コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離する薬剤の種類を示すことを意図したものである。このリストは例示のみであり、制限することを意図するものではない。
【0061】
可能性のある無水物の適切な例には、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水メタクリル酸(Methacrylic Anhydride)、無水酪酸、無水イソ酪酸、無水吉草酸(Valeic Anhydride)、無水ヘキサン酸、無水デカン酸(Decanoic Anhydride)、無水ドデカン酸(Dodecanoic Anhydride)、無水ミリスチン酸(Myristic Anhydride)、無水パルミチン酸(Palmitic Anhydride)、及び、無水オレイン酸(Oleic Anhydride)が含まれるが、しかしながら、無水物はこれらに限定されない。
【0062】
可能性のある酸塩化物の適切な例には、塩化プロピオニル、塩化メタクリロイル(Methacryloyl Chloride)、塩化アクリロイル(Acryloyl Chloride)、塩化メタクリロイル、塩化ブチリル、塩化イソブチリル、塩化バレリル、塩化イソバレリル(Isovaleryl Chloride)、塩化ヘキサノイル(Hexanoly Chloride)、塩化ヘプタノイル(Heptanoly Chloride)が含まれるが、酸塩化物はこれらに限定されない。
【0063】
可能性のある塩化スルホニルの適切な例には、1−ヘキサデカンスルホニルクロリド(1-Hexadecanesulfonyl Chloride)、4−(ヘキサデシルオキシ)ベンゼンスルホニルクロリド(4-(Hexadecyloxy)benzenesulfonyl Chloride)、ペンタメチルベンゼンスルホニルクロリド(Pentamethylbenzenesulfonyl Chloride)、4−Tert−ブチルベンゼンスルホニルクロリド(4-Tert-Butylbenzenesulfonyl Chloride)、トルエンスルホニルクロリド(Tolulenesulfonyl Chloride)、及び、2,5−ジメチルベンゼンスルホニルクロリド(2,5 Dimethylbenzenesulfonyl Chloride)が含まれるが、塩化スルホニルはこれらに限定されない。
【0064】
可能性のあるスルホン酸の適切な例には、5−トリデシル−1,2−オキサチオラン−2,2−ジオキシド(5-Tridecyl-1-2, Oxathiolane-2,2-Dioxide)が含まれるが、スルホン酸はこれに限定されない。以上リストアップされた化学薬品の全ては、Sigma-Aldrich Chemical社(ミズーリ州、セントルイス)から入手することができる。
【0065】
あらゆる実施形態では、基質コラーゲン線維の分子ブリッジを分離するために、上述の薬剤のうち、単純無水物(例えば、無水酢酸、無水酪酸、又は、無水プロピオン酸)が用いられ得る。なぜなら、これらの無水物は、各々が加水分解して、非常に無害な化合物を生成するからである。
【0066】
また、あらゆる実施形態では、上皮細胞結合を破壊する薬剤の中で、特に、単純無水物(例えば、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水グルタル酸、無水シトラコン酸、無水メチルコハク酸、無水イタコン酸、無水メチルグルタル酸、無水ジメチルグルタル酸、無水フタル酸)が用いられる。しかしながら、他の多くの同様の無水物を用いることもできる。
【0067】
薬剤は、溶液の形態で眼に投与されることにより、角膜に投与され得るが、この吸収経路には、強膜及び結膜を通過して眼内組織に浸透することが含まれている。既に述べたように、この手法は、薬剤の角膜への供給手法としては非効率的である。なぜなら、薬剤が角膜強膜縁を越えて眼球表面に浸透すると、近くの毛細血管床によって吸収され、体循環によって移動されるからである。一般に、角膜を経由しない経路を介して投与される点眼剤のうち房水に達するのは1%未満である。
【0068】
角膜吸収は、眼内用薬剤を供給するには比較的高効率な方法であるが、しかし、この投与経路は、角膜上皮によって律速される。一般に、約500ダルトンより大きな分子は、上皮を、仮に通過できたとしても、非効率にしか通過できない。しかしながら、視力矯正治療にて用いられるあらゆる眼科用薬剤は、その分子の大きさが500ダルトンより大きい。眼における薬剤供給の概略を知るためには、「Ophthalmic Drug Delivery Systems, Ed: AK Mitra, Marcel Dekker, Inc., 1993」を参照されたい。
【0069】
本開示における上皮細胞結合を破壊する方法は、500ダルトンより大きな分子の角膜基質への供給を促進するために利用可能である。例えば、既に述べたように、この方法は、ヒト組換えデコリン(これは約40,000ダルトンである)の基質供給を促進するために利用可能である。更に大きな分子であっても、本開示の方法を用いることにより、供給可能である。
【0070】
薬剤の角膜への供給効率は、投与装置に収容され、かつ、角膜表面に投与される溶液の直接投与により、関連する薬剤を角膜に投与することによっても、改善され得る。この投与手法では、角膜の中核部を接触させるが、しかし、角膜辺縁への接触は抑制される。薬剤は、通常、処置の直前に、生理的に許容可能な溶液中にて溶解されるか、又は、希釈され、投与装置に注入するための注射器内に収容される。角膜表面に溶液を投与するための投与装置の例は、同時係属中で2008年3月24日出願の米国仮出願第61/064,731号「APPARATUS TO IMPROVE LOCALIZED CONCENTRATION OF FLUIDS IN OCULAR ENVIRONMENTS」(Bruce DeWoolfson 及び Michael Luttrell)に記載されており、その全内容が参照によって本明細書に組み込まれるが、投与装置はこれに限定されない。角膜表面を約2秒間〜約1分間にわたって(大抵、約15秒間〜約45秒間にわたって、また、通常は、約25秒間〜約35秒間にわたって)接触させる投与装置に、溶液が注入される。角膜への直接供給を用いることにより、あらゆる薬剤の角膜への供給を促進することができる。
【0071】
上述したように、本開示の様々な方法は、単独で使用して種々の利点を提供できる。従って、例えば、上皮細胞結合を破壊する方法を用いることにより、基質内への供給が望まれるあらゆる点眼剤又は他の分子を基質へ供給しやすくすることができる。しかしながら、上記の方法を、互いに組み合わせて用いることも可能であるし、より複雑な治療の一部として互いに組み合わせて用いることも可能である。一例として、以下の順序を用いて、上皮細胞結合を破壊し、基質コラーゲン線維からブリッジ分子を分離し、角膜構造を再安定化させるが、順序はこれに限定されない。
1.局所麻酔剤の液滴を約2分間投与する。
2.前処置用緩衝液を眼に約30秒間投与する。
3.前処置用緩衝液中の上皮細胞結合破壊用無水物試薬を約30秒間投与する。
4.前処置用緩衝液の第2の投与を約30秒間行う。
5.前処置用緩衝液中の分子ブリッジ分離用試薬を眼に約30秒間投与する。
6.滅菌緩衝溶液か、又は、滅菌生理食塩水を用いて完全にすすぐ。
7.再安定化分子溶液を約30秒間投与する。
8.滅菌緩衝溶液か、又は、滅菌生理食塩水を用いて完全にすすぐ。
この一般的な方法は、角膜形状の安定化が望まれるあらゆる状況で適用可能である。このような投与の一例としては、角膜矯正治療後における角膜組織の安定化が挙げられるが、これに限定されない。
【0072】
もちろん、この手順を変更することは可能であり、特に、投与時間、緩衝系、及び、溶液の厳密なpHに関して、変更することが可能である。安定化分子等の高分子薬剤を透過させるために上皮細胞結合を破壊する処置の実施例について、以下に説明する。
【0073】
〔実施例1〕
ヒトドナー角膜組織へのデコリン透過を評価するための共焦点顕微鏡観察
【0074】
〔無水グルタル酸で処置された角膜の共焦点顕微鏡観察〕
Insight Biomed社(ミネソタ州、ミネアポリス)から4つのドナー角膜が得られた。全ての角膜は、ウイルス感染の検査で陰性と出た。保管期限、内皮細胞数が少ないこと、又は、上皮細胞の完全性及び基質構造に関連しない他のファクターにより、角膜は、移植対象から外された。全ての角膜は、上皮細胞の完全性について、細隙灯顕微鏡検査により検査された。角膜は、オプティゾル(Optisol)(Bausch & Lomb社)に収容されて保管された。共焦点顕微鏡観察は、ニューハンプシャー州のレバノンにあるダートマス−ヒッチコック医療センター(Dartmouth-Hitchcock Medical Center)の手術研究部(Department of Surgical Research)にて行われた。2つの角膜は、無処置対照群である一方、別の2つの角膜は、無水グルタル酸で処置され、その後に、蛍光標識されたヒト組換えデコリンが投与された。ヒト組換えデコリンは、CHO−S細胞(Cardinal Health社)から作製され、また、10mMのNaPO緩衝液+150mMのNaCl溶液で3.7mg/dLの濃度を示し、pH7.2を示した。蛍光標識されたデコリンは、Molecular Probes社製のラベリング装置を用いて、デコリンをオレゴングリーン488と反応させることにより作製された。
【0075】
全ての角膜は、凸状のシリコーンパッドに載置され、ピンで固定された。これにより、定位置で角膜表面に接触させることができる。全ての処置用溶液は、その接触を角膜表面の中央部に集中させる投与装置を用いて投与された。対照角膜は、塩酸プロパラカインで1分間処置され、その後に、0.5mLの0.2Mのリン酸ナトリウム緩衝液(pH8.3〜8.5)で30秒間処置され、0.5mLの生理食塩水で30秒間すすぎ処置され、更に、0.1mLの蛍光標識されたヒト組換えデコリンで処置された。処置された角膜は、塩酸プロパラカインで1分間処置され、その後に、0.5mLの0.2Mのリン酸ナトリウム緩衝液(pH8.3〜8.5)で30秒間処置され、(リン酸ナトリウム緩衝液(pH8.3〜8.5)の投与の直前に5mg/mLで溶解された)無水グルタル酸で30秒間処置され、生理食塩水ですすぎ処理され、更に、0.1mLの蛍光標識されたヒト組換えデコリンで処置された。対照角膜と処置された角膜とは、ツァイス共焦点顕微鏡(型式 LSM 510 Meta;C apo 40X, NA = 1.2、ニューヨーク州、ソーンウッド)を用いて、基質内へのデコリン拡散についての検査が行われた。
【0076】
図1に示す観察結果は、角膜中央部への直接投与後にヒト組換えデコリン(重量平均分子量が約40,000ダルトンである)が角膜内に拡散できるように上皮細胞結合を破壊する無水グルタル酸の能力を示している。図示のように、対照角膜へのデコリンの直接投与時に、対照角膜内へのデコリン透過は上皮にて限定され、また、上皮細胞結合は破壊されなかった。これに対して、デコリンは、無水グルタル酸で処置された角膜の角膜基質に浸透した。従って、無水グルタル酸は、上皮細胞結合を良好に破壊し、これにより、40,000ダルトンのデコリン分子の拡散が可能となった。
【0077】
〔無水酢酸で処置された角膜の共焦点顕微鏡観察〕
手順は、上述の無水グルタル酸による処置における手順と同様であった。全ての処置用溶液は、その接触を角膜表面の中央部に集中させる投与装置を用いて投与された。角膜表面に溶液を投与するための投与装置は、同時係属中で2008年3月24日出願の米国仮出願第61/064,731号「APPARATUS TO IMPROVE LOCALIZED CONCENTRATION OF FLUIDS IN OCULAR ENVIRONMENTS」(Bruce DeWoolfson 及び Michael Luttrell)に記載のものと同様のデザインであり、この全内容が参照によって本明細書に組み込まれる。対照角膜は、塩酸プロパラカインで1分間処置され、その後に、0.5mLの0.2Mのリン酸ナトリウム緩衝液(pH8.3〜8.5)で30秒間処置され、0.5mLの生理食塩水で30秒間すすぎ処置され、更に、0.1mLの蛍光標識されたヒト組換えデコリンで処置された。処置された角膜は、塩酸プロパラカインで1分間処置され、その後に、0.5mLの0.3Mのリン酸ナトリウム緩衝液(pH8.3〜8.5)で30秒間処置され、(投与の直前に0.3Mのリン酸ナトリウム緩衝液(pH8.3〜8.5)で希釈された)無水酢酸(3μL)で30秒間処置され、生理食塩水ですすぎ処理され、更に、0.1mLの蛍光標識されたヒト組換えデコリンで処置された。対照角膜と処置された角膜とは、ツァイス共焦点顕微鏡(型式 LSM 510 Meta;C apo 40X, NA = 1.2、ニューヨーク州、ソーンウッド)を用いて、基質内へのデコリン拡散についての検査が行われた。
【0078】
図2に示す観察結果は、ヒト組換えデコリン(重量平均分子量が約40,000ダルトンである)が角膜内に拡散できるように上皮細胞結合を破壊する無水酢酸の能力を示している。図示のように、対照角膜へのデコリンの直接投与時に、対照角膜内へのデコリン透過は上皮にて限定され、また、上皮細胞結合は破壊されなかった。これに対して、デコリンは、無水酢酸で処置された角膜の角膜基質に浸透した。従って、無水酢酸も、上皮細胞結合を良好に破壊し、これにより、40,000ダルトンのデコリン分子の拡散が可能となった。
【0079】
〔実施例2〕
ヒトドナー角膜組織内における基質コラーゲン線維へのデコリン結合を評価するための透過電子顕微鏡観察
【0080】
以下の調査は、ニューハンプシャー州のレバノンにあるダートマス−ヒッチコック医療センターの手術研究部にて行われた。5匹の雌の成ネコがこの調査で用いられた。全ての動物は、Liberty Laboratories社から入手され、耳の入れ墨によって識別されていた。眼毒性は、細隙灯検査と内皮細胞構造の測定とにより判定された。角膜基質内へのデコリン浸透は、透過電子顕微鏡検査を活用して判定された。デコリンで処置された角膜は、緩衝ホルマリン中で、キノリニックブルー染色剤(Quinolinic Blue Stain)(キュプロメロニックブルー(Cupromeronic blue))と反応した。この試薬は、デコリン等の小型プロテオグリカン構造を染色する。
【0081】
ネコは、3つの処置グループに分けられた。各グループの1つの眼は、デコリンで処置された。3つの眼は、対照であった。処置された眼には、50μgのデコリンを、1日間、3日間、又は5日間、接触させた。デコリン溶液を、滅菌注入器を用いて、角膜に投与した。角膜表面の中央部に溶液を集中させるために、投与装置を使用することはなかった。全ての眼が、処置直後、2日目、3日目、5日目、及び8日目に臨床評価された。最終処置の1ヶ月後に眼を再検査し、この後、摘出した。眼は、それぞれ、分割された。一方の半分は、後の組織学的分析用にホルマリンに入れられた。他方の半分は、再び2つに分割され、その一半分が透過電子顕微鏡観察用に準備された。
【0082】
透過電子顕微鏡観察は、ニュージャージー州のニューブランズウィックにあるラトガーズ大学(Rutgers University)のロバートウッドジョンソン医療センター(Robert Wood Johnson Medical Center)の病理部(Department of Pathology)にて行われた。図3は、デコリンが添加された角膜の顕微鏡写真(図3A)と、対照角膜の顕微鏡写真(図3B)とを示す。ここで留意すべき点は、デコリンが添加された角膜内でコラーゲン線維間の分子ブリッジ(線維間のリンク)が増加している点である。
【0083】
以下の第2の調査は、ニューハンプシャー州のレバノンにあるダートマス−ヒッチコック医療センターの手術研究部にて行われた。3匹の雌の成ネコがこの調査で用いられた。全ての動物は、Liberty Laboratories社から入手され、耳の入れ墨によって識別されていた。眼毒性は、細隙灯検査と内皮細胞構造の測定とにより判定された。角膜基質内へのデコリン浸透は、透過電子顕微鏡検査を活用して判定された。デコリンで処置された角膜は、緩衝ホルマリン中で、キノリニックブルー染色剤(キュプロメロニックブルー)と反応した。この試薬は、デコリン等の小型プロテオグリカン構造を染色する。
【0084】
ネコは、3つの処置グループに分けられた。2匹のネコの1つの眼は、無処理の対照であった。全ての処置用溶液は、その接触を角膜表面の中央部に集中させる投与装置を用いて投与された。角膜表面に溶液を投与するための投与装置は、同時係属中で2008年3月24日出願の米国仮出願第61/064,731号「APPARATUS TO IMPROVE LOCALIZED CONCENTRATION OF FLUIDS IN OCULAR ENVIRONMENTS」(Bruce DeWoolfson 及び Michael Luttrell)に記載のものと同様のデザインであり、この全内容が参照によって本明細書に組み込まれる。2つの眼は、塩酸プロパラカインで処置され、その後に、0.5Mのリン酸ナトリウム緩衝液(pH8.35)で処置され、0.6mLのリン酸ナトリウム緩衝液中に溶解された3mgの無水グルタル酸で処理され、リン酸ナトリウム緩衝液で処置され、その後に、0.6mLのリン酸ナトリウム緩衝液で希釈された1.5μLの無水酢酸で処置が行われ、0.6mLのリン酸ナトリウム緩衝液中の1.5μLの無水酢酸で第2の処置が行われ、緩衝液ですすぎ処置が行われ、最後に、0.6mLのヒト組換えデコリン(4.47mg/mL)で処置された。
【0085】
別の2つの眼は、上述のように処置されたが、しかし、デコリン溶液を用いる最終処置は行われなかった。全ての眼は、処置直後に臨床評価された。処置の3日後に、眼を摘出して角膜を取り出し、キュプロメロニックブルーを含むホルマリンに入れた。
【0086】
透過電子顕微鏡観察は、ニュージャージー州のニューブランズウィックにあるラトガーズ大学のロバートウッドジョンソン医療センターの病理部にて行われた。図4は、各処置後における角膜の顕微鏡写真を示す。図4Aは、隣接するコラーゲン線維間にプロテオグリカンのリンクが存在していることを端的に示している。これらのリンクは、図4B及び図4Cに示すように、アシル化剤で処置された角膜では見られない。ここで留意すべき点は、アシル化処置された角膜内にブリッジ分子が存在していない点である。
【0087】
〔実施例3〕
ネコ科動物モデルの角膜ヒステリシスにおけるアシル化処置の影響
【0088】
〔実施例2の手法で処置された動物の角膜ヒステリシス(CH;Corneal Hysteresis)の測定〕
角膜ヒステリシスは、角膜の生体力学的強度の尺度であり、ライヘルト眼球応答分析器(Reichert Ocular Response Analyzer)を用いて測定される。ライヘルト眼球応答分析器は、「動的な双方向性の圧平プロセス」を利用して、角膜の生体力学的特性と眼内圧とを測定する。測定プロセスにおける基本的な出力は、ゴールドマン−相関圧力測定値(IOPG;Goldmann-correlated pressure measurement)、及び、角膜ヒステリシス(CH)と呼ばれる角膜組織特性の新しい尺度である。CH値を、表1に示す。
【0089】
【表1】

【0090】
表に示すように、アシル化処置が、角膜ヒステリシス(CH)を低下させており、これは、コラーゲン線維間の分子リンクの分離による角膜構造の「軟化」を示している。この後のデコリン投与が、CH値を、当初の値より高い値に引き上げており、これは、角膜構造の「強化」を示している。
【0091】
また、アシル化処置は、角膜上皮細胞結合の破壊も行っており、これにより、基質コラーゲン線維網を再安定化させるために、ヒト組換えデコリンを基質内に入れて拡散させることができる。
【0092】
〔実施例4〕
ネコ科動物モデルの角膜ヒステリシスにおけるアシル化処置の影響
【0093】
「軟化」時か、又は、角膜構造の完全性の不安定化時におけるアシル化の影響を検査するために、ライヘルト眼球応答分析器を用いて、第2の調査が行われた。5匹の被検動物がこの調査で用いられた。各動物の一方の眼は、反対側の眼を対照として処置された。3匹の動物の被検眼については、塩酸プロパラカイン、pH8.3〜8.5のリン酸ナトリウム溶液で希釈された無水酢酸、及び、デコリンによる処置の前後に、ライヘルト眼球応答分析器を用いて、処置眼の角膜ヒステリシスが評価された。2匹の動物の被検眼については、アシル化剤を角膜に投与しなかった。その代わりに、デコリン透過用経路の形成を目的として、角膜上皮を貫通させるために、4mmのトレパン(trephine)が用いられた。角膜ヒステリシスの調査結果は、以下の表2に示されている。
【0094】
【表2】

【0095】
表2に示すように、アシル化処置は、CH値を低下させており、これは、角膜の軟化を示している。この後のヒト組換えデコリンの投与は、CH値を引き上げており、これは、角膜構造の再安定化を示している。トレパンで手術されているが、無水酢酸で処置されていない角膜に、デコリンを投与することにより、CH値がわずかに引き上げられる。これらの結果は、安定化分子(例えば、デコリン)を添加する前に基質コラーゲン線維間の分子リンクを分離させることの重要性を裏付けている。
【0096】
〔例示の方法〕
【0097】
全ての処置用溶液は、その接触を角膜表面の中央部に集中させる投与装置を用いて投与される。角膜表面に溶液を投与するための投与装置の例は、同時係属中で2008年3月24日出願の米国仮出願第61/064,731号「APPARATUS TO IMPROVE LOCALIZED CONCENTRATION OF FLUIDS IN OCULAR ENVIRONMENTS」(Bruce DeWoolfson 及び Michael Luttrell)に記載されており、これの全内容が参照によって本明細書に組み込まれるが、投与装置はこれに限定されない。塩酸プロパラカイン又は同様の麻酔剤の液滴が、5分間より短い期間(例えば、約1〜2分間)、角膜に投与される。この後に、pH7.5〜9.5のややアルカリ性のpHで少量(例えば、約0.1〜1.0mL)の前処置用緩衝液か、又は、溶液に、角膜表面を接触させる。例えば、pH領域を8.0〜9.0とすることができ、また、8.2〜8.7とすることができる。緩衝液のpHは厳密には変化し得るが、緩衝液は、pHの極限値が6.8を下回ることを抑制するのに十分でなければならない。適切な緩衝溶液には、上述の領域内のpHを提供するリン酸ナトリウム及び他の緩衝溶液が含まれる。接触期間は、15秒間〜2分間の範囲内であり、多くの場合、接触時間は、30秒間〜1分間であり得る。前処置用緩衝液又は溶液との接触の後、角膜表面を、アシル化剤に接触させる。例えば、角膜を、まず、無水グルタル酸(GA)か、又は、上皮細胞結合の破壊に有効な同様の無水物、酸塩化物、塩化スルホニル、もしくは、スルホン酸に接触させる。無水グルタル酸は粉状であり、また、角膜に投与される前に前処置用緩衝液に素早く溶解可能でなければならない。粒径を小さくするために、乳鉢と乳棒とを用いて無水グルタル酸粉末を微粉化することが望ましい。これにより、素早い溶解が可能になる。GAは、1mg/mLから10mg/mLまでの範囲内の濃度で溶解される。多くの場合、この濃度は、3mg/mL〜5mg/mLの範囲内であり得る。角膜を、15秒間〜2分間の間、GAに接触させる。多くの場合、接触期間は、30秒間〜1分間である。この後、角膜表面を、更に、短い期間(例えば、30秒間〜1分間)、前処置用緩衝液又は溶液に再接触させる。ここで、第2のアシル化剤が角膜に投与されて、基質コラーゲン線維間のブリッジ又はリンクが分離される。更に、処置用溶液は、その接触を角膜表面の中央部に集中させる投与装置を用いて、投与される。多くの場合、アシル化剤は、無水酢酸(AA)か、又は、角膜膨張をもたらすことのない、他の無水物、酸塩化物、塩化スルホニル、もしくは、スルホン酸である。この処置には、中性電荷を脱プロトン化アミンに与えるアシル化剤が望ましい。前処置用緩衝液又は溶液が投与される直前に、液状のアシル化剤(例えば、無水酢酸)が、希釈される。濃度は、個々のアシル化剤によって異なる。アシル化剤がAAである場合には、濃度は、一般に、0.6mLの前処置用緩衝液又は溶液につき、1〜5μLである。通常、濃度は、0.6mLの前処置用緩衝液又は溶液につき、1〜3μLである。角膜を、2分間より短い期間(通常は、15秒間〜1分間)、AAに接触させる。また、多くの場合、AAとの接触期間は、20秒間〜45秒間である。必要であれば、AA処置は、2回実施され得る。全ての処置用溶液は、その接触を角膜表面の中央部に集中させる投与装置を用いて、投与される。角膜表面に溶液を投与するための投与装置の例は、同時係属中で2008年3月24日出願の米国仮出願第61/064,731号「APPARATUS TO IMPROVE LOCALIZED CONCENTRATION OF FLUIDS IN OCULAR ENVIRONMENTS」(Bruce DeWoolfson 及び Michael Luttrell)に記載されており、これの全内容が参照によって本明細書に組み込まれるが、投与装置はこれに限定されない。AA処置後に、角膜を、滅菌生理食塩水、平衡塩類溶液、又は、他の滅菌生理溶液で全体的にすすぐ。最後に、角膜表面を、安定化剤(又は、再安定化剤)に接触させる。多くの場合、安定化剤は、ヒト組換えデコリンである。ヒト組換えデコリンは、通常、1〜5mg/mLの範囲内の濃度で投与され、大抵、2〜4mg/mLの範囲内の濃度で投与される。角膜を、通常、3分間より短い期間、デコリン溶液に接触させ、大抵、15秒間〜2分間、デコリン溶液に接触させ、多くの場合、30秒間〜1分間、デコリン溶液に接触させる。この後、眼を、滅菌生理食塩水、平衡塩類溶液、又は、他の滅菌生理溶液で洗い流す。これらの処置を用いて、角膜矯正治療後の視力矯正を安定化させ、これにより、近視、遠視、及び、乱視に対する長期的かつ非侵襲的な処置が提供される。
【0098】
従って、本開示は、親水性分子、及び/又は、高分子の基質マトリクス内への拡散を促進するために上皮細胞結合を破壊するという、ユニークで効果的な方法を提供することが理解できる。本開示は、角膜整形後における基質マトリクスの再安定化を可能にするために基質マトリクス内のコラーゲン線維間の分子ブリッジ又はリンクを分離するという、ユニークで効果的な方法も提供する。本開示における、水晶体のコラーゲン線維マトリクスを不安定化させる方法により、潜在患者の老眼をほんの数時間で治療することができ、また、治療後の回復に要する期間を短くすることができる。これらの理由により、本開示は、かなりの商業的価値を有する、当該技術分野での著しい進歩を表すと考えられる。上述の方法は、近視、遠視、及び、乱視を矯正する方法を含む角膜整形術に関係するあらゆる技術と共に、使用される可能性がある。
【0099】
本開示では、本発明を具体化した、ある種の独特な構成が図示及び記載されているが、当業者にとっては、基本的な発明思想の精神及び範囲を逸脱することなく、その一部に様々な改変及び再構成が行われ得ること、及び、特許請求の範囲で示されている範囲を除いて、同等な構成は本開示で図示及び記載された特定の形式に限らないことは、明らかであろう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
角膜の形状を安定化させる方法であって、
前記角膜の上皮結合を破壊する薬剤である破壊剤を前記角膜に投与すること、
基質コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離する薬剤である分離剤を前記角膜に投与すること、及び、
基質コラーゲン線維網を再安定化させる安定化剤を投与して、該安定化剤により前記角膜の形状を安定化させること、
を含む、角膜形状安定化方法。
【請求項2】
前記角膜は角膜矯正治療法を用いて整形された角膜である、請求項1に記載の角膜形状安定化方法。
【請求項3】
前記破壊剤は無水物であり、かつ、前記分離剤は、無水物、酸塩化物、塩化スルホニル、又は、スルホン酸、である、請求項1に記載の角膜形状安定化方法。
【請求項4】
前記破壊剤は、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水グルタル酸、無水シトラコン酸、無水メチルコハク酸、無水イタコン酸、無水メチルグルタル酸、無水ジメチルグルタル酸、又は、無水フタル酸、より選択される、請求項3に記載の角膜形状安定化方法。
【請求項5】
前記分離剤は、無水酢酸、無水酪酸、又は、無水プロピオン酸、より選択される、請求項3に記載の角膜形状安定化方法。
【請求項6】
前記安定化剤は、デコリン、バイグリカン、ケラトカン、ルミカン、ミミカン、フィブロモジュリン、VI型コラーゲン、X型コラーゲン、XII型コラーゲン、又は、XIV型コラーゲン、である、請求項1に記載の角膜形状安定化方法。
【請求項7】
前記安定化剤はヒト組換えデコリンである、請求項6に記載の角膜形状安定化方法。
【請求項8】
眼科用薬剤の供給を促進する方法であって、
前記眼科用薬剤を角膜に投与する前に、前記角膜の上皮結合を破壊する薬剤を前記角膜に投与することを含む、眼科用薬剤供給促進方法。
【請求項9】
前記眼科用薬剤を前記角膜に投与する前に、基質コラーゲン線維間の分子ブリッジを分離する薬剤を前記角膜に投与することを更に含む、請求項8に記載の眼科用薬剤供給促進方法。
【請求項10】
前記角膜の上皮結合を破壊する薬剤は、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水グルタル酸、無水シトラコン酸、無水メチルコハク酸、無水イタコン酸、無水メチルグルタル酸、無水ジメチルグルタル酸、又は、無水フタル酸、より選択される、請求項8に記載の眼科用薬剤供給促進方法。
【請求項11】
前記眼科用薬剤は親水性薬剤である、請求項8に記載の眼科用薬剤供給促進方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2011−515476(P2011−515476A)
【公表日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−501916(P2011−501916)
【出願日】平成21年3月18日(2009.3.18)
【国際出願番号】PCT/US2009/037497
【国際公開番号】WO2009/120549
【国際公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【出願人】(509352244)ユークリッド システムズ コーポレイション (4)
【Fターム(参考)】