説明

角膜内皮障害治療剤(Y−39983)

本発明は、生体内で増殖能に乏しい角膜内皮細胞が傷害された疾患を有効かつ簡便に治療する手段を提供することを目的とする。本発明は、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミド<Y−39983>またはその薬理学的に許容される塩(化合物(Ia))を有効成分として含有してなる角膜内皮障害の治療剤、化合物(Ia)を含有してなる角膜内皮細胞の接着促進剤、前記接着促進剤を含む角膜内皮細胞の培養液、角膜内皮細胞、足場および化合物(Ia)を含む角膜移植用移植物、ならびに前記培養液を用いて角膜内皮細胞を培養する工程を含む、角膜内皮製剤の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角膜内皮障害治療剤に関する。詳細には、本発明の角膜内皮治療剤は、角膜内皮の創傷の治癒または角膜内皮細胞の接着、維持もしくは保存のために用いられるものである。
【背景技術】
【0002】
視覚情報は、眼球の最前面の透明な組織である角膜から取り入れられた光が、網膜に達して網膜の神経細胞を興奮させ、発生した電気信号が視神経を経由して大脳の視覚野に伝達することで認識される。良好な視力を得るためには、角膜が透明であることが必要である。角膜の透明性は、角膜上皮、実質および内皮の3層構造の恒常性が維持されることによって保たれている。中でも角膜内皮細胞は角膜の含水率を一定に保ち、透明性を維持する重要な細胞である。しかし、ヒト角膜内皮細胞は生体内での増殖能に乏しく、疾病および外傷、眼科手術による傷害によって、不可逆性の角膜内皮機能不全を生じる。
【0003】
培養した角膜内皮細胞において、選択的Rhoキナーゼ(ROCK)阻害剤であるY−27632が細胞接着を促進させる効果があることが報告されている(非特許文献1)。また、ウサギ角膜内皮創傷治癒モデルにおいて、10mM Y−27632を点眼することで、角膜内皮の創傷治癒が促進されることが報告されている(非特許文献2)。
【0004】
Rhoキナーゼ阻害剤であるY−27632およびFasudilについては、
1)角膜内皮細胞(ウサギ、サル等)を培養すること、
2)培養したサル角膜内皮細胞において細胞接着を促進すること、
3)培養したサル角膜内皮細胞において細胞周期を促進すること、
4)培養したサル角膜内皮細胞においてアポトーシスを抑制すること、および
5)培養した角膜内皮細胞を、角膜内皮移植が必要な疾患の治療に応用し得ること
のように、in vitroでの作用が報告されている(特許文献1)。特許文献1では、Y−27632およびFasudilのin vivoでの作用について記載されていない。また、Y−27632およびFasudil以外のRhoキナーゼ阻害剤について、角膜内皮細胞に与える影響については検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2009/028631号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Okumura N,et al.,Invest Ophthalmol Vis Sci.2009,50(8)p.3680−7
【非特許文献2】Invest Ophthalmol Vis Sci 2009;50:E−Abstract 1817.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、生体内で増殖能に乏しい角膜内皮細胞が傷害された疾患を有効かつ簡便に治療する手段の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記問題点に鑑み、鋭意検討した結果、Rhoキナーゼ阻害剤の中でも特定の化合物が低用量または低濃度で角膜内皮創傷を治癒可能であることを見出した。また本発明者らは、従来のRhoキナーゼ阻害剤よりも顕著に低い濃度で、当該化合物を点眼による角膜上皮を経由して生体内に投与しても創傷治癒効果を十分に発揮できることを見出し、さらに当該化合物を角膜移植用移植物及び角膜内皮製剤等に利用することにも成功し、本発明を完成するに至った。即ち、本発明は、以下に示す通りである。
【0009】
〔1〕 以下の式(1):
【0010】
【化1】

【0011】
〔式中、Raは、式(2):
【0012】
【化2】

【0013】
(式中、Rは水素、アルキルまたは環上に置換基を有していてもよいシクロアルキル、シクロアルキルアルキル、フェニルもしくはアラルキルを示すか、あるいは式(3):
【0014】
【化3】

【0015】
(式中、Rは水素、アルキルまたは式:−NR(ここで、R,Rは同一または異なって水素、アルキル、アラルキルまたはフェニルを示す。)を示し、Rは水素、アルキル、アラルキル、フェニル、ニトロまたはシアノを示す。または、RとRは結合して環中にさらに酸素原子、硫黄原子または置換基を有していてもよい窒素原子を含有していてもよい複素環を形成する基を示す。)により表される基を示す。
は水素、アルキルまたは環上に置換基を有していてもよいシクロアルキル、シクロアルキルアルキル、フェニルもしくはアラルキルを示す。
または、RとRは結合して隣接する窒素原子とともに環中にさらに酸素原子、硫黄原子または置換基を有していてもよい窒素原子を含んでいてもよい複素環を形成する基を示す。
,Rは同一または異なって水素、アルキル、アラルキル、ハロゲン、ニトロ、アミノ、アルキルアミノ、アシルアミノ、ヒドロキシ、アルコキシ、アラルキルオキシ、シアノ、アシル、メルカプト、アルキルチオ、アラルキルチオ、カルボキシ、アルコキシカルボニル、カルバモイル、アルキルカルバモイルまたはアジドを示す。
Aは式(4):
【0016】
【化4】

【0017】
(式中、R10,R11は同一または異なって水素、アルキル、ハロアルキル、アラルキル、ヒドロキシアルキル、カルボキシまたはアルコキシカルボニルを示す。
または、R10とR11は結合してシクロアルキルを形成する基を示す。l,m,nはそれぞれ0または1〜3の整数を示す。)
により表される基を示す。)
により表される基を示す。
Rbは水素またはアルキルを示す。
Rcは置換基を有していてもよい含窒素複素環を示す。〕
で示される化合物またはその薬理学的に許容される塩(以下、化合物(1)と称する)を有効成分として含有してなる、角膜内皮障害の治療剤。
〔2〕 上記角膜内皮障害が水疱性角膜症または角膜内皮炎である、上記〔1〕に記載の治療剤。
〔3〕 点眼剤である、上記〔1〕または〔2〕に記載の治療剤。
〔4〕 上記化合物(1)が(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミド(以下、化合物(Ia)と称する)である、上記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の治療剤。
〔5〕 化合物(1)を含有してなる、角膜内皮細胞の接着促進剤。
〔6〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔5〕に記載の接着促進剤。
〔7〕 化合物(1)を含有してなる、角膜内皮細胞の培養液。
〔8〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔7〕に記載の培養液。
〔9〕 化合物(1)を含有してなる、角膜保存液。
〔10〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔9〕に記載の角膜保存液。
〔11〕 A)角膜内皮細胞、
B)足場、および
C)化合物(1)
を含む、角膜移植用移植物。
〔12〕 上記角膜内皮細胞がヒト由来である、上記〔11〕に記載の移植物。
〔13〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔11〕または〔12〕に記載の移植物。
〔14〕 化合物(1)を含む培養液を用いて角膜内皮細胞を培養する工程を含む、角膜内皮製剤の製造方法。
〔15〕 上記角膜内皮細胞がヒト由来である、上記〔14〕に記載の製造方法。
〔16〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔14〕または〔15〕に記載の製造方法。
〔17〕 化合物(1)を含有してなる、角膜内皮製剤および/または角膜移植用移植物を提供する工程、および当該角膜内皮製剤および/または角膜移植用移植物を、角膜内皮の移植を必要とする対象に移植する工程を含む、角膜内皮障害の治療方法。
〔18〕 上記角膜内皮細胞がヒト由来である、上記〔17〕に記載の治療方法。
〔19〕 上記角膜内皮障害が水疱性角膜症、角膜浮腫または角膜白斑である、上記〔17〕または〔18〕に記載の治療方法。
〔20〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔17〕〜〔19〕のいずれかに記載の治療方法。
〔21〕 化合物(1)の有効量および角膜内皮細胞を、角膜内皮の創傷の治癒を必要とする対象に投与する工程を含む、角膜内皮障害の治療方法。
〔22〕 上記角膜内皮障害が水疱性角膜症または角膜内皮炎である、上記〔21〕に記載の治療方法。
〔23〕 上記投与工程が点眼投与である、上記〔21〕または〔22〕に記載の治療方法。
〔24〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔21〕〜〔23〕のいずれかに記載の治療方法。
〔25〕 角膜内皮障害の治療剤を製造するための、化合物(1)の使用。
〔26〕 上記治療剤が点眼剤である、上記〔25〕に記載の使用。
〔27〕 角膜内皮細胞の接着促進剤を製造するための、化合物(1)の使用。
〔28〕 角膜内皮細胞の培養液を製造するための、化合物(1)の使用。
〔29〕 角膜移植用移植物を製造するための、
A)角膜内皮細胞、
B)足場、および
C)化合物(1)
の使用。
〔30〕 上記角膜内皮細胞がヒト由来である、上記〔29〕に記載の使用。
〔31〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔25〕〜〔30〕のいずれかに記載の使用。
〔32〕 上記〔14〕〜〔16〕のいずれかに記載の製造方法により得られる角膜内皮製剤。
〔33〕 化合物(1)を含有してなる、眼灌流液。
〔34〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔33〕に記載の眼灌流液。
〔35〕 化合物(1)を含有する、アポトーシス抑制剤。
〔36〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔35〕に記載のアポトーシス抑制剤。
〔37〕 角膜内皮障害を治療するためのキットであって、化合物(1)、角膜内皮細胞及び指示書を備える、キット。
〔38〕 上記角膜内皮細胞が凍結されている、上記〔37〕に記載のキット。
〔39〕 上記化合物(1)が、洗浄液、培養液、または懸濁液に含まれている、上記〔37〕または〔38〕に記載のキット。
〔40〕 化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔37〕〜〔39〕のいずれかに記載のキット。
〔41〕 化合物(1)および角膜内皮細胞を含む、角膜内皮製剤。
〔42〕 上記化合物(1)が化合物(Ia)である、上記〔41〕に記載の角膜内皮製剤。
〔43〕 角膜内皮障害の治療のための化合物(1)。
〔44〕 角膜内皮障害の治療のための化合物(Ia)。
【発明の効果】
【0018】
本発明の角膜内皮障害の治療剤は、化合物(1)、好ましくは化合物(Ia)を有効成分として含有するものである。これにより、角膜内皮細胞が障害された疾患、即ち角膜内皮障害を伴う疾患(例えば、水疱性角膜症、角膜内皮炎等)に対し、有効かつ簡便な治療または予防方法を提供することが可能となる。本発明の角膜内皮障害の治療剤に含まれる化合物(Ia)は、点眼投与をする場合、Y−27632と比べて約1/30〜1/10の低濃度でも薬効を発揮することができる。したがって、点眼投与剤型であっても角膜上皮を経由して角膜内皮に到達して作用が持続することが期待される。本発明の角膜内皮障害の治療剤によると、投与経路の選択肢が広がり、かつ、薬効が持続する優れた治療手段を提供することができる。
【0019】
本発明の角膜内皮細胞の接着促進剤は、角膜内皮障害を伴う疾患の治療または予防における角膜内皮保護剤として有用である。さらに、本発明の角膜内皮細胞の接着促進剤によると、白内障手術および硝子体手術などの内眼手術に伴う角膜内皮障害、眼圧の上昇(特に緑内障発作)によって引き起こされる角膜内皮障害、またはコンタクトレンズ装用による酸素不足によって引き起こされる角膜内皮障害の治療または予防における角膜内皮保護剤として利用可能である。本発明の培養液は、化合物(1)、好ましくは化合物(Ia)を含有するものであることから、角膜内皮細胞を良好に培養、維持または保存することができ、角膜内皮製剤の安定的な供給、維持または保存が可能となる。
【0020】
本発明の角膜移植用移植物は、例えば、角膜内皮シートといった形態を試験管内で作製可能であるとともに、角膜内皮細胞およびその足場とともに角膜移植用移植物として、角膜移植に供することができる。本発明の角膜移植用移植物は、生体の角膜内皮細胞層が備える特徴を備え、移植物の生着率の向上が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、ウサギ角膜内皮創傷モデルにおける角膜内皮創傷部に対する各種化合物の効果を調べたアリザリンレッド染色像である。図1Aは陰性対照(PBS)を、図1Bは10mM Y−27632を、図1Cは10mM Fasudilを、図1Dは0.32mM 化合物(I)を、図1Eは0.95mM 化合物(I)をそれぞれ点眼した結果を示す。
【図2】図2は、ウサギ角膜内皮創傷モデルにおける化合物(I)の点眼効果を示すグラフである。縦軸は、角膜内皮欠損面積を表す。
【図3】図3は、化合物(I)が培養角膜内皮細胞の形態に与える影響(播種1日後)を示す。
【図4】図4は、化合物(I)が培養角膜内皮細胞の形態に与える影響(播種3日後)を示す。
【図5】図5は、化合物(I)が培養角膜内皮細胞の形態に与える影響(播種5日後)を示す。
【図6】図6は、化合物(I)が培養角膜内皮細胞の形態に与える影響(播種7日後)を示す。
【図7】図7は、化合物(I)が培養角膜内皮細胞の形態に与える影響(播種14日後)を示す。
【図8】図8は、薬剤添加後の、角膜内皮細胞の創傷部幅の変化を示す。縦軸は薬剤添加前の創傷部幅に対する添加後の創傷部幅の割合(%)を示す。横軸は添加した薬剤を示す。各群とも、左から0hr(添加前)、6hrs(添加6時間後)、12hrs(添加12時間後)、24hrs(添加24時間後)の創傷部幅の割合を示す。
【図9】図9は、播種から3時間後において、wellに接着している角膜内皮細胞数を示す。縦軸は、コントロール群の細胞数を100とした場合の細胞数の割合(%)を示す。横軸は添加した薬剤を示す。
【図10】図10は、化合物(I)、Y−27632およびDMSOを添加して作製された移植用培養角膜内皮細胞シートにおける48時間後のZO−1およびNa/K ATPaseの免疫染色画像を示す。図10−(A)は、各種薬剤を添加した場合のZO−1の染色を、図10−(B)は、Na/K ATPaseの染色をそれぞれ示す。
【図11】図11は、化合物(I)およびDMSOを添加して作製された移植用培養角膜内皮細胞シートにおける14日後のZO−1およびNa/K ATPaseの免疫染色画像を示す。
【図12】図12は、ウサギ水疱性角膜症モデルに角膜内皮細胞を注入してから14日後の角膜内皮の染色画像である。図12−(A)はPhalloidin染色を、図12−(B)はNa/K ATPaseの免疫染色をそれぞれ示す。
【図13】図13は、ウサギ水疱性角膜症モデルに角膜内皮細胞を注入してから14日後の角膜内皮細胞数を示す。縦軸は細胞数(Cells/mm)を示し、グラフの棒は、左から、コントロール群、100μM Y−27632処置群、10μM 化合物(I)処置群を示す。
【図14】図14は、薬剤添加後の、角膜内皮細胞の創傷部幅の変化を示す。縦軸は薬剤添加前の創傷部幅に対する添加後の創傷部幅の割合(%)を示す。横軸は添加した薬剤を示す。各群とも、左から0hr(添加前)、6hrs(添加6時間後)、12hrs(添加12時間後)、24hrs(添加24時間後)の創傷部幅の割合を示す。
【図15】図15は、化合物(I)またはY−27632が添加された保存液で3週間保管された角膜の、Hoechst、PI、及びAnnexinVによる染色画像を示す。
【図16】図16は、化合物(I)またはY−27632が添加された保存液で2週間保管された角膜における生細胞、死細胞、及びアポトーシス細胞の数を示す。左のグラフは化合物(I)が添加された保存液を用いた場合の結果であり、右のグラフはY−27632が添加された保存液を用いた場合の結果である。いずれのグラフも、縦軸は細胞数を示し、横軸は細胞の同定に用いた染色剤を示す。
【図17】図17は、化合物(I)またはY−27632が添加された保存液で3週間保管された角膜における生細胞、死細胞、及びアポトーシス細胞の数を示す。左のグラフは化合物(I)が添加された保存液を用いた場合の結果であり、右のグラフはY−27632が添加された保存液を用いた場合の結果である。いずれのグラフも、縦軸は細胞数を示し、横軸は細胞の同定に用いた染色剤を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0023】
一つの局面において、本発明は、角膜内皮障害の治療剤を提供する。本発明の角膜内皮障害の治療剤(以下、「本発明の治療剤」と称する場合がある)は、化合物(1)を有効成分として含有するものである。
【0024】
本発明において使用される化合物(1)は、式1:
【0025】
【化5】

【0026】
〔式中、Raは、式(2):
【0027】
【化6】

【0028】
(式中、Rは水素、アルキルまたは環上に置換基を有していてもよいシクロアルキル、シクロアルキルアルキル、フェニルもしくはアラルキルを示すか、あるいは式(3):
【0029】
【化7】

【0030】
(式中、Rは水素、アルキルまたは式:−NR(ここで、R,Rは同一または異なって水素、アルキル、アラルキルまたはフェニルを示す。)を示し、Rは水素、アルキル、アラルキル、フェニル、ニトロまたはシアノを示す。または、RとRは結合して環中にさらに酸素原子、硫黄原子または置換基を有していてもよい窒素原子を含有していてもよい複素環を形成する基を示す。)により表される基を示す。
は水素、アルキルまたは環上に置換基を有していてもよいシクロアルキル、シクロアルキルアルキル、フェニルもしくはアラルキルを示す。
または、RとRは結合して隣接する窒素原子とともに環中にさらに酸素原子、硫黄原子または置換基を有していてもよい窒素原子を含んでいてもよい複素環を形成する基を示す。
,Rは同一または異なって水素、アルキル、アラルキル、ハロゲン、ニトロ、アミノ、アルキルアミノ、アシルアミノ、ヒドロキシ、アルコキシ、アラルキルオキシ、シアノ、アシル、メルカプト、アルキルチオ、アラルキルチオ、カルボキシ、アルコキシカルボニル、カルバモイル、アルキルカルバモイルまたはアジドを示す。
Aは式(4):
【0031】
【化8】

【0032】
(式中、R10,R11は同一または異なって水素、アルキル、ハロアルキル、アラルキル、ヒドロキシアルキル、カルボキシまたはアルコキシカルボニルを示す。
または、R10とR11は結合してシクロアルキルを形成する基を示す。l,m,nはそれぞれ0または1〜3の整数を示す。)
により表される基を示す。)
により表される基を示す。
Rbは水素またはアルキルを示す。
Rcは置換基を有していてもよい含窒素複素環を示す。〕
で示される化合物およびその薬理学的に許容される塩である。
【0033】
本明細書中の各記号の定義は次の通りである。
,Rにおけるアルキルとは炭素数1〜6個の直鎖状または分枝鎖状のアルキルであって、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、第2級ブチル、第3級ブチル、ペンチル、ヘキシルなどが挙げられ、炭素数1〜4個のアルキルが好ましい。
,Rにおけるシクロアルキルとはシクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチルなどの炭素数3〜7個のシクロアルキルを示す。
,Rにおけるシクロアルキルアルキルとはシクロアルキル部が前記炭素数3〜7個のシクロアルキルであり、アルキル部が炭素数1〜6個の直鎖状または分枝鎖状のアルキル(メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシルなど)であるシクロアルキルアルキルであって、シクロプロピルメチル、シクロブチルメチル、シクロペンチルメチル、シクロヘキシルメチル、シクロヘプチルメチル、シクロプロピルエチル、シクロペンチルエチル、シクロヘキシルエチル、シクロヘプチルエチル、シクロプロピルプロピル、シクロペンチルプロピル、シクロヘキシルプロピル、シクロヘプチルプロピル、シクロプロピルブチル、シクロペンチルブチル、シクロヘキシルブチル、シクロヘプチルブチル、シクロプロピルヘキシル、シクロペンチルヘキシル、シクロヘキシルヘキシル、シクロヘプチルヘキシルなどがあげられる。
,Rにおけるアラルキルとは、アルキル部として炭素数1〜4個のアルキルを有するものであって、ベンジル、1−フェニルエチル、2−フェニルエチル、3−フェニルプロピル、4−フェニルブチルなどのフェニルアルキルを示す。
,Rにおける環上に置換基を有していてもよいシクロアルキル、シクロアルキルアルキル、フェニル、アラルキルの置換基とは、ハロゲン(塩素、臭素、フッ素、ヨウ素)、アルキル(R,Rにおけるアルキルと同義)、アルコキシ(炭素数1〜6個の直鎖状もしくは分枝鎖状のアルコキシであって、メトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシ、ブトキシ、イソブトキシ、第2級ブトキシ、第3級ブトキシ、ペンチルオキシ、ヘキシルオキシなどを示す。)、アラルキル(R,Rにおけるアラルキルと同義)、ハロアルキル(R,Rにおいて示したアルキルに1〜5個のハロゲンが置換したものであり、フルオロメチル、ジフルオロメチル、トリフルオロメチル、2,2,2−トリフルオロエチル、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピルなどを示す。)、ニトロ、アミノ、シアノ、アジドなどがあげられる。
とRが結合して隣接する窒素原子とともに環中にさらに酸素原子、硫黄原子または置換基を有していてもよい窒素原子を含んでいてもよい複素環を形成する基としては、5〜6員環、これらの結合環が好適であり、具体的には1−ピロリジニル、ピペリジノ、1−ピペラジニル、モルホリノ、チオモルホリノ、1−イミダゾリル、2,3−ジヒドロチアゾール−3−イル等が例示される。また、置換基を有していてもよい窒素原子における置換基としてはアルキル、アラルキル、ハロアルキルなどがあげられる。ここで、アルキル、アラルキル、ハロアルキルはR,Rにおいて示したものと同義である。
,Rにおけるハロゲン、アルキル、アルコキシ、アラルキルはR,Rにおいて示したものと同義である。
,Rにおけるアシルとは炭素数2〜6個のアルカノイル(アセチル、プロピオニル、ブチリル、バレリル、ピバロイルなど)、ベンゾイル、またはアルカノイル部が炭素数2〜4個のフェニルアルカノイル(フェニルアセチル、フェニルプロピオニル、フェニルブチリルなど)を示す。
,Rにおけるアルキルアミノとは、アルキル部に炭素数1〜6個の直鎖状または分枝鎖状のアルキルを有するアルキルアミノであって、メチルアミノ、エチルアミノ、プロピルアミノ、イソプロピルアミノ、ブチルアミノ、イソブチルアミノ、第2級ブチルアミノ、第3級ブチルアミノ、ペンチルアミノ、ヘキシルアミノなどを示す。
,Rにおけるアシルアミノとは、アシルとして炭素数2〜6個のアルカノイル、ベンジル、またはアルカノイル部が炭素数2〜4個のフェニルアルカノイルなどを有するアシルアミノであって、アセチルアミノ、プロピオニルアミノ、ブチリルアミノ、バレリルアミノ、ピバロイルアミノ、ベンゾイルアミノ、フェニルアセチルアミノ、フェニルプロピオニルアミノ、フェニルブチリルアミノなどを示す。
,Rにおけるアルキルチオとは、アルキル部に炭素数1〜6個の直鎖状または分枝鎖状のアルキルを有するアルキルチオであって、メチルチオ、エチルチオ、プロピルチオ、イソプロピルチオ、ブチルチオ、イソブチルチオ、第2級ブチルチオ、第3級ブチルチオ、ペンチルチオ、ヘキシルチオなどを示す。
,Rにおけるアラルキルオキシとは、そのアルキル部に炭素数1〜4個のアルキルを有するアラルキルを有するものであって、ベンジルオキシ、1−フェニルエチルオキシ、2−フェニルエチルオキシ、3−フェニルプロピルオキシ、4−フェニルブチルオキシなどを示す。
,Rにおけるアラルキルチオとは、そのアルキル部に炭素数1〜4個のアルキルを有するアラルキルを有するものであって、ベンジルチオ、1−フェニルエチルチオ、2−フェニルエチルチオ、3−フェニルプロピルチオ、4−フェニルブチルチオなどを示す。
,Rにおけるアルコキシカルボニルとは、アルコキシ部に炭素数1〜6個の直鎖状もしくは分枝鎖状のアルコキシを有するものであって、メトキシカルボニル、エトキシカルボニル、プロポキシカルボニル、イソプロポキシカルボニル、ブトキシカルボニル、イソブトキシカルボニル、第2級ブトキシカルボニル、第3級ブトキシカルボニル、ペンチルオキシカルボニル、ヘキシルオキシカルボニルなどを示す。
,Rにおけるアルキルカルバモイルとは、炭素数1〜4個のアルキルでモノまたはジ置換されたカルバモイルであって、メチルカルバモイル、ジメチルカルバモイル、エチルカルバモイル、ジエチルカルバモイル、プロピルカルバモイル、ジプロピルカルバモイル、ブチルカルバモイル、ジブチルカルバモイルなどを示す。
RbにおけるアルキルとはR,Rにおけるアルキルと同義である。
Rcにおける含窒素複素環とは、単環の場合、ピリジン、ピリミジン、ピリダジン、トリアジン、ピラゾール、トリアゾールを示し、縮合環の場合、ピロロピリジン(1H−ピロロ〔2,3−b〕ピリジン、1H−ピロロ〔3,2−b〕ピリジン、1H−ピロロ〔3,4−b〕ピリジンなど)、ピラゾロピリジン(1H−ピラゾロ〔3,4−b〕ピリジン、1H−ピラゾロ〔4,3−b〕ピリジンなど)、イミダゾピリジン(1H−イミダゾ〔4,5−b〕ピリジンなど)、ピロロピリミジン(1H−ピロロ〔2,3−d〕ピリミジン、1H−ピロロ〔3,2−d〕ピリミジン、1H−ピロロ〔3,4−d〕ピリミジンなど)、ピラゾロピリミジン(1H−ピラゾロ〔3,4−d〕ピリミジン、ピラゾロ〔1,5−a〕ピリミジン、1H−ピラゾロ〔4,3−d〕ピリミジンなど)、イミダゾピリミジン(イミダゾ〔1,2−a〕ピリミジン、1H−イミダゾ〔4,5−d〕ピリミジンなど)、ピロロトリアジン(ピロロ〔1,2−a〕−1,3,5−トリアジン、ピロロ〔2,1−f〕−1,2,4−トリアジンなど)、ピラゾロトリアジン(ピラゾロ〔1,5−a〕−1,3,5−トリアジンなど)、トリアゾロピリジン(1H−1,2,3−トリアゾロ〔4,5−b〕ピリジンなど)、トリアゾロピリミジン(1,2,4−トリアゾロ〔1,5−a〕ピリミジン、1,2,4−トリアゾロ〔4,3−a〕ピリミジン、1H−1,2,3−トリアゾロ〔4,5−d〕ピリミジンなど)、シンノリン、キナゾリン、キノリン、ピリドピリダジン(ピリド〔2,3−c〕ピリダジンなど)、ピリドピラジン(ピリド〔2,3−b〕ピラジンなど)、ピリドピリミジン(ピリド〔2,3−d〕ピリミジン、ピリド〔3,2−d〕ピリミジンなど)、ピリミドピリミジン(ピリミド〔4,5−d〕ピリミジン、ピリミド〔5,4−d〕ピリミジンなど)、ピラジノピリミジン(ピラジノ〔2,3−d〕ピリミジンなど)、ナフチリジン(1,8−ナフチリジンなど)、テトラゾロピリミジン(テトラゾロ〔1,5−a〕ピリミジンなど)、チエノピリジン(チエノ〔2,3−b〕ピリジンなど)、チエノピリミジン(チエノ〔2,3−d〕ピリミジンなど)、チアゾロピリジン(チアゾロ〔4,5−b〕ピリジン、チアゾロ〔5,4−b〕ピリジンなど)、チアゾロピリミジン(チアゾロ〔4,5−d〕ピリミジン、チアゾロ〔5,4−d〕ピリミジンなど)、オキサゾロピリジン(オキサゾロ〔4,5−b〕ピリジン、オキサゾロ〔5,4−b〕ピリジンなど)、オキサゾロピリミジン(オキサゾロ〔4,5−d〕ピリミジン、オキサゾロ〔5,4−d〕ピリミジンなど)、フロピリジン(フロ〔2,3−b〕ピリジン、フロ〔3,2−b〕ピリジンなど)、フロピリミジン(フロ〔2,3−d〕ピリミジン、フロ〔3,2−d〕ピリミジンなど)、2,3−ジヒドロピロロピリジン(2,3−ジヒドロ−1H−ピロロ〔2,3−b〕ピリジン、2,3−ジヒドロ−1H−ピロロ〔3,2−b〕ピリジンなど)、2,3−ジヒドロピロロピリミジン(2,3−ジヒドロ−1H−ピロロ〔2,3−d〕ピリミジン、2,3−ジヒドロ−1H−ピロロ〔3,2−d〕ピリミジンなど)、5,6,7,8−テトラヒドロピリド〔2,3−d〕ピリミジン、5,6,7,8−テトラヒドロ−1,8−ナフチリジン、5,6,7,8−テトラヒドロキノリンなどがあげられ、これらの環が水素添加されている芳香族環を形成する場合、環中の炭素原子がカルボニルでもよく、たとえば2,3−ジヒドロ−2−オキソピロロピリジン、2,3−ジヒドロ−2,3−ジオキソピロロピリジン、7,8−ジヒドロ−7−オキソ−1,8−ナフチリジン、5,6,7,8−テトラヒドロ−7−オキソ−1,8−ナフチリジンなども含まれる。
また、これらの環はハロゲン、アルキル、アルコキシ、アラルキル、ハロアルキル、ニトロ、アミノ、アルキルアミノ、シアノ、ホルミル、アシル、アミノアルキル、モノまたはジアルキルアミノアルキル、アジド、カルボキシ、アルコキシカルボニル、カルバモイル、アルキルカルバモイル、置換基を有していてもよいヒドラジノなどの置換基によって置換されていてもよい。
ここで、置換基を有していてもよいヒドラジノの置換基としては、アルキル、アラルキル、ニトロ、シアノなどがあげられるが、アルキル、アラルキルはR,Rにおけるアルキル、アラルキルと同義であり、置換基を有していてもよいヒドラジノとしては、たとえばメチルヒドラジノ、エチルヒドラジノ、ベンジルヒドラジノなどが例示される。
におけるアルキルはR,Rにおけるアルキルと同義である。また、R、RにおけるアルキルはR,Rにおけるアルキルと同義であり、R、RにおけるアラルキルはR,Rにおけるアラルキルと同義である。
におけるアルキルはR,Rにおけるアルキルと同義であり、RにおけるアラルキルはR,Rにおけるアルキルと同義である。
とRが結合して環中にさらに酸素原子、硫黄原子または置換基を有していてもよい窒素原子を含有していてもよい複素環を形成する基としては、イミダゾール−2−イル、チアゾール−2−イル、オキサゾール−2−イル、イミダゾリン−2−イル、3,4,5,6−テトラヒドロピリジン−2−イル、3,4,5,6−テトラヒドロピリミジン−2−イル、1,3−オキサゾリン−2−イル、1,3−チアゾリン−2−イルまたはハロゲン、アルキル、アルコキシ、ハロアルキル、ニトロ、アミノ、フェニル、アラルキルなどの置換基を有していてもよいベンゾイミダゾール−2−イル、ベンゾチアゾール−2−イル、ベンゾオキサゾール−2−イルなどがあげられる。ここで、ハロゲン、アルキル、アルコキシ、ハロアルキル、アラルキルとはR,Rにおいて示したものと同義である。
また、上記の置換基を有していてもよい窒素原子における置換基としては、アルキル、アラルキル、ハロアルキルなどがあげられる。ここで、アルキル、アラルキル、ハロアルキルとはR,Rにおいて示したものと同義である。
10、R11におけるヒドロキシアルキルとは、炭素数1〜6個の直鎖状または分枝鎖状のアルキルに1〜3個のヒドロキシが置換したものであり、たとえばヒドロキシメチル、2−ヒドロキシエチル、1−ヒドロキシエチル、3−ヒドロキシプロピル、4−ヒドロキシブチルなどが挙げられる。R10、R11におけるアルキルはR,Rにおけるアルキルと同義であり、R10、R11におけるハロアルキル、アルコキシカルボニルはR,Rにおいて示したものと同義であり、R10、R11におけるアラルキルはR,Rにおけるアラルキルと同義である。R10とR11が結合して形成するシクロアルキルもR,Rにおけるシクロアルキルと同義である。
【0034】
化合物(1)は、好ましくは、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩である。以下、便宜上、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩を化合物(Ia)と称する場合がある。該化合物の塩としては、製薬上許容される酸付加塩が好ましく、その酸とは塩酸、臭化水素酸、硫酸等の無機酸、メタンスルホン酸、フマル酸、マレイン酸、マンデル酸、クエン酸、酒石酸、サリチル酸等の有機酸があげられる。中でも、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミド一塩酸塩(以下、化合物(I)と称する場合がある)が好ましい。
化合物(Ia)は、水和物であってもよく、化合物(Ia)の1水和物、2水和物、1/2水和物、1/3水和物、1/4水和物、2/3水和物、3/2水和物、6/5水和物等も本発明に含まれる。
【0035】
化合物(1)、具体的には、化合物(I)は、例えば、国際公開第95/28387号パンフレットおよび国際公開第2002/083175号パンフレットに記載されている方法により合成することができる。
本発明において用いる化合物(1)、好ましくは化合物(Ia)、特に好ましくは化合物(I)、及びそれらの薬理学的に許容される塩、並びにそれらの水和物を、本発明化合物とも称する。
【0036】
本明細書において「角膜内皮障害」とは、角膜内皮細胞が何らかの原因により、傷つけられた状態または損なわれた状態をいう。この原因としては、例えば、内眼手術、眼圧の上昇、コンタクトレンズ装着などが挙げられる。
本明細書において、「角膜内皮障害の治療」とは、角膜内皮障害の治療のみならず、当該障害の予防をも含む概念である。また、「角膜内皮障害」には「角膜内皮障害を伴う疾患」も含まれることを意味し、当該疾患としては、例えば水疱性角膜症、角膜内皮炎、角膜浮腫、角膜白斑等があげられ、本発明の態様に応じて適宜対象疾患として適用させることができる。
【0037】
角膜内皮細胞は角膜の透明度を維持する役割を担っている。この角膜内皮細胞の密度がある限度を超えて少なくなると角膜にむくみが発生し、角膜の透明性が維持できなくなり、角膜内皮障害が引き起こされる。本発明の治療剤は、角膜内皮細胞の接着を促進し、良好な細胞形態、正常な機能および高い細胞密度を持った角膜内皮細胞層の形成を可能とする。さらに、本発明の治療剤は、角膜内皮細胞に対してアポトーシス抑制作用を有するため、角膜内皮障害を治療または予防することができる。本発明の治療剤は、角膜内皮障害を伴う疾患、例えば、水疱性角膜症、角膜内皮炎を治療または予防することができる。また、本発明の治療剤は、白内障手術および硝子体手術などの内眼手術に伴う角膜内皮障害、眼圧の上昇(特に緑内障発作)によって引き起こされる角膜内皮障害、またはコンタクトレンズ装用による酸素不足によって引き起こされる角膜内皮障害を治療または予防することができる。
【0038】
本発明の治療剤は、眼局所投与に適した剤型であれば特に限定されず、例えば、前房内注射液、眼灌流液または点眼液等の形態が挙げられるが、本発明ではこれらのうち眼灌流液または点眼液が好ましく、投与の容易さの観点から点眼剤がより好ましい。これらは当該分野で汎用されている通常の技術を用い、調製することができる。前房内注射液または眼灌流液の形態で眼局所投与した場合、本発明化合物と角膜内皮細胞とが生体内で接触し、角膜内皮の創傷の治癒が促進される。点眼剤の場合は、本発明化合物が角膜上皮から実質を経由して角膜内皮細胞に到達するとともに、一部は房水に移行して房水側から角膜内皮細胞に接触し、角膜内皮の創傷の治癒が促進される。
【0039】
本発明の治療剤は、安定剤(例えば、亜硫酸水素ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、アスコルビン酸、ジブチルヒドロキシトルエンなど)、溶解補助剤(例えば、グリセリン、プロピレングリコール、マクロゴール、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリソルベート80など)、懸濁化剤(例えば、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウムなど)、乳化剤(例えば、ポリビニルピロリドン、大豆レシチン、卵黄レシチン、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリソルベート80など)、緩衝剤(例えば、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス緩衝液、グルタミン酸、イプシロンアミノカプロン酸など)、粘稠剤(例えば、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースなどの水溶性セルロース誘導体、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸ナトリウム、カルボキシビニルポリマー、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、マクロゴールなど)、保存剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、グルコン酸クロルヘキシジン、クロロブタノール、ベンジルアルコール、デヒドロ酢酸ナトリウム、パラオキシ安息香酸エステル類、エデト酸ナトリウム、ホウ酸など)、等張化剤(例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、グリセリン、マンニトール、ソルビトール、ホウ酸、ブドウ糖、プロピレングリコールなど)、pH調整剤(例えば、塩酸、水酸化ナトリウム、リン酸、酢酸など)、清涼化剤(例えば、l−メントール、d−カンフル、d−ボルネオール、ハッカ油など)などを添加剤として加えることができる。これら添加剤の添加量は、添加剤の種類、用途などによって異なるが、添加剤の目的を達成し得る濃度を添加すればよい。
【0040】
本発明の治療剤における有効成分の量は、使用する本発明化合物の種類によっても異なるが、化合物(Ia)または化合物(I)の場合、通常、約0.00001〜1w/v%、好ましくは、約0.00001〜0.1w/v%、より好ましくは約0.0001〜0.05w/v%、約0.001〜0.05w/v%、約0.002〜0.05w/v%、約0.003〜0.05w/v%、約0.004〜0.05w/v%、約0.005〜0.05w/v%、約0.006〜0.05w/v%、約0.007〜0.05w/v%、約0.008〜0.05w/v%、約0.009〜0.05w/v%、約0.01〜0.05w/v%、約0.02〜0.05w/v%、約0.03〜0.05w/v%、約0.04〜0.05w/v%、約0.003〜0.04w/v%、約0.004〜0.04w/v%、約0.005〜0.04w/v%、約0.006〜0.04w/v%、約0.007〜0.04w/v%、約0.008〜0.04w/v%、約0.009〜0.04w/v%、約0.01〜0.04w/v%、約0.02〜0.04w/v%、約0.03〜0.04w/v%、約0.003〜0.03w/v%、約0.004〜0.03w/v%、約0.005〜0.03w/v%、約0.006〜0.03w/v%、約0.007〜0.03w/v%、約0.008〜0.03w/v%、約0.009〜0.03w/v%、約0.01〜0.03w/v%、約0.02〜0.03w/v%、約0.003〜0.02w/v%、約0.004〜0.02w/v%、約0.005〜0.02w/v%、約0.006〜0.02w/v%、約0.007〜0.02w/v%、約0.008〜0.02w/v%、約0.009〜0.02w/v%、約0.01〜0.02w/v%、約0.003〜0.01w/v%、約0.004〜0.01w/v%、約0.005〜0.01w/v%、約0.006〜0.01w/v%、約0.007〜0.01w/v%、約0.008〜0.01w/v%、約0.009〜0.01w/v%である。投与量、投与回数は、症状、年齢、体重、投与形態により異なるが、通常成人に対し、例えば点眼剤として使用する場合には、有効成分を約0.0001〜0.1w/v%、好ましくは約0.003〜0.03w/v%含有する製剤を、1日あたり1〜10回、好ましくは1〜6回、より好ましくは1〜3回、1回当たり約0.01〜0.1mL投与することができる。本発明の治療剤を前房内に注入する場合には、上記濃度の10分の1〜1000分の1の濃度のものが使用され得る。本発明の治療剤において、当業者は疾患の状態によって、本発明化合物の濃度を適宜選択することができる。
【0041】
本発明の治療剤の投与対象は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル等)があげられる。
【0042】
本明細書において「角膜内皮細胞の接着促進」とは、角膜内皮細胞の接着を促すことをいう。角膜内皮細胞の接着促進としては、例えば、角膜内皮の細胞同士の接着促進、角膜内皮細胞とデスメ膜との接着促進、および角膜内皮細胞と培養基材または足場との接着促進があげられる。
【0043】
本明細書において「接着促進剤」とは、接着を促す作用を有する薬剤をいう。本発明の角膜内皮細胞の接着促進剤(以下、「本発明の接着促進剤」と省略する場合がある)は、哺乳動物由来の角膜組織から分離された角膜内皮細胞または分離され継代した角膜内皮細胞同士、角膜内皮細胞とデスメ膜、および角膜内皮細胞と培養基材または足場の接着促進作用を有する。この場合、哺乳動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サルなどが挙げられる。本発明の接着促進剤は、特に培養および継代が困難とされるヒト由来の角膜内皮細胞の接着促進作用に優れていることから、ヒト由来の角膜内皮細胞を対象にすることが好ましい。
【0044】
本発明の接着促進剤は、角膜内皮障害を伴う疾患の治療または予防における角膜内皮保護剤として用いることができる。角膜内皮障害を伴う疾患としては、水疱性角膜症、角膜内皮炎等があげられる。また本発明の接着促進剤は、白内障手術および硝子体手術などの内眼手術に伴う角膜内皮障害、眼圧の上昇(特に緑内障発作)によって引き起こされる角膜内皮障害、またはコンタクトレンズ装用による酸素不足によって引き起こされる角膜内皮障害の治療または予防における角膜内皮保護剤として用いることもできる。本発明の接着促進剤は、特に限定されないが、上記治療剤と同様の添加剤(安定剤、溶解補助剤、懸濁化剤等)を加えることができ、その有効成分としての本発明化合物の含有量、投与量、投与対象等も上記治療剤と同様にすることができる。
【0045】
本発明の接着促進剤はまた、角膜内皮細胞を試験管内で培養する場合に、培養液に添加することもできる。本発明化合物を当該培養液に添加して培養を続けることにより、本発明化合物と角膜内皮細胞とが接触し、角膜内皮細胞同士、角膜内皮細胞とデスメ膜、および角膜内皮細胞と培養基材または足場の接着が促進される。本発明の接着促進剤を培養液に添加する場合、培養液に含有される本発明化合物の濃度等は後述する本発明の培養液と同様にすることができるが、特にこれに限定されない。
【0046】
他の局面において、本発明は、本発明化合物を含有する角膜内皮細胞の培養液を提供する。本発明の培養液に含まれる本発明化合物は、前記した通りである。
【0047】
本発明の培養液には、角膜内皮細胞の培養に通常用いられる培地(例えば、Dulbecco’s Modified Eagle Medium(DMEM:インビトロジェン社)、血清(例えば、ウシ胎仔血清(FBS))、成長因子(例えば、basic−fibroblast growth factor(b-FGF))、抗生物質(例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン)などを含むことができるが、これらに限定されない。
【0048】
本発明の培養液において、本発明化合物の濃度は、使用する化合物の種類によっても異なるが、化合物(Ia)または化合物(I)の場合、通常、約0.001〜100μM、好ましくは、約0.01〜75μM、約0.05〜50μM、約1〜10μM、約0.01〜10μM、約0.05〜10μM、約0.075〜10μM、約0.1〜10μM、約0.5〜10μM、約0.75〜10μM、約1.0〜10μM、約1.25〜10μM、約1.5〜10μM、約1.75〜10μM、約2.0〜10μM、約2.5〜10μM、約3.0〜10μM、約4.0〜10μM、約5.0〜10μM、約6.0〜10μM、約7.0〜10μM、約8.0〜10μM、約9.0〜10μM、約0.01〜5.0μM、約0.05〜5.0μM、約0.075〜5.0μM、約0.1〜5.0μM、約0.5〜5.0μM、約0.75〜5.0μM、約1.0〜5.0μM、約1.25〜5.0μM、約1.5〜5.0μM、約1.75〜5.0μM、約2.0〜5.0μM、約2.5〜5.0μM、約3.0〜5.0μM、約4.0〜5.0μM、約0.01〜3.0μM、約0.05〜3.0μM、約0.075〜3.0μM、約0.1〜3.0μM、約0.5〜3.0μM、約0.75〜3.0μM、約1.0〜3.0μM、約1.25〜3.0μM、約1.5〜3.0μM、約1.75〜3.0μM、約2.0〜3.0μM、約0.01〜1.0μM、約0.05〜1.0μM、約0.075〜1.0μM、約0.1〜1.0μM、約0.5〜1.0μM、約0.75〜1.0μM、約0.09〜3.5μM、約0.09〜3.2μMであり、より好ましくは、約0.05〜1.0μM、約0.075〜1.0μM、約0.1〜1.0μM、約0.5〜1.0μM、約0.75〜1.0μMである。
【0049】
本発明の培養液は、角膜内皮細胞の接着を亢進することによって細胞の脱落を防止し、良好な細胞形態、正常な機能および高い細胞密度を持った角膜内皮細胞層の形成を可能とするため、後述する本発明の角膜内皮製剤の製造方法に好適に用いられる。また、本発明の培養液は、角膜内皮細胞を維持するためにも用いられる。
【0050】
他の局面において、本発明は、本発明化合物を含有する角膜保存液を提供する。本発明の角膜保存液に含まれる本発明化合物は、前記した通りである。本明細書において角膜保存液とは、ドナーから摘出した角膜片を、レシピエントに移植するまでの期間において保存するための液剤である。
【0051】
本発明の角膜保存液としては、角膜移植時に通常用いられる保存液(角膜保存液(Optisol GS:登録商標)、眼球保存液(EPII:登録商標))、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などに本発明化合物を含有させたものがあげられる。
【0052】
本発明の角膜保存液において、本発明化合物の濃度は、使用する化合物の種類によっても異なるが、化合物(Ia)または化合物(I)の場合、通常、約0.001〜100μM、好ましくは、約0.01〜75μM、約0.05〜50μM、約1〜10μM、約0.01〜10μM、約0.05〜10μM、約0.075〜10μM、約0.1〜10μM、約0.5〜10μM、約0.75〜10μM、約1.0〜10μM、約1.25〜10μM、約1.5〜10μM、約1.75〜10μM、約2.0〜10μM、約2.5〜10μM、約3.0〜10μM、約4.0〜10μM、約5.0〜10μM、約6.0〜10μM、約7.0〜10μM、約8.0〜10μM、約9.0〜10μM、約0.01〜5.0μM、約0.05〜5.0μM、約0.075〜5.0μM、約0.1〜5.0μM、約0.5〜5.0μM、約0.75〜5.0μM、約1.0〜5.0μM、約1.25〜5.0μM、約1.5〜5.0μM、約1.75〜5.0μM、約2.0〜5.0μM、約2.5〜5.0μM、約3.0〜5.0μM、約4.0〜5.0μM、約0.01〜3.0μM、約0.05〜3.0μM、約0.075〜3.0μM、約0.1〜3.0μM、約0.5〜3.0μM、約0.75〜3.0μM、約1.0〜3.0μM、約1.25〜3.0μM、約1.5〜3.0μM、約1.75〜3.0μM、約2.0〜3.0μM、約0.01〜1.0μM、約0.05〜1.0μM、約0.075〜1.0μM、約0.1〜1.0μM、約0.5〜1.0μM、約0.75〜1.0μM、約0.09〜3.5μM、約0.09〜3.2μMであり、より好ましくは、約0.05〜1.0μM、約0.075〜1.0μM、約0.1〜1.0μM、約0.5〜1.0μM、約0.75〜1.0μMである。
【0053】
本発明の角膜保存液は、角膜内皮細胞の接着を亢進することによって細胞の脱落を防止し、良好な細胞形態、正常な機能および高い細胞密度を持った角膜内皮細胞層の形成を可能とするため、臓器移植などに用いられる角膜の保存液として用いられる。本発明の角膜保存液は、保存中の角膜内皮細胞の細胞死及びアポトーシスを抑える効果を奏する。また、本発明の角膜保存液は、角膜内皮細胞を凍結保存するための保存液としても用いられる。凍結保存のためには、本発明の角膜保存液にグリセロール、ジメチルスルホキシド、プロピレングリコール、アセトアミド等をさらに添加してもよい。
【0054】
一つの局面において、本発明は、本発明化合物および角膜内皮細胞を含む角膜内皮製剤を提供する。本明細書において「角膜内皮製剤」とは、角膜内皮障害の状態を、予防、軽減または消失させるものをいう。
【0055】
本発明の角膜内皮製剤は、角膜内皮細胞と本発明化合物とを含んだ状態でありさえすれば、角膜内皮に障害のある疾患を治療することができる。理論に束縛されないが、本発明化合物と角膜内皮細胞とが生体内で接触すれば、角膜内皮細胞のデスメ膜への接着が促進されるからである。また、本発明化合物が存在することにより、移植中に脱落した細胞のデスメ膜への再接着が促され、かつ細胞のアポトーシスが抑制されるので、角膜内皮細胞の創傷の治癒が促進されると考えられる。本発明の角膜内皮製剤のように、簡便でかつ早期に治療効果を発揮するものはこれまで存在しておらず、本発明によって初めて提供されるものである。
【0056】
一つの実施形態において、本発明の角膜内皮製剤に含まれる角膜内皮細胞は、本発明化合物を含有する培養液中で培養されたものであってもよいし、本発明化合物を含まない培養液中で培養されたものであってもよい。他の実施形態において、本発明の角膜内皮製剤は、本発明化合物と角膜内皮細胞とが投与直前に混合されてもよいし、これらの混合物として保存されたものであってもよい。別の実施形態において、本発明の角膜内皮製剤は、角膜内皮細胞を維持するために、本発明の培養液または角膜保存液あるいはその両方を含んでいてもよい。別の実施形態において、本発明の角膜内皮製剤は、角膜内皮細胞を懸濁するための懸濁液を含んでいてもよい。上記のとおり、本発明化合物と角膜内皮細胞とが治療の目的部位に存在し、それらが接触さえすれば、角膜内皮の創傷の治癒を促すからである。
【0057】
好ましい実施形態において、本発明の角膜内皮製剤は、本発明化合物として、化合物(Ia)((R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩)を含み得る。
【0058】
本発明の角膜内皮製剤は、角膜内皮障害を伴う疾患、例えば水疱性角膜症、角膜内皮炎、角膜浮腫、角膜白斑、特に、角膜ジストロフィー、外傷または内眼手術に起因する角膜内皮障害によって生じる水疱性角膜症の治療に用いることができる。また、本発明の角膜内皮製剤は、角膜内皮に障害のある疾患を有する患者の前房内に、例えば注入などによって、直接投与することができる。
本発明の角膜内皮製剤において使用される本発明化合物および角膜内皮細胞等は、上記の本発明の治療剤における任意の形態が使用され得る。また、本発明の角膜内皮製剤に含有される本発明化合物の量も、例えば、上記治療剤と同様の含有量とすることができるが、これに限定されず、角膜内皮製剤の実施態様に応じて適宜設定することができる。
【0059】
他の局面において、本発明は、本発明化合物を含む培養液を用いて角膜内皮細胞を培養する工程を含む、角膜内皮製剤の製造方法、およびこの製造方法により得られた角膜内皮製剤を提供する。本発明の製造方法および角膜内皮製剤において使用される本発明化合物、角膜内皮細胞等は、上記の任意の形態が使用され得る。
【0060】
一つの実施形態において、本発明の製造方法は、本発明の培養液を用いて角膜内皮細胞を培養する工程を含み、例えば以下の方法により実施され得る。
<1>角膜内皮細胞の採取および試験管内での培養
角膜内皮細胞はレシピエント自身または適当なドナーの角膜から常法で採取される。本発明における移植条件を考慮すれば、同種由来の角膜内皮細胞を準備すればよい。例えば、デスメ膜をインタクトな角膜内皮細胞と共に剥離した後、コラゲナーゼなどで処理する。角膜内皮細胞を単離した後、本発明の培養液中で角膜内皮細胞を培養する。培養液としては例えば市販のDulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM)にFBS(ウシ胎仔血清)、basic−fibroblast growth factor(b−FGF)、およびペニシリン、ストレプトマイシンなどの抗生物質を適宜添加し、さらに本発明化合物、好ましくは化合物(Ia)を添加したものを使用することができる。培養容器(培養皿)にはその表面にI型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニンまたはウシ角膜内皮細胞の細胞外マトリックスなどをコーティングしてあるものを使用することが好ましい。あるいは、通常の培養容器をFNC coating mix(登録商標)等の市販のコーティング剤で処理したものを用いてもよい。かかるコーティングと本発明の培養液とを併用することにより、角膜内皮細胞の培養容器表面への接着が促され、良好な増殖が行われるからである。
【0061】
角膜内皮細胞を培養する際の温度条件は、角膜内皮細胞が生育する限りにおいて特に限定されないが、例えば約25〜約45℃、増殖効率を考慮すれば好ましくは約30〜約40℃、さらに好ましくは約37℃である。培養方法は、通常の細胞培養用インキュベーター内で、加湿下、約5〜10%のCO濃度の環境下で行われる。
【0062】
<2>継代培養
培養に供された角膜内皮細胞が増殖した後に継代培養を行うことができる。好ましくはサブコンフルエントないしコンフルエントになった時点で継代培養を行う。継代培養は次のように行うことができる。まずtrypsin−EDTA等で細胞を処理し、細胞を回収する。回収した細胞に本発明の培養液を加えて細胞浮遊液とする。細胞を回収する際、あるいは回収後に遠心処理を行うことが好ましい。かかる遠心処理によって細胞密度の高い細胞浮遊液を調製することができる。この細胞浮遊液の細胞密度は、例えば、約1〜2×10個/mLである。尚、ここでの遠心処理の条件としては、例えば、500rpm(×30g)〜1000rpm(×70g)、1〜10分を挙げることができる。
【0063】
細胞浮遊液は上記の初期培養と同様に培養容器に播種され、培養に供される。継代時の希釈倍率は細胞の状態によっても異なるが、約1:2〜1:4、好ましくは約1:3である。継代培養は上記の初期培養と同様の培養条件で行うことができる。培養時間は使用する細胞の状態などによっても異なるが、例えば7〜30日間である。以上の継代培養は必要に応じて複数回行うことができる。本発明の培養液を用いれば、培養初期の細胞接着を亢進させることにより、培養期間の短縮が可能となる。
以上のようにして培養を行うことにより、角膜内皮細胞および本発明化合物(好ましくは、化合物(Ia))を含む角膜内皮製剤が得られる。
【0064】
別の局面において、本発明は、角膜内皮障害を治療するためのキットを提供する。当該キットは、本発明化合物、角膜内皮細胞及び指示書を備える。
一つの実施形態において、本発明のキットに含まれる本発明化合物は、例えば、角膜内皮細胞を洗浄するための洗浄液、角膜内皮細胞を培養するための培養液、角膜内皮細胞を懸濁するための懸濁液などに含まれた状態であってもよいし、固体(例えば、粉末)の状態であってもよい。本発明化合物と角膜内皮細胞とが治療の目的部位に存在し、それらが接触さえすれば、角膜内皮の創傷の治癒を促すからである。好ましい実施形態において、本発明化合物は、化合物(Ia)((R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩)であり得る。また、別の実施形態において、本発明のキットに含まれる角膜内皮細胞は凍結された状態でもよい。本発明のキットにおいて使用される本発明化合物および角膜内皮細胞等は、上記の本発明の治療剤および角膜内皮製剤等における任意の形態が使用され得る。
【0065】
他の局面において、本発明は、A)角膜内皮細胞、B)足場およびC)本発明化合物、好ましくは化合物(Ia)((R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩)を含む、角膜移植用移植物を提供する。
本明細書において「角膜移植用移植物」とは、角膜に移入される本発明の組織片、細胞、組成物、医薬などを意味する。
【0066】
本明細書において「足場」とは、細胞を支持するための材料を意味する。足場は、一定の強度、生体適合性を有する。本明細書中で使用される場合、足場は、生物学的物質または天然から供給される物質、天然に存在する物質または合成で供給される物質から製造される。特に言及する場合、足場は、有機体(例えば、組織、細胞)以外の物質(非細胞物質)から形成され得る。本発明の移植物において使用される足場としては、培養角膜内皮細胞層を担持し、移植後少なくとも3日間は生体内でもその形状を維持しうるものであれば特に限定されるものではない。また、この足場は、角膜内皮細胞を試験管内で培養する場合の足場としての役割を有するものであってもよく、培養後の角膜内皮細胞層を担持させる役割のみを有するものであってもよい。好ましくは、この足場は、角膜内皮細胞の培養に用いられ、培養完了後にそのまま移植に供することが可能な足場としての役割を有するものである。本発明においては、足場と基材とは互換的に用いられ得る。
【0067】
前記足場または基材としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、セルロース等の天然物由来の高分子材料、ポリスチレン、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)等の合成高分子材料、ポリ乳酸、ポリグリコール酸等の生分解性高分子材料、ハイドロキシアパタイト、羊膜などがあげられるが、これらに限定されない。
【0068】
前記足場または基材の形状は、角膜内皮細胞層を担持し、移植に適する形状であれば特に限定されるものではないが、シート状であることが好ましい。本発明の角膜移植用移植物がシート状の場合、移植時に適用部位に合わせた大きさに切断して用いることができる。また、シートを小さく丸めた後、創口から挿入することも可能である。好ましい具体例として、異常な角膜内皮の面積の約8割を覆う円形の形状が例示される。また、適用部位に密着可能なように、前記円形の周辺部に切り込みを入れることも好ましい。
【0069】
好ましい態様において、前記足場または基材はコラーゲンである。コラーゲンとしては、特開2004−24852号公報に記載のコラーゲンシートが好適に使用できる。かかるコラーゲンシートは、特開2004−24852号公報に記載の方法に従って、例えば羊膜から調製することができる。
【0070】
上記角膜内皮細胞層は、以下の特徴を少なくとも1つ備えるものであることが好ましい。より好ましくは、以下の特徴を2つ以上、さらにより好ましくは全て備えるものである。
(1)細胞層が単層構造である。これは生体の角膜内皮細胞層が備える生理学的な特徴の一つである。
(2)細胞層における細胞密度が、約1,000〜約4,000細胞/mmである。特に、成人をレシピエント(移植者)とする場合には、約2,000〜約3,000細胞/mmであることが好ましい。
(3)細胞層を構成する細胞形状が六角格子状である。これは生体における角膜内皮細胞層を構成する細胞が備える生理学的な特徴の一つである。この六角形という細胞形態を呈することにより、本発明の製剤は、生体内でも、生来の角膜内皮細胞層と同様の生理学的機能を発揮することができる。
(4)細胞層において細胞が敷石状の単層細胞層を形成している。生理的にも角膜内皮細胞は規則正しく整列している。これによって角膜内皮細胞の正常な機能と高い透明性が維持され、また角膜の水分調整機能が適切に発揮されると考えられている。したがって、このような形態的な特徴を備えることにより、本発明の角膜移植用移植物は、生体における角膜内皮細胞層と同様の機能を発揮することが期待される。本発明の角膜移植用移植物は、化合物(Ia)を含むので、移植後の角膜内皮細胞を良好に保持することができる。
【0071】
角膜内皮細胞層の調製
角膜内皮細胞の細胞浮遊液は、上記角膜内皮製剤の<1>角膜内皮細胞の採取および試験管内での培養および<2>継代培養に従うことにより調製することができる。細胞浮遊液は、コラーゲンシート等の基材上に播種され、培養に供される。この際、最終的に製造される角膜内皮製剤において所望の細胞密度の細胞層が形成されるように播種する細胞数が調整される。具体的には細胞密度が約1,000〜約4,000細胞/mmの細胞層が形成されるように細胞を播種する。培養は上記の初期培養などと同様の条件で行うことができる。培養時間は使用する細胞の状態などによっても異なるが、例えば3〜30日間である。当該角膜内皮細胞層は、培養液または細胞浮遊液等に、本発明化合物、好ましくは化合物(Ia)((R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩)を添加することにより、より短期間に、かつ良好な形態および機能を維持した状態で調製することが可能となる。
【0072】
以上のようにして培養を行うことにより、基材上に培養した角膜内皮細胞層が形成された角膜移植用移植物が作製できる。
【0073】
本発明において、角膜移植用移植物は、角膜内皮細胞を維持するために、本発明の培養液を含んでいてもよい。また、角膜移植用移植物は、移植に供されるまで、本発明の角膜保存液を含んでいてもよい。本発明の角膜移植用移植物は、本発明の培養液および保存液の両方を含んでいてもよい。一つの実施形態において、本発明の角膜移植用移植物は、さらに、角膜内皮細胞を洗浄するための洗浄液、角膜内皮細胞を培養するための培養液、および角膜内皮細胞を懸濁するための懸濁液から選択される少なくとも一つを含んでいてもよい。上記のとおり、本発明化合物と角膜内皮細胞とが治療の目的部位に存在し、それらが接触さえすれば、角膜内皮の創傷の治癒を促すからである。
【0074】
本発明の角膜移植用移植物は、角膜内皮の移植が必要な疾患、例えば水疱性角膜症、角膜浮腫、角膜白斑、特に、角膜ジストロフィー、外傷または内眼手術に起因する角膜内皮障害によって生じる水疱性角膜症の治療における移植片として用いることができる。
本発明の角膜移植用移植物において使用される本発明化合物および角膜内皮細胞等は、上記の本発明の治療剤および角膜内皮製剤等における任意の形態が使用され得る。
【0075】
他の局面において、本発明は、本発明化合物を含有してなる、角膜内皮製剤および/または角膜移植用移植物を提供する工程、および当該角膜内皮製剤および/または角膜移植用移植物を、角膜内皮の移植を必要とする対象に移植する工程を含む、角膜内皮障害の治療方法を提供する。好ましい実施形態において、本発明化合物は、化合物(Ia)((R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩)であり得る。本発明の治療方法において使用される角膜内皮製剤および角膜移植用移植物は、上述の角膜内皮製剤および角膜移植用移植物の任意の形態が使用され得る。本発明の治療方法は、角膜内皮障害、例えば、水疱性角膜症、角膜浮腫、角膜白斑などの治療に有用である。
【0076】
本発明の角膜内皮製剤の投与(移植)対象は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル等)があげられるが、ヒトが好ましい。
移植工程においては、同種移植が好ましく、移植対象の動物と同種由来の角膜内皮細胞に由来する角膜内皮製剤を準備することが好ましい。ヒトを対象とする場合は、ヒト由来の血液型およびHLA型が同型のドナー由来の角膜内皮製剤が好ましく、自家移植がより好ましい。
【0077】
別の局面において、本発明は、本発明化合物を含有するアポトーシス抑制剤を提供する。ここで、本発明化合物は、好ましくは、化合物(Ia)((R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩)であり得る。本発明のアポトーシス抑制剤において使用される本発明化合物は、上記の本発明の治療剤における任意の形態が使用され得る。
本発明のアポトーシス抑制剤は、アポトーシスの発生又は進行を抑制し得る効果を有しており、アポトーシスの異常亢進に起因するか、或いは結果としてそのような状態を生じる疾患又は病態の治療及び予防に有用である。アポトーシスの異常亢進に関連する疾患としては、例えば、ウイルス感染症、内分泌疾患、血液疾患、臓器形成不全、移植臓器拒絶、移植片対宿主病、免疫不全、神経変性疾患、虚血性心疾患、放射線障害、紫外線障害、中毒性疾患、栄養障害、炎症性疾患、虚血性神経障害、血管系疾患、呼吸器系疾患、軟骨疾患等があげられる。本発明のアポトーシス抑制剤は、特に、細胞のアポトーシス抑制によって角膜内皮細胞の創傷治癒を促進させ得ることから、角膜内皮障害の治療及び予防に有用である。また、本発明のアポトーシス抑制剤は、特に限定されないが、上記治療剤と同様の添加剤(安定剤、溶解補助剤、懸濁化剤等)を加えることができ、その有効成分としての本発明化合物の含有量、投与量、投与対象等も上記治療剤と同様にすることができる。
【実施例】
【0078】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されない。実験動物の使用にあたっては、動物を用いる生物医学研究に関する原則(International Guiding Principles for Biomedical Research involving Animals)ならびに、動物の愛護および管理に関する法律、実験動物の飼養および保管等に関する基準に従った。また、本実験はGuidelines of the Association for Research in Vision and Ophthalmology on the Use of Animals in Ophthalmic and Vision Researchに従って行った。
【0079】
調製例 被験物質の調製例
各濃度の被験物質の組成を以下に示す。
被験物質
化合物(I) 0.003、0.01、0.03、
0.05または0.1g
(脱塩酸体としての含量)
塩化ナトリウム 0.85g
リン酸二水素ナトリウム二水和物 0.1g
塩化ベンザルコニウム塩化物 0.005g
水酸化ナトリウム 適量
精製水 適量
全量100ml(pH 7.0)

基剤
塩化ナトリウム 0.85g
リン酸二水素ナトリウム二水和物 0.1g
塩化ベンザルコニウム塩化物 0.005g
水酸化ナトリウム 適量
精製水 適量
全量100ml(pH 7.0)
【0080】
実施例1 ウサギ角膜内皮創傷モデルにおける化合物(I)の効果
1.被験物質および対照物質
被験物質として、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミド一塩酸塩(化合物(I))を用いた。化合物(I)は、国際公開第95/28387号パンフレットおよび国際公開第2002/083175号パンフレットに記載の方法に準じて製造した。
本実施例では、0.95mM(0.03w/v%)化合物(I)点眼液およびこれを上記基剤で希釈した0.32mM(0.01w/v%)化合物(I)点眼液を用いた。
陽性対照物質としてY−27632二塩酸塩(和光純薬株式会社、Cat.# 253−00513)、塩酸ファスジル水和物注射液(エリル(登録商標)点滴静注液、旭化成ファーマ)を購入し、これらをリン酸緩衝生理食塩液(PBS、Invitrogen、Cat#14190)を用いて、Y−27632およびFasudilをそれぞれ10mMに調製した。また、PBSを陰性対照物質として用いた。
【0081】
2.動物
雄性日本白色種ウサギ(体重2.5〜3.0kg)21匹を(株)バイオテックより購入して使用した。動物は温度23±3℃、湿度55±10%、12時間照明(08:00 点灯、20:00 消灯)に設定された飼育室内で1ケージあたり1匹収容して飼育した。それぞれの動物には固型飼料(ラボR ストック;日本農産工業)を1日に100gずつ与え、水道水を自由に摂取させた。
【0082】
3.動物の瞬膜切除
試験開始前に、動物の両眼の瞬膜を切除した。すなわち、各動物を保定缶内に保定した後、局所麻酔点眼液(ベノキシール点眼液0.4%、参天製薬)を点眼して眼表面の局所麻酔を施し、ついで、瞬膜の根部を鉗子で30秒間圧迫した後、圧迫痕上を剪刀で切断した。瞬膜の切除後に感染予防の目的で抗生物質の眼軟膏(タリビッド眼軟膏、参天製薬)を点入した。瞬膜切除の4日後に切除部位を含む外眼部に異常がないことを確認した動物を使用した。
【0083】
4.動物の群分け
各動物の右眼の角膜厚を超音波角膜厚測定装置(DGH Technologies Inc.社製DGH−500)にて測定し、各群の角膜厚が偏らないように4群に群分けを行った。各群に使用した動物の内訳を以下に示す。
10mM Y−27632群 =5眼
0.32mM 化合物(I)群 =5眼
0.95mM 化合物(I)群 =6眼
10mM Fasudil群 =5眼
PBS群 =21眼(左眼)
【0084】
5.角膜内皮創傷の作製
動物に対し、体重1kg当たりケタラール筋注用500mg(第一三共)0.6mlとセラクタール2%注射液(バイエル)0.25mlを筋肉内投与して全身麻酔を施し、ついで、ベノキシール点眼液0.4%(参天製薬)を1滴点眼した後、開瞼器を用いて開瞼した。
液体窒素で冷却した直径7mmのステンレスプローブを、21匹の動物に対して眼球角膜中央部に15秒間接着させ、前房内に氷塊を作製し、角膜内皮細胞を脱落させ、角膜内皮創傷を作製した。
【0085】
6.点眼投与
点眼投与は、創傷作製後、右眼に化合物(I)点眼液、Y−27632点眼液またはFasudil点眼液を、左眼にPBSを1日6回(創傷作製当日は4回)、1回50μLで行った。1日の投与間隔は2時間とした。
【0086】
7.角膜の採取および創傷部面積の測定
創傷作製46時間後に、5% ペントバルビタールナトリウム溶液(ペントバルビタール(ナカライテスク、Cat.#26427−14)を生理食塩水で溶解させたもの)を耳介静脈から過剰投与し、ウサギを安楽死させ、角膜を採取した。採取した角膜の角膜内皮細胞を0.5%アリザリンレッドS溶液(ナカライテスク、Cat.#01303−52)で染色した後、光学顕微鏡(Olympus、BX51)にて創傷部位の染色像を撮影した。創傷部位の測定には画像解析ソフトImageJ(NIH、ver.1.41o)を用い、アリザリンレッド染色された創傷領域外周をマニュアル操作でプロットした後、プロットにより囲まれた領域面積を創傷面積として算出した。創傷面積はDunnett法(両側)により統計解析(エクセル統計2008 for Windows、株式会社社会情報サービス、バージョン1.10)を行い、P値が0.05未満を統計学的有意とした。
【0087】
結果および考察
創傷作製46時間後の角膜内皮創傷部のアリザリン染色像を図1に、角膜内皮の創傷面積を図2に示した。PBS点眼投与では未修復の創傷部面積が2.3mmであったのに対し、0.95mM 化合物(I)点眼投与群では、0.4mmと最も小さい値を示しており、PBS点眼投与群に比べて、統計学的に有意な創傷面積の減少が認められた。また、0.32mM 化合物(I)点眼投与群では、PBS点眼投与群に比較して、創傷面積は1.1mmと小さく、10mM Y−27632点眼投与群の1.1mmと同程度であった。一方、10mM Fasudil点眼投与群では1.7mmとY−27632よりも未修復面積は広かった。
上記の結果より、化合物(I)は、Y−27632より低濃度で角膜内皮の創傷面積を小さくすることが示され、創傷治癒を促進している可能性が示唆された。
【0088】
実施例2 ウサギ角膜内皮創傷モデルにおける高濃度の化合物(I)投与の効果
角膜内皮脱落ウサギモデルにて、0.05w/v%(1.58mM)化合物(I)を点眼(点眼投与;1日6回、2日間)し、その効果を確認することができる。
【0089】
実施例3 ウサギ角膜内皮細胞の調製
福崎養兔組合より雄性日本白色種ウサギ眼球組織(採取対象体重約2.5kg)を購入し使用した。眼球は20個使用した。入手したウサギ眼球組織より角膜組織を採取し、デスメ膜をインタクトな角膜内皮細胞と共に剥離した。分離したデスメ膜を2.5mg/mLのコラゲナーゼA(Roche、Cat.#1088793)とともに37℃、5%COの条件下で2時間インキュベートした。その後、遠心分離(1000rpm(×70g)3分間)により細胞を回収した。回収した細胞を培養液(DMEM(インビトロジェン、Cat.#12320−032)、10% FBS、2ng/mL bFGF(インビトロジェン、Cat.#13256−029)、1% ペニシリン・ストレプトマイシン(インビトロジェン、Cat.#15070−063))で希釈し、1wellあたり2眼分の密度で、FNC coating mix(Athena ES、Cat.#0407)でコートした6ウェルプレート(コーニング、Cat.#3516)へ播種し、37℃でコンフルエントまで培養した。
【0090】
実施例4 培養角膜内皮細胞の形態への効果
本実施例では、化合物(I)、Y−27632二塩酸塩(和光純薬株式会社、Cat.# 253−00513)、Fasudil(SIGMA−ALDRICH、Cat.#H139)をDMSO(ナカライテスク、Cat.#13406−55)に溶解し、さらに培養液で希釈した被験物質および対照物質を使用した。
実施例3で調製したウサギ角膜内皮細胞をリン酸緩衝生理食塩液(PBS、Invitrogen、Cat#14190)で2回洗浄した後、PBS 4mlを加え、37℃で10分間インキュベートした。PBSを除去し、0.05%トリプシン/EDTA(インビトロジェン、Cat.#25300−054)を加え、37℃で約5分間インキュベートした。そこへ培養液(DMEM(インビトロジェン、Cat.#12320−032)、10% FBS、2ng/mL bFGF(インビトロジェン、Cat.#13256−029)、1% ペニシリン・ストレプトマイシン(インビトロジェン、Cat.#15070−063))を10ml加え、細胞をチューブに回収し、遠心分離(1000rpm(×70g)3分間)により細胞を回収した。回収した細胞を培養液約3〜4mlで希釈した。
希釈したウサギ角膜内皮細胞に、各薬剤を、最終濃度0.09、0.32、0.95、3.16および9.47μM 化合物(I)、10μM Y−27632、10μM Fasudilになるようにそれぞれ添加した。これらの細胞を24ウェルプレート(コーニング、Cat.#3526)に、1ウェルあたり1mlずつ1:8の分割比となるように播種した。コントロールとして、0.04% DMSO/培養液を添加した。添加の1、3、5、7、および14日後に顕微鏡で写真撮影を行った。その結果を図3〜7に示す。
播種14日後までの観察では、コントロール群では細胞の大小不同や細胞間接着の形成が不十分であった。0.32、0.95および3.16μM 化合物(I)添加群では、継代後も角膜内皮細胞の形態を保持し、播種14日後までに細胞間接着が形成され、単層の細胞層を形成していた。
10μM Y−27632およびFasudilは、0.32、0.95および3.16μM 化合物(I)と同様の結果であった。
化合物(I)は、Y−27632およびFasudilよりも低濃度で、角膜内皮細胞の形態を保持することが可能と考えられる。
【0091】
実施例5 培養角膜内皮細胞での創傷治癒モデルでの検討
本実施例では、実施例4と同様の方法により調製したウサギ角膜内皮細胞を使用した。
また、本実施例では、実施例4と同様の方法により調製した被験物質および対照物質を使用した。
回収したウサギ角膜内皮細胞を、培養液(DMEM(インビトロジェン、Cat.#12320−032)、10% FBS、2ng/mL bFGF(インビトロジェン、Cat.#13256−029)、1% ペニシリン・ストレプトマイシン(インビトロジェン、Cat.#15070−063))約4mlで希釈し、6ウェルプレート(コーニング、Cat.#3516)に、1ウェルあたり2mlずつ1:4の分割比になるように播種した。細胞がコンフルエントになるまで、37℃、5%COの条件下でインキュベートした。コンフルエントになった細胞に1000μLチップ(Molecular BioProducts社、2279)を用いて傷を作製した。次いで、各薬剤を、最終濃度が0.09、0.32、0.95、3.16および9.47μM 化合物(I)、10μM Y−27632、10μM Fasudilとなるように培養液に添加した。コントロールとして、DMSOを最終濃度が0.04%になるように添加した。
各薬剤を添加した6時間後、12時間後、および24時間後に傷の幅を経時的に写真撮影を行い、画像解析により傷の幅を評価した。その結果を図8に示す。
化合物(I)の添加群では、添加の24時間後に低濃度(0.09〜3.16μM)で、Dunnett’s test法により有意に創傷部幅が減少した(図8)。9.47μMではコントロール群との間に統計学的有意差は認められなかった。student’s t−test法によると、0.95μM 化合物(I)において、添加の早い時期から創傷治癒効果を示した。
化合物(I)は、Y−27632およびFasudilよりも低濃度(0.09〜3.16μM)で創傷治癒効果を示すと考えられる。以上より、化合物(I)はin vitro角膜内皮創傷治癒モデルにおいても創傷治癒を促進した。
【0092】
実施例6 培養角膜内皮細胞の培養皿への接着効果
本実施例では、実施例4と同様の方法により調製したウサギ角膜内皮細胞を使用した。
また、本実施例では、実施例4と同様の方法により調製した被験物質および対照物質を使用した。
回収したウサギ角膜内皮細胞を希釈し、培養液(DMEM(インビトロジェン、Cat.#12320−032)、10% FBS、2ng/mL bFGF(インビトロジェン、Cat.#13256−029)、1% ペニシリン・ストレプトマイシン(インビトロジェン、Cat.#15070−063))約4mlを該細胞に添加した。次いで、各薬剤を、最終濃度0.09、0.32、0.95、3.16および9.47μMの化合物(I)、10μM Y−27632、10μM Fasudilになるように培養液に添加した。コントロールとして、DMSOを最終濃度が0.04%になるように添加した。
これらの細胞を96ウェルプレート(コーニング、Cat.#3595)に、1000細胞/ウェルとなるように播種した。播種3時間後に、浮遊している細胞を除去し、接着している細胞数をCellTiter−Glo(登録商標)Luminescent Cell Viability Assay(promega Cat.#G7572)を用いて計測した。
その結果を図9に示す。すべての化合物(I)添加群は、in vitroにおいて接着細胞数が増加していた。0.32μM化合物(I)での接着細胞数は、10μM Y−27632とほぼ同程度であった。化合物(I)は、0.32μM以上の濃度では接着細胞数はプラトーに達していた。
【0093】
実施例4〜6のまとめ
化合物(I)は、培養条件下での角膜内皮細胞の接着、形態および創傷治癒において、特に、0.32、0.95および3.16μMで効果を示した。そのうち、創傷治癒モデルでは、0.95μM 化合物(I)で添加後早期から創傷治癒効果を示した。
以上より、化合物(I)は、Y−27632およびFasudilと比較して、より低濃度で角膜内皮細胞の形態を維持し、接着を促進し、そして創傷を治療する効果を有するといえる。
【0094】
実施例7 移植用培養角膜内皮細胞シートの作製
本実施例では、実施例4と同様の方法により調製したウサギ角膜内皮細胞を使用した。
また、本実施例では、実施例4と同様の方法により調製した被験物質および対照物質を使用した。
ウサギ角膜内皮細胞を、1:1の分割比でVitrigelTM(旭硝子)上へ播種し、移植用培養角膜内皮細胞シートを作製した。該角膜内皮細胞シートの作製時には0.95μM 化合物(I)、10μM Y−27632又は0.04% DMSOを添加し、得られた角膜内皮細胞シートについて角膜内皮細胞の機能タンパクであるZO−1およびNa/K ATPaseの蛍光免疫細胞染色を行い、発現を確認した。
角膜内皮細胞シートを、95%エタノール(−30℃)で10分間固定し、PBS洗浄の後、0.5% TritonX−100/PBSで5分間処理した。その後、1% BSA/PBSで1時間処理し、抗ZO−1抗体(インビトロジェン、Cat.#339100)または抗Na/K ATPase抗体(ミリポア、Cat.#C464.6)で一晩処理した。PBS洗浄後、Alexa−488標識2次抗体で1時間処理した。PBS洗浄後、DAPI含有の封入剤(Vectasheild(登録商標))をシートに滴下し、カバーガラスで封入した。蛍光顕微鏡で写真を撮影し、ZO−1およびNa/K ATPaseの発現を確認した。この免疫細胞染色は、播種をしてから48時間後及び14日後に行った(図10および図11)。
【0095】
製剤例1
化合物(I)を含有する角膜内皮シート調製用培養液
本実施例では、常法により以下に示す培養液を調製し、使用した。
化合物(I) 0.5mg
FBS 10mL
ペニシリン−ストレプトマイシン溶液 1mL
FGF basic 200ng
DMEM 適量
全量 100mL
FBSはインビトロジェン製、ペニシリン−ストレプトマイシン溶液はインビトロジェン製(ペニシリン 5000U/mL,ストレプトマイシン 5000μg/mL含有)、FGF basicはインビトロジェン製、化合物(I)は田辺三菱製薬製、DMEMはインビトロジェン製を用いた。
【0096】
播種48時間後の結果として、角膜内皮のバリア機能の指標であるZO−1が細胞間で発現されることがわかった。ZO−1の発現は、化合物(I)およびY−27632を添加したものでは一様に細胞間に見られた。しかし、DMSOを添加したもの(コントロール群)では一部の細胞塊でしか確認できなかった(図10−(A))。また、角膜内皮ポンプ機能の指標であるNa/K ATPaseは、細胞間に局在していた。Na/K ATPaseの発現についても、化合物(I)およびY−27632を添加したものでは一様に細胞間に見られたが、コントロール群では一部の細胞塊でしか確認できなかった(図10−(B))。
以上の結果より、播種をしてから48時間後のコントロール群では細胞間接着が十分に形成されないことがわかった。一方、Y−27632処置群では細胞間接着が形成され、接着部位に機能タンパク質であるZO−1およびNa/K ATPaseの発現は確認できた。ただし、Y−27632処置群では、一部細胞に覆われていない部分があり、移植用培養角膜内皮細胞シートとしては不十分であった。
これに対して、化合物(I)処置群では、形成された細胞間接着の接着部位にZO−1およびNa/K ATPaseの発現が確認され、シートの全面に細胞が接着していたことから、移植用培養角膜内皮細胞シートとして十分に使用可能であると考えられた。従って、化合物(I)を培養液に添加すると、添加の48時間には移植用培養角膜内皮細胞シートの作製が可能であることがわかった。以上より、化合物(I)を用いると、移植に適した移植用培養角膜内皮細胞シートが早期に作製できることが実証された。
【0097】
実施例8 ウサギ水疱性角膜症モデルに対する化合物(I)を用いたウサギ角膜内皮細胞注入療法の効果
(1)ウサギ水疱性角膜症モデルの作製
雄性日本白色種ウサギ((株)バイオテック)8匹に対して下記のように瞬膜切除術を行った。各動物を保定缶内に保定した後、局所麻酔点眼液(ベノキシール点眼液0.4%、参天製薬)を点眼して眼表面の局所麻酔を施し、ついで、瞬膜の根部を鉗子で30秒間圧迫した後、圧迫痕上を剪刀で切断した。瞬膜の切除後に、感染予防の目的で抗生物質の眼軟膏(タリビッド眼軟膏、参天製薬)を点入した。
瞬膜切除の3日後に、左眼の水晶体乳化吸引術(PEA)を行った。全身麻酔下にて、角膜輪部に3mmの切開創を作製して、白内障手術装置(NIDEK社)にて水晶体の切除を行い、ナイロン糸(マニー社)にて切開創を縫合した。水晶体乳化吸引術(PEA)後には、感染予防の目的で抗生物質の点眼液(クラビット点眼薬、参天製薬)を点入した。PEAから5日後、動物に対し、体重1kg当たりケタラール筋注用500mg(第一三共)0.6mlおよびセラクタール2%注射液(バイエル)0.25mlを筋肉内投与して全身麻酔を施した。ついで、ベノキシール点眼液0.4%(参天製薬)を1滴点眼した後、開瞼器を用いて開瞼した。その後、角膜輪部に1mmの切開創を作製して、シリコン製手術器具にて角膜内皮細胞を掻爬して機械的に剥離した。トレパンブルー染色にて剥離範囲を確認した。
(2)ウサギ水疱性角膜症モデルへの角膜内皮細胞の注入
角膜内皮細胞を機械的に掻爬した後、継代培養したウサギ角膜内皮細胞を培養皿より0.05%tripsin−EDTA(インビトロジェン、Cat.#25300−054)により回収して細胞懸濁液を作製した。細胞は、Dulbecco’s modified Eagle’s medium(DMEM)(インビトロジェン、12320−032)を用い、10μM 化合物(I)/DMEM、100μM Y−27632/DMEM、及びDMEMの3群に培養ウサギ角膜内皮細胞をそれぞれ1.0×10細胞/mlなるように懸濁した。作製したウサギ水疱性角膜症モデルの角膜輪部より22ゲージ針にて、各群の細胞懸濁液を200μl(1眼あたり2.0×105細胞)前房内に注入して角膜内皮面が上、角膜上皮面が下となるようにウサギを3時間うつむき固定した。うつむき固定は動物愛護にも十分配慮しながら適宜麻酔薬の追加を行い実施した。
細胞注入から14日後に処置眼を摘出し、摘出した眼球から強角膜片を作製した。得られた強角膜片を4% パラホルムアルデヒド/PBSで10分間固定し、1% BSA(SIGMA,Cat.#A7906−50G)を含むPBS(インビトロジェン、Cat.#14190−144)で一晩ブロッキングを行った。その後、強角膜片を2分割し、アクチンを染色するAlexa−488標識phalloidin(インビトロジェン、Cat.#A12379)、または角膜内皮マーカーである抗Na/K ATPase抗体(UP State、Cat.#05−369)を2時間処理した。抗Na/K ATPase抗体処理群には、さらにAlexa−488標識2次抗体(インビトロジェン、Cat.#A−21202)を1時間処理した。その後、Vectasheild(登録商標)−DAPI(Vector Laboratories,Cat.#H−1200)溶液中に浸漬させ、カバーガラスで封入した。この標本を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。その染色画像を図12に示す。
そして、DAPIによって染色された核数を角膜内皮細胞数とし、DAPI染色画像をImage−Pro plus(Media Cybernetics,Inc.)を用いて解析し、角膜内皮細胞数を測定した。その結果を図13に示す。
【0098】
Phalloidin染色の結果より、DMEMのみを処置したコントロール群では、注入した培養角膜内皮細胞が線維化を起こしているが、10μM 化合物(I)を処置した群では、100μM Y−27632を処置した群と同様に細胞の線維化が抑制されていることがわかった(図12−(A))。また、Na/K ATPaseについては、コントロール群と比較して、10μM 化合物(I)処置群および100μM Y−27632処置群に発現が見られた(図12−(B))。そして、角膜内皮細胞数を測定したところ、コントロール群に対して、10μM 化合物(I)処置群および100μM Y−27632処置群の方が細胞数が多い傾向にあり、10μM 化合物(I)処置群の方が100μM Y−27632処置群よりも細胞数が多かった(図13)。
以上の結果より、10μM 化合物(I)が、最も角膜内皮細胞の培養効果が高く、角膜内皮細胞注入療法に最も適していると考えられる。
【0099】
実施例9 化合物(I)のin vitroウサギ角膜内皮細胞への創傷治癒効果
本実施例では、実施例4と同様の方法により調製した被験物質および対照物質を使用した。
(1)ウサギ角膜内皮細胞の調製
フナコシ株式会社から購入したウサギ眼球10眼より強角膜片を採取した。強角膜片を、1% ペニシリン・ストレプトマイシン(インビトロジェン、Cat.#15140−122)を含むDMEM(インビトロジェン、Cat. #12320−032)中に浸漬させ、37℃で1時間インキュベートした。デスメ膜をインタクトな角膜内皮細胞と共に剥離し、2mg/mL Collagenase A(ロシュ、Cat.#1088793)を含む培養液(DMEM、10% FBS、2ng/mL bFGF(インビトロジェン、Cat.#13256−029)、1% ペニシリン・ストレプトマイシン)に浸漬させ、37℃で2時間インキュベートした。細胞を遠心回収し、培養液で洗浄した後、FNC coating mix(Athena ES、Cat.#0407)でコートしたT25フラスコ(コーニング、Cat.#430639)に播種した。37℃の5%COインキュベーターにそのフラスコを静置し、2〜3日ごとに培地交換を行い、コンフルエントになるまで培養した。コンフルエントになった細胞を回収し、FNC coating mixでコートした6ウェルプレート(ファルコン、Cat.#3046)2枚に播種し、コンフルエントになるまで培養した。
(2)in vitro創傷治癒モデルの作製
調製したウサギ角膜内皮細胞を回収し、1:4の分割比で6ウェルプレートに播種し、上記(1)と同じ培養液でコンフルエントになるまで培養した。コンフルエントになった細胞に、1000μLチップを用いて直線状の傷を1ウェルにつき6箇所作製した。
(3)薬剤の添加および創傷治癒効果の評価
直線状の傷を作製した後、培養液を交換して、0.95μM、1.58μMおよび3.16μM 化合物(I)、10μM Y−27632ならびに0.04% DMSOの各薬剤を添加した。なお、化合物(I)およびY−27632は事前にDMSOに溶解させており、いずれもDMSO濃度が0.04%となるように調製した。
添加をしてから0、6、12、24時間後に傷の幅を経時的に写真撮影し、Image−Pro plus(Media Cybernetics,Inc.)を用いて傷の幅を計測した。薬剤を添加してから0時間後の創傷幅を100%として、各時間における創傷幅の割合を算出し、創傷幅の経時的変化の評価を行った。各時点における創傷幅の割合をDunnett法に従い統計学的解析を行った。その結果を図14に示す。
【0100】
その結果、低濃度(0.95μM)の化合物(I)は、薬剤を添加してから6時間後にはコントロールとの間に統計学的有意差が見られており、創傷治癒効果が高いことが示された。また、24時間後にもコントロールとの間に統計学的有意差が見られており、このとき、初めてY−27632にもコントロールとの差が見られた。
したがって、化合物(I)は、Y−27632よりも低濃度(0.95〜1.58μM)で創傷治癒促進効果を示すと考えられる。なお、1.58μM 化合物(I)でも有意な効果は認められたが、0.95μM 化合物(I)よりはその効果は弱かった。そのため、in vitro創傷治癒モデルにおいて、化合物(I)が最も効果を示す濃度は0.95μM程度であると考えられる。
【0101】
実施例10 角膜保存液に添加した化合物(I)の細胞死抑制効果
本実施例では、実施例4と同様の方法により調製した被験物質および対照物質を使用した。
5匹の雄性日本白色種ウサギ((株)バイオテック)から左右両方の眼球を摘出し、強角膜片を作製した。一方の強角膜片を保存液Optisol−GS(登録商標)(ボシュ・ロム)(コントロール)に入れ、他方の強角膜片を、0.95μM 化合物(I)を含むOptisol−GSに入れた。また別の5匹の雄性日本白色種ウサギから同様に強角膜片を作製し、一方の強角膜片をOptisol−GS(コントロール)に入れ、他方の強角膜片を、10μM Y−27632を含むOptisol−GSに入れた。
それぞれの強角膜片を含むサンプルを4℃にて保管し、2週間後及び3週間後に強角膜片をHoechst(ヘキスト33342、Sigma Cat.#B2261)、PI(propidium iodide、Sigma、Cat.#P4170)、及びAnnexinV(AnnexinV−FITC,MBL,Cat.#4700−100)で染色し、それぞれ生細胞、死細胞、及びアポトーシス細胞の分別を行った。3週間後の各種サンプルにおける強角膜片の染色画像を図15に示す。また、染色した角膜についてImageJ(ver.1.44i,NIH,http://imagej.nih.gov/ij)を用いて各種細胞数を測定し、5視野分の平均値と標準偏差を求めた。各種細胞数については、Student’s t−testに従い統計学的解析を行った。2週間後の結果を図16に示し、3週間後の結果を図17に示す。
【0102】
その結果、2週間後では、化合物(I)を含む保存液においてコントロールよりも死細胞の数が有意に減少することが示された。また3週間後の結果では、化合物(I)を含む保存液を用いた場合、死細胞及びアポトーシス細胞の両方の細胞の数がコントロールに対して有意に減少することが示された。これに対してY−27632を含む保存液を用いた場合は、死細胞の数のみが有意に減少していた。
以上の結果より、化合物(I)を保存液に添加することにより、従来の保存液よりも有意に細胞死及びアポトーシスを抑制できることが示された。さらに、化合物(I)はY−27632よりも低濃度で効果を示すことが示された。
【0103】
本出願は、日本で出願された特願2009−299180(出願日:2009年12月29日)及びPCT国際出願PCT/JP2010/071424(出願日:2010年11月24日)を基礎としておりそれらの内容は本明細書に全て包含されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有してなる、角膜内皮障害の治療剤。
【請求項2】
点眼剤である、請求項1に記載の治療剤。
【請求項3】
(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩を含有してなる、角膜内皮細胞の接着促進剤。
【請求項4】
請求項3に記載の接着促進剤を含む、角膜内皮細胞の培養液。
【請求項5】
A)角膜内皮細胞、
B)足場、および
C)(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩
を含む、角膜移植用移植物。
【請求項6】
角膜内皮細胞がヒト由来である、請求項5に記載の移植物。
【請求項7】
(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩を含む培養液を用いて角膜内皮細胞を培養する工程を含む、角膜内皮製剤の製造方法。
【請求項8】
角膜内皮細胞がヒト由来である、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩を含有してなる、角膜内皮製剤および/または角膜移植用移植物を提供する工程、および
当該角膜内皮製剤および/または角膜移植用移植物を、角膜内皮の移植を必要とする対象に移植する工程
を含む、角膜内皮障害の治療方法。
【請求項10】
角膜内皮細胞がヒト由来である、請求項9に記載の治療方法。
【請求項11】
(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩の有効量を、角膜内皮の創傷の治癒を必要とする対象に投与する工程を含む、角膜内皮障害の治療方法。
【請求項12】
投与工程が点眼投与である、請求項11に記載の治療方法。
【請求項13】
角膜内皮障害の治療剤を製造するための、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩の使用。
【請求項14】
治療剤が点眼剤である、請求項13に記載の使用。
【請求項15】
角膜内皮細胞の接着促進剤を製造するための、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩の使用。
【請求項16】
角膜内皮細胞の培養液を製造するための、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩の使用。
【請求項17】
角膜移植用移植物を製造するための、
A)角膜内皮細胞、
B)足場、および
C)(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドまたはその薬理学的に許容される塩
の使用。
【請求項18】
角膜内皮細胞がヒト由来である、請求項17に記載の使用。
【請求項19】
請求項7または8に記載の製造方法により得られる角膜内皮製剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公表番号】特表2013−515676(P2013−515676A)
【公表日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−530000(P2012−530000)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【国際出願番号】PCT/JP2010/073904
【国際公開番号】WO2011/081221
【国際公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【出願人】(000199175)千寿製薬株式会社 (46)
【出願人】(000002956)田辺三菱製薬株式会社 (225)
【Fターム(参考)】