説明

角膜実質細胞株

【課題】角膜の生理学的・生化学的研究や角膜炎などの眼疾患の予防および治療薬の開発のための研究手段として有用であり、また、角膜再生のため、生体中への移植が可能な角膜実質細胞株を提供すること。
【解決手段】本発明は外因性不死化遺伝子を発現し得る角膜実質細胞株、及びその製造方法を提供する。本発明の角膜実質細胞株は、十分な細胞数を得ることができ、また一定の継続した増殖能を有することから、角膜炎等の眼疾患の病因解明、該眼疾患の予防または/および治療薬の開発に有利に利用できる。さらに、該細胞株は角膜の生化学的・生理学的研究、さらに細胞の分化機構の研究に非常に有用なばかりでなく、人工角膜実質の生体材料として利用できる可能性がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角膜実質細胞株およびその製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜は、眼球の最表層部に位置する厚さ約500μmの透明な組織で、眼屈折系の一部としてレンズの役割を果たしている。その構造は5層からなり、角膜は、表層より上皮細胞、Bowman膜、実質、Descemet膜及び内皮細胞により構成されている。このうち角膜実質は、角膜全体の90%以上を占め、規則正しい配列をしたコラーゲン線維束が板状に重なり合い、その間に角膜実質細胞(keratocyte)が網目状に存在するという形態をとっている。角膜は、正常では無血管組織であり、透明性を保っているが、病的な状態(例えば、角膜炎、角膜硬化、角膜変性症等)となると、角膜に混濁、血管侵入等が生じ、視力の低下を引き起こす。特にサイトカイン等による角膜における細胞外マトリクスのリモデリングは、これらの病態を解析し、該疾患の治療薬を開発するための非常に重要なターゲットである。
【0003】
角膜実質細胞は、角膜実質内に存在する扁平な細胞であり、それぞれの細胞は突起を有し、隣接する角膜実質細胞とその突起を介して接触し、網目状の構造を呈する。角膜実質細胞は、コラーゲン等の多様な角膜構成成分を産生する一方で、種々の分解酵素(マトリクスメタロプロテイナーゼ等)を産生することにより、角膜における細胞外マトリクスのリモデリングに深く関与していると考えられる。そこで、角膜実質細胞をインビトロで培養し、その機能を解析することが、種々の角膜疾患の病態を解明し、該疾患の治療薬の開発を進める上で重要である。
【0004】
しかしながら、角膜実質細胞は、その増殖能が非常に低く、実質的に長期的な培養が不可能であるか、培養できたとしてもその増殖は極めて困難である。また、新生仔から得られる角膜実質細胞は、比較的培養が容易ではあるが、その増殖能には制限があり、また、長期継代では、細胞の巨大化や変性が起こる可能性もある。そこで、角膜実質細胞としての本来の機能を維持したまま、長期の継代が可能な角膜実質細胞株の開発が望まれる。
【0005】
一方、不死化遺伝子として知られるシミアン・ウイルス40(SV40)の大型T抗原遺伝子をヒト水晶体上皮細胞に導入することにより、ヒト水晶体上皮細胞株が作製された[特開平10-52272:特許文献1、Andley U.P. ら, Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 35: 3094-3102 (1994):非特許文献1]。また、パピローマウイルスのE6及びE7遺伝子を導入することにより不死化細胞株を作製したことが報告されている[J. Virol., vol.65, p.473-478 (1991):非特許文献2]。しかし、これまでに、角膜実質細胞を株化したという報告はない。
【0006】
【特許文献1】特開平10-52272号公報
【非特許文献1】Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 35: 3094-3102 (1994)
【非特許文献2】J. Virol., vol.65, p.473-478 (1991)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明の目的は、角膜の生理学的・生化学的研究や角膜炎などの眼疾患の予防および治療薬の開発のための研究手段として有用であり、また、角膜再生のため、生体中への移植が可能な角膜実質細胞株を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、不死化遺伝子を機能的に組み込んだレトロウイルスベクターでヒト角膜実質細胞を感染させることによって、角膜実質細胞にインビトロでの無限増殖能を付与し、半永久的に継代培養可能なクローナルなヒト角膜実質細胞株を樹立することに成功して本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]外因性不死化遺伝子を発現し得る角膜実質細胞株。
[2]外因性不死化遺伝子がヒトパピローマウイルスE6及びE7をコードするものである、[1]記載の細胞株。
[3]ヒト由来である、[1]記載の細胞株。
[4]下記(1)〜(6)の性質を有する、[1]記載の細胞株:
(1)増殖速度の低下がみられない;
(2)細胞の巨大化・変性が実質的にみられない;
(3)コラーゲンタイプ1-9、12及び13を発現している;
(4)PDGF-BBの刺激によりHAS1及びHAS2の発現が上昇する;
(5)IL-1βの刺激によりHAS3及びMMP3の発現が上昇する;及び
(6)ステロイドホルモン処理によりHAS2の発現が低下する。
[5](1)〜(6)の性質が10継代以上維持される、[4]記載の細胞株。
[6]角膜実質細胞に、外因性不死化遺伝子を機能的に担持する発現ベクターをトランスフェクトし、該細胞を培地中で継代培養することによって樹立される、[1]記載の細胞株。
[7]角膜実質細胞に、外因性不死化遺伝子を機能的に担持する発現ベクターをトランスフェクトし、該細胞を培地中で継代培養することを含む、角膜実質細胞株の製造方法。
[8]外因性不死化遺伝子がヒトパピローマウイルスE6及びE7をコードするものである、[7]記載の製造方法。
【0010】
本発明の角膜実質細胞株は、十分な細胞数を得ることができ、また一定の継続した増殖能を有することから、角膜炎等の眼疾患の病因解明、該疾患の予防または/および治療薬の開発に有利に利用できる。さらに、該細胞株は角膜の生化学的・生理学的研究、さらに細胞の分化機構の研究に非常に有用なばかりでなく、人工角膜の生体材料として利用できる可能性がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の角膜実質細胞株は、外因性不死化遺伝子を含有し、該不死化遺伝子の発現の結果として、インビトロでの無限増殖能を獲得した細胞群である。
【0012】
本発明の角膜実質細胞株は、哺乳動物由来である。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ヒツジ等の偶蹄類、ウマ等の奇蹄類、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等を挙げることが出来る。本発明の角膜実質細胞株は、好ましくは、ヒト由来である。
【0013】
ここで「不死化遺伝子」とは、細胞を不死化し、無限増殖能を獲得させる遺伝子をいい、例えばc-myc、ras等の癌遺伝子、アデノウイルスE1A、SV40由来の大型T抗原遺伝子(SV40大型T抗原遺伝子)、ポリオーマウイルスの大型T抗原遺伝子、パピローマウイルスのE6及びE7遺伝子などが挙げられる。また、本発明において「外因性不死化遺伝子」とは、本発明の角膜実質細胞株の起源となる角膜実質細胞が生来有していない、細胞外から新たに導入される不死化遺伝子を意味する。したがって、本発明の細胞株が由来する哺乳動物以外に由来する不死化遺伝子のほか、たとえば、本発明の細胞株が由来する哺乳動物の癌遺伝子であっても、標的細胞内で発現可能な(すなわち、正常の内因性癌遺伝子が受けている発現抑制を受けない)形態に改変されたものも外因性不死化遺伝子に属するものとする。本発明の外因性不死化遺伝子として、好ましくは、ウイルス由来の不死化遺伝子、より好ましくはパピローマウイルスのE6及びE7遺伝子が用いられる。パピローマウイルスのE6及びE7遺伝子を用いることにより、SV40大型T抗原遺伝子等を用いたときと比較して高い効率で角膜実質細胞を不死化することが出来る。
【0014】
本発明の角膜実質細胞株は、好ましくは、組織より分離された角膜実質細胞に、上記の外因性不死化遺伝子を機能的に担持する、すなわち標的細胞内で発現可能な形態で担持する発現ベクターをトランスフェクトし、該細胞を適当な培地中で継代培養することによって樹立することができる。
【0015】
角膜実質細胞は、例えば、摘出された眼組織から角膜組織を単離し、はさみ等で細かく(約1mm角)に切断し、得られた角膜断片を、IV型コラゲナーゼで消化することにより得ることが出来る。角膜実質細胞は、ウシ胎児血清や仔ウシ血清10〜20%を含む適当な液体培地、例えばイーグルMEM培地、ダルベッコの改良イーグルMEM培地、ハム培地F12、勝田培地DM-160等に懸濁し、CO2 インキュベーター中で2日間程度培養され、トランスフェクションに供される。
【0016】
本発明で使用される発現ベクターとしては、プラスミドベクターやウイルスベクターが例示される。ウイルスゲノムをベクターとして使用する場合は、該ベクターが導入された細胞内で、少なくとも完全なウイルス粒子が産生されないように遺伝子の一部を欠失または変異させておくことがより好ましい。
【0017】
外因性不死化遺伝子を機能的に担持する発現ベクターの構築方法として、例えば、外因性不死化遺伝子にパピローマウイルスのE6及びE7遺伝子を使用する場合には、以下の方法が例示される。ヒトパピローマウイルスのゲノミックDNAの初期領域に存在する不死化遺伝子(すなわち、E6及びE7遺伝子)を含むDNA断片を適当な制限酵素を用いて切り出し、角膜実質細胞中で該遺伝子を発現可能なプロモーターを含有する発現ベクターに挿入する。プロモーターとしては、SV40初期プロモーター、ラウス肉腫ウイルス(RSV)プロモーター、MuMLV LTR等が挙げられる。
【0018】
プラスミドベクターとしてはpBR322、pGEM等が挙げられる。また、さらに転写終結シグナル、外因性不死化遺伝子の発現をエンハンスする特異的な配列などを当該ベクターの適当な位置に配することもできる。このようにして構築された外因性不死化遺伝子発現ベクターは、適当な宿主中、例えば、大腸菌、酵母、枯草菌等で大量に合成させ、常法により回収精製した後、常用の遺伝子導入法、例えばリン酸カルシウム共沈法、マイクロインジェクション法、ポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法等により角膜実質細胞に導入される。
【0019】
ウイルスベクターとしては、モロニーマウス白血病ウイルス、レンチウイルス等のレトロウイルス、アデノウイルス、ヘルペスウイルス、アデノ随伴ウイルス、パルボウイルス、セムリキ森林ウイルス、ワクシニアウイルス、センダイウイルス等が挙げられる。レトロウイルスによる遺伝子導入は、遺伝子が染色体へ組み込まれるように導入されるので、好ましい。また、レンチウイルスは分裂及び非分裂細胞の両方に感染し、遺伝子を導入することができる。ウイルス粒子を含む培養液中で角膜実質細胞を培養することにより、外因性不死化遺伝子が角膜実質細胞内へ導入される。この際、遺伝子導入試薬としてレトロネクチン、ファイブロネクチン、ポリブレン等を用いることにより、導入効率を高めることが出来る。
【0020】
トランスフェクション後の細胞は、液体培地、例えばイーグルMEM培地、ダルベッコの改良イーグルMEM培地、ハム培地F12、勝田培地DM-160等で培養される。培養温度、培地pH、CO2 濃度等の条件は、動物細胞培養において通常使用される一般的な条件を適宜採用することができる。2〜3日ごとに新鮮な培地に交換し、細胞増殖が飽和点に達した時に継代する。一旦、細胞増殖が止まってからも培養を続け、再増殖を始めた細胞群を単クローンの細胞群として分別する。クローンの分離は以下のようにして行うことができる。トリプシンとEDTA溶液を浸染させた小径の濾紙を目的のクローン細胞群上に静置し、培養容器より細胞を剥離して濾紙に付着させる。濾紙小片に付着したクローン細胞群を、濾紙ごと別の培養容器に移す。また、コロニーをピックアップする方法、限界希釈法や、セルソーターを用いる方法によってもクローンを分離することが出来る。クローナルな細胞株は、個々の細胞の性質が均一であるため、従来不均一な角膜実質細胞を用いて行われていた角膜実質の生理学的・生化学的研究、角膜実質炎等の眼疾患の病因解明および予防・治療薬の開発等のための有用なモデル細胞となり得る。
【0021】
上記のようにして得られた角膜実質細胞株は一般的な動物細胞培養技術により継代培養することができる。細胞の増殖能の指標として、下式により算出される細胞集団倍加数(cell population doubling level;PDL)が用いられる。
PDL=log10(Ni /N0 )/log10
i =第i継代培養終了時の細胞数
0 =第1継代培養開始時の細胞数
本発明の細胞株のPDLは、通常1継代ごとに、通常約1.1〜1.5、好ましくは1.3〜1.4ずつ増加する。
【0022】
本発明の細胞株は、下記(1)〜(6)の性質を有し得る:
(1)増殖速度の低下がみられない;
(2)細胞の巨大化・変性が実質的にみられない;
(3)コラーゲンタイプ1-9、12及び13を発現している;
(4)PDGF-BBの刺激によりHAS1及びHAS2の発現が上昇する;
(5)IL-1βの刺激によりHAS3及びMMP3の発現が上昇する;及び
(6)ステロイドホルモン処理によりHAS2の発現が低下する。
【0023】
ここで、「細胞の巨大化・変性が実質的にみられない」とは、細胞の顕微鏡観察により、一部に伸張した細胞がみられることはあっても、その大多数(例えば約95%以上)は本来の角膜実質細胞の形態的特徴を示すことを意味する。HAS1(hyaluronan synthase 1)、HAS2及びHAS3はヒアルロン酸の合成酵素である。MMP3は、タイプIVコラーゲン、ラミニンなど多くの細胞外マトリクスを基質として分解し得るプロテアーゼである。「遺伝子の発現」とは、該遺伝子をコードするmRNA又は該遺伝子産物(タンパク質)の発現を意味する。多くのタイプのコラーゲン(コラーゲンタイプ1-9、12及び13)を発現すること、PDGF-BBの刺激によりHAS1及びHAS2の発現が上昇すること、及びIL-1βの刺激によりHAS3及びMMP3の発現が上昇することは、本発明の細胞株が角膜実質細胞としての生理学的特徴を有していることの指標である。様々な眼疾患に角膜実質の細胞外マトリクスのリモデリングが関与していると考えられており、また、該リモデリングには、種々の分解酵素(マトリクスメタロプロテイナーゼ等)や合成酵素(HAS1、2及び3等)が関与していると考えられる。従って、本発明の細胞株は、特に、サイトカイン刺激により角膜実質細胞から放出される種々の分解酵素や合成酵素の、角膜実質における細胞外マトリクスリモデリングや種々の眼疾患への関与について研究するための強力なツールとなる。また、ステロイドホルモン(例、ハイドロコルチゾン、プレドニゾロン、デキサメタゾン)処理によりHAS2の発現が低下することは、本発明の細胞株がステロイドホルモンに対する反応性を保持しており、角膜炎などの眼疾患におけるステロイドホルモンの適用により、角膜実質細胞における細胞外マトリクス(例、ヒアルロン酸)生合成が抑制される現象を反映している。従って、本発明の細胞株は、特に、角膜実質細胞の機能に対するステロイドホルモンの効果の研究や、角膜実質細胞における細胞外マトリクス(例、ヒアルロン酸)の生合成を制御(上方制御又は下方制御)する薬剤の開発のための有用なツールとなる。
【0024】
本発明の角膜実質細胞株は、10継代以上、好ましくは20継代以上(例えば、30継代以上)にわたり上記性質が安定に維持される。
【0025】
本発明の細胞株は角膜の生理学的・生化学的研究、角膜炎等の眼疾患の病因解明及び予防・治療薬の開発、並びに眼疾患用医薬品の安全性試験等のための有用なモデル細胞となり得る。且つ当該細胞は安定な供給が可能であるから、角膜再生を目的とした移植や人工角膜の有用な材料となり得る。また、パピローマウイルス抗原遺伝子導入した細胞株は、細胞生物学実験にも供することができる。
【0026】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
(ヒト角膜実質細胞の調製)
悪性メラノーマに罹患し、患部切除のため摘出された、65歳女性の眼球より角膜組織を単離した。角膜組織をはさみで1mm角に切断した。得られた角膜組織断片を0.05% IV型コラゲナーゼ/DMEM中で37℃にて16時間消化した。消化産物から回収された角膜実質細胞をDMEM(GIBCO)(10% FBS)中に懸濁し、37℃、5% CO2にて培養した。本試験は、山形大学医学部倫理委員会により許可されたものである。上記患者より、試験前に許可書を得ている。
【0028】
(ヒトパピローマウイルスタイプ16 E6及びE7が組み込まれたパッケージング細胞PA317の調製及びウイルスストックの調製)
ヒトパピローマウイルスタイプ16 E6及びE7が挿入されたpLXSNベクターが導入されたPA317(マウスパッケージング細胞:ATCC CRL-2203)を、DMEM(GIBCO)(10% FBS、高グルコース)中、37℃、5% CO2にて培養した。細胞を90%コンフルエントまで培養し、培養上清をウイルスストックとして回収し、使用時まで-80℃にて保存した。
【0029】
(レトロネクチンのコーティング)
1mg/mlのレトロネクチン(Wako #T100A)をPBS(pH7.2)にて25μg/mlに希釈し、35mm培養用ディッシュに2mlずつ添加した。該ディッシュをクリーンベンチ内で、室温にて2時間放置することにより、レトロネクチンコーティングを行った。その後、2% BSA/PBSを2ml添加することによりブロッキングを行い、2ml PBSにてブロッキング液を洗浄した後、PBSを除いた。
【0030】
(角膜実質細胞へのレトロウイルスの感染)
レトロネクチンをコーティングした35mm培養用ディッシュに、上記ウイルスストック液を2.5ml添加し、37℃、5% CO2にて4〜6時間放置し、レトロネクチンとレトロウイルスベクターとの結合を行った。その後、ウイルスストック液を除去し、ディッシュをPBSにて洗浄し、角膜実質細胞を0.5〜1.0×105個/2ml DMEM(10% FBS)/35mmディッシュの濃度で加え、37℃、5% CO2にて2日間培養した。
【0031】
(角膜実質細胞株の単離)
レトロウイルスを感染させた角膜実質細胞を、10mmディッシュに継代し、更に5日間継代した。形成されたコロニーをピックアップし、24穴プレートへ移し、該コロニーを培養することにより、モノクローナルなヒト角膜実質細胞株を樹立した。
【0032】
(細胞の継代)
単離された複数のクローンを同様の条件で、少なくとも第12〜30継代まで引続き培養することが可能であった(表1)。培養を通じて、細胞は一定の比率(1:3)で継代し続けることが可能であり、細胞の増殖速度の低下は認められなかった。No.3のクローンを用いて以下の試験を行った。
【0033】
【表1】

【0034】
5継代ごとにPDLを算出した。得られた細胞株のPDLは、1継代ごとに、約1.1〜1.5ずつ増加した。
【0035】
顕微鏡下で細胞の形態を観察した。DMIRBE顕微鏡[Leica社製]に接続された冷却CCDカメラDP−70(オリンパス社製)で細胞の様相を撮影した。撮影条件は以下の通り:対物レンズ 5倍/接眼レンズ 10倍/光量 9.0V。細胞は単層からなり、線維芽細胞様の形態を呈した(図1)。細胞の巨大化や変性は認められなかった。
【0036】
(ヒトパピローマウイルスタイプ16 E6及びE7の発現確認)
細胞から全RNAを単離し、cDNAを合成し、RT-PCR法により不死化遺伝子ヒトパピローマウイルスタイプ16 E6及びE7のmRNA発現を確認した。
【0037】
(角膜実質細胞株の表現型の解析)
樹立された角膜実質細胞株(クローンNo. 3、20継代)におけるコラーゲン発現を、形質転換前の初代培養角膜実質細胞とRT-PCRにより比較した。その結果、全てのタイプのコラーゲンの発現が両細胞において確認され、その発現量は、両細胞間でほとんど差がなかった(図2)。
【0038】
樹立された角膜実質細胞株における、ヒアルロン酸シンターゼ(HAS)1、2及び3、CD44、マトリクスメタロプロテイナーゼ(MMP)1、2及び3、並びに組織性メタロプロテアーゼインヒビター(TIMP)1及び2の発現に対するPDGF-BB及びIL-1βの影響を調べた。該発現はRT-PCRにより解析した。
即ち、角膜実質細胞株を60mm培養ディッシュに継代し、60%コンフルエントまで培養した。該培養後、培地をウシ胎児血清を1%を含んだDMEM(3ml)に交換し、更に24時間培養した。該培養後、細胞をPDGF-BB(10ng/ml:最終濃度)又はIL-1β(10ng/ml:最終濃度)により細胞を刺激し、更に6又は24時間培養した。培養後、細胞を回収し、全RNA抽出、cDNA合成を行い、各遺伝子に特異的なプライマーを用いてRT-PCRを行った(図3)。PCRは、Roche FastStart High Fidelity PCR Systemを用い、Gene Amp PCR System 9700 (Applied Biosystems)上で行った。PCRの条件は以下の通り:
95℃ 2分間 → (95℃ 30秒 → X℃ 30秒 → 72℃ 30℃)×Yサイクル → 72℃ 7分
X=50、Y=35・・・HAS1、2及び3、MMP2及び3
X=60、Y=30・・・MMP1、TIMP2
X=50、Y=30・・・TIMP1
X=60、Y=25・・・beta-Actin
X=55、Y=30・・・CD44
【0039】
その結果、PDGF-BBは、HAS1及びHAS2のmRNA発現を誘導した。また、IL-1βは、HAS3及びMMP3の発現を誘導した(図3)。
以上より、得られた角膜実質細胞株は角膜実質細胞としての生理学的特徴を保持していることが示された。
【0040】
(角膜実質細胞株におけるステロイドホルモンの影響)
樹立された角膜実質細胞株の機能にステロイドホルモンが影響を及ぼすか検討するため、該角膜実質細胞株にハイドロコルチゾンを投与し、細胞外マトリクス関連遺伝子(HAS1、2 及び3、CD44、MMP1、2及び3、TIMP1及び2)の発現をRT-PCRにより解析した。
即ち、角膜実質細胞株を60mm培養ディッシュに継代し、60%コンフルエントまで培養した。該培養後、培地をウシ胎児血清を1%を含んだDMEM(3ml)に交換し、更に24時間培養した。該培養後、細胞を10又は100μg/mlの濃度のハイドロコルチゾンにより処理し、更に24時間培養した。陰性コントロールとして、ハイドロコルチゾンを溶解するのに用いたEtOH(0.1又は1%(v/v))処理群を設けた。培養後、細胞を回収し、全RNA抽出、cDNA合成を行い、各遺伝子に特異的なプライマーを用いてRT-PCRを行った(図4)。PCRの条件は上記と同様である。
また、角膜実質細胞株(クローンNo. 3)を96穴プレートに3×103個/well播種し、60%コンフルエントまで培養した。該細胞を1、10又は100μg/mlのハイドロコルチゾンを含む培地(1% FBS-DMEM)により処理し、更に24、48又は72時間培養した。培養後、Cell Titer96を用いてMTTアッセイを行い、ハイドロコルチゾンの細胞毒性を評価した。
【0041】
その結果、ハイドロコルチゾン処理により角膜実質細胞株におけるHAS2の発現が低下した(図4)。MTTアッセイにおいて、ハイドロコルチゾン処理による、有意な細胞数の減少は認められなかったことから、使用された濃度範囲においては、ハイドロコルチゾンによる角膜実質細胞株に対して細胞毒性を示さないと考えられた。
従って、本発明の細胞株は、特に、角膜実質細胞における細胞外マトリクス(例、ヒアルロン酸)の生合成を制御(上方制御又は下方制御)する薬剤の開発のための有用なツールとなることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の角膜実質細胞株は、十分な細胞数を得ることができ、また一定の継続した増殖能を有することから、角膜炎等の眼疾患の病因解明、該眼疾患の予防または/および治療薬の開発に有利に利用できる。さらに、該細胞株は角膜の生化学的・生理学的研究、さらに細胞の分化機構の研究に非常に有用なばかりでなく、人工角膜の生体材料として利用できる可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】角膜実質細胞株の形態を示す写真である。
【図2】初代培養角膜実質細胞及び角膜実質細胞株におけるコラーゲン発現パターン。Mは100bpマーカーを、BAはbeta-actinを、数字はコラーゲンのタイプを示す。図中の四角により、各コラーゲンタイプに特異的なバンドが特定される。
【図3】角膜実質細胞株におけるHAS1、2及び3、CD44、MMP1、2及び3、並びにTIMP1及び2の発現に対するPDGF-BB又はIL-1β刺激の効果。1:コントロール(0時間)、2:PDGF-BB(6時間)、3:PDGF-BB(24時間)、4:IL-1β(6時間)、5:IL-1β(24時間)。
【図4】角膜実質細胞株におけるHAS1、2及び3、CD44、MMP1、2及び3、並びにTIMP1及び2の発現に対するハイドロコルチゾン処理の効果。1:コントロール、2:EtOH(0.1%)、3:EtOH(1%)、4:ハイドロコルチゾン(10μg/ml)、5:ハイドロコルチゾン(100μg/ml)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外因性不死化遺伝子を発現し得る角膜実質細胞株。
【請求項2】
外因性不死化遺伝子がヒトパピローマウイルスE6及びE7をコードするものである、請求項1記載の細胞株。
【請求項3】
ヒト由来である、請求項1記載の細胞株。
【請求項4】
下記(1)〜(6)の性質を有する、請求項1記載の細胞株:
(1)増殖速度の低下がみられない;
(2)細胞の巨大化・変性が実質的にみられない;
(3)コラーゲンタイプ1-9、12及び13を発現している;
(4)PDGF-BBの刺激によりHAS1及びHAS2の発現が上昇する;
(5)IL-1βの刺激によりHAS3及びMMP3の発現が上昇する;及び
(6)ステロイドホルモン処理によりHAS2の発現が低下する。
【請求項5】
(1)〜(6)の性質が10継代以上維持される、請求項4記載の細胞株。
【請求項6】
角膜実質細胞に、外因性不死化遺伝子を機能的に担持する発現ベクターをトランスフェクトし、該細胞を培地中で継代培養することによって樹立される、請求項1記載の細胞株。
【請求項7】
角膜実質細胞に、外因性不死化遺伝子を機能的に担持する発現ベクターをトランスフェクトし、該細胞を培地中で継代培養することを含む、角膜実質細胞株の製造方法。
【請求項8】
外因性不死化遺伝子がヒトパピローマウイルスE6及びE7をコードするものである、請求項7記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−193929(P2008−193929A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−31116(P2007−31116)
【出願日】平成19年2月9日(2007.2.9)
【出願人】(506051913)
【出願人】(000199175)千寿製薬株式会社 (46)
【Fターム(参考)】