説明

角膜組織の再生促進剤

【課題】角膜組織の病理組織学的変化をきたす病態、例えば、創傷、熱傷、凍傷、外傷、老化等に対して外用適用でき、且つ優れた角膜組織再生促進作用、並びに創傷治癒促進作用を有する角膜組織の再生促進剤を提供することを課題とする。
【解決手段】レチノイン酸のミセル表面を多価金属無機塩で被覆してなる平均粒子径が5〜300nmを有する多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子を有効成分とすることを特徴とする角膜組織の再生促進剤であり、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子における多価金属無機塩の皮膜が、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムである角膜組織の再生促進剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は角膜組織の再生促進剤に係わり、詳細には、有効成分として、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子、特に多価金属無機塩として、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムの皮膜を被覆し、徐放性を有するレチノイン酸ナノ粒子を有効成分として含有する角膜組織の再生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
眼球には、角膜、水晶体及び硝子体の3つの透明性の高い眼組織を有しており、これらの組織の透明性が低下した場合には、その部分を外科的に切除し、水晶体ではポリメチルメタクリレートを材料とする眼内レンズの挿入を、また硝子体では、空気やシリコンオイルの注入が行われている。さらに、角膜にあっては、時としてドナーからの角膜移植等が行われている。
【0003】
ところで角膜組織に関しては、一般的に、疾患や外傷などにより角膜組織の一部が脱落又は欠損すると、脱落組織周辺に生存している上皮細胞、すなわち隔膜上皮の重層扁平上皮が分裂・増殖して欠損部に移動してくる。その後、欠損部に移動するか、移動中の再生上皮細胞がお互いに接着し始めて分裂・増殖を中止し、上皮細胞を再び形成するようになる。この現象は、いわば、角膜上皮細胞もしくは上皮組織(表皮)の再生・再構築であるといえる。
【0004】
しかしながら、角膜組織の再生・再構築という現象は極めて複雑な課程を経るものであり、例えば、線維芽細胞を始めとする各種の細胞、組織が複雑に機能して、角膜細胞の再生・再構築が行われている。
本発明者等は、眼組織に投与することにより角膜組織の再生を誘導(促進)することができる生理活性物質について鋭意検討をしてきたなかで、意外にも脂溶性ビタミンA酸であるレチノイン酸が極めて効果的に角膜組織の再生を促進することを見出した。
【0005】
すなわち、近年、脂溶性ビタミンA酸であるレチノイン酸にはES細胞(embryo stem cell:胚幹細胞)を含む種々の未分化細胞における分化誘導作用が注目されてきており、また、レチノイン酸の急性前骨髄性白血病に対する治療薬としての臨床的利用がなされている。
しかしながら、レチノイン酸は分子内にカルボキシル基を有する化合物であることから刺激性があり、眼組織に投与した場合には投与部位における炎症が認められ、また、脂溶性のために注射筒での直接投与としての製剤化は困難なものである。さらに、眼組織に塗布又は点眼投与した場合には、その効果の持続性が求められていた。
かかる観点から、レチノイン酸については、種々の徐放化製剤、あるいはターゲット療法としてのドラッグデリバリー・システム(DDS)を応用した製剤化が検討されており(非特許文献1)、最近、このレチノイン酸の効果を徐放的に発揮し得る、レチノイン酸ナノ粒子が提案されている(特許文献1)。
【0006】
本発明者等は、この徐放性を有するレチノイン酸ナノ粒子について、塗布又は点眼による眼組織へ投与により、損傷した角膜組織の再生を効果的に促進させるものであることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【特許文献1】国際公開WO2005/037268号公報
【非特許文献1】J. Control Release, 2001 Nov. 9:77(1-2), 7-15
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって本発明は、角膜組織の病理組織学的変化をきたす病態、例えば、創傷、熱傷、凍傷、外傷、老化等に対して外用適用でき、且つ優れた角膜組織再生促進作用、並びに創傷治癒促進作用を有する角膜組織の再生促進剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するための本発明は、その基本的態様として、レチノイン酸のミセル表面を多価金属無機塩で被覆してなる平均粒子径が5〜300nmを有する多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子を有効成分とすることを特徴とする角膜組織の再生促進剤である。
【0009】
具体的には、本発明は、有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子における多価金属無機塩の皮膜が、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムである上記の角膜組織の再生促進剤である。
【0010】
より具体的には、本発明は、有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子が、レチノイン酸の低級アルコール溶液をアルカリ水溶液と共に分散し、さらに非イオン性界面活性剤を添加することにより調製した混合ミセルに、2価金属ハロゲン化物または酢酸化物およびアルカリ金属炭酸化物またはリン酸化物を、モル比で1:0〜1.0の範囲内で添加することによりミセル表面に多価金属無機塩の皮膜を形成し、その平均粒子径を5〜300nmの範囲内に調整することにより得られたものである上記する角膜組織の再生促進剤である。
【0011】
好ましくは、本発明は、有効成分が、平均粒子径が5〜300nmを有する、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛或いは、リン酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子である上記する角膜組織の再生促進剤である。
【0012】
もっとも好ましい本発明は、徐放性である上記した角膜組織の再生促進剤である。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、基本的には有効成分として、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子、特に多価金属無機塩として、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムの皮膜を被覆し、徐放性を有するレチノイン酸ナノ粒子を有効成分として含有する角膜組織の再生促進剤である。
本発明により提供される角膜組織の再生促進剤は、患者に対する侵襲的な外科的手術によることなく、眼組織に塗布又は点眼により局所的に投与することにより、損傷した角膜組織の再生を促進させることができるものである利点を有している。
【0014】
本発明が提供する有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子は、その平均粒子径が5〜300nmの範囲内の極めて微細なものであり、生体適合性の多価金属無機塩の皮膜によりレチノイン酸が被覆されていることから低刺激性であり、投与部位における炎症の発生がみられない特性を有する。
さらに、多価金属無機塩を被覆したナノ粒子としたことにより、刺激性を低減し、また平均粒子径が5〜300nmと微細なものであることから、組織浸透性が向上し、レチノイン酸の血中動態が上昇し、短時間のうちにレチノイン酸が血中に存在し、また徐放的に長時間に亘って、血中濃度を維持し得る利点を有している。
その結果、角膜組織の上皮細胞の増殖因子であるHB−EGF(HB-Epidermal Growth Factor)の産生量が上昇し、角膜組織の再生・再構築を促進するものであり、極めて有用なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の有効成分であるレチノイン酸ナノ粒子を構成するレチノイン酸は、生理学的には、視覚、聴覚、生殖などの機能保持、成長促進、皮膚や粘膜などの正常保持、制ガン作用等を有し、急性前骨髄球性白血病(APL: acute promyelocytic leukemia)の治療薬として臨床的に使用されている全トランス体レチノイン酸(all-trans retinoic acid)である。
【0016】
本発明においては、かかるレチノイン酸を多価金属無機塩で被覆したナノ粒子として、レチノイン酸の放出についての徐放性を確保したものである。かかる多価金属無機塩を被覆したレチノイン酸のナノ粒子の調製は、例えば、国際公開WO2005/037268号公報(特許文献1)に記載の方法により調整することができる。
したがって、本国際公開WO2005/037268号公報は、本明細書の一部として取り込まれるものである。
【0017】
この多価金属無機塩を被覆したレチノイン酸のナノ粒子の調製は、詳細には以下のようにして行われる。
すなわち、レチノイン酸は、脂溶性化合物であり、また分子内にカルボン酸基を有していることから、アルカリ水溶液、例えば水酸化ナトリウム水溶液および少量の低級アルコールを添加することにより、水溶液中で球状のミセルが形成される。このミセルの表面は、マイナス荷電で覆われた状態となっているため、容易に2価金属イオン、たとえばカルシウムイオン(Ca2+)が吸着(結合)し、ナトリウムイオンとの交換反応が生じる。この場合、2価金属イオンはナトリウムイオンに比較して吸着力(結合力)が高いことから、2価金属イオンを吸着したミセルは、その表面の荷電は解離しにくくなり、水に不溶化して、ミセルは沈殿する。沈澱を生じると、粒子同士の凝集が生じ、非常に大きな粒子を形成することとなる。
【0018】
したがって、この段階での粒子同士の凝集を防ぐために、非イオン性界面活性剤、例えば、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレート(Tween 80)をレチノイン酸と共に添加する。すなわち、Tween 80は、レチノイン酸と共に混合ミセルを形成し、ミセル表面上にポリオキシエチレン鎖を突出させているため、多価金属イオンがミセル表面に吸着(結合)しても、ミセル表面に突出した親水基としてのポリオキシエチレン鎖の存在により、ミセルの沈澱が生じないこととなる。
【0019】
次いで、2価金属ハロゲン化物または酢酸化物、例えば塩化カルシウムを添加する。この場合の2価金属ハロゲン化物の添加量は、レチノイン酸のミセル表面に2価金属イオンを吸着させるに十分な量であればよい。2価の金属イオンはナトリウムイオンより吸着力(結合力)が強く、ナトリウムイオンとの交換が生じる。その結果、2価金属イオンが優先的に吸着(結合)することとなり、ミセル表面が2価金属イオンで覆われた球状もしくは卵形等のミセルが形成される。そこに、さらにアルカリ金属炭酸化物またはアルカリ金属リン酸化物を添加すると、ミセル表面電荷は完全に中和されていないために、さらに炭酸イオン(CO2−)あるいはリン酸イオン(PO2−)が表面にある2価金属イオンに吸着(結合)する。この結果、レチノイン酸のミセル表面に多価金属無機塩の皮膜が形成されりこととなり、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子が調製される。
【0020】
かかる多価金属無機塩被覆ナノ粒子における多価金属無機塩としては、生体適合性を有する炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムをあげることができる。
したがって、2価の金属ハロゲン化物または酢酸化物としては、カルシウムハロゲン化物、亜鉛ハロゲン化物、酢酸カルシウムまたは酢酸亜鉛であり、カルシウムハロゲン化物および亜鉛ハロゲン化物としては、具体的には、塩化カルシウム、臭化カルシウム、フッ化カルシウム、ヨウ化カルシウム、塩化亜鉛、臭化亜鉛、フッ化亜鉛およびヨウ化亜鉛をあげることができる。
【0021】
また、アルカリ金属炭酸化物またはアルカリ金属リン酸化物としては、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸ナトリウムおよびリン酸カリウムをあげることができる。
一方、ナノ粒子の調製に使用する低級アルコールとしては、メタノールあるいはエタノールをあげることができる。
【0022】
また、非イオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレート(Tween 80)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート(Tween 20)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノステアレート(Tween 60)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノパルミテート(Tween 40)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタントリオレート(Tween 85)、ポリオキシエチレン(8)オクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン(20)コレステロールエステルおよびポリオキシエチレン硬化ヒマシ油をあげることができる。
以上の方法により調製された多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子は、微細なナノ粒子ではあるが、その粒度分布は幅広く、10〜3000nm程度の粒子径(直径)を有するものであった。
【0023】
ところで、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子を眼組織に塗布又は点眼投与する場合には、眼球に対する異物による刺激感を減少させるために、その粒径は5〜300nm程度の極めて微細なナノ粒子であることが好ましい。したがって目的とする多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子について、その粒径が5〜300nm程度の極めて微細なナノ粒子に調整する必要がある。
かかる粒子径の調整は、レチノイン酸のミセルの表面に形成させるために添加する2価金属ハロゲン化物または酢酸化物と、アルカリ金属炭酸化物またはリン酸化物のモル比を変化させ、かつ超音波処理等の機械的振動を与えることにより、効果的に行い得ることが判明した。
【0024】
すなわち、レチノイン酸のミセル表面への多価金属無機塩の皮膜の形成は、アルカリ(具体的にはナトリウム)水溶液中で形成されたミセルの表面のマイナス荷電を、2価金属ハロゲン化物または酢酸化物による2価金属イオン、例えばカルシウムイオン(Ca2+)との交換反応、およびアルカリ金属炭酸化物あるいはリン酸化物による炭酸イオン(CO2−)またはリン酸イオン(PO2−)とによる中和で行われる。
【0025】
具体的には、添加する2価金属ハロゲン化物または酢酸化物と、アルカリ金属炭酸化物あるいはリン酸化物の両者の比率を、モル比で1:0〜1.0の範囲内で添加することにより、ミセル表面に多価金属無機塩の皮膜を形成し、所望により超音波処理等の機械的振動を加え、その平均粒子径を5〜300nmの範囲内とすることが可能となった。
アルカリ金属炭酸化物あるいはリン酸化物を2価金属ハロゲン化物または酢酸化物1モルに対し1.0モルを超えて添加した場合には、ミセル表面上に多価金属無機塩の皮膜の形成は生じるものの、粒径が大きなものとなり、粒子同士の凝集が生じてしまい、超音波処理を加えても所望の平均粒子径を有するナノ粒子を得ることができず、好ましいものではない。
【0026】
しかしながら、添加する2価金属ハロゲン化物または酢酸化物と、アルカリ金属炭酸化物またはリン酸化物との両者の比率を、モル比を1:0〜1.0の範囲内で添加した場合には、ミセル表面に多価金属無機塩の皮膜が形成され、そのうえで平均粒子径を5〜300nmの範囲内とすることが可能となったのである。
なお、得られたナノ粒子は凝集体として存在している場合もあり、この場合にはかかる凝集体を超音波処理等の機械的振動を与えることにより、極めて均一な平均粒子径を有するナノ粒子に調製し得ることが判明した。したがって、本発明のナノ粒子にはそのような凝集体をも包含する。
【0027】
本発明が提供する角膜組織の再生促進剤は、レチノイン酸のミセル表面を多価金属無機塩で被覆してなる平均粒子径が5〜300nmを有する多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子を有効成分とすることを特徴とする角膜組織の再生促進剤である。
その投与方法としては、例えば、本発明の角膜組織の再生促進剤を角膜に塗布する方法、水性点眼剤として点眼する方法、眼組織を麻酔した後、注射器により前房内に直接投与する方法など、症状に応じた投与手段を採用することができる。
【0028】
したがって、その投与方法に応じて、必要により薬学的に許容される通常の担体、結合剤、安定化剤、賦形剤、希釈剤、pH調整剤、可溶化剤、溶解補助剤、等張化剤などの各種製剤化用の配合成分を添加し、眼軟膏としての塗布剤、点眼剤、注射剤等に製剤化することができる。
【0029】
本発明が提供する角膜組織の再生促進剤の角膜への投与量は、投与経路や角膜の損傷の程度によって異なるが、概ね1μg/回〜0.1g/回程度の範囲が好ましい。投与量が1μg/回未満の場合には、目的とする角膜の再生促進効果が得にくく、また0.1g/回を超える場合には、投与量が多すぎるため、角膜組織に逆に損傷を与える恐れがある。
投与回数は一概に限定できないが、一日一回〜一週間に数回程度、有効成分の含有量、剤型など、さらに角膜の再生の程度を考慮して、適宜選択することができる。
【実施例】
【0030】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
なお、本発明が提供する角膜組織の再生促進剤における有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子において、炭酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子を「レチノイン酸−CaCOナノ粒子」と、炭酸亜鉛被覆レチノイン酸ナノ粒子を「レチノイン酸−ZnCOナノ粒子」と、また、リン酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子を「レチノイン酸−CaPOナノ粒子」と記載する場合もある。
【0031】
試験例1レチノイン酸−CaCOナノ粒子の作製
レチノイン酸13.6mgを900μLのエタノール(またはメタノール)に溶解し、この溶液に0.5N−NaOH水溶液の100μLを加えた。このときのpHは、7〜7.5であった。この溶液を母液として100μL採取し、これをTween 80を含む蒸留水100μLに加え、よく攪拌した。
約30分後に、5M−塩化カルシウム含有水溶液を加え攪拌し、さらに30分後に1M−炭酸ナトリウム含有水溶液を加え、さらに攪拌した。一昼夜攪拌を継続した後、得られた溶液を一夜凍結乾燥し、目的とする炭酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子を作製した。
この場合において、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムのモル比を変化させてレチノイン酸のミセルに添加させることによりえられるレチノイン酸−CaCOナノ粒子の製造直後の粒子径(直径)および5分間の超音波処理を施した後の粒子径(直径)は、下記表1に記載のとおりであった。
【0032】
表1:ナノ粒子の粒径に及ぼす塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムの比率
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示した結果からも判明するように、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムのモル比を調整し、レチノイン酸ミセルに添加することにより、レチノイン酸−CaCOナノ粒子の粒径が調整されていることが理解される。
特に、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムをモル比で1:0〜0.2までの範囲内で添加することにより、レチノイン酸ミセルの表面に炭酸カルシウム皮膜を形成し、その粒径が10〜50nmの範囲内に調整されている。
また、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムをモル比で1:0.3〜1.0の場合には、製造直後の平均粒子径は、350から1500nm程度のものであったが、これは微細なナノ粒子が凝集して、凝集塊としての大きな平均粒子径を有する値を示しているものであった。
この凝集塊は、超音波処理を施すことにより、凝集塊が個々の粒子に分散し、平均粒子径が100nm程度の極めて均一なナノ粒子に分散した。
したがって、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムをモル比で1:0〜1.0で添加させ、超音波処理等の機械的振動を与えることにより、その平均粒子径が5〜300nmを有するレチノイン酸−CaCOナノ粒子として調整されることが判明した。
【0035】
試験例2レチノイン酸−ZnCOナノ粒子の作製
レチノイン酸13.6mgを900μLのエタノールに溶解して、この溶液に0.5N−NaOH水溶液の100μLを加えた。このときのpHは、7〜7.5であった。この溶液を母液として100μL採取し、これをTween 80を含む蒸留水100μLに加え、よく攪拌した。
約30分後に、5M−酢酸亜鉛含有水溶液を加え攪拌し、さらに30分後に1M−炭酸ナトリウム含有水溶液を加え、さらに攪拌した。一昼夜攪拌を継続した後、得られた溶液を一夜凍結乾燥を行い、目的とする炭酸亜鉛被覆レチノイン酸ナノ粒子(レチノイン酸−ZnCOナノ粒子)を作製した。
作製されたレチノイン酸−ZnCOナノ粒子の粒子径は、上記の試験例1と同様の粒度分布を有するのであった。
【0036】
試験例3レチノイン酸−CaPOナノ粒子の作製
レチノイン酸13.6mgを900μLのエタノールに溶解して、この溶液に0.5N−NaOH水溶液の100μLを加えた。このときのpHは、7〜7.5であった。この溶液を母液として100μL採取し、これをTween 80を含む蒸留水100μLに加え、よく攪拌した。
約30分後に、5M−塩化カルシウム含有水溶液を加え攪拌し、さらに30分後に1M−リン酸ナトリウム含有水溶液を加え、さらに攪拌した。一昼夜攪拌を継続した後、得られた溶液を一夜凍結乾燥し、目的とするリン酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子(レチノイン酸−CaPOナノ粒子)を作製した。
作製されたレチノイン酸−CaPOナノ粒子の粒子径も、上記の試験例1と同様の粒度分布を示すものであった。
【0037】
以上のようにして調製された、本発明の有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子の作用の確認を以下の試験例により説明する。
すなわち、本発明の有効成分は、レチノイン酸を多価金属無機塩で被覆してなる平均粒子径が5〜300nmを有する多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子とすることにより、徐放性を確保したことによるDDS化したものである。
【0038】
以下の試験により、DDS化したレチノイン酸ナノ粒子(レチノイン酸徐放製剤)について、角膜組織の再生促進効果を検討した。
【0039】
試験例4DDS化したレチノイン酸ナノ粒子(レチノイン酸徐放製剤)の角膜組織再生促進効
[方法]
家兎(白色系雄性:体重:2.75〜3.75kg)9羽用い、その眼球に直径6mmの角膜上皮剥離術を施した。
家兎を全身麻酔した後、直径6mmのトレパン(trepan:穿孔器)を用いて角膜に浅い円形創を作成し、無水エタノールを浸した直径5mmの円形濾紙を5秒間円形創内に密着させた。その後、生理食塩水20mLにて洗浄し、ゴルフ刀にて機械的に角膜上皮剥離を行った。
【0040】
次いで、角膜剥離部位に、上記実施例1で得たレチノイン酸−CaCOナノ粒子を含有する点眼液を、角膜上皮剥離を行った直後より2時間ごとに3回(50μL/回)家兎の結膜嚢内に投与した。
なお、点眼液は、25mg/チューブに凍結されたレチノイン酸徐放製剤を、蒸留水にて0.5%に希釈し、分注・凍結保存したものを使用した。
投与後24時間及び48時間後における角膜組織の再生の程度を評価した。
角膜組織の再生の評価は、上皮剥離直後の剥離面積を求め、それを1.0とし、角膜組織の再生による減少する剥離面積を求め、上皮剥離直後の剥離面積に対する比率で評価した。
なお、投与量は、本発明のレチノイン酸徐放製剤750μg/動物に相当する。
また、コントロールとして、生理食塩水を点眼したケースをおいた。
【0041】
[結果]
投与後24時間における各試験動物における角膜組織再生の程度を以下の表2にまとめた。
上皮欠損部位の割合の推移を図1に示した。
【0042】
【表2】

【0043】
表及び図に示した結果からも判明するように、本発明の角膜組織の再生促進剤を投与することにより、損傷された角膜の再生が効果的に促進されていることが判明する。
特に今回の試験において、レチノイン酸を徐放製剤化することにより、角膜組織の再生がより効果的なものであることが確認できた。
徐放化することにより、持続的な組織濃度の上昇や、組織浸透性の亢進などにより、レチノイン酸の効果が発現したものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
以上記載したように、本発明が提供する角膜組織再生促進剤により、損傷した眼組織の角膜組織の再生を促進させることが可能となった。
特に、外科的手術を行うことなく、角膜損傷に対する組織再生を促進させるものであり、その医療上の効果は多大なものである。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】試験例4における上皮欠損部位の割合の推移を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レチノイン酸のミセル表面を多価金属無機塩で被覆してなる平均粒子径が5〜300nmを有する多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子を有効成分とすることを特徴とする角膜組織の再生促進剤。
【請求項2】
有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子における多価金属無機塩の皮膜が、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムである請求項1に記載の角膜組織の再生促進剤。
【請求項3】
有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子が、レチノイン酸の低級アルコール溶液をアルカリ水溶液と共に分散し、さらに非イオン性界面活性剤を添加することにより調製した混合ミセルに、2価金属ハロゲン化物または酢酸化物およびアルカリ金属炭酸化物またはリン酸化物を、モル比で1:0〜1.0の範囲内で添加することによりミセル表面に多価金属無機塩の皮膜を形成し、その平均粒子径を5〜300nmの範囲内に調整することにより得られたものである請求項1または2に記載する角膜組織の再生促進剤。
【請求項4】
有効成分が、平均粒子径が5〜300nmを有する炭酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子である請求項1、2または3に記載する角膜組織の再生促進剤。
【請求項5】
有効成分が、平均粒子径が5〜300nmを有する炭酸亜鉛被覆レチノイン酸ナノ粒子である請求項1、2または3に記載する角膜組織の再生促進剤。
【請求項6】
有効成分が、平均粒子径が5〜300nmを有するリン酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子である請求項1、2または3に記載する角膜組織の再生促進剤。
【請求項7】
徐放性である請求項1〜6のいずれかに記載する角膜組織の再生促進剤。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−235031(P2009−235031A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−85879(P2008−85879)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(506151235)株式会社ナノエッグ (11)
【出願人】(502437894)学校法人大阪医科大学 (8)
【Fターム(参考)】