説明

解析システム

【課題】生体内の神経再生過程を予測し、予測された神経再生過程を可視化するとともに、神経再生過程の予測精度の向上を図ること。
【解決手段】生体神経回路網の再生過程を解析する解析システムは、生体神経回路網の実画像を取得する撮影装置11と、人工的ニューラルネットワークを用いるニューラルネットワーク解析により、生体神経回路網の再生過程を、取得された実画像に基づいて予測する解析装置12と、解析装置12の予測結果を表示する表示装置14と、を有する。解析装置12は、人工的ニューラルネットワークに適用するニューロンモデルを、生体神経回路網の部位に応じて選定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、解析システムに関し、特に、生体内の神経回路網の再生過程(神経再生過程)を予測及び表示する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、神経細胞の状態を評価する技術として様々なものが提案されている。
【0003】
例えば特許文献1には、蛍光色素を注入された脳神経細胞を共焦点レーザー顕微鏡で撮影して3次元画像データを取得し、その画像データに対して画像処理を行うことによって、脳神経細胞の形態解析を自動的に行う方法が記載されている。この方法では、細胞の現在の状態を解析することができる。
【0004】
例えば特許文献2、3には、ニューロンモデルを用いたニューラルネットワーク解析によって、培養中の細胞の将来の状態を予測する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2007/069414号
【特許文献2】特開2009−44974号公報
【特許文献3】特開2005−218445号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
再生医療等において、神経細胞を生体内に移植する手術が行われた場合に、術後の数ヶ月から数年にわたる神経再生過程を術後間もない時期に予測することが、求められる。同様に、生体内の神経細胞の修復を目的として投薬処置が行われた場合にも、処置後の神経再生過程を処置後間もない時期に予測することが、求められる。
【0007】
しかしながら、これまでのところ、前述のような要求を実現するシステムについての具体的な提案はなされていない。
【0008】
本発明の目的は、生体内の神経再生過程を予測し、予測された神経再生過程を可視化することができる解析システムを提供することである。
【0009】
また、本発明の他の目的は、神経再生過程の予測精度の向上を図ることができる解析システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る解析システムは、生体神経回路網の再生過程を解析する解析システムであって、
前記生体神経回路網の実画像を取得する撮影装置と、
人工的ニューラルネットワークを用いるニューラルネットワーク解析により、前記生体神経回路網の再生過程を、取得された実画像に基づいて予測する解析装置と、
前記解析装置の予測結果を出力する出力装置と、を有し、
前記解析装置は、前記人工的ニューラルネットワークに適用するニューロンモデルを、前記生体神経回路網の部位に応じて選定する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、生体内の神経再生過程を予測し、予測された神経再生過程を可視化するとともに、神経再生過程の予測精度の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施の形態に係る解析システムの構成を示すブロック図
【図2】ニューロンモデルのネットワーク構造の第1の例として階層型ネットワークを示す図
【図3】ニューロンモデルのネットワーク構造の第2の例として相互結合型ネットワークを示す図
【図4】図1に示す解析装置による、生体神経回路網の部位に応じたニューロンモデルの選定を説明するための図
【図5】本発明の一実施の形態に係る解析システムの予測表示動作を説明するためのフロー図
【図6】図5に示す予測表示動作における入出力の例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて詳細に説明する。
【0014】
図1は、本発明の一実施の形態に係る解析システムの構成を示すブロック図である。
【0015】
図1に示す解析システムは、撮影装置11、解析装置12、入力装置13及び表示装置14を有する。
【0016】
撮影装置11は、解析対象の生体内の神経回路網(生体神経回路網)を撮影するための装置であり、例えば共焦点レーザー顕微鏡の原理を利用するものである。より具体的には、撮影対象の生体神経回路網は予め蛍光色素で着色されており、撮影装置11は、生体神経回路網に対して生体外からレーザービームを照射し、その結果として生体神経回路網から発せられる蛍光を検出する。検出された蛍光はディジタルデータに変換され、画像データとして解析装置12に出力される。
【0017】
解析装置12は、CPU(Central Processing Unit)及び記憶装置を有する、例えばパソコン等の装置である。解析装置12は、この記憶装置に予め記憶されているプログラムをCPUで実行することにより、システム内の各装置を制御し、特に神経再生過程の予測を行う。
【0018】
入力装置13は、解析装置12に対して各種情報の入力を行うための、例えばマウスやキーボード等の装置である。
【0019】
出力装置としての表示装置14は、各種情報の入力画面、撮影装置11により撮影された画像、及び解析装置12により生成された画像を表示するための、例えばLCD(Liquid Crystal Display)等の装置である。なお、出力装置は、これらの画像を紙等の媒体上に印刷するプリンタであっても良い。
【0020】
上記構成を有する本実施の形態の解析システムにおいて、解析装置12は、生体神経回路網をモデル化したニューロンモデルを適用した人工的ニューラルネットワーク(ANN:Artificial Neural Network)を用いて、ニューラルネットワーク解析により神経再生過程の予測を行うものである。
【0021】
ここで、ANN解析に関して、生体神経回路網のモデル化、ニューロンモデルの構造及び学習機能の特徴について説明する。
【0022】
例えば人間の脳等、生体内には、多数の神経細胞が存在しており、それらの神経細胞が互いに結びついて生体神経回路網を構成している。生体神経回路網において、各神経細胞は、他の細胞からの入力信号を受信し、受信信号の和が一定の閾値を超えたときに発火して出力信号を他の神経細胞に送信する。生体神経回路網におけるこのような信号伝播の仕組みを、入力値に結合荷重を掛けて加算した値を出力値とする形でモデル化したものが、ニューロンモデルである。
【0023】
ニューロンモデルのネットワーク構造としては、図2に示す階層型ネットワーク及び図3に示す相互結合型ネットワークがある。
【0024】
図2に示すように、階層型ネットワークは、入力層、中間層及び出力層という複数の階層で構成されている。この構造においては、図中○印で示されている各ニューロンが層状に配置されており、同じ階層のニューロンは互いに結合せず、別々の階層のニューロンが互いに結合している。そのため、信号伝播は、ある層からその次の層へと一方向のみに行われる。なお、入力層と出力層との間に複数の中間層が介在していても良い。中間層の数を増やすことで予測精度の向上を図ることができる。
【0025】
一方、図3に示すように、相互結合型ネットワークは、階層型ネットワークのような階層構造を持たずに各ニューロンが互いに結合しているネットワークである。
【0026】
ANNの主たる特徴の1つは、学習によって機能を獲得するという点である。学習とは、ニューロンモデルにおいてニューロン間の結合荷重を所定のアルゴリズムに基づいて更新することである。この学習により、その後に行われる実際の入力データから望ましい出力が得られるようにすることができる。学習の方法は、大別して3つある。具体的には、教師あり学習、教師なし学習、及び強化学習である。
【0027】
教師あり学習では、ANNに所定のテストデータを入力してその入力テストデータから実際の出力を得るとともに、入力テストデータに対する出力として望ましい目標出力データを教示する。そして、実際の出力データと目標出力データとの誤差に基づいてニューロン間の結合荷重を修正する。この学習は、誤差が収束するまで継続される。学習の過程で中間層の数を自発的に増やす自己増殖型もある。
【0028】
教師なし学習では、所与のデータから一定のパターンや特徴等の法則性を特定し、その法則性に従って、類似の入力データに対して類似の出力データが得られるようにニューロン間の結合荷重を修正する。
【0029】
強化学習では、学習及び行動決定のコントローラが、報酬の最大化を目指して環境(制御対象)の状態観測から行動出力へのマッピング(政策)を獲得する。コントローラは、環境に対して行動を起こし、環境の状態が遷移し、その遷移に応じた報酬を得るサイクルを繰り返し、マッピングを学習する。
【0030】
続いて、生体神経回路網とニューロンモデルとの関連性について説明する。この関連性についての説明は、例えば「計算神経科学への招待」(数理科学、No.505、JULY 2005)においてなされている。ここでは、脳内の幾つかの部位を例にとって説明する。
【0031】
大脳皮質は、6層の構造を有し、また、浅い層の出力はより高次の皮質へ伝播され且つ深い層の出力はより低次の皮質や視床、脳幹へ伝播されるという結合関係があることから、階層的な多数の領野に分けられている。大脳皮質のニューロンは、多数のコラムから構成されている。コラムは、例えば視野に入った物体の形や位置、動き、自分の手との関係等、各領野に異なる属性に対する応答性を持ち、類似した特徴に応答するニューロンが集まったものである。
【0032】
大脳皮質のシナプスも海馬と同様な可塑性を持つ。大脳皮質の特徴は、各領野内においても各領野間においても、双方向的な結合が強く見られ、規則性がある。ボトムアップの結合は主に第3層から第4層に向かう。トップダウンの結合は主に第5、6層から第1層に向かう。したがって、大脳皮質は、その相互結合回路のダイナミクスによる相互結合型ネットワークの教師なし学習モデルに近いと考えられる。
【0033】
すなわち、本実施の形態の解析システムにおいて、解析対象部位が大脳皮質である場合には、図4に示すように、ニューラルネットワーク解析に用いるANNに適用するニューロンモデルとして、相互結合型ネットワークの教師なし学習モデルを選定することが適切である。
【0034】
大脳基底核は、大脳皮質から入力を受け、尾状核と被殻からなる線条体を入力部として淡蒼球内節と黒質網様部を出力部とした2重抑制の回路構造を持つ。また、線条体は、黒質緻密部からドーパミン性の入力を受ける。
【0035】
大脳基底核の機能に関しては、ジュースや餌等の報酬を使った実験で、線条体ニューロンが報酬の予測に応じた応答を示すこと、及びドーパミン細胞が報酬の予測誤差に応答することが、明らかにされている。また、大脳皮質から線条体への入力シナプスがドーパミンに依存した可塑性を持つことから、大脳基底核は、報酬の予測を基にした行動学習に関与すると考えられている。したがって、大脳基底核は、線条体が状態の価値と行動の価値を学習し、中脳の黒質ドーパミン細胞から送られる報酬信号を基にした学習を行うことから、相互結合型ネットワークの強化学習モデルに近いと考えられる。
【0036】
すなわち、本実施の形態の解析システムにおいて、解析対象部位が大脳基底核である場合には、図4に示すように、ニューラルネットワーク解析に用いるANNに適用するニューロンモデルとして、相互結合型ネットワークの強化学習モデルを選定することが適切である。
【0037】
小脳は、分類としては後脳の一部であり、その起源は古い。しかし、その中心部が脊髄や脳幹に出力を送るのに対し、その左右に張り出した外側部は視床を経て大脳皮質に出力を送り、大脳皮質の進化に伴い小脳も拡張し続けている。特に、その腹外側部は大脳の前頭前野に出力を送り、運動制御だけではなく様々な認知機能にも関与する。
【0038】
小脳の出力細胞であるプルキンエ細胞は入力層の顆粒細胞から約10万本の平行線維へのシナプスと、脳幹の下オリーブ核から1本の登上線維へのシナプスと、を受ける。この特徴的な構造から、登上線維はプルキンエ細胞の出力の学習信号を与えると考えられ、平行線維シナプスが登上線維との同時刺激により長期減弱を起こすこと、登上線維が誤差信号をコードすること、さらに眼球運動等の学習のシミュレーション実験により検証されている。したがって、小脳は、下オリーブ核から登上線維によって送られる誤差信号を基にした学習を行い、階層型ネットワークの教師あり学習モデルに近いと考えられる。
【0039】
すなわち、本実施の形態の解析システムにおいて、解析対象部位が小脳である場合には、図4に示すように、ニューラルネットワーク解析に用いるANNに適用するニューロンモデルとして、階層型ネットワークの教師あり学習モデルを選定することが適切である。
【0040】
このように、本実施の形態では、ニューラルネットワーク解析に用いるANNに適用するニューロンモデルを解析対象の生体神経回路網の部位に応じて選定する。各部位の特徴を踏まえて最適なニューロンモデルを選定することができるため、解析対象部位が生体内のどこであっても一定レベル以上の予測精度を確保することができる。
【0041】
次いで、本実施の形態の解析システムの予測表示動作について、図5及び図6を用いて説明する。図5は、予測表示動作を説明するためのフロー図であり、図6は、予測表示動作における入出力の例を示す図である。
【0042】
まず、蛍光色素で着色されている解析対象部位の生体神経回路網を撮影装置11によって撮影する(ステップS1)。例えば、神経細胞が生体内に移植されて間もない時期にその部位を撮影すると、再生初期の生体神経回路網の実画像を得ることができる。得られた実画像のデータは、解析装置12に入力される。
【0043】
なお、細胞体、軸索、樹状突起、シナプス、神経伝達物質及び細胞接着分子等の、生体神経回路網の各要素を、互いに異なる蛍光色素(緑色、黄色及び赤色等の蛍光タンパク質)で着色することによって、これらを識別可能とすることが好ましい。
【0044】
解析装置12には、再生初期の生体神経回路網の実画像とともに、各種情報が入力される(ステップS2)。情報入力は入力装置13を用いて行われる。
【0045】
入力される情報の例としては、目的に応じて選択した表示対象の蛍光色素情報、再生又は活性の度合いを示す蛍光色の濃淡情報、3次元座標の位置情報、及び術後からの経過時間情報等がある。術後からの経過時間情報としては、1週間後、1ヶ月後、1年後等の時期を指定することができ、この指定を行うと、その指定時期における神経再生状態を予測することができる。また、再生の進度に影響する因子として、年齢、並びに疾病及びその重症度等の関連情報も入力すると、神経再生過程の予測精度を一層向上させることができる。なお、入力情報の値の形式は、絶対値又は相対値(再生初期の変化量)とする。
【0046】
なお、ステップS2では、上記各種情報の入力のほかに、神経再生過程の予測時期(指定時期)を出力条件として指定する。この指定も入力装置13を用いて行うことができる。
【0047】
ステップS3では、入力装置13を用いて解析対象部位がどこであるかを指定し、解析装置12において、後に実行されるニューラルネットワーク解析に用いるANNに適用するニューロンモデルを、指定された解析対象部位に応じて選定する。解析装置12に、解析対象部位とニューロンモデルとの対応関係を示すテーブルを予め記憶させておくと、適切なニューロンモデルの選定を確実に行うことができる。
【0048】
ステップS4では、解析装置12において、選定されたニューロンモデルの学習を行って、ANNの結合荷重を決定する。本実施の形態では、解析対象のデータが画像であるため、学習用のテストデータに画像を使用する。例えば、再生が速いパターンのテスト画像の組合せや、再生が遅いパターンのテスト画像の組合せ等、複数パターンのテスト画像を使用することが好ましい。
【0049】
そして、解析装置12において、ニューラルネットワーク解析により(例えばバックプロパゲーション法により)、生体神経回路網の再生過程の予測を行い(ステップS5)、その結果を表示装置14に表示する(ステップS6)。
【0050】
ニューラルネットワーク解析では、結合荷重をANNにセットし、そのANNに、再生初期の生体神経回路網の実画像及び各種情報を入力信号として入力すると、入力信号と結合荷重との演算により、指定時期の生体神経回路網の予測画像を生成することができる。また、各種の出力情報を得ることもできる。出力情報としては、例えば再生完了時期がある。また、指定された予測時期における再生度合いや再生領域を出力することもできる。したがって、本実施の形態では、再生初期の時点で、将来の再生領域や再生度合い、再生完了時期等を判定することができる。
【0051】
以上説明したように生体内の神経再生過程の予測が実現されると、生体内で再生中の神経回路網の活性度や形態的特徴を自動的に抽出することができるため、その神経回路網の解析に要する時間を短縮することができる。特に、本実施の形態では、予測結果として再生初期以降の生体神経回路網の再生過程の予測画像を提供することができる。これにより、神経再生過程の早期診断の実現や、生体神経回路網の形成・再生に関与する仕組みの解明の促進が、期待される。
【0052】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、以上の説明は本発明の好適な実施の形態の例証であり、本発明の範囲はこれに限定されるものではない。よって、上記実施の形態は、種々変更して実施可能である。
【符号の説明】
【0053】
11 撮影装置
12 解析装置
13 入力装置
14 表示装置


【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体神経回路網の再生過程を解析する解析システムであって、
前記生体神経回路網の実画像を取得する撮影装置と、
人工的ニューラルネットワークを用いるニューラルネットワーク解析により、前記生体神経回路網の再生過程を、取得された実画像に基づいて予測する解析装置と、
前記解析装置の予測結果を出力する出力装置と、を有し、
前記解析装置は、前記人工的ニューラルネットワークに適用するニューロンモデルを、前記生体神経回路網の部位に応じて選定する、
解析システム。
【請求項2】
神経再生の進度に影響する因子を前記解析装置に入力する入力装置をさらに有し、
前記解析装置は、取得された実画像及び入力された因子を前記人工的ニューラルネットワークへの入力信号として用いる、
請求項1に記載の解析システム。
【請求項3】
前記解析装置は、前記予測結果として再生初期以降の前記生体神経回路網の予測画像を生成し、
前記出力装置は、生成された予測画像を表示する、
請求項1または2に記載の解析システム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−113706(P2013−113706A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−259977(P2011−259977)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(000112602)フクダ電子株式会社 (196)
【Fターム(参考)】