説明

解析方法

【課題】タンパク質の量について比較可能なデータが得られる解析方法を提供する。
【解決手段】解析方法は、タンパク質とタンパク質に対して特異的に結合する担体とを接触させて試料を得る工程と(S100)、試料について、タンパク質解析チップを用いて、等電点電気泳動とマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI−MS)とを行う、二段階解析工程と(S200)、MALDI−MSから得られる、担体または担体の一部からなる標準物質に由来する第1のシグナルと、担体に担持されたタンパク質またはタンパク質の一部に由来する第2のシグナルとを取得する、シグナル取得工程と、標準物質由来の第1のシグナルの所定のピーク強度に基づいて、第2のシグナルの強度を補正して、第2のシグナルの補正後強度を得る、補正工程と(S300)、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の生命科学研究の進展により、体内のタンパク質やペプチドの変化と疾患との関係が明らかになりつつある。疾患を反映するタンパク質やペプチドは、疾患の指標、すなわち「疾患関連タンパク質・ペプチド」(以下、疾患関連タンパク質)と称される。現状では、疾患関連タンパク質に特異的な抗体や受容体などのアフィニティーを利用して、これらの濃縮および検出が行われている。一方、タンパク質のリン酸化、メチル化あるいは糖鎖付加などの翻訳後修飾が、タンパク質やペプチドの機能・細胞内局在・細胞外分泌を制御する例が報告されている。これらの異常が疾患を引き起こすことが明らかになってきている。
【0003】
しかし、翻訳後修飾と疾患との関連についての解析は十分ではなかった。
これは、タンパク質の翻訳後修飾の解析を簡便かつハイスループットに行うことは困難であるためである。すなわち、疾患関連タンパク質の翻訳後修飾と疾患との関連を明らかにするためには、異なる疾患状態にある多数試料を解析し、試料中の疾患関連タンパク質の翻訳後修飾を統計的に調べる必要がある。このため、ハイスループットな解析が要求される。また、疾患関連タンパク質は体内に低濃度で存在することも多いため、これらを濃縮してから解析する必要がある。
【0004】
一般的なタンパク質の翻訳後修飾やアミノ酸配列変化の解析方法としては、例えば、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)を利用したウェスタンブロット法があげられる。ウェスタンブロット法では、SDSを用いて変性させたタンパク質をゲル内で分子量に基づき電気泳動分離した後、ゲル中のタンパク質をメンブレン(PVDF、ニトロセルロース等)に転写する。次いで、分析対象であるタンパク質(以下、分析対象物)に特異的な抗体等を用いてメンブレンを染色すると、該分析対象物は染色されたスポットやバンドとして検出される。このスポット部分を切り出して、タンパク質消化酵素等で断片化した後に回収し、質量分析を行う。これにより、分析対象物の翻訳後修飾やアミノ酸配列などの詳細な情報を得ることもできる。しかし、このウェスタンブロット法は実験ステップが多く、操作が面倒で解析に長時間を要するという問題がある。
【0005】
また、別の解析方法としては、液体クロマトグラフ−タンデム質量分析(LC/MS/MS)が挙げられる。LC/MS/MSでは、まずアフィニティーカラムを用いて分析対象物を捕捉する。次に、分析対象物を前記アフィニティーカラムからタンデム質量分析装置に導入し、分析対象物のイオン種とイオン種断片の質量スペクトルを得る。これらの結果から、分析対象物の翻訳後修飾やアミノ酸配列などの詳細な情報を取得できる。しかし、LC/MS/MSは操作が煩雑であり、試料処理に多くの時間を要するという問題がある。
【0006】
このような事情から、低濃度の疾患関連タンパク質については、その翻訳後修飾と疾患との関連を調べる、簡便でハイスループットな解析方法が期待されていた。
これに対して、非特許文献1や特許文献2には、タンパク質解析チップ(以下、チップ)とマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(以下、MALDI−MS)をスクリーニングに用いて、疾患関連タンパク質の翻訳後修飾やアミノ酸配列変化をハイスループットに検出可能な解析方法が記載されている。この解析システムでは、抗体などを用いたアフィニティー担体を利用して、濃縮したバイオ試料中の分析対象物を担体から溶出し、タンパク質分解酵素を用いてペプチド断片化した後、タンパク質チップで分離し、さらにMALDI−MSを用いて解析する。この方法によって、分析対象物に由来するペプチド等を短時間のうちに、かつ簡便に検出することができると記載されている。
【0007】
一方、通常、分析対象物を担体で濃縮した後、担体から溶出するためには、高濃度の塩類や酸・アルカリによる処理を必要としていたが、高濃度の塩や酸・アルカリは後工程のチップを用いた電気泳動やMALDI−MSに悪影響を及ぼすという問題があった。このため、高濃度の塩類や酸・アルカリを多大の時間と労力をかけて除去する必要があった。
これに対して、特許文献1に記載の技術では、分析対象物をアフィニティー担体に結合したままタンパク質分解酵素を用いてペプチド断片化している。これにより、高濃度の塩類等を使用した溶出操作を必要としなくなり、緩衝液あるいは水などでペプチドを溶出後、タンパク質チップで電気泳動することが可能になると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−372517号公報
【特許文献2】特開2007−278934号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Fujita,M.,Hattori,W.,Sano,T.,Baba,M.,Someya,H.,Miyazaki,K.,Kamijo,K.,Takahashi,K.,Kawaura,H. J.Chromatography A. 1111,pp200−205(2006).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、試料中において、試料濃縮のために添加するアフィニティー担体の量を正確に制御することが困難であった。このため、担体の量で、質量分析結果から分析対象となるタンパク質の量を制御することが難しい。そのため、タンパク質や翻訳後修飾を受けたタンパク質の量について、比較解析するためのデータを簡便に得ることが難しかった。
【0011】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、タンパク質や翻訳後修飾を受けたタンパク質の量に関して、比較解析するための簡便なデータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、
タンパク質と前記タンパク質に対して特異的に結合する担体とを接触させて試料を得る工程と、
前記試料について、タンパク質解析チップを用いて、等電点電気泳動とマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI−MS)とを行う、二段階解析工程と、
前記MALDI−MSから得られる、前記担体または前記担体の一部からなる標準物質に由来する第1のシグナルと、前記担体に担持された前記タンパク質または前記タンパク質の一部に由来する第2のシグナルとを取得する、シグナル取得工程と、
前記標準物質由来の前記第1のシグナルの所定のピーク強度に基づいて、前記第2のシグナルの強度を補正して、前記第2のシグナルの補正後強度を得る、補正工程と、を含む、解析方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、タンパク質の量について比較可能なデータが得られる解析方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施の形態の試料解析システムの構成および解析方法のフローチャートを示す図である。
【図2】本実施の形態のチップの構造を模式的に示す図である。
【図3】本実施の形態の電気泳動・乾燥装置の構造を模式的に示す図である。
【図4】実施例の電気泳動結果を示す図である。
【図5】本実施例のシグナル候補を抽出した結果を示す図である。
【図6】本実施例の最終的なシグナル抽出結果を示した2次元グラフを示す図である。
【図7】規準マーカーに用いたペプチドのpI値およびm/z値を示す図である。
【図8】投入サンプル量と規準マーカー(M/z:1301.9,2006.3,2145.7)の質量分析シグナルの強度との関係を示す図である。
【図9】(a)は血清試料で得られた質量スペクトルの一部を示す図であり、図10(b)は酸化血清試料で得られた質量スペクトルの一部を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0016】
まず、本実施の形態の解析方法について説明する。
図1は、本実施の形態の試料解析システムの構成および解析方法を工程別に示す。
本実施の形態の解析方法は、タンパク質とタンパク質に対して特異的に結合する担体とを接触させて試料を得る工程と(S100)、試料について、タンパク質解析チップを用いて、等電点電気泳動とマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI−MS)とを行う、二段階解析工程と(S200)、MALDI−MSから得られる、担体または担体の一部からなる標準物質に由来する第1のシグナルと、担体に担持されたタンパク質またはタンパク質の一部に由来する第2のシグナルとを取得する、シグナル取得工程と、標準物質由来の第1のシグナルの所定のピーク強度に基づいて、第2のシグナルの強度を補正して、第2のシグナルの補正後強度を得る、補正工程と(S300)、を含む。
【0017】
また、本実施の形態の解析方法において、二段階解析工程(S200)は、基板と基板上に設けられている検体試料用の流路とを備えるタンパク質解析チップを用いて、基板上で試料とともに泳動液について、等電点電気泳動を行う工程と(S202〜S206)、流路上の泳動液を、凍結乾燥する工程と(S208〜S212)、流路上にマトリックス剤を塗布する工程と(S214)、流路上で、MALDI−MSを行う工程と(S216)、を含む。
【0018】
本実施の形態の解析方法は、タンパク質解析チップ(以下、特に明示しない限りチップと称する)を用いたハイスループット解析方法である。
この解析方法の対象は、バイオ試料中のタンパク質である。試料としては、このタンパク質とこのタンパク質に対して特異的に結合する担体(アフィニティー担体)とを接触させて得られる。このタンパク質には、ペプチド、ポリペプチドやこれらがリン酸化、メチル化または糖鎖付加等の翻訳後修飾された化合物を含む。
【0019】
図1に示すように、本実施の形態の解析方法は、試料前処理工程(S100)、二段階試料解析工程(S200)およびデータ解析工程(S300)を含む。
試料前処理工程は(S100)、分析対象物を捕捉する工程(S102)、分析対象物を断片化する工程(S104)、分析対象物の断片化物を回収する工程(S106)を含む。このステップS100では、二段階試料解析工程(S200)に用いる試料の作成を行う。すなわち、ステップS102では、分析対象物に対するアフィニティー特性を利用し、アフィニティー担体10により分析対象物を捕捉する。ステップS104では、担体に捕捉された状態のまま分析対象物を断片化する。アフィニティー担体10としては、例えば、担体が、抗体または受容体等が挙げられる。断片化するには、例えば、タンパク質分解酵素20等を用いる。ステップS106では、断片化した担体および分析対象物の断片化物を回収する。このとき、ステップS106は、断片化物の濃度を上げるような濃縮工程をさらに有してもよい。
【0020】
次いで、二段階試料解析工程(S200)は、チップ収容工程(S202)、試料液・電極液をチップの流路に導入する工程(S204)、電気泳動工程(S206)、冷却工程(S208)、フタ剥離工程(S210)、乾燥・固定化工程(S212)、マトリックス剤塗布工程(S214)、質量分析工程(S216)、PI、m/z・強度データの取得工程(S218)を含む。ステップS202〜S212は、チップ100が内部に配置された電気泳動・乾燥装置200を用い、ステップS214には、溶液塗布装置300を用い、ステップS216には、質量分析機400を用いる。
【0021】
このステップS200では、チップ100の流路を利用して、断片化物を等電点電気泳動した後、流路に保持されている断片化物に対して質量分析を行う。すなわち、ステップS202では、チップ100を電気泳動・乾燥装置200に収容する。ステップS204では、収容されたチップ100の流路端片側のリザーバから流路に、断片化物と等電点電気泳動用両性担体とを含む泳動液を導入する。さらに、このステップでは、流路の両端の各リザーバに電極液を導入する。ステップS206では、温度制御機構で所定のチップ温度を保持しながら、流路上で断片化物を等電点電気泳動する。ステップS208では、氷点以下の所定の低温度条件で、泳動後にチップを冷却して、流路内に保持されている泳動液・電極液を氷結させる。ステップS210では、チップの基板を所定の低温度に冷却保持して、等電点電気泳動済みの断片化物の氷結状態を維持しつつ、基板上面からフタ下面を剥離する。このように、等電点電気泳動の間は、チップ100においては、流路を含む基板上面とフタ下面とを密着させ、所定の配置で基板の流路上面における密閉状態を維持している。ステップS212では、フタ剥離したチップを氷結させた状態で、表面が露出している断片化物に対して凍結乾燥処理を施す。そして、流路上において、スポット状に分離している断片化物を、乾燥固定化する。
【0022】
続いて、ステップS214では、溶液塗布装置300を用いて、マトリックス剤をチップ上に塗布する。これにより、流路内の乾燥・固定化されている電気泳動済みの断片化物に、マトリックス剤を付与する。ステップS216では、質量分析機400を用いて、流路上でMALDI−MSを行う。これにより、スポット状に乾燥・固定化されている断片化物に由来するイオン種のm/z情報と位置情報とを取得することができる。
【0023】
次いで、データ解析工程(S300)は、ピークマッチング工程(S302)、強度補正工程(S304)、データ比較工程(S306)を含む。ステップS302〜306は、解析プログラム用PC500を用いる。このステップS300では、質量分析(S216)から得られた多数のイオンピークについて、データ解析を行う。すなわち、ステップS302では、各イオンの分子量情報(m/z)に対して、イオンのチップ上での位置情報に基づき、pI値が与えられる。この分子量とpIの情報セットを試料間で比較し、各解析結果間、あるいは各試料間等において得られたイオンピークのマッチングが行われる。ステップS304では、アフィニティー分子由来の規準イオンピークをもちいて、各イオンピークのシグナル強度を補正する。そして、ステップS306では、各流路間、各解析結果間、あるいは各試料間等において、分析対象物の量的な比較を行う。
【0024】
本実施の形態の解析においては、質量分析結果に捕捉抗体等に由来する断片化物(標準物質)の由来の第1のシグナルが含まれている。また、複数の試料において、同一種類の担体を用いる。このため、標準物質由来の第1のシグナルは、全試料に共通して認められる。本実施の形態の解析方法は、これらの第1のシグナルを規準マーカーとして用いる。そして、規準マーカー由来の第1のシグナル強度に基づいて、分析対象であるタンパク質(担体に担持されたタンパク質やタンパク質の一部を含む)の第2のシグナルの強度を補正する。
【0025】
ここで、タンパク質に由来する第2のシグナルの強度を補正する方法について説明する。
まず、試料について複数二段階解析工程を行う。すなわち、二段階解析工程を2以上行うか、または2以上の流路を有するチップを用いて、二段階解析工程を行う。これにより、2以上の標準物質に由来する第1のシグナルを取得する。このとき、通常、試料毎に、標準物質の含有量にバラツキが生じている。
つづいて、2以上の標準物質由来の第1のシグナルにおいて、所定のm/z値を表すピーク強度の差が、小さくなるように、タンパク質由来の第2のシグナルの強度を補正する。これにより、第2のシグナルの補正後強度を得ることができる。
また、差が小さくなるようにする方法としては、以下の態様を含むことができる。
(i)ピーク強度の基準値を設定する。この基準値よりピーク強度が大きい場合、ピーク強度を小さくなるように補正する。一方、基準値よりピーク強度が大きい場合、ピーク強度を大きくなるように補正する。または、この基準値に合わせるように、ピーク強度を補正してもよい。
(ii)ピーク強度について、所定の閾値(ピーク強度の範囲)を設定する。ピーク強度が閾値内である場合は、補正しないとすることができる。一方、閾値を超えている場合には、ピーク強度を小さくなるように補正する。
(iii)第2のシグナルの強度を、標準物質由来の第1のシグナルのピーク強度で除する。これにより、標準物質由来の含有量当たりの第2のシグナルの補正後強度を得る。
(iv)試料間、データ間および流路間において、最大のピーク強度を100%として、他のピーク強度(同じm/z値を示す)を規格化してもよい。また、試料間、データ間および流路間において、所定のピーク強度を100%として、他のピーク強度(同じm/z値を示す)を規格化してもよい。ここで、規格化するには、最大のピーク強度に他の試料間のピーク強度(同じm/z値を示す)を同一または所定の閾値内にする。
【0026】
また、規準マーカーのチップ流路上での位置情報と等電点(pI)情報をもとに、分析対象であるタンパク質に由来する第2のシグナルのpIを補正し、MALDI−MS結果から得られる分子量/電荷(m/z)とあわせ、第2のシグナルの「pI、m/z」情報のセットを取得する。各第2のシグナルの「pI、m/z」情報は、「二次元分離パターン」になっている。このパターンを試料間で照合することにより、対応するシグナルのマッチングを行う。さらに、上述のように、規準マーカーの第1のシグナル強度をもとに、分析対象であるタンパク質に由来する第2のシグナルの強度を補正する。試料間で対応する第2のシグナルの補正強度や、この補正強度をさらに加工したデータを比較することによって、分析対象であるタンパク質の存在量を試料間で比較することが可能になる。
【0027】
本実施の形態の作用効果について説明する。
【0028】
各種試料には、共通の担体または担体の一部(断片物)が含まれている。このため、各種試料について二段階解析工程を行うと、この担体の第1のシグナルが必ず得られる。この第1のシグナルを共通のマーカ(基準マーカ)として用いることができる。
一方で、タンパク質は、担体に特異的に結合する。担体の量に依存して、検出対象のタンパク質の量が決まる。しかしながら、試料中の担体の量を制御することが難しい。
これに対して、本実施の形態では、標準物質(担体または担体の一部)由来の第1のシグナルの所定のピーク強度に基づいて、タンパク質またはタンパク質の一部に由来する第2のシグナルの強度を補正することができる。これにより、第2のシグナルの補正後強度を得ることができる。この補正強度は、担体の量を制御して決定される検出対象のタンパク質の量を表す。このように、担体の量ではなく、担体の第1のシグナルの所定のピーク強度に基づいて、タンパク質の量が制御されたデータが得られる。このデータは、タンパク質や翻訳後修飾を受けたタンパク質の量に関して、比較解析するための簡便なデータとすることができる。
【0029】
また、上記特許文献に記載の方法をもってしても、分析対象のタンパク質をアフィニティー担体で捕捉した状態で、解析を行うと、各試料における担体の存在量のバラつきにより、分析対象タンパク質の存在量にバラつきが生じることがあった。すなわち、試料濃縮のために添加するアフィニティー担体の量を試料間で正確に一定にすることが困難であった。このため、質量分析結果から分析対象となるタンパク質の量を試料間で比較するに際し、大きな誤差を内包するおそれがあった。ここで、試料間から得られるデータとは、二段階解析工程を複数回行って得られるデータ、レーンが異なるチップから得られる各レーン毎のデータ、同一の担体を含むかつ異なるタンパク質などを含む試料から得られたデータを含む。
【0030】
これに対して、本実施の形態では、2以上の標準物質由来の第1のシグナルにおいて、所定のm/z値を表すピーク強度の差が、小さくなるように、第2のシグナルの強度を補正することができる。これにより、試料間の第1のシグナルの強度(同じm/z値を示す)の差を、小さくすることができる。このため、試料間の第2のシグナルの強度(同じm/z値を示す)の差を、小さくすることができる。このようにして、試料間のタンパク質の量のバラツキを小さくすることができる。これにより、タンパク質や翻訳後修飾を受けたタンパク質の量に関して、試料間で、比較解析するための簡便なデータとすることができる。
【0031】
また、標準物質由来の含有量当たりの第2のシグナルの補正後強度を得ることにより、試料間の担体の量のバラツキを排除することができる。
【0032】
本実施の形態の解析方法並びに解析システムを用いることにより、異なるサンプル間でのタンパク質・ペプチドの翻訳後修飾および発現量を簡便に比較することが可能となる。これにより、発現量や翻訳後修飾が疾患に関連して変化するタンパク質・ペプチドの検出が可能になる。そのため、疾患関連タンパク質の発現量や修飾状態の変化について詳細な情報を取得することができるようになる。そして、より病態に即した指標となるタンパク質・ペプチドの探索ならびにそれらを用いた診断が可能となる。
【0033】
タンパク質の翻訳後修飾を簡便に解析することができれば、疾患との関連を効率よく明らかにすることも可能になり、単に疾患を識別するだけのマーカーにとどまらず、病態に伴う疾患マーカーの修飾状態の変化など高度の診断マーカー開発、さらには疾患メカニズムの解明にもつながる。
【0034】
例えば、疾患患者と健常者の試料から得られた二次元分離パターンを比較することによって、当該疾患に特有な、分析対象物由来の「未知の断片化物」をスクリーニングできる。さらに、疾患と関連づけられたシグナルについては、試料中にシグナルが存在するか否かをもとに疾患の診断が可能になる。また、未知の断片化物については、LC/MS/MS等を用い、タンパク質の特定や翻訳後修飾の有無などの解析が可能になる。
【0035】
本実施の形態の解析方法では、分析対象物のアフィニティー特性を用いた捕捉工程において、抗原・抗体間の親和性を利用した免疫沈降法や受容体・リガンド間の親和性を利用した捕捉法を用いることが望ましい。これにより、選択的に分析対象物を捕捉することが可能になる。
【0036】
また、本実施の形態の解析方法では、断片化工程において、化学的および酵素的断片化を行うことが望ましい。これにより、再現性良く断片化することができる。また、本実施の形態の解析方法では、断片化工程において、化学的断片化または酵素的断片化を行う工程を含む。酵素的断片化には、各種タンパク質消化酵素として、エキソペプチターゼまたはエンドペプチターゼを用いる。タンパク質消化酵素は、トリプシン、ペプシン、キモトリプシン、エラスターゼ、V8、LEP等が挙げられる。
【0037】
本実施の形態では、担体上の分析対象物を捕捉抗体等とともに断片化するため、分析対象物と捕捉抗体等に対して、担体からの解離工程と断片化工程とを同時に行う。高塩濃度溶液を使用した解離工程がないので、電気泳動や質量分析に障害となる操作は含まれず、また脱塩処理に要する時間を省くことができる。
【0038】
次に、本実施の形態に用いる装置や材料等について説明する。
【0039】
1.バイオ試料
本実施の形態に係るバイオ試料としては、各比較対象群、例えば、健常者群と疾患患者群や軽症患者群と重症患者群から得られた血漿、血清、尿・喀痰などの排泄物、唾液、咽頭ぬぐい液、髄液、組織細胞からの抽出液等を指す。データの信頼性を確保するため、可能な範囲内において同一条件で、バイオ試料の採取・保管を行うことが望ましい。また、バイオ試料中には、チップの流路深さや、流路内の柱状体間の間隔よりサイズが大きく、目詰まりを生じさせる物質が存在することがある。または、バイオ試料中には、MALDI−MSにおいてイオン化を妨げる物質が存在することがある。このような物質を除去することが望ましい。また、試料前処理のみで物質を除去しきれない場合には、上記物質の除去処理工程を、試料前処理工程の前後に行ってもよい。
【0040】
2.ハイスループット解析システム
本実施の形態のハイスループット解析システムは、チップ100、電気泳動・乾燥装置200、溶液塗布装置300、質量分析機400から構成される(図1)。このシステムは、ステップS100〜S306を行う。
【0041】
2−1.タンパク質チップ
図2は、本実施の形態のチップ100(タンパク質チップ)の構造の一例を模式的に示す。図2の(a)は、フタ104の上面図である。図2(b)は、基板103の上面図である。図(c)は、組み立てたチップ100のA−A'断面図である。図2(d)は、流路102の拡大図を示す。
【0042】
本実施の形態のチップ100は、基板103、流路102、リザーバ105a,105b、フタ104を備える。流路102は、基板103上に形成されている。流路102内には、複数の親水性の柱状体101が形成されている。この流路102は、分析対象物の断片化物の分離領域となる。流路102両端には、それぞれリザーバ105a、105bが設けられる。基板103は、その上面にある流路102内に高電圧を印加するため、基板自体を流路内の試料溶液から絶縁しておく必要がある。この基板103としては、高絶縁性材料を用いることが望ましい。また、基板103としては、流路構造を加工するにあたって、十分な精度で加工可能な材料が好適である。このような材料としては、例えば、石英もしくはガラス、更にはPC(ポリカーボネイト)、PMMA(ポリメチルメタクリレート)等の高い絶縁特性を有するプラスチック材料が挙げられる。
【0043】
また、本実施の形態のチップ100の流路102おいては、単一の流路でもよく、複数本の流路が併設されていてもよい。また、流路自体の平面形状、流路の配置、流路の長さは、利用される試料や電気泳動の条件に応じて、適宜選択される。具体的には、流路102の断面形状は、流路の幅、流路の深さが3μm〜2000μmの範囲に選択されることが望ましい。これらの数値は、質量分析の単位底面積あたりの試料量や、十分な熱効率による温度制御と高効率な流体制御が可能で、安定した電気泳動が実現される流路サイズと、基板103の材質、加工精度等を考慮して、適宜選択される。
【0044】
フタ104は、基板103と着脱自在であり、流路102の上面が露出しないように覆う。このフタ104は、少なくとも流路と接する表面が疎水性または撥水性で構成される。フタ104には、流路102両端のリザーバ105a、105bに対応させた位置に、溶液注入用の貫通穴が形成されている。この溶液注入用穴は、等電点電気泳動の電極液の容量を十分確保するために利用され、また、リザーバ105a、105bに電圧印加用の電極部を挿入するためにも利用される。また、フタ104は平板状のフタ基材部106と、フタ基材部106の下面に位置し、基板103と接するフタ樹脂部107とで構成される。ただし、フタ基材部106とフタ樹脂部107は同一部品であってもよい。
【0045】
フタ基材部106の材料としては、フタの機械的強度の保持や、貫通穴作製などの加工が可能で、絶縁特性に優れている材料が好適に利用される。例えば、石英もしくはガラス、ポリカーボネイト、PMMAなどのアクリル樹脂、PDMSなどのシリコーン樹脂をはじめとした高分子樹脂材料が用いられる。
【0046】
本実施の形態においては、フタ104の一部のフタ樹脂部107の弾性部材を用いる。このため、フタ剥離を行う際、少なくともフタ樹脂部107が弾性変形する。そして、剥離の境界部に撓み構造を設けることができる。フタ樹脂部107としては、弾性変形性が高い材料を用いることが好ましい。例えば、フタ樹脂部107の基材に使用する樹脂としては、PDMSや、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、PP(ポリプロピレン)、PE(ポリエチレン)、ポリ塩化ビニルなどのポリオレフィン、またはポリエステルなどが用いられる。加えて、フタ樹脂部107の流路上面に相当する領域は、疎水性または撥水性を示す表面とすることが好ましい。従って、フタ樹脂部107の表面としては、特に、PDMS等のシリコーン樹脂、PTFE等のフッ素系樹脂などの撥水性、撥油性を有する材料による被覆が好適に用いられる。また、基材としては、これらの撥水性、撥油性を有する材料を用いてもよい。
【0047】
また、少なくとも、フタ104の外周の一端部には、基板103の外形より張り出した部分を設けてもよい。この張り出し部は、フタ剥離のための外力の印加に利用される。基板103を固定して押さえつつ、フタ104の張り出し部に外力を印加する。これにより、フタの剥離が進行する。例えば、矩形の基板103、フタ104を選択した場合、基板103の長辺方向に該フタの剥離方向を選択する場合、フタ104の外形は、長辺方向の長さを、該基板の長辺よりも長くする。フタ104の長辺方向における張り出し部に、外力を印加する。その結果、張り出し部には外力の作用点が生じる。さらに、張り出し部は、フタ104を除去する際、フタ104の端部を支えるための支持機能を有する。
【0048】
2−2.電気泳動・乾燥装置
図3は、本実施の形態の電気泳動・乾燥装置200の構造を模式的に示す図である。
本実施の形態に係る電気泳動・乾燥装置200は、チップ100を収容する機構(チップ収容部201および断熱ケース218)と、チップ100の流路に電圧を印加するための電源・電極部(電源202)と、チップ100の温度を制御する機構(温度制御機構204)とを備えている。チップ収容部201は、チップ台220と、チップ100が載置されており、チップ台220上に設けられたチップガイド222と、チップ100の上面に設けられた密閉槽蓋224とで構成される。このチップ収容部201は、断熱ケース218内に設けられている。電源202は、電極部203と配線216を介して電気的に接続している。温度制御機構204は、冷却水循環槽210と、冷却水循環槽210上に設けられたペルチェ素子208と、ペルチェ素子208上に設けられた温度センサ206と、ペルチェ素子208およびチップ台220と配線214を介して接続する温度制御装置212とで構成される。
【0049】
また、電気泳動・乾燥装置200は、乾燥機構を備えてもよい。この乾燥機構は、流路上において各スポットとして分離されている断片化物や成分断片を、当該スポット上に乾燥物として固定化する。電気泳動・乾燥装置200を用いて断片化物を等電点電気泳動する。温度制御機構204を用いて試料を急速凍結し、分離状態で固定する。その後、フタ104を基板103から剥離し、除去する。その結果として基板103上に露出された断片化物を、温度制御装置204、場合によっては密閉槽や減圧機構等を備えた乾燥機構を用いて乾燥固定する。乾燥機構は、特に制限はないが、例えば、基板上に露出された凍結泳動液を蒸発させるための温度調節機構や、基板上に露出された凍結泳動液の溶媒を昇華させるための密閉槽と減圧機構等を備えた凍結乾燥機構が挙げられる。後者では、密閉槽中に基板103を配置し、密閉槽内を減圧すれば、泳動液の溶媒を昇華させ、断片化物を凍結乾燥することができる。
【0050】
2−3.溶液塗付装置
本実施の形態に係る溶液塗付装置は、チップ上に、MALDI−MSで採用されるマトリックス剤を塗布する機構を備えている。この溶液塗付装置は、微細な円筒から、シリンジあるいはガスによる圧力でマトリックス剤を適量ずつ押し出す機構と、円筒とチップとの相対位置を変える機構と、を有するディスペンサーが望ましい。マトリックス剤は、シナピン酸、CHCA、DHB等が好適に用いられるが、これらに限られない。
【0051】
2−4.質量分析装置
本実施の形態に係る質量分析装置は、チップを質量分析装置内にセットするターゲットホルダーと、チップ上に流路に沿って光照射位置を移動させながらレーザー光を照射する光照射機構と、光照射により生じた断片化物のイオン種を解析し、質量スペクトルを得る解析機構とを備える。
【0052】
2−5.データ解析部
本実施の形態に係る解析プログラム用PC(コンピューター)は、得られた質量分析データの解析機構を有する。PCでは、得られたデータを解析するプログラムを動作させる。
【0053】
以下、本発明を実施例を参照して詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に記載に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0054】
(低密度リポタンパク質の酸化修飾検出)
1.バイオ試料
市販の血清試料を300マイクロリットル用意した。また、市販の血清中に存在する低密度リポ蛋白(LDL)を、銅イオンを用いて酸化させた酸化血清試料を300マイクロリットル用意した。
【0055】
2.ハイスループット試料解析システム
2−1.チップ
本実施例で用いたチップとしては、図2に示すチップ100を用いた。このとき、流路は、幅2mm、長さ35mm、深さ10μmであった。また、流路102は4本とした。複数の柱状体101が流路102内に形成されていた。この柱状体101は、上面視において長径が約20μmの楕円形である。柱状体101の高さは、約10μmである。基板103は、合成石英、フタ基材部106は合成石英、フタ樹脂部107は、ゴムを用いた。
【0056】
2−2.電気泳動・乾燥装置
本実施例で用いた電気泳動・乾燥装置としては、図3に示す電気泳動・乾燥装置200を用いた。チップ台220にチップ100が設置されている。温度制御機構(温度制御装置212)で、チップ台220を通して、チップ温度を制御する。本装置の乾燥機構は、凍結乾燥機構であり、密閉槽構築のための密閉用ガラス蓋と、減圧装置(不図示)と、真空排気口とで構成されている。電極部203は、両端のリザーバに挿入され、配線216によって、電源202やコントローラ(不図示)と電気的に接続される。
【0057】
2−3.溶液塗布装置
本実施例では、溶液塗布装置として、MUSASHI ENGINEERING製ディスペンサー装置であるSuperSigmaCM−V2を用いた。
2−4.質量分析計
本実施例では、質量分析計として、Applied Biosystems製MALDI−MSであるVoyager DE−STRを用いた。
2−5.解析プログラム用コンピューター
解析プログラム用コンピューターを使用して、得られた質量分析データの解析を行った。
【0058】
3.試料解析工程
3−1.試料前処理
抗LDL抗体を用いて、血清試料からLDLを免疫沈降により回収し、トリプシン消化を行った。担体にはInvitrogen社の磁気ビーズDynaBeadsを用いた。1件体当たり懸濁液状態のDynaBeads、約20マイクロリットルを用意し、8マイクログラム抗LDL抗体を吸着させた後、300マイクロリットルの試料血清と900マイクロリットルのHEPESバッファー(0.1%のSDSを含む)を加えて攪拌し、室温で抗原抗体反応を1時間行った。磁気ビーズをマグネットで固定し、HEPESバッファーで一度洗浄したあと、PBSバッファーで洗浄し、さらに10倍希釈のPBSバッファーで再洗浄した。磁気ビーズに対して、20マイクロリットルのトリプシン溶液(72ng/マイクロリットル、25mM ammonium bicarbonate)を加えて、37℃、16時間、1200rpmの振動を与えながら消化反応を行った。消化反応後、マグネットを使用して磁気ビーズと消化産物であるペプチド溶液とを分離し、ペプチド溶液を回収した。このペプチド溶液を、遠心エバポレーターを使用して乾燥させ、チップによる等電点電気泳動を行うまでの間−30℃にて保管した。
【0059】
3−2.チップを用いた等電点電気泳動
チップ用試料調整溶液{66%cIEFゲル、3%キャリア・アンフォライト(pI:3−10)、500fmol/マイクロリットルのアンジオテンシンII、500fmol/マイクロリットルのフィブリノペプチドB、必要に応じて2%蛍光マーカー(pI 4、5.5、9の3種類)}を調合した。乾燥させたペプチド試料1件を、試料調整溶液8マイクロリットルに溶解させた(以下、試料溶液と称する)。更にボルテックスを使用して3分間撹拌し、氷温に30分間静置した。試料溶液を3分間撹拌した後、チップの流路端に位置するリザーバに試料溶液1マイクロリットルを注入し、流路内に導入した。流路の両端に位置する酸側リザーバとアルカリ側リザーバに、電極液である100mM燐酸溶液と40mM水酸化ナトリウム溶液を各々7マイクロリットル添加した。両リザーバに電極をセットし、1.5kVで60秒間、0Vで30秒間、3.0kVで720秒間、順次電圧を印加した。電気泳動終了後、直ちにチップを−30℃に冷却し、分離状態を保持したまま、試料溶液を氷結させた。氷結させた試料溶液を流路内に保持したまま、チップのフタを取り外し、流路上端が開放されたチップを、冷却した状態で密閉環境下に置き、凍結乾燥した。凍結乾燥後、蛍光スキャナーあるいは蛍光顕微鏡を用いて、各流路における蛍光マーカーの分離状態をモニターした。図4にその蛍光測定結果を示す。縦軸は蛍光強度、横軸は流路内の位置を示す。図4中、傾向強度のピークが、蛍光等電点マーカのピークを示す。
【0060】
3−3.MALDI−MSを用いた質量分析
マトリックス溶液は、20マイクロモル/マイクロリットルのシナピン酸、0.05%トリフルオロ酢酸、2%フォルムアミド、70%アセトニトリルの水溶液である。質量更正用ペプチドとして、900フェムトモル/マイクロリットルのブラジキニン、200フェムトモル/マイクロリットルのACTH18−19、200フェムトモル/マイクロリットルのインシュリンB(酸化)を含有する。80℃に保たれたチップステージに、凍結乾燥した試料が載ったチップを固定し、溶液塗布装置を使用して、チップの流路上にマトリックス溶液を塗布した。塗布されたマトリックス溶液を乾燥させた後、質量分析を行うまでの間チップは−30℃で保管した。チップを専用のターゲットホルダーにて固定し、MALDI−MSにセットした。流路を端から0.5mm間隔の区画に分画し、酸側の区画から質量分析し、区画ごとに質量スペクトルを取得した。
【0061】
3−4.データ解析
チップから得られた質量スペクトルを用いて、酸化修飾LDLと未修飾LDLで差異を示す断片化物の探索を行った。全ての流路について、各区画で得られた質量スペクトルをXMLデータ等に変換し、データベースに格納した。試料溶液に含まれている、既知のpIを持つ蛍光マーカーの位置情報を用い、流路の各区画におけるpI値を推定した。(図4の電気泳動結果参照)。この蛍光マーカーの位置情報を元にシグナルのpI補正を行い、後工程で得られた質量分析シグナルの、より正確なpI値を推定した。流路ごとに、質量スペクトルデータからシグナルを抽出し、推定されたpIとm/zの二次元座標とその座標で得られた信号強度に基づき、次の手順によりシグナル抽出した。
【0062】
Savitzky−Golayフィルターを用いて、指定した数ごとにスペクトルのm/zとシグナル値の平均をとることで、質量スペクトルのスムージングを行った。1区画ごとに、m/z方向のスペクトルの信号地形から極大値をとる部分をシグナル候補として抽出した。図5にシグナル候補の抽出のイメージを示す。図5の縦軸は信号強度、横軸はm/zを示す。黒色の丸印はシグナル候補を示す。図5からMS中で極大値をとる部分をシグナル候補とすることがわかる。次に、隣接区画にあるシグナル候補を連結した上で、最終的なシグナル抽出を行った。各区画で抽出されたシグナル候補に対して、隣接区画にほぼ同一のm/zのシグナル候補がある場合、これらを連結して共通の1つのシグナルとした(図6参照)。
【0063】
次いで、全サンプルに共通して見られる規準マーカーを特定した。ここで用いた規準マーカーのpIとm/zのリストを図7に示す。アフィニティー分子のみをトリプシン消化により断片化し、チップ電気泳動と質量分析を行った。その結果、これらの規準マーカーがアフィニティー担体に用いた抗体に由来することを確認した。また、チップ電気泳動に投入する断片化したペプチド溶液の量を1および2マイクロリットルとした場合に、得られる質量分析シグナルの強度を比較した(図8)。図8は、投入サンプル量と規準マーカー(M/z:1301.9,2006.3,2145.7)の質量分析シグナルの強度との関係を示す。サンプルを等量ずつ異なる流路で泳動した場合、シグナルの量はほぼ同等であり、また1/2量にした場合はシグナルもほぼ半減していた。以上により、規準マーカーを用いてシグナル強度を補正することの妥当性を示している。
【0064】
異なる流路間、または異なる解析結果で得られたシグナルの対応付け(シグナルのマッチング)を行った。pIとm/zの許容範囲を設定し、その範囲内に存在するシグナルを同一シグナルとみなした。許容範囲内に対応するシグナルが存在しない流路については、その流路での対応するシグナルはないとみなした。異なる流路間で、または異なる解析結果で対応付けされたシグナルに対して、そのpI平均値とm/z平均値を2次元座標として、信号強度のリストを作成した。この際、流路ごとに投入される試料の量的ばらつきを考慮するため、信号強度を規準マーカーのシグナル強度をもとに補正した。このとき、規準マーカー由来の第1のシグナルの所定のピーク強度で、タンパク質由来の第2のシグナルの強度を除した。
【0065】
未修飾血清試料と酸化血清試料とで、シグナルリストを比較した。図9に、両者間で信号強度の異なる、代表的なシグナルが観測された質量スペクトルを示す。図9(a)は血清試料で得られた質量スペクトルの一部を示し、図9(b)は酸化血清試料で得られた質量スペクトルの一部を示す。それぞれ、縦軸は信号強度、横軸はm/zを示す。シグナル1は両方で検出されるが、シグナル2は、酸化血清試料でのみ強く検出され、酸化血清試料のLDLに特有の断片化物と考えられる。また、このシグナル以外にも、酸化血清試料で信号強度が強く検出されるシグナル、及び、弱く検出されるシグナルが見られた。
【0066】
また、上記の未修飾血清試料と、酸化血清試料で信号強度に差があったシグナルについて、アミノ酸配列を解析した。具体的には、酸化血清試料を逆相系C18のキャピラリーを用いたLC/MSで解析し、更に、信号強度の異なるシグナルのm/zを示すシグナルについて、MS/MSを用いて解析した。MS/MSで得られたm/zと、トリプシン消化LDLのアミノ酸配列の分子量を対応付けることができた。図9のシグナル1はLDLのアミノ酸配列のm/zを示し、シグナル2は、シグナル1に酸素が結合し酸化していると想定されるm/zを示した。
【0067】
以上から、本実施の形態の解析方法並びに解析システムを用いることにより、市販血清試料と市販血清を人工的に酸化させた試料中のLDLについて、その詳細の違いを比較し、LDL消化産物の詳細情報(アミノ酸配列、修飾状態)を得ることができた。本実施の形態の解析方法並びに解析システムは、血清中LDLに限られず、他の試料中の各種タンパク質やペプチド等の解析にも利用され得る。したがって、本実施の形態の解析方法並びに解析システムを利用すれば、疾患関連タンパク質の発現や翻訳後修飾、アミノ酸配列変化と疾患との関係を調査することも可能である。
【0068】
なお、当然ながら、上述した実施の形態および複数の変形例は、その内容が相反しない範囲で組み合わせることができる。また、上述した実施の形態および変形例では、各部の構造などを具体的に説明したが、その構造などは本願発明を満足する範囲で各種に変更することができる。
【符号の説明】
【0069】
10 アフィニティー担体
20 タンパク質分解酵素
100 チップ
101 柱状体
102 流路
103 基板
104 フタ
105a リザーバ
105b リザーバ
106 フタ基材部
107 フタ樹脂部
200 電気泳動・乾燥装置
201 チップ収容部
202 電源
203 電極部
204 温度制御機構
206 温度センサ
208 ペルチェ素子
210 冷却水循環槽
212 温度制御装置
214 配線
216 配線
218 断熱ケース
220 チップ台
222 チップガイド
224 密閉槽蓋
300 溶液塗布装置
400 質量分析機
500 解析プログラム用PC

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質と前記タンパク質に対して特異的に結合する担体とを接触させて試料を得る工程と、
前記試料について、タンパク質解析チップを用いて、等電点電気泳動とマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI−MS)とを行う、二段階解析工程と、
前記MALDI−MSから得られる、前記担体または前記担体の一部からなる標準物質に由来する第1のシグナルと、前記担体に担持された前記タンパク質または前記タンパク質の一部に由来する第2のシグナルとを取得する、シグナル取得工程と、
前記標準物質由来の前記第1のシグナルの所定のピーク強度に基づいて、前記第2のシグナルの強度を補正して、前記第2のシグナルの補正後強度を得る、補正工程と、を含む、解析方法。
【請求項2】
同一の前記標準物質に由来する、2以上の前記第1のシグナルを用意する工程を含み、
前記補正工程において、2以上の前記第1のシグナルにおいて、所定のm/z値を表す前記ピーク強度の差が、小さくなるように、前記第2のシグナルの前記強度を補正して、前記第2のシグナルの前記補正後強度を得る、請求項1に記載の解析方法。
【請求項3】
前記補正工程において、前記第2のシグナルの前記強度を、前記標準物質由来の前記第1のシグナルの所定の前記ピーク強度で除することにより、前記標準物質由来の量当たりの前記第2のシグナルの前記補正後強度を得る、請求項1または2に記載の解析方法。
【請求項4】
複数の前記試料において、同一種類の前記担体を用いる、請求項1から3のいずれか1項に記載の解析方法。
【請求項5】
2以上の前記第2のシグナルの前記補正後強度に基づいて、前記試料間を比較するデータを得る工程をさらに含む、請求項1から4のいずれか1項に記載の解析方法。
【請求項6】
前記二段階解析工程は、
基板と前記基板上に設けられている検体試料用の流路とを備える前記タンパク質解析チップを用いて、前記流路上で、前記試料とともに泳動液について、前記等電点電気泳動を行う工程と、
前記流路上の前記泳動液を、凍結乾燥する工程と、
前記流路上にマトリックス剤を塗布する工程と、
前記流路上で、前記MALDI−MSを行う工程と、を含む、請求項1から5のいずれか1項に記載の解析方法。
【請求項7】
前記試料を得る工程は、前記タンパク質、前記担体または前記担体に担持された前記タンパク質を断片化する工程を含む、請求項1から7のいずれか1項に記載の解析方法。
【請求項8】
前記試料を得る工程は、前記断片化する工程で得られた断片化物を回収する工程を含む、請求項7に記載の解析方法。
【請求項9】
前記断片化する工程は、エキソペプチターゼまたはエンドペプチターゼを含むタンパク質消化酵素を用いる、請求項7または8に記載の解析方法。
【請求項10】
前記タンパク質消化酵素は、トリプシン、ペプシン、キモトリプシン、エラスターゼ、V8、LEPからなる群から選択される少なくとも一種を含む、請求項9に記載の解析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−203110(P2011−203110A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70588(P2010−70588)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】