説明

触媒ペーストの製造方法

【課題】PFF構造を有する燃料電池の反応層用に好適な触媒ペーストの製造方法を提案する。
【解決手段】
触媒と水とを混合してプレペーストを得る第1のステップと、前記プレペーストに電解質溶液と多量の水を加えてホモジナイジング処理して分散液を得る第2のステップと、前記分散剤から水分を除去して、得られるプレペーストの水分量を流動限界からスラリー状態までの範囲内とする第3のステップと、を備える、ことを特徴とする触媒ペーストの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒ペーストの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池に用いられる膜電極接合体は固体高分子電解質膜を水素極と空気極とで挟んだ構成であり、水素極及び空気極はそれぞれ固体高分子電解質膜側から反応層と拡散層とを順次積層してなる。
反応層は触媒と電解質との混合物からなり、電子及びプロトンの導電性と通気性が求められる。ここにプロトンは水を伴ってHのかたちで移動するので、反応層を湿潤状態に維持する必要がある。勿論、反応層に水分が過剰に存在すると通気性を阻害するので(いわゆるフラッディング現象)、反応層の水分は常に適当量に維持されなければならない。
【0003】
かかる要求を満足すべく、本出願人は、特許文献1及び特許文献2において触媒と電解質との間に薄い水の膜を備える触媒ペーストを提案している。かかる触媒ペーストは、触媒と水とを予め混合したプレペーストを準備し、このプレペーストと電解質溶液とを混合し、適切な撹拌方法を採用することにより得られる。このように形成される触媒ペーストでは、電解質の親水基が触媒を覆う水膜に引き寄せられて対向し、電解質と触媒と間に親水性の領域が形成され、この親水性の領域が水の膜となる。
【0004】
電解質と触媒との間の親水性の領域を連続させることにより(即ち、当該親水性の領域を斑状としないことにより)、反応層における水の偏在が防止される。また、燃料電池を低加湿環境下で運転するときにおいても、この親水性の領域に水がまとまって存在するので、過乾燥を防止できる。また、高加湿環境下での運転では、過剰な水がこの親水性の領域を介して外部(拡散層側)へ排出されるので、フラッティングを防止できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−140061号公報
【特許文献2】特開2006−140062号公報
【0006】
触媒と電解質との混合物において触媒と電解質との間に親水性の領域を有する構造(以下、「PFF」構造ということがある)を確保するため、本発明者は種々の検討を行なっている。そして、燃料電池の出力特性の向上のためには、PFF構造を有する反応層では、触媒の粒子が電解質中においてより均等に分散されていることが好ましいことに気がついた。そして、本発明者は触媒粒子の凝集を解いて均一に触媒を分散する方策として、触媒と水との混合物であるプレペーストをホモジナイジング処理することに気がついた。
【0007】
そこで本発明者は、特願2010−194320において、触媒と水とを混合してプレペーストを得る第1のステップと、親水性の側鎖を有する電解質を、水分量が10重量%以下の状態で溶媒へ溶解して電解質溶液を得る第2のステップと、プレペーストと電解質溶液を混合して撹拌する第3のステップとを有し、第1のステップは、触媒を多量の水に分散してこれをホモジナイジング処理するホモジナイジングステップと、ホモジナイジング処理された分散液から水分を除去して得られるプレペーストの水分量を流動限界からスラリー状態までの範囲内とする水分除去ステップとを備える触媒ペーストの製造方法を提案している。
【0008】
このような触媒ペーストの製造方法によれば、触媒をホモジナイジング処理するので、触媒粒子の凝集が解かれる。その結果、電解質と触媒との接触面積が広がる。電解質と触媒との接触面に親水性の領域が形成されるので、このように電解質と触媒との接触面積を広くすることにより、反応層中におけるPFF構造が拡大し、もって反応層の特性が向上する。
また、プレペーストと電解質とを混合して触媒ペーストを形成する際に、過剰な水が存在すると、PFF構造に悪影響が生じる。従って、水分除去ステップにおいて過剰な水分を除去することにより、安定したPFF構造を構築することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の触媒ペーストの製造方法は過剰な水分を除去する工程を有している。そのため、沈降あるいは遠心分離などで水を取り除く際に、触媒粒子が再凝集する懸念があった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、この発明の目的は、PFF構造を有する触媒ペーストの製造工程においてプレペーストから水分を除去する際に、触媒粒子が再凝集することを抑制することにある。
この発明の第1の局面は次のように規定される。即ち、
触媒と水とを混合してプレペーストを得る第1のステップと、
前記プレペーストに電解質溶液と多量の水を加えた分散液をホモジナイジング処理する第2のステップと、
前記ホモジナイジング処理された分散液から水分を除去して得られるプレペーストの水分量を、流動限界からスラリー状態までの範囲内とする第3のステップと、を備える、ことを特徴とする触媒ペーストの製造方法。
【0011】
このように、プレペーストを作製するステップにおいて触媒と水を混合した分散液に分散剤として電解質溶液を添加して、これをホモジナイジング処理することにより、後工程である水分除去ステップにおける触媒粒子の再凝集を効果的に抑制することができる。その結果として、燃料電池の更なる出力特性の向上を図ることができる。
【0012】
また、電解質を分散剤として使用するので、電解質添加による触媒ペーストの性状及び燃料電池の発電性能に対する影響が制御し易くなる。
また、プレペーストに添加する電解質溶液は分散剤として機能する濃度とすることが好ましく、電解質の固形分が触媒のカーボン重量の5%以下、もしくはホモジナイジング処理を行う分散液の0.6wt%以下とする。そうすることで、触媒粒子の再凝集を抑制するという本発明の効果が好適に発揮される。
以上より、この発明の第2の局面は次のように規定される。即ち、
第1の局面で規定の触媒ペーストの製造方法において、前記第2のステップで加える電解質溶液は、分散剤として機能するように、電解質の固形分が触媒のカーボン重量の5%以下、もしくは前記分散液の0.6wt%以下の濃度とする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は電解質溶液中の電解質の形態を示す模式図である。
【図2】図2は図1(B)に対応したPFF構造を説明する模式図である。
【図3】図3はこの発明に係る方法で作成したプレペースト中の触媒粒子の粒度分布測定結果を表す図である。
【図4】図4は粒子と水との分散状態を示す摸式図である。
【図5】図5は実験例1に係り、プレペーストのせん断速度と粘度との関係を示すグラフである。
【図6】図6は実験例1に係り、水倍率とせん断速度−粘度勾配との関係を示すグラフである。
【図7】図7は実験例2に係り、プレペーストのせん断速度と粘度との関係を示すグラフである。
【図8】図8は実験例2に係り、水倍率とせん断速度−粘度勾配との関係を示すグラフである。
【図9】図9実験例3に係り、プレペーストのせん断速度と粘度との関係を示すグラフである。
【図10】図10は実験例3に係り、水倍率とせん断速度−粘度勾配との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
上記において、触媒とは導電性を備えた担体に触媒金属粒子を担持させたものをいう。担体には一般的なカーボンブラック粒子を採用することができるが、酸化スズ、チタン酸化物等を使用することも可能である。触媒金属粒子には白金、白金−コバルト合金等の汎用的なものを採用することができる。
【0015】
(プレペーストの作製)
プレペーストは下記(1)〜(3)のステップにより作成される。
(1)触媒と水をハイブリッドミキサーで混合攪拌し、プレペーストを作製する。
(2)(1)のプレペーストに分散剤として使用する電解質溶液と多量の水を加えた分散液をホモジナイジング処理する。
(3)ホモジナイジング処理した分散液から水分を除去する。
(1)のステップの水分量は任意に設定可能なものとし、このステップ(1)で得られるプレペーストは、多めに水分を含んでいてもよい。(3)のステップで水分量が最終的に調製されるからである。
ホモジナイジング処理により触媒表面を親水化処理できれば、ハイブリッドミキサーによる混合撹拌ステップ(1)を省略できる。
【0016】
(2)のホモジナイジング処理を行なうときには、触媒を多量の水に対して分散させる。このときの水の量(重量)は触媒に対して5倍以上とすることが好ましい。水分量が5倍未満であると、ホモジナイジング処理が不完全となるおそれがある。水分量の上限は特に制限されるものではないが、触媒に対して100倍以下とすることが好ましい。水除去ステップの負荷を低減するためである。
ホモジナイザ−は対象となる触媒の凝集体を粉砕可能であればいかなるタイプのホモジナイザ−を用いてもよく、触媒の種類等に応じてホモジナイジングの条件も適宜選択できる。なお、本発明の実施例では超音波ホモジナイザ−を用いている。
【0017】
このように、(2)のホモジナイジングステップにおいて水に触媒を分散させ、電解質溶液を添加してホモジナイジング処理をすることにより、続く(3)の水分除去ステップにおいて触媒粒子が再凝集することを効果的に抑制することができる。
これは、電解質溶液が分散剤としての機能を発揮するためと考えられる。一般的な分散剤としては、界面活性剤が用いられることが多いが、本発明では電解質溶液を、分散剤としての機能を発揮するものとして使用している。そのため、触媒層にとって本来不必要な成分である界面活性剤を添加せずに済む。その結果、界面活性剤の添加による悪影響、即ち、発電性能が損なわれることを回避できる。
【0018】
ホモジナイジング処理を行なうときに触媒を分散させる水の量(重量)は触媒に対して5倍以上とすることが好ましい。水分量が5倍未満であると、プレペーストの流動性の不足によりホモジナイジング処理が不完全となるおそれがある。水分量の上限は特に制限されるものではないが、触媒に対して100倍以下とすることが好ましい。水分除去ステップの負荷を低減するためである。
ホモジナイザーは対象となる触媒の凝集体を粉砕可能であればいかなるタイプのホモジナイザーを用いてもよく、触媒の種類等に応じてホモジナイジングの条件も適宜選択できる。なお、本発明の実施例では超音波ホモジナイザーを用いている。
【0019】
(3)の水分除去では、以下の理由でプレペースト中の余分な水を取り除く必要がある。
ホモジナイジングの実行時において触媒は多量(流動性限界に対応する水分量の5倍以上)の水に分散されている。この過剰な水が存在すると、プレペーストを電解質溶液(プレ溶液)と混合する際に、PFF構造構築の妨げとなるおそれがある。過剰な水は触媒を離れ、触媒から離れた領域において電解質の親水基を引き寄せる。従って、触媒に対向する電解質の親水基が減少し、その結果、触媒と電解質との間に形成すべき親水性の領域が狭くなったり、分断されたり、当該領域における親水機能の低下(水分の保持力の低下)が生じたりする。
また、プレペースト中の過剰な水は電解質溶液にも影響を与え、疎水基を伸ばした状態の電解質(図1(B)参照)が、プレペーストの過剰水により、図1(A)の状態になりかねない。図1(A)および(B)において、82は電解質、100は疎水性の主鎖、101は親水性の側鎖を表す。
本発明者の検討によれば、プレペーストに含まれる水分量は、流動性限界に対応する水分量乃至その2倍の量以内とすることが好ましい。
【0020】
以下、プレペースト中の水分量と流動性限界について説明する。
粒子と水との混合物において、粒子と水との分散状態は、「スラリーの安定化技術と調製事例」(情報機構刊)に示されるように、4種類に分けられる。以下、上記の出典を基に説明する。図4に示すように、符号2が粒子を示し、符号3が水を示し、符号4が空気を示している。
粒子2を上記の触媒に相当させる。粒子2に対して水3の量が少ない場合、図4の(A)に示すように、各粒子2の固相は連続した状態となり、水3の液相は不連続の状態となる。このため、粒子2同士の間に大きな空気4からなる気相が生じている。この状態はペンデュラ状態と呼ばれる。
このペンデュラ状態に水3をさらに加え、粒子2に対する水3の量を多くすれば、図4の(B)に示すように、気相の割合が減少する。この状態はファニキュラ状態と呼ばれる。ファニキュラ状態では、水3の液相が連続した状態となるが、未だ空気4の気相が残存している
【0021】
ファニキュラ状態から、さらに水3の量を多くすれば、図4の(C)に示すように、粒子2と水3との混合物は塑性限界を超える。この状態はキャピラリ状態と呼ばれる。キャピラリ状態では、各粒子2同士の間隙が水3に満たされた状態となる。すなわち、各粒子2の固相は不連続の状態となり、水3の液相は連続した状態であり、かつ空気4の気相が存在しない状態となる。
このキャピラリ状態から、さらに水3の量を多くすれば、図4の(D)に示すように、各粒子2が水3の中に分散され、流動性を持つようになる。この状態はスラリー状態と呼ばれる。
流動限界とは、混合物がキャピラリ状態からスラリー状態へと変化し、流動し始める水分含量の限界をいう。
触媒の表面を単純に親水化するという目的であれば、触媒に対して過剰に水を混合することでもその効果を得ることが可能であると考えられる。しかしながら、触媒に対して過剰に水を混合した場合には、プレペースト中に余分な水が多くなる。その場合には、余分な水にも高分子電解質の親水基が配向するため、触媒と高分子との間に連続する親水層を形成することを阻害し、発電時の生成水を触媒近傍に保持する能力が損なわれ、低加湿環境で燃料電池システムの出力が低下し易くなるという逆効果が生じる。
【0022】
これに対し、触媒に混合する水の混合量を流動限界に基づいて規定し、プレペーストが流動限界近傍であるキャピラリ状態からスラリー状態に変化する水分状態とすることにより、水の混合量は、水により触媒表面を親水化しつつ、触媒と高分子電解質との間に連続する親水層を形成できる最少水分量となる。このため、得られるプレペーストは、高出力を安定して得られるMEA(膜電極接合体)を製造するための理想的な状態となる。
【0023】
プレペーストのせん断速度と粘度との関係において、粘度をせん断速度に対して両対数でプロットしたときの近似直線を求め、流動限界は近似直線の傾きが−1となるペースト状態であり、スラリー状態は近似直線の傾きが−0.8となるペースト状態である。
【0024】
せん断速度に対する粘度の関係における近似直線の傾きが−1以上、すなわち、傾きが緩やかになるとともに流動性の高いスラリー状態になる。過剰な水分を含んだ状態はMEAの性能の低下を招くため、ペーストが流動限界からスラリー状態になる、すなわち、傾き−1〜−0.8の範囲となる水添加量が最適量となる。これにより理想的なプレペーストを得ることができる。プレペーストではこの近似直線の傾きにより必要最小限の水分添加量を規定することが重要である。一方、傾きが−1未満(傾きがきつくなる)のキャピラリ状態では混合物の流動性がなくなるため、混合時におけるエネルギーがより必要となり、水と触媒との攪拌が不十分となり易く、好適なプレペーストが得られる条件として適さない。
【0025】
{検証1}
プレペーストに含まれる水量の最適値について、以下の実験例1〜3による検証を行った。実験例1〜3では、触媒に混合する水の量の最適値を決定するパラメータとして、触媒と水とを含むプレペーストの粘度に着目し、プレペーストの粘度測定を行った。なお、粘度の測定においては、東機産業製RB80型粘度測定機を用いた。
【0026】
(実験例1)
実験例1では、触媒に混合する水の量を変化させてプレペーストの粘度を測定した。実験例1では、触媒として、ほぼ球形のカーボン担体(KB600JD、ケッチェン・ブラック・インターナショナル社製)に担持密度60wt%でPt微粒子を担持したものを用意した。この触媒に混合される水の量は、触媒中からPt微粒子を取り除き、カーボン担体の重量に対する水の重量の比(HO/C)で規定される。実験結果を図5及び図6に示す。
【0027】
図5は、横軸xにせん断速度(log(D[1/秒]))を示し、縦軸yに粘度(log(η[Pa・秒]))を示している。それぞれの水量における直線の関数式は以下のとおりである。
O/C=19:y=−1.0934x+0.7264
O/C=20:y=−0.9226x+0.7341
O/C=22:y=−0.8156x+0.5516
O/C=26:y=−0.7314x+0.369
O/C=38:y=−0.7418x−0.0975
【0028】
このように、水量が少なくなると、プレペーストの粘度が増加するとともに、直線の傾きが−1に近づくことが分かる。これは、水量が少なくなると、カーボン担体同士の凝集が進むとともに、プレペーストの粘度が増大し、これにより直線の傾きがきつくなるためである。図5は、直線の傾きが−1より大きくなったプレペーストが流動限界を超え、キャピラリ状態になったことを示唆している。
【0029】
図6は、HO/C=19の水分量のプレペーストにおける水倍率(HO/C)[g/g−C]とせん断速度−粘度勾配d(logη)/d(logD)との関係を示している。図5では、せん断速度−粘度勾配が−1を超えれば、流動限界であり、プレペーストが流動限界を超えたことを示している。図6に示すように、水倍率が20の近傍で勾配が-1となる。すなわち、この実験例1に用いた触媒では、水倍率20が最適値であると言える。
【0030】
(実験例2)
実験例2では、実験例1で用いた触媒と同じく、KB600JDに担持密度60wt%でPt微粒子81bを担持している触媒であるが、触媒とは製造元が異なる触媒を用いた。実験の方法等は実験例1と同様である。結果を図7及び図8に示す。
【0031】
図7に示す直線の関数式は以下のとおりである。
O/C=27:y=−1.0436x+0.8981
O/C=28:y=−0.9077x+0.7343
O/C=31:y=−0.7585x+0.5736
【0032】
図8に示すように、これらのプレペーストでは、水倍率が27の近傍で勾配が−1を超えている。
図7及び図8より、この実験例2に用いた触媒では、水倍率を28とすることで、プレペーストが流動限界に近くなる。すなわち、同じ担持密度60wt%のKB600JDを用いた触媒であっても、製造元が異なれば、最適水分量となる水量に差が生じることが分かる。
【0033】
(実験例3)
実験例3では、BP800(CABOT社製)にPt微粒子を担持密度20wt%で担持した触媒を用い、水倍率を変化させた場合のプレペーストの粘度を測定した。実験の方法等は実験例1と同様である。結果を図9及び図10に示す。
図9に示す直線の関数式は以下のとおりである。
O/C=3.2:y=−1.1138x+0.8268
O/C=3.5:y=−0.9418x+0.5033
O/C=4:y=−0.8924x+0.1093
O/C=5:y=−0.6826x−0.2232
【0034】
図10に示すように、これらのプレペーストでは、水倍率が3.2の近傍で勾配が−1を超えている。すなわち、この実験例3の触媒では水倍率3.5が最適水添加量となる。
このように、実験例1に比べ、勾配が−1になる水量が実験例3の方が少ないのは、BP800の比表面積が実験例1におけるKB600JDのおよそ6分の1であることによる。すなわち、BP880の最適水量は、実験例1のおよそ6分の1となっている。
【0035】
各実験例1〜3により、各触媒に混合する水の量の最適値は、各触媒の種類、より詳細には、各触媒中のカーボン担体の種類や粉砕状況によって変化することが判明した。そして、プレペーストの流動限界を基に各触媒に混合する水の量を決定することが好ましいことがわかる。また、図5、図7及び図9に示す各直線の関数式によれば、各プレペーストの流動限界となる水量は直線の傾きが−0.8〜−1である。
【0036】
そこで、触媒に混合する水の混合量を流動限界に基づいて規定し、(3)の水分除去ステップによってプレペーストが流動限界近傍であるキャピラリ状態からスラリー状態に変化する水分状態とすることにより、水の混合量は、水により触媒表面を親水化しつつ、触媒と高分子電解質との間に連続する親水層を形成できる最少水分量となる。このため、得られるプレペーストは、高出力を安定して得られるMEA(膜電極接合体)を製造するための理想的な状態となる。流動限界とは、混合物がキャピラリ状態からスラリー状態へと変化し、流動し始める水分含量の限界をいう。
【0037】
上記の水の混合量の条件に適合するよう、(3)の水分除去ステップでは、ホモジナイジング処理後の分散液を放置して触媒を沈降させて上澄み液を除去したり、必要に応じ湯煎で水分を蒸発させるなどしてプレペーストの水分量を調整する。
【0038】
ホモジナイジング処理を行ない更に水分量が調整されたプレペーストと電解質溶液とが混合撹拌される。プレペーストと電解質溶液との混合撹拌には自転/公転式遠心撹拌機(ハイブリッドミキサー)を用いることが好ましいが、混合撹拌機能を有する一般的なボールミル、ビーズミル、スターラー、ホモジナイザー等を採用することもできる。
【0039】
プレペーストと電解質溶液とを撹拌する際に両者の混合物の粘度をモニタし、その粘度が低位安定する前までに撹拌を止める。即ち、撹拌にともなう混合物の粘度の低下割合が所定値を超えた時点で撹拌を停止する。こうすることにより、PFF構築後の過攪拌を防ぐことができる(詳細については、特願2010−194320参照)。
触媒ペーストを製造する工程において粘度管理をしていくうえでは、ハイブリッドミキサーの回転速度を一定に保つことが好ましい。更には、撹拌を一定温度下で行うことが好ましい。
【0040】
図1(B)の状態の電解質を用いたときのカソード触媒層は図2の状態になると考えられる。
電解質82の側鎖101は一方向に延びた状態にあり、このため、触媒ペースト、すなわち燃料電池用反応層では、親水性のイオン交換基(スルホン酸基)がプレペースト中の水を吸着することとなる。このため、図2に示すように、この反応層では、触媒81の表面に電解質82の親水基101が対向した状態となり、電解質82と触媒81との間に親水性の領域83が形成される。そして、上記のようにスルホン酸基がプレペースト中の水と吸着することで、触媒81周りに親水領域83が連続して形成され、かつ互いに連通した状態で形成されると考えられる。このため、この触媒ペーストを用いた反応層では、図2に示すように、プロトン及び水が移動し易く、電気化学的反応が円滑に進行される。かかる反応層を有する燃料電池は低加湿状態及び過加湿状態のいずれであっても、発電能力を高くすること可能となる。
詳細は特願2010−002362号を参照されたい。
【0041】
このようにして得られた触媒ペーストを例えばカーボンクロス、カーボンペーパー、カーボンフェルト等からなる拡散層へ塗布し、これを高分子電解質膜へ貼り付けて膜電極積層体(MEA)を構成する。乾燥した触媒ペースト層が反応層となる。この膜電極積層体をセパレータで挟んで最小発電単位である燃料電池が構成される。

【実施例】
【0042】
次に、本発明によるプレペースト作成方法による触媒粒子の再凝集抑制の効果を、実施例により説明する。
本発明の実施例として、次の方法によりプレペーストを作成した。即ち、触媒0.5gに水6gを混合し、ハイブリッドミキサーで4分間遠心攪拌し、次に水44gを追加した。ここにナフィオン(商品名:デュポン社)溶液を水で0.5重量%の濃度に希釈した電解質溶液を0.1mL添加し、超音波ホモジナイザーでホモジナイジング処理を10分間行った。その後、一晩放置して触媒を沈殿させ上澄み液を除去して、プレペーストを作製した。
このプレペーストをサンプリングし、粒度分布測定を行った。粒度分布計は、日機装株式会社製マイクロトラックMT3300を使用した。
【0043】
比較例として、次の方法によりプレペーストを作成した。即ち、触媒0.5gに水6gを混合し、ハイブリッドミキサーで4分間遠心攪拌し、次に水44gを追加し、超音波ホモジナイザーでホモジナイジング処理を10分間行った。その後、一晩放置して触媒を沈殿させ上澄み液を除去して、プレペーストを作製した。このプレペーストをサンプリングし、粒度分布測定を行った。上記実施例との違いは、プレペーストに対してナフィオン溶液を添加していない点である。
【0044】
上記実施例および比較例によるプレペースト中の触媒粒子の粒度分布測定結果を図3に示す。本発明の方法によって作製したプレペーストの平均粒径(MV)は0.58μmで、分散維持の効果が見られた。一方、比較例による方法で作製したプレペーストの平均粒径は3.95μmであった。このように、本実施例の方法により作製したプレペーストでは、比較例によるものと比較して、触媒粒子の再凝集が抑制される効果が高いことが分かった。
【0045】
本発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様も本発明に含まれる。
【符号の説明】
【0046】
81 触媒
81a 担体
81b 白金触媒微粒子
82 電解質
83 親水性領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒と水とを混合してプレペーストを得る第1のステップと、
前記プレペーストに電解質溶液と多量の水を加えてホモジナイジング処理をする第2のステップと、
前記分散液から水分を除去して、得られるプレペーストの水分量を流動限界からスラリー状態までの範囲内とする第3ステップと、
を備える、ことを特徴とする触媒ペーストの製造方法。
【請求項2】
前記第2のステップで加える電解質溶液は、分散剤として機能するように、電解質の固形分が触媒のカーボン重量の5%以下、もしくは前記分散液の0.6wt%以下の濃度とする、請求項1に記載の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2013−73853(P2013−73853A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−213458(P2011−213458)
【出願日】平成23年9月28日(2011.9.28)
【出願人】(591261509)株式会社エクォス・リサーチ (1,360)
【Fターム(参考)】