説明

触媒材料の探索方法と探索装置

【課題】
二つ以上の競争反応が起こりうる系において、目的の反応のみ進行しやすい触媒材料を効率的に探索できる方法を提供する。
【解決手段】
二つ以上の競争反応が起こる系で、求める反応を他の競争反応よりも優先的に起こさせる触媒を、求める反応及び競争反応のそれぞれの反応種/生成種が触媒に吸着した状態のギブスエネルギーの差を算出し、これらを比較した結果に基き触媒材料となる可能性が高い物質を選定する。また、上記ギブスエネルギーの差は、反応にかかわる分子の吸着エネルギーや反応エネルギーを利用し算出してもよい。前記吸着エネルギーや反応エネルギーは、第一原理計算を利用して求めることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シミュレーションにより特定の反応を選択的に起こさせる触媒を探索する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の触媒開発法としては、研究者が経験により触媒元素を選定し、試験により評価するという流れを繰り返し、試行錯誤の上、触媒材料を探索してきていた。しかし、その際にかかる労力や材料コストは膨大である。そこで、より効率的に触媒を探索できる方法が求められてきている。例えば特開2005−270852号公報(特許文献1)には、一の触媒の電子の分布状態として電子のエネルギーをパラメータ化し、代替となる触媒の探索を行うことについて開示している。
【0003】
【特許文献1】特開2005−270852号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
探索の手法の可能性の一つが計算化学的手法である。しかしながら、計算化学的な手法は、材料の物性値予測等に利用されてきているが、反応の予測問題に関しては、未だ実用段階に至っていない。また、特に二種類以上の競争反応が起こりうる系では、触媒が高選択率であることが求められる。
【0005】
二つ以上の競争反応が起こりうる系において、目的の反応のみが生じやすい材料を触媒とするが、その探索方法は経験的であり、現在まで確立された方法は存在しない。また、このような競争反応系において、試行錯誤により望む反応の選択性を向上させる高選択率の触媒を探索することは非常に労力を要する。そこで本発明の課題は、二種類以上の競争反応が進行する可能性がある系(競争反応系)において、特定の反応を選択的に起こさせ、もしくは望む反応の選択性を向上させる触媒を探索する手法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決する本発明の特徴は、二つ以上の競争反応が起こる系で、求める反応を他の競争反応よりも優先的に起こさせる触媒を、求める反応及び競争反応のそれぞれの反応種/生成種が触媒に吸着した状態のギブスエネルギーを利用することにより、シミュレーション計算し探索する方法にある。本発明では、二つ以上の競争反応が起きる場合、本来、複雑な素過程を含む競争反応について、各反応の進行しやすさを、触媒表面に反応物が吸着した際のギブスエネルギーと、触媒表面に生成物が吸着した際のギブスエネルギーの差としてあらわせることに着目した。これらを比較した結果に基づき触媒材料となる可能性が高い物質を選定することができる。
【0007】
本発明の触媒の探索方法は、求める反応Aと、競争反応Xとの競争反応が起こる系において、反応Aを優先的に生じさせる触媒を計算機によるシミュレーションで探索する方法であって、反応Aの反応種が触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG1Aと、反応Aの生成種が触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG2Aと、競争反応Xの反応種が触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG1Xと、競争反応Xの生成種が触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG2Xとより、G2AとG1Aとの差ΔGA(ΔGA=G2A−G1A)、およびG2XとG1Xとの差ΔGX(ΔGX=G2X−G1X)を求める工程と、ΔGAとΔGXとを比較し、ΔGAがΔGXよりも大きい材料を選定する工程とを有する。
【0008】
また、上記のギブスエネルギーGはそれぞれ算出してもよいが、反応にかかわる分子の吸着エネルギーと脱離エネルギーを利用すると、前述のギブスエネルギー差を比較的簡易に概算できることを見出した。
【0009】
従って本発明は、反応に用いられる各反応種が触媒の表面に吸着した際に得られる各吸着エネルギーを算出し、前記各反応種の吸着エネルギーを合計したΣEreactを算出し、反応で生成する各生成種が触媒の表面に吸着した際に得られる各吸着エネルギーを算出し、前記各生成種の吸着エネルギーを合計したΣEproductを算出し、反応種と生成種のエネルギー差(反応エネルギー)ΔEgasを算出しΣEreactよりΣEproとΔEgasとを減算して前記ΔGを求める(ΔG=ΣEreact−ΣEpro−ΔEgas)ことが好ましい。なお、前記吸着エネルギーや反応エネルギーは、例えば第一原理計算を利用して求めることができる。
【0010】
上記手法によって、ΔGAがΔGXよりも大きい触媒材料を選定することにより、反応Aが進行しやすい触媒の探求が容易になる。また、上記シミュレーションは計算機で行われるため、事前にシステムを構築し、計算機と組み合わせた触媒探索装置としておくことで容易に触媒の探求が可能である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高い反応の選択率を有する触媒を提供できる。また、選択率の高い触媒を開発する際にかかるコスト(労力,時間,実験材料費用など)の低減ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次式(1)で表される反応と、次式(2)で表される二つの競争反応において、式(1)における反応のみを選択的に生じやすい触媒候補を探索する場合について述べる。
【0013】
A+B → C+D ・・・(1)
A+E → F+G ・・・(2)
一方、式(1)(2)における反応が触媒の存在下で生じる場合について式(3)と(4)に示す。例えば、式(1)では、反応物AとBが触媒表面に吸着し、触媒表面上で反応して生成物CとDとなる。反応式(3)と(4)では、触媒表面に反応種が吸着した状態を記号(a)で表している。反応式(1)の反応物AとBが触媒表面に吸着した状態をA(a)+B(a)とし、生成物であるCとDが表面に吸着した状態をC(a)+D(a)で表す。また、反応式(2)の反応物AとEが表面に吸着した状態をA(a)+E(a)、生成物であるFとGが表面に吸着した状態をF(a)+G(a)で表す。
【0014】
A(a)+B(a) → C(a)+D(a) ・・・(3)
A(a)+E(a) → F(a)+G(a) ・・・(4)
式(3)と式(4)それぞれの触媒表面反応の熱力学的安定性を示すため、反応の前後のギブスエネルギー差ΔG3,ΔG4を検討する。式(3)(4)の各状態のギブスエネルギーをG(A,B),G(C,D),G(A,E),G(F,G)で表す。各反応における触媒表面に反応物が吸着した際のギブスエネルギーと触媒表面に生成物が吸着した際のギブスエネルギーの差は式(5)と式(6)にて計算される。
【0015】
ΔG3=G(C,D)−G(A,B) ・・・(5)
ΔG4=G(F,G)−G(A,E) ・・・(6)
このギブスエネルギー差ΔGの値が小さい程、反応は進行しやすい。従って、二つの競争反応(式(3)及び式(4))において、求める反応である式(3)に対応するΔG(式(5))が小さく、阻害反応(競争反応)のΔGが大きい程、触媒材料として優れていると判断する。従って、反応ギブスエネルギーを概算し、触媒を探索できる。
【0016】
図1は、触媒が存在するときの反応物Aと反応物Bから生成物Cと生成物Dが生じる反応のエネルギーダイアグラムを示す図である。この反応物Aと反応物Bが触媒表面に吸着した状態と生成物Cと生成物Dが吸着した状態のエネルギー差でΔGを見積もり、触媒の反応進行しやすさとした。
【0017】
なお、各反応における吸着状態のギブスエネルギーは、第一原理計算による吸着状態のエネルギーとして計算できる。各反応における反応物と生成物の吸着エネルギーを計算し、表面上の反応物と表面上の生成物のギブスエネルギー差を概算することで、各競争反応において大小関係を比較し、触媒材料の選定を行う。
【0018】
例えば反応式(3)の場合は、図1から分かるように、式(7)によりΔG3を算出する。
【0019】
ΔG3=Eads(C)+Eads(D)−(Eads(A)−Eads(B))−ΔE1 ・・・(7)
ΔE1は反応式(1)の反応エネルギーである。また、Eads(A),Eads(B),Eads(C),Eads(D)は、それぞれA,B,C,Dの触媒表面への吸着エネルギーである。
【実施例】
【0020】
以下実施例では、窒素酸化物を窒素ガスに還元する触媒の探索について説明する。本実施例は、前記反応AがCOを還元剤としたNOx還元反応であり、前記競争反応Xが酸素によるCOの酸化反応である場合を想定している。
【0021】
ボイラや自動車等による窒素酸化物は大気汚染物質のひとつであり、規制が強化されてきている。現在、ボイラから排出される窒素酸化物は、アンモニアを還元剤とした脱硝触媒法により窒素に還元されている。
【0022】
しかし、アンモニアの調達,貯蓄等に必要な運転コストを抑えるために、同じ排ガス中に存在する一酸化炭素を還元剤とした脱硝触媒の開発がされている。酸素存在下での脱硝触媒による窒素酸化物の還元反応(式(8))では、窒素酸化物の還元のほか、酸素により還元剤である一酸化炭素の酸化反応(式(9))も起こってしまう。
【0023】
NO(a)+CO(a) → 1/2N2(a)+CO2(a) ・・・(8)
CO(a)+1/2O2(a) → CO2(a) ・・・(9)
酸素存在下で窒素酸化物を一酸化炭素によって還元するためには、一酸化炭素と酸素の反応よりも、一酸化炭素による窒素酸化物の還元反応が優先的に起きるような触媒を使用する必要がある。このような酸素に影響されない触媒が検討されているものの、実用可能な触媒はまだ見つかっていない。このように二種類以上の競争反応が起こりうる系は、触媒が高選択率であることが求められる。
【0024】
そこで、種々の金属を触媒材料として想定し、選択率の高い触媒を探索した。
【0025】
まず、触媒表面における一酸化炭素と窒素酸化物の反応(式(8))の反応ギブスエネルギーΔGNOと、触媒表面における一酸化炭素と酸素の反応(式(9))の反応ギブスエネルギーΔGO2を算出した。簡易に反応ギブスエネルギーΔGNO,ΔGO2を見積もるために、以下の手段を利用した。まず式(10),式(11)に示すガスの反応を想定した。(g)はガス状態であることを示す。
【0026】
NO(g)+CO(g) → 1/2N2(g)+CO2(g) ・・・(10)
CO(g)+1/2O2(g) → CO2(g) ・・・(11)
次に、式(10),式(11)に示すガスの反応エネルギーをそれぞれΔEN2(g),ΔECO2(g)とし、これをバンド計算により求めた。さらに、各ガスの触媒表面への吸着エネルギーEadsをバンド計算により求めた。NOの触媒表面への吸着エネルギーをEads(NO)、COの吸着エネルギーをEads(CO)、N2の吸着エネルギーをEads(N2)、CO2の吸着エネルギーをEads(CO2)、O2の吸着エネルギーをEads(O2)と示す。
【0027】
上記の反応エネルギー,吸着エネルギーを用いて、反応ギブスエネルギーΔGNO(式(12))ΔGO2(式(13))を算出した。
【0028】
ΔGNO=1/2Eads(N2)+Eads(CO2)−(Eads(NO)+Eads(CO))
−ΔEN2(g) ・・・(12)
ΔGO2=Eads(CO2)−(Eads(CO)+1/2Eads(O2))−ΔECO2(g)
・・・(13)
ΔGNO,ΔGO2を比較し、反応ギブスエネルギーは値が低い方が熱力学的に有利に進行するので、ΔGO2>ΔGNOが成り立てば、その触媒は有効であると判断する。特に、−(ΔGNO−ΔGO2)が正で大きい程、触媒性能が高いことが予想される。
【0029】
この方法を利用して、白金,金,イリジウム,ロジウム、及びパラジウムについて、NO,CO,N2,CO2、及びO2の吸着エネルギーをバンド計算法により計算した。バンド計算には密度汎関数法の局所密度近似を利用した。結果を図2に記載する。
【0030】
これらの結果と先に計算したΔEN2(g),ΔECO2(g)から、−(ΔGNO−ΔGO2)を見積もった。図3に結果を記載する。各触媒表面における、NOとCOの反応ギブスエネルギーを概算した値、COとO2の反応ギブスエネルギーを概算した値、それらの差にマイナスをかけたもので二つの競争反応の進行しやすさを予測する値を示している。
【0031】
続いて、実際のNOの浄化率を測定し、計算結果の検証を行った。アルミナに、白金,金,イリジウム,ロジウム、及びパラジウムをそれぞれ0.15mol%担持し、NO浄化触媒とした。各触媒について、NOx浄化率を評価した。入り口ガス組成は、NOが100ppm、COが2000ppm、O2が6%であり、残りはN2とした。SVは15000(h-1)とした。反応温度は350℃とした。NOxの浄化率試験結果を図4に示す。実際のNOxの浄化率の試験結果と、先ほど計算から見積もった各触媒の−(ΔGNO−ΔGO2)とを比較した結果を図5に示す。−(ΔGNO−ΔGO2)がゼロより大きいものが高い性能を示しており、計算結果と実測値の間には相関があった。図5より、−(ΔGNO−ΔGO2)がNOの選択還元反応の起きやすさ(NO還元率)を表す値であることが明らかである。
【0032】
上述のように、触媒材料の選定前に、複数ある競争反応の表面における反応ギブスエネルギーを第一原理計算により求め、比較することで、複数ある触媒材料化合物の候補より、優位な結果を得られる可能性が高いものを選定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】触媒が存在するときの反応物Aと反応物Bから生成物Cと生成物Dが生じる反応のエネルギーダイアグラムを示す図である。
【図2】各種触媒,各種反応化合物のそれぞれの組み合わせの吸着エネルギーの計算結果を示す図である。
【図3】各種触媒表面の反応ギブスエネルギーと、二つの競争反応の進行しやすさを比較する図である。
【図4】各触媒の350℃におけるNO還元率の測定結果を示す。
【図5】−(ΔGNO−ΔGO2)の値と、各触媒のNO還元率の関係を表すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも反応Aとその競争反応Xが生じる反応系で反応Aを優先的に起こさせる触媒を探索する触媒の探索方法であって、
反応Aの反応種が前記触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG1Aと、反応Aの生成種が前記触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG2Aの差ΔGA=G2A−G1Aを算出し、
反応Xの反応種が前記触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG1Xと、反応Xの生成種が前記触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG2Xの差ΔGX=G2X−G1Xを算出し、
前記ΔGXおよびΔGAの値に基づき触媒を選定することを特徴とする触媒の探索方法。
【請求項2】
請求項1に記載された触媒の探索方法であって、
複数の化合物を前記触媒の候補として選定し、前記複数の化合物のΔGX及びΔGAをそれぞれ算出し、前記各化合物の−(ΔGA−ΔGX)の値を算出し、当該値が大きい化合物を触媒として選定する事を特徴とする触媒の探索方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載された触媒の探索方法において、
前記反応種がそれぞれ前記触媒に吸着した時の各吸着エネルギーの和ΣEreactと、前記生成種がそれぞれ前記触媒に吸着したときの各吸着エネルギーの和ΣEproductと、前記反応種および生成種のエネルギー差ΔEgasとを算出し、前記ギブスエネルギーの差ΔGをΣEreact−ΣEpro−ΔEgasとして算出することを特徴とする触媒の探索方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載された触媒の探索方法において、
反応種と生成種のエネルギー差、または前記反応種または生成種の触媒への吸着エネルギーを第一原理計算を利用して求めることを特徴とする触媒の探索方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載された触媒の探索方法において、
前記反応AがCOを還元剤としたNOx還元反応であり、前記反応Xが酸素によるCOの酸化反応であることを特徴とする触媒の探索方法。
【請求項6】
計算機よりなり、少なくとも反応Aとその競争反応Xが生じる反応系で反応Aを優先的に起こさせる触媒を探索する触媒の探索装置であって、
反応Aの反応種が前記触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG1Aと、反応Aの生成種が前記触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG2Aとの差ΔGA=G2A−G1Aを算出し、反応Xの反応種が前記触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG1Xと、反応Xの生成種が前記触媒に吸着した状態のギブスエネルギーG2Xとの差ΔGX=G2X−G1Xを算出するΔG算出手段と、
前記ΔGXおよびΔGAの値に基づき触媒を選定する選択手段とを有することを特徴とする触媒の探索装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−82776(P2009−82776A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−252952(P2007−252952)
【出願日】平成19年9月28日(2007.9.28)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】