説明

触媒電極用イオン伝導性付与剤溶液およびその製造方法

【課題】 イオン交換容量の低下を招くことなく、望ましい乾燥速度を持つ単一溶媒にイオン伝導性付与剤を溶解したイオン伝導性付与剤溶液を製造する。
【解決手段】燃料電池の触媒電極層の作製に用いる、イオン伝導性ブロック共重合体を含有するイオン伝導性付与剤溶液の製造方法であって、イオン性基を有するブロックとイオン性基を有するブロックとを備えるイオン伝導性ブロック共重合体、及び沸点が異なる2種類以上の溶媒を含み、該ブロック共重合体が該溶媒に溶解した混合溶液を準備した後、該混合溶液から沸点の低い溶媒を除去することを特徴とするイオン伝導性付与剤溶液の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
燃料電池の触媒電極層に用いるイオン伝導性付与剤の新規な製造方法、該製造方法で製造された新規なイオン伝導性付与剤溶液、および該イオン伝導性付与剤溶液を使用した該触媒電極層の新規な形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池の触媒電極層には化学エネルギーを電気エネルギーに変換する電極触媒の他に、電子を伝導する導電物質(電極触媒がこれを兼ねることもある)とイオンを伝導するイオン伝導性物質が必要である。
【0003】
電極触媒には白金などの貴金属やその合金、アルカリ膜型燃料電池においては白金等の他に、ニッケル、コバルトなどの金属あるいはそれらの合金が用いられる。
【0004】
電子を伝導する導電物質にはもっぱらカーボン粉末が使用され、電極触媒を担持した触媒担持カーボンがよく用いられている。
【0005】
イオン伝導性物質としては、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂(特許文献1)やスルホン化ポリアリーレン(チオ)エーテルスルホン樹脂等(特許文献2および3)、スチレンを含むブロック共重合体(エラストマー)をスルホン化した樹脂(特許文献4)、同様のエラストマーに四級アンモニウム塩を持たせた樹脂(特許文献5)などが使用されている。
【0006】
中でも、汎用の熱可塑性エラストマーを原料としてスルホン化、あるいは四級アンモニウム化した樹脂は、有機溶剤への優れた溶解性と耐水性、高いイオン伝導度を備えることから、触媒電極層のイオン伝導性付与剤として期待されている。
【0007】
このイオン伝導性付与剤には、電極触媒にイオンを伝導する役割の他に、電極触媒への基質である燃料や酸素の透過を妨げないことも求められており、一般的には触媒を薄く被覆することが良いと考えられる。
【0008】
そこで、一般的にはイオン伝導性付与剤は有機溶剤に溶解している、あるいは少なくとも全ての電極触媒を薄く覆える程度に小さい粒子であることが望ましいとされている。(特許文献1および6)
一方で、水素を燃料とする燃料電池の電極反応においては水が生成し、メタノール等のアルコール類を燃料とする場合は通常水溶液として供給することがほとんどであり、イオン伝導性付与剤が水に溶解して失われてしまうとイオン伝導が起きなくなり、電池の寿命は短いものになってしまう。また、イオン伝導性付与剤が、水に溶解しないまでも、水に激しく膨潤する場合には、燃料や酸素の透過性が損なわれ、あるいは電子伝導性物質同士の接触を妨げて電池の出力が下がってしまう。
【0009】
そこで、イオン伝導性付与剤は水に溶解しないブロックと、イオン伝導を担うブロックとを備えるブロック共重合体から構成されることが多い。こうすることにより、イオン伝導を担うブロックはイオン性基を持つので水に溶解しやすいのだが、このブロックに水に溶解しないブロックが共有結合されていることで共重合体全体が水に溶解することを阻み、有機溶媒への溶解性と耐水性を両立させている。
【0010】
さらに、イオン伝導性付与剤溶液には、その使用方法によって触媒電極層を形成するためのインク溶剤としての役割も持っている。すなわち、イオン伝導性付与剤溶液に、白金担持カーボンなどの電極触媒を加えて超音波等の手段をもって分散し、これを印刷、スプレー、バーコートなどにより触媒電極層を形成する。その時、インクの粘度や乾燥速度などを調整するのがイオン伝導性付与剤の溶剤であり、その種類や量を調整する必要がある。
【0011】
その溶剤(溶媒)の種類は1種類の必要はなく、混合溶剤を用いることも可能であるが、あまり沸点の低い溶剤を用いると、使用中に揮発して溶剤の比率が変わったり、沸点の低い溶剤が良溶媒である場合にはイオン伝導性付与剤が析出したりする可能性があるため、望ましくないと考えられる(特許文献7)。また、混合溶剤を使用した場合、均一な膜を形成するためには、溶剤の組み合わせによっては高度な制御が必要になる場合もあった。
【0012】
このように、イオン伝導性付与剤溶液の溶剤は、単にブロック共重合体の良溶媒である以上の機能を求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2002−025560公報
【特許文献2】特開2004−190002公報
【特許文献3】特開2004−190003公報
【特許文献4】特開2002−164055公報
【特許文献5】特開2002−367626公報
【特許文献6】国際公開特許WO2008/096598パンフレット
【特許文献7】特開2003−197218公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
さて、溶解性の異なるブロックを持つブロック共重合体を溶解するには、両ブロックを共通して溶解する非プロトン性極性溶媒を用いることが多い(例えば特許文献2)が、このような非プロトン性極性溶媒は蒸発速度が遅いため、触媒電極層の乾燥には加熱処理等が必要であり、乾燥速度が速いことが求められるような、スプレー等による触媒電極層の作製には向いていないと考えられる。
【0015】
また、両ブロックを共通して溶解する溶剤を用いた場合も、樹脂がいわゆる「ままこ」状態になって溶解速度が異常に遅くなる場合もある。つまり、樹脂の表面が溶媒に溶解、膨潤して粘度が高くなり、溶媒の拡散律速により中心部まで溶媒が届かずに溶解しない状態になることがある。
【0016】
このような場合でも、充分な撹拌と加熱により最後には溶解するのであるが、加熱温度が高すぎたり加熱時間が長すぎたりすると、イオン交換基の変性を引き起こすことがある。すなわち、例えば、スルホン酸基を持つ場合、スルホン酸が脱水してベンゼン環とスルホン結合で架橋したり、アンモニウム塩構造の場合、対イオンがアンモニウム塩を攻撃してアミンを脱離したりすることで、イオン交換容量が損なわれることがあった。
【0017】
したがって、本発明の目的は、イオン交換基の変性を引き起こすことなく、望ましい乾燥速度を持つ単一溶媒中に、イオン伝導性付与剤であるブロック共重合体が溶解したイオン伝導性付与剤溶液を、短時間で製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討を行った。その結果、望ましい乾燥速度を持つ単独溶媒に、該単独溶媒の沸点より沸点が低い少なくとも1種類の第二の溶媒とを組み合わせた溶媒を使用することにより、該ブロック共重合体を速やかに溶解することが可能であることを見出し、かつ、沸点が低い溶媒を減圧留去等の方法で取り除いた後も、該ブロック共重合体が析出することなく、該望ましい乾燥速度を持つ単独溶媒に溶解し続けることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0019】
すなわち、第一の本発明は、燃料電池の触媒電極層の作製に用いる、イオン伝導性ブロック共重合体を含有するイオン伝導性付与剤溶液の製造方法であって、
イオン性基を有するブロックとイオン性基を有さないブロックを備えるイオン伝導性ブロック共重合体、及び沸点が異なる2種類以上の溶媒を含み、該ブロック共重合体が該溶媒に溶解した混合溶液を準備した後、該混合溶液から沸点の低い溶媒を除去して沸点の高い溶媒を含むイオン伝導性付与剤溶液を製造する方法である。
【0020】
前記2種以上の溶媒は、分子内に水酸基を有する溶媒と分子内に水酸基を有さない溶媒との組み合わせであることが望ましい。そして、沸点の最も高い溶媒が分子内に水酸基を有する溶媒であって、それ以外の沸点の低い溶媒が分子内に水酸基を有さない溶媒であることが好ましい。
【0021】
また、前記イオン性基を有するブロックとイオン性基を有さないブロックを備えるブロック共重合体のイオン性基を持つブロックは、芳香族環を有する共重合体であることが好ましく、中でも、スチレン誘導体であることが望ましい。
【0022】
第二の本発明は、前記方法により製造されたイオン伝導性付与剤溶液である。
【0023】
さらに、第三の本発明は、該イオン伝導性付与剤溶液を使用した触媒電極層の形成方法である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、イオン交換容量の低下を招くことなく、望ましい乾燥速度を持つ単一溶媒にイオン伝導性付与剤(イオン伝導性ブロック共重合体)を容易に溶解することが可能になり、本発明によって製造されたイオン伝導性付与剤溶液を用いることにより、イオン伝導性の高い触媒電極層を形成することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、燃料電池の触媒電極層の作製に用いる、イオン伝導性ブロック共重合体を含有するイオン伝導性付与剤溶液の製造方法に関する。具体的には、イオン性基を有するブロックとイオン性基を有さないブロックを備えるイオン伝導性ブロック共重合体、及び沸点が異なる2種類以上の溶媒を含み、該ブロック共重合体が該溶媒に溶解した混合溶液を準備した後、該混合溶液から沸点の低い溶媒を除去してイオン伝導性付与剤溶液を製造する方法である。
【0026】
(イオン伝導性ブロック共重合体)
本発明のイオン伝導性付与剤溶液に含まれるイオン伝導性ブロック共重合体は、イオン性基を有するブロックとイオン性基を有さないブロックを備えるブロック共重合体である。該ブロック共重合体は、公知のものを使用することができる。中でも、水に難溶であるものが好ましい。水に難溶とは、23℃の水に対する溶解度が1質量%未満、より好適には0.8質量%以下のものを指す。
【0027】
該ブロック共重合体のベースとなる共重合体は、使用する用途に応じて適宜決定すればよいが、触媒電極層の形成のし易さ、溶解性の問題等を考慮すると、数平均分子量が7千〜50万のものが好ましく、1.5万〜30万のものがより好ましく、5〜15万のものがさらに好ましい。この数平均分子量は、ポリスチレンを標準サンプルとしたゲル・パーミネーション・クロマトグラフィー(GPC)により測定できる。
【0028】
その中でも、製造が容易であり、かつ優れた性能を有する該ブロック共重合体を得るためには、芳香環、特にベンゼン環を有するブロックにイオン性基を備えるブロック共重合体が好ましい。さらにベンゼン環を有するブロックがポリスチレンであるものが好ましい。
【0029】
ベースとなる共重合体の様式は、ジブロック、トリブロック、マルチブロック等特に限定されないが、原料の入手が容易であることから、トリブロック体が好ましい。特に、スチレン−(エチレン−ブチレン)−スチレントリブロック共重合体、スチレン−(エチレン−プロピレン)−スチレントリブロック共重合体のように、水素添加されたスチレン−ジエン−スチレントリブロック共重合体(ここでジエンはブタジエン、イソプレン等の共役ジエンを示す。)は入手が容易でコスト面でも優れている。このようなスチレン系のブロック共重合体をベースの共重合体に使用する場合には、イオン交換基を導入した後の電気特性、機械的特性の点から、スチレン単位の含有率が5〜70質量%であることが好ましく、10〜50質量%であることがさらに好ましい。
【0030】
本発明において、該ブロック共重合体が有するイオン交換基は、陽イオン交換基であっても、陰イオン交換基であってもよい。
【0031】
陽イオン交換基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸等の公知のものが制限なく挙げられるが、陽イオン交換性に優れる強酸性基であり、導入も容易であることからスルホン酸基であることが好ましい。ベースとなる共重合体に陽イオン交換基を導入する方法は、公知の方法を採用すればよい。
【0032】
陰イオン交換基としては、4級アンモニウム塩基、ピリジニウム塩基、イミダゾリウム塩基、第3アミノ基、ホスホニウム基等の公知のものが制限なく挙げられるが、陰イオン交換性に優れる強塩基性の観点から4級アンモニウム塩基又はピリジニウム塩基が好適である。さらに、4級アンモニウム塩がトリアルキルベンジルアンモニウム構造を持つ基である場合、本発明の効果が最も発揮される。すなわち、該4級ベンジルアンモニウム塩基を導入したイオン伝導性ブロック共重合体は、製造が容易で優れた電気特性等を発揮するが、該ブロック共重合体は耐熱性が低く、加熱されるとイオン交換容量が低下するおそれがあった。そのため、比較的低温でイオン伝導性付与剤溶液を製造できる本発明は、4級ベンジルアンモニウム塩基を導入したブロックを有するイオン伝導性ブロック共重合体を使用する場合に特に優れた効果を発揮する。ベースとなる共重合体に陰イオン交換基を導入する方法は、公知の方法を採用すればよい。
【0033】
該ブロック共重合体のイオン交換容量は、特に限定されず、目的とする用途に応じて適宜決定すればよい。イオン伝導性を高くするためには、イオン性基を有するブロックを長くしてイオン交換容量を高くすることが望ましい。一方、水への溶解性を下げたり、水への膨潤性を抑えたりするためには、イオン性基を有さないブロックを長くしてイオン交換容量を低くすることが望ましい。一般的にはイオン交換容量として0.7mmol・g−1から3.5mmol・g−1程度がイオン伝導性を大きく損なわずに水への溶解性を抑えられる範囲であり、特にイオン伝導性に重点を置くならば、イオン交換容量は1.4mmol・g−1以上が好ましく、水による膨潤を抑えることに重点を置くならば、イオン交換容量は2.7mmol・g−1以下が望ましい。
【0034】
(沸点が異なる2種類以上の溶媒)
本発明において、先ず、該ブロック共重合体が溶解する混合溶液を準備する。この混合溶液には、沸点が異なる2種類以上の溶媒が含まれる。
【0035】
混合溶液中に含まれるこれら溶媒は、次の組み合わせからなることが好ましい。
【0036】
すなわち、除去されない最も沸点の高い溶媒(以下、「第一溶媒」とする場合もある)は、イオン伝導性付与剤溶液を使用して良好な触媒電極層を形成するためには、操作性を考慮すると、適度な乾燥速度となるものが好ましい。そのため、最も沸点の高い溶媒(第一溶媒)としては、沸点が70℃以上で180℃以下である溶媒であることが好ましく、沸点が80℃から130℃である溶媒がより好ましい。中でも、イオン性基を有するブロックを溶解しやすい、水酸基を分子内に有する溶媒が好ましい。具体的には、プロパノール類、ブタノール類、2−メトキシエタノール等を挙げることができ、その中でも、1−プロパノールが好ましい。
【0037】
なお、この第一溶媒は、単独で前記ブロック共重合体を溶解できるものである。
【0038】
本発明において、前記混合溶液は、前記第一溶媒よりも沸点が低い溶媒を必ず含むものである。以下、第一溶媒よりも沸点が低い溶媒をまとめて「第二溶媒」とする場合もある。前記第二溶媒は、使用する前記ブロック共重合体の性質に応じて適宜決定すればよいが、第一溶媒よりも、少なくとも10℃以上、好ましくは20℃以上沸点が低いものが好ましい。中でも、イオン性基を有さないブロックをより溶解しやすい、分子内に水酸基を有さない溶媒が好ましい。具体的には、テトラヒドロフランやジメトキシエタン等のエーテル類、塩化メチレンやクロロホルム等の塩素化炭化水素類、アセトンやメチルエチルケトン等のケトン類、酢酸エチル等のエステル類、アセト二トリルなどのニトリル類等が挙げられる。中でも、使用量が少なくてよいテトラヒドロフランや塩化メチレン等が好ましい。これら第二溶媒は、複数種類のものを使用することができる。ただし、イオン伝導性付与剤溶液の生産性を考慮すると、第二溶媒は、2種類以下であることが好ましく、さらに1種類であることが好ましい。
【0039】
本発明においては、前記第一溶媒と前記第二溶媒とを含む混合溶液を準備する必要がある。そして、前記第一溶媒と第二溶媒とを含む混合溶液を準備した後、第二溶媒を除去することにより、イオン交換基の変性を引き起こすことなく、望ましい乾燥速度を持つ単一溶媒(第一溶媒)中に、イオン伝導性付与剤であるブロック共重合体が溶解したイオン伝導性付与剤溶液を短時間で製造することができる。
【0040】
この理由は、該混合溶液に含まれる前記ブロック共重合体がイオン交換性基を有するブロック(以下、「親水性ブロック」とする場合もある)とイオン交換性基を有さないブロック(以下、「疎水性ブロック」とする場合もある)とを備えていることに起因すると考えられる。
【0041】
単独溶媒のみに前記ブロック共重合体を溶解してイオン伝導性付与剤溶液を製造しようとする場合には、溶解速度が遅くなる場合がある。この理由は、はっきり解明できているわけではないが、次のように理解できると考えられる。
【0042】
すなわち、第一溶媒だけを用いた場合、第一溶媒に溶解し易いポリマー、例えば、極性の高い親水性ポリマーが溶解する際にはその表面からポリマーが溶媒和されていくが、この極性の高い親水性ポリマーは溶媒と強く溶媒和されると考えられる。この際、該ポリマーに強く溶媒和された溶媒はその表面で動きを止め、それ以上拡散できなくなると考えられる。次に、溶媒和されたポリマーが溶媒和に関与していない第一溶媒を吸って膨潤を起こす。膨潤した領域では粘度が高くなり、溶媒の拡散が抑制される。ポリマーが親水性ブロックのみで構成されている場合は、たまたま膨潤した表面近傍にあるポリマー鎖が溶媒(第一溶媒)中へと拡散、溶解していって、新たな「表面」が形成され、上記溶媒和−膨潤−溶解サイクルが繰り返される。
【0043】
一方、親水性ブロックに疎水性ブロックが共有結合されているブロック共重合体の場合、親水性ブロックと疎水性ブロックがミクロ相分離しており、また、第一溶媒に対する疎水性ブロックの膨潤度は、親水性ブロックの膨潤度より低いことが一般的である。従って、このようなブロック共重合体は、第一溶媒に溶解するために必要な、膨潤した表面近傍だけに存在するポリマー鎖が存在しないため、新たな表面が形成されないと考えられる。あるいは、疎水性ブロックの膨潤度が低いために、共有結合で結合している親水性ブロックが充分膨潤できず、粘度が高くなって溶媒の拡散が妨げられるとも考えられる。このような理由から第一溶媒しか使用しない場合に溶解速度が異常に遅くなると考えられる。
【0044】
また、第二溶媒だけを用いた場合を考えると、例えば、極性の高い親水性ブロックを充分に溶媒和できないために、ブロック共重合体を溶解できなかったり、仮に溶解できたとしても、溶解時間が長時間となったり、さらには大過剰の溶媒量が必要になったりするものと考えられる。
【0045】
これ対して、第一溶媒と第二溶媒とを含む混合溶媒を用いた場合を考えると、極性の高い親水性ブロックは第一溶媒と強く溶媒和して、「溶媒和された親水性ブロック」と疎水性ブロックを備えたブロック共重合体を与え、この共重合体は第二溶媒に対して膨潤率の差が少なくて容易に溶解すると考えられる。次に、第二溶媒を除いていくが、疎水性ブロックも第一の溶媒に対する膨潤率こそ低いものの、本来は溶解すると考えられるので、第二溶媒を全て取り除いても析出することなく溶解し続けるものと考えられる。
【0046】
このような理由により、本発明の方法は優れた効果を発揮するものと考えられる。
【0047】
第一溶媒と第二溶媒との使用割合は、前記ブロック共重合体を速やかに溶解できれば限定されないが、通常、質量比(第一溶媒:第二溶媒)が95:5〜5:95の範囲で決定すればよい。興味深いことに、第二溶媒単独では溶解し難く、最終的に第一溶媒単独には溶解するにもかかわらず、第二溶媒の使用割合を増やした方が速やかに溶解する傾向があり、前記質量比は60:40〜10:90であることが好ましい。なお、第二溶媒として複数の溶媒を使用する場合には、前記質量比は、第二溶媒の合計量を基準とする。
【0048】
(混合溶液、およびその混合溶液の準備方法)
本発明の方法においては、先ず、前記ブロック共重合体と前記沸点が異なる2種類以上の溶媒とを含む混合溶液を準備する。この混合溶液は、前記ブロック共重合体が溶解している。
【0049】
前記ブロック共重合体が溶解しているとは、準備した混合溶液中に膨潤した前記ブロック共重合体や白濁が目視にて確認できず、均一な溶液になっているものを指す。均一な溶液かどうかの確認は、混合溶液の温度を室温(5〜35℃)と同じ温度とし、該混合溶液を静置した状態で実施すればよい。
【0050】
混合溶液の準備方法は、特に制限されるものではない。複数の溶媒を含み、かつその溶媒中に前記ブロック共重合体が溶解している混合溶液を製造すれば、その混合順序は特に制限されるものではない。
【0051】
例えば、第一溶媒と第二溶媒と混合して得られた混合溶媒と前記ブロック共重合体とを混合する方法を採用することができる。また、第一溶媒または第二溶媒の一方の溶媒と前記ブロック共重合体とを混合し、さらにその他の一方の溶媒を加えて混合する方法を採用することもできる。この方法において、第二溶媒として複数種類の溶媒を使用する場合には、まとめて第二溶媒として使用してもよいし、その種類に応じて多段階に分けて混合することもできる。さらに、前記ブロック共重合体に同時に第一溶媒と第二溶媒とを混合する方法を採用することもできる。
【0052】
混合溶液を準備する際の温度(第一溶媒、第二溶媒、および前記ブロック共重合体を混合する際の温度)は、沸点の低い溶媒の沸点以下であれば特に限定されず、溶解時間との兼ね合いで、あえて冷却する必要はない。好ましい温度としては、20℃以上、第二溶媒の沸点以下である。なお、第二溶媒として複数の溶媒を使用する場合には、前記沸点は、最も沸点が低い溶媒の沸点を指す。
【0053】
このような方法を採用することにより、比較的低温で前記ブロック共重合体が溶解した混合溶液を製造することができる。混合溶液における前記ブロック共重合体の濃度は、均一な溶液となれば特に制限されるものではないが、混合溶液中に含まれる第一溶媒に対して、前記ブロック共重合体の濃度が1〜20質量%とすることが好ましい。
【0054】
(イオン伝導性付与剤溶液の製造方法)
本発明においては、前記方法で準備した混合溶液から沸点の低い溶媒(第二溶媒)を除去して、沸点の最も高い溶媒(第一溶媒)と前記ブロック共重合体とを含むイオン伝導性付与剤を製造する。
【0055】
第二溶媒を除去する方法としては、融点差を利用する方法も考えられるが、最も簡便は方法としては、蒸留により第二溶媒を除去する方法である。蒸留は減圧下で行うことが好ましい。そのため、混合溶液からイオン伝導性付与剤溶液を製造する際には、減圧下、60℃以下の温度、より好ましくは減圧下、5〜50℃の温度で第二溶媒を除去することが好ましい。なお、第二溶媒の除去は、得られたイオン伝導性付与剤溶液のH−NMRを測定するか、ガスクロマトグラフを測定する等して該溶液中に第二溶媒が存在しないことを確認すればよい。
【0056】
本発明の方法により得られるイオン伝導性付与剤溶液は、その目的とする用途に応じて濃度を適宜決定すればよいが、通常、前記ブロック共重合体の濃度は、溶解時間や取り扱いの容易さ、得られる電極層の性状の観点から、1〜15質量%、好ましくは2〜10質量%であることが望ましい。この濃度とすることにより、電極触媒用の金属、および必要に応じて配合される電子を伝導する導電物質(例えば、炭素)などと混合して触媒電極層を形成する際、均一な膜厚の層を形成できる。
【0057】
なお、第二溶媒を除去しただけで前記濃度範囲になる場合は、そのまま使用することができる。また、第二溶媒を除去した際、濃度が前記範囲外となる場合には、第一溶媒を一部除去したり、追加することもできる。
【0058】
このようにして得られるイオン伝導性付与剤溶液は、室温で静置した状態で均一な溶液となる。
【0059】
(触媒電極層の形成方法)
触媒電極層を形成する方法は、前記イオン伝導性付与剤溶液を使用する以外は公知の方法を採用することができる。
【0060】
具体的には、公知の電極触媒用金属、必要に応じて配合される、活性炭のような導電性物質、結着剤等と前記イオン伝導性付与剤溶液とを混合する。そして、得られた混合物を公知の方法でイオン交換膜上に塗布し、乾燥することにより、触媒電極層を形成することができる。
【実施例】
【0061】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(溶液濃度の測定)
予め50℃で3時間真空乾燥後の重量を測定した秤量瓶に、イオン伝導性ブロック共重合体を溶解した溶液を量りとり、23℃にて15時間風乾した。その後、50℃にて3時間真空乾燥を行い、完全に溶媒を除去した。最後に乾燥した該ブロック共重合体の入った秤量瓶の重量測定を行い、秤量瓶の重量を引いたものを該ブロック共重合体の重量として、下記式より溶液濃度を計算した。
【0062】
溶液濃度=ブロック共重合体の重量/溶液の重量 ×100[%] 。
【0063】
(イオン交換容量の測定)
濃度、及びイオン交換基が既知の陰イオン伝導性ブロック共重合体が溶解した溶液(濃度5.0質量%、溶液量3.5g、炭酸水素イオン型)をテフロン(登録商標)のシャーレ上にキャストし、該ブロック重合体からなるイオン交換膜を作製した。この膜を0.5mol・L−1−HCl水溶液(50mL)に30分間以上浸漬する操作を3回繰り返し、塩化物イオン型とした。イオン交換水(50mL)に浸漬させ洗浄した(5回)。これを0.2mol・L−1−NaNO水溶液(50mL)に30分以上浸漬させ、硝酸イオン型に置換させ遊離した塩化物イオンを抽出した(4回)。塩化物イオンを抽出した溶液を全て集め、硝酸銀水溶液を用いて電位差滴定装置(COMTITE−900、平沼産業株式会社製)で定量した(Amol)。次に、滴定後の膜を0.5mol・L−1−NaCl水溶液(50g)に30分以上浸漬し、イオン交換水で十分水洗した後に膜を取り出しティッシュペーパー等で表面の水分を拭き取った後、50℃で5時間減圧乾燥させその重量を測定した(D(g))。上記測定値に基づいて、イオン交換容量を次式により求めた。
【0064】
陰イオン交換容量=A×1000/D[mmol・g−1−乾燥重量]
なお、上記方法は、陰イオン交換容量の求め方を示したが、陽イオン交換容量を求める場合には、陽イオン伝導性ブロック共重合体のキャスト膜を作成し、1mol・L−1−HClに10時間以上浸漬して水素イオン型とした後、1mol・L−1−NaClでナトリウムイオン型に置換させ遊離した水素イオンを前記電位差滴定装置で定量し(Amol)、次に、同じ陽イオン伝導性ブロック共重合体を60℃で5時間減圧乾燥させその重量を測定する(Dg)ことにより、陽イオン交換容量を求めればよい。
【0065】
実施例1
磁気攪拌機を備えたナス型フラスコに、陰イオン交換基がトリメチルベンジルアンモニウム基であり、陰イオン交換容量が2.0mmol・g−1の陰イオン伝導性ブロック共重合体(52g:ベースのブロック共重合体 数平均分子量5.4万、スチレン−(エチレン−ブチレン)−スチレントリブロック共重合体、スチレン単位の含有量30質量%)を入れ、ここに、第一溶媒として1−プロパノール(988g)と第二溶媒としてテトラヒドロフラン(988g)を加え、23℃にて5時間攪拌した。該陰イオン伝導性ブロック共重合体は溶解し、2.6質量%の溶液を得た。ロータリーエバポレーターにて、減圧下、40℃の温度でテトラヒドロフランを留去した(溶媒量 約1000mlを留去した。)。その後、溶液重量が990gになるように1−プロパノールを加え、減圧下、留去する操作を4回繰り返し、テトラヒドロフランを除去した。ガスクロマトグラフィーを測定し、テトラヒドロフランが残存していないことを確認した。得られた陰イオン伝導性ブロック共重合体の1−プロパノール溶液(990g)の溶液濃度測定を行った結果、該陰イオン伝導性ブロック共重合体濃度は5.2質量%であった。得られた陰イオン伝導性付与剤溶液は、均一な溶液であった。ここに1−プロパノール(31g)を加え、溶液濃度5.0質量%の溶液を得た(1022g)。この溶液のキャスト膜を作製しイオン交換容量の測定を行った結果、2.0mmol・g−1であり溶解前と変化が見られなかった。結果を表1に示した。なお、これら実験は、室温23℃の実験室で行い、溶解の状態は23℃にて確認した。
【0066】
実施例2
磁気攪拌機を備えたナス型フラスコ(200mL)に実施例1で使用したものと同じ陰イオン伝導性ブロック共重合体(2.0g)を入れ、ジクロロメタン(70g)と1−プロパノール(30g)を加え、23℃にて3時間攪拌した。該陰イオン伝導性ブロック共重合体は溶解した。ロータリーエバポレーターにて、減圧下、40℃の温度でジクロロメタンを留去した。1−プロパノール(30g)を加え、再度減圧下ジクロロメタンを完全に留去し、該陰イオン伝導性ブロック共重合体の1−プロパノール溶液を得た(29g)。ガスクロマトグラフィーを測定し、ジクロロメタンが残存していないことを確認した。また、溶液濃度の測定を行った結果、該陰イオン伝導性ブロック共重合濃度は6.7質量%であった。得られた陰イオン伝導性付与剤溶液は、均一な溶液であった。ここに1−プロパノール(10g)を加え、溶液濃度5.0質量%の溶液を得た。この溶液のキャスト膜を作製しイオン交換容量の測定を行った結果、2.0mmol・g−1であり溶解前と変化が見られなかった。結果を表1に示した。
【0067】
実施例3〜8
実施例1において、使用する第一溶媒、第二溶媒を表1に示す溶媒、及び使用量に変更した以外は実施例1と同様の操作を行い、陰イオン伝導性付与剤溶液を製造した。なお、実施例8では陰イオン交換容量が1.6mmol・g−1の陰イオン伝導性ブロック共重合体(ベースのブロック共重合体 数平均分子量5.4万、スチレン−(エチレン−ブチレン)−スチレントリブロック共重合体、スチレン単位の含有量30質量%)を、実施例3〜7については実施例1と同じ陰イオン伝導性ブロック共重合体を使用した。得られた混合溶液、及び陰イオン伝導性付与剤溶液共に均一な溶液であった。また、実施例1と同様の操作を行い、イオン交換容量を測定した。その結果を表1に示した。
【0068】
【表1】

【0069】
比較例1
撹拌子による撹拌装置を備えたオートクレーブ容器(1000mL)に実施例1で使用した陰イオン伝導性ブロック共重合体(48g)を入れ、そこに1−プロパノール(752g)を加えて窒素加圧下(0.2MPa)、130℃に昇温し、昇温後2時間攪拌した。該陰イオン伝導性ブロック共重合体はほぼ溶解し、1−プロパノール溶液を得た。溶液濃度の測定を行った結果、該陰イオン伝導性ブロック共重合体の濃度は5.1質量%であった(792g)。ここに1−プロパノール(8.0g)を加え、溶液濃度5.0質量%の溶液を得た。この溶液のキャスト膜を実施例1と同様に作製してイオン交換容量の測定を行った結果、1.8mmol・g−1であり溶解前に比べて低下した。
【0070】
比較例2
実施例8で使用した1.6mmol・g−1のイオン伝導性ブロック共重合体を用いて、比較例1と同様の操作で溶液化させ、イオン交換容量を測定した結果1.4mmol・g−1に低下した。
【0071】
【表2】

【0072】
比較例3
磁気攪拌子を備えたナス型フラスコ(200mL)に実施例1で使用した陰イオン伝導性ブロック共重合体(2.0g)を入れ、1−プロパノール(57g)を加え、23℃にて72時間攪拌した。目視にて溶解していない該陰イオン伝導性ブロック共重合体(不溶物)が確認された。遠心分離にて不溶物を除去し、上澄みを測り取った(12g)。これをロータリーエバポレーターにて減圧下、1−プロパノール(約12g)を留去した。真空乾燥後、残渣の重量は0.1gであった。溶解した該陰イオンブロック共重合体の濃度は1.0質量%未満であった。
【0073】
実施例9
実施例2で得られた陰イオン伝導性付与剤溶液(溶液濃度:5.0質量%)7.0gに1−プロパノール10.5gを加えて2.0質量%の溶液とし、水平をとった直径75mmのテフロン(登録商標)のシャーレに流しこみ、直径1mmの穴を5mm程度の間隔でランダムにあけたアルミホイルを被せて蓋をした。その上に直径2mmの穴を約15mm間隔でランダムにあけたアルミホイルで作製した覆いをかぶせた。このまま室温で4日間乾燥すると、厚さ60〜70μmの透明でクラック等の見られない均一な膜がシャーレ上に形成された。
【0074】
比較例4
実施例2において準備した混合溶液(陰イオン伝導性ブロック共重合体2.0g、ジクロロメタン70g、1−プロパノール30g)をジクロロメタン除去前の状態で実施例9と同様の操作を行い、陰イオン伝導性ブロック共重合体からなる膜を製膜した。その結果、得られた膜は、一部に亀裂が確認された。
【0075】
実施例9、比較例4から明らかな通り、本発明の方法で得られたイオン伝導性付与剤溶液は、均一な膜を形成し易い。そのため、本発明の方法で得られたイオン伝導性付与剤溶液を使用すると触媒電極層を形成し易くなることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0076】
以上のように、イオン伝導性付与剤であるイオン性基を持つブロックとイオン性基を持たないブロックを備えるブロック共重合体を、その良溶媒に溶解させるにあたり、従来の方法である比較例では加熱によるイオン交換容量の低下が避けられなかったが、本発明によりイオン交換容量の低下なしに単一溶媒に溶解することが可能になった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池の触媒電極層の作製に用いる、イオン伝導性ブロック共重合体を含有するイオン伝導性付与剤溶液の製造方法であって、
イオン性基を有するブロックとイオン性基を有さないブロックとを備えるイオン伝導性ブロック共重合体、及び沸点が異なる2種類以上の溶媒を含み、該ブロック共重合体が該溶媒に溶解した混合溶液を準備した後、
該混合溶液から沸点の低い溶媒を除去して沸点の最も高い溶媒を含むイオン伝導性付与剤溶液を製造する方法。
【請求項2】
前記2種類以上の溶媒が、分子内に水酸基を有する溶媒と水酸基を有さない溶媒との組み合わせからなる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記2種類以上の溶媒が、沸点の最も高い溶媒が分子内に水酸基を有する溶媒であり、それ以外の沸点の低い溶媒が分子内に水酸基を有さない溶媒である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記ブロック共重合体が、芳香環にイオン交換基を有するブロックを備えるトリブロック共重合体である請求項1に記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかの方法で製造されたイオン伝導性付与剤溶液。
【請求項6】
燃料電池の触媒電極層を製造する方法であって、
イオン性基を有するブロックとイオン性基を有さないブロックとを有するイオン伝導性ブロック共重合体、及び沸点が異なる2種類以上の溶媒を含み、該ブロック共重合体が該溶媒に溶解した混合溶液を準備した後、沸点の低い溶媒を除去して沸点の最も高い溶媒を含むイオン伝導性付与剤溶液を製造する工程、
前記工程で得られたイオン伝導性付与剤溶液と触媒成分とを混合し、触媒電極層用溶液を製造する工程、
前記工程で得られた触媒電極層用溶液をイオン交換膜上に塗布した後、乾燥することにより触媒電極層を形成する工程
とを含むことを特徴とする燃料電池用触媒電極層の形成方法。

【公開番号】特開2013−89332(P2013−89332A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−226390(P2011−226390)
【出願日】平成23年10月14日(2011.10.14)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)
【Fターム(参考)】