説明

記憶素子、記憶装置

【課題】書き込みエラーを生じることなく、短い時間で書き込み動作を行うことができる記憶素子及び記憶装置を提供する。
【解決手段】情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、磁化の向きが固定された磁化固定層と、上記記憶層と上記磁化固定層との間に配された非磁性体による中間層とを含む層構造を有する記憶素子を構成する。そして上記磁化固定層が、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している。このような構成により、上記記憶層及び上記磁化固定層のそれぞれの磁化の向きがほぼ平行又は反平行とされてしまうことによる磁化反転時間の発散を効果的に抑えることができ、書き込みエラーを低減し、より短い時間で書き込みができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本技術は、複数の磁性層を有し、スピントルク磁化反転を利用して記録を行う記憶素子及び記憶装置に関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0002】
【特許文献1】特開2003−17782号公報
【特許文献2】米国特許第5695864号明細書
【背景技術】
【0003】
モバイル端末から大容量サーバに至るまで、各種情報機器の飛躍的な発展に伴い、これを構成するメモリやロジック等の素子においても、高集積化、高速化、低消費電力化等、さらなる高性能化が追求されている。
特に、半導体不揮発性メモリの進歩は著しく、中でも大容量ファイルメモリとしてのフラッシュメモリはハードディスクドライブを駆逐する勢いで普及が進んでいる。
【0004】
一方、コードストレージ用さらにはワーキングメモリへの展開を睨み、現在一般に用いられているNORフラッシュメモリ、DRAM等を置き換えるべく、半導体不揮発性メモリの開発が進められている。例えば、FeRAM(Ferroelectric Random Access Memory)、MRAM(Magnetic Random Access Memory)、PCRAM(相変化RAM)等が挙げられる。これらのうち、一部はすでに実用化されている。
【0005】
これらの不揮発性メモリの中でも、MRAMは、磁性体の磁化方向によりデータ記憶を行うために、高速の書き換え、かつ、ほぼ無限(1015回以上)の書き換えが可能であり、既に産業オートメーションや航空機等の分野で使用されている。
MRAMは、その高速動作と信頼性から、今後、コードストレージやワーキングメモリへの展開が期待されている。
【0006】
しかしながら、MRAMは、低消費電力化や大容量化に課題を有している。
これは、MRAMの記録原理、すなわち、配線から発生する電流磁界によって磁化を反転させる、という方式に起因する本質的な課題である。
【0007】
この問題を解決するための一つの方法として、電流磁界によらない記録(すなわち、磁化反転)方式が検討されており、中でもスピントルク磁化反転に関する研究は活発である(例えば、特許文献1及び特許文献2を参照)。
【0008】
スピントルク磁化反転の記憶素子は、MRAMと同じく、MTJ(Magnetic Tunnel Junction)により構成されている。
そして、ある方向に固定された磁性層を通過するスピン偏極電子が、他の自由な(方向を固定されない)磁性層に進入する際に、その磁性層にトルクを与えることを利用したもので、ある閾値以上の電流を流せば、自由磁化層(記憶層)の磁化の向きが反転する。
0/1の書換えは、記憶素子に流す電流の極性を変えることにより行う。
【0009】
自由磁化層の磁化の向きの反転のための電流の絶対値は、0.1μm程度のスケールの記憶素子で1mA以下である。しかも、この電流値は、記憶素子の体積に比例して減少するため、スケーリングが可能である。
さらにまた、MRAMで必要であった記録用電流磁界を発生させるためのワード線が不要であるため、セル構造が単純になるという利点もある。
【0010】
以下、スピントルク磁化反転を利用したMRAMを、STT−MRAM(Spin Transfer Torque - Magnetic Random Access Memory)と呼ぶことにする。
高速かつ書換え回数がほぼ無限大である、というMRAMの利点を保ったまま、低消費電力化や大容量化を可能とする不揮発メモリとして、STT−MRAMに大きな期待が寄せられている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
STT−MRAMにおいて、磁化反転を引き起こすスピントルクは、磁化の向きに依存してその大きさが変化する。
通常のSTT−MRAMの記憶素子の構造では、スピントルクがゼロとなる磁化角度が存在する。
初期状態の磁化角度がこの角度に一致した時、磁化反転に必要な時間が非常に大きくなる。そのため、書き込み時間内に磁化反転が完了しない場合も有り得る。
書き込み時間内に反転が完了しないと、その書き込み動作は失敗(書き込みエラー)となり、正常な書き込み動作を行えないことになる。
【0012】
本技術の課題は、エラーの発生を効果的に抑制し、短い時間で書き込み動作を行うことができる記憶素子及び記憶装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題の解決のため、本技術では記憶素子として以下のように構成することとした。
すなわち、本技術の記憶素子は、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、磁化の向きが固定された磁化固定層と、上記記憶層と上記磁化固定層との間に配された非磁性体による中間層とを少なくとも含む層構造を有し、該層構造の積層方向に電流を流すことにより上記記憶層の磁化方向が変化して情報の記録が行われるものである。
そして、上記磁化固定層が、2つの強磁性層が結合層を介して積層されて上記強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合されており、上記強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜しているものである。
【0014】
また、本技術の記憶装置は、上記本技術の記憶素子を備えると共に、上記記憶素子に対して上記積層方向に流れる電流を供給する配線部と、上記配線部を介した上記記憶素子への上記電流の供給制御を行う電流供給制御部とを備えるものである。
【0015】
上記のように本技術の記憶素子では、上記磁化固定層を構成する上記強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している。このことで、上記記憶層及び上記磁化固定層のそれぞれの磁化の向きがほぼ平行又は反平行とされてしまうことによる磁化反転時間の発散を効果的に抑えることができる。すなわち、所定の有限の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になる。
【0016】
また、本技術の記憶装置によれば、上記配線部を通じて、上記記憶素子に積層方向の電流が流すことができ、上記記憶層の磁化反転による情報の記録を行うことができる。
【発明の効果】
【0017】
本技術によれば、所定の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になることから、書き込みエラーを低減することができ、より短い時間で書き込み動作を行うことができる。
書き込みエラーを低減できるので、書き込み動作の信頼性を向上できる。
また、より短い時間で書き込み動作を行うことができるので、動作の高速化を図ることができる。
従って、本技術により、書き込み動作の信頼性が高く、高速に動作する記憶素子及び記憶装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施の形態の記憶装置の概略斜視図である。
【図2】実施の形態の記憶装置の断面図である。
【図3】実施の形態の記憶装置の平面図である。
【図4】磁化の向きが膜面に垂直とされた従来のSTT−MRAMによる記憶素子の概略構成についての説明図(断面図)である。
【図5】第1の実施の形態としての記憶素子の概略構成図(断面図)である。
【図6】第1の実施の形態の磁化固定層の構成を詳しく示した図である。
【図7】磁気結合エネルギーの範囲をプロットした図である。
【図8】第2の実施の形態の記憶素子の概略構成図(断面図)である。
【図9】第2の実施の形態の磁化固定層の構成を詳しく示した図である。
【図10】或る電流における励起エネルギーと反転時間の関係を示した図である。
【図11】実施の形態の記憶素子(磁気抵抗効果型素子)の複合型磁気ヘッドへの適用例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を次の順序で説明する。

<1.実施の形態の記憶装置の概略構成>
<2.実施の形態の記憶素子の概要>
<3.第1の実施の形態(具体的構成例1)>
<4.第2の実施の形態(具体的構成例2)>
<5.シミュレーション結果>
<6.変形例>
【0020】
<1.実施の形態の記憶装置の概略構成>

まず、記憶装置の概略構成について説明する。
記憶装置の模式図を図1、図2及び図3に示す。図1は斜視図、図2は断面図、図3は平面図である。
【0021】
図1に示すように、実施の形態の記憶装置は、互いに直交する2種類のアドレス配線(例えばワード線とビット線)の交点付近に、磁化状態で情報を保持することができるSTT−MRAM(Spin Transfer Torque - Magnetic Random Access Memory)による記憶素子3が配置されて成る。
すなわち、シリコン基板等の半導体基体10の素子分離層2により分離された部分に、各記憶素子3を選択するための選択用トランジスタを構成する、ドレイン領域8、ソース領域7、並びにゲート電極1が、それぞれ形成されている。このうち、ゲート電極1は、図中前後方向に延びる一方のアドレス配線(ワード線)を兼ねている。
【0022】
ドレイン領域8は、図1中左右の選択用トランジスタに共通して形成されており、このドレイン領域8には、配線9が接続されている。
そして、ソース領域7と、上方に配置された、図1中左右方向に延びるビット線6との間に、スピントルク磁化反転により磁化の向きが反転する記憶層を有する記憶素子3が配置されている。この記憶素子3は、例えば磁気トンネル接合素子(MTJ素子)により構成される。
【0023】
図2に示すように、記憶素子3は2つの磁性層12、14を有する。この2層の磁性層12、14のうち、一方の磁性層を磁化M12の向きが固定された磁化固定層12とし、他方の磁性層を磁化M14の向きが変化する自由磁化層すなわち記憶層14とする。
また、記憶素子3は、ビット線6とソース領域7とに、それぞれ上下のコンタクト層4を介して接続されている。
これにより、2種類のアドレス配線1、6を通じて、記憶素子3に上下方向(積層方向)の電流を流して、スピントルク磁化反転により記憶層14の磁化M14の向きを反転させることができる。
【0024】
図3に示すように、記憶装置はマトリクス状に直交配置させたそれぞれ多数の第1の配線(ワード線)1及び第2の配線(ビット線)6の交点に、記憶素子3を配置して構成されている。
記憶素子3は、その平面形状が円形状とされ、図2に示した断面構造を有する。
また、記憶素子3は、図2に示したように磁化固定層12と記憶層14とを有している。
そして、各記憶素子3によって、記憶装置のメモリセルが構成される。
【0025】
ここで、このような記憶装置では、選択トランジスタの飽和電流以下の電流で書き込みを行う必要があり、トランジスタの飽和電流は微細化に伴って低下することが知られているため、記憶装置の微細化のためには、スピントランスファの効率を改善して、記憶素子3に流す電流を低減させることが好適である。
【0026】
また、読み出し信号を大きくするためには、大きな磁気抵抗変化率を確保する必要があり、そのためには上述のようなMTJ構造を採用すること、すなわち2層の磁性層12、14の間に中間層をトンネル絶縁層(トンネルバリア層)とした記憶素子3の構成とすることが効果的である。
このように中間層としてトンネル絶縁層を用いた場合には、トンネル絶縁層が絶縁破壊することを防ぐために、記憶素子3に流す電流量に制限が生じる。すなわち記憶素子3の繰り返し書き込みに対する信頼性の確保の観点からも、スピントルク磁化反転に必要な電流を抑制することが好ましい。なお、スピントルク磁化反転に必要な電流は、反転電流、記憶電流などとも呼ばれる。
【0027】
また、実施の形態の記憶装置は不揮発メモリ装置であるから、電流によって書き込まれた情報を安定に記憶する必要がある。つまり、記憶層14の磁化の熱揺らぎに対する安定性(熱安定性)を確保する必要がある。
記憶層14の熱安定性が確保されていないと、反転した磁化の向きが、熱(動作環境における温度)により再反転する場合があり、保持エラーとなってしまう。
本記憶装置における記憶素子3(STT−MRAM)は、従来のMRAMと比較して、スケーリングにおいて有利、すなわち体積を小さくすることは可能であるが、体積が小さくなることは、他の特性が同一であるならば、熱安定性を低下させる方向にある。
STT−MRAMの大容量化を進めた場合、記憶素子3の体積は一層小さくなるので、熱安定性の確保は重要な課題となる。
そのため、STT−MRAMにおける記憶素子3において、熱安定性は非常に重要な特性であり、体積を減少させてもこの熱安定性が確保されるように設計する必要がある。
【0028】
<2.実施の形態の記憶素子の概要>

続いて、実施の形態の記憶素子3の概要について説明する。
先ずは図4の断面図を参照して、磁化の向きが膜面に垂直とされた従来のSTT−MRAMによる記憶素子3’の概略構成を説明する。
なお、後の説明からも理解されるように、本実施の形態の記憶素子3においては、磁化固定層12の磁化M12の向きは膜面に垂直な方向とはならない。この図4を参照して行う説明においては、便宜上、従来の記憶素子3’が備える磁化固定層の符号として「12」を用いる。
【0029】
図4に示すように、記憶素子3’は、下地層11の上に、磁化M12の向きが固定された磁化固定層(参照層とも呼ばれる)12、中間層(非磁性層:トンネル絶縁層)13、磁化M14の向きが可変である記憶層(自由磁化層)14、キャップ層15が同順に積層されている。
このうち、磁化固定層12は、高い保磁力等によって、磁化M12の向きが固定されている。この図の説明では、磁化の向きは膜面に対して垂直方向に固定されているとする。
【0030】
記憶素子3’においては、一軸異方性を有する記憶層14の磁化(磁気モーメント)M14の向きにより、情報の記憶が行われる。
記憶素子3’への情報の書き込みは、記憶素子3’の各層の膜面に垂直な方向(すなわち、各層の積層方向)に電流を流して、記憶層14にスピントルク磁化反転を起こさせることにより行う。
【0031】
ここで、スピントルク磁化反転について簡単に説明しておく。
電子は、2種類のスピン角運動量をもつ。仮にこれを上向き、下向きと定義する。
非磁性体の場合、その内部では、上向きのスピン角運動量を持つ電子と、下向きのスピン角運動量を持つ電子の両者が同数となる。これに対し強磁性体の場合、その内部では両者の数に差がある。
【0032】
まず、中間層13を介して積層された2層の強磁性体(磁化固定層12及び記憶層14)において、互いの磁化M12,M14の向きが反平行状態にあり、電子を磁化固定層12から記憶層14に移動させる場合について考える。
磁化固定層12を通過した電子は、スピン偏極、すなわち、上向きと下向きの数に差が生じている。
トンネル絶縁層としての中間層13の厚さが十分に薄いと、スピン偏極が緩和して通常の非磁性体における非偏極(上向きと下向きが同数)状態になる前に、他方の磁性体、すなわち、記憶層(自由磁化層)14に達する。
そして、2層の強磁性体(磁化固定層12及び記憶層14)のスピン偏極度の符号が逆になっていることにより、系のエネルギーを下げるために、一部の電子は、反転する、すなわち、スピン角運動量の向きが変わる。このとき、系の全角運動量は保存されなくてはならないため、向きを変えた電子による角運動量変化の合計と等価な反作用が、記憶層14の磁化M14にも与えられる。
【0033】
電流量、すなわち、単位時間に通過する電子の数が少ない場合には、向きを変える電子の総数も少ないため、記憶層14の磁化M14に発生する角運動量変化も小さいが、電流が増えると、多くの角運動量変化を単位時間内に与えることができる。
角運動量の時間変化はトルクであり、トルクがある閾値を超えると、記憶層14の磁化M14は、歳差運動を開始して、記憶層14の一軸異方性により、180度回転したところで安定となる。すなわち、反平行状態から平行状態への反転が起こる。
【0034】
一方、2層の強磁性体12,14の互いの磁化M12,M14が平行状態にあるとき、電流を逆に記憶層14から磁化固定層12へ電子を送る向きに流すと、今度は磁化固定層12で電子が反射される。
そして、反射されてスピンの向きが反転した電子が、記憶層14に進入する際にトルクを与えて、記憶層14の磁化M14の向きを反転させるので、互いの磁化M12,M14を反平行状態へと反転させることができる。
ただし、この際に反転を起こすのに必要な電流量は、反平行状態から平行状態へと反転させる場合よりも多くなる。
【0035】
平行状態から反平行状態への反転は、直感的な理解が困難であるが、磁化固定層12の磁化M12が固定されているために反転できず、系全体の角運動量を保存するために記憶層14の磁化M14の向きが反転する、と考えてもよい。
【0036】
このように、0/1の情報の記録は、磁化固定層(参照層)12から記憶層14への方向、又はその逆方向に、それぞれの極性に対応する、ある閾値以上の電流を流すことによって行われる。
【0037】
情報の読み出しは、従来型のMRAMと同様に、磁気抵抗効果を用いて行われる。
すなわち、先に説明した情報の記録の場合と同様に、各層の膜面に垂直な方向(各層の積層方向)に電流を流す。そして、記憶層14の磁化M14の向きが磁化固定層(参照層)12の磁化M12の向きに対して、平行であるか反平行であるかに従って、記憶素子3’の示す電気抵抗が変化する現象を利用する。
【0038】
さて、トンネル絶縁層としての中間層13に用いる材料は、金属でも絶縁体でも構わないが、より高い読み出し信号(抵抗の変化率)が得られ、かつ、より低い電流によって記録が可能とされるのは、中間層13に絶縁体を用いた場合である。このときの素子を、強磁性トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction:MTJ)素子と呼ぶ。
【0039】
前述したスピントルクは、記憶層14の磁化M14と磁化固定層(参照層)12の磁化M12との角度によって、大きさが変化する。
磁化M14の向きを表す単位ベクトルをm1とし、磁化M12の向きを表す単位ベクトルをm2とすると、スピントルクの大きさは、m1×(m1×m2)に比例する。ここで、“×”はベクトルの外積である。
【0040】
通常、磁化固定層12の磁化M12は、記憶層14の磁化容易軸方向に固定されている。記憶層14の磁化M14は、記憶層14自身の磁化容易軸方向に向く傾向にある。このとき、m1とm2は、0度(平行)もしくは180度(反平行)の角をなす。
図4ではm1とm2のなす角度が0度である場合の磁化M12と磁化M14の向きを例示している。
【0041】
このようにm1とm2のなす角度が0度もしくは180度である場合、前述のスピントルクの式に従えば、スピントルクは全く働かないことになる。
但し現実には、記憶層14の磁化M14は、熱揺らぎによって磁化容易軸の周りにランダムに分布しているために、磁化固定層12の磁化M12とのなす角度が、0度もしくは180度から離れたときに、スピントルクが働き、磁化反転を起こすことができる。
【0042】
磁性体は、その磁化の向きに応じた磁気エネルギーを持つ。磁気エネルギーが最も低くなる方向が磁化容易軸である。
【0043】
熱揺らぎがない場合には、磁気エネルギーを最小にしようとする力(トルク)によって、磁化は磁化容易軸を向く。
一方、熱揺らぎによって磁化の向きが磁化容易軸から離れているときの磁気エネルギーは、磁化が磁化容易軸方向にあるときに比べて大きくなる。この差を励起エネルギーEと呼ぶことにする。そして、磁化の向きがさらに磁化容易軸から離れ、励起エネルギーEがある閾値を超えたとき、磁化反転が起きる。
この閾値のことをΔと呼ぶことにする。
【0044】
上記Δは、磁化を反転させるために必要なエネルギーとみなすことができる。励起エネルギーE及び閾値Δの単位はジュール(J)であるが、以下では熱エネルギー(ボルツマン定数と絶対温度の積)で割った無次元量として扱う。このようにすると、Δは熱エネルギーに対する磁化の安定性を示す指標とみなせることから、Δを熱安定性の指標と呼ぶこともある。
【0045】
記憶層14の磁化M14の励起エネルギーE及び熱安定性の指標Δを用いると、記憶層14に流した電流Iと、それによって起きるスピントルク磁化反転に要する時間(反転時間)tsは次式を満たす。

【数1】


ここで、Ic0はスピントルク磁化反転が生じるのに必要な閾値電流、ηは電流Iのスピン偏極率、eは電子の電荷、Msは磁化M14の飽和磁化、Vは記憶層14の体積、μBはボーア磁子である。
左辺は、記憶層14に注入されるスピンの個数に対応する。右辺は記憶層14に存在するスピンの個数に対応する。ただし、その個数は対数項によってスケーリングされている。なお、励起エネルギーEは電流を流した時点での磁化の方向に対応した値を用いる。
【0046】
上記[式1]を見て分かるように、励起エネルギーEが0に近づくにつれて、反転時間tsは無限大に発散する。前述したように、磁化M14は熱揺らぎがない場合にはE=0となる磁化容易軸を向くため、反転時間の発散が問題となる。
【0047】
ここで、熱揺らぎがある時の励起エネルギーEについて説明する。熱揺らぎによって励起エネルギーEは有限の値となる。記憶層が単一の強磁性層で構成される場合において、励起エネルギーEがある値Xより小さくなる確率は、1−exp(−X)で与えられる。
ここで、expは指数関数である。上記[式1]より、ある電流Iを流した時に反転時間tsで反転するために必要な励起エネルギーEの値をXとする。すると、ある電流Iを時間tsだけ流した時に、確率1−exp(−X)で磁化反転が起きないことになる。すなわち、書き込みエラー率が1−exp(−X)となる。このように、励起エネルギーEは書き込みエラー率と密接な関連がある。
【0048】
本技術は、上記のような反転時間の発散を抑制するために、磁化固定層を、少なくとも2つ以上の強磁性層が結合層を介して積層した構成とする。隣接する2つの強磁性層は、間に挿入された結合層を介して磁気的に結合している。
このような本技術の構成によれば、磁化固定層を構成する強磁性層間の磁気的結合によって、磁化固定層の磁化の向きを膜面に垂直な方向から傾けることができ、記憶層及び磁化固定層のそれぞれの磁化の向きがほぼ平行又は反平行になることによる磁化反転に要する時間の発散を抑えることができる。
これにより、所定の有限の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことができる。
【0049】
<3.第1の実施の形態(具体的構成例1)>

以下、本技術の具体的な実施の形態について説明する。
実施の形態としては、具体的な構成例として第1の構成例(第1の実施の形態)と第2の構成例(第2の実施の形態)を挙げる。
【0050】
図5は、第1の実施の形態としての記憶素子3の概略構成図(断面図)を示している。
なお以下の説明において、既に説明済みとなった部分と同様となる部分については同一符号を付して説明を省略する。
【0051】
図5において、第1の実施の形態の記憶素子3は、下地層11の上に、磁化固定層(参照層)12、中間層13(非磁性層:トンネル絶縁層)、磁化M14の向きが可変とされた記憶層(自由磁化層)14、及びキャップ層15が同順に積層されている。
【0052】
記憶層14は、磁化容易軸が膜面に垂直な方向(この場合は図中上向き)であり、記憶層14の磁化M14は膜面に垂直な方向を向く。
ここまでは、図4に示した記憶素子3’の構成と同様である。
【0053】
さらに、本実施の形態の記憶素子3では、磁化固定層12が、複数の強磁性層と結合層を積層した多層膜で構成される。具体的に、この場合の磁化固定層12は、図のように強磁性層12a、結合層12b、強磁性層12cからなる3層構造で構成されている。
このような構成では、強磁性層12aの磁化M1と強磁性層12cの磁化M2は結合層12bを介して磁気的に結合している。結合層12bには、Ta,Ru等の非磁性の金属を使用することができる。
【0054】
磁化固定層12と記憶層14との間の中間層13には、トンネル絶縁膜を形成するための絶縁材料(各種酸化物等)、もしくは、磁気抵抗効果素子の磁性層の間に用いられる、非磁性の金属を使用することができる。
この中間層13の材料として絶縁材料を用いると、前述したように、より高い読み出し信号(抵抗の変化率)が得られ、かつ、より低い電流によって記録が可能となる。
【0055】
磁化固定層12及び記憶層14には、従来のSTT−MRAMのMTJにおいて使用されている、各種の磁性材料を使用することができる。
例えば、磁化固定層12及び記憶層14にCoFe若しくはCoFeBを使用することができる。
或いは、NiFe,TePt,CoPt,TbFeCo,GdFeCo,CoPd,MnBi,MnGa,PtMnSb,Co−Cr系材料等を用いることができる。また、これらの材料以外の、磁性材料を使用することができる。
【0056】
情報の読み出しは、磁気抵抗効果を用いて行われる。
すなわち、先に説明した情報の記録の場合と同様に、各層の膜面に垂直な方向(各層の積層方向)に電流を流す。そして、中間層13を介して隣接する強磁性層12cの磁化M2と記憶層14の磁化M14の相対角度によって、記憶素子の示す電気抵抗が変化する現象を利用する。
【0057】
本例の磁化固定層12の構成をさらに詳しく示したのが図6である。
具体的に、図6Aは磁化固定層12の斜視図、図6Bは磁化固定層12の上面図である。ここでは簡単のため、結合層12bは省略している。
【0058】
本実施の形態の記憶素子3においては、磁化固定層12の形状は円柱状とされる。ただし、楕円や矩形などその他の形状とすることもできる。ここで、磁化M1及び磁化M2の方向を記述するために、以下のように角度θ1、θ2、φ1、φ2を定義する。
先ず、図6Aの斜視図では、磁化固定層12を垂直方向に貫く垂直軸aVを示している。この垂直軸aVは記憶層14の磁化容易軸に一致する。磁化M1と垂直軸aVがなす角度をθ1、磁化M2と垂直軸がなす角度をθ2とする。
また図6Bの上面図には、強磁化層12a、12cの中心を通る基準線aHを示している。強磁化層12a、12cの断面形状が円形であるために、基準線aHの方向は任意に選べる。磁化M1及び磁化M2を膜面に投影したときに、基準線aHとなす角をそれぞれφ1及びφ2とする。
【0059】
前述したように、磁性体は磁化の向きに応じた磁気エネルギーを持つ。磁気エネルギーを記述するために以下の値を定義する。
すなわち、磁化M1が面内方向を向いているとき(θ1=90度)の磁気エネルギーから垂直方向を向いているとき(θ1=0度)の磁気エネルギーを引いたエネルギー差をΔ1とする。
また、磁化M2が面内方向を向いているとき(θ2=90度)の磁気エネルギーから垂直方向を向いているとき(θ2=0度)の磁気エネルギーを引いたエネルギー差をΔ2とする。
さらに、磁化M1と磁化M2との磁気的結合エネルギーの強さをΔexとする。
Δ1、Δ2、Δexの単位はジュール(J)であるが、前述の励起エネルギーE及び熱安定性の指標Δと同様に、熱エネルギー(ボルツマン定数と絶対温度の積)で割った無次元量として扱う。
【0060】
従来の記憶素子3’においては、磁化固定層12の磁化の向きは、記憶層14の磁化容易軸方向に固定されていた(先の図4の磁化M12を参照)。そのため、磁化固定層12の磁化の向きと記憶層14の磁化の向きが一致し、反転時間の増大を招いていたものである。
【0061】
ところが、種々の検討を行った結果、図5に示したような本実施の形態に係る磁化固定層12の構成によれば、磁化M1及び磁化M2の角度が、記憶層14の磁化容易軸、すなわち垂直軸aVに対して平行(0度)及び反平行(180度)以外の角度になり得ることが分かった。換言すれば、磁化M1,M2の向きが斜め方向になり得るものである。
このようなとき、磁化固定層12の磁化M12と記憶層14の磁化M14の向きが有限の角度を持つために、スピントルクが0になることがなく、反転時間の増大が抑制されることが期待できる。
【0062】
ここで、磁化の向きが斜めとなる条件について諸々の検討を行った結果、以下のことが明らかになった。
まず、磁化M1と磁化M2の磁気的結合エネルギーの強さΔexが0である場合、すなわち磁化M1と磁化M2がそれぞれ独立に運動する場合を考える。
定義より、Δ1が正のとき、磁化M1の磁化容易軸は膜面に垂直となり、磁化M1は膜面に垂直な方向を向く。逆に、Δ1が負のとき、磁化M1の磁化容易軸は膜面内となり、磁化M1は膜面内を向く。このとき、強磁性層12aは垂直軸周りの回転に対して等方的であるので、φ1の値は任意である。
同様に、Δ2が正のとき、磁化M2の磁化容易軸は膜面に垂直となり、磁化M2は膜面に垂直な方向を向く。逆に、Δ2が負のとき、磁化M2の磁化容易軸は膜面内となり、磁化M2は膜面内を向く。このとき、強磁性層12cは垂直軸周りの回転に対して等方的であるので、φ2の値は任意である。
【0063】
次に、磁化M1と磁化M2の磁気的結合エネルギーの強さΔexが0以外であって、磁化M1と磁化M2がそれぞれ結合して運動する、本技術本来の場合を考える。
定義より、Δexが正のとき、磁化M1と磁化M2の向きは平行になろうとする。逆に、Δexが負のとき、磁化M1と磁化M2の向きは反平行になろうとする。前者を強磁性結合、後者を反強磁性結合と呼ぶこともある。
以下では説明を簡単にするために、Δexが正のときのみを考慮するが、同様の議論はΔexが負の時にも成り立つ。
なお、Δexが正のときには、φ1−φ2=0となり、Δexが負のときには、φ1−φ2=180度となる。
【0064】
Δ1及びΔ2がともに正であれば、Δexの大きさによらず、磁化角度は垂直軸に平行となる。これでは、図4にて説明した磁化固定層12を有する記憶素子3’と同じであって、反転時間の増大は免れない。
【0065】
一方、Δ1及びΔ2がともに負であれば、Δexの大きさによらず、磁化角度は膜面内となる。このとき、φ2がどのような値をとっても、強磁性層12cの磁化M2と記憶層14の磁化M14の相対角度は一定の90度となるため、磁気抵抗効果による抵抗の変化が起きず、情報を読み出すことができないので、STT−MRAMを構成する記憶素子として用いることはできない。
【0066】
以上のように、本技術に係る記憶素子においては、Δ1とΔ2の符号が異なっていなければならない。
【0067】
このように、Δ1とΔ2の符号が異なっている場合には、片方の強磁性層の磁化は、その磁化容易軸が膜面に対して垂直であり、もう片方の強磁性層の磁化は、その磁化容易軸が膜面内にある。そしてこれら互いに向きが競合する2つの磁化を、Δexを通した結合によって、斜め方向に傾けることが可能となる。
【0068】
ただし、Δexには上限がある。仮にΔexが無限大の大きさを持っていたとすると、磁化M1と磁化M2は平行でなければならず、Δ1とΔ2の大小関係に応じて、全体の磁化容易軸が膜面に対して垂直であるか膜面内であるかのどちらかとなる。Δexが無限大とならずとも、ある一定の大きさ以上となれば、磁化M1と磁化M2は平行になってしまう。
【0069】
そこで、Δexの上限を求めるために、様々なΔ1、Δ2の組み合わせに対して、磁化M1と磁化M2が平行となる上限値Δexmaxを計算した。
図7は、その結果の一例を示している。
図7においては、Δ2を−40に固定し、Δ1を0から100まで振った。白い丸が計算で求めたΔexの上限値である。Δexがこの値よりも小さければ、磁化M1と磁化M2は斜め方向となることができる。ΔexmaxのΔ1依存性は、Δ1+Δ2が0よりも小さいか大きいかで異なる。曲線C41はΔ1+Δ2が0よりも小さいときにおける、ΔexmaxのΔ1依存性である。一方、曲線C42はΔ1+Δ2が0よりも大きいときにおける、ΔexmaxのΔ1依存性である。
【0070】
これらの曲線にうまく適合する式を探索したところ、曲線C41と曲線C42はともに、

Δexmax=abs(2×Δ1×Δ2/(Δ1+Δ2)) ・・・[式2]

と書けることが分かった。ここで、absは絶対値を返す関数である。今、Δexが正のときのみを考えているが、同様の式はΔexが負のときにも成り立つ。
結局のところ、磁化M1と磁化M2が斜め方向になるための条件は、上記[式2]より、

abs(Δex)<abs(2×Δ1×Δ2/(Δ1+Δ2)) ・・・[式3]

となる。
【0071】
以上より、磁化M1と磁化M2が斜め方向になるための条件が明らかとなった。この条件を満たすΔ1、Δ2、Δexが与えられれば、記憶層14の磁化容易軸に対して斜め方向に傾いた磁化を持つ磁化固定層12を実現できる。
換言すれば、本実施の形態の磁化固定層12は、Δ1とΔ2の符号が異なり且つ、上記[式3]の条件を満たすΔ1、Δ2、Δexが与えられるように構成されているものである。
【0072】
上記により説明した第1の実施の形態によれば、記憶装置のメモリセルを構成する各記憶素子3において、磁化固定層12が強磁性層12a、結合層12b、強磁性層12cの積層構造となっている。
該積層構造とすることで、強磁性層12aの磁化M1及び強磁性層12cの磁化M2が膜面内に垂直な軸に対して傾いた方向とすることができる。
これによって、磁化M1及び磁化M2に対するスピントルクが働かなくなる現象を回避することができる。
すなわち、所定の有限の時間内で磁化M1及び磁化M2の向きを反転させて、情報を記録することが可能になる。
【0073】
従って、本実施の形態によれば、所定の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になることから、書き込みエラーを低減することができ、より短い時間で書き込み動作を行うことができる。
書き込みエラーを低減することができるので、書き込み動作の信頼性を向上できる。
また、より短い時間で書き込み動作を行うことができるので、動作の高速化を図ることができる。
すなわち、書き込み動作の信頼性が高く、高速に動作する記憶素子及び記憶装置を実現できる。
【0074】
<4.第2の実施の形態(具体的構成例2)>

続いて、第2の実施の形態について説明する。
図8は、第2の実施の形態の記憶素子20の概略構成図(断面図)である。
第2の実施の形態の記憶素子20は、先の図5に示した第1の実施の形態の記憶素子3と比較して、磁化固定層12が磁化固定層21に変更された点が異なる。
この記憶素子20の磁化固定層21は、反強磁性層21p、強磁性層12a、結合層12b、強磁性層12cが同順で積層された4層構造で構成されている。
【0075】
反強磁性層21pは、磁化固定層21の膜面内における磁化の向きを固定させるために設けられる。図中の方向ベクトルMpは、磁化を固定させる方向を示したものであり、その方向は膜面内にある。
【0076】
前述のように、磁化M1と磁化M2との磁気的結合エネルギーの強さはΔexとした。同様に磁化M1と反強磁性層21pとの磁気的結合エネルギーの強さをΔpinとする。このΔpinについても、熱エネルギー(ボルツマン定数と絶対温度の積)で割った無次元量として扱う。
【0077】
磁化固定層21の構成をさらに詳しく示したのが図9である。図9Aは磁化固定層21の斜視図、図9Bは磁化固定層21の上面図である。先の図6の場合と同様、ここでは簡単のため結合層12bは省略している。
磁化固定層12と同様、磁化固定層21の形状は円柱状とされる。ただし、楕円や矩形などその他の形状とすることもできる。
【0078】
ここで、磁化M1及び磁化M2の方向を記述するために、以下のように角度θ1、θ2、φ1、φ2を定義する。図9Aの斜視図において、磁化固定層21を垂直方向に貫く垂直軸aVが示されている。この垂直軸aVは記憶層14の磁化容易軸に一致する。磁化M1と垂直軸aVがなす角度をθ1、磁化M2と垂直軸aVがなす角度をθ2とする。
また、図9A・図9Bにおいては、強磁性層21a、22cの中心を通る基準線aHが示されている。基準線aHは、方向ベクトルMpに一致するように選ぶ。そして、磁化M1及び磁化M2を膜面に投影したときに、基準線aHとなす角をそれぞれφ1及びφ2とする。
【0079】
先の第1の実施の形態においては、磁化固定層12の磁化M1及び磁化M2は、垂直軸aVとの角度θ1、θ2が固定されていたが、垂直軸aV周りの角度φ1、φ2は固定されていなかった。
ここで、図9Aの斜視図に示した環状の点線は、磁化M1およびM2の軌跡を示したものである。磁化M1およびM2は該点線上であれば、どの方向でも向くことができる。(ただし、Δexが正のときには、φ1−φ2=0、Δexが負のときには、φ1−φ2=180度の条件を満たす。)
【0080】
そこで第2の実施の形態では、反強磁性層21pによって磁化固定層21の磁化M1及び磁化M2の垂直軸aV周りの角度φ1、φ2を固定する。
【0081】
図9Bにおいて、垂直軸aV周りの角度φ1、φ2は、磁化の固定方向を表す方向ベクトルMpを基準にする。そして、磁化M1は反強磁性層21pによって方向ベクトルMpの方向に固定されるために、φ1=0となる。磁化M2は結合層12bを介して磁化M1と磁気的結合しているので、Δexが正のときにはφ2=0、Δexが負のときにはφ2=180度となる。
【0082】
このように第2の実施の形態の記憶素子20では、磁化固定層21の磁化M1及び磁化M2の垂直軸aV周りの角度(膜面内の角度)をある方向に固定することが可能となる。
磁化M1及び磁化M2の垂直軸aV周りの角度が固定されることで、反転電流の大きさを小とすることができる。すなわち、スピントルク磁化反転が生じるのに必要な閾値電流の値([式1]におけるIc0)を小とできるものである。
【0083】
<5.シミュレーション結果>

上記により説明した各実施の形態の記憶素子(3及び20)が奏する効果を明らかにすべくシミュレーションを行った。
図10は、或る電流における励起エネルギーEと反転時間tsの関係を示したものである。横軸は[式1]に従い、ln[(π/2)(Δ/E)1/2]とした。また、記憶層14のΔは60とした。
【0084】
励起エネルギーEは記憶素子に電流を流した時点における磁化方向から計算される値を用いる。磁化方向は熱揺らぎによって平衡状態からずれるが、励起エネルギーEが大きいほど(図10で言えば左側に行くほど)そのずれが大きいことを意味する。
【0085】
従来の記憶素子3’においては、励起エネルギーEと反転時間tsの関係は先の[式1]で表される。曲線C1は、従来の記憶素子3’についてのシミュレーション結果を示すものである。横軸が励起エネルギーEの対数でスケールされるとき、曲線C1はほぼ直線となる。そして、励起エネルギーEが大きいほど、短い時間で反転することが分かる。
【0086】
今、電流の供給時間が20nsだとする。すると、曲線C1との交点は点P3となる。このときの横軸の値は約11.5である。ここから励起エネルギーEを求め、さらに書き込みエラー率を求めると、1.5×10-8となる。
ランダムアクセスメモリで要求される書き込み回数は1015回程度であるので、この書き込みエラー率は無視できる値ではない。別の電流の供給時間では、点P3の位置が変化して、それに応じて書き込みエラー率も変化する。
【0087】
このように、従来の記憶素子3’では、電流の供給時間によって書き込みエラー率が変化し、電流の供給時間が短くなるほど書き込みエラー率は大きくなる。
【0088】
一方、本技術の実施の形態に係る記憶素子を用いた場合の励起エネルギーEと反転時間tsの関係が曲線C2で示されている。
なお、この曲線C2については、第2の実施の形態の記憶素子20を用いた場合の計算例を示している。このとき、強磁性層12cの磁化M2の向きが垂直軸よりも5度傾いているとした。
【0089】
この曲線C2を参照すると、従来の記憶素子3’に対する曲線C1とは異なり、励起エネルギーEが減少したときに、反転時間tsの増加が約10nsで止まっていることが確認できる。これは、励起エネルギーEが0(図10の横軸では正の無限大)のときでも、磁化M2の向きが記憶層14の磁化M14の向き(垂直軸)から傾いているために、有限のスピントルクが働くためである。
【0090】
図10の曲線C2で示した計算例では、横軸の値が概ね5以上であれば、反転時間tsは約10nsで一定である。このことは、電流を流した時点において、記憶層14の磁化M14がどのような向きにあっても、反転時間tsが10nsを超えることがないことを意味している。
【0091】
このように、実施の形態としての記憶素子は、電流を流した時点での磁化の向きに係わらず、反転時間tsの上限(図10の計算例においては10ns)が決まる。そして、電流の供給時間をこの上限値以上にすれば、書き込みエラーを生ずることなく、書き込みを行うことができる。
この点からも、実施の形態の記憶素子によれば、書き込みエラーを生ずることなく、従来の記憶素子3’よりも短い時間での書き込み動作を実現可能であることが分かる。
【0092】
なお図10では第2の実施の形態の記憶素子20を用いた場合のシミュレーション結果を示したが、第1の実施の形態の記憶素子3を用いた場合にも概ね同様の結果が得られる。
【0093】
<6.変形例>

以上、本技術に係る実施の形態について説明したが、本技術は上記により例示した具体例に限定されるべきものではない。
例えばこれまでの説明では、記憶素子3,20が有する磁化固定層12の強磁性層、結合層の積層構造に関して、強磁性層12a、結合層12b、強磁性層12cの3層構造を適用する場合を例示したが、3層構造以外でも任意の層数の積層構造を適用することができる。
【0094】
また、これまでの説明では、記憶素子全体の積層構造として、下層側から少なくとも磁化固定層12(21)、中間層13、記憶層14の順で配置された積層構造としたが、本技術の記憶素子としては、これら各層の順序を上下逆にした配置も可能である。
【0095】
また、本技術に係る記憶素子3もしくは記憶素子20の構造は、TMR素子等の磁気抵抗効果素子の構成となるが、このTMR素子としての磁気抵抗効果素子は、上述の記憶装置のみならず、磁気ヘッド及びこの磁気ヘッドを搭載したハードディスクドライブ、集積回路チップ、さらにはパーソナルコンピュータ、携帯端末、携帯電話、磁気センサ機器をはじめとする各種電子機器、電気機器等に適用することが可能である。
【0096】
一例として図11A、図11Bに、上記記憶素子3、20の構造の磁気抵抗効果素子101を複合型磁気ヘッド100に適用した例を示す。なお、図11Aは、複合型磁気ヘッド100について、その内部構造が分かるように一部を切り欠いて示した斜視図であり、図11Bは複合型磁気ヘッド100の断面図である。
【0097】
複合型磁気ヘッド100は、ハードディスク装置等に用いられる磁気ヘッドであり、基板122上に、本技術に係る磁気抵抗効果型磁気ヘッドが形成されてなるとともに、当該磁気抵抗効果型磁気ヘッド上にインダクティブ型磁気ヘッドが積層形成されてなる。ここで、磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、再生用ヘッドとして動作するものであり、インダクティブ型磁気ヘッドは、記録用ヘッドとして動作する。すなわち、この複合型磁気ヘッド100は、再生用ヘッドと記録用ヘッドを複合して構成されている。
【0098】
複合型磁気ヘッド100に搭載されている磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、いわゆるシールド型MRヘッドであり、基板122上に絶縁層123を介して形成された第1の磁気シールド125と、第1の磁気シールド125上に絶縁層123を介して形成された磁気抵抗効果素子101と、磁気抵抗効果素子101上に絶縁層123を介して形成された第2の磁気シールド127とを備えている。絶縁層123は、Al23やSiO2等のような絶縁材料からなる。
第1の磁気シールド125は、磁気抵抗効果素子101の下層側を磁気的にシールドするためのものであり、Ni−Fe等のような軟磁性材からなる。この第1の磁気シールド125上に、絶縁層123を介して磁気抵抗効果素子101が形成されている。
【0099】
磁気抵抗効果素子101は、この磁気抵抗効果型磁気ヘッドにおいて、磁気記録媒体からの磁気信号を検出する感磁素子として機能する。そして、この磁気抵抗効果素子101は、上述した記憶素子3もしくは記憶素子20と同様な膜構成(層構造)とされる。
この磁気抵抗効果素子101は、略矩形状に形成されてなり、その一側面が磁気記録媒体対向面に露呈するようになされている。そして、この磁気抵抗効果素子101の両端にはバイアス層128,129が配されている。またバイアス層128,129と接続されている接続端子130,131が形成されている。接続端子130,131を介して磁気抵抗効果素子101にセンス電流が供給される。
さらにバイアス層128,129の上部には、絶縁層123を介して第2の磁気シールド層127が設けられている。
【0100】
以上のような磁気抵抗効果型磁気ヘッドの上に積層形成されたインダクティブ型磁気ヘッドは、第2の磁気シールド127及び上層コア132によって構成される磁気コアと、当該磁気コアを巻回するように形成された薄膜コイル133とを備えている。
上層コア132は、第2の磁気シールド122と共に閉磁路を形成して、このインダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアとなるものであり、Ni−Fe等のような軟磁性材からなる。ここで、第2の磁気シールド127及び上層コア132は、それらの前端部が磁気記録媒体対向面に露呈し、且つ、それらの後端部において第2の磁気シールド127及び上層コア132が互いに接するように形成されている。ここで、第2の磁気シールド127及び上層コア132の前端部は、磁気記録媒体対向面において、第2の磁気シールド127及び上層コア132が所定の間隙gをもって離間するように形成されている。
すなわち、この複合型磁気ヘッド100において、第2の磁気シールド127は、磁気抵抗効果素子126の上層側を磁気的にシールドするだけでなく、インダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアも兼ねており、第2の磁気シールド127と上層コア132によってインダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアが構成されている。そして間隙gが、インダクティブ型磁気ヘッドの記録用磁気ギャップとなる。
【0101】
また、第2の磁気シールド127上には、絶縁層123に埋設された薄膜コイル133が形成されている。ここで、薄膜コイル133は、第2の磁気シールド127及び上層コア132からなる磁気コアを巻回するように形成されている。図示していないが、この薄膜コイル133の両端部は、外部に露呈するようになされ、薄膜コイル133の両端に形成された端子が、このインダクティブ型磁気ヘッドの外部接続用端子となる。すなわち、磁気記録媒体への磁気信号の記録時には、これらの外部接続用端子から薄膜コイル132に記録電流が供給されることとなる。
【0102】
以上のように本技術の記憶素子としての積層構造体は、磁気記録媒体についての再生用ヘッド、すなわち磁気記録媒体からの磁気信号を検出する感磁素子としての適用が可能である。
【0103】
また、本技術は以下のような構成も採ることができる。
(1)
情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
磁化の向きが固定された磁化固定層と、
上記記憶層と上記磁化固定層との間に配された非磁性体による中間層と
を少なくとも含む層構造を有し、該層構造の積層方向に電流を流すことにより上記記憶層の磁化方向が変化して情報の記録が行われると共に、
上記磁化固定層が、
2つの強磁性層が結合層を介して積層されて上記強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合されており、上記強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している
記憶素子。
(2)
上記磁化固定層は、
第1の強磁性層と結合層と第2の強磁性層とが同順で積層されて成り、
上記第1の強磁性層が有する磁気エネルギーであって、上記第1の強磁性層の磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギーから上記第1の強磁性層の磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギーを引いた値として定義される磁気エネルギーを第1の磁気エネルギーとし、上記第2の強磁性層が有する磁気エネルギーであって上記第2の強磁性層の磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギーから上記第2の強磁性層の磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギーを引いた値として定義される磁気エネルギーを第2の磁気エネルギーとしたとき、
上記第1の磁気エネルギーと上記第2の磁気エネルギーの符号が異なっている
上記(1)に記載の記憶素子。
(3)
上記結合層を介した上記第1の強磁性層と上記第2の強磁性層との磁気的結合エネルギーを層間磁気結合エネルギーとしたとき、
該層間磁気結合エネルギーの絶対値が、上記第1の磁気エネルギーと上記第2の磁気エネルギーとの積を上記第1の磁気エネルギーと上記第2の磁気エネルギーとの和で割った値を2倍したものの絶対値より小とされる
上記(2)に記載の記憶素子。
(4)
上記磁化固定層がさらに反強磁性層を有する上記(1)に記載の記憶素子。
(5)
上記磁化固定層は、
反強磁性層と第1の強磁性層と結合層と第2の強磁性層とが同順で積層されて成り、
上記第1の強磁性層が有する磁気エネルギーであって、上記第1の強磁性層の磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギーから上記第1の強磁性層の磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギーを引いた値として定義される磁気エネルギーを第1の磁気エネルギーとし、上記第2の強磁性層が有する磁気エネルギーであって上記第2の強磁性層の磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギーから上記第2の強磁性層の磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギーを引いた値として定義される磁気エネルギーを第2の磁気エネルギーとしたとき、
上記第1の磁気エネルギーと上記第2の磁気エネルギーの符号が異なっている
上記(4)に記載の記憶素子。
(6)
上記反強磁性層と上記第1の強磁性層の磁化が磁気的に結合して、上記第1の強磁性層の膜面内の磁化の向きが固定されている
上記(5)に記載の記憶素子。
(7)
情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
磁化の向きが固定された磁化固定層と、
上記記憶層と上記磁化固定層との間に配された非磁性体による中間層と
を少なくとも含む層構造を有し、該層構造の積層方向に電流を流すことにより上記記憶層の磁化方向が変化して情報の記録が行われると共に、
上記磁化固定層が、
2つの強磁性層が結合層を介して積層されて上記強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合されており、上記強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している記憶素子
を備えると共に、
上記記憶素子に対して上記積層方向に流れる電流を供給する配線部と、
上記配線部を介した上記記憶素子への上記電流の供給制御を行う電流供給制御部と
を備える記憶装置。
【符号の説明】
【0104】
1 ゲート電極、2 素子分離層、3,20 記憶素子、4 コンタクト層、6 ビット線、7 ソース領域、8 ドレイン領域、9 配線、10 半導体基体、11 下地層、12,21 磁化固定層、12a,12c 強磁性層、12b 結合層、13 中間層、14 記憶層、15 キャップ層、21p 反強磁性層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
磁化の向きが固定された磁化固定層と、
上記記憶層と上記磁化固定層との間に配された非磁性体による中間層と
を少なくとも含む層構造を有し、該層構造の積層方向に電流を流すことにより上記記憶層の磁化方向が変化して情報の記録が行われると共に、
上記磁化固定層が、
2つの強磁性層が結合層を介して積層されて上記強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合されており、上記強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している
記憶素子。
【請求項2】
上記磁化固定層は、
第1の強磁性層と結合層と第2の強磁性層とが同順で積層されて成り、
上記第1の強磁性層が有する磁気エネルギーであって、上記第1の強磁性層の磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギーから上記第1の強磁性層の磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギーを引いた値として定義される磁気エネルギーを第1の磁気エネルギーとし、上記第2の強磁性層が有する磁気エネルギーであって上記第2の強磁性層の磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギーから上記第2の強磁性層の磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギーを引いた値として定義される磁気エネルギーを第2の磁気エネルギーとしたとき、
上記第1の磁気エネルギーと上記第2の磁気エネルギーの符号が異なっている
請求項1に記載の記憶素子。
【請求項3】
上記結合層を介した上記第1の強磁性層と上記第2の強磁性層との磁気的結合エネルギーを層間磁気結合エネルギーとしたとき、
該層間磁気結合エネルギーの絶対値が、上記第1の磁気エネルギーと上記第2の磁気エネルギーとの積を上記第1の磁気エネルギーと上記第2の磁気エネルギーとの和で割った値を2倍したものの絶対値より小とされる
請求項2に記載の記憶素子。
【請求項4】
上記磁化固定層がさらに反強磁性層を有する請求項1に記載の記憶素子。
【請求項5】
上記磁化固定層は、
反強磁性層と第1の強磁性層と結合層と第2の強磁性層とが同順で積層されて成り、
上記第1の強磁性層が有する磁気エネルギーであって、上記第1の強磁性層の磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギーから上記第1の強磁性層の磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギーを引いた値として定義される磁気エネルギーを第1の磁気エネルギーとし、上記第2の強磁性層が有する磁気エネルギーであって上記第2の強磁性層の磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギーから上記第2の強磁性層の磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギーを引いた値として定義される磁気エネルギーを第2の磁気エネルギーとしたとき、
上記第1の磁気エネルギーと上記第2の磁気エネルギーの符号が異なっている
請求項4に記載の記憶素子。
【請求項6】
上記反強磁性層と上記第1の強磁性層の磁化が磁気的に結合して、上記第1の強磁性層の膜面内の磁化の向きが固定されている
請求項5に記載の記憶素子。
【請求項7】
情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
磁化の向きが固定された磁化固定層と、
上記記憶層と上記磁化固定層との間に配された非磁性体による中間層と
を少なくとも含む層構造を有し、該層構造の積層方向に電流を流すことにより上記記憶層の磁化方向が変化して情報の記録が行われると共に、
上記磁化固定層が、
2つの強磁性層が結合層を介して積層されて上記強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合されており、上記強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している記憶素子
を備えると共に、
上記記憶素子に対して上記積層方向に流れる電流を供給する配線部と、
上記配線部を介した上記記憶素子への上記電流の供給制御を行う電流供給制御部と
を備える記憶装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−115299(P2013−115299A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261520(P2011−261520)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】